「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2007年06月30日(土) アンテナ

 カブト虫が全部羽化したので、槌を減らしたり風通しのいい屋根をつけたりして、過ごしやすい環境を作りました。
 それと、ベトナム語を勉強しました。文章を作れるようになってきたのですが、机の上や文章の中だけでなくネイティブなものをもって、心で会話が出来るようになりたい。
 私は今、どこかにヴェトナム語レッスンを提供している人は居ないかとアンテナを張っています。
 
 


2007年06月29日(金) 喜び

 午前中、会社から契約変更の申し出がありました。
突然のことで少しびっくりしましたが、出来ることを探して動きました。
それで、時々、びっくりした自分を思い出して巻かれそうになりました。でも、出来たことがあったから、楽しい事もありました。

 夜、自分が残しておいた昼間の出来事メモを見たら、戸惑った中でも、次の自分に繋がるように冷静に動いた自分の様子が書き残されていました。何回も読んでいるうちに安心感が沸いてきて…。
今は、自分自身を心の拠りどころに出来る私に、喜びを感じています。

 本『インナーチャイルド』の中の文章を借りるのなら、「敬意を払って怒りを表明し、権威のある人に筋の通った方法で語りかける」ことが、少し出来たのかなぁ…なんていうことも。

 実はこの出来事が浮上したのは数週間前。その時は、07年になってから朝日新聞で度々見かける、一人で入ることが出来る労働組合を調べました。でも、裁判だって一人で出来るから…。私には必要ないものと感じてページを閉じました。
 自分の出来事に自分で向き合ってみると、いろんなことが見えてくる。私はこっちの方がいいです。

 夕方、手術をした病院へ診察に行きました。傷の具合は順調。痛みは時々ありますが、日にち薬。それに私の細胞ちゃんはただ今活動中ですから。
 それから、この出来事をもとに、チャイルドを癒やしにいきました。私はもっと自分の身体に興味を持ってもいい。大丈夫なのです。
出来た自分を利用して、深かった心の傷を癒やせていることにも喜びを感じています。


2007年06月27日(水) 希望

 訪問先で、あと1ヶ月で訪問を閉じることを伝えました。家族の方に、あと少しの間、出来るお手伝いをさせてくださいと話しました。たとえば麻痺になられても、その方のしたい何かがあってその方に出来る何かがあって、そこから広がる何かがあると捉えていますと伝えたら、家族の方は 「それは、先の人生への希望ですね」 と、分かりやすい言葉で表現して下さいました。私は、「家族の方もご本人もそれから、この私自身にも希望がありますね」 と言いました。私の仕事が大変だったの?と訪ねてくださったので、 「始めは何も分かりませんでした。利用者さんの気管切開部に痰が絡んだらすぐに吸引器に目が行く自分に気が付いてからは、本当にゼロからのスタートでした。いつも何もかも手探りでした。いろいろな発見をしました。そして今日まで医療行為のないところでも看護としてそこにいることが出来るということを学ばせていただきました。すべて大切にしたい時間でした」 と伝えました。
 私のことを尋ねて下さったから私を語ることが出来ました。私の言葉に最後まで耳を傾けてくださったことに喜びを感じました。

 社会では、昨年の介護保険の改定のために介護を必要とされる方々の声が行政に届かないことで辛い思いをされている方がたくさんいらっしゃるそうで、家族の方は 「どこにこの憤りを訴えたらいいのか。どこかに訴えたい」 と仰いました。私は、「裁判は独りでも出来ますから。もしも裁判をされるのなら、そのとき私にも何かお手伝いさせていただけることがあれば嬉しいです」 と伝えました。

 事務所で空いた時間に、ヴェトナムへ旅行に行ったときの日記を読み返しました。出来た自分がそこにいて、国境を越えて心の会話を交わした私が居て、次に繋がるのがイメージできて、いつも自分を楽しみしています。

 それと、今日も手術後の自分の体を大切にして動きました。
こんな風に自分にやさしく出来ることをうれしく感じます。そしてこのやさしさを、心の傷を癒す作業に利用しています。

 カブトムシ君の家が小さくて狭い気がしたので、100均ショップで入れ物を買って庭から木を拾ってきて、天井の高い家を作りました。昆虫用の値段の高い容器ではなく、自分で工夫できたところがなんとも言えず嬉しいです。


2007年06月26日(火) 方法

 仕事はいつもと同じ。そして今日の私も先週とは違っていました。
大切なのは今、そしてこれからの自分。私は今日もいろんな自分に気が付きます。そして、私は今自分を広い視野で見つめる練習をしているのです。確かな自分として生きる技術を1つ持ったような気持ちもしています。
 いつも気が付いたところからサクサクと変えていければいいな。どんな私も私だから。

 今日は家に帰ってから、ヴェトナム語の勉強をいつもよりたくさんしました。
それから心友にヴェトナム語でメールを書きました。この間、ある女性に、Banh miと言うのは何?と尋ねられたので、調べてみました。そうしたらくすっと笑える発見をしました。単語を探しているうちに、どこかでつながるから面白いです。

