「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEXpastwill


2008年05月31日(土) 未知

 修理に出していたエアコンが朝 10 時に届くことになっていたので、まとめをしながら待ちました。ところが 13 時になっても届かず。大家さんに連絡してみると 15 時になるということでした。基本的に家に居るのでいいのですが、これでいいのかなぁ?の疑問が沸きました。考えているよりも外に出たくなってきたので、15 時までの1時間、散歩に出ました。
 約束の時間に遅れまいと家に戻ってきたとき、大家さんから連絡が入り、エアコンは 17 時になると言われました。せっかく戻ってきたのに。これではエアコンのために家に居るようだと、いやな気持ちになってきました。それに、私の目は「まだ疲れているよ」と言っていますから、パソコンを開く気持ちになりません。
 そこへ、大家さんの方から「もしよければ、私が留守番をしましょうか?」と提案してくださったので、利用させていただくことにしました。出かける準備をして、待っていた大家さんに「明日の朝までには戻ります」と言ったら、大家さんは目を真ん丸くして、それから「ごゆっくり」と言いました。
 今度は、次の候補にしようと思っている大学方面に自転車を走らせたら、見覚えのある建物が見えてきて、一人歓声を上げました。それは、いつも家の屋上から見ている、うすピンク色のマンションだったのです。意外な出会いに感激し、偶然の喜びを持って家に帰りました。
 エアコンは無事に家に戻りました。よかったよかった。


2008年05月28日(水) 成長の糧

 いろいろあって、疲れました。それから、開放感もあります。

 そういえば、私には、私の地図がありました。地図の中に、ここより先には過去のこというラインがあります。それから小さなターニングポイントもあります。いつも成長を続けて、成長した自分を感じて成長の糧にしたいです。

 そういえば、「いつも自分を見ていると、自分を一番大切に出来る」というベトナム語を作りました。どこかで使ってみたいです。


2008年05月26日(月) Writer の育ち

 先日、面白いことをしてみました。それは何かというと、この数日間の日記を Word で添削にかけてみたのです。そうしたら、添削されないまま結果が出てきたのです。Word機能がおかしくなったのかとあちこち触ってみましたが、変わりません。ところが、ふと目に留まった3年前の日記をかけてみたら、今度は、「添削が多すぎて追いつきません」と出てきたのです。今の文章は3年前よりもシンプルに成長していたのですねぇ。
添削の数と読みやすさは別の問題ですが、いろいろとしているうちに、少しずつ出来ていくのだなぁと感心しました。そして過去の文章の解りにくさに一人苦笑いもしました。
 ついでに、「である調」の文章を「ですます調」に変えてみたら、すっきりしている文章は、文の最後だけ取り替えてもそのまま馴染んだように思えました。ということは、形にとらわれず、中身をシンプルにまとめることをしていていいのかな。いろいろと試している自分は面白いです。文章書きを楽しんでいるのですよねぇ。


2008年05月25日(日) 自家製の一日

 朝、8時ごろからまとめをした。2時間経って10時すぎ、目がしょぼしょぼしてきて外に出たほうがいいと感じた。ところが、ここ数日ホーチミンは暑さが厳しくて体はびっくりしているから、屋上に上がって遠くの景色を眺めることにした。
 すぐそばに Ky Hoa 公園の観覧車。ずっと向こうにピンク色のマンションが見える。あのあたりは何区かなぁと考えていたらやっぱり外に出たくなり、池のある公園に向かって自転車をこいだ。
 ところが、公園のそばまで来たとき、あることに気が付いた。いつもは、道を走るとき、安全に走ることに集中しているのに、今日は自転車をこぎながら心のことを回想できている。これなら自転車から降りて座らなくても大丈夫だと、駐輪代を払うよりも散策することにして、のんびり自転車をこいだ。
 
 約2時間後、自宅に戻って昼ごはんを食べて、再びまとめの作業へ。1時間くらい後、飽きがきてベッドに転がったら、カーテン代わりの白い布が視界に入った。風に揺れて泳ぐ様子を見ているうちに、布の端をきれいに縫いたくなったので、裁縫道具を取り出した。針と糸は先日小さな商店で 3000 ドンで買った私のお気に入りだ。
 30分 くらい遊んで、再びまとめモードに入り、夕方まで机に座っていた。
 今日は、合計5時間くらい机に座っていたかな。8時間には追いつかなかったけれど、5時間でも、お尻が痛くならなかった。

