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2003年07月25日(金) Factory14




『二人は闇の中を歩いていた。
「お前は後悔しているっていうのか?樺地」
「こういうものはもう済んでしまったと思ってました」
男は空を見上げた。
「けれどまたこうして始まってしまった」
「何が始まったんだ?」
「人生、です」
「人生か」
跡部は鸚鵡返しに呟いた。
「また始まってしまった。もう避けては通れない」
まるで一人ごとのように呟く男の手を跡部は握り締めた。
彼はそんな風に考えてはいなかった。
「これは恋愛だろう」
彼はことさら楽しげに呟いた。
「なんであったとしてもですね」
男が答えた。
二人は黙りこくって夕暮れの森を歩き、やがて森から庭園に続く木戸まで来た。
「後悔してるのか?」
彼はことさら軽やかに聞こえるようその言葉を口にしたつもりだが、哀願を帯びた甘い響きに気がつき、嫌悪のあまり男から顔を背けた。
「いいえ」
男はきっぱりと答えた。男は突然、その胸の奥からわく強い感情に駆られ、彼を抱きしめた。男にとってそれは思いがけない激情だった。
惜しむように彼の身を自分から引き離した男が言った。
「世の中にこんなに人間がいなかったら」
彼は笑った。男は庭園に出る木戸を開けてやった。
「ここから先は行きませんから」
男が握手するように差し出した手を彼は両手で握り締めた。
「また行くからな」
男はいつもの口数の少なさを取り戻したようで、どうぞと言うように頷いただけだった。
彼は片頬だけで微笑んでみせ、男と別れて庭園に入って行った。
男はそこに残り、彼が緑の間を縫う様にして歩き暗がりに消えてゆくのを見守りながら、今まで覚えたことのない刺す様な胸の痛みを感じていた。ただ一人でいることを願った男の前に現れた彼は、男の孤独を永遠に奪い去ったのだ。それは孤独を奪われぽっかりと空いた胸の虚がきしむ痛さなのか、その虚を埋める彼という存在を慕う痛さなのか、男にも分からなかった。』






☆「チャタレイ夫人の恋人」(D・H・ロレンス)って樺跡じゃねぇ!という雄闘Qの主張が生んだ妄想☆




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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