古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2007年07月31日(火) 神様がくれた宝物

数日ぶり、数年ぶり、十数年ぶりとかなりばらばらな時間軸ではあるけど、貴重な再会をはたすことができたこの数日。
すきをみてまたプールにいって遊んだ!!平泳ぎがすこしできるようになった〜♪
そのほか、札駅から西25までいきおいで歩いたりなど・・
とてもたくさんのことがあったので、これはあまりにも割愛しすぎてるんだけど(笑)

なにか、大切な人なり、大切な感動、大切な時間なりにであうと特に、
これは『神様がくれたおくりもの(ギフト)』なんだと感じることって、
きっとみなさんも体験されているんじゃないでしょうか。

もちろん、人も感動的なできごとも、ギフトなんだと思うけど、ギフトなんだと感じる心、ギフトに感謝できる心がきっと、まさにギフトなんじゃないかなと・・・。まどろこっしいわりにあたりまえなこと書いてすみません!?

いいこともあたりまえだと思ってしまったら感謝できなくなるし、妙なぐずぐず感というか不満も生まれやすくなるけど、感謝できなくなったときに心が硬直するんじゃないでしょうか。
感謝したいと思っても一瞬できなかったりね・・そんなときって都合のいい言葉ばかり探したり、ちょっと路線のずれた気持ちよさでごまかそうとしてみたり(笑)あれこれもがいたりもするけど、一生って永遠じゃないから、できるときにできるだけのことをしたいと思います。

のぞましくない局面に立たされても、あきらめない姿。
人や世間のしくみをにくむより、のびのび明るくありたいと切実に願う心。
それらを生きた姿としてリアルにみて、私はとても感動しました。

人は道を選んで進むときではなくて、選べない道をただ一生懸命歩くときに美しいんじゃないでしょうか?
だって1個しなかったら選ぶも選ばないもないですもん。
どんなに不都合があっても、もうそれしかないから(笑)。



追い詰められたようにシリアスな顔が、やさしい笑顔と同じくらい魅力的に感じるのは、その人にとって大事な事を信じるか信じないかの瀬戸際でちぎれそうになっているにしても、・・・むしろもっと強く優しくなる瞬間のようにもみえるからかもしれないです。


ギフトにめぐまれる今日このごろ。
本当の感動は、涙だけではなく勇気をくれると思う。
おかげさまで勇気りんりんです。練習たのしい(笑)

















2007年07月27日(金) リズム、メロディー&ハーモニー(音楽の三要素)

今日もまた時差の激しい前後ランダムな日記・・・。

久々病院にいって昔の診断書を今頃要請してきたあと、まちなかを通過する際、案の定バーゲンにひっかかる。
気分転換といいわけして、かなりたくさん試着。

私が試着したなかで一番似合っていなかったのは・・、セシルマ☆ビーの、サロペット付きのショートパンツ(笑)ありえませんでした。
しかもデニム素材でもちろんぴちぴちスリムだったことが最高に・・・やばいというよりも、なにか、知らない人であっても注意してあげたくなるような・・・あきらかな失敗感があります。
『あの、スカートうしろめくれてますよ☆』みたいな、他人でもボランティアとしておしえてあげたくなるような間違いの域を経験したのでこわいものがなくなり、あちこちはいっていろんな格好をしてみました。

ラッシュってとこでキゥイの夏限定のパック(お顔用)も買いました。冷蔵庫にひやしてすぐに使いきらないといけないんだって。


話は脈略なくかわり、先日は『I橋さんをかこむ会』と称して、ドラムのI橋さん、ピアノのTさん、バイオリンのS谷さんと4人でイタリアンのコースを堪能☆
Tさんのおすすめのお店でしたが、すっごくおいしかったです♪

印象にのこっているのは、音楽の三要素で一番好きなのはなに?というテーマ。
I橋さんは、『僕はメロディーが好き。』と話だしました。なるほど。
Tさんは、ハーモニー。バッハの和声を聞いて特にそう感じたそうで、その感動が今も音楽の原点になっているのでリサイタルプロにもいれたのだと。
S谷さんも、ハーモニーだそうです。ちなみに子供の時すきだったのはアンダーソン(笑)。

私が重視するのはですね・・・リズムです。
私はリズムを生かしてあわせてのることは可能な部分もありますが、同時に自分ひとりで決定してリズムをつくれないという致命的な弱点をもっているような気がしてならないのですよ。魚座なので、流れにのるのはできるけど、つまり流されてるのか(?)
これあまり書きたくないけど流れで書いちゃいます。
一番あらわして伝えるのが難しく感じるのがリズムです。
トランペットは(というか私は)楽器の特質上一見リズムを整頓して決定できるようでいて、(ひとりで決定できて納得させられる人もたくさんいらっしゃるんですが)、私はあらかじめすべてを頑固に決めておく事はしていないしそのせいか決定力がいまいち不本意なんです(笑)。
乱暴に場面をしきるのがイヤだっていうポリシーは意外とよけいなこだわりなのかもしれませんが、破壊力をもっている楽器でもあるので、刃物の取り扱いには注意しないといけないみたいな気分。
そのときの流れでベストなタイミングが変わると思うので・・。日和見人生のあらわれなんですか、これって。
あくまでもまわりの人のリズムの反射を生かして前にでるようなイメージをもっていたいと思います。

