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それを失くしたんだと言う人の制服シャツの片袖がだらりと力なく垂れ下がっている。 なぁ失くしちまったんだ、どこかに。お前探して来い、樺地 片頬を引き攣らせるように浮かべた意地の悪い微笑み。 あぁやれやれ。困ったものだ。 そんなもの見つかるわけない。だいたい右腕なんてどこにどうすれば落とせるんだ。言い返そうにも喉笛が目に見えない何かにぎりぎりと締め付けられて、うまく声がだせない。浮かんできた言葉をうまく拾えない。だから黙って頷いた。 街の隅々を歩き、探して 街を越えて、探して 街を出て、探して 山も海も空も探したけどありませんでした。 そもそもないのかもしれない。なにもかも。あの人だっていなかったのかも。太陽がのぼっておちて、月がみちてかけて、どこをさまよっても戻れるように地球は丸くなっているので、やがて辿り着いたそこに、幻でもなんでもなくある姿。 なんだ見つけられなかったのか、役に立たねぇなぁお前は もうずっと前から欠けて、損なわれていた人が投げつけた言葉の石つぶてが転がってゆく。 仕方がない、貰うぜ 残った左手に腕をつかまれる。強くしびれるように握られて、引っ張られて、その場に張り付いたように足も身体も動かず、みしみしと腕だけが引っ張られ、痛みもなく叫びもなく、めりめりと肩から腕が裂ける。身体をつたい足の上を滑り、したたり落ちる紅だけがこの世界に残された色。 あぁこれだ、これだ 欠けた腕の跡に押し当てて言う人の口がへんに曲がる これは俺のものだ。そもそもがそうだった。それなのに 瞳から目を背けられない。暗い色。黒く、黒く、底の知れない深い淵。 それなのにお前は 深い淵の底で誰かが火を灯している。そうでなければこんなにも輝くものか。その眼球の上に盛り上がってゆく水分がぐんぐん広がる紅に滴り落ち混じり合う瞬間を黙って見つめる。
目を覚ます。薄墨のような暗がりが周囲に漂う。 まだそんな時刻であるらしい。身体の下に敷いていた腕を解放すると圧迫されていた血流がじわじわとひろがりしびれが拡散する。夢の中で引きちぎられた腕を動かす。俺が引きちぎった、俺の姿をした者に壊された腕。 俺の姿をした者を見つめる俺が内にいるあいつ。
あんな風に見えているのだろうか。俺は。
たかが夢。だからなんだっていうんだ。夢が物語るものなど信じるものか、この俺が。
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