留学先での独り言

2004年06月30日(水) いい人だなぁ

事務手続きのことで学校側に問い合わせたことがあった。
電話して質問したのは先週の月曜日。即答できないので
こちらから電話すると言われて切ったが、2日経っても
電話がないので先週の水曜日に電話し直す。答えは同じ
自分では判断出来ず、解答をもらってないと。

それならそれで電話してこいよ、と思いつつ「じゃ分かり
次第すぐに連絡下さい。」と言うと「明日から私週末休み
とるから結果は早くて来週の火曜日になるけどいい?」
といわれる。結構頭に来て「すぐにでも必要だって言った
でしょ?」と言うと「えっいつ必要なの?」と言われ同じ
話を繰り返す。その時点で3度目だった。結局どうにもな
らないようなので「じゃ火曜日に答えでなくてもいいか
ら経過の報告して下さい。」と頼みOKをもらう。それが
先週の話。

で今週火曜日1日中待っても電話来ない。仕方なしに終業
前に電話すると既に留守録。ふざけんなよ、と思う次の日
に電話くれと伝言を残す。

そして今日の午前中、電話なし。午後に怒りの電話をいれ
る。やっと相手が出ると謝罪なしに「事務手続きできる
わよ。」その前に電話してこいよ、と思うも思わぬ結果に
(実は無理なお願いかな、と思っていた)「じゃすぐ行き
ます」という返事のみ。すぐに学校に向かってその人に会う。

本当にお願いした事務処理をしてくれた。通らない話だと
思っていたから、意外で有難かった。結果嫌味を言うのを
忘れて(だめだな、俺)彼女のオフィスを出てきてしまった。
おれってお人好し。

そんなわけで後ですぐにチケットも取って急遽7/6に一時
帰国することにしました。今回の滞在は2週間弱で短いけど、
気分転換してこようと思ってます。



2004年06月29日(火) 留学先の治安状況

昨日の話の続きだが、今朝エレベータの中で同じアパート
の住民とちょっとした会話をした。その中で気候の話に
なり、そのおばあちゃんも「この辺りだと6月の気候が
一番いいね」と発言。自分もそう思ったと話すと頷いて
いた。

今日は自分の昔のHPを再編集して、いくつか工事中の所
があるものの大方終わった。これで自分の心の中に決め
ていた公開日、7月1日に間に合いそうだ。どうでもいい
こととは言え自分にとってはうれしいこと。

その自分のHPの再編集をしていて気が付いたことが一つ。
住んでいる地域の犯罪率などを調べていたのだが、何だ
かんだ言われても日本の犯罪率はアメリカのそれと比べ
未だにけた違いに低いということ。ミシシッピがよろ
しくないことがわかるが、金持ちの白人が多く暮らし
安全に思える現在の場所コネティカットでも、東京と
比べたら犯罪率は一桁多かった。日本が変わってきたと
いわれて久しいがそれでも他よりずっとましなんだから、
他の国はいかに危険だかよくわかる。

たまにいただくメイルの中で「治安がいい所に留学し
たいのですが、○○は安全ですか?」と聞かれるがこれ
からはどんな街でも「日本と比べたらはるかに危険です」
と答えることにしよう。



2004年06月28日(月) 1年で1番いい季節から哲学的思考

アメリカ南部の人には悪いが、6月はコネティカットにとって
1年で一番いい季節かも知れない。今まで何度と書いてきたが
寒すぎず暑すぎず、朝晩は適度に涼しくなり快適である。今日
も外に走りに行ったが、走り終わっても湿気で呼吸しずらい
わけでもない、暑くてやる気がうせるわけでもない、ととても
爽快感で一杯となる。緑がきれいで、森林浴とはこういうこと
なのかなぁと思わせてくれる。

それでもあの雪に囲まれた冬はきつかったなぁ。それに耐え
ないとこれを迎えられないのはつらい。

さて今日も片付けをいろいろした。ようやく本棚がすべて片付
き、友人に早速本棚をあげにいった。友人は大変喜んでくれた
けど、その後ぼくはいやーなことに遭遇した。初めて行った
アパートに車を止めたんだけど、止めたところにはガラスの
破片がたくさんあって、自分の車のタイヤは思いっきり踏んで
いた。人にいいことしたんだから、自分のタイヤをパンクさせ
るなんてひどい仕打ちしないでよねー、神様。

因みにぼくは幼稚園と大学でキリスト教系の学校だったが有神
論者ではない。理系だからって言うわけではないけど世の中の
理を勉強してると天地創造とかをしたUniversalな神は存在する
と思うけどね。

そうでなければ世の中の理(=自然)がこれほどまでにシンプル
で美しく機能的に説明出来るはずがない。これこそゲイジュツ
だよなぁと思う。凡人にとってはそれを追うことしか出来ないけど、
それだけで感動すら覚えるんだから。



2004年06月27日(日) ウイルスソフトを入れて常駐させよう

ここ3日ぐらいやけにウイルス付きのメイルが多く届く。
Netskyというのが大流行でその量は今までと比べて半端なく
多い。そのためメイルを受信するときはウイルススキャン
が大活躍。ひどいときは半分ぐらいがウイルスメイルだ。

みんな頼むからみんなウイルススキャンソフトを入れて
ネットに接続したらウイルスデータが自動更新になるよう
に設定してくれ。それと1ヶ月に1回はWindows Update
やって自分のPCのセキュリティを高めてくれ。

さて今日は日曜日。いつものように午前中は洗濯する。
午後に入ってまた荷物の整理。今日は一つ元々拾ってきた
家具を捨てた。部屋の隅に少しずつ段ボールの箱が積み
上がってきた。

引越しの際にやることは捨てられるものは思い切って
捨てること。今回も実践してる。とっておこうかな?と
思うものもここ1年とっておいて使わなかったら余程の
ことがない限り捨てる。それにしても荷物が増えた。
渡米してきた時はスーツケースと大きなバッグ一つだ
けで来たのに。

夕方久しぶりにオリエンタルマーケットに行く。肉まん
を買ったが25セントあがっていた。なんかおかしが食べ
たかったのでかっぱえびせんを買ってみる。でも表示が
韓国語でどこにもかっぱえびせんとは書いてないんだけ
ど、味はかっぱえびせんでした。おいしぃ。



2004年06月26日(土) 情報流失疑惑

今野球のカレッジワールドシリーズを見ながらこの日記を書い
ている。今年の決勝はテキサス大とカルフォルニア州立の
フラトン校で前者は過去5回、後者は過去3回大学チャンピオン
になったことがある名門だ。野球は今年super regional辺り
からちょこちょこ見てるが、金属バット使用のせいか打撃戦
が多い。だから何点とっても安心出来ず、それなりにはらはら
して面白い。

