2004年08月17日(火) |
Who's next |
7月24日、朝。やっぱり早くに目が醒めてしまう。遠足前の小学生だな、わかってるよ、自分でも。ガキだ。
迷った結果、キース・ムーンTシャツを着ていくことにする。アルバム「ザ・フー・セル・アウト」裏ジャケットのキュートなキースをイラストにしたTシャツ。2002年の9月7日、高円寺で開催された「キース・ムーン追悼ライブ」に、イカシたオンナノコバンド"Cube"のReiさんと一緒に行ったとき、会場で買った逸品だ。Reiさんもきっと早起きしてるんだろうな。 You are forgiven....
会場で気分が変わってしまったときの控え(サブスティテュート!)として、サッカー、イングランド代表のユニをかばんに入れる。ゼッケンは9番、イングランドの新星フォワード、ルーニー(ROONEY)のユニだ。
今年、小山さんとみんさんと"Ni"というバンドを結成。6月13日には鶴見でデビュー・ライブを敢行、ついに念願のフー曲を演奏するという快挙を成し遂げた。快挙なんですってば(The real me、Drowned、Won't get fooled again、の3曲を演奏)。
そのライブの前日に、ステージ衣装として渋谷のサッカー・ユニ専門店「カンピオーネ」で買ったのがこのルーニー・ユニ。レジのお兄ちゃんが「ゼッケンとネームはどうしますか」とイングランド代表のメンバー・ゼッケン一覧表を見せてくれて、なにも考えてなかった目は「ルーニー」の文字に引き付けられた。
フーといえばイングランド、フーと言えばキース・ムーン(いや、フーと言えばピート、なんだけどね、まあいいじゃない)、キースといえば愛称「ムーニー」、おお、ちょうどいいや、すいません、この"ROONEY"の最初の"R"を"M"に変えてプリントしてください、我ながらなんとナイスなアイデア、ヘヘヘ、お兄ちゃんいわく「いや、そういうのはできません」え、ああ、そうなんですか、残念、それならROONEYのままでいいです、いや、実は大好きなバンドのドラマーの愛称がムーニーと言いましてね、だからこれを"M"に変えたら面白いかなと思って、「ああ、そうですか」。
さあ、他になにを持っていこうかな、暑さ対策に帽子は欠かせない、あと、目の前にノッポさんが立ってしまったとき対策のため、今回初の試みとして踏み台用にイフェクター・ケースを持参することにしよう。チビには切実な問題なのだ。でも後ろのひとがイヤがりそうだったらやめよう。チビは小心なのだ。
フェスのスタートは午前11時。会場は新横浜の横浜国際競技場。いちおうフェスは最初から全部観ようということで、本日の相棒である小山さんとは渋谷駅で午前9時半に待ち合わせしている。はやー。東横線渋谷駅改札前に10分遅れで到着。小山さんはもう待ってくれている。サッカー系Tシャツ、帽子、半パンといういでたちで、なんだか彼もこれから遠足に行くひとみたいだ。
車中でさっそくフー談義。盛り上がるねえ。菊名まで行き、そこでJRに乗り換える。新横浜までひと駅だが、満員だ。どうやらほとんどのひとがフェス(The Rock Odyssey 2004)に向かうお客さんみたい。このうち何人がザ・フー目当てなのか..。僕は意思表示としてちっちゃいユニオン・ジャック(小山さんに買っておいてもらった)をカバンに掲げている。
新横浜到着。イフェクター・ケースを潰さないために、キオスクで中詰め用の「少年サンデー」「少年ジャンプ」など3册を買い込む。小山さんがなんだか呆れている。チビはしょうがないんですってば。試しに乗ってみると、やっと小山さんの身長(でもまだ少し低い)だ。
昼飯をどうしようか。「せっかく横浜に来たんだからシュウマイ弁当を買いましょう」と小山さん。そうしましょう。途中のコンビニでビールなども買い込んで横国までたらたら歩く。おー、もう暑いぞ。「アントラーズの試合以外で横国に行くのははじめてだ」おーそうですか、鹿さん。
会場に到着。うひゃー行列だねえ。入口もグッズ売り場のテントも大変なことになってる。別にパンフもTシャツもいらないし、メシ食べましょう、うーん暑いねえ、どっか涼しいとこ、会場下に降りる階段がありますよ、へえー横国にこんなとこがあったんだ、ここはふだんは入れないレア・スペースっすよ、そうなんだ、この上はピッチなのかな、よっこらしょ。シュウマイ弁当は大正解でありました。
