留学先での独り言

2004年07月31日(土) 部屋は未だ箱だらけ

久しぶりに自分のベッドで寝たらすごく良く寝られた
気がした。3日車で移動したのはやはり疲れていたよう
でずいぶんと早寝し、朝に起きたもののすぐにまた
ベッドに戻り、結果昼過ぎまで寝てしまった。

一生懸命箱を開けては部屋を片す。しばらく一人暮らし
をしたいたせいか荷物が多く、部屋をシェアするとなる
と既にルームメイトが持っているものも少なくなくて
ここでは要らないものがたくさんあることが判明した。
でもいずれまた一人暮らしをするだけにすぐに売った
り捨てたりはする気になれない。取り急ぎ収納に積み
重ねたが、ここの収納スペースが大きくて助かった。

みんなが心配しているルームメイトについて話すと
彼はブルガリア人だった。かなりアクセントの強い英語
を話すが、かといって聞き取れないほどではない。人は
良さそうで、話もわかる奴であり、また今の所何も干渉
されず思ったより快適にすごしている。文句があるとす
ればアパート、そしてそのマネージャたちで彼のせい
ではない。アパートでこの静けさが続けばしばらくは
ここに居てもいいかも、と思い始めている。まだ2日間の
ことなのでなんとも言えないけれどもね。



2004年07月30日(金) 目的地につきました

って実はミシシッピです。以前居た所です。話していない
人には???かも知れませんが、実はまだ正式に発表出来
る書類が来ていないのでしようがないのです。でも戻って
きました。

トレーラーをひっぱって3日間、どうにか無事ミシシッピに
つきました。今回は前回より道も知っていたし、勝手も
知っていたのでかなり楽だったかな。荷物卸も友人が手伝
ってくれて一人のときよりはるかに早く終わったし。でも
今ベッドを作っただけでまわりは段ボール箱だらけ。

今回のドライブで見たすごいもの。セスナ機がトレーラー
で運ばれていた。両翼ははずしてあったが尾翼はそのまま
だった。はみでていて隣のレーンに来たらぶつかりそうだ
った。

それとフェラーリの青い恐らく新車のテスタロッサも同様
に運ばれていた。前者の中古のセスナと新車のテスタロッサ
どっちがぶつけたら代償が高いだろうか。運ぶ方も大変な
気の遣いようだろうと思ってしまった。

ちなみにアトランタからミシシッピに戻るまで今日は4度も
渋滞にはまった。工事渋滞、事故渋滞、その複合技もあった。
でも南部でこんなことがあるとは想像出来なかった。



2004年07月29日(木) 移動2日目

今日は500マイル弱走り、無事ジョージアの友人宅に着き
ました。後は明日、安全に走って行き先に着くだけです。
人の家でインターネットを借りているので、今晩はこの
へんで。



2004年07月28日(水) 出発、そして移動1日目

それなりに準備したつもりで、やはりしてなかったようで
出発は結局昼の12時となってしまった。予定だと遅くとも
10時までには、と考えていたのだが全くでもって無理な話
であったようだ。

それでもどうせこんなこともあるだろう、と初日に走る距離
を短めにしておいた。確信犯かも知れないけど少しは理が
あって、余り朝早いとNYC方面のI-95は混むかなと予想して
いたのだ。またNY、NJ、ワシントンDCの辺りは交通量が多く
最高速度も南部のそれに比べて低いので元々速度が出せない。
実際その通りで、ワシントンを過ぎて田舎になってから距離
を稼いだ。

トレーラーを引っ張りながら走ると丁寧な運転の大切さを
身にしみて思う。急発進、急ブレーキはやろうとしても出来
ないし、重みから車間にもすごく気を使う。またクラッチ
ワークも必然的に丁寧に確実に繋ぐようになる。忘れた頃
にいい復習かも知れない。

でも登り坂になると本当にスピードが出ないんだよね。何も
ないと思う坂でも流れを乱さないようトップスピードから
3速まで落とすことも何度かあったぐらいだから。

因みに今日は450マイル強走って、バージニア州リッチモンド
を40マイルほど越えた所のDays Innに泊まってます。これは
ネットで予約したところで、値段の割には中々快適。



2004年07月27日(火) 引越し前夜

は決まってばたばたする。今回も例にもれない。
かなり準備しておいたはずだが、今となるともっと
やれることはあった。午後から降り続いた雨も作業
の効率を下げた。

それでも今晩は寝て、明日は早めに荷物詰めを切り上
げて目的地に出発したい。



2004年07月26日(月) コネティカットでの思い出に浸る

今日は忙しい日だったが予定したことを全て終えること
が出来非常に満足。今後のためにやったことを書き留め
ておくと、、、

大家のばばあに転送先住所を伝えた
電話の打ち切った
ケーブルTVの打ち切り、調整後の支払い
郵送による銀行口座の締め方を聞いた
電気の打ち切り
U-Haulにてトレーラー接続時刻の予約
段ボールの調達
郵便局へ転送先住所の伝達
お風呂そうじ
車のオイル交換
1日目に泊まるホテルの予約