ただトレーナーの立場から見れば、チームが強いことはいい
けどここまでシーズンが長引くのは嫌だなぁと思う。7月は
もう目の前じゃん。

昨日の話で続きが。いろいろと調べていると、トロイの木馬
というかバックドアなるファイルがあった痕跡が見つかった。
これはネットワークに接続している時、自分の情報や通信
記録がもろに筒抜けだったことを示している。

このPC実は以前調子が悪くなって一度OSを全て入れ替えたの
だが(この時日本語Win95から英語Win98にした)、それ以来
自宅でネットには接続おらず、学校の図書館でLANに繋いで
調べものをするときだけに使っていた。つまりこのPCでは学術
目的のサイトしかうろちょろしておらず、そのサイトは家の
PCでも訪問していた。しかしそのウイルスファイルの痕跡は
家のPCでは見つからず、図書館に持っていっていたPCのみで
見つかった。

学校のLANに入るときスクリプトが流れるのは知っていた。
ネットワークに繋ぐとこの学校のセキュリティポリシーとして
企業版のノートンアンチウイルスが自動的にインストールされ
るのでそのウイルス更新データかと勝手に思い込んでいた。
(ちなみに家のPCには消費者版ノートンのアンチウイルスが
入っている。)しかし上の事実を鑑みると、これらのソフトを
一緒に流し込んで学生一人一人のウェブ閲覧状況を全て監視し
てたのではないかと勘ぐってしまう。もしそうだったら嫌らし
いし、ネット接続のID申請の時にこのような説明文を読まされ
ていなければ署名もしてないから法的に問題があるのでは?
と思ってしまう。

事実このPCから企業版ノートンをアンインストールした時で
もスイッチを入れてからしばらく「ファイルを更新中」という
スクリプトが出て中々立ち上がらなかったが、スタートアップ
から問題のexeファイルをwindows起動時に立ち上げないよう
にレジストリを変えたら、そのスクリプトは消え起動も早く
なった。うーん、ますます怪しい。

これ以上調べる手段を知らないのであくまでも推測の域を越え
ないが、もし学校側がそういうことをしてるのならせめて事前
に学校のネットワーク接続の際にはこんな情報を学校側に渡し
ますよ、と警告しておいてくれればと思う。無断でやられるの
は気分が悪い。

P.S. 17日の日記を更新しました。



2004年06月25日(金) パソコンいじり

やってもうた、と言った感じの1日であった。何をやったのか?
ずぅーとPCをいじっていた。昼過ぎからいじくってて夕飯を
食べることも忘れ気づいたら夜の11時。当たり前だが周りは
すっかり暗くなっていた。

やっていた作業はというと、古いPCを活用するためOSの再イン
ストール。このPC、昔のなのでCDROMドライブがついてないから
FDからDOSで立ち上げて無理やりネットワークに繋いで他のPCの
リソースを利用してOSをインスト−ルしようという試みが必要で
あった。

でも久しくDOSをいじっておらず、参考にSCSI経由のCDROMドラ
イブをDOSで認識させた時のautoexec.batやconfig.sysの
ファイルも見当たらなくてすごく時間がかかった。いくつかweb
サイトを周りインストール例を見たが、同じやり方をしているの
に自分のLANカードのドライバをDOSのブートディスクが何度やっ
ても認識出来ない。ドライバだってその会社のサイトからダウン
ロードしたのに。

結局解決出来ず、この件今日はあきらめた。

しかしもう一つの問題は解決した。そのPCは元々日本語用だった
が、こっちに来て英語版のWindows 98をインストールした。
ドライバなどは英語用のものを入れたので機能的には全く問題
ないが、キーボードだけは別だった。日本語のままでいくつか
のキーが英語版と違うのだ。これは何気に不便だった。

この解決法についてはずばり書いてあるサイトを見つけることが
出来、その通りにやったら見事1回で英語版OSを日本語キーボード
で操れるようになった。これで~(チルダ)や:(コロン)を
探さなくてよくなった。うーん、快適。因みにもちろん日本語
も打てます。

今のPCというかOSは元々複数言語対応だからこんな苦労はいらな
いんだよなぁと思いつつ、7年前のPCだってまだまだ使えるぞと
がんばってみました。ということで自分自身にお疲れ様。



2004年06月24日(木) アメリカのごみ事情

7月末には現在の部屋を出るので、少しずつだが段ボールに
物を片付け始めることにした。そもそも段ボールがないの
でWalmartに行ってもらおうとしたが、リサイクルをして
いるのであげられないと言う。それなら仕方ないのだが、
本当にやってんのか?とちょっと疑ってしまった。

ミシシッピでは理解出来るが、ここコネティカットでも
ごみを分別する必要がない。唯一アルミ缶やペットボトル
を回収してるが、これは借り賃を既に5セント払っているの
で消費者はそれを取り返すためにお店に持っていくだけ。
お店側も恐らく環境に関心があるのではなく、ただ州で
決められているからやってだけ。その証拠に自分のお店で
売ってないアルミ缶などは受け付けない。どこで買ったか
覚えておらず(そこで買っても何故かバーコードではじか
れて回収してもらえない場合も多々ある)5セントいらない
からリサイクル出来ないかと思って回収箱を探すも、ない。
で仕方なくごみ箱行きとなってしまうのが現状だ。

結局Stop&Shopという別のスーパーでは2つだけど段ボールを
くれた。それを持ち帰って少しずつ整理をし始めた。そうし
ていくつかごみが出たのでまとめ、外にあるダンプスターと
という大きなごみ箱(実際は鉄で出来ていてストレージと
言った方がいいかも知れない)に捨てに行ったが、そこは
そこでいろいろなごみで溢れ返っていた。粗大ごみもあれば
生ごみもある。日本だとちり紙交換に出せそうな本や雑誌
やら新聞もたくさんあった。

自分は環境保護を熱烈に推進するわけじゃないけど、なんと
かならんか、と真剣に考えてしまう。

P.S. 16日の日記更新。



2004年06月23日(水) 今年発の蚊と遭遇

今日は自分で言うのもなんだが非常に効率よく過ごせた
1日だった。朝も早く起きたし、必要なメイルや電話を
ぱっぱと午前中に済ませることが出来たし、夕方は
またいつものコースに走りに行って、それなりに運動
もしたし、夕飯もきちんと今日は作っておいしく食べら
れた。

えっ午後は何してたって?お昼寝でした。

いつものコースを走っていてびっくりしたことが。
自分のHPにものせた川というか池というか湖みたいな
所で十数人のアメリカ人(黒人だったかな)がばちゃば
ちゃ泳いでいたのだ。しかもがきんちょではない。少な
くとも高校生以上に見えた。どう見てもそれ程きれいな
水ではない所。変な感染症にかからないといいんだが。

