ぶらい回顧録

2003年07月21日(月) cure

そこでまず思うのは、どこにも「正解」なんてない、ということです。「正解」よりは「方程式」と言ったほうが正確でしょうか。「こうすれば必ずこうなる」という絶対性など存在しない。昨日有効だったやり方が、今日にはまったく正反対の結果を生んでしまう。カオスになんらかの法則を見出そうとする努力は、たいてい徒労に終わります。

「押してダメなら引いてみな」という点で「北風と太陽」を連想したりもしますが、太陽のやり方でいつもメデタシ、であればこんな苦労は必要ないわけです。繰り返しますが、試みから得られる結果が頻繁に変わるので、試行錯誤という言葉すら不適当に思えます。そこで得られるのは経験値の積み重ねによる、確信の持てない「ある種の傾向」だけです。

御推察の通り、消耗は大変なものです。1分ごとにフォームを変えて42.195キロを走ろうとするなど正気の沙汰ではありません。古い例えで「めくら編隊」という言葉を思い出したりもします。

どんなマラソンでもたまに給水所が見えます。当たり前ですね。それなしで生きていくことは誰にもできません。

どれほど陳腐に響こうと、私にとっての給水所は「笑顔」です。一条の光、とはよく言ったものです。あらゆる感情や想いを遮断してしまっているがゆえに涙も出ない日常。今いるところがどんなに望みのない暗闇に見えたとしても、前に進むのを止めないのは、そこに笑顔があるからです。今は少なくなってしまっているものの、私にはかつて溢れていた笑顔の瑞々しい記憶があります。そして進む先に、再び笑顔が満ちる日々が見えています。私は笑顔を信じているのです。

「正解」や「方程式」なんて鳥や蜂にでもくれてやる。




2003年07月11日(金) オブセッション

風呂に浸かって湯気にあてられ本を読み続けることがこんなに楽しいなんて

トイレで用を足しながら読む本はこんなに親しく感じられるなんて

電車に揺られつつ読む本から離れるのがこんなに難しいなんて

食事をしながら本を読むと食事も本もこんなに美味しくなるなんて

失神するように眠りに落ちるその瞬間まで本を手から離さないでいることがこんなに甘美だなんて


ここで問題です

僕はいったいなにをそんなに怯えているのでしょう?


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