世を忍ぶ仮の日記
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2002年11月28日(木) ICU

目が覚めたら集中治療室でした。
起きて最初に思った事は、小説のように「これ夢だよねえ」だった。
コンタクト無いから何も見えないけれど、とりあえず色んなところにチューブが付いているから、身動き取れなくて、むごーむごーと動いていたら、当たり前だが止められた。
近頃胃洗浄はやらなくなったのか、時間経過を姑息にも微妙なところでずらして報告したからか、胃を洗う事はされませんでした。
お前一回胃洗われて来いよ! て数度思ったことはあるんですが、本能って卑怯ですね。えへ☆←バカ。
鼻から活性炭素を入れて体の中のヤバイものを出すんだそうです。で点滴が1時間に100ccと、全部説明してもらいました。
点滴の説明された時、「ほほう、てことは、1時間に饅頭1個のカロリーなのね」とか、しゃべる元気がなくて幸いです。饅頭何個ぶち込まれたんだろう。体重計が怖いわん。
喉が渇いても水が飲めない状態(水禁止令発令)なのに非常に喉は渇きますが、暖かな日差しが差し込む朝の集中治療室、隣の方々は非常にせっぱ詰まった状態にいらっしゃるので自分がとてもいたたまれなくなり、
「もう帰りまーす!」などと叫んでみたくなりますが、叫ぶ精神力無し!
何処で調べられてしまったのか(多分財布)かかりつけ医に連絡付いたと報告来た時は、しゃべれないくせに
「すいません謝りたいんで電話下さい」とか訳分からないこと言ってました。いや、今でも謝りたいんですけどね。
痛恨の一撃。
「ならやるなよ」と何処でつっこんでもかまわないんで、いつでもつっこんでくーだーさーいーねえーーーーー。
だって私も出来るなら逝きたい、あ、こんなところで漢字変換天然で間違うな、生きたいもん。生きるつもり満々ちゃんで頑張って生きてる生きる為に病院通ってたんだ、もーん!(絶叫)




コンタクトが入って無かったので、色んな観察が全然出来ませんで、しかもほとんどを眠って過ごしていますし、薬の副作用で意識朦朧としてダメなのですが。
はっきりと覚えていることはただ一つ!
私の担当の女医さんは美人です。
K大病院救命救急、ドラマより美味な女医発見。
コンタクト無くても、近くまで来ていただければ美人センサーが働くし、何より美人の良い匂いしたもーん。
もう2度とお世話にならないつもり(なっても事故とか)ですが、ありがとうございました。これからも美女医師街道邁進していって下さいましまし。




帰ってから、家族でコンビニ弁当食べた。
コンビニ弁当が一番家庭に帰った味がして。
それは変だろうと思いながら、久々に食べるコンビニ弁当がおいしく感じられた。手作りよりもコンビニ弁当が手作りな気がするのは何故だろう。コンビニが頑張っているからだろうか。それだけじゃ無いだろう。ジュースとか麦茶とか。麦茶とか自分で作ったものより買ったものの方が満足度高かったの。
ああ、駄目だ。
そんなことだから味覚障害起こすんだ。
そのうちパンにマヨネーズかけられる。



家族はあいかわらず会話がすっ飛んでいて、会話になっていなかった。
ああ、そっか。
私以外はそれで成り立っていけるから、家族でいられるんだ、と納得しながら、薬の名残で眠った。


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