 夜はウェイトをつけて、スーパーへ洗剤を買いに行き、この間もらった200ドンを使ってお金を払った。
 帰りにブンチャーと生春巻きを1個食べて、帰ってきた。
 それにしても、ベトナム料理を食べたあと、(いつもベトナム料理なのです…)甘いものや炭酸がほしくなる。私は、いつも時間がたてば切り替わるので、自分を待てるけれど、今日はいつまでも欲求が収まらず、カボスのジュースを2杯も飲んだ。
 ベトナムの外食では、ご飯のときに飲み物を頼む習慣があるけれど、私と同じ気持ちかな。香辛料がなければ、甘いものはほしくならないのかな。


2008年05月24日(土) 自分を信じること

 先週の日曜日のこと。昼間にパン屋さんで出会った男の子から、夜になってメールが届いた。私はアドレスを交換したことを覚えていなかったから、彼が何故私の番号を知っているのか、自分はいつの間に彼に番号を伝えたのか、不思議だった。
 その記憶をたどっていくと、私はその日、分からなかった文法を分かりやすく説明してもらったことで助かっていた。この頃授業が分かりつらくなっていたから、(この人が先生だったらいいなー)と思ったくらいだった。一方、彼は日本語を勉強したくて大学に行ったけれど難しくて断念した人で、しかし自分は日本語を勉強したいと言った。ということで、私たちはお互いに利用しあおうという意見で一致し電話番号を交換していた。
 もう一つの不思議は、私の記憶が抜けていたことだった。自分がなぜそうなったのかを探ってみたら、私の中に、その男の子とつながりを持つことをいやだと感じる私がいたからだ。
 不思議は明らかになり、どっちの自分も、自分の感じたものだからいいけれど、もう一度、自分の気持ちを確かめた。
 ここへ来てから、まだ3ヶ月だけれど、いろんな人に出会った。当初、携帯電話が使えるうれしさも手伝って、男の子とも女の子とも電話番号を交換した。しかし、私から連絡することはほとんどない。メールを送ってくる彼にも、返事を返すことより、まとめ作業をすることの方が大切だった。
 これらのことから、今の動きは、過去のこととは違うというのだから、もっと楽に、自分を信じてもいいのだということになった。
 
 それで、 「土曜日はプールに行く」 と言ったら彼も来ると言うので、私達はプールで会うことにした。彼は今朝、私を迎えに行こうかと電話をくれたけれど、私は自分で行きたかったので、遠慮した。
 そのプールは、彼は始めての場所で、私のほうは番地も場所もアバウトに伝えたから、出会えないかもしれないけれど、それもどっちも良かった。
 運よく出会った私たちは、話をしているよりもそれぞれのペースで泳いでいる時間のほうが長かった。ベトナム語は耳を済ませて聞いた。
 ところで、私には、彼に伝えたいことがあった。それは、自分は今本を書いていて、毎日そのことに時間を使っていることだった。
 お昼を過ぎた頃、「Mamoはいつも一人で動いてすごいねぇ」と言う彼に、「帰り道も分かるよー」と笑って家に戻った。
 夕方、進んだまとめを見て安心した。ベトナムの人と話すと言葉は上手になる。でも、今一番したいことは、自分の書いてきたものをまとめることだ。私は、心の本が出来上がるまでは、今日の路線を大切にしたい。

 余談ですが、私は 50 メートルを平泳ぎで泳げるようになっていました。いつの間にー。水と仲良くすると、いくらも泳げるようになるのかなー。


2008年05月23日(金) 伝えること

 昨日の壁投げが効いて、朝から体のあちこちが心地よく痛みました。が、自転車こぎにはつらかったのです…。
 学校ではこんな出来事がありました。授業の中で文章を暗記して読むレッスンがあるのですが、私は覚えられなくて大変なのです。覚えられないのには、文章をそのまま言うことが出来るとどんな効果があるのか分からないことも理由の一つだと思います。
それなのに、今日の文章は前回よりも長くて大変で、ついに私は、Teacherに 「私は今日は出来ません。文章が長くて難しいのです。ごめんなさい」 と言いました。Teacher は 「いいですよ」 と言いました。肯定されてホッとしました。言葉に出来てよかったです。
でも、あとから、どんな効果があるのか知らないままやめるのはもったいないので、それをするのは何故かを質問してみればよかったとも思いました。
 学校が終わって、久しぶりにベトナムの友人と会ったら、前よりも言葉がスムーズに出来るようになっているのが分かってうれしくなりました。