これで明日は荷造り、荷物詰めに集中できるというもんだ。

その後時間が少しあったので、最後の思い出とばかり何度
も行ったEast Rock Parkに散歩にでかけた。走るともった
いない気がしてゆっくりと歩いた。

まずは頂上まで行き、ニューヘヴンの街を見下ろす。しば
らく見れないだろうから、しっかりと風景を瞼に焼き付けた。
その後下に下りて湖の周りを一周。ここにもしばらくこれ
ないと思うとすっかり感傷にひたってしまった。

ここでは大変なことばかりだったけど、一方で自分のアパート
のすぐ裏に手軽にいける山と湖からなるジョギングコースが
あるなんてすごく贅沢な所だったように思う。NYCだって気軽
に電車で行けたし、それなりに日本食も手に入ったし。物価
が高いのにもそれなりに理由があるのには納得だった。

でもまたいつか来れるでしょ、がんばってれば、ね。



2004年07月25日(日) かなり片付く

時差ぼけはかなり治っているんだけど、それでも朝早く
起きてしまうので夜のプライムタイムに起きていられない。
そのため、人との連絡時間を逃してしまう。うーん、困った。

机、自転車、ビデオデッキ等を売った。今回は出来るだけ
身軽にしたいから。何年か親しんだものもあれば、今年1年
だけ使ったものもあるが、どれも惜しいことは惜しい。そ
れでも新しい持ち主さんの所でひねくれずに快適に動いて
くれることを期待しよう。

これらがなくなったことでかなり部屋は片付いた。すっきり
したのでこっちの慣習にあるかどうかは怪しいがいろいろな
所をきれいにすることにした。台所、洗面所、トイレ。洗剤
を使ってぴかぴかに。あと3日居るのに使いたくなくなって
しまうきれいさ。

テレビではアメリカの五輪ソフトボールチームの壮行試合
が行われていた。時間があったらゆっくり見たかったのだ
が、掃除、荷物詰めでほとんど見れなかった。Jennifer
は投げたんだろうか。インタビューは見たんだけど。



2004年07月24日(土) 荷物整理には快適な温度だった1日

昨日から引き続きビデオの整理。かなり思い切って捨てて、
ようやく半分ぐらいになった。これってきちんとタイトル
管理してたら本当にレンタルビデオ屋開けたな。古いもの
ばかりだけど、逆にみんなが忘れてて新鮮かと思うし。

次にテレビの台を片付けて運べるようにした。また組み立
てるの面倒なんだけどね。荷物小さくしないといけないから
仕方ない。

台所のものも少しずつ箱に詰め始めた。最後の2日ぐらいは
台所を使いたくないから、ファーストフードのテイクアウト
でも利用しよう。

その後疲れたので気晴らしにHPを少しいじくる。でも熱中し
すぎて眠くなり夕方ベッドへ。そうしたらびっくり5時間も
寝てしまった。まだ時差ぼけが治ってないらしい。熟睡して
今夜中なのに目がぱっちり。超朝型ともいえるが。

静かな環境でまた少し何かやるかな。月曜日までに整理の
めどをつけないといけないから。

それにしてもコネティカットは快適な1日であった。温度は
また60度代に下がってるし。

P.S. マイアミドルフィンズのリッキーウイリアムズが引退
したいと聞いてびっくり。



2004年07月23日(金) 時差ぼけながら有意義だった1日

昨日時間をかけても結果が得られなかったので、今日は朝から
積極的に動いた。(ただの時差ぼけだったんだけど)。

まずは転居先の住所確保のため、ルームメイト募集にさらに
メイル。その後U-haulに行き、引っ越すためのトレーラーを
確保。午後になって大学に行き、日本のお土産を渡しながら
お別れの挨拶。そして今後お世話になる病院のプログラム
ディレクターに電話して、今後の予定を話した。今日これをし
ただけで少なくともここ1週間どうするかが明確になった。
この意味では非常に効率的だった1日。えっへん。

その後は荷物の整理をした。ビデオがたくさんあるけど古く
画質の悪いものは惜しいが捨てることにした。でも1日では
とても整理できない量のビデオが部屋にあるだよなぁ。知っ
ている人は知ってると思うけど。でも今回は全てを持っていく
ことが出来ないので、出来るだけ整理しようと心に誓う。

さてさて明日は何をしようかな。



2004年07月22日(木) アパート探し

予想通り時差ぼけで朝早くに起きてしまった。

今日は一日中引越し先のアパート探し。日本で
電話で入れておいて待っておいてもらったつもりだ
ったが、そこはうまったのこと。仕方なく他をあたる。

良さそうな所をしらみつぶしに電話をかけるが、全く
でもって空いていない。聞くところによると何かの
用事でArmyが大量に押し寄せてきて、アパートの空きを
埋めてしまっているとのこと。これも何か戦争に関係
してるんだろうか?