では、入りましょう、ゲートはこっちだ、かしーまアントラーズ(パンパンパパパン)、はいわかりましたから、あれ、なんか「平和を我等に」が聴こえますよ、これはレコードだね、、お、なんだか、かっちょいい演奏がはじまった、これが『ラブ・サイケデリコ』か、おおー、かっちょいいぞ、サイケでかっちょいいぞ、うおー、あれ、小山さんどこ行っちゃったのかな。
小山さんとはぐれたので取りあえず席に向かう。アリーナ、Bブロックだ。広い会場を席に向かって歩いている間に、ステージではデリコが2曲目"Like a rolling stone"のカバーを演奏している。ボーカルの女の子の歌がえらくかっちょいい。でも会場はまだ五分以下の入り。お客さん若い、みんな踊りまくってる。途中、ザ・フーのファンらしきターゲットTシャツを着た男の子とすれ違い、お互い親指を立てて連帯の挨拶を送りあう、おお、フェスだフェス。ピース、ラブ、そしてアンダースタンディン。でも…あづい。
席で小山さんと再会。アリーナの真ん中、前から30番目ぐらい?いい席だ、良かったね。ステージ近いし。やったね、ピート側じゃん、「いや、ジョー・ペリー側だよ(笑)」。それにしてもデリコかっちょいいすね。「いいすね。でもこのままこの席にいたら絶対死ぬのでどっかに避難しよう」そうしよう。イフェクター・ケースを椅子の下に置きっぱなしにしていったん通路に向かう。
途中、板の敷いてないところに芝が見える。ふたりで喜んで触りにいく、これがワールドカップ決勝の芝だ、いや、もうその頃の芝残ってないし。
通路から外のスペースに出る。屋台もいくつか出ていて、いいねえお祭りだ。でもデリコのライブ、こんなにかっちょいいとは思わなかったなー「ボーカルが帰国子女というのが大きいよ、英語の発音がしっかりしてる、というのが」ふむ、それに演奏もツボに入りまくりだ、今度、ピンのライブを観にいこうかな。
屋台やいくつかのパラソル・テーブルの先に、唐突にでっかいメッセージ・ボードが現れる。「2001年宇宙の旅」のモノリスのようだ。でもこれは白モノリス、「フーズ・ネクスト」のジャケだ。違うか。マジックが吊るしてあり、みんな贔屓のバンドのことを好き勝手に書きまくっている。うをー、なにが稲葉だー、なにがエアロだー、ザ・フーのこと書いてやるー、うーん、でももう書くスペースがないね。「やまのさん、オレが肩車するから一番うえに書いて」え、と思うまもなく、小山さんにかつがれている、うおー、高いーこわいー、えーとなに書こうかな、「マキシマム」ってスペルなんだっけ?「えーとね、M、A…」。
"MAXIMUM R&B THE WHO!!" "Boris!!" "The OX R.I.P"など、一番上のスペースにでっかく書きまくる。ふははは。でもこわいー。書き終わって降りたら、小山さんから再度注文「あのTHE WHOっての、もっと目立つように太字にして。はいいくよー」え、また?うわーこわいー、高いとこ苦手なんだって。ふー、どれどれ、おお、目立つぞー、いいなあ、フェスだなあ、ピース、ラブ、そしてアンダースタンディン(そうなのか)。
満足して7階(2F席)まで上がることにする。すずしー、見晴らしいいー。「横国は、実はサッカー観るのはこのあたりの席が一番いいんだよ」そうなんだ。さあ、ゆっくり観よう、あ、デリコ終わっちゃったね。残念、もっと観たかったな。客席からアンコールの拍手、でもアンコールはなしか。
続いて、えー『ジョッシュ・トッド』。お、なんかお客さんが盛り上がってきたぞ、期待しよう。始まった、音デカイなあ……。……。なんだこれ。つまんねー、「若いね」、はやく終われ。
次は『ミッシェル・ブランチ』。女の子がアコギ抱えてる。コーラスの女の子とのハーモニーがいいなあ、音もイマふうのカントリー・ロックという感じでこれ、いいなあ。吹いてくる風も気持ち良く、やっとひと心地。曲によってはネオアコぽく聴こえるものもあったりして、うん、よいなあ、MCだ、「ザ・フーとエアロスミスと同じステージに立てて光栄です」いいじゃないですかこのコ!
