イブの流した涙
▼▼▼今回の一言▼▼▼
財布の中身(レシートとかカードの類ではない)がみるみる減っていく

○そのうちに、2003年12月27日(土)「注文をとらない料理店」を完成させる予定

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感想専門の日記です

▼▼▼森博嗣▼▼▼
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というより僕が好きなだけ

宝生出演の舞台観ました!(7/26)
詳しいことは月曜の日記にて
・・・と思ったけど
やっぱり水曜の日記分に書きます
と言ってて、未だに書いていない
そのうち書きます
それにしても、もうすぐ一週間経つのか
・・・もうすぐ三週間か
・・・もうすぐ四週間か
・・・一ヶ月越えたな
・・・それどころか二ヶ月経ったな
・・・もうすぐで三ヶ月だよ
・・・経ったな、三ヶ月
そして四ヶ月が過ぎ・・・
半年が過ぎ・・・
七ヶ月が過ぎ・・・
そして八ヶ月(一年の2/3)が過ぎ・・・
驚いたことに十ヶ月が過ぎ・・・
もうとっくに一年経ち・・・
一年と二ヶ月が経ち・・・
二年と二ヶ月が経ち…

2003年10月28日(火) テンポとミュージック

映画とは何だろう?
何でもいい。
個々の創り手が、それぞれに的確なビジョンを持っていれば、何でもいい。
少なくとも、それは映像と音(セリフ、効果音、ミュージックetc・・・)で成り立つものである。
もっと言えば、映像があり、音があれば(もしくはなくても良い)、ストーリーがなくても成立する。
また、言葉を変えれば、映像にさえ拘れば、映画には個性が生じる。
あとは味付けである、とも、大胆ながら言える。
バランスは必要だが。
よって、味付けも重要である、と一応言っておけば、もっともらしいだろう。

大抵、映画を観る場合、前もってどんなものかを知ることになる。
ストーリーはともかく、あらすじくらいは目にしたり、少なくともジャンルはどんなものか?くらいは気にして選択する。
みなさんはどのような好みがあるだろうか?
人それぞれだと思う。
今更語る必要も無いが、映画には様々なジャンル、いや、ジャンルでは括れないようなものもあるし、とにかく映画の数だけの映像世界がある。
が、最近の映画には個性が感じられないし、あったとしても、どういうところを観客に楽しんでもらいたいか、というのがはっきりしない映画が多い。
あったとしても、皆かぶっているのである。

昨日観た「Kill Bill」、好みが分かれる映画だろう。
どうやらR−15指定らしい。
それもそのはず・・・(以下一部省略)。
監督はクエンティン・タランタィーノ。
今回が四作目。
二作目の「パルプ・フィクション」は、カンヌで最高のパルムドール賞を受賞。
ビデオでそれを観た時、(こんなものがカンヌで最高の賞になるなんて、カンヌも心が広いなぁ)と思った。
つまらないのによく選ばれたなぁ、という意味ではない。
賞に選ばれる映画と聞くと、大抵シリアスな人間ドラマを想像する。
が、「パルプ・・・」はそういった映画とはかけ離れた、内容はまさにパルプ・フィクション(三流小説)なものである。
ではなぜ、そんなのが賞を取ったのか?
ひとえに脚本、編集、音楽のおかげである。(ひとえではなかった)
脚本がいい、というのは、構成がいい、ということである。
三つの独立した物語が時系列に沿って描かれるのでなく、あっちこっちに飛ぶ。
編集の緩急がある。
音楽が抜群にいい。(と筆者は思う)
それ以外に特にいいことはない。
話はバカバカしい。
だが、そのバカバカしさも、いいと言えばいい。
時間が長いのに、あまり気にならない。
見終わって、何も残らないような映画だ。
あれは何だったんだ・・・というようなものである。
しかし、面白い映画だった。
映画としての面白さで言えば、ベスト10に入れてもいい。

「パルプ・フィクション」を思い出して感じた。
映画って言うのは、ストーリーではなく、テンポなんだ!と。
小説よりも、テンポを押し付けるメディアなんだ、と思った。
字を読ませるよりも、映像を見せるというのは、受け手には負担である。
小説は、読み手が想像するという自発的な面があり、その分押し付けがましくない。
が、映画はストーリーに加え、映像も見せるのだ。
かなり押し付けがましいメディアだ。
だから、そこでテンポが重要なのだ。
ずっと速ければいい、ていうものでなし、じっくり見せればいい、というものでなし、である。
はっきりいえば、ストーリーが単純であるほど、映画には都合がいい。
受け手が考えている間にどんどん話が進み、話がこんがらがってくるような映画は、受け手にテンポを感じさせない。
そもそもカオスなところを味わってもらうのが目的のものは別だ。(キューブリックの映画とか)
スピルバーグの「激突!」なんて、話はいたってシンプルだ。
ただ一台の乗用車が、タンクローリーに追い回されるだけの映画だ。
オチらしいオチさえない。
なのに案外評価が高い。
「激突!」で言えば、あの手この手で、観客をハッとさせる演出が、最後まで効いていた。

映画はストーリーを語るものではない。
形を見せるものだ。
そう、形と捉えた方が良い。
ワンショットの長さ、画、音、そしてそれらの繋がりによって映画は形成される。
ストーリーに拘ると、画が似たようなものだらけになる。
映画は見せるものだ。
何を物語るか、でなく、何を見せるのか、をもっと考えた方がいい。
もちろん、ストーリーとの兼ね合い、バランスは、うまくとらなければいけない。

「Kill Bill」は、まさにシンプルなストーリーを痛快なミュージックとテンポで見せ切った、映画らしい映画だ。
映画らしい映画とは、見せて魅せる映画のことである。
どんなものを観客に見せるのか?
どうやって興味をもってもらうのか?
そういったコンセプトがしっかりしたもの、そして独自のものであるものが、僕は、映画としては面白いと思う。

結局言いたいのはこういうことだ。
タンランティーノ作品は、話がどうってことないのに、面白い。
彼は映画らしい映画を創る希少な監督である。
映画好きとしては、オススメの監督で、特に「パルプ・フィクション」がオススメだ。
話が難解でないから、見やすいのも、普段観ない人にはいいだろう。

―END―


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