「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2007年04月23日(月) 旅の始まり

 セントレアから仁川まではあっという間に着きました。
仁川で待ち時間がたくさんあったので、空港の外に出てみたくなりました。どこに行けばいいのか分からないので、空港の中で日本語の分かるインフォメーションを探しました。
インフォメーションの女性は、“雲西”というところになら、時間内で行って帰ってくることが出来ると教えてくださったので、行ってみることにしました。
 まず、日本円を韓国ドルに変えて…、英語力は少ないですが、でも大丈夫。両替を無事に済ませました。そして乗ってみた、仁川空港の鉄道。宇宙船みたいで面白かったです。
 雲西は、右も左も韓国語、まるで暗号のようです。つまり右も左も分からない。分からない事が面白くてワクワクしました。
 せっかく両替をしたので、買い物をしてみたくなり、近くのスーパーに入りました。外国の品物は何故か見ているのが楽しい。その中からパンとジュースを買い予定通りに空港に戻りました。今度は飛行機へ。
 座席に着くと隣りにはひげを生やした白人の体の大きな男性が座っていました。隣に座って少しの間、緊張していましたが、男性が壊れた時計を修理しているのを手伝ってみたら楽しくて、緊張は何処かへ行きました。
その後少し話をしました。機内食を食べて仮眠して映画を見て夜景を見て、 そしてホーチミンに到着。荷物検査を終え到着ロビーのドアが開いた時、ビックリしました。なぜなら、夜の11時なのに、空港の到着ロビーは人が満員。まさかと思うけれど、全部の人が私を待っている?そんなまさか…。でも、その扉から出たのは私一人。ちょっぴり恥ずかしくなりました。その沢山の人中に見つけた私の名前のプラカード。{みつけた…!)

「Xin Chao・Toi la Mamo。あ、間違えた…。Toi la kanno」
私は無事に到着したのです。
そして始まった、“VietNam Life”なのです。


2007年04月22日(日) Tôi đi nhé !

 旅行の最後の準備をしたり、勉強したりいろいろな一日。変圧器は今後の事を考えて買うかどうかの迷うところでした。電気屋さんに行ってトランスがいるのかどうか尋ねてみると、店員さんも、必要と言う方と要らないと言う方が居て、しばらく時間がかかりました。結局Vietnamに居るお友達に尋ね、持って行かないことに決めました。必要ならあちらでも買えるから大丈夫なのです。

 昼間、Vietnamのお友達が電話連絡を下さいました。話をしているうちに、やっぱりワクワクしてきました。夕方は、日本に居る研修生さんのところへ遊びに行きました。いつもと同じようにV.N語と日本語の勉強をしました。この頃集中して勉強していたので、自然にV.N語の引き出しが開いて話が成立していました。
 「Mamoちゃん、又V.N語が上手になったね」と言いました。私もそんな風に言っていただくと嬉しいのです。

 私にとって、Vietnamという場所は、例えばDivingで行ったサイパンとは少し違っています。きっと、心の傷を癒やした新しい私が、勉強することの楽しさとか外国の方と語り合う楽しみとか、自然な形で広げてきた部分だから。そして、今のところ、将来向かうであろう場所だから。それから、自分が持っている計画を現実のものにしやすい場所だから。そして人として、やさしく語ることを学べた場所でもあったから。それから、この違いも渡越の回数が重なるに連れ小さくなっていく予感。つまり、どこの国でも生きられる私に成長すると想像しています。

 そして今回はVietnam。着いたら、この単語を使ってみて出来たらこっちを使ってみて…。あそこに行ってここに行って、これをしてあれをして…。携帯での国際電話はどうなの?とかアパートはいくらで借りれるの?とか、インターネットに書かれている情報を、自分で確かめてきましょう。そして、二度目のVietnamでも、自分を生きることを練習してきましょう。やっぱり楽しい事がある予感。

ということで、行ってきまぁ〜す。帰国は5月3日。

Ngày mai, Tôi se đi Viet Nâm.
Tôi se vê nươc vào ngày hai tháng Nam.
Hên găp lai nhé.


