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「自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の『罪と罰』」佐藤幹夫
2005年09月05日(月)
2001年4月に浅草で起きた、女子大生刺殺事件。この本は、その犯人として捕らえられた男が高等養護学校に通っていたこと、筆者が養護学校の教員をしていた経験があることから書かれたものです。
自閉症という障害の扱われ方、診断の難しさを知ることができます。
レッサーパンダの帽子といった目立つものを被っての犯行という異様さ、顔をあげて人と目を合わせられない、受け答えの不自然さ。
しかし、裁判ではこれらの障害は、まったく無視されることになったようです。

「自閉症」という言葉を、世間の人はどれくらい知っているでしょうか。
内向的な性格のことを、「自閉症」と言ったりしていないでしょうか。近年はそうした障害のある人をテーマにしたドラマなども作られていますが、それでも理解には遠いのではないでしょうか。
私も理解しているわけではないのですが…。どういうものなのか知りたい、とは思っています。

本書は、障害を盾にして量刑を軽くしようとすることが目的ではない、と繰り返し書かれています。罪は罪であり、遺族のことを思うとちゃんと償って欲しい、と。
しかし、障害ゆえに、罪を認識することができるのかという問題。そして、どうしてそんな行動に出てしまったのかという問い。
社会は、どういう風に彼らを受け止めていったらいいのか、考えさせられます。

そして、警察や裁判というものの怖さ。
言葉遊びのような解釈の違いや、その場の成り行きや思惑で、どんどん後戻りできなくなるんだろうと思いました。これは、他人事ではないですよ。自分はそんなつもりはなくても、いつそんな立場にさせられるか、わからないですよ。

また、男の家族の話も胸に痛かった。生活に追われ末期がんでも働かされて若くして亡くなってしまった妹さんの、「今まで生きてきてなにひとつ楽しいことはなかった」という言葉が…。そして最期に差し伸べられた助けの手は、一人の女性の犠牲によってだったというジレンマ。
社会の歪みで、こういう人たちはきっとたくさんいるのだろうと思います。そうした人が一人でも少なくなることを願います。かといって、具体的に何かができるわけでもないのですが…。


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