「チャート降下の曲のそういう意味でいい曲だ」 まさしくタイトルの通り(?)、初め上位(1〜3位)に入ったものの徐々に落ちていくミュージックには好感がもてる。 反対を言えば、ずっと一位であり続ける曲が自分にとっての印象に残る曲とはなり得ないのである。 なぜか? それはずっと一位であるということが異常であるからだ。 そんな曲がいい曲であるわけがない。
人生は妥協の連続だ。 しかし、せめて芸術性のある文化(笑い、音楽、映画、小説、演劇、漫画、アニメ、絵画etc・・・)をそれぞれの作品として鑑賞する場合、それらに商業的ニュアンスが含まれていては気分は台無しなのである。 芸術にはロマンを求めたい。 それが妥協の連続を行く僕らにとっての刺激になるのである。 芸術は刺激的でなければならない。(と思う)
大衆に受け入れられるミュージックに芸術性の高さを求めるのは困難だ。 希にずっと一位であり続けるミュージックが自分のタイプのものであることがある。 それはそれでいい。 今に生きる僕にとって今流行っている曲に意味があるのか?(重要なのか?)を見極めることは大切だと思う。 そういう意味で今上位にランクインされ続けている曲には疑いの目をむけるくらいの気でいたい。 ただし、僕の知らない時代のミュージックに多々いい曲があるのは当たり前である。 そういう時代に生きていない僕にとって、それは冷静で客観的にいい曲かそうでないかを判断することが出来るからだ。
―「チャート降下のそういう意味でい曲だ」、END―
「不景気の幻」 不景気だ 不景気だ そう言って飽食である現状 これはどういうことだろう?
―「不景気の幻」、END―
「味覚異常の異常でない」 若者は味覚が変わったという。 確かに変わっただろう。 しかしそれが本当に悪いことなのだろうか? それが悪いなんて誰も言えないのではないだろうか?
―「味覚異常の異常でない」、END―
「男は(基本的に)タイプでない」 これこそ読んで字の如く。 男なんて嫌だ。 嫌、というのは<嫌い>という意味ではない。(この場合)
それに引き換え女はいい。(女がいいというよりも女になりたいくらいだ。) 尊敬できる。 側に居たい。 色んなことを教えてほしい。 一緒に何かしたい。 話したい。 触りたい。
本当に男なんてタイプでない。
―「男は(基本的に)タイプでない、END」―
―END―
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