10以上かけた。ようやく一つ空きを見つけるも一度そこ
のオフィスを訪ね、物件を一緒に見ないと貸せないと言う。
だったらWebで住居人を求めるなよ。

困ったことに今日の成果は全くなし。一人部屋は今の所
満杯らしい。果たしてどうなることやら。友達からもら
ったメイルでルームメイトを募集している情報を得たの
でそれに応募したが、やっぱり一人で住みたいし。

そもそも学校からもまだ何も正式な通達着てないんだよね。
おれは本当に7月末にそこに移れるんだろうかと不安に
なった今日この頃。



2004年07月21日(水) 休暇を堪能してコネティカットに戻る

まずは無事コネティカットに戻ってきました。フライトその
ものは順調で、今回も予定より30分ほど早く着きました。
入国審査も今までよく使ったヒューストンとは雲泥の差。
それなりに人がいてそれほど行列を作ることもなく、また
学生だからという理由だけで別室に連れて行かれることも
なく、30分ほどで通過出来ました。ただ単にニューアークを
利用する人が少ないのかも知れないけど、逆に言えば穴場
かも。

そうそう指紋と顔写真も取らされた。左手と右手の人差し指
を両方撮られた。あんまり気持ちのいいものではない。

その後バスでマンハッタンに出て従兄弟と会った後、Metro
Northに乗ってニューヘブンまで戻った。さすがにこの時間
になるとそれほど混んでなく、乗ってくる通勤のサラリー
マンは遅い食事とばかり車内でサンドイッチやサラダを
ほおばっていた。これは日本の東海道線辺りの風景と変わら
ない。ビール瓶片手に乗ってくる人もいたし。

ニューヘブンについてからは市バスに乗った。本来なら
自分の停留所までの路線はすでに夜遅くて終了したらしく
(それでも夜の10時前だけど)、下りたい停留所の手間で
降りなくてはいけないようだったが、優しいバスの運ちゃん
が少し遠回りをして目的の停留所の近くまで行って降ろして
くれた。これには感謝。

明日からやること山積みだけど、今日はもう寝ることにします。



2004年07月20日(火) 東京は39.5℃まであがったって!

実質日本滞在最後の日は地元で友人に会った。近いとは
言え地元の駅まで出てきてもらい、有難かった。

それにしても今日の東京は暑い。39.5℃まであがった
とか。このビルに囲まれた中でのこの温度はやばい。
外に出た瞬間「むーん」という重い空気が感じ取れた。
友人から「ミシシッピと比べてどう?」と聞かれたが、
感覚的に東京のが暑い気がする。ちなみにそれでも
友人はスーツを着て、ジャケットも羽織っていた。

サラリーマンの鏡である。

こんな時なのか食事もスパイスが効いたものばかりを
食べた。昼はインド料理、夜はタイ料理。日本滞在最後
の日に亜細亜料理はよかったと思う。

そうそう今度移る所でアパートを探しているが、中々
空かないようだ。どうしましょ。



2004年07月19日(月) 一番変わった街

今日は品川で友人と待ち合わせをした。品川駅の港南口は
以前勤めていた会社方面の出口なので、何度となく利用し
ていたが、今回そこに行って変わりようにびっくり。昔の
面影は全くなく、見事なオフィス街になっていた。新幹線
が停まるようになったのは知っていたが、これほどの建物
が建っていたのは知らなかった。休日でもカップルがたく
さんきてるし。

その後カメラ屋さんでDVDを買う。去年帰国時に見ること
が出来なかった「踊る大走査線」の映画版パート2だ。
家で早速みた。いかりや長さんが元気に出演していた。
でもこのときもガンを患っていたと思うと、見ようによ
っては痛々しい。内容はリアル感はなくいつもの青島節が
出ていたが、楽しむと言う意味では楽しめたと思う。

日本滞在あと1日。



2004年07月18日(日) じゃんがらラーメン食べました

今日は今滞在2度目の銀座。四国から友達がわざわざ出てきて
くれた。彼とは予備校時代に知り合ったからかれこれ15年の
付き合い。まめに連絡をとりあっているわけではないが節目
節目には不思議と会って話す仲である。

