昨晩、近所にある、書物販売とCD、ビデオレンタルを行っている店に、家から歩いていった。 片道10分くらいだ。 いや、そういえば自転車で行ったのだった。 外は寒く、寒そうだったのもあり、やはり自転車で行ったのだった。 時間的にあまり外にいるのも好ましくなかった。 外にいたって、何もいいことなんてないだろうし。
帰り道、何も買わず、何も借りずの手ぶらの状態で自転車をゆるゆると漕いでいた。 もうすぐ家に着くという時、妙に寒気を覚えた。 風邪気味だったというわけではない。 その日の夜は、もともと風が吹いていて、どうしようもなく、その寒さから逃れる術も思いつかないまま(きっと思考を停止する機能が風には備えられている)家路を急いでいた。 しかし、そういう寒さとは別の、きっと同系列ではない、もっと奥底からの寒さが、うちの近所を通る際に僕を襲った。
僕は、その時気がついた。 普通の寒さとは違うそれを、なぜ感じたのか? その奥底からの寒さを感じた時、こう思った。
あぁ、生きているんだな
生々しく、ゆっくりと、そんな感情が身を包んでいた。 身を包まれた僕は、何から身を守られようとしていたのか? それとも、何かを内に守ろうとしたのか? そのどちらか、それとも両方かもしれない。
生きているから、寒い
寒い
寒いのが正解で
そう思う僕も正解で
家に帰りつく僕はきっと間違っている
僕は家に着いた。 生きていることを意識しなくなった。 外の寒さの反動で、コーヒーを飲もうとした。 そして飲んだ。 飲もうとして、飲むまでの間、僕は生きていた。 飲んだらそうでなくなった。 生きていることを意識しなくなった。
生きている僕は、生きていることを意識したり、しなかったりする。 意識とは、それだけ乱雑なものなのだろう。 生きているということも同様に、乱雑なのだろう。 コーヒーを飲んだ後の僕は、生きていることを思わなくなった。 それも、生きている証なのだろう。 コーヒーを飲む僕も、生きている。 まるで、死んだように生きている。 きっと、生きていた。
―END―
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