留学先での独り言

2004年12月31日(金) 大晦日は大掃除でしょ

今日は朝から大掃除。台所、洗面所、トイレ、風呂、
そしてリビングとダイニングの床をきれいにした。
元々あまりきれいでなかったのでピカピカにはなら
なかったが、それでもみてはっきりとわかるぐらい
にはよく掃除した。

しかしルームメイトからの反応はまったくなし。
期待はしてなかったけどね。

そのあと車も洗うことに。水で全体を軽く流した後
ブラシにシャンプーをつけてボディーをごしごしと。
軽く拭いたあとはワックスをかけ、乾燥後にまた
乾拭きした。どうしてもとれないしみはあったがそ
れでもみかけはかなりきれいになったように見えた。
満足して部屋に戻ると嫌なことを思い出した。

明日雨が降るらしい。

降るなー、と思うけど今日気温高かったし降る可能性
は大きいだろう。正月明けでもよかったかなぁ。

ちなみに今日は20℃を軽く超え、半そで短パンですご
せた1日でした。



2004年12月30日(木) 3ドルを争う攻防

今日は午後からでかけることがわかっていたので、やらな
きゃいけないことを午前中に済ませることにした。その中
でも特に済ませたかったのが車のオイル交換。ここでは車
の重要度が高いし、特に仕事でも使っているので自分の不
注意でエンジンなどを傷めたくないからだ。

ただひとつ引っかかっていることがあった。いつも同じ所
に行ってて、オイル交換時期になると郵送で3ドルオフの
クーポンを毎回送ってきていたが今回来てなかった。たか
が3ドル、されど3ドル。もう送ってくれないのなら次回
から浮気しようと思ったぐらい。

で全ての点検、交換が終わって会計となったとき、言わな
いと損だろうと思い「そういえばいつもここに来る度に
割引のクーポンが送られてたけど、今回来てないんだけど」
と受け付けの兄ちゃんに言う。すると兄ちゃんが「最近
コンピュータシステムを入れ替えて、昔の情報がないんだ
よね。」おいおい、新システム導入だからと言って大事な
顧客データをなくすか、普通。

そもそもこの兄ちゃん新人のようで俺が何をいいたいのか
わからないようだ。仕方ない、直接言うことにする。
「普段はそのクーポンで3ドル割引なんだけど、今回その
葉書(=クーポン)なくてもそうしてくれる?」すると
兄ちゃん困った顔をした。「俺じゃわからない。」と言い
やがった。うーん万事休すか、と思ったのもつかの間、そ
こに顔見知りの別の兄ちゃん登場。同じことを言ってみた。
するとすぐに「会計から3ドル引いて」と前述の兄ちゃんに
指示。いやぁ話がわかる人である。同時にそこの若い輩は
もう少し勉強が必要かと。(たかが3ドルなのに偉そうな、
というコメントは受け付けません)

躊躇せず何でも言ってみるもんだということがようやく
実践出来て、少し気分がよかった1日であった。



2004年12月29日(水) 膝関節の交換って日本であまり聞かなかったような

今日も空いた時間にPCの中身を元通りにする作業に取り組む。
こう考えるとXPに付属している転送ウィザードは楽で便利だ
な。いちいちドライバをインストールするのが面倒くさい。

高校の練習もゆっくり目。でも何で集合時間にきちんとみん
な集まらないかなぁ。最初の10分は確かにシュート練習だか
らなんとなく来ても誰が遅れたかよくわからないけど。

さて選手の怪我はなかったが練習後コーチが結構真剣な眼差
しで話し掛けてきた。話を聞くと膝の関節炎がひどくなり
医者に薦められてknee replacementをすることを決断した
という。でどれくらいリハビリがかかるとかどんなリハビリ
をするかという質問をしてきた。もちろんPTでないのでは
っきりとした話は出来なかったが、それでも病院での実習で
見たりリハビリを手伝ったのでそのときの話をした。医者か
らも話を聞いているはずだが、あらためてその大変さを耳に
してかわいそうにコーチは苦笑していた。それでも痛みが
とれるならいい、と言ったのにはびっくり。普段相当痛いん
だろうな。

健康でいたいものである。

そんなわけでモチベーションがあがった所で今年最後の
ペインセンターに行く。膝の周りを意識してスクワット
やレッグエクステンション、レッグカールをやった。

がんばりすぎて今下半身に力が入らない。



2004年12月28日(火) OSを再インストールしました

朝から高校へ。昨日はシューティング練習だけだったので
今日がクリスマス以降実質最初の練習日。男女合わせて
4時間の練習。練習を見ているだけの4時間はかなりきつい。

現在使用しているPC、使い始めて4年以上。ソフトやデータ
をいろいろ出し入れしてきたのでかねてからどうも動きが
遅くなった気がしていた。また画面のちらつきもひどくな
ってきたいた。そこでこの休みに思い切ってHDDをフォー
マットしてOSを入れなおしフォルダ及びファイルを再構築
することにした。

で昨日から始めたんだけど、以前成功したことのあるメール
の本文の移行がうまくいかずに昨日から悩んでいた。バック
アップのデータは問題ないはずなのにうまくインポート出来
ない。いろいろ試行錯誤して今晩ようやくどうにか元通りに
なった。今はIEとメーラーのみが以前と同じ状態に戻っただけ。
HDDにシステム以外何もないせいか、PCの動作は予想通りに快適。
ただ画面のちらつき度はまったく変わっていないので、物理的
に液晶がいかれてきたんだろう。これは残念。