いつも紳士的なI橋さんは、その意気に感じてしたう人もとても多いのですが、4時間ほどつづいた『囲む会』うたげの最後の十分でライブ開催決定しました。
なんといってもその立体感に富んだアクティブなリズムの表現にむしろ安心させられ、大好きなバイオリニストのS谷さん(うまくいえないけど、3Dみたいなんですよ)、
信頼するピアニストのTさん(私はTさんにかっこいいところをみせてほめられたいと毎回思っている)、
共演させていただくのは約2年ぶりのI橋さん(リズムの魔術師ですからね〜)との楽しい時間が増えていく事がとても楽しみです。
私は御会いしたことがないのですが、ベースはT中さんだそうでした。不在時に決定できてしまうのもやはり『リズムの魔術師』I橋さんの力か!?
かんしゃくだまを飴がわりに噛み砕いたドラマーは決定力が違いますね(爆笑)
楽しみです。


花火大会だったのにいきなり雨ふってもったいなかったけれど、私のこころのなかでは雷にまけないくらいのリアルドンパチがなりひびいています。






2007年07月26日(木) コト−&コマンド−

旅から戻りまして、早速ばたばたしていますが・・・八時間連続仕事や朝いち遠方クリニックなどが季節柄多く・・・意識がもわーと遠くなりました。

あえて、旅先でのくらしに心を戻したい(笑)。

自宅にTVのない私は、部屋にはいってTVがあることが素朴にうれしい。
とても覚えているのは、『実写版Dr.コト−』とよばれている夕張のお医者さんの話しと、映画の『コマンド−』です。

お医者さんの話は感動しました。
迷いのない率直な話ぶりに人柄もうかがえました。
自分にむけられるあらゆる疑問、こちらからすればいちばんたずねにくい類いの質問に背をむけず、ごまかさず、自分で対峙してきた人ならではのまっすぐ感がとても気持ちよかった。
やはり『完璧じゃない部分』から逃げないひとは軸がぶれてないしすてきだ。
そして、その人を理解できる奥様や家族もやはりすごい。
すきな曲は『全力少年』らしい♪


『コマンド−』って、シュワルツネッガーの最盛期の作品のひとつではないでしょうか。すっごく懐かしかったです。
顔と身体に黒い線ぬるとことか、片手でロケット弾打ったり人の足もってつるしたりなど・・・電話ボックスはがしてひっくりかえしたりとかね。
たまたま出会った美人ちゃんが偶然にも飛行機を操縦できるなど、よくできた展開もすばらしい・・・?

個人的にマッチョ系男性は得意ではない・・・など思ってる割にすっかりと『コマンド−に夢中』でした!!

コマンド−は、昔は特別な軍隊組織にいたんだけれど、さらわれたお嬢さんを救う為だけに自分の能力を使い、敵をたおします。
上官からの、
”君にしかできないことがあるから、軍に戻ってきてほしい”
というお願いはことわるというところでハッピーエンド。


家族に一ねん半あまり顔をみせる時間もなく、”世界をひらくのは僕だ”
とくちづさみながら、単身赴任でがんばる『実写版コト−先生』。
その特殊な能力をあくまでも家族のためにしか使わず、お嬢さんの”ずっとそばにいること”という誓いを守り、平和なくらしに戻る『コマンド−』。

まったく正反対な生き方のようにも思えるけれど、能力を最優先する目的がはっきりしているのは似ている。
あとすんでる場所がへき地なのも似てる(笑)。

どちらもかっこいいと思うし、それぞれが一番強く豊かに生きていけるスタイルを自分が勘違いさえしなければ、大丈夫だね。
まあ、自分は勘違いした時期もあったような気もしなくもないけど、自分がどっち派なのかは、自分ひとりではわからないのかもしれませんね。


みなさんは、コト−派ですか、コマンド−派ですか?








2007年07月23日(月) ☆プールのすすめ☆

旅から戻りました☆

ん〜、普段と違うとこにいって、のんびりするのっていいもんだなあ。
ようやく少しは素に戻ったんではないかと思う。
でも、当初連投づかれもあり、おもいのほか顔色が極端に悪かったので、ちいさな子どもにまで食べ物の心配をされてしまうというなさけない(笑)ところから滞在がはじまる。
結局、ノニジュースとかバナナとか果物をたくさんいただきました☆

その子たちには久しぶりにあったのですが、数年前のやみあがり(私のやみあがりというのは人生において一度しかない貴重なシーン)のブロイラー的ぷっくり状態のイメージがあったらしく、はじめは誰だかわかんなかったらしい。
↑単に老けたのだという話しもあるけど、それはここでは考えないこととする☆

そのようなおもいやりにも触れつつ、水着に着替えて、たのしく遊び捲る。(赤い小さな花模様のビキニで・・・テンションだけ先にバカンスまっしぐら・・笑)
どうせ、普段『思いきり運動不足』な私は、ものの数十分ですぐにプールからでるだろうと自分をそう読んでいましたが。。