 
 昨日日帰り手術を受けたので、運動は控えておきました。麻酔をかけられた自分。面白かった。過去の自分と比較することが出来ました。
 事務所で、昨日私の身体に使われた麻酔薬を調べていたら、副作用のところに私の体験した感覚と同じことが書かれていました。よく考えてみれば確かに副作用です。でも、自分の過去と比較することが出来て面白かったです。不思議な感覚でした。

 傷は痛いです。でも、こんな時、私は自分にじっくりと耳を澄ませます。
私の身体は今、私の痛んだところを再生するべく働いてくれているのです。

私の細胞ちゃん、よろしくね。


2007年06月25日(月) エピソード

 今日は仕事を休んで日帰り手術を受けました。私は麻酔の初体験をしたのです。

 手術室に入って麻酔薬を1�奸�筋肉注射されました。その後数分間は、Dr.や看護婦さんと話をしていました。
「痛くないようにしてね」
「そんなに話が出来てるうちは痛くて出来ないから、まだしないよ。大丈夫だよ」
看護婦さん達の様子もよく見えます。でも手術台の乗っている自分は、その様子を懐かしがる余裕はほんの少し。

そして「なかなか効かないなぁ」とつぶやいたその時、私は突然、スコーンと地球の裏側に落ちていきました。
 何処か遠くで誰かが「菅野さん聞こえますかぁ?」と私を呼んでいて、だから私は返事をしたいのだけど、でも…でも…。

 どれくらい時間が経ったのか。気が付いたら、いいえ、自分に気が付く前の私は、まるでスポンジの中をくにゃくにゃと散歩している感覚でした。青や紫のスポンジがくにゃくにゃフワフワとそこらへんにあるのです。
 思い切りまぶたを開こうとして少し目が開くと、手術室前に居た部屋の風景が、歪んでそこにありました。
「おかしいなぁ。手術室に入ったはずなんだけど、おかしいなぁ。勘違いだったのかな。また間違えたのかなぁ」
「おかしいなぁ。注射をしたはずなんだけど。おかしいなぁ。誰かと話をしてたんだけど。今から手術しに行くのかなぁ」

 そこへもう一度、スポンジの国が現れて、私は真っ青なスポンジの小さな穴の中でくにゃくにゃになっていました。
「あー、何がなんだか分からない。私ついにおかしくなったんだ。やっぱり。どうでもいいや。でも、どうでもいいやって…どうでもいいやって言えない。口びる動かない。あれ?ごっくん…出来ない。つば、誤嚥した?肺に入った?大丈夫?」
「うーん、ちょっと待って。ここはいったいどこだっけ?」。
…あーもう、身体がくにゃくにゃ。わけが分かんない。体もスポンジ状態。

 もう一度目を開けたら、やっぱり手術前に居た部屋が見えました。
あれ?まっすぐ。やっぱりこの部屋。 点滴ある?しかくいの。たぶん点滴。点滴入ってる? 少ない?なら、手術済んでる。見えない。落ちてる?見えない」
「手、動くかな。人差し指、動いた。中指、動いた。薬指、動いた。赤ちゃん指、動いた。足の指、動いた。指、動くんだ。でも足首動かない。身体動かない。先っちょだけ。手術したんだっけ。今からなんだっけ。ほんとはどっちなんだっけ」


 そこから私はもう一度深い眠りに入りました。そしてこのとき、私の耳に自分の深い呼吸の音が聞こえていました。
クーックーッ。ンーっ。…。
この感じ、何処かで覚えてる。沈んでいく。

 そうだ、あの時。名古屋へ来たころ、よく眠ってた。どこででも眠ってた。スコンと自分が消えて落ちそうな感覚で深い眠りに入ってた。この音が聞こえてた。息、してたんだ。懐かしい。
確かあの時、私の中でたくさんの私の言葉が飛び交ってた。円卓を囲んでたくさんの私が話をしてた。
それから、時々自分の指が動くのを確認した。生きてる自分を確認した。あの時も生きてたんだ。

今日は? ううん、私だけ。私、大丈夫なんだ。

……
 夕方頃、私はようやくいつもの私に近い状態に戻り、自宅に帰りました。帰る前の診察で体験したことを話すと、Dr.は面白い表現だねと言いました。
 手術前には、麻酔で眠って本当に目が覚めるのかと小さなドキドキもあったけれど、大丈夫でした。手術後には患部の痛みよりも麻酔初体験面白さが大きくありました。頭は回っていなかったけれど、面白い体験をしました。
 そして、現実のある光景から過去のある光景を思い出し、過去の自分と今の自分を確認した出来事でした。まるで、過去の自分をもう一度見守りに行ったような気分でした。初体験時空を楽しんだ私なのです。

 これを読んだ皆さんは、もしかしたら、Mamoちゃんはどこの手術をしたんだろうと興味が沸いているかもしれません。これにまつわるエピソードを、心の整理が付いてから、どこかで書けたらいいなぁと次の自分も思い描いているのです。