 午後はまとめをしましたが、体が火照っているせいか、あまり進みませんでした。そんな中でも感じたことがあって、日記には書きたいことを書いているのだなぁ。表現したい気持ちを書いているのだなぁと改めて感じた日でした。


2008年05月22日(木)

 今日こそは広いところでボールを投げたいと、夕方、Ky Hoa 公園へ出かけた。
 公園の中にはテニスコートとサッカーグランドとプールなどのスポーツ施設がある。その一角に私の身長ほどの壁があって、ちょっとした空き地になっている。空き地は夜になるとレストランの駐輪場になるから、そこで遊んでいいかどうか分からないけれど、止められるまでしてみることにした。
 壁の向こうはプールだ。ボールがプールサイドに入ってしまわないよう、低めに投げ始めたら、体はボールを投げる時の動きを覚えていた。
 途中で、中学生の女の子が、一緒に遊びたいと言ってきた。「こちらこそ」。
 彼女は素手がいいと言ったので、私は高くゆるくボールを投げた。
 帰りに「明日も遊んでるの?」と聞かれて、「たぶん。でも分からないの」と答えた。私の頭には、「今度はグローブを二つ持ってこよう」とひらめいていた。

 家へ向かうとき、こんなことを思った。
ボールで遊んだ私も 41 歳・子どもが4人居る私なんだ。
この瞬間の私は、あるときから切り離された私ではなくて、人生の経過の中で生きている私。この感覚を覚えておきたい。今日の私も、私の全身に沁みこませた。


2008年05月21日(水) 文章の書きかた

 最近、文章の書き方を変化させて楽しんでいます。
 ある文章の形を表現するときには、「ですます調」・「である調」の二通りに分けるそうです。他に「敬体」・「常体」や「ていねい体」・「ふつう体」とも言うそうですが、前者は表現が難しいので、使う人は少ないそうです。プチ Writer の私も、後者の方がやさしく感じました。
 それぞれのメリットは、「ふつう体」ではリズミカルなテンポを、「ていねい体」ではやわらかさを読む側に感じてもらえることだそうです。私は、リズムとやわらかさとどちらも取り入れて書くことが出来るようになりたいと思いました。
 ちなみに、ひとつの読み物の中に、「ですます」と「である」は Mix になってもいいそうです。私の過去の文章では、これが混在しがちだったので安心しました。
 ただし、過去と現在の時制が混ざっていると読みつらいので、こちらの区別は大切にしています。
 ところで、一人の人の書いた文章は、その人のものなのですねぇ。著作権とはこういうところから生まれていたのですねぇ。そして、そのその持ち主さんはどんな形にも広げることが出来るということなのですねぇ。以前聞いたことはありましたが、今日改めて、新しい知識を得た気分です。
 そして、過去はつらさから逃れるために書いていたのに、今は書くことを楽しんでいる自分もうれしいです。


2008年05月20日(火) 工夫の楽しみ

 久しぶりにスーパーへ買いものに行った。
久しぶりなのには理由がある。スーパーで買い物をすると、おつりがあめ玉に変わることが多いからだ。
 ベトナムでは、日常、100 ドンという単位は切り捨てられることが多い。そのせいか、市場や小さいお店では 値段の最小は 500 ドンだ。その 500 ドンを、持っている小銭を合わせて払おうとして断られたこともある。
 一方、スーパーでは、 900 ドンから 100 ドンまでの、奇数の値段が多い。スーパーでは 100 ドンも大切なのだ。ところが、おつりはあめ玉になることが多い。500 ドンもあめ玉になる。先日、1000 ドンがあめ玉に変わってしまったことがあって、そのときは、スーパーに大切なものをあげてしまったようで、いやな気持ちがした。私は次の買い物のためにもおつりをていねいに受けとりたいのだ。
 ちなみに、200 ドンは5回貯まると 1000 ドンになる。1000 ドンあれば、大学に自転車を2回あずけられる。小さなおやつが一つ買える。以前、お金がないからお昼を食べないという人に会ったことがあるけれど、その人は 1000 ドンあればお腹を満たすことも出来る。
というように、おつりのあめ玉と自分の日常を照らし合わせているうちに、スーパーに行かないことをしようと思いついたのだ。
 ところが、欲しいものがそろって便利なのがスーパーだ。だから私は、スーパーへ行ったときには 1000 ドンからの値段で買い物をし、おつりを受け取れないときは品物を返品し、工夫して楽しんできた。
 おつりを大切にしてくれる店員さんとの出会いもあった。今日は、その店員さんと、始めて話をした。安心して会計をお願いできるお店の人。楽しむ工夫をしてきてよかった。
 手渡しされた 200 ドンを手にあたたかい気持ちで家路に着いた。