水遊び、たのしいんです。はためかまわず童心にかえるっていうか・・・。
最初はうき輪(イルカのかたち・・)はなせませんでしたが、しまいにはすすんで泳ぎはじめましたからびっくりです。
そりみたいなのにのる滑り台みたいなのも、さして遊園地ずきじゃないと思っていたのに振り回されてみずのなかにおっこちるのが面白くて何度もおっこちてみた☆抵抗できないのってむしろおもしろいのかも。
おっこちるときどうしてもかっこよくないんですがソレが、妙にかっこつけることにあきらめがついて気楽なの(笑)。
私、魚座だし...水にがーーーっと流されるの楽しかった。
はいったばかりのときは水にうくこともできなかったんだけど、ちゃんと、昔のようにとまではいかないけどそこそこ泳げるとこまで復活!!
時間ぎりぎりまで遊んでました♪
遊ぶ為だけの時間をとって遊ぶってすごい大切なんだなって思った。
遊びたくなかったわけじゃないけど、遊べなかった期間が長過ぎたんだなあ。


水着に抵抗があるとか、顔から頭からずぶぬれになること自体めんどくさいとか疲れるからイヤ〜とか思う方にこそプール遊びをおすすめしたくなりましたよ。
ゴーグルつけちゃえばより気楽♪
みんな似たような格好をしているし、速水もこ☆ちとか小池えい☆みたいな水着姿じゃなくたって(笑)、みんな自分が遊ぶのに忙しいので、ある意味人を気にしてる人がいません。
知らない人同士でもにこにこしてられるし。
プールってとてもおおらかでのびのびしてる場所なんだね〜。
この夏の趣味は『プールで遊ぶ事』になりそうです。

ちなみに肩とか背中ばりばりだったのも大分スムーズになりました!

『遊びのない生活』ようやく脱出か??













2007年07月20日(金) やっと休暇(ちかじか決行)♪

いぜんから、いやもう何年前からなのかわからないくらいずーーーっと旅にでたかった私ですが、やっと!!!ちかじか決行します。
いろいろかたづいてないのは、じゅうじゅうわかってるんですが。

でも、とある期間を・・このために仕事もまえから調整してあけておいたのだ。その調整にまた、『経験からくる工夫』がなかったのでいいかげんばてている私ですが、だるくなってる場合でもない。
この一瞬にいかずにしていついくんだぁ〜?
イマしかないというテンションもあったのだろうか・・・

新しい水着を入手しました☆グラビア撮影のため・・・ではなく、旅先にはプールがあるからです。
いろいろ試着したんだけど、赤のビキニです(自分でもかなり意外な選択笑)。
なんか、水着みてたらいろんなものがほしくなり、タオルとかあれこれそろえてしまいました。日焼け止めも。
移動も、ゆっくりルートを選択。

一生ビキニはきることはないと思っていたけど、はやりの影響もあるのかセパレートじゃないシングルタイプは売られていなかったんです。
当初の予定の『上下つながってる』のを探そうとすると競泳みたいなスポーツみたいなのしかなくて・・・、ろくに泳ぎ切れないのにクールにしてもしかたがないかと思って。
水泳は昔たまに、身体つくれるかなと思って、トレーニングにしようとして行っていた時期もあるけど、通うのがおっくうになりやめてました。(根性なし)
なんでも、
『これをすると、楽器によいのでは』と考えて演奏に生かそうとしてしまうけど、たまには普通にかわいくしてもいいんじゃないでしょうか。
だってすごいがんばってきて、あけておいたんだよ〜。

なんにつけ実力派『よそおう』のは疲れるしね・・・『非実力派宣言(モリタカが師匠)でもしようかな(世代がばれる・・・爆笑)。




















2007年07月19日(木) ☆中堅倶楽部☆夏の新年会(強行)♪

海の日、クリニックがおわってからまた仕事をして、それから夏の新年会へむかう。

U田氏卓にて、去年サンプラザで演奏したメンバーでの集いとなりました☆
最近、食べ物が基本の私なのにいまいち料理がはかどらず、U田くんの手料理で『そうだ料理もうちょっとやんなきゃ』と思いました!すっごいおいしかったあ。ありがとう。

言い出しっぺの割に、夕方にはすでにだるくなっていた私ですので・・・無愛想になるし飲んだらすぐ眠くなるしで・・・みんなには圧迫感があったと(すみません)思いますが・・・、でも、いろんな音源を聞いてアレンジの音の配置だとか、実現の方法を必死に考えたりもしていたのです!!
自分はとても楽しかった。
それぞれが仕事後でしたが、かえちゃん、えりちゃん、バンビ、集まってくれてありがとう。

中堅倶楽部は私がその楽器群のなかでベストプレイヤーと感じる人に、お願いする形ではじまったサークル。
私は、最初の時点で、なにがおきても○×でかたづけるような聴き方ではなくて、その人の音楽が信ずるに値すると思える人たちにお願いしました。
なにぶん選り好みが激しいもので(笑)、しいて言い換えればおそらく、○がいっぱいな人たちだからそう思える。
私が聞きたいからなんです。
共演者であるとともに、私はひとりひとりのファンとして、メンバーの発展に貢献したいし一緒に過ごす時間を大切にしたいと思います。
みんなかなり忙しいので、安易に点呼もできないんですが、絶対いいサウンドがうまれると本当に感じた仲間だから・・!