2007年06月24日(日) 私の心の成長

 昨晩夜中。かさこそ音がするので、カブト虫の家を覗いてみたら土の中になにやら光るものが…。指で触ってみるとごそっと動いてびっくり。なんとカブト虫君が羽化していました。まだ6月末なのに。間違えちゃったのね。
 既にお気づきとは思いますが、カブト虫君はオスです。ツンと上に延びた角がかっこいいですよ。
 私は家と水と過ごしやすい環境を適度に提供し、彼は自分で羽化しましたから、私はカブト虫くんが大人になるのを手伝った人。だから彼の育ちを手伝ったお母さんなのですよ。ちなみに、うわさの彼の名前は「Buちゃん」です。そしてあと数匹居ますから…。
 インターネットでカブト虫のご飯を調べていたら、バナナを食べるというのもあったので置いてみました。でもうちのBuちゃんは食べる様子がないので昆虫ゼリーを買っておいたら、吸い付いていましたよ。
 残りの数匹の中にメスが居たら、カブト虫の産卵する環境が作れます。でも同じ家系だとだんだん小さくなるそうです。…ということは、方法によっては次の子が大きくなる事もある、のかな。

 ところで野球は中止になったので、Gobamcanのメンバーと遊んで過ごしました。お昼はおなべを囲んで、午後はお友達親子が遊びに来ました。それから別の友人親子さんも遊びにいらっしゃいました。
 名古屋へ着てからは一人を楽しむことを練習していましたから、今日は久しぶりに違う雰囲気を味わいました。
 多人数の中に、誰かと同じことをする私ではなく、世界にたった一人の私としてそこにいる。そんな自分を感じて心から嬉しかった。私も成長したのです。今日の感覚を大切にします。


2007年06月22日(金) やさしさ

 今日は利用者さんのお宅で今までとは違うやさしさを感じた日。
否定されていると感じていたお宅では私は何時も静かにしていました。それが今日、私はその方の身体にやさしく触れていたのです。自分が大丈夫だったのです。そしてその方の身体はやわらかかった。やさしかったのです。それでも私は静かにしていました。そしてそれでもその方の手はやさしかったのです。

 6月に入ってから、人生の終わりや、ターミナルについて考えるようになりました。
人はみな死んでいくのであって、もう長く生きられて死が近づいておられる方の傍に居る自分。

 寄り添うということは、そこに居ることでいいのだから楽なようで難しいようで楽なようで難しいようで。
 痛みに寄り添う時に、そこに居る自分がその方の痛みを何とかしようとすると、知らないうちに介入してしまう。そこに居る私は自分の感じていることに耳をすませていると、痛みと向き合うその方を手伝うことが出来るのだなぁと実感させられます。 教科書や机の上では分からないことを経験している自分を嬉しく感じています。

 実は昨日、上司から、あと1ヶ月で看護の部門をやめるからと話があったのです。 
 利用者さんには伝えておかなければと、午後お伺いしたお宅で、あと一ヶ月で終わることを伝えました。就職して1ヶ月半のことですから、家族の方は驚かれて「あなたを辞めさせないでと頼まなきゃ」と仰いました。
 私はいつも、自分を見て生きる練習をさせていただいているばかりなのに、そんな風に言っていただいたことには小さな安心を感じました。
 私のしてきたことは大丈夫だったのかな・丁寧を意識してきてよかったなと。でも、これは他者の評価の中で自分を確認しているのかな…。

 もし私が病院の中で注射や看護業務に動いているとしたら、今回のような経験はまだ少し先になっていたことでしょう。“何かしたい”が大きくなっていた昨日と、見るところを見ていれば学ぶことはたくさんあるということを改めて感じた今日。そして今はどちらもいいです。


2007年06月21日(木) 小さな告白

いくつかの思考 

ゆっくりでいいから、自分の心を基準に動きたい。
何かが出来ていることと心があることは別。
いろんな自分が居て、どれも自分。
分かっているけれど、何処かひとつを大きくすると、生きているのにまるで自分ではないような感覚になりました。
 
 それが今夜、大きな視野で自分を見たら、今の自分も点の1つに感じられました。
 出来たところばかりを膨らませていたら、出来ていないところが出てきたときにそっちが膨らんでくるのです。どちらも同じくらいの自分で、どちらも小さな点なのです。

 そして、自分の出来たところを見てあげられるようになると、社会で自分にプラスなものを探せるようになります。他者のプラスも感じられるようになります。
 自分を広い視野で見てあげられたら、社会を広い視野で見れるようになります。他者を広い視野で見れるようになります。

と言っても、私はいつも自分から。私は今から、自分を広い視野で見る機会を積み重ねていきます。自分で自分を育ててあげるのです。自然に、自分以外のものを広い視野で見れる自分になるでしょう。

 私は、いろいろ。自分を広い視野で見てあげられたら、自分の将来を広い視野で見続けることが出来ます。


社会の人はまず他者をと言います。それは違うと改めて感じた夜。

答えは自分の中にあったから。

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2007年06月20日(水) 毎日

 二日間訪問はなくマンションに一日家の中でした。上司はどこかへ行って殆ど居ないので、インターネットを見たり本を読んだり好きなことが出来るけれど、2ヶ月間のこのペースにたいくつするようになりました。