2007年04月21日(土) 1度のつながり

育成会
 Gobamcanに居た少年の話が出ました。今はもう幾日も過去の話ですが、大人の中で大きな声を出したり部屋の真ん中に倒れこむ彼の姿は、自分を壊してまで叫んでいるように見えました。ですから、人が壊されている様子を見せられているようで辛かった。
 彼は入院という方法を選んだとお聞きしましたが、自分を大切にしている私たちの中では、いつもそこからスタートという見方が出来ることに喜びを感じます。
 
 午後の部で、育成会に参加しての感想として、5年目を迎える自分を語りました。出来ているところが分かり不安定な自分も分かる、今の私です。
自分のしていることの見える部分が増えてきたこと、マイナスをしていてもプラスをしていても、その形跡を見て自分の結果だと感じられることに深い喜びを感じています。
 ある方は、ご自分の手を波打たせて不安定なご自分を表現しておられました。私はその方のしぐさを見ながら、その方の言われる“不安定な自分”と今の私が感じている不安定な自分を思い比べました。大きく波打っていた過去には、何時も波は底についていて分からない自分が多かったけれど、今私は、自分のしているたいていのことを、おそらく殆ど知っています。人はそれぞれでいいですが、数分前に語った“つながっていく自分”とリンクして、小さな安堵感を感じました。それから、未知の部分があることも意識出来ました。
 人間には二通りあり、1つには自分をあきらめる人、もう1つには自分の可能性を探す人がある。私の自分探しは、耐え難い生き辛さからでしたがきっかけは何でもいいのです。過去よりは自分が分かる今、私は、私を、自分をあきらめずに可能性を探してきた人だと捉えます。 

ほんの少し・たった1度の差で、さらに自分を知ることが出来るのです。


2007年04月20日(金) 保障

 決めていた就職先を止めようかな。理由は内定の後になって、視点の違いを感じたから。

 この職場を見つけたとき、社会とは少し違うことをしている人が居ることに喜びを感じました。そしてその部分を見てみたい気持ちがあったから、視点の違いを感じた時には残念な気持ちがしました。でも、より楽に働ける方がいいから…。
 そして何事も勉強になります。今回は就職の決まりにくさに関連して、雇用保険に目が止まりました。
 以前、「日本では仕事を選ばなければ働くことが出来る」という言葉を聞いたことがあります。なるほど、雇用保険の仕組みを見ると、私達は働きながら保険をかけてあげれば、自分にいい仕事を探す為の保障を受ける権利を得ていました。収入の補助があれば自分の心に出来るだけ近い職場を探していけます。今回は私も、公の機関から自分を保障されていいと知って安心しました。そして利用することがあるかもしれません。

 就職が決まってから決めた旅行。全ては流れの中だから、旅行に行って楽しんできまーす。

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2007年04月19日(木) ひとみ

 ベトナム研修生さんの日本語教室のお手伝い。
 回数が重なると教室の雰囲気も和やかになり、休み時間には身体をくすぐって遊んだり歌を歌ったり、やさしい空間を楽しんでいます。勉強の時には用意されたテキストがあります。でも、会話の中で得られるものは教科書の文字から得られるものの数倍も大きいのが分かります。私もベトナム語を勉強していますが、自分で学んだものよりもお友達との会話の中で得たものはすぐに覚えられるのです。私達の会話を活字に出来たら、私達の会話がそのまま教科書になればいいのにと思います。

 そして私は3日後の出発を控えて、心の何処かにV.N語。休憩時間にはちょっとV.N語を。何回も何回も失敗して、そして、ようやく「いい」と言っていただきます。何回も引っかかりながら、どうにかこうにか言おうとしている自分を見て、(何とも言えずかわいいなぁ)と感じます。間違えることをOKに出来る自分にホッとします。そうすると、私を見守ってくださっている皆さんも、やさしく感じられるのです。相変わらず心って不思議。そして素敵です。

