留学先での独り言

2002年12月31日(火) 大晦日

昨日ジョージアからの友人も到着して、うちの家は現在3人と
なった。朝からの大雨のためか、気温がまた高い。また昼は
半袖短パン+サンダルででかけてしまった。まったく大晦日の
格好ではない。

みんなで相談して、なべをすることになった。なのでWalmart
に行き、食料の調達。えび、さけなどのお魚入り。こんな豪華
な夕食久しぶりかも。みそ仕立てだよん。

で家に帰る。一人はなべ担当、あとは餃子担当。餃子は元々
作ろうとしてたので、材料はあった。みんなせっせと作り
始める。キャベツをゆでて、みじん切り。めんどくさーい。
で豚肉とみょうが、にんにく、醤油、ごま油などを入れて
こねる。でそれを皮で包んで餃子の出来上がり。なべも完了
していた。

で3人で年越しディナー。あぁーうまい。これが今年最後の夕食
と思うと、きっと来年はいい年であることを確信する。

その後、年越しそばも食べてTVにてカウントダウンをする。
セントラルタイムでようやくHappy new yearとなる。
日本に遅れること15時間。こっちもようやくあけましておめでとうだ。

日記を読んでくれているみなさん、あけましておめでとうございます。
今年もよろしく御願いします。



2002年12月30日(月) ピザをバッフェ形式で

今日の昼食は外食にした。クーポンを使うと一人分と2つの
ドリンクを頼んだら2人目はただになる、という仕組みだ。
利用する手はない。

ここで休みの目標のひとつ、「身体をしぼる」というのが
難しくなってきてる。ピザをバッフェ形式で食べるので
食べないと損だ。外食なんてめったにしないので、食べら
れるときは食べないと。

おまけにTVがあって、ミネソタとアーカンソーの試合を
やっている。長居する条件が揃った。食べては試合を観、
飲んではまた試合を観ると形式で、3回ぐらいピザや
お茶をおかわりした。

結果、よー食べた。夕食いらないかも。

実際夕食いらなかった。まったくお腹がすかない。
今日は一食しか食べなかったのに。

でもごちそうさまでした。



2002年12月29日(日) 今年もあと3日

今年もあと3日となった。相変わらずここH'burgはいい天気。
気温もほどほど上がって20度前後へ。服装はまったく年末
してない。

今日はまた来てる友人とゴルフの練習をした。場所はTimberton。
この辺りで打ちっぱなしをやれるのは知る限りここだけになって
しまった。

まずはバンカーで遊び、そのあとレンジで1カゴ打つ。アイアンが
スライス回転して、感触はいまいち。もう少し毎回コンスタントに
打てるといいんだけど。

その後、グリーンで遊びの要素を加えたパットの練習。ここは
練習グリーンとはいえ非常にうねっていて、グリーンの芽も細かい。
上からは早いし、下からはきちんと打たないと元に戻ってきてしまう。
こんなグリーンで練習していたらうまくなるなぁ、と感じるも一方で
自分の下手さ加減をなげく。

特別ラウンドしたわけでもなく、こうやって一日を過ごしたが、
かなり疲れてしまった。友達は起きていたが、自分は絶えられず
早めに就寝。いい運動だったのかも。



2002年12月28日(土) Houston Bowl明け

昨日Hoston Bowlが終わった後、約7時間かけてH'burgに
戻ってきた。友達が隣にいてくれ、話してくれたおかげで
途中眠くなることなく、無事家につけた。

到着後もしばらくだべる余裕があった。就寝は3時ごろで
あっただろうか?いい加減疲れていたので、寝ることに
した。もちろんこんな日は目覚ましをかけない。

で今日、なんと起きたら昼をすぎていた!!!珍しい。
最近は眠くても寝れないのに、なんか非常によく寝れた。
やはり人間疲れていないとよく寝れないものである。
決して誉められる起床時間ではないが、深い睡眠、
気持ちのいい目覚めはいいものである。

その後ぼーっとNFLを見るも、折角なので友達を連れて
ゴルフの練習に。今日はバンフックでパッティングと
アプローチを練習した。

その後カレーを作って2人で夕食。家で人と話ながら食べる
夕食はいつ以来だろうか?と考えた。考えるとそんなに昔
でもないことにきがついた。

休みっていいな。



2002年12月27日(金) Houston Bowl

ホテルを10時前に出て、Houston Bowlの会場Reliant Stadium
に向う。行ってみてわかったことだが、ホテルから近い。20分
もしないうちについてしまった。大渋滞を予想していたが、
すんなり駐車場につけてしまう。観客が少ないのか。

