日英双語育児日記
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早めに迎えにいったら、Tが、右目をはらして先生につきそわれて冷やしていた。何かの葉っぱにかぶれたのか、こすったから腫れたのか。
眼科に連れて行く。
Tは一歳のころよく結膜炎になって、眼科に連れて行ったものだったが、このところ眼科にお世話になることはなくなっていた。
片岡鶴太郎似の先生が、前からおしゃべりだなーとは思っていたけれど、四歳児相手に、ちゃんと向き合ってしゃべってくれて、ちょっと感動した。○○さしてくれるか〜?○○してもいいかな〜?などといちいち聞いてくれる。Tも、正直に、首を横に振ったり、嫌な顔をしたりするのだけれど、それでも先生はちゃんと相手をしてくれた。
「Tくん、めぐすりふたつ、おかあさんにさしてもらってな。ええか、いやがらずにちゃんとさしてもらってや。がんばれるな、たのむで〜」
と先生に言われたからか、目薬をさすときに泣いたり暴れたりすることもなかった。
結局のところ、目はこすったから腫れてしまったということで、傷などはついていない模様。一安心。
夏に、グラニーにTの読み書きの心配をかなりされたこともあり、九月から、台所と居間の境目の壁の、カレンダーをかけている壁に、アルファベット表を張り出している。グラニーに何か適当な表を送ってください、こちらでは見つからないので、とお願いして送ってもらったもの。
Aa Bb Cc Dd Ee というように、大文字小文字がペアになって並んでいて、 文字の背景にそれぞれの文字で始まる単語で、その字の典型的な音価を用いている単語の絵が書いてある。Aaはりんご、Bbはちょうちょ、Ccはねこ、など。
今朝Tは、その前にたって、「エイはア、ビーはブ、シーはキャ、ディーはドゥ・・」などとそれぞれの音価を確かめていって、途中、ちょっとつまったりしながらも、なんとかZzまでたどりついていた。
読み書き能力、リテラシー。
今の自分のキーワードのひとつでもあり、子どもを見ていてもなかなか興味深い。
2005年10月28日(金) |
S、いっぱいがいいの |
牛乳をコップの半分くらいついでやると、Sは、このごろ必ず、「S、いっぱいがいいの〜。これ、いっぱい、ちがう〜〜」と泣き叫ぶ。八分目まで注いでやるとようやく満足の様子。
プチトマトや葡萄なども、一粒だけ与えると「S、こんだけがいいのー」と右手の指を三本立てて抗議。
Tのように、「なんでSが8で、Tが6なん?」と数え上げたりはしませんが、Sもなかなか数・量コンシャスなこの頃です。
昨夜は、Tのフォークの持ち方について(と、お箸を使いたがらないことについて)、なんだかしょんぼりしつつ、Tにも、厳しいことを言ってしまったところ、今朝になってTが、保育園に持っていく「おはしせっと」(お箸・フォーク・スプーン)のなかでお箸は要らない、フォークとスプーンだけ持っていくと言い出す。
「だいじょうぶだよー、おはし、いれとくだけだから。つかわなくてもいいから。」となだめるように言ったあと、ふと「おかあさんも、四歳のときは、お箸できなかったよ。でも、五歳になったらできるようになったから、Tも、五歳になったらできるからだいじょうぶ」と言ってみる。
思った以上に効果があったようで、Tは「五歳になったらできるようになった?」とすぐさま聞いてきた。うーん。おかあさんは、四歳のころも使えたんだと思うけど・・とは言わずに、「うん、だから、Tもだいじょうぶ」と言う。
かなりほっとした顔のT。そうだよね、親の私がやきもきくよくよする以前に、T自身が、一番、できるようになりたいよね。
「大きくなったらいろんなことができるようになるよ〜」と続けてみる。「エービーシーもTまえは全然よめなかったけど、もうだいぶわかるようになってきたでしょう。大きくなったらもっと読めるようになるよー。」というと「うん」といって、台所に貼ってあるアルファベット表の前にいって、エーだのビーだの言ってみたり。
「大きくなったら車の運転もできるよー」と調子に乗っていうと「それは十八歳でしょ」と笑われた。 十八歳になったら、車、って前教えたのを覚えているのか。
それはともかくとして、お箸。まあ、五歳というかその前に年中組にあがるまでにはなんとかしましょう。まだ半年近くあるもんね。だいじょうぶ。
Tの担任の先生に、Tくん、フォークの持ち方がまだ・・・と呼び止められた。うーん。
ナイフとフォークをもつときの持ち方をしているのだが、保育園では、フォークを単独で持つ持ち方(鉛筆のように親指と人差し指ではさむかたち)からお箸に移行するのが定型のようで、先生としては、お箸のためにも、フォークを「ちゃんと」持たせたいよう。
なんだかなー。
ちょっとしたことだけれど、やっぱり、あらためて「○○ができていません」と言われると、なんだかしょんぼりすることであるよ。
あと一ヶ月少々で三歳になるS。夏からすでに日中はパンツですが、まだ、一週間に数回おもらししています。トイレ(おまる)の声かけをしても行かないので、無理矢理行かせるのですが、それがまた大騒ぎなので、諦めると、五分後にじゃー、というかんじ。
二週間ほどまえに小児科の床でじゃーとやられたときには、本当に、脱力しました。
で、昨日また同じ小児科に行ったのですが、今度は、子供用洋式便器に座った物の、角度が悪かったのか、出る物は、床へ弧を描いて水たまりを作りました。
あとから、Sが父親に言いつけたところによると、「おかあちゃん、うんちうぇい、ちた。S、おまるうぇいがよかったのー」だそうです。