言い出したわりに、自分が想定外な状況にあったので、動きがにぶっていたけれど。
『愛とは行動することである』という言葉(どこで聞いたのか覚えていないけど画家の言葉)が好きな私にはきつい先延ばしがつづいていました。
でも、みんなで一緒に叫んでみたい愛(笑)がまだまだいっぱいある☆
というか正確にはこれからがはじまっていくんだと思う。

私がすごく覚えているのは、
『○○(その人の楽器)のソロなんて、飽きるよ。つまんないよ。』
という言葉。
『そんなことないよ』ってみんなで言ったけど、
その緊張と恐怖、孤独。すごくわかるなあ。涙がでそうだったよ。

言葉でほどけるたぐいのものではないけれど、私はそういう不安をへらせるものならへらしたい・・・私は口下手なので、そのとき優しい言葉は作れなかったし、無理矢理気持ちとりかえてすぐに変われよとも思わないけれど。

私はその人の演奏を飽きずに聞く人間がすくなくともここにひとりはいるということを、伝えていくよ。
残念ながら聖人でもないし、スーパーマンでも観音様でもないのでアラくなってしまう自分なんですが、みんなを幸せにしてやる余裕もないんですが(笑)、それでもがんばりたい自分もいる!!

私がひとりひとりのサウンドに『ほれた弱味』は勇気をくれるのです。
勇気ってあらかじめあれこれ計算しない方がよいのだね。全能コンピュータ搭載してるわけじゃないんだからさ・・・どうせ半端な計算しかできないんだから、身体使って動かなきゃ〜。
そんなわけで、数日後の今日もみんなに感謝しています!!

平和/それは花ではなく/花を育てる土
平和/それは歌ではなく/生きた唇   (谷川俊太郎”平和”より)

花ではない、歌ではない、厳しい言葉ですが、私はみんなの顔をみて、この厳しい言葉をやっぱりまた自分にやきつけることにした。
きびしいんだけど、それに戻ると楽になるのかも。

音楽のための人ではなく、人のためにある音楽だということを忘れたくないってほんとに思いました。
私は音楽好きだけど、人が好きなんです。
忘れたら結局枯れてしまうのに、これがまた、たまに忘れるんだな〜。。おろかな。がんばるんじゃなくて、実行しなくちゃって思った。











2007年07月18日(水) 勇気りんりん

海の日であった16日。一日がいくつかに分断されていたので体力使いましたが、まずは午前の部から。

とある高校へクリニックをしにでかける。

あいかわらず充実した八人組。前回よりも着実にパワーアップしており、確実さも向上していました。

トランペットは、かならずしも、馬力だけで吹けるものではないのですが、『せめてもうひとこえ・・なぜ自分は根性がでないのだ?がんばれよ私』
と悔しく感じる事ってがんばっていれば必ずぶつかることだと思う。

ピアニッシモでも反応する柔軟性を保つために、ち密なくみたてもとても大切なのです。
が、ち密さにこだわるためには気力と体力が必要ということで、つまり燃料切れすると、自分が望んでもいないところで本意じゃない音をだしてしまう・・・というのも成長する過程で味わう事態なのでは。

自分のキャパシティを、広げようとすれば、結局イマまで使えてない事をより使おうとするので、慣れていないから疲れるし。
疲れると、やっぱりだめかも・・と思って自信をうしなうことにもなりかねない。せっかくがんばっているのに(笑)。

おおらかなクッションを自分の身体につくるために、筋トレ(といっても呼吸と連動したもので、ダンベルもちあげる力こぶをつくるわけではないのです)を伝授しました。
普段は人間の顔をしていても、いざとなれば炎をはきまくるドラゴンのように吹けるのだ!
という自信があってはじめて、『あえてコントロールして吹く』というゆとりもできるんです。

それを伝授している最中、みんなの目が勇気りんりんになっていたのがとてもうれしかった!!
そうです!
トランペットセクションには、みんながおびえていても自分たちが先に勇気をみせるという自意識が必要なときがあるんです。


とても力のあるセクションなので、高い演奏技術とカリスマ性がもとめられる『ピータールー』は絶対決めていただきたい!
最後の『大きな歌』の部分はきまじめな音の強さだけではなく、より強い博愛精神をもって、あたたかく豊かに、そしてぬかりなくち密な表現をしてほしいと思います。











2007年07月15日(日) スピリチュアルガイド

オーラが見えて、前世がわかるというかの人の、スピリチュアルシリーズ。
マ−フィーの法則と同じテンションの流れで買ってしまい、そしてやはり同じ流れでほったらかしにしてしまいがちですが、たまに部屋の隅から発見して読み返します。

イエスノー式で応えていく『前世の死に方』のわかるチャート、長いのでとばしていましたがやってみたところ・・・私は『孤独な老年死』だったらしい(笑)!!そ、そんなばかな。

それは、10才未満、30才未満、老年まで生きて死んだとわかれていて、『誰かにみとられて死ぬ』のと、『死ぬとき一人だった』というのがあるらしくて全部で6パターンあります。
その、前世での命の終わり方によって、今の性格にそれがでてくるらしい。
占いはあんまり気にしてないけど・・・その占いに書かれている『前世が孤独な老年死』の人の短所のところが妙にあたっている。ちなみに性別は女性でした。