ついてみるとOSU応援のオレンジばっかり。いたるところに
オレンジ、オレンジ。黄色と黒はほんのちょっと。ここでもUSM
の団結力のなさ、というか貧乏さが浮き彫りに。

Reliant Stadiumは今年8月にオープンしたHouston Texansの
本拠地。さすがに新しく、横に付設してる屋内、屋外練習場も
立派。プロの施設はやはり違う。

入ってみて、自分の席を確認。ほぼ50Yds付近で前から15番目
ぐらいの絶好の位置。いやぁ、いい席だと痛感した。まわりは
少ないながらもUSMのファンで席に着くなり「USMの応援?いやぁ
俺らは(人が少なくて)君らの助けが必要だったんだ」と隣の
人に声をかけられた。試合中にはいつの間にか彼らと仲良く
なっていた。

試合は予想に反して、点の取り合い。うちの望むべき試合展開
ではないが、見ていたほうは楽しかったはず。また席がよかった
せいか、手を振っていると自分が小さいながらもスクリーンに
映し出されたので、ESPNを通じて全米のお茶の間にその画像が
届いたはず。

内容は相変わらずうちは小さいミスが多かった。前半2本、TD
につながる簡単なパスをQBの明らかなミススローにより逃した。
最初のターンオーバーもうちのQBのオーバースロー。すべて
WRは開いていた。ディフェンスもミスが多く、前半終了間際
に献上したTDは実力うんぬんかんぬん以前の話。集中力が欠けて
いたように思う。

ただオクラホマ州立も決していいチームとは思えなかった。
WRの能力にまかせた安易なプレーコール。守備もUSM相手にとられ
すぎ。これでオクラホマ、ネブラスカ、テキサスA&Mに本当に
勝てたのか?と思うとBig12カンファレンスも実はたいしたこと
ないのではと思ってしまう。とにかく大味なチームだった。

それにしてもボウルゲームの雰囲気はいい。ポストシーズン
ゲームはやっぱり出場するべきで、ファンは行くべきだ。勝った
チームへのトロフィー、盾の授与、そしてヘッドコーチなどに
よるスピーチは一年をまとめるにふさわしく、感動的。選手にも
いい思い出になることだろう。またOSUのファンは素晴らしかった。
みんながオレンジの服を着て、必要なときにチームを応援し、
必要なときに雑音を発した。またOSUサイドは2階席までファンで
埋まっていた。USMサイドまで侵食してたぐらいだ。あのような
ファンのサポートは本当に羨ましい限りだ。USMはどのように
ファンをひきつけるか、真剣に考えなければいけないと思う。

結果はともあれ、十分に楽しみ、いい経験を出来たBowl Game
であった。



2002年12月26日(木) Louisiana State University見学

今日は朝9時、ヒューストンに向けて出発。まずは友達を拾いに
ニューオリンズを目指す。11時、空港近くのDays-Innで無事彼
を拾い、まずはLSUに立ち寄るためバトンルージュへ。

LSUに行くと、ぶらっと構内を車で散策。休み中のためかさすが
に建物は開いていなくて、人も閑散としている。いるのは学生
でなく、きっと市民だろう。学校は大きいけれど、この間行った
ジョージア大ほどではない。それでも町並みは美しく、また学校の
ゴルフ場がキャンパスから近く(道はさんですぐ)、利便性のよさ
を感じさせた。

でお約束のスタジアム。ここは9万強収容で全米5位の大きさを誇る。
中には入れないだろうから、とまわりとぐるーっと歩いてみた。
スタジアム本体そのものは古い。後から観客に応じて付け足して
いるのがよくわかる。トレーニングルームを覗いてみた。リハビリ
用のプールがなんと大小5つあった。すごい。Swim Ex一ついれた
ぐらいで自慢してる場合ではない。リハビリ専用のマシーンも
数多く見られた。やっぱり大きな大学は違う。