自分の境遇を嘆くこともあれば、相手の話をじっくり聞くこ
ともある。今回は相手の番だった。中々大変らしい。留学な
んてことをしていると自分だけが特別苦労していると勘違い
しがちだが、日本の社会で働きつづけることはもっと大変と
いうことをあらためて実感した。

こんな時に高校の先生の言葉を思い出した。本当かどうか
わからないが、Schoolの語源はスコラ、つまり暇だと言う
こと。学生は勉強が大変といっても働くよりは楽なはずだか
ら、それを心得てがんばれ、と言うこと。かなり飛躍がある
とはいえ、遠からず近からずであろう。たまに思い出すと
身にしみる言葉であーる。

ちなみに待望のじゅんがらラーメンを食べた。いつもながら
おいしかった。ちなみに友達も初じゃんがらだったが、気に
入ってくれたようだった。

実質残り2日、やり残すことがないようにしないと。



2004年07月17日(土) ギャル男との遭遇

今晩は渋谷で友人とご飯を食べた。学生時代に何度も通った
カプリチョーザに行ったのだが、味が落ちたという友人の
指摘の通りあまりはやっておらず、7時という一番忙しい
時間帯だったのにすぐにお店に入れた。落ち目なのかなぁ。

メニューも見てびっくり。昔パスタは大皿だけだったが
今は小さいのと大きいのがある。1人の客も受け入れるため
か。味も、、、言われたせいか違う感じ。相変わらずにん
にくは効いていたけど。

それでもお値段の安さは健在だった。

さて渋谷で待ち合わせた理由はぼくがギャル男をみたかった
から。どこで見たかは忘れたけど、日本には今ギャル男なる
ものが存在し、闊歩しているという。うーん、是非観てみた
い。

友人から情報を仕入れる。渋谷で見かけた、という情報が
多い。ならば渋谷にでかけて見るしかないと思い、友人に
お願いして渋谷で会うことになった次第。

渋谷駅を下り、余り歩くことのないセンタ−街を歩く。人
が多いのは相変わらず。でもギャル男はいない。どこに
いるんだーと思う。友人に言わせると昔のガン黒ギャル
ほどは生息してないと言う。大流行ではないらしい。

会えないのかなぁと話していると友人が「ほら左!」と
言ってくれて左を向くと、、、いたーーーーーーーー。
顔が真っ黒で白い謎の化粧というか、落書きを顔にした
男2人。なかなか面白い。でも凝視出来るほどは見れず、
すぐに通り過ぎてしまった。残念、と思うも見れたんだ
からヨシとしなければ。

ちなみに周りは茶パツの女の子が何人かいた。なので男
だけで浮いているわけでなく、それが好きな女の子もいる
らしい。この辺は昔のガン黒と違うな。

いい社会科見学でした。



2004年07月16日(金) 焼肉→軽い飲みコース

今日は夕方から友人と会うために麻布十番へ。昔こんな駅
なかったなぁと思うけど、今はあるらしい。地下鉄は少し
ずつ延長したり、新線が出来たり、自分が日本にいないう
ちにいくつかの線が完成して便利になっている。勉強のた
めに駅で路線図をもらった。

夕飯は焼肉を食べた。3人でいろいろなものを注文し、最後
は希望の冷麺も食べることが出来た。お肉も日本のが柔らか
くておいしいなぁと思った。でお値段も思ったよりはるかに
安く大満足。この店はまた機会があれば来てみたい。

その後ぼくのリクエストにより六本木ヒルズへ社会科見学。
去年前を通ったが、今回は中に入ってみた。金曜の夜だけ
にたくさんの人。でも中は複雑で友人が案内してくれなか
ったら迷子になっていた気がした。でもいたる所できれい
な風景が多く「でぇと」にはうってつけだろう。ただ事故
が起きた回転ドアは使用禁止で入れないようになっていた。
思わず合掌。

しばらく六本木ヒルズ内のBarで過ごした。照明を落とした
落ち着いた雰囲気のお店だった。途中、ジャズの生演奏も
始まり、またカウチの座り心地もよく寝そうになった。こ
んな所はアメリカではなかなか行けないだろうなぁって
思った。稼ぎがなきゃねぇ。

ちなみにお値段も大人のそれだった。もっともそれだけの
価値はあるところだとは思うけど。



2004年07月15日(木) 日光へ

今日は日光へ山歩き。東武電車に乗って日光駅に行き、
そこから湯元までバス。このバスに駅から1時間半ほど
乗ったからなかなかの距離だ。実際、湯元では奥日光
という表示になっていた。

湯元は本当に温泉の元で硫黄の臭いが立ちめく所を
横切って山に入った。しばらく急な登りが続き、早速
疲れが出た。ようやく山の中腹まで行き、何とか峠を
すぎるとほとんど平らになった。これで少し元気が出る。

