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2003年07月09日(水) Factory02(鳳・宍戸)


 黒と白の絵の具をよく混ぜないまま塗りたくったような空から、あとからあとから降り注いでくる雨の雫は半ば凍り、風に舞って、停留所の屋根に遮られているはずの宍戸の頭や制服にも容赦なく落ちてくる。
 その一滴一滴のかけらがシャーベットのようで、屋根の下から外に出て、マフラーにうずめていた顔をあげて空に向かって口を開けると、止めた方がいいですよと傍らの鳳が言った。
「だって、宍戸さん、雨水飲みます?同じことですよ、それ」
 あわてて閉じた口の中に舞いこんだ冷たい破片はもう溶けてしまっている。
「東京の空気からできた雲ですよ、ヤバイですって。授業でやりませんでした?汚染された雨とかなんとか。」
 そう言って面白がっている姿も腹立たしく、鳳に向かってゲーゲー吐く真似をしてみせると、うわっと叫んで後ろに退った鳳の身体が変に傾いで、次の瞬間ストン滑って地に沈んでいた。
「うわ、バカだバカ」
 宍戸は手を叩いて笑う。滑った拍子に打った尻の辺りを押さえながら恨めしそうに見上げている鳳の姿に、宍戸の笑いはますます止まらない。
「早く立て、バカトリ」
「ひどいよなぁ宍戸さん」
 言いながら鳳の腕を取って起こしてやろうとすると、鳳の手の方が素早く宍戸の手を捉えていた。
「うわ、すっげぇ冷たい手」
「うるせぇ。じゃ、一人で立てよ」
 鳳の手を振り払い、宍戸は両手を丸めて上着のポケットに入れる。
「冷たいなぁ宍戸さん、手も心も」
 転んだ拍子についた手を揉みながら鳳が呟く。
「ボヤくなバカ」
「なんでそういちいちバカって言うんですか」
「本当のことだろ」
 ひどいなぁと鳳が口を曲げる。その様子もおかしくて緩む口元を宍戸はマフラーにうずめる。
「寒いですか?」
 宍戸の顔をのぞきこむようにして鳳が尋ねる。
「当たり前のこと聞くなよバカ」
「バカはもういいですから」
 何かを企んでいるような笑みを浮かべて鳳が言う。
「ちょっ、こうやって、手出してみてください」
「はぁ?」
 宍戸は不審な面持ちで鳳を見上げる。
「なんもしませんよ。ちょっとだけ」
 宍戸はしぶしぶとポケットに入れても一向に温まらない、冷えた手を出して前にかざす。その手を鳳の手がいきなり包み込む。
「人間手袋」
 どうですか、温かいでしょ俺の手、と悪びれもせず笑う鳳の足を踏みつける。熱帯の鳥の鳴き声みたいな叫びをあげて、鳳は足を押さえてうずくまる。
「痛いじゃないですか」
「ふざけるからだ」
「わぁ足折れた、足折れた」
「じゃあそこでくたばれ」
 吐き捨てるように言って、もう一度ポケットに両手を戻す。ひとしきりうめいた後で、うずくまった姿勢のまま、鳳が宍戸さんと呼びかける。
「なんだよ」
「絶対これ以上なんにもしませんから」
「あったりまえだろ」
「誰か他に人来たら、即行やめますから」
「だから」
 鳳が両手を伸ばす。宍戸は深くため息をついて片手を差し出してやる。その手を取って鳳が立ち上がる。
「片手だけでいいっすか」
「その口、こうしてやろうか」
 空いてる手で鳳の頬をつねると、もう分かりましたというような事をフガフガと喚いた。離した手を宍戸はポケットに滑り込ませる。もう一方の手は鳳の手の中にあって奇妙に温かく、身体の片側だけに覚えている違和感が苦しくて、その居心地の悪さから目をそらす。
「早くバス来ねぇかなぁ」
「宍戸さん、どうしてそういうこと言うんですか」
「本心だから」
 つめたいなぁと鳳が呟いている。宍戸は耳も貸さない。鳳の方も見ない。見たら負けだと思うから。何に負けるのか分からないけど、負けるのは大嫌いだ。
 片手を預けたまま屋根の下から顔を出す。宍戸さん、何してるんですかと声がする。バスの姿はまだ見えない。舞い散る霙が顔に当たり、宍戸は唇に触れたそれを舌で絡め取る。無味無臭の毒、かもしれないものを口に含む。この汚染された冷たいものが、片側から伝わる熱も、胸に宿る熱も、全部冷やしてしまえばいいのに。
 バスの姿はまだ見えず、宍戸はじりじりしながらこの全てから逃れるのを待っている。





☆当時、生まれて始めて書いた鳳宍☆




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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