おおみち礼治のてくてく日記 DiaryINDEX|past|will
程度の差はあるにしても、誰にでもあることかもしれない。毒を吐きたくなるようなものにエネルギーを注ぐより、自分のことをキチンとしていくべきである、というのが正論でありましょう。
他者を見下し、卑しめ、侮辱し、馬鹿にする――って同じ意味だけれども、そういうマイナスの気持ちよさとでもいうべきものに身を任せてはいかん。それは、自分をおとしめているのと同じだ。どのように言い訳しようとも、自分が不幸であることを端的にあらわしてしまっている。 毒を吐きたくなったときは、自分を幸福に、気持ちよく、快適にしてあげることが、非常に求められている時なのだな。そこを履き違えて、エネルギーを他者に向けた途端に悪循環が始まる。 人にひどいことをされたり、いわれたら、報復したくなる気持ちは分かるけれども、それをしたら――しなくても、怨んだり呪ったりしたら、たちまち自分に返ってくる。これは法則であって道徳ではない。 ひどいことをされた、言われたということは、過去の自分の行為や悪想念を出した結果である。そこでまた、この野郎などと思ってしまったら、これはもう悪循環がさらに大きな渦となって、断ち切ることが出来なくなってしまう。 だから、報復を考えるのではなく、返ってきたのだな、と理解する。そして、何も想わず流す。どんどん流す。それでやっと、悪循環のエネルギーが消え、本来に帰ることができる。 自分をおとしめることなかれ。 自分を大切に。 ●こんなところで 先々週だったかな、出張所に書類を持っていったら、透析病院の事務の女の子がいた。自動車学校に通っているのだそうだ。その空き時間に出張所(図書館もある)に来ていたらしい。 自動車学校かー。なつかしー。まだハタチらしいからねぇ。若いねぇ。ういういしいねぇ。<オヤジ化進行中(笑) で、昨日だけれども、某所の帰りに駐車場で料金を精算していたら、今月、病院を辞めたばかりの、別の事務の女の子とばったり。「また、(病院に)遊びに行きますね〜」といっていた。いまは、引っ越しの準備をしているところだという。 辞めちゃってもう会うこともないのかなーなんて残念に思っていたんだけど、嬉しいねぇ。えへへへへ。<オヤジ化激進行中(爆死)
おおみち礼治
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