部屋に戻って窓を開けていたら、なんと今年初の蚊を
発見。速攻殺した。ミシシッピは暑すぎるのか余り蚊
っていなかったんだけど、ここは後ろが湖だからか蚊
がいるらしい。ちなみにミシシッピは蚊にさされるより
蟻に噛まれるほうが重傷となります。

図書館に行かなかったけど自分にとっていい日でした。

P.S. 15日の日記を更新しました。



2004年06月22日(火) 蜂の来訪

今日は朝から事務処理をたくさんした。時間がないので
まずは電話をし、いないと伝言残してメイルを打つから
それを見てくれるようにお願いした。ちゃんとHPに書いて
ある通りにやったのに、留学生はそれでは受け付けられな
いとか言われて、全てをやり直したりもした。でもそれだ
ったらちゃんとHPにその旨書けよなぁ。

昼間はずっと雨が降っていて、多少湿気があるものの
やはり涼しい。今の所冷房知らずで過ごせている。窓を
開けると心地よい風が。そんなことで窓を開けっ放しに
しておいたら、大きな蜂が入ってきてしまって部屋中を
ぶんぶん飛び回ることに。今度は窓だけでなく、入り口
のドアも開けて一秒でも早くお引取り願うことを祈った。
蜂に刺されてもアレルギーはないが、痛いことには変わり
ないし。

夜に友人が遊びに来たので、それを機会に部屋を掃除した。
ちょっと前にも友人が遊びに来てくれて掃除したのに、旅
から帰ってきてから散らかし放題だったので、掃除するに
は丁度いい機会に。これでまた少しはきれいになったかな。

明日は昨日行った図書館に行ってビデオでも見ることに
しよう。

P.S. 14日の日記更新しました。



2004年06月21日(月) 近くの図書館分室に行きました

今後がどう転ぶにしろ今のアパートは7月末で出るので、少しずつ
だがパッキングを始めた。今日はすぐには読まないだろう本を
段ボールに積んだ。これだけで家にとっておいた段ボールが全て
なくなってしまった。スーパーに行ってもらってこないと。

なんか眠い感じがとれなかったが先週全く運動できなかったので
せめてとばかりに散歩にでかけた。ただ走る気力がなかっただけ
なんだけど。途中初めて家の近くにあるHamden市立図書館の
Whitneyville別館に立ち寄った。

すごく小さい図書館だが、逆にこじんまりして親しみを感じる。
本は週刊誌やら小説ばかりで堅苦しいのは余りない。自分が
読みたかった本や見てみたかったDVDがあったので、残り少ない
滞在期間の中、通って見れるものは見ようかと思った。またこん
な小さな所にもPCとインターネットを完備して無料で提供して
いたのはさすがである。住宅地の一角にあり、すごく静かで
冷暖房も完備しており、何故もっと早くから見つけて利用しな
かったのかと今さらながら悔やんだ。

今思い返すと去年精神的に何故あれほどまで追い込まれていたか
わからないことがある。何かやり方があったんじゃないかと。
しかしこんな身近でくつろげる場所すら見つける余裕がなかった
ことを鑑みると、それもわかる気がした。雪で散歩もままなら
なかったし。

P.S. 6/13分の日記も更新しました。



2004年06月20日(日) 久しぶりに自分の部屋で過ごす

久しぶりに自分の部屋の自分のベッドで寝たが、やはりよく
寝れた気がする。慣れというものは恐ろしいもので、昨日
帰ってきたときもI-95でNew Havenという行き先を見つけ
た時は、戻ってきたとほっとしたものだ。

ちなみに混むことで悪名高いGeorge Washington橋を帰り
がけに渡ってみた。土曜の深夜だけど十分に込んでいた。
(深夜だったから混んでいたのか?)長いこと待たされ
通過に6ドルも取られ、さらに割り込みの激しいマナーの
悪い車に閉口したが、その分橋の上からみたマンハッタン
の夜景はきれいだった。

さて今日はお約束のごとくゴルフのUSオープンを見た。
テレビで見ていてもグリーンが異常に固く、速いのがよく
わかった。実際最終日の平均スコアの78〜79というのは
異様な難しさだったと思う。こんな状況の中で勝った人
のパッティングは素晴らしかった。丸ちゃんを応援しよ
うと思ったがアメリカでの映像ではほとんど出なかった。
最後に結果が出て見ると粘って4位になっていた。こんな
コースで4日間やってお疲れ様と言いたい。

P.S. 6/12の日記も更新しました。



2004年06月19日(土) 南部紀行終了

まずは報告。NATAのコンベンションのためボルティモア
で約4日間過ごして夜1時過ぎ無事コネティカットに帰って
きました。これで約2週間に渡った約2,700マイルの南部
紀行の旅も終了しました。車は途中マイナーな問題で
修理に出しましたが、元気になって戻ってきました。

コネティカットに帰ってきた感想。

「非常に涼しい」

アセンズもハティスバーグもニューオリンズもボルティモア
も蒸し暑かったので、この気候は信じ難いです。

途中ダイヤルアップがうまくいかず日本語でインターネット
に接続する環境がなくなり日記の更新が止まりました。この
間にこの日記を訪問して下さった方々にはご迷惑をおかけ
しました。特にこの日記で生存情報を流しているので、心配
をして下さった方には心苦しく思ってます。途中怪我やら
病気になることなく、楽しい2週間を過ごせたということを
報告しておきます。

近日中にここ10日間の話を思い出しながら、あった出来事を
アップしていくつもりです。興味がある方は時間があった
ときに見てもらえると幸いです。



2004年06月18日(金) NATAのコンベンション3日目

前の晩遅くまで港のあたりをふらふらしていたため、今日は
遅めの会場入り。遅すぎて午前中のセミナーは何一つ出られ
なかった。計画的と言われればそれまでだけど。

でまた友人と早めの昼食。昨日行ったコンベンションセンター
近くの韓国人経営のDeliでサンドイッチを食べた。ここの
サンドイッチは手頃の値段で非常においしい。サラダもついて
この値段なら非常に良心的だと思う。食後にアイスラテも頼ん
だが、これもお安い。スタバだったらこの1.5倍はするだろう。
そもそもアジア人経営という所で勝手に安心感を感じてしまい、
つい財布の紐が緩んだ。

午後はずーっとセミナーに出た。メインで来たのはまたもや
肩甲骨のリハビリの話。昨日と違って実務的な話が聞けたの
でこれはすぐに使えそう。逆に自分がやっていたことがまぁ
正しかったなぁと再確認出来たんだけど。

