2004年04月23日(金) |
TICRO that it once was |
1995年から1999年まで福岡に住んだ。
こじんまりとしたエリアになんでもあるこの街がすぐに気に入り、自転車で走りまわった。特に中古レコード屋。自転車で行ける距離に中古屋が十数軒もあるのが嬉しくてしょうがない。しょっちゅうハシゴしては流れてきたばかりの新作や、中学や高校の頃欲しくて買えなかったレコード、大昔に発売されて、でも初めて目にするレコードなど買いまくった。夕方になるとそうしたレコードを何枚も抱えたまま、これまた何軒もできたなじみの音楽飲み屋に行って、買ったばかりのレコードをかけてもらいながら酒を飲む。今考えてもなんとぜいたくな日常。東京ではなかなかこんなことできません。
なかでも大名にある「TICRO レコード」は大のお気に入りだった。店舗が入っているビル2階の窓ガラスに外向きに貼られた「TICRO」の文字、そのデザインに、これはなにかあると嗅覚が働いた。行ってみたら(はじめての中古レコ屋さんに入るときはいつも緊張します)これが大当たり。品揃えが琴線に触れるものばかりだったし、レコードと並べて販売しているオリジナルのTシャツもスゴかった。フィル・スペクターのキャッチ「Back to MONO」をあしらったTシャツや、ビーチ・ボーイズ幻のアルバム「SMiLE」の唇ロゴTシャツ。イカス!東京に住む友人へのお土産としてもおおいに重宝させてもらいました。そういうものを喜んでくれる友人限定ではあったけど。ただ、はっぴいえんど「風街ろまん」のジャケットに描かれたメンバー4人の顔Tシャツ(ひとり1枚)、これを欲しがる友人はあまりいなかったなあ。
ある日曜の午後、いつものように「TICRO」への階段をあがり店のドアを開けると、なんだか魅力的な音楽が流れている。聴いたことのないメロディー、でもとてもとても懐かしいサウンドと歌声、豊潤なハーモニー。あれ?この声ってもしかして、でもそんなはずは…。
「す、すみません、今かかってるの、これっていったい、なんなんですか?」焦って尋ねる僕に、僕の趣味をよく知っている店長さんが嬉しそうに答える。「そう、これ。これはブライアン・ウイルソンの新作なんです」「えええ!」「しかもヴァン・ダイク・パークスとの共作なんですよ」「ええええええ!!」
テープを見せてもらうと、印刷されているクレジットにはまぎれもなく「Brian Wilson & Van Dyke Parks」の文字。タイトルは「Orange Crate Art」。
約30年振りに、挫折した「SMiLE」のコンビが復活したこのアルバム、今から考えるとなぜ、発表されるかなり前に「TICRO」がその一部(テープは2、3曲のみの収録だった)を手に入れることができたのか。後日、とある本(『モンド・レコード』)を読んでいたら、日本の音楽家がヴァン・ダイクにインタビューした記事が載っており、そのときヴァン・ダイクがこのアルバムのテープをプレゼントしてくれた、との記載があった。そのテープが回ってきていたのだろうか…。
とにかくそのときの興奮たるや、今思い出しても鼻血が出そう。こういうことはあまり書いてはいけないのだけど、拝み倒してダビングしてもらった。また、こういうことはあまり書いてはいけないのだけど、後日お礼にビーチ・ボーイズのブート・ビデオをダビングして渡した。
99年の初春、東京に引っ越すことが決まった。福岡を離れることがなんともなごり惜しく、なじみのお店を1軒ずつまわることにする。そして最後に「TICRO」に足を踏み入れて、呆然とした。店の雰囲気が完全に変わっていたのだ。
僕のような「オタク」向けというよりは、どちらかというとおしゃれな子向けの内装、飾り付け。レコードの品揃えも以前とは微妙に違う。レコード以外にもいわゆるおしゃれな雑貨、おもちゃも目につく。僕にテープを聴かせてくれた店長さんもいない。その少し前、その人からお店を辞めて東京に引っ越すのだと聞いてはいた。だが、人が変わっただけではなかったのだ。そこはもう僕にとって居心地のいい場所ではなくなっており、そのとき、本当に福岡での生活が終わるのだとあらためて実感した。これから福岡に来ることがあっても、あの空間、「あのTICRO」はもう存在することはないのだと。少し大袈裟。でもホント。
ちょっとした後日談。
東京に引っ越し、渋谷クアトロにキリンジのライブを観にいった。終演後、人でごったがえすフロア、なんだか知った顔がいるなと思ったらなんと「TICRO」の店長(元)!そういえばかつて「TICRO」のカウンターで、インディーズから発表されたばかりのキリンジのファーストシングルに、ふたりで「いいよね」「いいですよねえ」と盛り上がったことがあったっけ。
人波に流されながらその場は名刺を交換しただけで終わったのだけど、一瞬「かつてそうだったTICRO」と大好きだった福岡の街の匂いに包まれて幸せな気分になった。少し大袈裟。でもホント。
なまえはルカ ウチは2かい アンタんチのうえ しってるでしょ ぼくのこと
よなかにいろいろうるさくても なんかごちゃごちゃ けんかっぽいおととか
ウチじゃないから しらないってば
わからない バカだから はなすのとくいじゃないし みんないってる キチガイだって じぶんでわかってる
だからたたくんだ ぼくのこと なくまでやめない わるいのはぼく
わるいのはぼくだから わかってるってば
べつにだいじょうぶ もうウチにかえる ぼくがどんなでも アンタにかんけいない
ひとりがいい ひとりなら だれもこわさないし なにもなげつけない
だいじょうぶとかきかないで おねがい
original text by Suzanne Vega translated by yamano
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