少し歩くと刈込湖、切込湖に出る。刈込湖では早めの
昼食をとった。来る前に買ったお弁当だが、なかなか
おいしい。どちらの湖も水が青というより澄んだ緑色
できれいだった。魚もたくさんいた。

その後山の中をしばらく歩くと、今度は涸沼に出た。
漢字の通り涸れた(枯れた)沼で、しかも案内による
と鹿が食べたせいで草もなくなっていた。それでも
久しぶりに開けた所で景色がよく、楽しめた。

そこからまた急な登りになり、体力を奪われる。途中
2回休むことに。こういうとき水を持ってきて本当に
よかったと思う。何より水がおいしい。その後また
少し歩くとまた峠につき、そこからまた平ら、もしく
は下りの道となった。それから1時間ほど歩いただろ
うか、最終目的地の光徳牧場についた。そこではお約束
の牛乳とソフトクリームを食べた。何度味わってもこれ
はおいしいんだな。

後はそこからバスに乗り、東武日光駅経由で家に帰った。
たかだか親の山歩きと思っていたが、何気に疲れた。
家に帰るとぐったりだった。自分の方が運動不足なのか
も知れない。



2004年07月14日(水) 大リーグ中継はNHK地上波?

夕方こそ出かけたものの、今日は帰国してから一番ゆっくり
出来た1日だった。外も昨日とうって変わって涼しく、過ご
し易かった。

朝はお約束のごとくMLBのオールスターゲームを見た。最初
いつもの衛星第一にチャンネルを合わせてもでやっていない
のでもしかして中継録画?と思ったが、よくよく調べたら
地上波、しかもNHKでの放映だった。地上波で放映するほど
需要が高いコンテンツなのかとびっくりした。しかも1回の
表から9回の裏まで、最後ほんのちょっと切れたのを除き
全てが放映された。恐るべし大リーグ人気。

その後は依頼されたOB会のHPを作成。すっかり手抜きを
覚えた自分はネットでテンプレートを探し、ちょこちょこ
とスタイルを変えて(もちろんこの変更は許可されている)
ぱっぱっと雛型を作成した。そして自分が使っていて快適
と思われる無料のレンタルサーバにまた一つアカウントを
申請し、データをアップロード。フレームを使ったため
いたるところに広告が出て、その対応に手間がかかったが
どうにか体裁を整えた。中身はまだないけど、これで下地
は作れたでしょう。

明日はまた日光へお散歩に行きます。



2004年07月13日(火) オフィス街できれいなOLさん見学

友人と会いに有楽町にでかけたのだが、梅雨も明け異常に
暑かった。後から知ったのだが、今日は東京で36.1℃まで
上がったらしい。華氏で97F。これならミシシッピでも暑
いと言うよな。

有楽町では社会人ウォッチング。みんな暑そう。5年前まで
自分も同様にネクタイ締めて、ジャケット羽織って客先を
回っていたのにすっかり他人モード。もうあういう姿には
戻れないよなと痛感する。

また一つ気づいたことだが、このくそ暑い中でもどこも
冷房は控えめ。はっきり言って電車に乗っても涼しくない。
アメリカのがんがんに冷えた(冷えすぎた)冷房に慣れて
しまったのか、日本の電車やビルの冷房は生ぬるく感じる。
山手線なんか2分おきにドアが開いて外に空気が漏れるんだ
からもっと低めに温度設定してくれと思う。もちろん環境
に優しくというのはわかるが、あれだったらつけなくて窓
を全開にした方が涼しいんじゃないかとすら思うから。

ちなみに友人が連れて行ってくれて初めて丸ビルに行った。
ただのオフィスビルだった。スタバで話をしたが、昼間か
らサラリーマン、特に営業らしく人で溢れていた。暑くて
仕事なんてしてられないんだろう。ぐたーっとしていた。

みなさんおつかれさま。



2004年07月12日(月) テレビを観て感じたこと

今日も親戚で集まって昼食会。日本に帰ると何気に公の行事
が多い自分。。。それ以外は毎日でかけているので、のんび
り家で休むことに。

今日も30度を越えたらしいが、テレビでも言っていた様に
35℃の気温に慣れてしまったせいか幾分過ごし易く感じた。
風が程よく吹いていたこともよかったと思うけど。

テレビを見ていて気づいたこと。今日本では以前拉致された
曽我さんがその家族とのインドネシアでの対面が盛んに放映
されている。そのため彼女の夫、娘が何度もブラウン管(
これってそのうち「液晶」とか「プラズマ」と言う言葉に
変わっていくのだろうか?)に移る。観れば観るほど思うの
だが夫のジェンキンスさんは故、宮路社長に、2女ブリンダ
さんは伊藤みどりに似ていると思う。

どなたかご賛同いただけるだろうか?



