ニャンでも日記



ひとり暮らし

2001年10月31日(水)

いろんな友達から、ひとり暮らしは寂しくないのかと問われる。なるほど実家から離れて暮らしていると人はそう見えるのか。僕はこの質問はある意味で間違っていると思う。前にも書いたが人は生れ落ちるときは大概ひとりだ。そして人生を終えるときも一人だ。結婚して二人になって子供が出来て更に増える感じがあっても所詮、一人だ。その点、猫はそのことを本能的に知っているような気がする。眠くなったら騒がずに静かに眠る。死ぬときもそうなんだろうと思う。ただし、、、ある意味で、、と最初に断ってあるように人は所詮、孤独では過ごせない。買い物をしても電車に乗っても何らかの人と接触する。この接触が孤独感を軽減してることにはなっていないか。映画を見ても音楽を聴いても結局、間接的に人と接触をしていて孤独ではありえない。だから、、、一人暮らしは寂しくないのだ。僕にとっては人生そのものが楽しい。今は前向きで生きている。
猫ちゃんも寂しいときは僕のベッドに眠りにくる。それが本能的な孤独からの回避策であろうと思う。猫と僕は一人暮らしの寂しさを補填しあっているとも言えそうだ。



2001年10月30日(火)

僕はいやなこと、悩むこと、気分が悪い時、悲しい時、、などは空をじっと眺めることにしている。そして、雲の変化を目で追うことにしている。一番好きなのは日の出とほぼ同じくらいに空がしらけ始めるタイミングだ。じわじわと空の色が茜色に変化していく。そして、ひとまわり大きく見える太陽が顔をだす。この時の空は刻々と変化していく。また、真昼時の青空もいい。全く澄み切って雲がない時もあるが、大抵、少しの雲が漂っている。それを目で追いかける。パソコンで疲れた目の保養にもなるし、自然の移ろいが神秘に見えて興味をそそられる。勿論、晴天時の雲、低気圧発生時の雲、いろいろあるが、それぞれに風情があっていい。特に風がある日は、雲の姿が一変するし、見ていて面白い。また、日が沈む頃の茜空もいい。僕は日が昇る頃の空がいいと思っていたが、日が沈む頃の空の景色はそれにも勝るすばらしさだと思っている。夕焼け雲の景色はチャンスがないとなかなか、それ相応の美しい場面を満喫できないが、デジカメを常時携帯して、その機会を狙っている。空をじっと見ていると、日頃の悩みなど消えてしまうから僕にとっては天恵の良薬だと信じている次第。


ひるのいこい

2001年10月29日(月)

テレビとラジオのどちらがいいかという質問を友から受けた。僕は本質的にはラジオが好きだと言っておいた。テレビは決まった番組しか見ないからだ。そこで本題だが、NHKのラジオ番組で昼の憩いというのがある。何時から放送が始まったのか知らないが、僕が小学生の時も聴いたことあるから、長寿番組なんだろう。その放送に決まって流れるテーマ音楽がある。 僕はこの曲が非常に好きだ。何とも言いようのない素朴な、それでいて,大河がゆったりと流れているような余裕のあるテンポで,じっと聞いていると心が洗われるような気がするから不思議である。 



2001年10月28日(日)

この前、帰宅したら玄関前で男が鍵穴をいじっているので驚いて、何やってんだよ〜と近所中に聞こえるように叫んだら飛んで逃げて行ったんです。泥棒さんでした。追いかけたんですが、足の速いこと。逃げられました。被害がなかったのですが気持ち悪いので、今はやりのピッキング防止の鍵に変更しました。一応、絶対に開けられない鍵だそうです。(ほんまかいなあ?)予備キーいれて、19,000円かかりましたが、、。僕の家に入ったら、一番高価なものはパソコン,次いで手工ギターその次に冷蔵庫と猫ちゃんたち、、、。いやあ、間違いました。猫ちゃんたちが一番貴重なものでした。(ごめんね、、りとちゃんに茶子ちゃん,,間違って!)


