「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2015年12月26日(土) |
"知らなかった" から "知っている" へ |
年明け、日本に帰国するので持ち物の整理をして居ます。その中で2013年にホームワークの一つとして書いたジャーナルを見つけました。内容が興味深いのでここに載せておくことにしました。以下です。
私は誰?
私は30歳になるまで自分のことがよくわかっていませんでした。看護師として働いていたのは親に勧められて免許を取ったからで、料理が好きだったのは子どもの頃に母親の料理するのをよく手伝っていたからです。20歳の頃ディスコに通っていたのは友人に誘われて断ることを知らなかったからで、ヘビメタを聞いていたのは昔の彼がその趣味を持っていたからで、ブランド物の服を着ていたのは、人々は私の外見から私を判断するだろうと思っていたからです。両親に従うことしか知らず両親が喜ぶように振舞っていましたし、友達の目から見た私はいつも良い聞き役でした。理由は、私には私なりの意見というものがあまりありませんでしたし、肯定していればみんなが私のことを好きになると思っていたからです。そうして、いろんなことが他のみんなと同じようにできている私はこれでいいのだと思い込んでいました。しかしその反面、どこかでいつも、私の中の何かが、それが何なのかわからないけれど、何かが欠けていると感じていました。
それから数年後、結婚出産を機に自分の探している物が何なのかわかりました。それは、もっと私を知りたいという気持ちでした。私は自分のことをあまりよく知らなかったのです。うまく言えませんが、他者から見た自分がいい人間であることがそれまでの私の生きる目的になっていたのです。実は、このことに気づかせてくれたのは私の子ども達でした。彼らは泣きたい時に泣き欲しい時に欲しいものを欲しがり、私はそんな彼らを見て、自分自身が長い間本当の心を閉ざしていたことに気づいたのです。硬い心で生きていて、そんな自分はまるで誰かに作られたお人形みたいだと思ったのです。
このことに気づいた後、私は自分観察を始め、まもなく私自身を探し出しました。今私は自分について語ることができます。私は料理が好き。それは私の感性で色々な工夫ができる上にその味を楽しめるからです。植物を育てるのが好き。それは大切に育てた分だけ良い野菜に育ってくれるからです。自然と触れ合って季節を感じたり人々と語り合って新しいことを知ることも好き。これらはともに今を生きている感覚を味わうことができるからです。看護師として働く自分も好き。仕事を通して健康になりたい人の手伝いができますし、患者さんとの関わりを通して、私自身を人としてやさしい大人に育てることが出来るからです。会話の時、私は聴いてやさしく、肯定的な言葉を使うのが好きです。冗談を言う時を除いては、うわべの言葉で人々をその一瞬だけ喜ばせることをあまり好みません。また、私は自然体でいるのが好きです。それは私自身が最も望むことだからです。そして私はそう思える自分のことが大好きで大切に思っています。反対に、嫌いなことは陰口を言うことです。人の背中で噂をすることは自分の足しにならないばかりか人々を傷つけるのです。私は人々が集まる時そこにはいつもプラスがあると信じています。私はこのような人間です。
Who Am I ?
Until I got about 30 years old, I did not really know who I was. I did work as a nurse because I got a license that my parents suggested me as a job. I did like cooking because I used to watch my mother's cooking and help her when I was a child. When I turned to 20 years old, I did like going to Discos because my friends asked me if I want and I never said "No, I don't." I did like listening to heavy metal music because my old boyfriend liked it. I did wear a brand-name clothes because I thought if my appearance was nice, then people would think that I am nice.
I used to listen to all my friends talking and agreed with them without asking me how I feel about their opinion because I thought if I were a good listener, my friends would like me very much. I used to obey my parents in order to make them happy. I thought I was happy in my life because I am doing what everybody was doing.However, on the other hand, I sometimes felt that something is missing.
I found what I was missing when I became a mother of my children. It was knowing who I am. I did not know and could not tell people about who I am. I basically tried to be nice to everyone. I was just with my friends or participated in society in order to hear from people that I am okay or I am nice. That was why I felt that something is missing.
Who made me notice about it was my children. They cried when they want. They asked me what they want and when they want. Looking at them, I thought they were natural as humans. I thought of myself and felt that my mind had been closed so long. My emotions were too hard like rock and I was as if an artificial doll.
After this awareness I started to find who I am. Do you think I an tell you it now? Yes, I can. I like cooking because I can create different taste, I like growing plants because they grow as same as I treat them well. I like being in nature because it makes me feel free. I like talking with people or studying things I do not know yet because both of them make me feel alive. I like working as a nurse too, because I can help people's well-being and also they help me being kind. I like using kind and positive words because they make both others and me happy. Also, I like being natural, just be myself, but not try to be anyone else because I like myself just who I am. Being honest to myself, do not pretend what I felt in order to make others happy for a short time is also important for me is also part of who I am.
On the contrast, what I do not like is gosship because talking others behind their back will not create anything nice, but hurt us. I believe people gather in order to share something nice. This is who I am.
