Coming Up...trash

 

 

2003年07月19日(土) Factory10(Unknown Pleasures)


 抑える事ができなかった。
 気がつくと靴を背中に向かってなげつけていた。もう着替えていた相手の制服に笑えるぐらいきれいに靴底の跡がつく。残った片足分も投げつける。足が何本もあったら、その履いていた分の靴を投げつけていただろう。くだらない想像。
 「拾え」
 彼の言う事に相手は従順に従い、転がっている靴を拾う。こんな事をしたところで相手の表情に小波一つ起こす事はできない。分かりきった事なのに、そんな事が彼の心に消えない影を落とす。自分は相手に何の関心も持たれず、何の力も及ぼしてないのだ。そう思いそうになる。こんな風に考える自分が嫌だった。そんな弱さはなかったはずなんだ、今までは。
 彼は近づいてくる相手を睨みつける。ほんの数歩が長く感じられる。自分の唇がかすかに開いて、呼吸が早まるのを感じる。
 彼の足元に相手が靴を置く。屈みこんだ相手の髪の毛のうずに彼は目を向ける。おかしな具合に二つ、互いを巻き込むようにして描かれた渦に彼はこれまで何度指を這わせた事だろう。そうしながらいつかこんな事は終わってしまうに違いないとも思っていた。
 相手は屈んだまま彼を見上げる。彼が足元を歪ませたのは、その目に惹きこまれたせいからかもしれないし、相手が彼に手を伸ばしたのが先かもしれない。
 彼は相手の手の中にもたれこむ。安らいではいけない気がする。優しさや憐れみにつけこんでいる気がする。この喜びから遠ざからなければいけない。それでも身が離せない。

 2人はじっとしていた。まるで何か怖ろしいものから身を守るように堅く腕を回しあい、身を隠すようにじっと息を潜め、互いを抱きしめていた。





☆一幕☆




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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