まだまだ作業は続くけど、新しいPCを買う時期なのかなぁ
ということが頭をよぎる。お金あればなぁ。



2004年12月27日(月) アメリカで「みかん」を食べる

しばらく家を空けていたのでウォールマートへ買出しに。
比較的入ってすぐの所に特売品がおいてあるんだけど
今日はみかんだった。しかもアメリカのタンジェリンじゃ
なくて薩摩みかん。(因みにSatsumaと表記してあった。)
辞書によるとタンジェリンは「みかん」と訳されることが
多いと思うが、実際は大違い。皮は固くてむきにくく、
中身もあまり甘くない。

さてその「Satsuma」、触ってみてもどこかふにゃふにゃし
ていて甘そうだったのでとりあえず買ってみた。さらにその
横には日本のりんご「ふじ」も目に入った。もっともこれは
少し高かったので買わずじまいだった。

しかしこんなアメリカの田舎のスーパーでも日本原産の果物
が買えるのには少し驚いた。ハティスバーグも都会になった
ものだ。

その後家に帰って一つ「Satsuma」を食べてみた。甘さ
はそれほどでもないが、それでもいわゆる日本のみかんの
触感だった。皮も柔らかくてむきやすい。結局買ってきた
3つのみかんは思いがけずすぐに全部食べてしまった。

みかんといえば炬燵だなぁとふと思った。小さい時炬燵に
入ってみかんを食べながらTVを見たっけ。しまいには暖かい
炬燵でそのまま寝てしまい、後で嫌々ながらも起こされて
ベッドにもぐるもそこがまた冷たかったんだな。

うーん、懐かしい。



2004年12月26日(日) 車の中でいつも歌う歌

無事にハティスバーグに戻ってきました。特に渋滞に巻き込
まれた、ということはなかったけど帰りもいるもよりは明ら
かに交通量が多かった気がしました。

ジョージアにいるときはすっかりのんびりさせてもらいまし
た。日本のテレビ番組も(ビデオで)観れて、最近の芸人を
チェックすることが出来たし。言葉が全てわかると言うの
はいいもんだなぁと。同じ笑うにしても深いところで笑えるし。

本当にいい気分転換が出来たと思います。おうちにお邪魔さ
せてくれた友達にあらためて感謝。

帰り道アトランタのど真ん中を通ったけど、どうも自分は
都会を通ると「Downtown」という曲を歌いたがる傾向にある
ようです。(注:大都会ではない)。この曲知らない、という
方が多いかと思うけど大昔、「オレたちひょうきん族」という
番組のエンディングに流れていたEPOの曲といえばわかるかも。
そう、サビが「ダウンタウンに繰り出そう(×3)」って奴
です。

え、それでもわからん?すみませんねぇー、古くて。



2004年12月25日(土) アトランタに買出し

今日はクリスマス。昼間にでかけたが恐ろしいほど車が
走っておらずあらゆるお店が閉まっていた。あのウォー
ルマートですら例外でない。

それでもアトランタに向かい日本食品店に行った。ここ
だけは今日も開いていた。物の量といい値段といい需要
があるのがジャクソンやニューオリンズを圧倒している。
米も安くうらやましい。いろいろなものがあるとつい手
を出して買ってみたくなってしまう。危ないなぁ。

それでもアンドーナツとクリームパンを買ってしまった。
菓子パンを食べるなんて久しぶり。おいしかった。その他
にとんこつラーメン等も買ってしまった。散財かなぁと
ちょっと反省。休みでクリスマスぐらいいいか。



2004年12月24日(金) クリスマスイブにゴルフ出来る幸せ

外は少し肌寒いものの空は晴れ渡り、予定通りゴルフへ。
友達が大学のゴルフコースを予約しておいてくれた上に
クーポンを使用して安くラウンドすることが出来た。
さすがにクリスマスイブの上に、この寒さ。来ている人
はわずかでのんびりプレー出来た。

内容はというとさすがゴルフ部も使うゴルフコース、滅茶
苦茶グリーンが早くて悩まされた。雨上がりでこの早さと
言うと普段はどれくらい早いんだろう、と思わされた。一
早い所では大理石の上でのパットといった感じ。また人が
少ないことをみこしてか嫌らしい所にカップが切ってあっ
た。ショットはそれほど悪くなかったけど、パットがひど
くて久しぶりに3桁叩いた。5パットって言うのもあったな。
ここまで来ると笑えた。それでもそれなりに難しいコース
で気の知れた友人とゴルフが出来て本当に楽しかった。

その後街をぶらぶらした後、日本食レストランでクリスマ
スのディナー。自分はちらし寿司を食べた。それとすごく
久しぶりに日本酒を熱燗で飲んだ。身体に染み渡るように
おいしかった。おまけにそこのメインシェフである日本人
の方がクリスマスだからということでおにぎりのお土産を
くれた。このこととウェイトレスの対応がよくチップをは
ずんで帰宅。そのおにぎりもおいしかった。

去年は確かコネティカットでホワイトクリスマスだったが、
自分にとってはこっちの方がいい。この早いグリーンで
近いうちもう一度プレーしたいなぁ。



2004年12月23日(木) ジョージア州滞在中

今日からジョージア州の友人宅にお邪魔してます。いつもは
7時間ぐらいで着くんだけど、途中渋滞に巻き込まれて8時間
くらいかかってしまった。それでもたいした問題ではないけ
ど。

明日は天気ならこちらでゴルフをする予定。昨日、今日は
寒くなったけど明日昼間は暖かくなって欲しい。もしかした
ら今年最後のゴルフだから。打ち納めってところかな。

クリスマスイブにゴルフもしゃれてるでしょ?