 ところで今日は、欠席された企業がありました。又別の企業では、会社の研修生9人の中から3人ずつ交代で授業を受けに来られるところもありました。交代でいらっしゃる方々は他の皆さんよりも学ぶ時間が少ないのです。企業の中で、大人の都合で動かされているように受取れて、残念に感じます。
 終了近くになって皆さんが遊び始めた頃、交代で来ておられる3名の女性たちが、他の方とは距離的に離れているように見えました。静かにしている3名の女性と語り合いたくなり、傍に座って話をしました。
 出席している回数が少ないことを意識して、より丁寧に言葉を使いました。途中で私の小さなV.N語も交えて…。一人ひとりと丁寧に語り合っている自分を見て、「これでいいんだ」と、改めて感じました。自分にやさしさを感じられたせいか、3名の女性もやさしく笑っているように見えました。
 一人の女性が「授業が少なくて寂しい」と語ってくださったとき、私はV.N語で、「私はあなたの気持ちを理解できます」と伝えました。自分の気持ちをV.N語で伝えられた自分を嬉しく感じました。
 今日は彼女達と知り合ってからいつも心にあたためてきた「V.N語で心を語りたい」という小さな思いを、実現できた小さな日です。


2007年04月17日(火) 私・うれしい

 所用の為に中区の栄まで車で行き、中心地を車で散策しました。
中心地まで車で行って、こんなに楽しい気持ちになったのは始めて。あちこちにパーキングがあって、あちこちに道路標識があって楽しかった。ワクワクしました。
 本日の所用は、携帯電話の機種を外国でも使えるものに変更することと、リュックサックを買うことでした。私はバックパッカーみたいに動いてみたいのです。
 夜、インターネットでミニホテルを検索しました。ネットで航空券を買うときには少し不安だったけれど、でも今は大丈夫。
ちなみに4年前L.Aへ行った時、一番最初に乗ったタクシーのおじさんから料金を高く請求されるというハプニングがありましたが、今ではいい思い出の1つ。だから、何があっても大丈夫。何か起こるかなぁ。



「心」 
 この頃の自分の動きを思い返して、泣けた。
心からそうしている自分とか、それが出来た自分に涙が出た。
それから、自分を遊ばせてあげられることが心から嬉しかった。

 これは悲しみの涙とは少し違っていた。
よかったね。よかったね。よく生きてきたね。生きていてよかったね。もう大丈夫だよ。もう大丈夫だよ。私がついているよ。そばに居るよ。それでよかったんだよ。

小さくて深い喜びの中にふんわりとしたやさしさのある、そんな涙だった。
そして、これからもっと自由になる自分の、涙だった。 


 癒やしの作業の中で。
心の傷を癒やし始めて4年目。母に、女性としての心と体を傷つけられ自分をなくして生き延びていた私の心が、過去の呪縛から開放されていくのがわかる。ようやく、という気持ちがする。そして、いい感じもする。心が生きている。ほんとうに、生きてる。そんな感じ。私、うれしい。


2007年04月16日(月) スタンス

 旅行の準備をしています。楽しい準備も心の安定に比例するのがよく分かるから、心って不思議です。ほんとうに、心ってどこにあるんだろう。私は自分の胸の辺りを開いてどんな風になっているのか見てみたい。きっとやさしく自然な色をしていることでしょう。
 夜は、ベトナムに居る別のお友達に電話をしました。今夜電話した女性は、自分の人生を大切に感じる私が始めてお友達になった外国人女性です。彼女は久しぶりの声に驚いて、私も彼女の驚く様子を見て、素直に嬉しいと感じました。空港に迎えに来てくれると言って下さいましたが、飛行機到着時間が夜遅いので、「翌日に会いましょうね」と伝えました。そうしたら、あとの話の中で、お友達にも予定があったことを知りました。
 電話を切った後、自分のスタンスを大切に出来た自分が嬉しくなりました。自分を大切にしていると気持ちがいいです。再開が楽しみ楽しみ。そして、いつも私は自分の動きを大切にして動きます。