 


2008年05月19日(月) 境界線

 学校の帰り、プールに行った。着替えの場所の設備は日本よりも少ないけれど、水着に着替えて階段を一つ上がったら、そこに、青いプールサイドが広がった。“水深1メートルから4メートル”、アメリカで行ったプールと同じだ。
久しぶりの水。浮いてみたりもぐったり、プールの底をなでてみたり。水深3メートルまで行くと耳が痛くなったけれど、2メートルまでは軽くいけるのだ。魚がいたらなぁなんて思いながら遊んでいた。人が少なかったこともあり、水と戯れるには十分だった。
そろそろ帰ったほうがいいなぁと思いついたのは1時間くらい後のことだ。そこへ、まだ遊びたいと私。どちらの気持ちを大切にすればいいか自分と相談することにした。
二通りの自分を探ってみたら、最初のほうはチャイルドで、後の、自分のすることを知っているのは、大人の私だった。
そして、私は今自分の望んだように動く能力があることを確認して、プールを後にした。

 午後は、この頃調子の悪いPCの中を調べながら、まとめの作業を進めたけれど、パソコンの調子が悪いので、あちこち触りながらの作業だった。
夜になって気が付いた。どんなことも、一つずつすることが大切なのだ。
私は今、いろんなことが出来る。そして、丁寧にするということを、もっと練習したほうがいい。いつも丁寧に生きよう。


2008年05月18日(日) 音色

 学校の近くのパン屋さんで休憩していたら、そばに座っていた男性に話しかけられた。「あなたは恋人は居ますか?」と尋ねてみたら、居るよと言ったので安心した。
話はベトナム語と英語だった。この3ヶ月の間に、分からない単語は英語に切り替えると話がつながることを経験し、その切り替えも早く出来るようになって来ているので、会話はつながった。今朝自分で勉強したばかりの文法の説明は分かりやすかった。
 ところが、あるときから、私の中に「つまらない。帰りたい」という気持ちが沸いて、視線は外の景色の方へ向きはじめた。
 そんな自分に耳を澄ませたら、私は英語よりもベトナム語を広げたがっていた。と言っても、私も単語も少ないのだから仕方がない。そして、使い分けるのに疲れてきたとも言えるので、席を立ったけれど、そっぽを向いている自分と会話したことで、もっといろんな言葉を知りたがっている自分を感じられたのだ。
 ところで、私は今、ある方から聞いた言葉が気になっている。それは、ベトナムで「日本人として生きる」ということ。私は今、ベトナムで生きているけれど、日本で育った人なのだ。日本人として生きるとはどういうことを言うのだろうか。
ベトナムの人と違っていてもいいことは分かる。言葉が分からなくてもいい。分からない自分を変えていこうとしていることがいいのだと思っている。
 帰り道、いろんな思いをめぐらせていたら、私の中に、凛としたものが沸いてきた。この時に浮かんできた言葉が、「凛」だったのだけど、別の言い方をすると、いつも私でいい。私が私になったという感じでもある。
「凛」という字を広辞苑で調べたら、「引き締まる」ことと書かれていた。鈴という感じもあった。鈴の「りん」の方は、やさしく感じる。
鈴つながりで、今日のタイトルは「音色」にしておこう。