 何かしたい。社会に出て、自分の持っているものを開きたい。そして学びたい。仕事に来ているのに遊んでいて、こんなことをしていていいのかなとか、私がここに居る意味は何だろうという疑問が浮き沈みします。
 窓際族にされて一日中仕事を与えられないからと裁判を起こしていた人は仕事依存だったのかな。ほどほどに何かしたいと望む私も依存しているのかな…と疑問を持ったから仕事を変えることにしようかな。

 ヴェトナムへ行って本が書けたら…。私は本が書けたら、それでどうするのだろう。

 そうそう。1つ書けたら次のことが浮かぶ。毎日は少しずつ進むのだから。

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2007年06月18日(月) 心の青写真

 会社は近いうちに終わりかもしれないと予感がした日。
私は就職してそろそろ2ヶ月。何をしたかなぁと改めて振り返りました。

 訪問を開始してすぐに、セクハラを受けました。愛を持って生きる私にとって大きな出来事でした。私は今その方のお宅では、訪問が終わったらきゅっと握ってくださる暖くてやさしい手を私も同じくらいにきゅっと握ってからお別れします。気管切開をして筆談で会話なさっているけれど、いずれ発声できるのではないかという青写真も描いています。
 ボケ防止にと塗り絵をしている方は、そのうちにご自分の像を描き集めて自作の絵本を出版するのではないかな。足指じゃんけんをしている女性とはそのうちに、心の事を語り合っていけるのではないかな。腰が痛くて長く歩けない男性はソフトボールの経験をお持ちだから、そのうちに野球を見学にくるのではないかな。
 癌の再発が予想される男性、検査の結果が出たら、その時はがん細胞と仲良くする生き方があることを語りあうことが出来るかな。男性に届かなくても男性のパートナーや家族にも。 

 そして、自分のしていることに自信が持てたら、上司と向き合って私の心を伝えられるという自分の青写真。
 まだ始まったばかり。私はまだ誰にも、自分のしていることを語っていないのです。

 本『インナーチャイルド』の中に、「子どもには回復する力がある」いう文章があって、転んで出来た傷はもちろん心に受けた傷に関しても、本来の自然な状態に治していけるということかな。きっと、“何が遭ってもそこからスタート”と同じです。
 私も最近ようやく、自分の心の傷を癒やして楽に生きる自分を実感できるようになったから、動かずに終えることには後悔が残るようになりました。例えばドキドキしても、してみることがいいのです。
 体験することの意味・してみると結果が出るということ・結果を見て次を見る意味。全部大切なのです。
こんな風に言っていても行きつ戻りつ。視点が近くてすぐに巻き込まれます。それでも私は、自分から打ちに行ってみたい。そして、私の事情と社会の事情は別だから。

 ただ、今でもこんな私を語る意味はあるのではないかという気持ちもしています。心の語りも自分から。


2007年06月17日(日) 道

 今日は朝食を食べてすぐに、職場まで自転車で行ってみました。上り坂3回、下り坂3回。そのうち最後の下り坂はうーんと長くてきついですから、帰りは最初の上り坂がうーんと長くてきついのです。
ということで、帰りは坂道の少ない道を探しながら帰りました。行きは20分帰りは35分。適当な時間だと思います。
明日から一日交代でバイクと自転車通勤しようかな。自転車の時はバットはどうするのかな。
おかしなもので、バットとグローブを持ち歩いていることが心の安心材料の1つになっているのです。これって依存かな…。
 
 夕方、ヴェトナム研修生さんの寮へ遊びに行きました。面白かった。ヴェトナム語で会話の練習をさせていただきました。私に付き合ってくださってありがとう、なのです。帰りにバスと地下鉄を使いました。これもまた面白かった。初めてのことは何でも面白いのですね。

こんな風にして…。
 こんな風に楽しく動ける自分が増えてきました。そして今は楽しく動く自分を自分の心に感じ続ける練習を重ねているところです。
「自分で出来た。よかったね」を自分の心に伝えてあげる練習をしています。
いつも自分のことで精一杯。これでいい。私は今、こんな風に生きているのです。


2007年06月16日(土) Không sao

 今日は朝から部屋の片づけをして、ストックしてあったけれど使いそうに無いものを処分しました。少しずつ少しずつ先に繋がる動きをしています。それから、しまい込んでいた赤い自転車のタイヤに空気を入れて、サドルカバーを買いに行って…。調子がよければ、時には自転車で通勤しようという考えです。運動は身体にいいですから。
 それと07年4月の旅行記・ヴェトナムMamo紀行を又少し纏めてみました。ちょっとした時間を使って、少しずつ付けたり貼ったりしているのですが、日にちを開けて読み直してみると、そのものの色やポイントが絞れてきて、おもしろいです。本を書くときにはきっとこんな風に、何日にも分けて何回にも分けて、丁寧に纏めていくのでしょう。だから今はそのシュミレーションをしているみたいです。