 次のステップの為に、自分の足を下ろす場所。
いつも歩いているから、いつも何処かに足を下ろしている。そして今度は、つま先をベトナムの方に向けて降ろします。


2007年04月15日(日) ナチュラル

 仕事が決まったので、ベトナムへ行ってくることにしました。実は一昨日の夕方、インターネットで検索した旅行会社へ予約をしたのですが、今日になってコンピューターとの会話が不安になり、別の旅行会社へ行ってみました。カウンターの女性と話をしながら日程を決めているうちに、自分が安心しているのに気が付きました。ネットの中とは違った安心感の中で申し込みをしました。インターネットで予約したのより少し高くなりました。でも、自分の心の安定の為にお金を使えたことを嬉しく思いました。こちらを選んでよかったと感じています。
 夜はベトナムのお友達へ電話をしました。ベトナム語での会話は2回目なので、言葉は大丈夫でした。けれども、電話回線の状態が悪くてなかなか繋がらず、繋がっても会話が途切れ途切れで話が出来ず、聞こえ辛くて困りました。解決策を探していろいろとしているうちに、あちらでもSoftbankの携帯が使えることが分かったので1つ得をした気分です。
 今回は、最初の二日はホテル泊まりですが、以降は自分でホテルを見つけて、ベトナム語で宿泊の手続きをする…予定なのです。
 大きなスーツケースを引っ張って歩くのではなく、リュック1つで身軽に。結婚していた頃、こんな旅行スタイルは私の意識にはありませんでした。そして今は、“ありのまま・自然児”の私に成長してきましたよ。

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2007年04月14日(土) ニュートラル

 昼間、久しぶりに運動をしました。昨日から今日にかけては、思いつきですがキッチン周りをきれいにしました。気持ちがいいので他のところも手を出していくうちに、ぴかぴかが気持ちよくなり、ついに洗面所まで行きました。シンク下の扉がきれいだと部屋が明るく見えます。蛍光灯はきれいにしていると電気の節約にもなるというけれど本当でした。 
 夕方、ベトナム人通訳の新しい女性に会いました。ベトナムのタクシーのことやカード電話の事を聞いてみました。カードを使った固定電話なら3450円で36分。公衆電話なら24分話が出来るそうです。
  自分を取り巻く環境の中で、例えプラスの想像でも期待して動くと疲れます。いつもニュートラルで、私の心を基準にして丁寧に動きます。

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2007年04月13日(金) 好奇心

 昨晩、4月4日の衝突事故の男性から電話を頂き、私たちは今日、近くの喫茶店で待ち合わせました。男性は、まだ痛みが残っているのに人身事故を取り下げた私を不思議に思うと言いました。「だって、生きているから」。「痛いのが分かる私だから。痛みが引いていくのがわかるから。」。私は自分を語りました。
 男性は偶然にも、あの事故の翌日ベトナムへ旅行に行かれたというお話でした。この偶然に少しびっくり。それからベトナムの話をしました。私は、「いつか時期が来たら、ベトナムに滞在して、ゆっくりと自分の本を書きたいんです」と言うと、へぇ〜っと腕を組んでから、「ぼくもあなたのように、自分の人生を見つめなおさなくちゃ」とおっしゃいました。
  男性と一緒に居る間、男性と話す自分を見ていました。じっと目を見ていました。白目のまん中に黒目があって、黒目は私の黒目よりも色が薄くて茶色い瞳、この男性の二つの瞳の奥に何があるのか知りたい気持ちがありました。この頃よく聞く「男性社会」を少し語るこの方は、人としてどんな人生を歩いてこられたのだろうかと、そういう興味でもありました。それから、娘と父が昼間のファミレスで父の話・娘の話をする。親子のストロークも感じていました。
 別れるとき、男性は「自然治癒力を信じているなんていいですね」とおっしゃいました。私は少し迷ってから、「はい。そして、自分を信じてあげるのが好きです。自分を信じてあげると自分が喜ぶんです」と伝えました。自分の思いを素直に語れたことにも喜びを感じ、あたたかい気持ちの中でお別れしました。そして私は、年配の男性を前に下を向いたり目を逸らしたりせずにいる自分を眺めていました。そこに居る自分に嬉しさも感じていました。
 それから今は、よく生きてきたね・生きてきてよかったねと自分に語っている私です。生きてきたからこんな嬉しい思いを感じられるのですよね。そして今日の自分も次の自分へ繋げます。