2008年05月17日(土) 路地

 10時ごろから自転車で散歩に出た。大きな道路に出てすぐの赤信号で停まったとき、後ろから通過したバイクに、足を引っ掛けられて転びそうになった。信号が変わって周りに押されるように走り始めたけれど、まもなく、びっくりした自分をそのままにしていることに気付いて自転車を止めた。驚いたままの私は、「怖かったね」の言葉を待っていた。それから、「転ばなくてよかったね。気をつけて走ろうね」と続き、新しい気持ちで自転車をこいだ。
 地図の上では、2 thang 3通りから、Duong Ly Thuong Kiet 通りを左に曲がってまっすぐに行くと、どぶ川に突き当たる。そこまで行くことが出来たら、帰りは川沿いを走ってくるはずだった。ところが、道は行き止まり。空には雲が広がっている。来た道を引き返した。
 すると、行く時には気が付かなかったけれど、2 thang 3通りの手前の路地に電気製品のお店が並んでいる。電気の配線やドライバーなど、電気関係の小物もあり、買い物に来たお客さんでにぎわっていた。
 路地を離れてしばらく行くと、ドリアンが一までで一番安値の1キロ 6000 ドンで売っていたので、買ってみることにした。お店のお兄さんははじめ、[どれくらい買うの?」と尋ねてくれていたけれど、そのうちに返事をしなくなり、「売れない」と言うように首を横に振るようになった。「どうして買えないの?」と尋ねても、もう返事をしてくれない。そこへ違う男性が来たので、そちらの男性に、「6000 ドンのを一つください」と言ってみたら彼は、とげとげの皮の中から実を取り出して売ってくれた。
 そのまま帰っていたらトラウマになっていたかも知れないから、待ってみてよかった。

 午後は、まとめをした。夕方はいつもより早めに仕事を切り上げて、グローブを持って散歩に出た。近くの空き地の入り口を探して歩いたけれど、わからい。一時間くらい散歩して、ヌードルを食べて帰ってきた。
 
 ハウスキーパーの女の子に、ベトナムの人たちが使っている共同コンロを使えるかどうか聞いてみたら、ガスボンベを自分で買ってくれば使えると言ってくれた。料理が出来るかもしれない。聞いてみてよかったな〜。


2008年05月16日(金) 未来への道

 朝、出かける準備をしているところにアリの行列を発見。アリは、リュックのポケットに入れておいたアメに集まっていました。ここへ引っ越してきてからは、アリさんの大群と縁が切れていたので、ショックでした…。
ポケットの中に手を突っ込んでアリさんと対峙している私の体にアリが上ってきて、心が悲鳴を上げました。
やっと収まったときには疲れてしまって、出かける気持ちが小さくなっていました。でも、このことがきっかけで外出をやめてしまったら、巻き込まれているのと同じだなぁと心の声が言ったのです。それから気付いた自分と一緒に、外出の続きをしたくなりました。
 今日の行き先は郵便局。日本を離れる前に約束していた、姉と子どもたちにはがきを出すのです。
ところが、地図で下調べをしているとき、体に力が入っている自分に気が付きました。新しいこと・郵便局を探すことなどを緊張しながらしていたのです。そんな自分に 「楽しもうね」 と声をかけて一緒にはがきを出しに行きました。
途中の道で、郵便局の小さな看板を見つけたので入ってみたら、男の子がお店の番をしていました。彼は 「ここでは手紙を出すことが出来ない、あっちだよ」 と指差して教えてくれました。場所がはっきりしなかったので、地図を広げてどこにあるか尋ねましたが、それでもよく分かりませんでした。彼の言う“あっちの道”に出れば分かるだろうと、お礼を言って離れました。
 そうしたら、本当に彼のお店から見える“あっちの道沿い”に郵便局があったのです。家からは自転車で10分くらいのところでした。
 葉書に日付のはんこが押されて、あそこの箱に入れなさいと言われた先を見たら、外国行きと書かれた投函口がありました。私は国際郵便を出すのは生まれて初めてのこと。ついにその瞬間がやってきたのです。うれしくて、写真を撮りたくなりましたが、カメラを持っていませんでした。
局員さんに一度帰って又来てもいいですかと尋ねたら、葉書を外へ持って出てはだめだと言われました。残念ですが、仕方がありませんでした。2枚の葉書を心にしみこませて投函口に入れました。
 局を出て、自転車のいすに座り、数分前に見た葉書をもう一度思い起こしました。
それから、心の中で 「出したんだよ。約束していた人に、子どもたちに葉書を出せたんだよ」 と、私の全身に沁みこまむまで、何回も言いました。

 日本までは、2週間くらいで着くそうです。事前に聞いていた情報より一週間も長いです。だから、今日出すことが出来てよかった…。


2008年05月15日(木) ほかほか

 うれしいことに…。
今日は引越しして初めて温かいお湯が出たのです。日中は一日中曇り空だったのに、どうしてお湯が出たのか、理由は分からなくてもいいのです。座り作業の長い私のお尻は、喜んだのです。
いったいどれだけの時間、お湯を浴びていたことでしょう。温まった体でベッドに転がり毛布に包まって、至福のひと時でした。