 午後、用事をするのにバイクであちこち走りました。実は、少し前に後ろからクラクションを鳴らされて以来少し臆病な運転になっていたので、公道を思い切り走ってみたかったのです。楽しく走っている自分を感じて嬉しかったです。今日は私の庭が又広がりました。そして、暑かった〜。
 バイクで遠出をしたことのある20代の男の子に、今までに行った一番遠い場所はどこですか?と尋ねたら、四国と答えてくださいました。行きは二日、帰りは一日使ったそうです。
 原付のバイクでも一日で帰ってこれるのですねぇ。帰りは道を上手に選んで走ったのかなぁ。
 私もバイクでどこかへ行ってみたい。今日は別の予定がありましたが、ヴェトナムへ行くまでに、いつか、ぶらりと走りにいきたいなぁ。

 夕方、公園でお友達親子とキャッチボールやコマまわしをして遊びました。無邪気に遊んでいる自分が面白かった。そして、ある一瞬緊張する自分も居ました。私には今も傍を吹く風の音にさえ反応する時があるのです。だからいつも能力能力…。
 そういえば過去は誰かといるときには、何時も緊張している自分がいました。傷つけたり傷つけられたりすることを恐れながら遊んでいたら、自分がかわいそう。この頃は他者との遊びを楽しむのが楽しいです。そして一人で遊ぶのも楽しいです。私はこんな自分を知っているから、大丈夫大丈夫。


 それから外国と無料で電話が出来るHPをダウンロードしました。これでヴェトナムの友人とも料金を気にせず語り合うことが出来ます。それに、新しい事を楽しめたことが嬉しかった。



2007年06月15日(金) Name2

 少し前に、名前が二つあってもいいのではないかなぁという思いが浮かびました。
きっかけは、今の自分を見て将来を思い描いているときでした。これからも自分を育てて、約一年後には一人外国に行って自分を育て、広い世界に羽を広げて遊んでいる自分を想像したら、今よりももっと広くて大きな自分が浮かんで…。もっと新しい自分を見つけたい・そんな名前をみつけたいということになったのでした。

 ところが少し考え方が変わってきました。
私はいつも私で、何をしていても私で、覆われていた傷を開いてみていこうと決めた日から、私は何時も成長を繰り返して自分を育ててきたのだから。
その時から私は自分の中に眠る可能性を、ほんの少しずつでも探してきたのだから。

 こうして考えてみると、これから広がる未来も、心の傷を癒やし始めた日からの自分と同じなのです。そしておそらく、私の中には私自身がまだ気が付いていないプラスがたくさんあるのです。先を見ることをしていくこと、これでいいのかなぁなんて…。
 だから、名前は同じですよ。でも何処かでふと、「あ、これを名前に使おう」と思うことがあれば、今度こそ私は全く別の世界に飛んでいくのかもしれませんョ。飛んでいく場所○○○○かな。


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2007年06月14日(木) 語り

 訪問先で、半麻痺で肩が懲ると言われるので肩上げの体操をお手伝いしたら、「麻痺側が挙がってないでしょ?」と尋ねられました。肩は挙がっていました。少しでも挙がっていたら挙がっているのです。
 それと、身体にやさしい呼吸の仕方を語り合いました。私が「私は子どもの頃、よく過呼吸になっていましたから」と言ったら。その方もすぐに「私もきっとそうだった」と仰ったのでちょっぴり驚きました。
 帰りに、「ゆっくり生きましょうね」と伝えたら、ドアの向こうからバイバイと言うように手を振ってくださいました。なんだか…うれしいバイバイでした。

 自分を語った分だけ、自分を語ってくださる。こんな感じがしています。

 夜、ヴェトナムで新しく出来た友人から電話が入りました。ちょうど私も数日前からヴェトナム語の勉強が広がってきていたので、カードを使って電話をかけなおしました。
しかし単語が少なくて、それから思うように浮かんでこなくて、うーんうーんとうなってばかり。それでも友人が質問してくださった内容に続いて少し話が出来ました。

 やっぱり外国語でも心を語れるようになりたい。

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2007年06月13日(水) Name

 朝から暑い日。
公園で空手の型を練習したら、ほんの数分で汗が出てきました。ちなみに昨日インターネットで見つけたのですが、運動は20分以内では今食べた食事のエネルギーを使われ、その後ようやく、身体に蓄えられた脂肪などが使われると書かれていました。
 
 私は昼休みを公園で過ごしているので、鳥や草花で遊びます。よもぎの香りをかいでいたら、午後からの訪問先につまんで持っていきたくなり、ほんの少しつまんで持っていきました。目をつぶっていただいて「この香りは何ですか?」とお尋ねしたら…。ちょうど家族の方もいらしたので、一緒に嗅いで頂いて、「懐かしい香りですねぇ」と話をしました。小さなことで空気が和やかになって、よかったです。
 
 この頃は上司と挨拶を交わす程度で、静かに仕事をしています。先日電話を取り次いだら、ある看護学校の講義の話をなさっていました。私の上司は看護学校でどのような話をされているのか、私も聞いてみたいです。
 