2004年12月22日(水) 寒暖の激しい1日

今朝はまた異常に気温が高く70Fを越えていた。雨が降ると
の予想だったがまだ降っておらず、湿気だけが高かった。

それが午後になると雨が降り始め、テレビを観ると洪水
注意報が出ている。そんなに降るんだろうかと思う。

そして夜中、雨はやみ借りたDVDを返しに行った。今日は
1日中暖かい部屋にいたせいか外に出ると肌向く感じたが、
それでもすぐ車にのってでかけたので寒さをじっくり感じ
る時間はなかった。

ふと銀行横の電光掲示板に目をやる。28F。いつのまにか
氷点下。(32F=0℃)。寒暖の差が激しい一日であった。

休みに入ると時間があるのできちんとご飯を作る時間が
あっていい。自分は料理が得意とは心から思わないが
それでも留学中にうまくなったものとしてゴルフの次ぐら
いにあげてもいいだろう。(決して英語ではない。)

でも食べ過ぎに注意しなきゃ。



2004年12月21日(火) お・と・なのクリスマスプレゼント交換

まず朝は配属先の病院でクリスマスパーティがあったので
なんと朝7時半に病院へ。行ってみるとプレートを使って
まだのんきにホットケーキやベニエを作っている人達がい
た。なんだ、8時にくればよかった。

その後8時過ぎからクリスマスぶれックファーストを食べ
プレゼント交換。自分は知らされていなかったので何も
持参せず、結果ただの見学に。

確か以前のクリスマスにこっちの人は結構もらってもしょ
ーもないものを交換しては「わぁかわいい」「ありがとう」
と大袈裟に喜んでいる、と書いた。また質より量攻撃で、
だったら一つどかーんと自分が本当に欲しいものが欲しい
と書いた。今回の病院でのプレゼント交換の場合、上限額
があったので後者の望みを達成するのは難しいが、前者は
さすがに大人の集まり、出来るだけ対処していた。

どうやるかと言うとくじを引いて1番を引いた人からプレゼ
ントを受け取るのだが、気に入った時はそのプレゼントを
「dead」と宣言し、どうしようかなとか気に入らないとき
は保留するのだ。で2番目以降のプレゼントを見ては交渉を
して交換が出来、またまだ順番が着ていない人でもすでに
気にいった物が出ればくじを引く権利をプレゼント所有者
に渡し、その代わりにそのプレゼントをもらえるのだ。
だからプレゼントが開けられる度に「Is that dead?」と
言う会話が聞かれた。

何のためのプレゼント交換?という意見もあるかも知れな
いけど、ぼくはこの合理さが気に入った。実際自分で気に
入ったものを購入し、他の人がそれを引いた瞬間に交渉を
申し出て獲得してた人もいたから。

こういうところで良い子は「大人はずるい」と言っては
いけません。これが大人の社会なのです。



2004年12月20日(月) えっ、ロードオブザリング=指輪物語?

たいした数ではないがクリスマスカードを買い、コメント
を書いて今日送ることが出来た。こっちでの年賀状と認識
しているが予算の都合上、お世話になった人だけに送る
ことにしている。簡単な近況報告を書いているので余り
クリスマスカードっぽくないけど、それはそれで許される
でしょう。

しかしどうしてこういうものはいつもぎりぎりになら
ないと出さないかなぁ。ちなみに日本だと年賀状は1月1日
に着くのがいいが、こっちの場合サンクスギビングが過ぎ
たらいつでもいいらしい。考えれば1日までためにためて
1日にどばっと配達する日本の郵便屋さんも大変だろう。

そういえば公社になって配達するのが郵便屋さんだけじゃ
なくなるんだろうか?

その後、ロードオブリングのThe return of the kingを
見た。パート1はテレビの通常の放送で、パート2は中古
DVDを買って見ていたので、どうしても完結編のこれを見て
おきたく、初めてBlockbusterで借りた。結構レンタル料
高いと思ったのはぼくだけ?

内容はというとなんだフロドは大ヘタレ野郎だなぁと。
あれじゃクレヨンしんちゃんに出てくる豚のぶりぶり
ざえもんと全く変わらないんじゃないかと思う(注:ぶり
ぶりざえもんは人を助けると言いながら何もせず、その
くせ救い料を求めるキャラ。)見ていていらいらした。

そうそう映画を観ていてもイマイチ内容が理解出来なかっ
たのでネットを検索して筋書きを紹介しているサイトを
読んだ。そこで小さな発見があったのだが、ロードオブ
ザリングは日本語で指輪物語だと。いやぁ気づかなかった。
中学の時の文学史でイギリスの有名な小説として指輪物語
を習い、中世を描いたちょっと不思議で壮大な話だと聞か
された記憶があったのだがそれがロードオブザリングだと
は。全くでもって繋がらなかった。18年の時を越えてその
内容を知るとは、なんとも自分の勉強不足を露呈した感じ。

それにしてもこの映画、聞き取りにくいし知らない単語も
多かった。途中からスクリプト出して読むようにしたけど
それでも?なことがあった。英語って難しい。



2004年12月19日(日) 久しぶりに中華を食べました

久しぶりにペキンガーデンに行って中華を食べてきた。
ここは特別うまいわけでもないが、バッフェ形式で
好きなものが好きなだけ食べられる。何故か巻き寿司
も少しあったりして、それでランチは5ドルちょいだか
あら許容範囲だろう。

でも調子に乗って食べ過ぎた。お腹が苦しい。

しっかり栄養をとったのでその後はいつものペイン
センターへ。今日は有酸素運動をたくさんした。バイク
を30分こいだ後、30分トラックをたらたら走る。その後
バスケのシュート練習をしてみた。これで少しは余計な
カロリーが減らせたかなと。