就職
 先日面接を受けた訪問看護ステーション。医療の中の事を、社会とは少し違う視点で見ているその動きが面白そうなので、中に入ってみることにしました。
 面接の時、ステーションの男性は、「健康とは、病院や施設で計画され用意されたものをするとかさせるのではなく、その人が自分からしたいと思うことでこそ、健康が取り戻せる」と語っていました。私の気持ちに近いです。
 収入を得る場所が決まったことの安堵は昨晩のうちに過ぎて、今は、「次の場所では実際にどんなことをしているんだろう」と、少し先の未来に興味がわいています。こんな自分に、ホッ…。


お花見…
日本ガイシスポーツセンターのサクラ。虫さんが居ます
ハナカイドウ
名古屋城のお堀のサクラ
エドヒガン

わたし。2007年4月11日、名古屋にさくらの花びらの雪が降りました。
オステオスパルマム・ニンジャ(と言うそうです) 
イチョウの花
ヒヨドリ…鳥のお目目、かわいいです。


2007年04月11日(水) とびらを開けた夜

 昨日、病院の面接に行きました。看護師長さんからインタビューを受けました。履歴書には、心の勉強をしていること・育成会に通い自分の可能性を引き出していることを書いていたので、ファシリテイトという言葉について質問を受け、私の取り組みを語りました。
 面接の間、語っている自分を眺めていました。想像していたよりも落ち着いている自分に、過去よりも少し成長しているのを実感して、ホッとしていました。
 その後、院内を見学しました。消毒のにおいと救急器具が懐かしかった。嬉しさもありました。私はきっと大丈夫。働いていけると思う。実際に働き始めた時に出来るかどうかは別にして、自分の未来をプラスに描けた自分も又嬉しく、自分を信頼している自分にホッとした出来事でした。
 夜、面接に行けた自分と、そこで自分を語れたことを能力にして、自分の過去を引き出しました。知らなかったことを知った夜。どんなことも心の傷を癒やすのに利用していけるのですね。

 今日は日本語教室のお手伝いに行きました。桜が満開で葉桜もちらほら。バスの中から、風に舞う花吹雪を見ました。舞い落ちた花びらは、さらに風に流されてコンクリートのアスファルトから10センチくらい上をくるくると舞いながら移動していました。本当にきれいでした。昼休みには道に落ちて集まった桜の花びらで花吹雪をかぶって遊びました。まるでお姫様みたいだった。それから、桜の花がこんなにきれいだなんて今年初めて知った気がしています。