 そして私は、これからも何時も私は自分の心と一緒に生きます。こんな私は今夜、心の傷を癒やす作業をしていたら、NickNameを変えてみたくなりました。
もしも名前を変えるとしたら、どうなるかなぁ。今まで出会った人々やヴェトナムの女性達の顔も浮かびます。二つあってもいいのかなぁ。


2007年06月12日(火) 先

 今日もバイクにバットを積んでスタート。今日は素振りをしました。
 訪問先では、利用者さんの関節とお話しました。○○さんのヒザ・足首・指の一本の関節。いつも1つずつです。
利用者さんは今日も、マッサージの後いつもと同じように「痛いよ」と仰いました。そして前回に続いて、「昨日歩きすぎたからだよ。仕方がないんだよ」と付け加えられました。
 訪問が終わった後は、人体の絵の続きを書きました。
 実は身体の仕組みの絵を書こうと思いついたのは、私が自分の存在に心を馳せていた時でした。体の芯から、「これなんだ」と感じる何かがわいてきて…。私にとって大切なことはこっちだよという確信のようなものを身体全身で知ったのかもしれません。いつも心に沸わいてくるやさしさを使ってあげたい。自分にある感性を使ってあげます。

 そして私は、先に見える私の心のステーションを大切にして今を生きたい。たどり着きたい島はいつも目の前に見えているのです。なりたい自分を大切にして今を生きます。


 それと、先週の日曜日、お子さんが不登校しているという女性から現在の学校の話をお聞きしました。その時、裏付けを持つという話を聞きました。私ももっと多くの裏付けを持ちたい。社会の情報に耳を傾けます。


2007年06月11日(月) 出来たこと

 週の初め。始めてバットをバイクに積んで出勤しましたが、職場の近くの公園まで来ても気分が乗りませんでした。今日はなぜか仕事へのアイデアが浮かばない。小さな事務所がちっぽけに感じて、こんなに小さな世界へ何をしに行くのかなという気持ちになりました。
 それでも、つまらないと感じる自分をOKにしたら、何が出来るかを探しにいこうということになりました。ウサギを捕りに行く・先の目標のために。

 ということで仕事をした日。この頃感じることは、私は訪問先で、その方よりも小さく語るのがいいということです。 座って無言の方の傍に私も静かにそこに居て、そこに居る私を見ていました。 時間は終了し、ぎゅっと握手した手を「又お邪魔します」と言ってゆっくり離れて後にしました。
 その様子を思い起こしてみれば、私はただそこに座っていたのでした。これでいいのかどうかわからないけれど、私の出来ることはそこに居ることでした。
 家族の方には、出来ることをしている私を見ていてくださったことに感謝します。
 
 それから、身体のしくみを質問してくださる方がいらっしゃるので、事務所で人の身体の絵を描きました。使えるかどうかは不明です。でも準備しておくと必要なときにすぐに使えます。

 夕方、バイクちゃんのメーターが壊れたので傷の手当をしに行きました。私の行くお店では、若い女の子がつなぎの服を着てほっぺたにバイクの油をつけて仕事をしています。「楽しい?」と聞いてみたら「はい!」と言って、本当に楽しそうでした。
 バイク通勤もほぼ1ヶ月。小さなハプニングにドキドキすることが多いです。でも、信号待ちで両手が離せるようになりましたから…。

 ヴェトナムで出来たお友達からメールの返事が届きました。彼女は日本語は分からないので、ヴェトナム語と英語。一人旅で出来た小さなつながりがやさしく広がるよう、大切にしたいです。
 
 
 自分を過小評価しないということは、自分の出来たところを見てあげるということで、何が遭っても自分の出来たところを見て、あったことを整理していけばいいの。そうすれば、自分を大切に出来ます。 

 私は今40歳。40歳でやっと、出来たところを見るということが全身に浸透し始めた次第です。いつも1つずつ。


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2007年06月08日(金) 空の向こうに

 静かに仕事。ほとんど語らないお宅もありました。その方のしたいことを手伝うということの中には、ただそこに居る ということもあります。それがいいかどうか分からない。でも私は今日も、自分の心に感じたものを大切にして、動きました。

 帰りには雨が降りました。初めての雨降り走行。私のレインポンチョは昨年ヴェトナムへ行った時に、現地で買った薄ピンクの水玉模様で、バイクを買ったときから雨の日を心待ちにしていました。
 早速着ようとしてみたら、2年も押入れに入っていたので、ビニールがのりのように張り付いていて開くのに大変でした。開けたものは、一年中暑いヴェトナムホーチミンで使えるようにビニールを二枚あわせたパチンと留めるだけのポンチョ。買った時のことはすっかり忘れていますが、暑いヴェトナムで買ったのだなぁとしみじみ。冬なら寒いのかもしれません。
 それから、顔の部分はマスクの変わりに鼻まで隠れるような作りになっていました。
 準備が出来たときには雨は小降りになっていました。車と違ってバイクは、雨の日の準備に少し時間が要るのです。
 ポンチョを着ての初乗りはちょっとドキドキ。マンホールで滑らないように気をつけて走りました。鼻までかぶったビニールは途中で顔が蒸れて笑えました。小さなハプニングを楽しんで、事故を起こさず無事に帰れてよかったです。