夜はのんびりフットボール観戦をしてみた。普段の日曜
の夜は次の週の準備をしているためTVを観る余裕がない
んだけど、今晩はそんなことまったく気にする必要なし。
試合もColts vs Ravansでなかなか渋い試合でした。

さて来週は何をするかな。



2004年12月18日(土) ぼくのミシシッピ度

昨日はさらに遅くまで起きていたため今日はほとんど午後に
起床。まずい、昼夜を逆転させないうちに元に戻そう。

それでもその後は片しものしたり、ペインで身体を動かし
たりと、少なくともだらーっとはすごさなかった。これって
重要でしょ。

昨日、今日で非常に多くの人とあった。まだ名前と顔が一致
してません。次回名前を呼んでもし間違っていたらごめんな
さい。悪気はさらさらないので。

ちなみにペインは開いていたが、図書館は閉まっていた。
図書館が閉まっているとローカルな新聞が読めなくて困るん
だな。小さな地域で地元に密着して仕事させてもらっていると
彼らと同じ視点から同じ話題を知っていないと会話から取り残
されてしまう気がする。それでローカル新聞を読もうと結論に
達した。でもローカルな新聞読んでいると確かに世界なんて
遠いことで、それより周りで何が起こったか気になってしま
うから不思議。

例えばバスケで言えば田臥がどうしたより、昨日行われた近辺
の高校の試合結果、そして各学校の現在の星取表、などに興味
津々。ミシシッピ南部にある高校の名前、そしてそれらがどこ
のデビジョンに属しているかほとんど覚えてしまった自分が怖い。

でもこれも仕事の一部ですな。知ってないと損なこと多いし。



2004年12月17日(金) ぼくのカンフー炸裂寸前!?

昨日は友人宅に遅くまでお邪魔してしまったので遅い起床。
こんな遅くに起きれるなんてと休みを実感することが出来
た。

学校は休みでも夕方からはいつも通り高校のバスケの試合
を3つカバー。Sumrallという隣町での試合だった。因み
にSumrallという街は嫌い。というのは2年前に自分の車
(停車中)をぶつけておきながら、会社、警察などを使っ
て逃げやがった○○野郎が住んでいる所だから。また選手
にとってもクロスタウンで同じ規模の高校だから、ものす
ごくライバル意識がある。そんなことで試合前には自分に
あった話も伝えて選手に気分を更に高揚させた。で、そこ
は高校生、「○○(俺の名前)のために今日は絶対勝つよ」
「俺がダンクしたらそれは○○に捧げるものだから。」

うーん、高校生はなんともかわいいのぅ。

で、試合だけど女の子は勝ち、男の子は負けだった。ただ
男子の試合はフットボールの試合同様また荒れた。ファウ
ルの数が多いばかりか、その内容もかなり荒い。試合終わ
ったあとは相手の観客にやじられ、選手と観客が喧嘩寸前
に。慌てて双方のコーチが間に入って止めたぐらいだった。

その後ロッカールームに戻り、コーチが選手を戒めながら
もなだめるがその気配はいっこうに収まる気配なし。今か
らコートに戻って喧嘩をすぐにでも始める勢いだった。上
に書いた通り自分もこの地域嫌いなので「お前らが喧嘩す
るなら俺もやる」と言うと、ロッカールームの盛り上がり
は最高潮に。(注:本来ATCの立場でこういう発言はいけ
ません。)

「○○のカンフーが炸裂するぞ」「○○がいるから俺達は
(喧嘩しても)負けない」等と選手は口走るははしゃぐは
でハイタッチや握手を求められることに。しかしそんなこ
とをしているうちにいつのまにか逆にムードがなごんで
しまった。

俺は本気だったのにぃ。もちろんカンフーなんで出来な
いけどさ。

それでもこういう長い間に蓄積されたライバル意識から
来る盛り上がりはスポーツをする上でうらやましいと思う。
観客はたくさん来るし、選手も刺激を受けて普段持ち合わ
せない力まで発揮するから。



2004年12月16日(木) 学期が終了して

テストもレポートもすべて提出して今学期が終了。楽だった
とはいいながらそれでも1学期が終わるとそれなりにほっと
する。来期は意識的に忙しくしたのでもう少し大変になると
思うけど。

余り寝てないまま高校へ行く。彼らも期末テストが終わった
と言っていて、どこか練習も気が抜けていた。あまりにも
凡ミスが多くてコーチが激怒、スタメンが練習中に何度も
コートを走らされていた。生徒の気持ちは大いに分かるが、
手を抜くならわからないようにやれ、としたたかさを見につ
けることを希望。

その後ペインセンターへ身体を動かしに。しばらく行って
いなかったためか身体が重い気がした。バイクをこいでそ
の後トラックを走ったが、けだるさは抜けなかった。そう
だ休みは運動しよう。さらにその後バスケのボールを借り
て一人でシュートの練習をする。自慢じゃないがバスケに
関して自分はずぶの素人。フリースローも全く入らん。
3ポイントの距離なんてもってのほか。球も指の上でくる
くるまわせない。

闇練していつか高校生と遊びでプレーしても恥ずかしくな
い程度までなってやる、と思うもそんなに若くない自分が
悲しい。毎日練習したってダンクは出来ないだろうし。



2004年12月15日(水) 自業自得の忙しさ

この日記は1日遅れで書いているけど、その理由は今朝期末
テストがあったため。どうもミシシッピに戻ってすっかり
のんびりムードに浸ってしまいテスト前でも余りやる気
が起きないことが多かったが、昨日はさすがにこのままで
はやばいと思ったか久しぶりに集中して勉強が出来た。あ
とは果報は寝て待つばかり。