その後はまた「Shogun」にお邪魔する。元々愛想が悪かった
ウェイトレスが、また自分らが来たためかさらに愛想が悪い。
なので今日はチップを大目にあげ、早めに切り上げる。その後
はまた港の方へ行って何箇所をぶらぶらと。新しく出会った人、
QUの人、USMの時の人といろんな人といろいな所に行ったので
今日も遅くなってしまった。

コンベンションに出るのにこんなに体力がいるとは思わなかった。
明日は帰る人も多いというのに、午前中に自分の先生の発表。
がんばって起きていかないと。疲れもたまってちょっとつらい。



2004年06月17日(木) NATAのコンベンション2日目

今日も朝からコンベンションセンターへ。友人は職探しで忙しい
が自分は興味のあるセミナーだけに出ればいいから、友人には
悪いが自分はお気楽である。この日の午前中はどうも興味がある
セミナーがなかった。仕方ないのでまた1階の展示場に行き、何
か面白いものがないかとふらふらする。

昨日と違ってもう物(ぶつ、と読む)残ってないのでまじめに
展示内容を見て回った。立ち止まって説明を聞いたりしたが、
昨日も書いたように自分はまだ財布を持つ立場になく、ただ
うなづいて「面白いですね」とか「使ってみたいですね」を
繰り返すのみ。一生懸命説明してくれた人ごめん、と思う。
それでもまたサンプルなどをもらい、お約束のパワーレード
を2回ぐらい飲んだ。

その分午後はずーっとセミナーに出た。肩甲骨の話をいくつか
聞いてから自分の大学の先生の発表を聞いた。先生の話は
今後の自分に関わってくることなので、神妙に聞いた。的を
得ていて面白かったと思う。

夜はサザンミスとアラバマ合同の卒業生パーティに出て、その
後一瞬JATOの会合にお邪魔し、その後も流れるままに流れた。
JATOの会合ではもっと長くいられたらいろいろな方と知り合
えたのにと思ったが、行くのに迷って最後の15分しかいられ
なかったのでは仕方がない。それでもネット上では知っていた
数人の方に実際お会い出来たのだが、初めてなのにお互いを
ある程度知っているということで何だか不思議な気がした。



2004年06月16日(水) NATAのコンベンション1日目

今日からNATAのコンベンションが始まった。初めて来た所で
ATCになってから初めて参加しただけに勝手がよくわからな
い。さしあたり興味がありそうなセミナーがないので、最初
っから展示ホールに行く。

ここでは日本でも晴海のビッグサイトで行われるように各会社
が展示をして、各社の製品のアピールをする場がある。もち
ろん我々トレーナーも消費者としてだけでなく、新しい情報
を得るべくそこに行くのだが、それ以上におまけやらサンプル
が目当てだったりする。特に噂ではクレーマーという会社が
太っ腹でいいものをくれると言うので早速行ってみた。さすが
噂になるだけある、アンケートに答えただけで肩からかける
バッグがもらえた。これは使えそう。

他にもうろうろしながら話を聞くふりをしていろいろなもの
をもらう。Tシャツもいくつかもらった。疲れて喉が渇いた
らゲーターレードかパワーレードの所にいけばいい。飲みた
いだけ飲めるから。(おい、ちゃんと勉強もせいよという
指摘はもっとも。しかし自分はATCでも自分の判断で商品を
購入出来るほどまだえらくないからこれでいいのだ。)

しばらく歩いたので疲れてしまい、友人が通っていた場所で
休憩。そこではポップコーンも無料だった。

その後うちの大学の4年生がポスター発表をしていると言うの
でそれを見にいく。他の発表とは違い、思いっきり生物より
の免疫学の話だった。彼自身も元々PT専攻だし、他の発表者
との興味が違う。個人的には好きな話だが、これは一般には
受けない(理解されない)だろうなあと思った。

その後全てのポスター発表を読み、リサーチの傾向をさぐる。
正直あまり興味を持てるものはなかった。リサーチというより
はただ実験してこうなりました、と言った感じだった。自分が
興味を持つことと違うせいかも知れない。でも4年生とはいえ
こういう場で発表するぐらいなら、もっと突っ込んだ考察を
してもいいのでは、と思った。

この後、友人2人と日本食屋へ。話が盛り上がって滅茶苦茶
面白かった。久しぶりに腹を抱えて笑って腹筋が痛くなった。
一方で長居しすぎたためかお店の人の対応がもろに冷たかった
気がする。元々愛想のよくないウェイトレスだったが、あそこ
まで露骨に嫌な対応をするのはどうかな、と思う。お客に
サービスを提供してチップをもらおうとするのなら。



2004年06月15日(火) ボルティモアまで北上

友人は働いていて8時には勤務先のクリニックに行かないと
いけないのと言うので早めに起床。目覚めた時犬はまだいび
きをかいて寝ていた。もっともぼくが起きると向こうもすぐ
に起きたが。

さっさと支度をし、お世話になった友人に別れを告げまた
I-95を北上。今日は基本的にひたすらI-95を北上するだけ
であった。とはいってもフローレンスからボルチモアまで
は7時間程度の距離なのでそれほど遠くない。余り無理を
せずのんびり走ることにした。

まずはノースカロライナに突入。お約束のハイウェイマップ
を無事ゲット。行きは観光案内所が既に閉まっていてもらえ
なかったから一安心。ノースカロライナもI-95を走る限り
ミシシッピの風景と変わらない。

しばらく走るとバージニアに入る。別にこれといって風景
が変わらない。ずーっと似たような風景をただ走る。一人で
ずっと走ってくると飽きてきて、ガソリンもなくなってきた
ので適当な田舎町でガススタンドに入って給油タイム。これ
がすごかった。ガソリンのこの旅最安値を更新。確か1ガロ
ン1ドル73セントだった。満タンにしたのは言うまでもない。
ポリタンクでも入れてもっと買っておきたかった。

その後順調にドライブするもまたワシントンDC付近になって
渋滞が始まった。3時過ぎだというのにこの渋滞。みなさん
お帰りが早いようで。ここでかなり時間を食うはめに。

どうにかワシントンDCを抜けボルティモアに抜ける商業車
が走れない道路に入る。ここも少し混んでいたが、行き先
のボルティモアはもう寸前。4時半過ぎに迷うことなく
ボルティモアのダウンタウンに到着した。

友人と待ち合わせていて到着したことを電話で知らせたか
ったのだがダウンタウンで公衆電話が見つからない。そも
そも交通量も多く、初めての場所だけに車を止められる
場所を探すことですら苦労した。しかもこの街アップダウン
が激しく、マニュアル車の運転手には幾度もの坂道発進を
強いる。もういやー、と思っていたらどうにか車を止めら
れる場所を発見し、急いで友人に電話。どうにか落ち合う
ことが出来た。