2007年04月09日(月) 吟味

 今日は訪問看護ステーションの面接に行ってきました。中では男性の理学療法士さんが一人で訪問リハをしていらして、その男性は穏やかな方でした。
 男性の話は、「今の社会は病院が病院として機能していない。病院で床づれが出来るのはなぜか?持っている力をなくしてしまうような処置をしているから。誰もが健康になる方法がある。それは自分にある力を使って生きること。利用者さんが自分からしたいと思って動くとき、心から健康に生きられるようになる。たいていの病気は治る。癌でも治る。」と言いました。
それから、通っている診療所のリハビリ室は、通常あるような機械は全部はずして畳とまっすぐ歩くためのラインが一つだけある。そこでそれぞれの人に必要なことを手伝っていらっしゃると。例えば半身麻痺で、夜も昼も殆ど寝ないおじいさんに、プールに通ってもらったことがあり、水の中なら身体が浮いて楽に歩けるからおじいさんも喜んで、そして夜はぐっすり寝るようになり、家族は安心して傍に来るようになった。こういう変化が面白い。今の看護は、本当の看護とは言えない。ぼくは特別何かが出来るわけではないけれど、皆がぼくと同じ考えを持っていけば楽になると思うから、皆に伝えてる。ただこの変化を数値化できないのが残念だ。でも、ぼくの中に確かな手ごたえがある」というお話でした。私は、半身麻痺の認知症の方をプールに誘うアイデアが浮かんだことを面白いなぁと思いました。
 そして私は、自分が大切にしていることと、今の社会にはおかしな規則がたくさんあると感じていることを語りました。話をしながら、男の人と語り合っている自分を見ていました。相手の語りに興味を持って楽しんでいる。それから逆に、考え方の違いも感じている。そして私は自分を語ってる。どこをどのように語れば、相手の言葉を否定せずに楽しめるかなぁと言葉を選びながら語ろうとする私でした。

 今日面接した場所は、心を大切にして働きたい私の候補に入りましたが、明日の面接場所は、ベッド数78床の内科専門病院です。78床というと私にしては大きめ。それに未経験の内科病院。10年以上前に同じような規模の病院で、自分を知らないまま働いていた私と今の私。原体験を楽しみにしている私も居ます。
それから、複数の選択肢の中で広い視野を持って、吟味します。


2007年04月08日(日) 約束

 朝、「今日(も)一日、小さなあなたを大切にするからね」と、自分に約束をしました。
赤ちゃんは、目に移るもののすべてに興味を示します。見て触って匂いをかいでみたり、いろんなことをします。分からないことはわかるまで尋ねてみます。
 ボールを持ったまま上を向いた時、木の枝が自分の目の前に広がっていたら、枝の先にボールを当ててみたくなります。楽しい話をしていたら、何を話しているのか聞いてみたくなります。丸いものが置いてあったら、丸の感触で遊んでみたくなります。
 私は今日一日、自分にその事をさせてあげられました。いつも意識しているようで、欠けていることも分かりました。大人の心に、子どものような好奇心の視線が宿っていれば、人生はいつも楽しいです。


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2007年04月06日(金) 宇宙

 午後、職安へ行って、ナースの仕事の面接予約を入れてきました。
前回看護師をしようと決めてから、少し時間がかかりました。
前回から今日まで、看護師の仕事を探しに行っているのに違う職種に意識が向きました。新しい自分を広げたい気持ちもあったけれど、病院で働いていた頃の繋がらないことの恐さもありました。
 それが、不思議。「原体験をさせてあげたい」「自分にあるものを大切に使える自分になりたい」と看護師の仕事に興味がわいたと同時くらいに、ベールがはがれて繋がったのです。「私は私なのだ」と心にジーンと感じて、不思議な感覚でした。そしてようやく、出来ました…。

 今私は、自分の心の世界を不思議に感じています。それぞれのベールは私が感じているよりも薄く、自分を見つめようとする意識次第で、素直に繋げられるものみたいなのでした。
だから、いつもプラスを生きる私の新しい世界が広がっているのです。きっとそうなのです。


2007年04月05日(木) 座学

 明日までの3日間、健診ナースの仕事。
港区の三菱重工まで行って、血圧を測り続けました。しばらくすると、単調な作業に飽きてきました。そこで面白いことを探す自分になっていました。測定に来る社員さんと話をすることです。三菱重工は飛行機を作る会社なので、緊張して高い測定値が出る方には、「飛行機に乗っていると思ってゆったりしてくださいね」と伝えたりしました。意味が分かって笑う方と、「へ…」のまま行かれる方と…。
 この頃は、今していることに飽きたり嫌だなと感じることもOKなのだなぁと実感していました。感じたものをOKに出来たら、そんな自分を遊べる自分に切り替えて上げられるのです。