休みに入ったので長女のいる街ウィノナまでお出かけしてきた。ウィノナはミネアポリスから車で約2時間半の小さな街。冬には北海道と同じくらいの天候になるそうだ。しかし私の場合、旅行に出かける時たいていはお天気に恵まれる。そんな中、娘との時間はもちろん、彼女の行動のお邪魔をしないように意識している自分を観察するのも楽しかったのだ。ついでに語り合った事を書き残しておこう。 ・私たちの世界は私たちが思うよりもっと広くて大きいよ。いろんな世界を見れたらいいよねー。 ・将来について考えるのはどう?5年後は想像できると思うけど、10年後はどうだろう?あなたはどこで何をしているのだろう?
・人生を共有する人をどうやって探すんだろう? 女性蔑視や男尊女卑のない、あなたを男性と同様に扱ってくれる人に出会うといいかも? あなたが女性として成長する事を手伝ってくれる人だと、あなたは今よりもさらにやさしくなれるかな? あなた自身でいる事を応援してくれる人だとあなたはいつも楽そうだよ。 あなたの知らない事を知っている人だと、あなたの知識が広がるかもね。 あなたのしたい事、夢の実現を応援し手伝ってくれる人だといいかもよ。 *自分の思う人と出会えるように自分育てすると楽しいよ。(追記) ・両親が子どもを平等にケアする事は大切な事だと思うんだよ。兄弟姉妹が不平等にケアされてしまうと、後々の兄弟姉妹関係がうまくいかなくなる事があると思うよ。私もきっとそうしてしまったと思うからごめんね。 ・いつも頑張らなくてもいいと思うよ。頑張りすぎると疲れるから。 ・ファッションについて。TPOは大切だけどあまりにも無理して周りに合わせようとすると本当の自分を見てもらえなくなると思うよ。私事だけど、20年以上前の私の成人式に、一人ジーパンに普段着で参加した中学の同級生、Kさんを思い出す。当時20歳の私は疑いもなくみんなと同じように晴れ着を着ていたけれど、周りに振り回されずに自分をするKさんをすごいな、素敵だなと思った。今思えば私はそんな彼女の存在に大きく影響を受けたのだ。彼女の両親はきっと広い視野を持っている方だったのだろうな。風習の厳しい田舎の町で私の両親はKさんのようにする事を許さなかっただろう。ちなみに彼女は医大へ進んだので今頃はどこかでドクターをしているのだろうか。 彼女の事につながりがあるかどうかわからないけど、着飾りすぎないでいると、人は真の私達を見てくれるような気がする。 以上。この冬のイベントの一つでした。 娘ちゃん、ありがとう。また会えたらいいな。
やっと、アメリカで本当にしたいことが一つ出来たことのご報告。それはプラスの生き方を人々に伝えるということです。語らせてもらえた場所はカレッジのクラスで材料は自分で作った島。一番魅了されるものを身の回りにあるもので表現するというタイトルの中で出来上がったその作品のタイトルは、感じたことを表現したそのままに近いワンダーアイランドです。材料は、四角い箱以外は全て自然界から集まったもので、二つの黒い箱にはマイナスの世界が、赤い箱にはワンダフルを表す言葉が入っています。ちなみにステレオタイプと書かれた黒い箱は、心育ての父ハイドがカウンセラーとして、一人の人としての経験を通し感覚で集めた、日本の社会から消えてもらいたいネガティブな要素が入っています。私はハイドの箱の中身を踏まえて、差別社会と書かれた二つ目の黒い箱には地球上からなくならなくてはならない差別用語を入れました。ワンダフルと書いた赤い箱は、その中身を意識すれば多少のネガティブは去なせていける、という設定です。真ん中に置いた貝の中には砂でなぞったワンダフルの文字。異国でワンダーに生きている心友達のイメージです。ユーカリのは葉っぱの側に浮かんでいる白い雲や鳥の羽は日本でベジタブルガーデニングを楽しながら育てた綿を見せてくれた心友を思わせます。左上に置いたピラミッドはマスローという精神医学者が創設したという人間の基本的欲求のピラミッド。頂点までたどり着くと至福の時を感じられる自分になれるという彼の理論です。ちなみに彼は、殆どの人は頂点にたどり着かないまま人生を終えていると記録を残しているそうです。(ハイドの生き方やマスローの理論はのちの語ることができればと思っています) 出来上がったワンダーアイランドを使ってクラスで説明会をしました。私の年齢上、我が子達と同じ年代のクラスメイト達で、普段はあまり共通項がないのですが、普段寝てばかりいる男の子やそっけないイメージのある女の子が私のつたない英語がいつもよりも根気よく私の言葉を聞き取ろうとしてくれているように思えてきて、何よりも語っている自分の内容に私自身が嬉しくなり、(あーこれが、私が本当にしたいことだな)と思いました。実は、このワンダーランドの奥にはもう一つ、ワンダフルな気持ちをキープするよりももっと奥深い、よく生きる為の基本となる大切なことが入っているのです。ワンダーランドが、その最も奥が深くて大切なことを人々に伝えるきっかけを得る為の入り口として、出来上がったと逸品になればいいなと思っています。
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