どれも魂の経験として、均等に長短が述べられているので、どれだと良いとかどれだとお特ってものでもないらしいんですけど。
でも、なんですか、あまりこの結果(孤独な老年死)に辿り着きたくなかったのはなんでだ〜(笑)


ここでくだらないのですが、いぜんから私が勝手に思い付いた、悲劇の前世(自分について)のイマジネーションをいきなり書きます。全部嘘なので、いそがしい人はしんけんに読まないでね♪

●貧しい農村のある家で私は・・・まずしさと苦労から、父母に先立たれ(笑)としはもゆかぬ弟をかかえ、必死に働いていた。
●私はもちろん、なぜか外ではたらき詰めなのに、日焼けもせず色白の、手足の指先までがすんなりとした美人であった(空想するのは自由)。
●私は、気立てがよくて働き者で美人だったので村の人気ものだった(この話しで何行使う気だ)。
しかし、貧しくても清らかな生活はある日一転する。

私が水田で働いていると、『お殿さまの命令で美人をつれてこい』言われたお侍さんに、勝手につれていかれてしまうのだった・・・弟をおきざりにさせられ、私はお城に閉じ込められる。
『弟を生かしておいてほしいなら、・・・』というおどしにだまされ、さまざまな辛抱をするものの、心身ともに弱って若くして死ぬ(というはずだったが、私は孤独な老年死らしいのでやはりこう生きていたわけではないのか・・笑)。

でたらめなので、つづきは考えていないんです、ごめんなさい。
罪のない(人のせいで不幸になるパターン)生きざま、美しさが逆境を呼ぶ点などが私ごのみである。
そんな生き方をしていたら、今度は魂が別の経験を求めるはずなので、たいして現世は幸せになるはずだからという計算。あさましいのう〜。

ひとり残された弟は、まったくお城からの贈り物などもらっていなかったが、むらの人の善意により、健康な男子に育つのである。
姉に似てやはり働きものであったが、性格には少し影があった。
それは、姉はいいくらしをする為だけに、たったひとりの血縁の自分を捨てたと勘違いしてうらんでいたからで・・・あるとき長老からこのような話しを聞かされる。

『おまえのねえさんはのう・・・村でも評判の働き者で、器量よしだったんじゃ。ところがな、それがわざわいしたんじゃあ〜!!(以下略)』

んん???そのあとどうなるんだろう。
やっぱり、つくり話しは限界があるのですが、私の勝手なスピリチュアルメッセージでは私はこの弟の生まれ変わりとやはり現世ではめぐりあうのかもよ・・とここまで虫のよい想像をしていたのに。
なのに、こ、孤独な老年死とは・・

ろくでもない空想で勝手に前世を悲劇的に美化するのは、やめようと思った次第でした(笑)。

今日は、イタリアンでKセンターの女性講師&スタッフ懇親会でした。
女性だけというのは今回がはじめてです。
みんなちょー若い・・・が、しっかりしているし、考え方に柔軟性があるし、なんていうかすてきだった。
最近、仕事以外の時間は体力の充電を最優先してひきこもる傾向があった(笑)ので、気負わずにはなせる時間がもてて、とても楽しかったです。












2007年07月14日(土) 画面のむこうに

お世話になっている事務所のAちゃん。
デザインみたいなお仕事で一日中パソコンにむかっているそうですが、こんなことを言っていました。

『私がむかっているのはパソコンだけど、機械ではなくて、画面のむこうに人がいる。相手にしているのはパソコンじゃなくて人なんだと思ってやっています。』
と。

使う道具が機械だというだけで、人間が機械になってしまうわけではないんだな〜と思ったし、相手の顔は直接みえてないものだから、相手の感触を忘れてしまいがちな気もするけれど。
画面のむこうに人がいる。っていい言葉だね。



2007年07月13日(金) ルーツのくびれ☆

缶珈琲の『ルーツ』の宣伝してるみたいですが、この缶にはくびれがあるんです。
私は単なるデザインのバランスとか、持ちやすさのためかと思っていたんだけど、このくびれは、飲んでるときになかの珈琲が循環して味を維持するためのものなんだそうです。ってのは受け売りですけど、知らなかったなあ・・・。

連日七月だというのに寒いですね。帰宅するなりストーブをつけたという報告も(北区在住のピアニストより)!?


しかし、寒いときの方が覚醒するのか本気になるのか、我が家のくちなしとバーベナは大人しくしていますが、金魚草は突然このところの沈黙をやぶりはりきって咲き出しました。
最近だんまり決め込まれていて無反応だったので、数日まえから『スキンシップ』をはかったみたのです。
話しかけても、水さしても、肥料たしても、毎日ちっとも葉ものびず、咲かずで無視されてるような気がしたので。
金魚草だけさわるという試み。それが伝わったんでしょうか??
あったかいとこが得意なはずのお花なのにわからないものです。

なんか、金魚草の表情がちょっと得意げにみえます(笑)。
薄曇りの寒い時に元気なお花って、かわいいな。




2007年07月11日(水) 無言歌集

缶珈琲ですきなのがあって、最近みかけなくなってきているもの。
『ルーツ・インスピレーション』というのを見つけたら買うことにしてました。
おうちでいただくなら、缶珈琲じゃなくてもいいんだけどこれは出先じゃなくておうちでもけっこういただいてます。
背景メタルの赤紫っぽくて独特なレインボー模様のはいったデザイン。。
見た目が変わってる。
最初はルーツにインスピレーションという名前の組み合わせが気に入っていたのですが飲んでみたら缶珈琲のなかでは好きな感じで、おいしかったから。