そういわれてみれば、Sは家ではおまるをつかっていますが、外出先で洋式トイレを使うときに、小用のときは便器をまたぐようにしてタンクのほうを向いて座らせていました。大のときは、ふつうの向きにすわっています。それをDは「おまるway」と「うんちway」と呼んでおり、Sも使っていたのでした。すっかり忘れていました。
はあ・・・それにしても・・・。
車で祖父母宅(私の実家)へ向かう道すがら、Tが、「おかあさん○○のうた知ってる?」と聞いてきた。知らなかったので、知らない、というと、今、保育園で習っているうただという。このごろほいくえんで、いろんなうたならってるの、だそうだ。
「ほいくえんで、うたってるときは、いっしょうけんめい、かんがえながらうたうの。でも、なかなかおぼえられない」ので、私が知っているなら聞こうと思ったらしい。
そのうたは知らないけど、他の歌は知ってるよ、と言って、運転しながらあれこれ歌う。「もりのくまさん」を歌うと「T、そのうた、まえ、しってたと思う。でももうわすれた」とか。
「どんないろ〜がすき?」の歌は、なんとなく歌っていてこちらが切なくなる。好きないろのクレヨンが一番先になくなる、というところが切ないのかもしれない。または、あの歌が「おかあさんといっしょ」でよく歌われ、家でも歌っていた少し前のことが思い出されるからか。
「Tがいちばんすきなのは、とんぼのめがねのうた」と言うので、一緒に歌う。「あ〜おいおそらをみてたから〜」と一緒に三番まで歌う。「おかあさん、Tとおかあさんと、声合わせてるね〜」と嬉しそうに言っていた。「声を合わせる」というのも、保育園で歌を習うなかで学んだ表現なのだろう。
さてさて。 書き終わりました。 某研究費申請書。
今回は図表を入れた! 下線を使ってメリハリをつけた...
あとは 「人事を尽くして天命を待つ」 または 「継続は力なり」 だめでも 「参加することに意義がある」
夏の論文を書き終えて、部屋の片付けなどをしている間に、また某競争的外部研究助成金申請書類作成の季節がやってきた。
今年は職場で初めて、申請書作成講習会なるものもあった。
あまり無理に話を作ろうとせずに、今やっていることを淡々と記して、形を整えて早めに出すことにしたい。
日々の仕事へ帰れ。
お弁当を持って近くの川辺でピクニック。土手を何度もよじ登ったり、こわごわ前向きのままで下りたりするのが、TとSはとても楽しいようだった。
秋の空が青く広がり、反対方向から伸びてきた二筋の飛行機雲が、ぐんぐん伸びて、×(バツ)を描くのを眺めていた。赤とんぼが草の葉に止まっているのをTに教えると、Tは「赤とんぼは夕方も飛んでるよ。トンボのめがねの歌でいってるから」と言いつつも、なんとなく怖いのか、近づかなかった。
ここのところ、一ヶ月以上、子供が外で遊ぶのにのんびり付き合うことがなかった。
土手をよじ登るT。腰をかがめておそるおそる下りようとするT。そして、そのあと行った公園で、大きな遊具の一番高い塔の先まで内側の梯子をつたって上り、てっぺんから柵越しに遠くを眺めるT。
この子がこういう、心から夢中になって遊べる場面、いい顔をしている場面をもっと作ってやらなくては、と思う。
新しいもの(ビデオ)を欲しがり、でも与えられたものにはすぐ飽きる。ここのところ、Tのそんなところばかりが目に付くような気がしていたのだが。これは、そういう時間のすごし方をさせていたということかもしれない。
朝おきて「おはよう」と声をかけても「おはよう」が返ってこないT。保育園でも、「Tくん、おはよう〜」と言われても、恥ずかしそうに黙っている。
これではいかんよなーと今日はかなりしつこく「おはよう」「・・・・」「T,おはよう!」「・・・・」「おはよう、って言われたらおはようっていうんだよ」「・・・・」
休みなのをいいことに15分くらいおはよう合戦で粘りました。
挨拶は大事なんだよ、ポンパドゥール夫人だってちゃんとごあいさつしたんだからね!と勢いに任せてあることないこと言いましたが、えっと、ベルばらでアントワネットが、今日のベルサイユは云々と自分から口をきくことになったのはポンパドゥール夫人だったかどうだったか、とにかく、夫人が挨拶したほうじゃないよなーなどと思っていましたが。。
はじめは、「そんなんいわんといて!」「おはよう、ちがう!」「おはよういや!」と怒っていたTですが、私がしつこくくいさがるうちに「はずかしい」と言い出しました。
最終的には、「おかあさんが「お」っていうから、「は」って言って」などと言いながら、なんとか小さな声で「おはよ」までこぎつけたのですが。
ある程度時間が経つと意地の張り合いみたいになってることが、自分でもわかりながら、ごりごりやってしまいました。反省。
2005年10月07日(金) |
英語のエスは日本語のス |
Tいわく「おかあさん、英語のエスは日本語のスだね。日本語のスは英語のエスね」と言っていた。
家の近くの店が日本語のカタカナ名と英語綴りとあって、日本語名のほうは「ス」の部分が、英語でsになっているのに気が付いた様子。
刀折れ矢尽き果てたという感で書き上げたものではありましたが、でも、とりあえず手を離れました。この夏の課題。
ワインをたらたら飲みながらのしあわせな夜。
今一番の課題は、TとSのトイレ。朝着替えるときや、外出前に、「おしっこしなさい」「いや」「しなさい」「ない!」のやりとりが続き、消耗する。こちらも、ついついエスカレートしてしまうし。
でも、ここできちんとさせておかないと、Sの場合おもらし、Tは変な場所でトイレに行きたがったりするので、しかたない。
しかし。困るのは君たちでしょうが。なぜおかあさんが、ここまでがんばらねばならない?
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