相互リンク

2001年10月26日(金)

相互リンクの意味について考えた。お互いが相手のリンクを貼ることによって相互通行となっているはずなんだが、これがともすれば一方通行となりかねない。リンク先を増やしていくと特に気に入ったところしかアクセスしないし、また、ずうずうしいのは自分のBBSばかりに掲載させ返事を相手に送らなくなってくる。こうなると、もう馬鹿らしくてリンクをはずしたくなる。真の意味で相互リンク友達ではないからだ。


思考錯誤

2001年10月25日(木)

HPを見ていると、一部を更新しただけなのに違うところへのリンクをしてしまったり、うっかりミスが多い。ホームページアドレスを複数持っているのですぐにリンク先を間違ってしまう。現に勤め先で偶々、自分のHPを見たら、間違いを発見した。自宅では気がつかないのに勤め先で気づく。第三者になった気持ちで見るからであろう。そのミスを他の方が見て発見する確率は非常に少ないにせよ、気になる。いづれにしろ、時の経過とともにHPは自然と良くはなっているのではなかろうかと試行錯誤の後に思うが、これも錯覚かも知れない。


Love Song

2001年10月23日(火)

Love Songというタイトルのビデオを見た。伊藤英明、仲間由起恵、原沙知絵主演の最新ビデオだが、時代背景はレコードが登場してくるから少々古い。だが、内容は新鮮であった。伊藤英明が働いているレコード店へ仲間由起恵がレコードを買いに行ったことから、この物語は意外な展開を見せる。ふとしたことから知り合いになったのも束の間、伊藤が彼女に無断で行方をくらませる。其のあとを2年後に仲間由起恵がダチ公を伴って探しに行く過程でさまざまなことを見聞きし、最終的には借りていたレコードを黙ってアパートの玄関先に置いて立ち去る。結末は伊藤は原と結びつくような設定になっているが、その結びつき方が妙に胸を打つ映画だ。何となく物悲しいような、それでいて一人の男に昔日の希望を思い起こさせる筋にはなっている。
この映画の圧巻はなんと言ってもOh,My little grll, Forget me not ! と言うテーマ曲だ。尾崎豊が歌っているラストシーンは見ていると胸がじ〜んとくる。近年にない秀作だと思う。

 


広告入りのHPに感じて、、、

2001年10月22日(月)

広告入りのHPが比較的、多い。見る方の立場になればこれほど、邪魔なものはない。ページを飛んでも広告が必ずつきまわってくる。取り払うにも大変。だけど、人それぞれ予算もあるのだから一概に駄目とは言えない。広告が入っていてもすばらしいHPもあるからだ。そんな折、リンク友達の雲水さんから便りが来て広告を取り払ったという由。この方は僕のリンク友達で男性第1号の方である。お互いに富士フイルムのHPに写真を掲載している仲間だ。早速、彼のHPにお邪魔してみた。すばらしく、、シンプルになっていて背景が白の基調で清楚な感じがした。僕もいつかはフレームをふんだんに使用した白の基調のHPを作ってみようかと思う。


裏表

2001年10月21日(日)

買物をして釣銭の中に製造年月日が昭和37年という古い10円銅貨があった。縁がギザギザになっている。所謂、ギザジュウーである。この貨幣をじっと見ていて
人の幸・不幸や運・不運がまさにこれだと思った。いやなことを逆に見つめればいいことになっている。表裏一体の真理だ。戦争に反対する人がいるかと思えば賛成している人、止むを得ないと思っている人がいる。殺人者がいれば、それを捕縛して罰する人もいる。すべて、世の中は正反対のものが平面にあって、片方を追い出そうとしている。融合性がないから、必ず、裏表に分かれる。表を正とすれば裏が邪になる。それが、少し離れた地域に行くと表が邪になって裏が正になっている。結局、辻褄が地域によって更に反対になっている。テロを冒すものが邪であってテロを無くすために武力でもって報復するのが正ならば、話が簡単なのだが、テロを冒すのが正という考えもある。地域・思想によって違うのだ。そうなると報復が邪となって結局、正邪は10円銅貨の表裏となんら変わりはない。最初に手の平の中で開いている銅貨の表面をどう、評価するかにかかっている。