最近になって、このインスピレーションを見つけるのが難しくなってきたので『ルーツ・ビットスタイル』に変更してみました!はちの巣みたいな背景で茶系。飲み口のところが金色なのも気にいってます☆

いろんなCDを聞きながら、曲のタイトルを考えていたら・・・
というより、似たような曲がないかをまず探し、似たような題をつけるとよいのかもとか思った(邪道?)のですが、なかなか似てるような似てないようなという微妙なものしか見つからず。

歌であれば、歌詞で気持ちの方向性をある程度確定できるんだけど、歌と同じ単旋律とはいえ、トランペットは口にあてて吹く楽器。
いわば何をどれだけあまったるく吹こうと、どんな毅然と整頓した曲をやろうとすべてが『無言歌』なのです!
まあ、器楽はみんなそうですね。
(ピアノとかギターだと弾き語りとかもできるけど)

台詞がないので吹く方も聴く方も、どう想像するかは自由。

たまに吹くのと同時に歌詞もつけれたらいいのになと思う事がある・・・
歌詞がついてない歌というのがあるのにそれを忘れて。

インスピレーションを脳裏の言語野を経由せずもっと深くでストレートに感じて音にだせたらいいなと思う。
言葉に助けてもらえないけれど、言葉にさえぎられることもなく。
言葉を使わない、使えないからこそ、言葉に置き換えられない願いも伝えられるはず。

自分が『無言歌集』である器楽を聴くとき、なにを考えているかと言うと・・・たいていは似たようないくつかのこと。

いつかそんな聞き手の心にこたえる演奏ができますように。
自分の歌を聴いて下さい、ではなく、聞こえた心に対して返歌をおくるような気持ちでね。



2007年07月10日(火) ミニトマト

今朝は、ミニトマトをもらいました!!すてきなプレイヤーから☆
トマトは好物です(またそれか〜)♪
真っ赤かでぽってりしています。

トマトを使った料理をしたいなーと思いつつ、もっていなかったので昨日はトマトソースでなんとかしてしまった。
ひき肉にめざめたので洋風肉じゃがみたいなのをつくってみたんだけど、ほんもののトマトがあったらいいなーと思っていたんだな〜。
神様に聞こえたんでしょうか(送ってくれたのは『人』なので神様がくれたわけじゃないんですが)

もらってばかりでこう思います。
私もなにか『あげなさい』という神様の声が、いいかげん寝る度起きる度がんがん聞こえてくる今日このごろ。。すみません..

ん〜、こうなったらトマトもうえるしかないかな。いちごのスペースがけずれるけど、トマトも好きだからトマトもうえるのを計画にいれました。
でも、じぶんちでつくったのって、農園でちゃんとしたレベルにまでそだてられたもののお返しになるんだろうか(ならないってば)・・・とまた疑問が。
それに、べこもち(実はべこもちももらっていた)とか大福とかレースあみのきれいなクロスとかもいただいたのはどうやってお返しすればよいのだろうか。
いっそわりきって、使いまわしきく商品券とか?
自分の手製にこだわるあまり変にくっきりとはずしたもの・・・(自分の書いた小説など)送りつけるよりありがたいかもしれないけど、かといって買ってこれるなにかでは、なにか手作りのぬくもり感にかける気がしてならない(笑)。
かといって『プリンつくったよ』じゃ簡単すぎる気もする・・・。

やっぱり、自分もつくれるようになるしかないよね。。
あげれるもののネタがない自分がさまざまなてんで出遅れていることに気がつき、いまさらびっくりしている今日の1句。

『あげたいな なにもないけど あげたいな』

今日はここまで。合掌。









2007年07月09日(月) さくらんぼ運。

小さなころ書いていた日記を読むと、わたしはものをもらったときとおいしいものを食べたときに日記を書いていることがわかった。ゲンキンな子!?
知恵がついてそれらしく『コンサートの感想』などをしたためるようになったのは、高校からのようです。
『練習日誌』は大学から。やる気のむらが手にとるようにわかり、あきれたほどに的外れな練習もたくさんしているし、レッスンを勘違いしている様子もよくわかる・・先生ごめんなさい・・。
『言われた言葉』はおそらくその通りに記載しているんですが、それをどうさらうかってのが間違ってるよって言えるもんなら言ってやりたい(笑)。
しかし、この日誌のおかげで『こう勘違いする恐れがある』というデータは少しできたかもしれません。

先週さくらんぼをいただいたのです。たくさん・・・でも、やはりマッハ食べ切ってしまった。好物なので。
食べ終わって、さくらんぼづいたので旬のものを買いにいこうと思ってみると、た、高〜い〜!?
(猛スピードで食べてはいけないことを知る。)

そして、近所を歩いているとさくらんぼのあるおうちがうらやましくてみとれてしまう日々がつづいた。

ビニールぶくろを片手にきゅっと握って、御自宅のお庭のさくらんぼを収穫しているらしい近所のおかあさん・・・
(やさしそう・・)
と思った私は。

『いいなーおうちにさくらんぼがあって。うちは勝手にはえてきたポプラの木しかないんだー』(プライドの欠如した行動)