休みはここに滞在するけど、やらんとしてることはそれなり
にある。また休み中も何日かは高校バスケの練習をみること
になりそうなので、超まったりということにはならなそう。
先週買ってきた映画をまず観ようかな。(といいながら実は
試験週間だったというのに、すでに3本中2本見てしまって
いた。これが昨日、おとといの忙しさに繋がった原因。)

そういえばここの所冷え込んでます。昨晩は氷点下を下回
ったらしい。それでもそれほど寒く感じないのは、やはり
コネティカットにいたおかげだろうか。太陽が出れば十分に
暖かさを感じるし、夜は寒いぐらいの方がふとんかぶってよく
寝られるし、この程度の寒さは自分にとって大歓迎である。

でもミシシッピではこれが余り続かないんだよねぇ。



2004年12月14日(火) いたずら電話はやめましょう

今晩もバスケの試合をカバーした。なんと男女ともに勝った。
よかったと思うと同時に、相手校がかわいそうになった。う
ちに負けるぐらいだから彼らにとって勝てる試合なんてない
んじゃないかと思って。

さて試合前にこんなことがあった。顔に見覚えはあるが名前
を知らない子が話かけてきた。仮にA君としよう。

A:「おれに電話くれた?」
僕:「いや、してないよ。」
A:「ママが電話を受けて○○(=ぼくの名前)ですって名乗
  り、ぼくが不在だったので電話番号を残したんだ。で
  ぼくが帰ってきて折り返し電話したんだけど使われてい
  ない番号だったんだよね。」
僕:「いつの話?」
A:「おとといぐらいかな。」
僕:「してないね」
A:「そっかー、じゃ誰が電話してきたんだろう」

えー、良い子の中学もしくは高校生のみなさん、俺の名前を
使っていたずら電話をしないで下さい。でもその母さんも俺
の下手な英語を普段聞いてるんだから、その電話は俺から
じゃないってわかれよなぁ。



2004年12月13日(月) 早いクリスマスプレゼント

今朝は実質今年最後のミーティングのために病院へ。そこで
同僚からクリスマスのカードをプレゼントをもらう。去年も
同僚からそうしてもらったにも関わらず自分は準備してなか
ったので何も出来なかった記憶が蘇る。まずい、来週まで
にはせめてカードでも渡そう。

そのおまけかボスから今晩のエクストラの試合のカバー(ま
たWilliam Carey大の男子バスケ)をいただく。これは丁重
にお断りしたかった。でも人がいないので仕方ない。行くこ
とに。

実は今一度高校に行ってきて戻ってきたところ。あと10分
ほどしたらその大学に行ってきます。ここ1週間で数えたら
バスケの試合を合計10試合カバーしてる。試験勉強しない
といけないのにぃ。でも去年より楽だから文句を言っては
いけません。

それでは行ってきます。怪我がないよーに。



2004年12月12日(日) スポーツを観ながらお金を使うこと

実は昨晩映画のDVDを3本安く買ってきて、夜中に思わず1本
観てしまった。そのために今日は少し遅い起床。さてやる
ことをやらんと、と思いつつなかなか勉強へのスイッチが
入らないんだなぁ、これが。それでもいずれはやらなきゃ
いけない雑用を少しこなしたので、時間を無駄にしなかった
ことにして自分を納得させる。

こっちのスポーツ現場にいて思うことだが、普段スーパー
で1セントでも値段が上がるとうるさい癖に、試合会場での
ジャンクフードと炭酸飲料は惜しげもなく買うのは何故だろ
う?高校の会場だって缶のコーラが1ドル、チーズ付きの
ナチョスが2ドルもするのが普通であるが、抵抗なく買って
はぽりぽり、ごくごく消費している。大学の会場ともなる
とさらにこれらの値段は上がるが、それでも買う人は少なく
ない。チームへのちょっとした貢献とも思っているんだろう
が、スポーツへのこの気前の良さはどこからくるんだろう。
本当に不思議。

でもそういえば東京ドームの弁当やビールも高かったなぁ。
これはアメリカも日本も同じか。いい商売だ。



2004年12月11日(土) 若い馬鹿親を持つ子供の不幸

今日の午後はまたWilliam Carey大学に行って女子のバスケ
の試合をカバー。しかしどういうことかどこに行っても試験
とかが忙しくなる時に限って、同様に仕事を入れられるのは
何故なんだろうか?勉強的に暇な週に仕事入れてくれて、逆
な時に仕事減らして欲しいんだけど。

世の中はなかなかうまくいかない。

午前中はたまりにたまった洗濯をした。先週末から今週中頃
にかけて行く機会がなかったから。行くと以前の日記にも
書いたあほ若夫婦とその子供二人が店番だった。洗濯を始め
るや否や子供の泣き声が聞こえた。それをなだめるどころか
お尻を叩いて泣かせるのをやめさせようとする母親、一方で
受付のカウンターにクッションを乗せて、お客がいるのに
どうどうと寝そべってはくだらない雑誌を読んでいるだけの
父親。ちょっと視線を向けるとカウンターの向こうに2,3歳
の姉妹が二人で寄り添ながらも、どうしたらいいのかわから
ない感じで座り込んでいた。目から涙は溢れていたが、泣く
とまた叩かれるのでそれだけはこらえているように見えた。