さて引き戻そうとしたとき、なぜかドアが開いているランプを発見。
「まさか上までいけないよね」といいながらも入って、上がってみる
ことに。ぐるぐる歩く、歩く。「あれ、まだいける、まだいける」
といいながら歩くとついにスタジアムの中に入れてしまった。
2階席だが、逆にスタジアムが上からすべて見渡せる。傾斜が急な
せいか、2階席からもフィールドがよく見える。それにしても大きい。
ここで記念写真をぱちり。

元来た道を戻り、外にでる。今度はLSUのマスコットに対面。LSU
のニックネームはTigers。なんとすごいことにここでは本物の
虎を飼っている。スタジアム横に檻があり、名前はMikeとのこと。
市民にも人気でみんなに「Mike, Mike」と声をかけられている。
でも日本人2人が近寄ると、なんとなくにらめつけられている感じ。
歩いても目線をはずさない。珍しいのか。

LSU散策後、ヒューストンに向かう。結構I-10Westは混んでいる
感じがした。夜9時半、迷いながらも選手、スタッフが泊まる
ルネッサンスホテルに到着。そこでトレーナー連中と会い、談笑後
明日のチケットをもらう。57ドルのベンチに近い席2枚。値段から
もよさげなシートだ。

この後ダウンタウンを後にし、郊外の安いホテルを探す。たいして
郊外に出なくてもほどほどのホテルが見つかった。そして就寝。
明日の試合に備えておやすみなさい。



2002年12月25日(水) Houstonに行ってきます

予告です。明日、あさってと日記の遅れます。理由は急遽Houston
Bowlに行くことにしたからです。

日記に書いたとおり、昨日先生の家に行きました。そこでHouston
Bowlの話が出ました。「行きたいけどチケット持ってないし、
チケットそのものも高い」と話すといきなり「なんだ、本当に
行くのならチケットはどうにかしてやる」とのこと。えっ、本当?
しかも友達の分まで用意してくれるという。ラッキー。すでに
Houston入りしてるヘッドトレーナーのマットと話をしておいて
くれることになった。

で今日マットに電話する。「こんばんは、ジムさんから話が行ってる
かと思うのですが、、、」「おー、しゅういちたちのチケットはもう
手に入ってるよ。どうする?取りに来れる?」なんと話が早い。
チケットはもう入手済みだとのこと。ありがたい、ありがたい。

ということで明日早めに出て友達をニューオリンズで拾い、バトン
ルージュでLSU見学後、ヒューストン入り。チケットもらったあと
どこか郊外の安いホテルで一泊。で27日午前会場入り、ジムさん
がやってるテイルゲートに顔を出し、お腹をふくらませてから
正午スタジアムでGolden Eaglesを応援する運びとなりました。

最後の最後にして、1学生として自分の学校を応援しながら
フットボールを観ることが出来そうです。

これで今年テキサスに行くのは4度目です。うーん、縁でもあるのか?



2002年12月24日(火) クリスマスイブと冬の嵐

今日はクリスマスイブだが、アメリカ南東部の天気は大荒れだった。
朝3時、友達をニューオリンズ空港に送るためH'burgを出発。その
時すでにSevere weather警報が出ていた。走っていても時折もの
すごい風と雨に遭う。それでも行きはましで予定通りに友達を
送ることが出来た。問題は帰り。Slidel辺りでもろに嵐の中心に
出くわした。どんなにワイパーを早く作動させても前がほとんど
見えない。風が強くてハンドルを強く握っておかないと車ごと横に
吹き飛ばされそう。また外は雷が鳴り突然光る。

この絵ゲームで見たけど実際は初めて。死ぬかと思った。まわりに
車が走ってなくてよかった。3車線をもろに使って運転してた気がする。

どうにかしてハティスに戻った時、7時で夜が明けていたけど、ここ
でも風、雨の影響はすごかったようだ。まず固定されている信号が
傾いていて、修理していた。又家に帰る途中少なくとも2箇所で電柱が
傾いていて、朝も早くから普及作業に入っていた。

あとでTVをつけるとこれでもまだよかったとわかる。テキサスの
サンアントニオでは大雨で洪水が起きて、腰まで使っている映像を
見た。逆にオクラホマの辺りではどか雪が降って、クリスマス休暇
に急ぐ人々の足を奪っていた。雪のため事故も増えているらしい。
この低気圧はだんだんと北東に向かっているとのこと。明日には
東海岸の都市に達するだろう。ホワイトクリスマスはいいが。
かなり降りすぎとのこと。折角の時期に事故は最悪であろうから。