それからは友人と泊まる予定のホテルまで移動。荷物を
置いた後、適当に近所のモールを見て周り夕食を買って
部屋に戻った。夕食を取った後、NBAのファイナルを
TVで見る予定だったが、自分はベッドに横になっていた
ら爆睡していた。1Qを見たか見てないぐらいで時間にして
10時過ぎだと思う。こんな時間に寝たのはすごく久しぶり
だったと思う。

南部の道を走りなれたものにとって都心を走るのはすごく
気を使うことだったと思う。でも結果的にここでよく寝て
おいたことは結果的にすごくよかった。



2004年06月14日(月) サウスカロライナ州フローレンスに到着

今晩はサウスカロライナのフローレンスにいる友人の家に宿を
借りる予定で、彼は働いていることもあり余り遅くにはお邪魔
することが出来ず後ろの時間が決まっていた。ハティスバーグ
は中部時間でフローレンスは東部時間のこともあり、ただで
さえ1時間向こうの早いため、朝8時過ぎにハティスバーグを
出ることにした。

見慣れたI-59、I-20をひたすら走る。当たり前だけど地図を
見る必要は全くなし。ガソリンがどの当たりで安く、どこで
入れる必要があるかも大体見当がつく。しかし周りは松林ば
かりで景色に変化がなく、走ること自体は非常につまらない。

アトランタに近づくといつもの通り都会に来ているのがわかる。
昔から思うのだが南部の都会はアトランタだと思う。いつか
この街に住んでみたいと思うが、なんだかこれってすごく
田舎者の発言だよね。

アトランタより東にI-20を走るのはこれが初めてあった。前回
北上をしたときはアトランタを通らずI-59をテネシーに向けて
走ったから。そうかと言って特別な感慨はなし。アトランタ
を過ぎると毎度の左右に広がる林と田舎の風景が交互に見える
だけだから。それでもゴルフ好きとしてはオーガスタが近く
になると少しだけ興奮した。言うまでもなくあのマスターズ
の会場があるオーガスタインターナショナルがあるから。
ボビージョーンズの名前が入ったExpress wayなどを見ると
この先がそのゴルフ場なのかと勝手に想像してしまう。
今度時間がある時は立ち寄ってみたい。

サウスらロライナに入るといきなり渋滞。何でこんな所で
と思うが30分くらいすると中央分離帯の林に大きなトラック
が思いっきり横転していた。寝てたんだろうか?こんな昼間
からめいわくな奴である。

友人からもらった案内が全くでもって間違っていたので
最後にかなり迷ったが、それでも彼がその日働くことに
なっていた野球場についた。入り口で彼の友人であること
を言い無料で中に入れてもらうと、ベンチ横にいた彼と
少し話し、あとは野球を観戦した。試合後少し手伝ったが
大してやることもなく、彼の車に先導され彼のアパートに
ついた。アパートにつくと大きな犬に歓迎され、なつかれた
のかシャワーを浴びている時も「くぅーん」と泣かれて
しまった。

寝る直前までじゃれた後、一緒の部屋で寝ることに。最初
寝させてくれなかったが、ベッドで寝たふりをしたら
犬もつまらなかったのか床で丸くなって寝始めた。しかし
自分よりも早く寝入り、いびきをかきはじめたので逆に
むかついた。起こしてやろうかと思ったがそうするとまた
遊びが始まってしまうので我慢することに。それにしても
この犬のいびき、何気にでかい。

犬のいびきを我慢しながら早く寝ようと努力したのは
きっと人生で初めてであろう。この犬に付き合う飼い主は
大変だと思った。写真で見ると昔は小さくてかわいかった
のに。



2004年06月13日(日) ザリガニ食べたよ

今日はお邪魔させていただいている家のPCをリクエストに
応じてチューニングしたりバックアップをとったりした。
そもそも自分のPCがWin XPでないために、たまにあれっという
ことに遭遇する。もっとも大したことをしていないのですぐに
探し当てることが出来るのだが。いつもご飯をご馳走になり
宿を提供していただいているので、言われなくても最新パッチ
を入れ、ウイルスデータが更新されているかなどをチェックし、
総スキャンをして問題がないか確認している。貧乏のささやか
な恩返しである。

その後チューレーン大学、ラヨーラ大学の方面に散歩にでかけ
た。お世話になっている家から徒歩圏にあるがここも今まで
行ったことがなかったから。チューレーンは南部では名門の
大学で、レベルは決して低くない。ここのラヨーラは学部が
少ししかないないが、シカゴのそれはもっと大きいはずで、
どちらも昔自分が在籍した大学と同じイエズス会系の大学である。
ということは聖フランシスザビエルが生誕した12月3日は休み
なんだろうか?と考えてしまった。どちらも私立大学であり
キャンパスは非常にきれいで、落ち着いた感じがあった。
しかしジトーっと暑い。

その後家に戻ってシャワーを浴びさせてもらった後、お世話に
なった夫妻に別れを告げハティスバーグに戻った。今回は
うどん、ステーキのほかに当初より食べたかったザリガニを
いただいた。牡蠣のシーズンが終わって今はザリガニが旬で
ある。スパイスを効かせてボイルしたザリガニはおいしい。
南部に来た当初「えっ、ザリガニを食べるの?」と思っていた
が今ではすっかり好物となった。白身で蟹と同じだと思えば
いいと思う。逆に蟹もこの南部独特のスパイスで食べると同じ
味がするんだろうか?

明日からは北上をしてNATAのコンベンションが行われるメリー
ランド州のボルチモアに向かう。また長いドライブが始まるが
始まるが車が元気でいることだけを祈る。



2004年06月12日(土) ニューオリンズでストリートカーに乗る

2日間宿を提供してもらった友人とその猫に別れを告げ、
ニューオリンズに行った。ここには以前からお世話になって
いる方々がいて、今回も折角南部に遊びに来たのなら顔を出し
て挨拶をしようと最初から決めていた。

ハティスバーグからさらに南下し、しかも海に近いことも
あってニューオリンズは本当に蒸し暑い。何度も来たこと
あるくせに、ついてみるとやはり暑いと思ってしまった。
それでもこれからもっと蒸し暑くなるんだろうけど。

お世話になっている方の家につき、挨拶をするやいなや冷やし
うどんをご馳走になる。これがなかなかおいしい。しばらく
ここ1年の話をした後、フレンチクォーターにでかけることに
した。トマトのお祭りをやっているからきっと道は混んでるよ、
と言われたため初めてSt. Charles通りを走るストリートカー
でフレンチクォーターに向かうことにした。