何が起きてこうなっているのか知る由もないが、少なくとも
尋常とは思えなかった。前回も同様なことが起きていたし。
ただただ子供達が心配でならなかった。

コインランドリーを出ると自分はどうすべきだったか自責
の念にかられた。自分の思い込みだろうか、それとも一言
「どうかしましたか?」というべきだったのか。それでも
「別に。」「うちの家族の問題です。」と言われればそれ
以上何も言えない。

この子達にとってぼくが想像していることが起きていない
といいのだけど。



2004年12月10日(金) カレッジフットボールのこと、うんぬんかんぬん

今週忙しかった反動か今日はなんとなく過ごしてしまった。
反省。ちなみに夜はPoplarvilleまでバスケの試合につい
ていった。契約上Awayのゲームについていく必要はないの
だが、行ってあげられるときは行くのが自分のやり方。で
も55点差での負けを見せつけれてかなりがっくり。やる気
出せよ、ガキども。男子で4Qプレーして32点はないだろ。

今年のボウルゲーム、特にBCSボウルゲームのスケジュール
を見たが、はっきり言ってあまり興味がわかない。折角ユタ
がフィエスタボウルに出るというのに何故相手が全米20位の
ピッツバーグなんだ?APとかでは4位のCalが何故ホリデー
ボウル?テキサスとミシガンがローズボウル?興行的にPac-10
のいないローズボウルなんで盛り上がらないでしょ。

かといってプレーオフ制には選手、チームの負担、そして
ビジネス面を考えて実現は難しいかなと思うけど、かと言っ
てこのままでは誰もが納得しないだろうし。毎年こうやって
議論があがっては解決の方向に向かわず、その場しのぎの
妥協をしてはまた次回に問題があがるという方法はまるで
どこかの国のプロ野球みたいと思ってしまうのだが。

一方でノートルダムのヘッドコーチ人事が至るところで議論
にあがっている。話を聞けば聞くほど今回の解雇の原因は彼
が黒人だったから、と結論に達してしまうように感じる。

人種の壁はやはり越えられないのか。



2004年12月09日(木) あるアメリカ退役軍人の考え方

午前中に試験が終わり、今週の山はすぎた。もっとも
今週は明日の金曜日しか残っていないんだけど。

試験が終わったこともあり、夜には久しぶりにペイン
センターに行って身体を動かした。10日ぐらい行かな
かっただけだけど、すごく身体が重く感じたのは気の
せい?

またまたローカルな新聞を読んで、???と思う。
12月7日はパールハーバー襲撃だったようだ。それに
関する記事。

日本の場合、原爆を落とされた日でも内容として語ら
れるのは戦争の悲惨さで、二度とこのようなことを
起こしてはいけないという教訓だがアメリカの場合は
違う。「やられたことを忘れるな」ということだ。ま
たパールハーバーと911をこの記事を書いた記者は同列
に扱っているが、そうすることもナンセンスだと思う。
あの戦時状況と現在の中東におけるアメリカの存在は
違いすぎる。おまけに「あのパールハーバー襲撃は
アメリカの世紀の夜明けだ、あの瞬間からアメリカの
(世界)支配は始まった」「パールハーバーはアメリカ
の国力に見合った世界的超大国になるための目覚まし
コールだった」というある退役軍人のコメントを好意的
に紹介している。

ミシシッピは今だにこんな論調が1面トップに出るすご
い所であることをあらためて認識した。ブッシュが
ケリーを圧倒するのも頷ける。これが恐らくアメリカ
国民の半分の意見なんでしょう。常識なさすぎて逆に
笑える。

さらに最後のパラグラフがすごい。

"It's hard to create a democracy when no one
is shooting or bombing you," Wiest said. "In
Iraq we have the shooting and bombing."

「もし誰も銃を撃ったり爆弾を落としたりしなければ
民主主義を作り出すのは難しい」ウィーストさんは
言った。「(だから)イラクで我々は銃を撃ち爆弾
を落とす。」

どうなったらこんな考え方になるかね。

記事原文(ただし14日までのみ閲覧可能)



2004年12月08日(水) あるラジオ番組の放送

試験前なので簡潔に。

いつも通り午後高校に仕事に行ったが、行く途中周りを見る
と紅葉している木々が少しある。この辺りは針葉樹が多い
んだけど、多少は広葉樹もあるらしく赤くなったり黄色く
なったりしてた。少しだけだけどそれでも綺麗。

その途中ラジオで聞いた話だが、その番組の中で「アフ
ガンは以前ソ連でも攻めきれなかったのに、アメリカの
軍隊が今回行って介入したら親米の大統領が生まれ民主
国家が出来つつある。これはすごいことで非常にいいことだ。
イラクもそうなるはず」というリスナーの話があり、それに
応えるようにスタジオのアナウンサーも「その通り。」と
話していた。

すぐにラジオのチャンネルを変えたのは言うまでもない。
一体どこの放送局だったんだろうか?