 昨日車の屋根で見た空は広かった。自由はいいです。私も今は自由。Wonderな領域が増えているのがわかります。
 ふと気付けば、新しい職場も1ヶ月を過ぎました。時の経つのが面白いです。

 今度いつVietnamへ行けるかな…。
ちなみに、この頃、向こうにいる間にこちらにどれくらいお金が必要かを計算しています。
もし私が12月中にVietnamに住民票を写せば、来年1月からの名古屋市の県民税と市民税を払わずに済みます。でも、Vietnamで永住権を頂けるのはヴェトナム国籍がある方の親族だけですから、私がVietnam人男性と結婚すれば可能ですが、今のところの確立は…。
 日本に残しておきたいお金と今の貯金と、あちらで必要なお金と…。そして何より、私の心の状態と…。

 私の行きたい場所は、空の向こうに続いています。


2007年06月07日(木) そら

 今日は訪問先の方が薬をやめたいという意思をお持ちだと知りましたので、私も自分にあるものを生かして生きていますョと語りました。帰りの車で、私はファシリテイトする看護師になりたいなぁと独り言。まずは自分をファシリテイトします。

 家に帰って、お友達の車の上の屋根に乗って空を眺めました。子どもの頃、瓦屋根の上に布団を敷いて寝て遊んだことがありますが、車の上に寝たのは始めて。気持ちがよかったぁ。空は広くて大きいなぁ…。私が何人大の字になって寝ても空は埋まることなく広がります。 
 


2007年06月06日(水) アイデンティティー

  訪問。
 ある方は、今日はお会いしたときからぼんやりうつろな表情をされていました。ちょうど新聞を見ていたそうで、大きな見出しは「末期がん治療 余命3週間で延命中止」と書かれていました。
 私から語りかけてもうなずかれることもなく視線があいませんので、私は話をやめて麻痺側の手に触れさせていただいたのですが、ふと新聞の見出しに目が留まり、この方はこの文字を読んで何を感じておられるのだろうかという疑問と、視線の合わなさと重なりました。
 家族の方は、「本人は言いたい事がたくさんあると思いますが、すぐに言葉に出来ない分歯がゆいだろうと思います」と言われました。
 私はご家族の言葉を心に留めました。私自身の昨日の気付きがあり、いのちは、一般の基準や価値とは違うレベルでそこにあるものだと、深く意識して、心の奥にしみこませました。

 これまで、病院や施設でまたは今の看護ステーションで、たいてい、ある方の外見や状況を見てその内面を推測してきました。患者さんの問題点を挙げて、その事を解決するための計画を立て実行、評価し、さらなる問題点を探すことを繰り返していくのです。
 もしも私が、「この方は、この文字を読んで、言葉を話せず寝たきりになってしまったご自身の人生を嘆き悲しんでいる」と推測すれば、「この方は問題を抱えている」という視点で看護計画が立ちあがります。反対に私が「この方は、この文字を読んで、今の自分に何が出来るかと、自分に出来ることを探しておられる」とすると、問題にはならなくなります。そして私の経験してきたものが変わっていなければ、別の問題点を探す必要が出てくる、ということになります。
 今回、こんな方法に改めて疑問がわき、そして今朝の新聞の見出しとその方の表情を重ねた自分はどうかと。検査データーを見て、これはいけないと判断するのとは違っているのです。
 私がもし自分の範囲で想像したものを元に動いたら、私は心を看護することからずれていくでしょう。そして、これから変えていけるでしょう。


 この頃、移りゆく時の中で、いろいろな思考を見ます。プラスもマイナスもそして好奇心も、いろいろあります。
 その中のどれも私の心で感じたものが基準だから、そのものが自分に必要かどうかを知る為にも、丁寧に見つめて紐解いています。それが、自分を知っているということにつながるでしょう。“でしょう”なんて表現…。でも今は人生の途中だから。
 紐解くときにそれまでの情報の引き出しを開けることがあります。ちなみに、一昨日開けた扉の中の出来事は私の中では既に、ニュートラルの状態を確認できて新しい能力にもなりました。

 傷を癒していて、あの時あんなに痛かったのに、よく、社会に出て仕事ができたなぁとか、よく、別の場所でも笑ったり遊んだり出来たなあと痛感することがあります。どうしてかな。わかるようでわからない。そしてそのうちに、「あら、こうだった」と言う日がやってくるのですから、分かってもわからなくてもどちらもいいです。

 アイデンティティーという言葉があって、最初に知った文章では、ある人が自分の知っている自分と、他者から見た自分とが一致して持続していることから来る自信というような内容のことが書かれていて、私には少し難しかった。広辞苑では「自分が自分であること」になっていました。大きな意味のある言葉だなぁと痛感します。
 自分を知っていて自分の内面を持ってありのままに生きられることが、“私でいいよ”というやさしさと“私は私だよ”というやわらかな自信に繋がるような気がする。そして、繋がった部分がある自分も感じます。