このストリートカー、早い話路面を走るちんちん電車である。
小さい頃実家の近くを走るちんちん電車に良く乗ったため、
すごく懐かしい感じがした。日本のは覚えてないが、ここの
は外面が汚く(深緑?)窓を開けて走ってるので冷房がない
のがわかる。それでも中に入るとそれほど汚さは感じず、ま
た走っている間は風のおかげでそれほど暑くなかった。のん
びり走っているため周りの風景がよく見え、車では発見でき
なかった面白そうなお店をいくつか見つけることが出来た。

フレンチクォーターに行くとまずはお約束のカフェドモンド
に行きベニエを食べる。ショッピングモールがある方のお店
で食べたので、外を見るとミシシッピ川が広がる。川は決し
てきれいな状態ではないが、観光客でいっぱいだ。これを
見ると実家の近くを走る隅田川や荒川でも、このような川辺
にカフェでも作れば商売が出来るんじゃないかと思ってしま
う。もっともそこではせんべいやらお団子、お餅にお茶とい
うメニューになるだろうが。

その後少し街をぶらぶらしてフレンチマーケットで行われて
いたトマトのお祭りを見ることにした。特産のトマトを使っ
た料理を紹介したり、歴史を紹介していたがただで試食でき
たものは生のトマトだったので、それだけを少しだけ口に
する。少し酸味の強いトマトにケージャン風のスパイスを
かけて食べたら、いつも日本で口にした生トマトの味とは
違うもののおいしかった。

気づくと6時を過ぎていたのであらためてストリートカー
に乗って帰ることに。今日は土曜日で道が込んでいたのか
なかなか電車が来なかった。帰りは座ることが出来、また
風景を楽しんだ。フレンチクォーターが観光のメインである
ことに疑問の余地はないが、ここSt. Charles通りもいろ
いろなお店や特徴のある家、建物が集まってそれなりに楽
しめる所であるように思った。



2004年06月11日(金) 人生の転換点

今日は朝から学校に行き、USMでお世話になった先生達と
いろいろな話をした。南部紀行の元々の予定はのんびり
車で旅をし、旧友に会って気分をリフレッシュすること
だったが、ここ4日間で結果的に意味合いが変わってきた。
思わぬ展開になっているが、自分にいい展開になってきて
おり、これも運かなぁと思っている。まだ100%確定して
ないので報告を出来ないけど、近いうちにどんなことを
あったがここに書くことが出切るでしょう。

午後はのんびり図書館で久しぶりに朝日新聞の衛星版を
読み、日本の事情を探る。インターネットでもかなりの
部分をつかめるが、それでも実際の活字とは違う。ない
ならないで過ごせるが、新聞はあった方がいいなぁと
思った次第。

夜はお邪魔させてもらってる友人宅で、その仲間が数人が
集まってパーティ。それでも平均年齢が高いせいかこじん
まりとしたもので、まったりムードで会がすすむ。最後
に締めの映画を観てお開きになった。こんなまったり
パーティなら自分でも毎週会っても平気だなぁと思ったり
した。

さて明日はニューオリンズに行って来ます。久しぶりに
ベニエでも食べてくるかなぁ。



2004年06月10日(木) ゴルフ

Van Hookが閉まってしまった以上、他でゴルフをするしか
ない。以前行ったことがある所にまだグリーンフィーが
変わらないことを祈っていってみた。幸いなことにまだ
変わってなくて、9ホール10ドル(カートつき)であった。

ここは暑くて身体が動くからか、なかなか球筋がよかった。
ミスもあったが、総じて悪くなし。ドライバーやスプーン
が当たりはじめたのは非常にいいことだ。

一緒に回った子もはじめてといいながら、センスを見せて
くれて全く問題なく9ホール終えることが出来た。次回は
18ホール全てかな。

青空の下、日焼けをしたけどもゴルフはいいもんである。



2004年06月09日(水) レクイエム

久しぶりにハティスバーグ。それでも街の様子は少しずつ
変化をしている。その中で一つ非常にショッキングなこと
があった。

ぼくをそれなりのアマチェアゴルファーとして育ててくれた
USMのVan Hookゴルフコースがなんと閉鎖されていたのだった。
まずここに着き、まずやってみたかったことが、ここでの
ゴルフだったのだが、(そのためにゴルフバッグを持参した)
裏から道路からのぞいてみると中はすきすき。なんだ午前中だか
らまだ人がいないんだ、と解釈していた。しかし表に回って
中に入ろうとすると、何故かゲートが閉まってる。しかも
その横の案内板から「Van Hookゴルフコース」と文字が消され
木の枠だけが残っていた。

この事実が信じられなかったが外から見える8,9番グリーンを
覗き込んだらグリーンは放置され、そこにはもう旗がなかった。
これを見た瞬間、現実を受け入れざるを得なかった。しばらく
放心状態に陥り、それから元の世界に戻されたのは後ろから
クラクションを鳴らされた時であった(これ本当)。

それでも州の予算のカットによる運営維持が大変なための決定
なのだと思った。それなら文句をいいたくても理解しなくては
いけない部分もあるなぁと自分に言い聞かせていた。

ところが今調べた所、これはいわくつきでなった評判の余り
よくない学長Thamesの独断で決められたことは判明した。

http://www.usm.edu/fsenate/open_letter_040104.htm

これを見た瞬間、またこいつか、と思い悔しくてたまらなく
なった。こいつはポリマーサイエンスの発展しか考えがない
男で学長には全くで持ってふさわしくない人間であり、実際
学長選挙活動の際にも多くの教員は彼でなく、もう一人の
候補者を指示していた。何故選ばれたかは選ぶのが教員では
なく市のBoard of Committeeの連中で、彼らは生徒側、教員
側の希望を全く無視し、自分に都合よく動いてくれる人間を
学長に据えたかったからである。

それでもこれは既に既成の事実で変えようがない。

http://www.usm.edu/printz/archives/02052004/

今は悲しくて悲しくてこれ以上の言葉が出てこない。この悲しみ
をどう対処出来ようか、しばらく方策は見えそうにない。



2004年06月08日(火) Campus visit

今日は朝10時過ぎに出発して、アラバマ州のタスカルーサに
向かう。実は今日学校訪問を予定していて、3時にその学科
の教授と会うことになっていた。南部に入って本当に暑い
んだけど、こういう機会なので長袖のボタンダウンのシャツ
にチノパンを履いた。暑さが倍増したのは言うまでもない。

途中渋滞があったものの、早めに出たせいもあり30分以上前
に学校付近についた。ところがこの後目的の学科の建物が
見つからない。こういうときでかい大学は困る。やっとのこ
とでその建物を見つけたときはちょうど約束の3時であった。