ローカル新聞によると第2次世界大戦以降、最大の規模の軍隊
がハティスバーグ近くにあるCamp Shelbyに1月に来て訓練を
行い、その後イラクに行くそうな。

まだまだ戦争は終わらないということ。



2004年12月07日(火) 困ったお人

プレゼンは無事終了。適当に流さずによくやったし、クラス
で笑いを取ろうとした所で思い通りに取れたし、良かったの
ではないかと。

いつのまにか至る所でクリスマスの飾り付けが。そんな季節
なことに気づかされたけど、昨日、今日と蒸し暑い。昨日の
夜なんて冷房入れようかと思ったぐらい。夜でも70F切らな
いんだもん、勘弁して欲しい。

今晩は授業の後、まだ高校に戻ってバスケの試合をカバー。
自分がいない間に、変わりの人間が試合をカバーしてくれ
ていたんだけど、どうもこの人、自分と仕事のやり方が
あわない。書いている時間もないし彼女のやり方もあるので
愚痴はそこそこにするが、顧客先のコーチに挨拶しない、
選手とまず話し合わないで親にあぁしろこうしろというの
はどうかと思う。おかげで後で選手が怒ってたし。

病院でリハビリの手伝いしかしてない奴がいきなり現場に
来て病院のようにされても困るんだよなぁ。選手が怪我
しても出来うる限り試合に出したいし、休ませるのなら
スケジュールやコーチと相談してどのように期間にどの程度
休ませるか話すべきだし。そもそも俺の持ち場なんだから
初めて来て状況もつかまないで荒らさないで欲しいよな。

今度ちゃんと言うことにしよっと。



2004年12月06日(月) ぼくの持病

まずジオシティーズの問題だが、今試したら読むことが
出来た。ほかにアメリカ滞在の人からも読めた、という話
を聞いたので解決の方法に向かっているんだろう。運用的
に言えば多くの場合、日曜日の夜から月曜日の早朝にかけ
てトラフィックが下がるのが普通なので、バックアップを
とったり、サーバをリブートすることが多い。今回は丁度
それにあたったのでは?と推測するんだけど。

今日は高校の練習の後、中学の試合を2試合カバーした。
その間30分ほどあったので、ジュースとお菓子を買いに
その街のスーパーに行ったのだが、ほんの15分ほどそこに
いただけで4人から声をかけられた。みんな知り合いなん
だけど、この街の狭さにあらためて驚かされた。

自分は眠い眠い病という持病を持っているようだ。テスト
とかプレゼンとか大事な日が近づくにつれて発病し、症状
としてはちゃんと睡眠時間をとっているのにも関わらず
なんとなく眠いのが特徴である。

明日はプレゼンなんだけど、また発病したみたい。まだ
準備完了してないのに。



2004年12月05日(日) 海外からジオをドメインにおくHPが見られない件

自分はアメリカのミシシッピ州に滞在しておりますが、ここ3日
ほど自分のHPの閲覧が不可能になっています。自分だけだと思っ
たら確かに障害があったらしく、ジオシティーズのHPには以下の
障害情報が載っていました。

=====================================================
12月4日 不具合解消のお知らせ

12月3日(金)の午後12時半頃から12月4日(土)午前0時半頃まで、
システム不具合により、一時的にサービスがご利用いただけない
状態となっておりました。

なお、現在もYahoo!ジオシティーズが表示されない場合、
お客さまのご利用の環境でDNSの情報が古いままになっているため、
ジオシティーズのページをご覧になったり、FTPでの接続ができな
いことがあります。DNSについて詳しくはご利用のプロバイダに
お問い合わせをお願いいたします。

ご利用のお客様には、ご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び
申し上げます。

=====================================================

すでに対応済みとのことだけどまだ見れない。何だよ本当に直した
のかよと文句をたれていたら多くの方(特に海外在住)がジオに
ドメインを置くすべてのHPが閲覧出来ないとのことがわかった。
参考の掲示板)。対応策としてプロバイダ側にDNS(ドメイン
ネームサーバ、簡単に言うとhttp://www.xxx.xxxのようなURLと
物理的なIPアドレス(例えば202.123.123.123)のデータベース
が置かれているサーバ。ブラウザからURLをタイプした際、ここで
実際のIPアドレスに変換されるおかげで自分らは見たいファイル
があるWebサーバにアクセス出来る。)をリフレッシュしてもらえ
って書いてあるけど、常識的に考えてこんなささいなことでISP側
が対応してくれることはないと思う。

従ってISP側の通常の運用スケジュールでこのデータベースが
アップデートされるまで待たなきゃいけないみたい。それはいつ
になることやら。でもこれで有料のサーバ運営も含まれているん
だから、お粗末だよなぁ。



2004年12月04日(土) We are the State Champion!!!

昨日の日記で予告した通り、高校のフットボールについて
ジャクソンに行くため朝6時半に起き、7時に家を出る。
途中、その学校のスクールバスと待ち合わせ、無事州都に
あるVeteran's Memorial Stadiumにつく。この球場、
はるかにUSMのフットボール場より立派。スコアボード
裏の工事されている所が完成すれば、さらに見栄えがよく
なるだろう。

選手は気合が入っているのか、テーピングにも注文がうる
さい。しかもテレビ中継のためか普段テープを巻かない奴
まで巻いてって言ってくるから困ったもんだ。試合直前ま
で巻きに巻いた。こういうとき一人でも学生トレーナーが
いると楽なんだけど。

さて試合だけど一進一退の好ゲームだった。どちらもよく
スカウティングして、相手のいい所をむしりとっていた。
得点シーンもシステムではなく個人のミスからのロング
ゲインによるもので、チームの力は本当に拮抗していた。
事実、試合終了30秒まで14-14で同点だった。

ただ最後は決定的な選手の個人技だった。相手の攻撃を
自陣30ヤード付近でどうにか止めたLumberton高校の残り
30秒での攻撃。ベンチではオーバータイムのことを話し始
めていた。プレーは無難な左へのスプリントアウトドロー。
ところがボールをもらったLumberton自慢のTBは相手選手
のタックルを2つ、3つと振りほどき相手陣10ヤードまで
わずか1プレーで持っていってしまった。残りは10秒でも
こっちはタイムアウトが3つ残っていて全く問題なし。
2プレー後勝ち越しのTDがやはりこのTBによってもたらされた。
彼は走っては33回242ヤード、捕っても2回64ヤードで
今日チームの全TD(3)を稼ぎ出した。さらに彼は両面でLB
もプレーしているのだから恐れ入る。