 これからも、社会や周囲に染まらず自分で居たいです。
だから私は、今日ここに、今の自分を書きました。
今日もまた、自分で扉を開けて見つめて、傷ついた心を癒やす作業に繋げられる。
私は今を大切にします。


2007年06月05日(火) 移り変わる・時

 今日、訪問先で「麻痺の方の足を持っているその力が強いんだよ」と言われてハッとしました。
 私もその方の身体に触れる指に力が入っているのがすぐに分かって、 それから、上司から独立して動き出す前までは、いつもやさしく丁寧にを意識できていたのにと残念な気持ちが沸き起こりました。
 もしも私の手足が麻痺して、麻痺した手足を粗末に扱われたら、私は私の手足を粗末に扱われたことに怒りや悲しみを感じるでしょう。
 自分はいつの間にか違うところを見ていたのだと反省の気持ちも沸きました。

 私が心の基準を忘れて利用者さんよりも自分が前に出てしまうのは、出来ている自分にぶら下がる自分がいるから。評価や一般常識に巻き込まれるとすぐに社会の言葉に巻き込まれて、過去の思考に戻ります。

 そして私は、看護師をする時、毎回、ここで失敗を繰り返してきました。
今回、「大丈夫だな。出来ることがあるなぁ」と感じ始めた頃、過去の自分を振り返り、同じミスをしてきた自分を変えていこうと意識できていたのに、現実ではあっという間に…でした。ある時から、“つもり”になっていたことも実感します。
 それから、今気が付けたこと・気が付くきっかけを語ってくださる人がいたことを嬉しく感じました。 明日から又、何が出来るか探しを楽しめる私を大切にします。
 
 午後、その方と交わした会話を記録を読み返しながら、看護とは何かと自分に問いました。1ヶ月前、そのイメージを沸かしたり表現したりができなかった“看護”は、今私の中で、ほんの少し形になってきたと感じています。
 でも、今はまだ、言葉にして伝えると自分にプレッシャーをかけてしまいそうなので、もう少し心の中にしまっておくことにします。
 それから、ある看護雑誌の中の投稿記事を読みました。私のように、医療の世界に疑問を持って辞めていかれる方が居ることを改めて知りました。
 私は自分を楽しんで仕事をしていれば、今度はこのような場所で自分を伝えていくことができて新しい世界が開けるのかもしれません。
 中に「ベッドサイドから政治を変えよう」という言葉がありました。どこの世界でも政治の影響はあるのだなぁと興味深さを覚えました。それと、看護を、「看護とは、自分を呈して患者さんを受け入れるもの」と定義されている方がいらっしゃいました。広い意味で、当たっていると感じる部分もあるのですが、やっぱり最初の地点でずれがあるような気がしています。 この定義の文を読んで吟味しているうちに、“肯定”という言葉が浮かびました。私の中で、肯定するということと看護という言葉はリンクしています。もっとも、肯定するということは、どこにあっても誰といてもそこにあるものだとも感じます。自然に。

 私は心を看護する看護師になりたいです。


2007年06月04日(月) Trươc xa〜

 今日は、腰の痛みから背中を丸めて下を向いて歩きがちな年配の男性と室内で出来るリハビリを探しました。
いくつかしているうちに、片足立ちの練習をしましょうということになり、そこにあるソファーに手を添えて片足を反対の足の上に乗せて、それから反対の手を腰に当てて上を向いたらダンディなおじさんになり、そのお姿があまりに素敵だったので写真を撮らせて頂きたいくらいでした。ご家族の方が携帯で写真を撮ろうとなさいましたが間に合いませんでしたから、次回のお楽しみです。他にも小さなアイデアが浮かんで楽しくて、訪問時間はあっという間に過ぎました。

 私も、この頃は前を見て歩けるようになりました。いつも、先を見て今の自分を大切にして、この生き方を持っている私として、明日もなのですョ…。

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2007年06月02日(土) 休日

 さわやかな休日。
 庭を耕してトマトの苗を植えました。昨年は大きなトマトを植えてみましたが今年はミニトマトにしました。
 土を耕しているとき、いろいろな虫に出会いました。だんご虫はもちろん、それから大きなミミズなど。土が生きている証拠だから嬉しかった。それと珍しいヒルも出てきました。ヒルを見たとき、最初は何か分かりませんでした。目や鼻はないようだけれど、何かをたどって動いていて、面白かったので動画撮影をしました。

 それから、2輪用品のお店に行って、バイク小物を観察してきました。いろんなものが置いてあって見ているだけで面白かったですが、全体的に高いです。
 バイクは車と違って振動が響きますが、上手に座れると大丈夫。

  午後、鶴舞公園の近くを歩いていたら、インド人とイタリーのMix男性と知り合って少し話をしました。英語を使ってと言われたけれど、頭に浮かぶのはどうしてもヴェトナム語。それでもほんの少し英語の勉強が出来ましたョ。


2007年06月01日(金) 至福の時空

 今日も嬉しいことがありました。
それは、ある出来事を通して、利用者さんに、「ご自身の力ですよ。素敵ですね」と伝えられたことです。こんな日は、看護師として人として、心から喜びを感じます。

 
 


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