 湯船につかりたくなりましたよー。バケツを買ってこようかな〜。座浴が出来るくらいのたらいにしようかなぁ。
 



2008年05月14日(水) 眺め

 今朝は、目覚ましが鳴って起き出すまでに時間がかかりました。私は学校に行きたくない気持ちだったのです。そんな自分に、「楽しめるかどうか行ってみようね」 と声をかけて、一緒に学校へ行きました。学校までの道のりが長く感じる上に、今日はまだ水曜日だったと、ベトナムへ来て初めて、時の遅さを感じていました。
 ところが、学校が近づいた頃、あることに気が付いたのです。それは、私は昨日から、ベトナムの国の人の通勤ラッシュに巻き込まれていたということです。一時間も早くに家を出ているのだから、急ぐことはなかったのにね。
 ということで、学校に着いてからは、朝食に肉まんを食べてみようと思い立ち、(肉まんはフランスパンより1000 ドンも高いのです)、食事の後には、朝からそれまでに感じた気持ちを整理し、教科書を広げ、隣に座った女の子と話をし、いつの間にか、朝一番の気持ちは変わっていて、授業も楽しく受けました。
 学校が終わった後、本書きのことが浮かびました。でもその時の私はパソコンの画面を見る気持ちがしなかったのです。心の声に寄り添って、キャンパスのいすに座りました。
 それから、隣に座った女の子と話を始め、後から来た彼女の4人のお友達が話をしているのを傍観し、時々その話に参加して、そんな自分を眺めて、2時間遊んだころ、そろそろ帰りたいよと言ったので、帰りたくなった自分と一緒に席を立ちました。
 のんびり自転車をこいで家の近くへ来た頃、お昼ご飯を買うためにあたりを散策し、以前食事をした屋台へ行きました。そのお店には以前話をした女の子が居て、彼女は別の女の子に「この子はここで食べたことがあるよ」と言ったので、3人で少し話をしてから帰ってきました。
 家の車庫に入ったら、ハウスキーパーの女の子が居たので、言葉をかけて、今日習ったベトナム語を使って話そうと、言葉の引き出しを開けて話をしました。5分くらいの時間でしたが、話をしている自分を見て面白かった。
その後、部屋に入り窓と部屋のドアを開放して、自然の空気を入れながら、お昼ご飯を食べました。
 午後は、夕方まで、まとめをしました。楽しい発見をして笑えたり当時の自分に感心したり時間を忘れて楽しみました。
19時頃、夕食が食べたいよと言ったので、ようやくパソコンを閉じました。
 食事と言えば、先週末、家から歩いて5分のところに、安くておいしいチャーハンの屋台に出会いました。適度な塩加減で炒めたご飯の上に、揚げたてのジューシーな目玉焼きがのっているのです。他に、ペンネと野菜をいためたもの、どちらにもバナナのデザートが付いて 7000ドン。道に並べたいすに座って、道行くバイクを眺めながらの食事スタイルは私のお気に入りのひとつ。お勧めスポットなのです。 
今日もそのお店でチャーハンを食べ、食事の後、お店の女性と15 分くらい、話をしました。
 普段、道に並んだいすに腰掛けてのんびりしている人々を見かけますが、今夜は、いつも眺めていたその景色の中に居る自分を眺めて楽しみました。
 


2008年05月13日(火) 自然のかけら

 休み時間に 「結婚しているの?」 と聞かれて、「いいえ。でも、子どもは4人、日本に居ます」 と答えました。教室の中ががシーンとして、聞いていた人は (どうして??) の表情でした。
 私の方はベトナム語も英語も少しなので、これより先のことは言葉が足りません。そんな自分もそのまま伝えて、休み時間は終わりました。
 そして、自分を語った私は…。その後、安心と開放感の中に居ました。
私はいつも本当の自分を語りたかったのです。
 今夜は、壊れていた大切なかけらがひとつ、私の心につくっついて、より自然になった私を感じた夜でした。


2008年05月11日(日) とびら

 今日は、午前中に11区方面へ旅に出ました。引っ越してきてから、買い物のしやすい市場を探していたのですが、ついに今日、そんな場所を2箇所見つけました。
 一箇所は、生地の問屋。きれいな布が道の両サイドと市場の中にも並んでいました。少量では売れないと言われましたが、カーテンの代わりになるような生地を探していたので、1メートルだけを売ってもらいました。
 生地を買ったお店のお向かいには、先日買いそびれたレインコートがぶら下がっていました。値段を聞くと、今までで一番高かったので買わずに行こうとしたところ、お店の女性が「いくらなら買うの?」と尋ねてくれたので、今迄で一番安い値段で緑色のレインコートを買うことができました。
 