最後のキックオフは無事相手をタックルしゲームセット。
サイドライン、スタンドは歓喜に溢れた。25年ぶりに
フットボールでのState ChampionshipがLumbertonという
街に帰ってくるのだから大騒ぎも当たり前。試合後も至る
所で握手と抱擁、そして写真撮影やインタビューがあり
本来なら部外者に近い存在の自分もその輪の中に入って
はしゃいでいた。

勝つことがこんなにもいいことだということを久しぶりに
味わった1日だった。

P.S. 自宅に帰りビデオを調べた所、3回ほどちらっとTV
に写ってました。



2004年12月03日(金) Richton(アラバマとの州境まで20mileの街)へ

午前中は来週のプレゼンの内容をちびちびやって、骨格が
出来あがった。それでも内容が期待しているものかどうか
不安だったのでそのまま先生の所に持っていき、これでい
いかどうか確かめてきた。結果そんなもんでよかったらし
い。あとはパワーポイントにおこして、発表の練習をする
だけ。明日中にさっさと仕上げちゃおうっと。

その後夕方から高校のバスケの試合をカバー。Awayの試合
で行ったことがない所だったので地図をもらっていた。確
かに地図通り行けばついたが、家から45分、距離にして25
マイルちょっとの道のりだった。確かに2回しか曲がらず
最後の曲がり角からはずっと真っ直ぐだったけど、その後
30分もずっと走るとは思わなかったよ。

試合は男女ともに負け。怪我人が出なかったのが幸いと思
ったら試合後にロッカールームに「すぐに来て」と呼ばれる。
???で行ってみたら、女の子が頭を押えて泣いている。
どうしたのかと思ったら、しゃがんで物を取った後(でっぱ
った)水飲み台にがつんと頭をぶつけたらしい。見事な
こぶが出来ていたが、出血は見られず、また脳震盪の形跡
もなし。氷を持ってきてあげて気持ちが安定するまで話を
してあげておしまい。もうびっくりさせないでくれ。

ちなみにこの辺りの高校のトーナメントの試合では必ずと
いっていいほどスタッフ向けにホスピタリティールーム
というのがあり、食事と飲み物が振舞われる。多分に漏れ
ず自分もお邪魔し、たらふく夕食を頂いてきた。南部の
家庭料理は本当にうまい。でも少し食べ過ぎたかも。

明日は高校のフットボールについて州の決勝の試合を
カバーしてきます。場所は州都のジャクソンにある
Veteran's Memorial Stadiumという所でテレビ放送も
あるようです。ミシシッピ在住の人、起きていたら朝11時
にテレビ(PBS 14(WMAW)、ハティスバーグならCh.9)を
つけて下さい。ぼくはLumbertonというチームのサイド
ラインにいますので。

というか恐らくスタジアムで唯一のアジア人見つけて。



2004年12月02日(木) あっ、あの囚人服って

12月に入りミシシッピも寒くなってきた。今日は昼間
でも70Fをはるかに下周り、コートを来て学校に来る
生徒も見かけた。朝晩は40度台まで気温が下降。この
ぐらいが生活するには一番丁度いいし、勉強をする気
になっていい。

またもやローカルな話だが、ぼくも実習で行ったこと
がある高校の生徒が麻薬の輸送に絡んでいて逮捕され
たらしい。今晩は法廷に出向く所がテレビで写し出さ
れていた。彼らは未成年のはずだけど思い切り顔が
出ていたが、よく見ると法廷に入る途中何故かにやけ
ていた。何でだろう。

それと笑ったのが彼らの着ていた囚人服。ドリフのコ
ントで使用されたり、松本明子が昔水泳大会で着ていた
水着のような幅の広い、横縞のストライプの囚人服だっ
たから。あれって本当に使われてるデザインだなぁと
感心した。

授業というかラボでは最後のVo2maxテストをした。
慣れてきたのと一番自分に適したと思われる手順で
(実は既存のものを自分なりに修正)テストをした
ためVO2maxは今までで最高値を出せた。

だから何?って言われると何もいえないんだけど、
ただ自分はうれしかったんです。。。



2004年12月01日(水) あるアメリカローカル紙でのジェンキンス氏の記事

昨日テレビを観ていてびっくりしたことだが、ノートルダム
のヘッドコーチが解任されたらしい。ノートルダム初の黒人
ヘッドコーチとして話題になり、翌年選手の割にいい成績を
残してさらに飛躍が期待されたが、後の2年はあまりパッと
しなかった。それでも3年で解任とは早すぎる気がする。
ノートルダムが故に仕方ないのか?

学校でまたローカルの新聞を読んだが、1面を見てびっくり
した。数日前のものだが、ジェンキンスさんが釈放された
話が載っていたからだ。軍人が多い州だけに感心が高いか
らか?ただ一面で一番大きな記事は地元の高校のフットボ
ールのプレーオフであったことは言うまでもない。

そうそう記事を読んで少し違和感があったことが。ジェン
キンスさんの北朝鮮滞在理由ってベトナム戦争に行きたく
なかったから?記事によると彼は北朝鮮、ロシア経由で
アメリカに戻ろうとしたけど北朝鮮から出してもらえず、
その間政府のプロパガンダや将校の英語教師として利用
されたって書いてあるけど。

ベトナムに行きたくなかったのは反戦の意思から?それと
もあんなひどい戦場に軍人として送られるのが嫌だったか
ら?どちらにしても人間の感情として正常だとは思うけど
軍としては許されないだろうな。


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