P.S.今日は先生の家にお呼ばれされて夕食をご馳走になってきました。
で何も持っていかないのに、今年もプレゼントをもらってしまった。
心が痛むーと思うもこの先生には前回帰国したときにお土産もって
帰ったからまだいいか。



2002年12月23日(月) CNNニュースをみて

今日午後から雷を伴う激しい雨が降ってきた。今、夜の10時過ぎ
だけど、外は雨。明朝、友達を送りにニューオリンズに行くから
安全運転のためにも小雨になって欲しいんだけど。

さてその午後、エンジンオイルの交換をしにSpeedeeに行った。
ここは細かい修理は出来ないものの、車の大まかなチェックや
いろんな液の交換をしてくれる。この間の修理工場でエンジン
オイルを交換してもよかったんだけど、値段聞いて高かったの
でこっちにした。もっとも自分で交換しようと思ったけど、
結局は面倒くさくなって頼むことにした。次回こそは自分で
やってみないと。

オイル交換、点検の間は控え室でコーヒーを飲みながらTVを
見ていた。チャンネルはCNNだった。そこでは盛んに北朝鮮が
一方的に米朝合意を破棄して、核開発を再開したことを報道
していた。核ミサイルは韓国、日本はおろかアメリカに達する
ものも開発中とのこと。番組の終わりではアンケートをとって
いて「アメリカの脅威となる国は? 1. イラク, 2、北朝鮮」
というものであった。

このアンケートの結果を見る前にお店を出たので、結果は知ら
ない。アメリカ国民はどちらだと思うのだろうか?イラクが
もし核爆弾を持っていたとしても、アメリカ大陸に届くよう
なミサイルは持ちえてないが、北朝鮮からは十分射程距離と
なる。彼らがもし持ったしたら、それこそ脅威になろう。

湾岸戦争もあり、フセインの方が顔が見えるが、金主席の方
が訳わからず不気味には映らないのだろうか?貧しさ、追い
込まれ度は恐らく北朝鮮の上で、必要ならば彼らの方が生命を
かけて必死になって仕掛けてくるだろう。

一体北朝鮮が何故ここまで追い込まれたか?金主席一族体制
の維持だけのためとしたら、崩壊したとはいえ共産主義を
提唱したレーニン(だっけ?)はきっと「これは共産主義
ではない」って言うと思うけど。

こんな中アンケートで3分の2が日朝友好条約を推進した日本。
世界で一番成功した共産主義を貫き通す日本。世界平和のため
に日本はさてどう動く?



2002年12月22日(日) NFLプレーオフの行方

NFLも第16週に入り、レギュラーシーズンも大詰めとなり
ました。昨日フィラデルフィアが勝って、地区優勝を
果たし、今日はレイダースとタイタンズが勝ってAFCで
地区優勝一番のりとなりました。

今年はNFCの方はすでに4チームがプレーオフ進出を決めて
おり(フィラデルフィア、タンパベイ、グリーンベイ、そ
してサンフランシスコ)、残る1つの席をいくつかのチーム
が争う状態。

AFCはそれに比べると団子状態で、5敗のチームが多数。
レイダースとタイタンズは地区優勝決めたものの、すでに
5敗しており、レベル的には低い。今年はNFCがスーパー
ボウルを制すのか?

特にタイタンズは開幕当初とても勝ち越すチームとは思えな
かった。オフェンスは出ない、ディフェンスは止まらない。
ファンタジーフットボールでタイタンズの選手を持っていて
も使えなかった。実際開幕から1勝4敗のスタート。それがあれ
よあれよというまに地区優勝。ちょっとびっくり。ただこれも
属する地区のレベルが低いおかげだと思う。同じ地区には
インディアナポリス、ジャクソンビル、そして新興チームの
ヒューストン。昨年勝ち越したチームは皆無の地区。これは
楽すぎる。従ってプレーオフではすぐに姿を消すでしょう。

そして気になるファンタジーフットボールリーグの行方だけ
ど、今年も終わってしまったようだ。シーズン終盤になると
主力選手に怪我が出たり、全く知らない選手が活躍したりと
困難を極めさせてくれる。そのおかげで参加してる1つの
リーグで敗退が決まってしまった。もう一つも今週はかなり
やばい。明日出る結果が怖い。



2002年12月21日(土) 今日の作業は?

