| 2004年11月29日(月) |
言葉の記号化現象 The Symbolization Phenomenon Of Language |
最近、<キモい>という言葉をよく耳にする。 <気持ちが悪い>の砕けた表現なのだろう。 そんなにキモいキモいって、お前の内臓はそんなに弱いのかと皮肉を言いたくなる。 確かに相当気持ちが悪いと感じるものを見ると、人は吐き気を催す。 しかし、そうでもなかろうに<キモい>という言葉は発せられる。 それは特に、他人の見た目や仕草、発言などに対して発せられる事が多い。 <あいつ、キモい>。 それほどのことだろうか。 その言葉はもはや、本来の<気持ちが悪い>という言葉の指す意味とは大いにずれていき、少しでも自分、もしくは自分たちとは異質の存在に対して発せられる気軽なものに変化している。 しかし、それを言われた本人はどう思うだろうか。 案外、気にしてしまうだろう。 言った人間が気軽でも、言われた本人というのはそういう言葉に敏感なものである。 つまり、言葉というのは、ナイフのような武器なのである。 気軽にナイフを振りかざしている人間がいるとすれば、そのナイフは近くにいる人間を傷つける可能性がある。 そんなナイフのように、軽くて手軽に手に入るものでも殺傷力がある。 普段から気軽に使っている言葉でも、その言葉に特別深刻な意味がなくても、言われた人間によっては致命傷に至るケースもあるだろう。 言葉というのは恐ろしい。 ナイフより殺傷力が不確実であるが故に、というよりも殺傷力があることにさえ気づきにくい程に曖昧な武器であるが故に、それよりも容易に振りかざしてしまう危険な代物だからである。
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