さあ、ポール・ウエラーだ、アリーナ降りるよ、どんな曲演るんだろう。うわ通路すごい混雑だ、おまけに狭い、アリーナに降りる通路、まさかここだけ?全然進まないよ、ウエラーの出番、間に合うのかな。うーあづい…。
2004年08月16日(月) |
My generation |
7月24日、ついにこの日が来た。ザ・フーが演奏する姿を、音を、観ることが、聴くことが、できるのだ。
ことロック・ミュージックに関しては「遅れてきた世代」であるはずの僕が、いっぽうで、思えばずいぶん幸運な目にも遭ってきた。それは「海外にでも行かない限り絶対に見られない=来日などありえないとあきらめていた、そういうアーティストがなんとまあ、来日したよ」という幸運だ。
ポール・マッカートニー、ローリング・ストーンズ、ジョージ・ハリスン、ブライアン・ウイルソン、(ロックじゃないけど)ジョアン・ジルベルト。こうしたジャイアント(ツ)が、奇跡と言ってよい来日を果たすたびに、長生きしていてよかった、と思う。
さらに幸運だと思うのは、僕が10代の後半から20代の前半にかけて熱狂した彼ら巨人たち、その音楽が自分のなかでまだ新鮮であり続けているうちに、その音楽が自分のなかで新しい細胞を生み出し続けているあいだに、彼らの「生(なま)」の音なり声に接することができた、という点。ありていに言えば「間に合った」ということだ。本当に幸運なことだと思う。
まあ、この「間に合った」というのもはなはだ主観的な問題で、では何歳になったら「間に合った」と言えなくなるのか、30代後半になった現在、本当はなにも間に合ってなんかいなかったんじゃないのか、そう突き詰めて考え出すと、せっかく「幸運だ」とした結論が変わりそうで怖いのであまり考えないでおく。ロックンロール。
さあ、ザ・フーだ。生で観る、聴くことの一番のバリューを、そのライブ・パフォーマンス、ステージ・アクトに接することとするならば、ザ・フーほど、生で観ることを熱望していたバンドはないだろう。映像で観ても、とても冷静ではいられないピートのジャンプ、もし生で観たら僕はいったいどうなってしまうんだろうか。
ただ、たとえば前述したジャイアント(ツ)と比べると、ザ・フーは、なんだか変、だ。
もちろんブライアンにせよ、ジョアンにせよ、際立って変、なところはある。ありすぎる。しかし彼らの場合、その「変」さをポピュラーなものに変換し得うる、そういう力、そういう普遍性、より万人に受け入れられるようなスタンダードなところもあらかじめちゃんと備えているように思える。
ザ・フーはそうではない。「変」なところを「変」なまま、ストレンジネスはストレンジなままで放り出してしまっている。それを作品にしようとすると、当たり前のことだけどそこに軋轢が生じるのだが、ザ・フーはそうした軋轢を解消してきれいなものにまとめようとはしていない。全然していない。彼らは力業でねじ伏せ、強引につなぎ合わせ、その痕跡を隠そうとすらしない。そりゃあクレバーなところがまったくないわけではない。でも、僕がザ・フーの作品を聴いたあと、いつまでもしつこく残る響きは、その「変」さであり、その「軋轢」なのだ。
ある種「奇形」と呼んでもいい、このサウンド。鍵を握っているのはひとりの天才だ。ピート・タウンゼント。
もちろんザ・フーの魅力はピートだけに拠るものではない。キース・ムーンの一切のコントロールを拒否するドラム、ジョン・エントウイッスルの縦横無尽なベース、ロジャー・ダルトリーの無骨なボーカル、どれも愛すべき重要なファクターだ。でも編み棒を握っているのは、ピート。ザ・フーはピートのバンドなのだ。「奇形」なのはピートなのだ。
僕はピートに会いたかった。彼の脳内で生まれた、僕のような凡人には想像もつかないストレンジネスが、彼の部屋でデモテープとなり、そしてザ・フーという世界最高のクソ・バンド(イエエエエエエーーー!)が表現するサウンドとなって世界中をティーンエイジの荒廃地にしてしまったのだ。僕は世界を、僕をファックした、その張本人に会いたかった。その、世界最高のクソ・ヤロー(イヤアアアアアアアアーーーーーー!!)をどうしてもこの目で観たかったのだ。
チケットは手に入った。フェスのいち出演者であること、演奏時間はじゅうぶんなものではないこと、そんなことはどうでもよかった(本当のことを言うとどうでもよくはない)。ザ・フーが、ピートが来るのだ。クソ・ヤロー、待ってろよ。あ、待ってるのはオレか。