2004年07月11日(日) 今日は四谷

今日は大学時の友人と会いに四谷へ。でも早く行き過ぎて
お店があまり開いてなかった。仕方なく天狗へ。でも金銭
的に自分にとってここでよかったかも。

今日気づいたこと。今まで当たり前と思っていたけど、
日本の電車のつり革広告はすごいなと思った。あれだけ
読んでれば世の中の動向がわかってしまう。インター
ネットもかなりの情報源だが、通勤通学中に仕方なく目に
入るあの広告は読まざるを得なく、インパクトも強い。

他の国の列車であれほどいろいろとぶらさげている所は
あるのかと興味を持った。知っている方がいたら教えて
下さい。



2004年07月10日(土) たくさんのお魚を目にして

ログ解析を見ると引越しを済ませ閉鎖を待つばかりの自分
の昔のHPからのアクセスが未だに見受けられる。このURL
はもうすぐ有効でなくなるよ、と思うも新しいHPに昔の
HPのコンテンツを全て移行していないのも事実。早くやれ
と言われそうだけど、日本滞在中は勘弁して下さい。

今日は親戚と会って、ご飯をご馳走になった。池袋の大きな
デパートの上で食事したのだが、ここのデパート、確か敷地
面積で日本一のはずで確かにでかい。食事後、地下に行って
食料品売り場に行ったのだが、いろいろな魚に遭遇して
びっくりした。他の食材も含めて日本は物があって豊かだなぁ
と思う。別に魚があるから、というわけではなく肉をとって
見てもいろいろなカットの仕方あり、種類ありで見ているだ
けで飽きなかった。展示の仕方もあるんだろうけど、すごく
食欲に駆られた。アメリカのスーパーはでかい、という
イメージがあったけど、日本の物量には到底適わない気がする。

アメリカでWalmartが価格破壊を推進するのはいいが、一方で
安くて質の悪いものに人々を慣れてさせている気がする。アメ
リカの田舎では質の悪いものばかりが陳列されていて購買欲
そのものを失うが、一方でいいものを見る目も失っているん
じゃないかと少し心配になった。それ以上に金がないから仕方
ないと言えば仕方ないんだけど。



2004年07月09日(金) 地下鉄での話

家にいると自分だけの空間があるはずになく、従ってネットに
接続する時間が短くなる。そもそも折角日本にいるんだから
ネットサーフなんてしてないで、違うことで時間を使うこと
は正しいことだろうが。

今日は友人に会いに恵比寿に行った。別に恵比寿で変わった
ことはない。久しぶりにガーデンプレイスを見た。人がたく
さんだった。こんなことはどうでもいい。

自分の家からだと恵比寿へは日比谷線で一本である。なので
日比谷線に乗ってそこへ向かった。ここで誰かのHPに書いて
あったことだが、自分にとっても奇妙な光景に遭遇した。
電車に乗って椅子に座るや下を向いて何やら携帯を操作して
いるのだ。見事に片手でぴこぴこやる。メイルでも打っている
のか、ゲームでもしているのか。でもこれを見慣れていない
自分にとってこれはすごく不思議な風景である。若い人ばかり
でなく年配の方、学生、OL、サラリーマン問わず見られた。
まるで取り付かれたように操作して、目的の駅で慌てて下り
たりする。ある意味すごいと思う。

因みに現在の日本人を揶揄しているわけではない。途中広尾
や六本木を通るのでそこで外国人の方々にも遭遇したが、
同様にやっている人を見かけたから。

日本における文化なのかなぁと思う。これが地下鉄でなく
地上を走る電車の中だったらもっとこういう人が多いのかも
知れない。うーん。



2004年07月08日(木) 日本のパソコンとネット事情

7日の話は長くなるので、明日以降に書こうかなぁと。

今日は時差ぼけで、ぼけぼけ。なんとなく起きていた感じ。
歳をとるにつれ時差ぼけがきつくなる気がするが、これって
生理的に証明されていることなんだろうか?時差ぼけを直す
仕組み(感覚)が衰えるとか。

実家のパソコンが5年落ち以上になり、買い替えを検討すべ
く電化製品屋さんへ。親からテレビ見れてそれを録画出来
て、DVDの企画も全て対応出来て、なんたらかんたらと言わ
れそんなものあんのかと思っていったが、行って見てあるある。

それ以上にびっくりしたのが液晶画面のきれいさ。自分のPC
とも大違い。これならTVをこれらのモニターで見ていても
疲れずにいられるというもんだ。5年前まではコンピュータを
売っていたのに、最近のテクノロジーはよくわからん。パンフ
もらっても意味不明で、結局家でネットで調べまくった。