茜空

2001年10月20日(土)

今日は久しぶりに夕焼けが美しかった。こんところ、雨が多かったので窓より垣間見える真っ赤な空が痛々しいほどに見えた。いつも思うことだが、この真っ赤な広がりは場合によってその面積が違う。いや容積と言うべきか、、兎も角も西空から東空にまで迫らんとするほどの赤い絨毯は異様に見える。


茜空

2001年10月18日(木)

僕の創作集の中に「茜空」という作品がある。この小説は第一部に続き三部まであるのだが本としては2冊にまとめている。それを大阪のりんく友達であるネミさんが読んでくれることになった。インターネットで読んでいただいている方は他にもいるんだけれど、こういう形で読んでいただけるのは著者冥利につきる。ほんとうに嬉しかった。早速、彼女の自宅に発送した。自分の著作が関西に発送されたのは初めてで嬉しかった。ネミさん、、ありがとう。いい夢を見てくださいね。


アプレット

2001年10月16日(火)

リンク友のRARAままさんが使用しているアプレットという技術を彼女から教わった。やってみたら簡単に出来た。川とか、池とか、、水のある風景をアップロードすると水面がさざなみを打ったように動く。これが、結構面白い。単純なだけに素朴さがある。今度、海の景色を撮影してきて試してみようかと思っている。


送電線鉄塔

2001年10月13日(土)

窓から二つの方向にかなり大きな送電線鉄塔の遠景が見える。 朝起きた時間にもよるが鉄塔が朝焼けを背景に空に浮かび上がって見える時もあり、曇っていて今にも泣き出しそうな空に寂しく起立しているようにも見える。僕はこの何でもないような鉄塔の日々の変わり行く景色を見るのが好きだ。ある時は大空に向かってえらそうな姿にも見えるし、また、ある時は風雨に晒されている姿が寂しそうにも見え
るから不思議だ。そんな訳で朝、目を覚ますとすぐに窓を開け鉄塔に向かってはいつも挨拶の視線を送ることにしている。


和歌山県のりんく友に感謝して、、、

2001年10月11日(木)

リンク友だちになっているワープさんの猫ちゃんの画像を自分のHPに一つ掲載することにした。表立って掲載するとつまんないから、ちょっとある場所に遠慮がちに掲載した。それが、結構、いける、、。流石、プロのデザイナーの商品だけあって、そのページが妙に引き立った。ありがたいことだと思う。



2001年10月10日(水)

朝からの雨、、。 僕は本質的には雨が嫌いなのだが、雨の風景を見るのは好きだ。木々が、、葉が、、家々が濡れている風情はいい。特に靄がかかている河岸のしっとりした風情は水墨画的でいい。


睡眠不足という不測の事態

2001年10月08日(月)

普通、目覚し時計を午前6時にかけている。出勤は午前8時で十分間に合うのだがゆっくり新聞などを見る時間が欲しいのでそうしている。ところが、ここ数ヶ月、完全に時間が変わっている。二匹の猫のうち年下の茶子が必ず、6時前に起こしに来る。決まって午前5時半から45分くらい、、。もう少し、眠たいと思っても起こされる。茶子ちゃん、、あと30分くらい遅くまで寝させてよ〜と頼み込んでも駄目。部屋の扉を閉め切っていても扉を爪でカリカリやるから、こっちの頭がかりかりくる始末。よ〜し、それならばと休みの日にある実験をした。要するに猫を寝させないのだ。夜遅くまで一緒に遊んでやって所謂、昼寝の類をやらさない。でも、、結局はこっちがお手上げだった。いくら遅く寝ても6時前に起こしに来る。この部屋のベッドに必ず、飼主の僕が眠っていてニャオ〜と言えば一緒に起きてくれ、朝飯にありつけることを習慣上、知っている。猫は頭がいい、、それに従わざるを得ない僕の方が馬鹿なのか、、困った問題。ああ、睡眠不足。