といったら、とったばかりのさくらんぼを『御試食する?』といってぽんと手わたししてくれました。やったー。美味しかった☆
いい大人が恥じもなく図々しくてすみません。

そして、試食を完了してから帰宅。またさくらんぼが食べれたらいいなと思っていたらなんとまた!!土曜にさくらんぼをいただいた。

全部とれたて♪にめぐまれ、
さくらんぼ運は好調なはずでしたが、日曜はなんと17時間睡眠という爆睡をしらないうちに実行。
起きたとき昼なのか夜なのかもいまいちわからなかった。
なぜそこまで眠れたのかわからないけど、さくらんぼをいっぱい食べると眠れるのかもしれないです。

そして、いいかげんもらってばかりいないで(笑)自分もさくらんぼをあげることのできるすてきな人になろうと思い付き、『お庭にさくらんぼ』計画をたてはじめました。
あげるといっても自分も食べたいので、相当たくさん実のつくとこまで育てないといけないですね。。食べるまえに、あげておかないとなくなっちゃいそう。あったらあっただけ食べてしまうからです。
全部さくらんぼばっかりうえるのもいいかもしれない。下はいちごばっかりにするのですよ☆何年かかるんだろうなあ。でも楽しみです。




2007年07月06日(金) 今がかいどき?

ひき肉といえば話題のあの事件がまだ続行中ですね。

あんまり普段ひき肉使いませんが、なぜだか久しぶりに使いたくなりました。
だって、気のせいかいつもより赤みがあっておいしそうなんだもの!
いためてもぱさぱさちぢみが前より少ない気がする。。

こういうときって逆にチェックきびしくなるから変なものもはいってないんじゃないかと憶測。。
さっそく料理してみたら、気のせいか前より牛肉とか豚肉らしい風味を感じます・・
梅と豆板醤、鶏ガラあとは野菜とか適当に使ってスープつくりました。
きしめんをちっちゃくおって、ぱらぱらいれたら、
『こなゆきわんたんトムヤムクン風』スープ(長・・)できあがり☆
にた後も変なアクみたいなのでてこなかった。

いためてるだけならなんとかごまかせても、煮込むと、ひき肉の味へんだなって思った事あるな〜そういえば。。
いくらなんでもぱさぱさしすぎでしょみたいなのとかね。

でも今のひき肉、『買い』かもしれないです!!



2007年07月04日(水) きれいじゃなくたって♪

昨日の朝、今年の座右の銘もきまり(あと半年だけど)腹もすわってきた気分。

コンビニでスキマスイッチのボクノートがかかってました。
のびたの恐竜?だったかわすれたけど去年のドラえもんの映画の・・

私はこれの歌詞を勘違いしてしかも部分的にしか覚えてないので、
いつも鼻歌で適当に創作していました。
一例としては・・
レミオの『粉雪』にはじまり、しらないうちにボクノートになり、またしらないうちにコブクロの『桜』へと・・・、しかも全部がたぶんサビの部分なのでは!?
鼻歌でも、でたらめでも、サビばっかり連続メドレーしてるとけっこう大変(笑)

きれいじゃなくたって、のつぎは『すこしづつでもいいんだ〜、ひかりがさしこむ』とつづくのですが、知らなかったので、こう歌っていました。
勝手にふしまわして勝手にビブラートかけたりして機嫌よくしていましたが、間違っていたみたいです。

♪きれいじゃなくたって、がんばっていればいいんだ〜、朝日がでてくる〜♪
うーん、これじゃいわゆる労働歌ですよね。ちょっとがんばりすぎ(笑)



2007年07月03日(火) うつくしくないもの

蟻なんてまだかわいい方。
土をひっくりかえすと・・・いろいろみえる。

そういう生物たちってなんで、かわいくてきれいな姿してないのかなあと思う。
分解したり運んだり、土が豊かであるために必要な存在のはずなのに、うつくしいとは思えない・・・

かわいくないって思ってるのは、こちらの主観なのかもしれないけど、より広く一般的な視点でこれらが『愛すべき地球上の命の兄弟』みたいな気持ちで接することが毎日できるひとって、退治する薬があちこちで売られている限り多くはないのでは・・・。たぶん。

たまたま私の目にはうつくしいという感覚でつたわってこないのは単なる生物的な相性なんでしょうか。
損得でいえばこちらが損しているわけでもないものでも気持ちが悪いと感じる。
というこの日記でまず具合わるくなった方、ごめんなさい!!