 次の市場では、トマトとキュウリと、それからカボスを買いました。
 実は、引っ越してきてから食生活が変わり、私は今野菜不足なのです。今日は心と体にやさしいお昼ごはんになりました。
 カボスは何に使うかというと、暑いときに、ビールのような炭酸ものが飲みたくなるのですが、ビールを飲むと、本まとめが出来なくなってしまうので、カボスを絞って炭酸ジュースを作るのです。お砂糖を使わずに、日本から持ってきたかりん蜂蜜を入れて、体にやさしい飲み物になります。

 午後は2時ごろからまとめをしました。そうしたら、開いたファイルの中に、心の勉強をし始めてから後に書いていたらしい、別の人格だった私の日記を見つけました。3ヶ月くらいの間、同じ日に違う内容で、時には 私 Mamo ちゃんを話題にした日記が書かれていたことを今知りました。
 私は、心のことを始めてから後は当時別の自分だった私のことも含めて自分を知っていると思っていたので、そのものの存在を今まで知らなかったことに泣けました。
 そして今は、このファイルを見つけた自分に、いつか知るのなら、今知ることが出来てよかったと思えています。 見つけた自分が面白いです。


My apartment.一番上の左の部屋。地上4階です。


My room


Cho Tan binh (タンビン市場)


Cho Nguyen thi phuong


競馬場。広いです


2008年05月08日(木) プラスの歴史

 今日は、毎朝大学の前で買っている 2000 ドンの豆乳を、氷を抜きにしてもらったら 「氷り抜きは 4,000 ドンだよ」 と言われました。でも、私は豆乳の値段を知っていたのです。だから 「違いますょ〜」 と言ったら、お店のおじさんは笑っていました。
 帰りには、合鍵やさんで合鍵を作るのに、おばさんに 「いくらですか?」と聞いたら、「 8,000ドン。言葉分かる?」 と言われました。
私は、おばさんの言葉を聞き取って、合鍵は 6,000 ドンで出来ることを知っていたのです。だから、「分かります。でも高いから買いません」と言ったら、5000 ドンにしてくれました。自転車通学4日目にして、やっと、学校までの道のりを楽しむ余裕を感じることが出来ましたョ。
 
 午後からパソコンを開き、何をつまんでこようかなと私の歴史の中を散策していたら、そこに、子どもを傷つけている自分を知り、・変わりたい・自由になりたいと切望している私がいました。足りないものに押しつぶされそうな自分を知っている自分と正面から向き合おうとしている私でした。
 読んでいるうちに泣けてきて、何の涙か探してみたら、ひたすら自分を見つめて積み重なってきたことの実感と、残っていた過去の悲しみが入り混じっていたので、あっちとこっちに分けて、境界線をつけておきました。


2008年05月06日(火) アレンジ

 自転車通学3日目も、部屋に着いたらバタンキュー。運動不足だったので全身が筋肉痛。だんだん慣れていくでしょう。
 一休みしてもパソコンを開く気持ちになれなかったので、部屋の中を見直し配置換えをしました。
パソコンデスクの上に、テレビを置いて、テレビ台の上に、Waterボトルやコップなどを置きましたョ。自分の使いやすいようにアレンジするのは楽しいのです。自分の楽なように、変えていってもいいのです。


2008年05月05日(月) いつもここからの私

 今日から次のコースの授業が始まりました。授業時間は朝一番の時間帯に変更したので、6時半に家を出て自転車をこぎました。授業は Teacher も変わり、新鮮さの中、新しい文法を習って楽しみました。

 午後から、引越しをしました。引越し先は、同じアパートの隣の部屋です。今度の部屋は、前の部屋の 1.5 倍もある、4畳半くらいの広さで窓も大きくなり、その上にパソコンデスクまで付いているのでうれしいのです。
 でも、体が疲れているのです。そしてどこか落ち着かないのです。原因を探してみたら、自転車通学と部屋が変わったことにエネルギーを使っている私が居ました。私は自然に生きていたら、その時々を楽しめるはず。
 いつも、自分を見て心の傷を癒していくことの出来る自分をうれしく思う夜でした。