プログラムディレクタの教授と30分ほど雑談した後、いくつ
か興味ある研究室とラボをのぞかしてもらった。アメリカで
他の大学のラボを見るのは初めてだが、それなりに大きく
想像よりごちゃごちゃしてなかった。そこで何人かの先生や
大学院生から話を聞き、最後にまた最初の教授と今後の
プロセスについて話をして学校訪問を終えた。中々ほかの
大学を見る機会はないので、行くかどうか別として非常に
よかったと思う。

その後約3時間かけてアメリカで故郷であるハティスバーグ
についた。見慣れた風景を見たときはほっとしたと同時に
どっと疲れが出てきた。そのためか自分には珍しく早寝を
することとなった。ここハティスバーグには4日間滞在する
予定。



2004年06月07日(月) 南部紀行2日目

今友人宅にお邪魔してます。ジョージア州のアセンズという
所にいます。そう、ジョージア大学があるところです。
そこでジョージア大学の案内をしてもらいました。大学自体
が大きいので、一蹴するのも大変な所。もちろん車でぐる
っとしました。

ここのマスコットはUGAというブルドッグ。非常に愛らしい
犬でフットボールの試合では実際に飼われている本物の犬
が出てきます。街にはそれをモチーフにした犬の銅像が
あちらこちらにあり、それも案内してもらいました。これが
かわいらしいったらありゃしない。

今日はノースカロライナのシャーロットからサウスカロライナ
を経てジョージア州に入ってきましたが、ガソリンの値段に
びっくり。昨日NJのマンハッタンに一番近いガススタンドで
一番安いレギュラーの値段が1ガロン2ドル49セントだった
けど、サウスカロライナで見た一番安い所は1ドル76セントで
した。

これだけ違うってすごいよなぁと感心する次第。ミシシッピに
行った時はもっと安くなっているんだろうか。ちょっと期待。



2004年06月06日(日) 南部紀行1日め

今日から南部紀行を始めました。どこに泊まるか決めて
なかったけど、明日ジョージア州の友人の家に泊まらせ
もらうために最低バージニア州の南端か、ノースカロ
ライナに入ったところまでは行きたいと考えてました。

まずはマンハッタンを迂回するため、いつものタッパン
ジー橋を通過。渡ってすぐ南下して、しばらくしてNewark
の空港の真横を通る。ここで飛行機をたくさん見る。

それから後はひたすらI-95を南下。NJから始まってNY、
デラウェア、メリーランド、ワシントンDC、バージニア
を通過しました。バージニアのリッチモンドからは進路
をかえ、I-85へ。ワシントンDCの辺りで渋滞にはまって
しまいかなり時間を食ったが、それでも夕方7時過ぎに
はノースカロライナに入った。しかしノースカロライナ
の観光案内所はすでに閉まっており、地図をゲット出来ず。

折角ここまで来たのでチャッペルヒルに寄り道し、NC大学
チャッペルヒルを少しだけ見学する。でも工事ばかりで
いかにも州立大学という雰囲気で今更感動はなかった。

その後クーポンつきのホテルガイドで安い宿を探し、結果
シャーロットでお休み。今回も税抜きで30ドル以下のDays
Innにとまった。

今日の走行距離は750マイル程度。ただ南部に入るにつれ
道幅が広がり、交通量も減り、すごく走りやすくて疲れを
感じず、この間のルイビルへの旅よりもはるかに楽だった。

明日はそれほど走る必要がないので多少楽かな。



2004年06月05日(土) HP作り直しに熱中する

実は明日から南部紀行の旅に出る。なんてことはない、昔
いたミシシッピに戻るだけだ。今回いろいろな方にいろいろ
な所でお世話になるのだが、メイルや話を聞いていてどうや
ら南部は暑いということがわかった。

へぇと思い、こっちはどうだろうと思い窓を開けてみる。
涼しいっていうか、ちょっとさむぃ。すぐに窓を閉めた。
こんなんで南部に戻って大丈夫だろうか?

いくつかやることをした後、休憩にと思い以前作ったHPを
整理しながら作り直していたらそれにはまってしまった。
前にも話していた通り0から作るのは面倒なので、ウェブを
巡回して無料で使用出来るテンプレートを拝借し、それを
好みにあうよう改良した。こう書くと非常に簡単なんだけど
これがちょっと苦労したんだな。

実は今までCSSというのをほとんど知らなかった。知らない
うちに少しは使っていたが枠組みから全体の構成までこれで
組んだことはなかった。なのでソースを読みながらいじくり
まくってようやくインデックスページが完成。テーブルを
使わないで段組みをやるのはこうやるのか、と感心してしま
った。

それと同時にレンタルするサーバを探した。いくつか登録し
てアカウントを作り、実際のファイルをアップして本当に
元気に動いているサーバを見つけようとした。広告は入って
しまうが、すごく快適な所があったのでそこに決定。段階
的に古いHPはここに移行していくことにする。

今回のテーマはシンプルに軽いページにすること。読みやす
いように字も大きくした。まだ2ページしか出来てないので
公開しないが、大方移行が出来たら公開しますのでお楽しみに。

って明日の準備しなきゃ。



2004年06月04日(金) ゴルフの練習が出来ず、結局ジョギングですました1日

昨日のネタでそのホームページを見つけたので記す。

http://www.spellingbee.com/

優勝者の賞金は合計で12,000ドルではなく18,000ドル(約200万円)
のようだ。またどんな単語が出題されたかもここに書いてあるので
興味がある方は見てみるといいと思う。

***********************************************************

そういえばもう一つ、書き忘れたことがあった。昨日素晴らしく綺麗
な虹を見た。晴れていたのに急に雨が降り、またすぐに晴れて大気中
の水がうまく反射したんだと思う。端から端まできれいに半円を描い
ていて、陽射しが強かったためかどの色もくっきりだった。外側の
もう一つの虹も何色か見れたぐらい。自然とは本当に美しいものだと
再認識し、心が晴れた気がした。

さて今日は週末の金曜日、朝からばたばたと必要なメイルを打ち、
調べ物をする。それでもずっとパソコンや机に向かっているのも
飽きるので、身体を動かそうと打ちっぱなしに出かけた。

しかし、、、金曜の午後はすでにサラリーマンにとって休みなのか
打ちっぱなしは満員で打つ場所なし。待ってもさらに前に待っている
人がいるので、仕方なく帰ることに。帰る途中に思ったことは
ここはミシシッピより人口が多いのにゴルフ場やら打ちっぱなし
が少ないから、ゴルフしたいときに出来ないないんだよ、と文句
ばかり。家についてもんもんとするのも嫌なので着替えていつもの
ジョギングコースに走りに行った。