ネットといえば、実家では今一番遅い8MのADSLが入っている
がアメリカでの電話による接続と比べると、天と地の違い。
滅茶苦茶早くて快適。これで50Mや光とかを導入したらどう
なってしまうんだろう。想像もつかん。

この点ってアメリカは完全に日本に水をあけられているよなぁ。



2004年07月06日(火) 日本へ移動

日本に無事帰国しました。アメリカから日本に戻って来ると
飛行機の中にずっといていつの間にその日どころか、時差の
ために次の日まで終わってしまうので、あれ6日はどこに
行った?と言う感じです。(今はすでに7日深夜だし)

ちょっとしたハプニングがあって、空港まではリムジンバス
を利用して行きました。お金を多く払った分、一回乗ったら
空港まで直行だったので楽なことは楽。心配したNYC付近の
渋滞もひどくなく、ほぼ定刻に空港に着きました。それに
しても渋滞で悪評高いジョージワシントンブリッジを渡る
とは思わなかった。

空港でのチェックインも思ったほど混んでなく、X線での
検査もすごく空いてて表し抜け。大慌てする必要なんかな
かった。

飛行機も定刻に出発し、それほど揺れることなく成田に到着。
狭い所でじっとしているのは嫌だけど、それでも13時間で
着いてしまうなんで近いなぁと思ってしまう。なんか長時間
の車の運転に慣れてしまったせいか、自分で運転しないで
寝たいときに寝れる移動は楽に感じた。

しかし、東京は今日暑い。外に出ただけでムーっとしたが
それもそのはず今年最高の35℃だったらしい。しかも木々
がなく舗装した道路ばかりだから余計に暑く感じた。

さて2週間の滞在はどうしようかな。

P.S. 実は飛行機内では自分の席のすぐ近くでちょっとした
ハプニングがあり、それは明日の日記に書くことにします。



2004年07月05日(月) ランドリーでの本の交換

明日が早いので今日は早めの日記をつけるとする。

朝起きてテレビをつけた。すると再放送なのか昨日見逃した
ホットドッグの早食い競争が放映されていた。よくもまぁ
12分に53個半食べたこと。終わったとあるアメリカ人が
インタビューされ、どうやったらベルトをアメリカに戻せる
かなどの質問にまじめに答えていた。こっちからするとそん
な身体がでかいのに何故食べられないか不思議である。

午後は洗濯をした。このアパートは地下にランドリーがあり
そこまで洗濯物を持っていくのだが、そこにはそれなりの
空間とテーブル、椅子があり時間をつぶそうと思えばそこで
時間をつぶすことが出来る。特に本棚にはみな要らなくなっ
たけれど捨てるのが惜しいものを置いていくようで、本の
交換の場所になっていたりする。

そんな所に先週自分は本を一冊置いた。日本式の指圧の本で
あった。物は古いものの英語で書かれていたので、もしかした
ら興味がある人が持っていってくれるかなと思っていた。そ
れで今日、確認してみると、ない。よかった誰かが持って
いってくれたようだ。

もしコネティカットに来て腕のいい指圧師に会ったら、是非
聞いてみて欲しい。「昔、アパートで本を拾わなかったか?」
と。



2004年07月04日(日) 2004年7月4日、NYCにて

CTに帰る前にやろうとしていたこと2つ。6日に使う予定で
あるマンハッタンからニューアーク空港へ行くためのバス
の発着所、及び日本で食べられなくなった吉野屋の牛丼を
食べることであった。

42St.で電車を下りて吉野家に向かったが、開店は9時と
いうことでまだ閉まっていた。仕方なくPort Authority
へ行ってバスの発着所を確認に。インフォメーションで
バスのチケット売り場を聞き、その場所を探すとすぐに
見つかった。パンフレットがおいてあり、その中から
実際乗りたい場所であるグランドセントラル駅周辺の
発着所を確認することが出来た。おまけにそこには
スケジュール表もあり、朝早い便もちゃんとあることも
確認出来た。これで一安心。

9時をすぎたので吉野屋に戻る。あれっ、閉まっている。
全く準備している様子はない。仕方ないので他の店で
朝食を食べることにする。あれっほとんど閉まってる。
何でだ?