 新聞で、「座学」という言葉を見ました。「座学」とは、「座って勉強すること」のようで、一般に使われている言葉だったのですね。始めて知りました。新聞の中では、ある出来事に対する意味のなさが書かれていました。
とすると、座学のみで終わると、机上の空論になるのかな。
 ちなみに、私はこの頃せっかく感じ取ったものを、座学のみで終わらせてしまうのはもったいないと実感しています。それに、考えているばかりでは、例えプラスの未来への発想も、想像以上に発展するのは難しいです。動いて始めてそのことがどうであるかが分かる。そんなことで最近はいろんなことをしてみる私。自分を信頼出来ている自分でした。

 昨日、保育士のための派遣会社の責任者の方にインタビューを受け、私のしてきたこと・今の気持ちを語りました。子どもを置いてきた母親という一般的な視線を肌に感じながら、一つ一つ答えました。 私の心の言葉は自然に出てきましたが、聞いている方にはどちらかというとちんぷんかんぷんのようでした。 そうですよね。一般的なこととは違うから。
でも、いいのです。私は自分を楽しんでいるから。
そして私はこれからも、今の私を理解される方にのみ、私を語っていきます。


2007年04月04日(水) 衝突事故から学んだこと

 昨日、建物の駐車場で、バックしてきた車にぶつかる事故にあいました。自分の身体に衝撃を受けたのは、強い風邪の為に目にごみが入り痛みで目を閉じていた時のことでした。気が付いたら地面に倒れていて、何が起きたのか理解するのに時間がかかりました。左肘を打撲し病院へ行きました。痛みが残りそうなので人身事故扱いにしていただきました。相手の方は私に何度も謝罪されました。そして私は、ぶつかった時の驚きで自分がわからなくなっている中、思考のどこかで「ベトナムに行ったらこんなときも一人だから」と感じていました。現実を見ようとしている自分。今思い返してみても素敵な自分だったなぁと思います。

 今朝は、まだ服を着るのが不便でした。痛みに心が沈んでいる自分に、この出来事を長い視点でプラスに広げられればトラウマは取れると思いつき、気付いたことの嬉しさの中で仕事に出かけ左手を使わずに済むよう意識して、いつものように一日を過ごしました。
 一日を終えて夕方には、一日前と比べて、痛みが小さくなっていました。「身体の傷はいずれ自分で回復する」と、いつも語っていることを自分の心に実感している自分を嬉しく感じました。
 唯一残念に感じていたのは、バットが触れなくなることでした。ところがこちらも、昨年左足にギプスを巻いたときには、グランドで試合を見ながら、自分に「早く治りなさい」と言っていたのに、今回は違っていました。私の中に「今度は何ができるかな」と出来ることを探している、一年前と違う自分が居ました。自然に現実を生きようと出来ている自分を確認できて、心に喜びを感じました。本当に素敵な自分でした。

 事故に関しては、相手の方の接触時の動きを見て自分はどうかなぁと考えました。私はいつもきちんと後方確認をしているか。ううん。何かに気をとられて忘れていることがあると思う。それから、自分の身体を自分で守るということを思えば、お互いの不可抗力だとも感じました。

 予定では、今日私は病院を受診し診断書を警察に提出することになっていました。ところが夕方になって二つの気持ちの中で迷いが出てきました。
治癒していくことを感じられる気持ちよさ・成長している自分に対して、少し深まった自信・自分を守ることを自分に伝えられた嬉しさを実感している自分と、まだ残っている痛みや不便を感じている自分との相談。身動きが取れないほどの苦痛なら選択の余地はないけれど、自分にプラスはどっちなの?…。
 病院の駐車場でしばらくしたのち、自分に「どっちもいいよ」が言えた時、診断書は不必要になっていました。痛みが引いていくのを楽しめる自分を持続させて生きるほうが楽しくて気持ちがいいからです。それに、やっぱりいろんなことを学んだ。より、長いプラスに広げられるほうを選択しました。一般的なものを置いて、心で解決した私なのです。