すっかり緑でいっぱいになり、遊歩道を木々が生い茂る。友達が
遊びに来てくれた時にサンダーストームが来て雷も落ちたが、どう
やらここにも落ちたみたいで、1本の木が真っ二つに折れ道を完全
にふさいでいた。関東の人ならわかると思うが、この遊歩道の雰囲気
は千葉県にある御蛇ヶ池のようで、夜に肝試しをやったらかなり怖い
と思う。

高速近くの市営の野球場では少年たち(恐らく小学生)が試合をして
いたので、しばし観戦。えらく下手なのがかえって微笑ましかった。

自分でいうのもなんだが俺が小学生だった時のが絶対にうまい、と
思いながら帰路につくことに。もっとも今その時ほどの体力もなさ
そうな気がしてもっと情けないんだけれど。



2004年06月03日(木) National Spelling Bee

最近すっかり夜型の生活になってしまってるなぁと少し反省。
朝起きると午前が1時間ぐらいしか残っていないし。もっと
も自分の場合、夜にいろいろとやるのがもっとも効率がいい
んだけどね。

さて、朝起きてテレビをつけるとNational Spelling Bee
という番組がやっていました。どんな番組かと言うと、中学
3年生までの生徒を対象に、難しい単語のスペルを言わせる
競技で、間違えるとさようなら、最後まで残れば優勝という
わけです。やり方は大きな会場で順番にマイクの前に立たせ、
アナウンサーが単語を言い、それを聞き取った後2分間だけ
語源や用法などを生徒が質問出来、最後にスペルを言うと
いうものです。ちなみにアナウンサーは語学でPh.Dを持って
いる方でもう一人の教授と協力して生徒の質問に答えてました。

これを見てて思ったけど、英語のスペリングはいろいろな国
の言葉をそのまま使用してるので大変だなぁと。日本語だと
基本的にカタカナになるだけでスペルは気にならないと思う
けど、英語の場合その語源独特のスペリングを意識しないと
書けないから。

で一番笑った質問は「katana」。刀です。アナウンサーが
「カターナ」と発音して出題された生徒は???案の定それ
は何ですか?という質問してアナウンサーは「昔日本のサム
ライが使用した刃の長いsword(剣)」と答える。それでも
生徒は???だったようだが「それではそれは日本語が語源
ですか?」と質問してアナウンサーが「そうです」と答える
と悩みながらも「k,a,t,a,n,a」と言って見事正解。見てい
るこっちもほっとする。こんなどうでもいい言葉で失格に
なったらこの生徒がかわいそうだよ、と思った、本当に。

主に出題されていた言葉は見ている限りラテン語やギリシャ
語が語源の動物や植物の正式名称だったり身体や病気に関す
る言葉だったように思えた。自分はほとんど知らなかった
けど、この生徒らは意味がわからなくても音と語源でスペル
を類推しているように見えた。なかなかかしこいガキんちょ
である。少しその知識をGRE対策のために分けて欲しい。

こんなコンテストだが優勝者には12,000ドル(約132万円)
の賞金が出る(確か9位ぐらいまで賞金が出る)からまじに
なるだろう。日本も賞状と盾でごまかさないで、この位お金
を出せば生徒も一生懸命勉強するだろうに。えっ、教育上お金
で釣って子供を勉強させるのはよくない?こうやって天才くん
作って後に日本にお金落としてくれるなら安い投資でしょうが。



2004年06月02日(水) Plagiarism

留学生でこの言葉を知らない人はいないだろう。

日本語で言えば「盗作」ということになるだろうか。試験
やペーパーにせよ、他人の文章を断りもなしにあたかも
自分が書いたような顔をして利用してしまう行為である。
これが発見された場合は即座に成績はF(Failure)になる
し、場合によってはそのまま放校である。学校入学時に
誓約書すらかかせる所もあるぐらいだ。それほどどこの大学
厳しく取り締まっているのが現状である。

しかし自分の状況はこれと全く逆。教授にこれをやられた。

何をかというと以前在籍したアスレティックトレーニング
のホームページである。2年前の夏、当時のプログラム
ディレクターに頼まれそれなりの時間を割いて0から作成
した。友人からはバイト料をもらった方がいいと言われたが
自分の学科のホームページを作れるのならとボランティア
ベースで引き受けた。その代わり先生にはHPにウェブ作成者
として自分の名前を載せることと少し大袈裟だが著作権は
放棄しないけど必要な時は伝えてくれれば内容や構成の変更
をしてもいいよ、ということで元のデータファイルを渡した。
(ちなみにこの先生はファイルをFTP経由でサーバにアップ
ロードすることも出来ない。)

ところが今回目にしたのは自分の名前が消されたのに、構成
やら内容はそのまま。特に自分が作成したロゴや写真は全て
そのまま何の断りもなく適度に変更して使われていた。正直
すごく不愉快な気分になった。自分が夏に時間を見つけて
ボランティアでせこせこ作ったのに(その割に後からぐちぐち
言われて修正を繰り返した)その苦労を踏みにじられた感じ
がした。

どうせ前のプログラムディレクタは自分では何もわからず、
この元ファイルを今のプログラムディレクタに何も話さず
丸投げしたんだろうけど、おれが卒業したから何しても
いいということになるんだろうか?普段Plagiarismについ
て散々注意している癖に自分がそれをやっているときには
気づかないらしい。

どうしよ、文句のメイルを書こうか、それとも今でも持って
いるサーバへのIDとパスワードで内容を消すか、違うものを
置いておこうか。

後者だと俺が捕まっちゃうよなぁ。



2004年06月01日(火) 昔のHPを再編集しようかなと

6月になった。休みの時は時が経つのが非常に早い。

自分のHPのカウンターだが、カウンターを借りた大元のHP
に行ったら、リンクさせるサーバー名を変えて下さいと
いう主旨のお知らせがあった。直すと確かにすぐに復活
した。これで新しいものを探す必要はなくなった。

HPを2つ持っているが、昔のサイトを編集し直そうと思って
いる。内容について大幅に変わるわけではないけど、以前
感じていたことと今感じていることに隔たりが出てきたので、
それを付け加えるつもりでいる。折角なのでデザインも一新
しようかと思ったが、また0から作る時間もないし、ウェブ
を巡回するとテンプレートを提供してくれる有難いサイト
を多く見かけたのでそれを改良して利用することにした。
今度のは極めてシンプルにするつもり。

ソフトボールはシーズンが終わってしまったが、今週からは
野球のregionalトーナメントが始まる。昨日各地方の全て
の出場校が発表され、USMはLSUのところに入った。他の2校
には悪いがこのリジョンはLSUとUSMの一騎打ちだろう。
H'burgに住んでたらLSUがあるバトンルージュは近いし、
LSUの熱心な応援に対抗するにも絶対にかけつけたんだけどなぁ。


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