2008年05月04日(日) 縄跳び

 明日から学校が始まるので、雨季の雨に備えてカッパを買いにスーパーへ行きました。

 夕方は、Ky Hoa 公園へ、縄跳びをしに行きました。ベトナムで初の縄跳びは、始めてまもなく、ふくらはぎが震えてきました。私は運動不足なのです。 でも、縄跳びは面白かった。体は喜んでいました。


2008年05月03日(土) ストローク

 朝、パソコンを開いたらチャイルドが出てきて、「外に行きたい」 と言ったので、予定を変更して公園へ向かいました。でも、何か変な感じなのです。
 パソコンを開いたときに出てきたチャイルドは、いつのチャイルドだったのかと疑問がわいたので考えてみたら、私は昨日一日、食事の時間以外のほとんどの時間パソコンに向かっていたので、その疲れが残っていたのです。
 ということは、もう少し気をつけていたら昨日の時点で気づくことが出来たのかもしれないのです。自分にもっと敏感になろうと反省しました。
 そして今日は、CACH MANG THANG 通りと BAC HAI 通りに面したところにある Le thi lieng 公園へ行きました。公園では、池の中でコイや他の魚がはねていて、魚釣りをしている人やタニシを採っているおじさんがいました。鳥のさえずりも聞こえてのどかな雰囲気の中、自然のストロークをたっぷり感じて家に戻り、今まで見つけた公園の中で一番のお気に入りになりました。
 
 
わらぶき屋根のお店


 細いけれどしっかりした木。登っていたら、警備のおじさんに笛を吹かれて止められて…。よく見たら、木に登ってはいけないと書いてありました。残念。右側手前の木は、Hoa su という名前。くちなしのようないい香りでしたが…、よく見えません…。

 斜めの腹筋台。10 回でダウンしました。


2008年05月02日(金) 向き合うこと

 ホーチミンは雨季に入り連日のスコールで、今朝も目覚ましの変わりに雨音で目が覚めました。
 パソコンの中の過去の心と向かい合い、その延長で本読みをしていたら、ネグレクトという言葉が浮かび、チャイルドと話をしました。
 結婚していたころ、子どもたちとのことや家の中のことを怠惰に感じる自分がいました。当時は、その原因もどうしたらいいのかもわかっていませんでしたが、こんなことも、心の傷が影響していたなんて、今日も自分を見つめることが出来てよかった…。
 


2008年05月01日(木) 心の風景

 昨晩は、ベッドに入ってまもなく眠りに就き、今朝は気持ちのいい朝を迎え、学校は休みなので、自転車でバックハイ通りを自転車で散策しました。 20 分くらい走ると、ご飯やさんや喫茶店が並んでいる通りに出たので、ホッとしました。食べ物やさんを見つけると、人が生活している空気を感じて安心するのです。
 夜ご飯にはスープを買いました。一皿2万ドンですから、私にしては高いのです。でも、お金を残すことよりも健康に生きることをするほうがいいのです。こんな一日を過ごして、夜には、お金で傷ついていたチャイルドと語り合い、子どもの頃はお金がないということが死につながっていたと初めて知った夜でした。


 昨日から自分に余裕のなさを感じていたので、そんな自分を見つめてみたら、環境が変わったことで心が張り詰めているのが分かりました。
 私は子どもの頃にも引越しを経験していますが、子どもにとって、引越しというのは大人の都合だったのですねぇ。だから、子どもにはそれが分かるように伝える必要があるのですねぇ。
 大人になって親の立場になった私も、引越しをしましたが、その時自分の子どもたちに伝わるように話をしたとは思えません。反省と同時に、自分を見つめてよかったなぁと思いました。

部屋からの景色。喫茶店は昼になるとテーブルが並びます。
 アパートの玄関。私の青い自転車    部屋に上がる階段の上から。
屋上に上がる階段。30度くらいの急斜面。はしごかな。…と、指。
屋上からの景色。家から歩いて5分のところに、Ky Hoa 公園があります。
 Ky Hoa公園の観覧車   反対側の景色。
 家から自転車で15分。Dong Nai通り。今日は祭日なので旗が並んでいました。
 Dong Nai 通りから走って5分で Bac Hai 通りの道へ。商店とご飯やさんがありました。牛がいるョ。モォ〜。
Bac Hai 通りを突き当たった Cac Mang Thang 通りに出て5分くらいのところに4差路の大通り。
交通量が多かったので、向かいの本屋さん(青い建物)まで行くのに大変でした。





Mamo |MAILHomePage

My追加