 警察署に人身事故取りさげの申し出をして自宅に着いたら、昨日の事故の方が菓子折りを持って待っていらっしゃいました。事故の取り下げを伝えたら、驚いていました。「痛みが引いていくのが分かったから、もういいんです。それに、私もいつも必ず後ろを見ているとは…。私も自分を見つめる材料になりました。それから、昨日たくさん謝ってくださいました。だからもう大丈夫なんです」
それでも、どうしてと問い続ける先方さんに、「昨日帰りにフィリピンバナナを買ってもらったから…」と言ったら、笑っていらっしゃいました。

 私も事故を起こすことがあるかもしれない。車に乗るということはそういうことなのだ。だから、より丁寧に自分を生きる必要があるのだなあと学んだ出来事なのでした。


2007年04月02日(月) 育ち

 訪問入浴のお仕事へ。
電車に乗っているときから、楽しんでいる自分。いい感じでした。
訪問入浴の仕事は会社の車での移動があるので、庄内川の傍のきれいな桜や菜の花の景色がきれいで、仕事をしているのに心はワクワクしました。
 さて、ひさしぶりに握る血圧計。図れるかなぁと少しドキドキ。でも大丈夫でした。当然と言えば当然ですが、こんな新鮮さも嬉しいのです。 入浴している利用者さん。気持ちよさそうに目を閉じていました。体重が軽いせいか、湯船の中でゆらゆら浮かんでいる方も。もしも私にもこうして入浴させていただくような時が着たら、湯船の中でこんな風にしよう、なんて想像していました。
 移動の車の中で、運転手の男性とヘルパーさんと一緒に派遣社員の料金の話になりました。ちなみに、一般的に派遣社員というのは給料が高いのです。私はその時、心を大切にして職場を動いてきた自分・自分自身を生きたい自分を語りました。
 少し早めに入浴の予定が終わり、契約終了の時間までデイケアの中で出来るお手伝いを探しました。こちらも楽しかった。以前はこの空間に自分の過去をかぶせて辛くなったり、すぐに思考が変わる私だったのに…。今日は、何をしても楽しかった。不思議不思議…。

 事務所では、看護師や介護士の免許の話や、こんな仕事をするにはこんな資格が要るという話をしていました。私も仲間に入れてもらいました。そして私がある時、「社会に働きやすい職場はないですから」と言ったら、皆さんが一斉にこっちを向いて「そうそう」とうなずいたので、少しびっくりしました。心に感じていることは、皆さん同じなのですね。
 それにしても、本当におかしな気持ち。他者と話したり言葉を交わしたりするのがこんなに楽しかったなんて、今まで知らなかったなぁ。

そして、この楽しさをやさしく語れる自分に育とう。


2007年04月01日(日) 心友

 午後、女性のお友達が遊びに来たので話をしました。すなおさとか純真さについて語り合いました。
 つい最近、独身20代の頃に、姉に無邪気に話しかける自分を見ました。ずーっと忘れていたけれど、先日姉と連絡を取ったのをきっかけに思い出していた過去でした。その時の私はまるで子どものようでした。ただ、当時はそんな私を否定されて終わっていたから、意識から外れていたのですが、今は「あの頃の自分はよかったんだ」と、思い出すたびに心に安堵感が広がります。ですから今では、あんなふうに出来た自分が好きです。そして素直がいい。何より心地いいから。
 お友達が帰るとき「楽しもうね・やさしく生きようね」と言いました。彼女に向かって言いながら、私は自分自身の心にしっとりと浸透させました。

 夕方、ヴェトナムのお友達のところへ遊びに行きました。彼女達の会話の中に、ヴェトナム語で入れてもらうのです。もちろんつっかかりひっかかりしながらの会話です。でも、いい感じ。それに、皆さん待っていてくださるのです。最近はあごを上げたり顔を下げたりせずに言える言葉も出て来ましたョ…。それと、思いがけず上手に出来ると、「Mamoちゃんヴェトナム人ね」と言います。そうかも。

私はいろんな国へ遊びに行って、その国の言葉で心を語ってみたいです。


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