2004年08月08日(日) |
バイシクル・ライダー |
夏休みまっさかりの息子と公園に行くことにする。彼の小さい自転車も一緒に玄関に出す。えっちらおっちら。
先日、自転車の片側に残っていた最後の補助輪を外した。今日は2度目の「補助輪なし」に挑戦。
1回目。外したその日に家の前の道で試してみた。もちろんすぐにうまく行く筈もない。いつもある補助輪がそこにない、いつも普通に頼りにしている支えが消えている、息子は戸惑うばかり。何度繰り返してみても同じこと、うまくはいかない、少しはうまくいくような気配すら見えない。やっぱりむずかしい、簡単には行かない、おまけに暑い。だが、何度目かに自転車を押してやる手を離したあるとき、すーっとバランスをとって自力で前に進んでいった。
不思議な光景。今まで補助輪をがたがた、がちゃがちゃ、ごうごういわせながら無骨に進むしかなかった「彼と自転車」に、ほんの一瞬だけ羽が生えたみたいだった。
生け垣に激突した彼のところに慌てて走っていく。だいじょうぶ?顔が上気していた。「なにいまのー!」
今日はこのあいだの「なにいまのー!」をもうちょっと確かなものにすることだけ考えよう、「ほんの一瞬」が「もう一瞬」になりさえすればそれでいい、焦る必要はない。
自転車を買ったのは彼が3歳のとき。ペダルを漕ぐのもおぼつかなく、しょっちゅう自転車から転がり落ちていた彼が、ふたつの補助輪を頼りに、それなりに乗れるようになったのが1年後。そのときのなんとも嬉しそうな顔はよく覚えている。ここ数年は補助輪をひとつにして乗っている。サドルの高さはずいぶん上がった。
いま、同世代の子、もしかしたら彼より歳下かもしれない子が街中で、補助輪なしの自転車にすいすい乗っているのをたまに見かける。焦ることはない。彼自身がまるで焦ってないのだから。
彼は、マイペースだ。いつも自分の好きなことを自分の好きなペースでやっている。うまくいくこともあるし、うまくいかないこともある。口を出さずに、ただ見ていてあげるのは本当にむずかしい。何度も過剰に、ときには苛立ちながら口を出してしまう。口を出すことで、できなかったことができるようになったことはある。口を出してみたら彼を混乱の渦に陥れてしまっただけだったこともある。ここは口を出したほうがいい場面なのだろうか、それとも好きなようにやらせたほうがいいのか、いつも迷っている。ひとつ確かなこと、彼は自分のペースをとても大切にする、ということ。それは大事にしてあげよう、と思う。
公園に向かう道。不安そうに「覚えてるかなー」、彼が言っているのはこのあいだの「なにいまのー!」のことだ。だいじょうぶだよ、自転車の乗り方って、一度体で覚えたことは忘れないんだよ、「そう?」そうだよ。
今日は絶対に焦らないでおこう、苛立つのも怒るのもやめよう、彼が楽しく練習できるようにしてあげよう、今日できないことでもいつかはできるようになる、と彼が信じられるようにしてあげよう、また練習しよう、と思えるようにしてあげよう、彼を信じよう。
家から公園に向かう途中、車も人もめったに通らない道に来た。アスファルトで運転しやすそうだ、ちょっと乗ってみる?「うん」
少し押して、すぐに手を離す。その瞬間は本当にあっけないほど突然だった。目の前を彼がペダルをこぎながらどんどん進んでいく、バランスもきちんと取れている。彼はいま、ちゃんと自転車を運転している、当たり前のように自転車を漕いでいる。うわあ、うわあ。
しばらく進んで、転びもせず足をついて止まった彼に、走って追い付く、すごい!すごい!興奮する僕を彼が満面の笑みと真ん丸な目で見上げる。「なにいまのー!!」
公園ではもうなにも手伝うことはない。ベンチに座って、生まれてはじめてびゅんびゅん自転車を乗り回すことに興奮している彼を眺めるだけだ。ときおり拍手をすると、嬉しそうにこちらを見る。その得意げな顔は、はじめて補助輪つきを乗りこなせるようになったときに見せた顔とまったく同じだ。
これが、彼のペースなんだな。
2004年8月8日、覚えておこうな。よかったね。がんばったね。
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