しかし!!
かれらは、自分の力でえさをみつけて、『いやだなー』という嫌悪のオーラにもまける事なく黙々と活発に生きようとしている。
豊かな土をつくるという貴い役割を果たしながら、すべての人間にも間違いなく愛されるという容姿はけしてもちあわせていない。

自分を単に喜ばせるためだけに姿をつくり生きているのではない命がたくさんあって、そこでつくられた土の上で自分も生きているんだなって思った。
気持ちわるいって思うのは自分勝手なのかも。



『うつくしくないものも、貴い役割をはたす。』
今年の座右の銘はこれでいこうと思います。
人間の視覚とは相性がよいとはいえない気もするけれど、それらのおこないはたくさんの生命を生み出す、貴いものなのでした。
好きじゃないなと思っても、助けられていることがたくさんある。
・・・感謝の気持ちをわすれずに。

虫にびっくりしたけれども、やっぱりさわやかな朝。





2007年07月02日(月) 水撒きからスタート♪200倍。

昨日の夜はとても寒かったですね。
冬用のパジャマを着用しましたが今朝は快晴!
蒸し暑くもないし、そらもきれい♪
太陽がでてるとやっぱり安心する。

ハーブでできている、防虫剤をスプレーにいれてさっそく指示通りに希釈。
それは200倍という指示でした。むずかしいです。計量スプーンつかわないと。

どぇも適当なので、やはり目けんとうであいまいに希釈。
原液の状態は、赤茶色のオイルなんだけど水で薄めるとカルピスみたいな色になります☆
なんとか地力で元気になってもらおうとしていたピンクのバーベナにも、葉っぱの色が薄くなってきたので栄養剤追加しました。

お花に力がいっちゃてるみたいで、花はどんどん咲いてるけど葉っぱが弱ってるんです。
なるべくきついものは使いたくないのでほんとにすこーし。

『お花をどんどんとりあえず咲かせる薬』みたいなのもあるんだけど、無理矢理さかせると後からバイタルが安定しなくなるんじゃないかと勝手に思ってます。
お花咲くのをみたくて育ててるんだけど、咲くのは義務じゃないからね☆

むかし、母がたまに『卵の殻』とかをさしこんでいたのはカルシウム補給のためみたいなんですが、虫が寄ってきやすくもなるんです。
合成薬よりいいのかな〜。
鉢が小さいので、大きなたまごじゃなくってウズラの卵の殻をつけてみようかなと思いつきました。




2007年07月01日(日) 受け身は美徳・・?

なんにつけ、自分からやりはじめるって責任が一番大きくなる。
好評も批評も一番矢面にたつわけですから、覚悟も必要だし。。

男気満杯な、いや女気満杯なのかもしれませんが、私は
『むこうに言われたから・・』
みたいに、暗に一方的に好意的な評価をうけました的な話しをするのは得意じゃないかも。
ポテンシャルを人からの発注に依存することが一見売れっ子プロ的だけれど、個人的には信用できるプロフェッショナルとは思わないからです。
あまり、評判で人を決めないからかもしれません。
なんか、自分を信用して呼んでくれた人を自分のステイタスに利用するみたいで失礼だと思うし・・・、よばれたうれしさは別の表現でもできるんじゃないかと模索したい。


ただ、言い方わるくて似たように聞こえちゃったことは自分にも多々あったと思うから今さら反省してます・・・、自分も、そういう主旨もなくなんとなく言ってしまったことがあった。
だから一回きいたぐらいで人を決めつけたりはしない☆

というよりは、ほんとは自信がないのがばれちゃうのがこわいのでそれ系の言葉はむしろなるべく言いたくない・・・(笑)

最近またきいてしまった。というか実はよくきく。
『自分が、やりたいっていったんじゃないんですけど』
という前置き。
売り込みばっかり必死になってると思われたくない自尊心、
自分からすりよったんじゃないんだっていうのを知ってほしいプライド。
すっごいわかる。
誰だって、自分があちこちこびてるって決して思われたくないもんね!
実力みてもらえてるんですって、思われたいのはあたりまえ。

でも、その意地ですら、口で言ってもいいけど、ほんとは演奏でみせるしかつたわらないことなんだよ。。
あらかじめ誰かがつくったお庭でなにかをするとき、『あらかじめ受け身できたんです』アピールをするのはどうだろう・・・
アピールはしてきてないのよ!っていうアピールだよね。
それを好ましく感じる人もいるだろうけど。
ほんとに余計なアピールしない人はそれすらもじっと我慢するんだよきっと。
自分にも、つまりはそれを我慢できてないことがいっぱいありましたが・・なんか勝手にくやしかったんだろうね。
本人は避けてるつもりのことを、しちゃってるってこと。
それはけっして美徳ではないのでは。


というか、そんなわけで気持ちはわかるけどそれでも頼む側にもなることもたくさんある私としては、ちょっとそういうの聞き苦しいなあと思ったのが素直な感想。
複雑ぶるつもりないんだけど、正直いって聞き苦しい!
あーすっきりしたあ。はきだし日記でごめんなさい。

やりたいっていうのを見せるのは、はずかしいことじゃないと思うんだけどなあ。
自発性にとぼしい音ってきいていてたいていものたりないからね。

私は、自分でがんばろうとする人が好きです☆


話しはかわりますが、お寺の落成記念?かなんかで、おもちまきみたいのがあったのを拾ってきてくれたもの、つみたていちごの篭などありがたい差し入れをいただきました☆ありがとうございます。
いちごは好物なので幸せでした。
おもちは、紅白のリボンがついたゴエン玉のはいってるのが『当たり』らしい(笑)
それをねらって拾いにいった子は大人に弾き飛ばされたらしいです・・・がんばってくれたのね。
うーん、おねえさん(とよばせていることを自白・・・)名利につきるわ〜。
破竹のいきおいですべていただきました。ごちそうさまでした♪







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古畑亜紀 [MAIL] [HOMEPAGE]

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