よくよく考えると今日は7月4日、独立記念日だった。実際
は何もなかったと思うが、テロの可能性が高い日だった。
どうりでどこも開いてないわけだ。確かに車の通りもすご
く少なく、タクシーも暇そうだ。(実際道を歩いていたら
タクシーの運ちゃんに「乗らないか?」誘われた。でも
ナンパじゃないよな、これ)どうにかスタバだけは開いて
ので、そこでコーヒーとベーグルを買ってコネティカット
に帰る電車に乗り込んだ。ちなみにグランドセントラル駅
の構内もいつもよりたくさんの警官に迷彩塗装の服を来た
特殊警察なのか軍なのかごつい人も見かけた。

家に帰ってネットを見るとコーニーアイランドでホット
ドッグ早食い選手権が行われていたようだった。日本の
小林君が1自らの世界新記録を更新する53個を食べて優勝
したとこのこと。しまった、これはやっていたらしい。
見にいくべきだった。



2004年07月03日(土) 今年2度目のNYCへ

電車を使ってNYCに行ってきた。今回は高校のときの友人と
会うためと、約束していたPCを従兄弟に渡すため。結構
近いのに用事を作らないと行かないのは、今更NYCにそれ程
行きたいとは思っていないのかと思ってしまう。ただ単に
金がないといえばそれまでだけど。

この高校の時の友人と会うのは実に15年ぶりである。何と
高校卒業以来会っていなかった。ある時ふと彼がぼくのHP
を見つけて、連絡がとれるようになった。HPも作ってみる
もんである。

カフェで軽い昼食をとった後、ローワーイーストサイドへ。
ハーバーみたいな所で彼らがミュージカルのチケットを
買った後、ハーバー見たいな所でお店を回ったり、大道芸
を見たり、ぼんやり湾を見たりした。その後911の後初めて
グランドゼロに行ってみた。まだ下の慣らしをしてる状態
でそこにはまだ建物がない。隣のビルも途中の階から建築
途中だったりして、まだ傷跡ははっきりと残っていた。で
も日本でありがちな花束とかは置いてなかったな。

その後は従兄弟と会い、夕食後、インターネット関係の
インストール作業。電話線でソフトのダウンロードとか
したため、すごく時間がかかった。それでも安全性を高め
て動かせるよう設定をし終了。その後はPC初めての従兄弟
に最低限PCを使ってメイル、HP閲覧が出来るようにした。

でも全てを終えたのは次の日だった。なのでこの続きは
また明日。



2004年07月02日(金) ここからニューアークへの行き方を考える

日本への1時帰国はハートフォードからの乗り継ぎ便がとれ
なくて、NJのニューアーク空港から成田直行で帰ることに
なったのだが、はてどうやってニューアークに行ったらい
いかわからない。

もちろん行き方は何通りもあるのだが、朝11時10分発で
3時間前に来て下さいとのこと。この3時間前を厳密に守る
必要は全くないのだが出発が連休明けの火曜日。この辺り
からNYC方面の朝のラッシュはすごいと思うので遅れる
可能性のある交通手段は出来るだけ避けたい。

一番簡単なのはニューヘヴンからリムジンバスだが一番
早い便で空港に着くのが朝8時50分。ちょっと遅れたら
出発2時間前にもつかない。自分の車で朝早く出て空港
で時間をつぶすかとも思ったけど、ニューオリンズと
違ってニューアークの空港の周りの駐車場はどこも高く
断念(一番安くても150ドル以上かかる。)ならば前の
日に出て空港の周りで一泊するかとも思ったけど、駐車場
と同じでこの辺りのホテルは高い。Days Innであの値段は
驚いた。

結局すごく早朝に出て電車に乗り、グラセンからシャトル
バスに乗ることにした。電車内が多少混んでもNYCまで
は確実にいけるはずだし、一番安いし。

うーん、火曜日は早起きだ。

P.S.
っていいながら明日NYCまで友人に会いに行ってきます。
もちろん電車で、です。



2004年07月01日(木) 図書館考察

今日は車の州税を支払いにTown Hallへ。いつも通りすぎて
いるだけだったので、初めて中に入った。まずは税金を
収める前に税金の内容の確認。支払うのが2003年度分なのか
2004年度分なのかを聞くと2003年度分らしい。しかし何故か
この税金の年度始めが10月で締めが9月。7月末にいなくなる
けどそれでも満額支払わないといけないの?と聞くとそれな
ら減額になるから州を出た後届け出てくれ、それからあらた
めて徴収額を郵送するからと言う。聞いておいてよかった。

でもこういうことって必ず書いてないか、書いてあったも
小さい時で端っこの方に書いてあるよなぁ。聞かない奴が
損、みたいな。

その後すぐ横にあった図書館に。最近気づいたのだがこの
周辺は本当に図書館が多い。車で15分の圏内に公営の図書館
が3つ、さらに大学(Yale、Quinnipiac、Southern CT)
の図書館を入れると合計で6つにある。この辺りの人のおつむ
がいいからこうなったのか、これだけ図書館があるからおつ
むがよくなったのか。

因みに自分の地元の図書館みたいに宿がない人が涼みに
来ていることはない。親子やお年寄りの方々がのんびり
時間をすごしに来ていたのが多かったと思う。

お金を持ちたい人は勉強するべし、って感じなのかな。


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