放物線

2001年10月07日(日)

キャストアウエイをビデオで見た。映画で既に鑑賞しているんだけれど何となくビデオでも、、と思ったのである。二度見るとつぶさに其の作品を評価できる。詳しくはHPの映画欄で書き込みしたので省略するが、人生って、ままならない気がした。この前、メッセージインナボトルを見た時と同じ印象をもった。前者は女性を失い、後者は男性を失う映画である。共に人生の寂しい放物線を描いている。


掃除機と戦争

2001年10月06日(土)

掃除機など持ったこともない僕が猫を飼いはじめてからは頻繁に使うようになった。長毛種のヒマラヤンを二匹も室内飼いしているからだ。結構、抜け毛が落ちたりテラスから猫が舞い戻ったら必ず、土を落とす。(鉢植えの土に触れるから)
この頃はあれほど餌を催促していた猫ちゃんたちが掃除機を持つだけで飛んで逃げる。押し入れ、風呂場、冷蔵庫の上、、などなど。掃除機の音が極端に嫌いなようだ。この前まで厚木飛行場から飛行訓練していたアメリカ空軍機の爆音が聞こえていて猫チャンは逃げまくっていた。爆撃はテロリスト以上に猫を脅かしているらしい。その艦載機も横須賀から空母キテイホークとともにインド洋方面に向かったと言う。この4月、グアム島でこの空母を目前に見たが(潜水艦に乗船の時)よもや
再び、この空母の存在を思い起こすとは思いもよらなかった。確かにテロは許せないが報復の方法が一般市民を巻き込むことを考えると、この報復も下手すればテロのやっていることと変わりがないようにも思える。もっと、真摯に話し合いの場をもてないものか、、。人が人を殺めることのない平和な世界がなぜ、実現しないのだろう。


不完全な円を描く人生が多いのでしょうか

2001年10月04日(木)

完全な円を描く人生もあれば,予想も理解もできない形の人生もある
この旅で失ったものが−人生で何が尊いかを教えてくれた、、、
(映画最終画面に流れる言葉)
DVDでメッセージインナボトルを見ていたが、その最後に上記の字幕が流れた。ふと海辺に流れ着いた瓶を拾った女性が(ロビン・ライト・ベン)その瓶の中に入っていたメッセージの送り主を突き止める。送り主の男性(ケビン・コスナー)が亡き妻を想って切々とした内容の手紙を瓶にいれ天国の彼女に託していたのだが、物語は思わぬ方向に、、、。
失った愛の大きさがいかばかりで、その愛を永久に取り戻せないやるせなさ、切なさ、寂寥感がひしひしと伝わってくる映画だ。ふだん、涙のみせない僕も目頭が熱くなった。こんな愛を経験したいなと思うが、如何に。僕も湘南海岸に行って瓶を流そうかな、、。それもいっぱいに。


ちゅうしゅうのめいげつ

2001年10月02日(火)

ひさしぶりにめぐってきた、、ちゅうしゅうの
めいげつがみられると、きたいしていたのに
みえない
こんなうんのわるいひがぼくをぜつぼうさせる

もう、もどれないみちをはるかにすすんでいって
けっきょく、まちがったみちにきてしまったような
どうしようもない、さびしさをかんじる

つきよ
なぜ
ぼくにあかるいみちしるべをしめさないの
あれほどまでに
あなたをいつくしみ
あがめ
とおとい、そんざいとおもってきたのに、、


選ばれた道

2001年10月01日(月)

ひとり生活が孤独とは思わない
だけど、ふと急に思い悩むことがある
愛猫がそばにいても
テレビをがんがんつけていても
好きなビデオに夢中になっていても
いつもの曲をギターで爪弾いていても
何か、、不自然
人生って
結局、こんなことの時間の繰り返し
所詮
戻れない道を
一筋に歩んで行っているのかもしれない

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