昨日、ネットに長居したため、遅い朝のめざめ。なんとなく
テレビをつけると、NFLの試合前のショーをやってる。土曜日
なのに何故?と思うと、すでにカレッジフットボールが終了
したので、土曜日も試合をするようになったのだ。いよいよ
NFLのレギュラーシーズン大詰めである。

気づくとすでにカレッジのボウルゲームも始まっている。
C-USAからの出場した2校はともに負けている。なんか
カンファレンスのレベルの低さを露呈してるみたいで、なんと
も気分が悪い。やっぱりC-USAはNCAA Div-1でもマイナー
カンファレンスから抜け出せないのか。試合を見たくでも
放映はESPN系列で見れない。ケーブルTV会社は本当にささやか
な僕の娯楽を奪った。

さて今日したことは、PCのメンテナンス。通常毎日使うのに
なかなか時間がかかるメンテはなかなか出来ない。まず
Windows Updateでセキュリティ関係のパッチをダウンロード。
(みなさんも時間があるときは是非やって下さい。)そして
メーカーのサイトに行って、最新版のドライバをチェックして
必要があるのはダウンロード。そして最後にノートン動かして
ディスクの診断したあと、speed diskやって、フラグメント
を解消した。

かなり時間はかかったが(その間はNFL観戦)、ちょっと前に
すべて終了した。speed diskをやったあと、気のせいか
PCの立ち上がりが早くなり、プログラムの起動も早くなった。
使っていて気持ちがいい。

明日はバックアップ作業でもしようかな。



2002年12月20日(金) 洗車しました

いつのまにか金曜日。休みは本当に早く過ぎていく。
午前中は学期中に使ったノートの整理。小さなファイルから
大きなファイル一つにまとめて、本棚へ。いらないものは
勇気をもって捨てる。そうでないと引越しのとき大変。

午後は車を洗った。水洗いは今年なんどかしたけど、完全
洗車はほぼ1年ぶり。車に悪いなぁ、と思いつつ1年の垢を
落とす。まず全体を水を流しながら軽くブラシで洗う。
その後シャンプー入りの水でもう一度全体を洗う。また
水で流して、その後乾拭き。ここで休憩。

その後ワックスをかけて、頑固や汚れをとる。そして
また乾拭き。なんだかんだいって2時間かかって完了。
いい運動になった。車はかなりきれいになった気がする。
車も喜んでくれてることだろう。

窓は別の洗剤で磨くので、明日にすることにした。ワイパー
も取替え時期かな。雨の日、水はけ悪くて視界がイマイチ
だから。もうすぐこの車も10万マイル。エンジンそのものは
すごく元気だけど、変えなきゃいけないものは変えないと。
バッテリーも確認しよう。あっ、オイル交換も必要だ。

今までの日記でわかる通り、日本にいるときよりは確実に
車に詳しくなってる気がする。「えっ、この程度で?」って
言われそうだけど、昔は家の車乗っていたから、中古で
こんなハイマイレージの車なんて乗ったことなかったよん。



2002年12月19日(木) 夏(秋?)が帰ってきた

「暑い」

これが今のハティスの気候である。12月も下旬に入ろうと
しているのに、朝から70Fを越えている。湿気もあってむしむし
する。外に出て耳を澄ますとぶんぶん冷房のファンが回っている
音がする。どこかの部屋では冷房すらつけてるらしい。いくら
去年でもこんなことなかったのに。

昼過ぎになるとなんとトルネード警報が出た。本当かなって
思ってると、予報通り夏のような短時間でザァーという雷を伴った
雨が降った。それでまたむしむし度増す。これっておかしいよね?

そんな天気につられて今日はなんだかのんびり。なんとなく時間
をすごしてしまったが、たまには(?)そんなこともいいだろう。
図書館行って興味ある記事をコピーして、その後Payne Centerで
汗を流した。

そうそう、この冬の目標だけど、少し痩せようかなって。今まで
筋トレして身体は大きくなったけど、有酸素系の運動が嫌いで
あんまりしないからなんか贅肉が増えてる気がする。やばいっしょ。
食べる量は昔と比べて確実に減ってるのにさ、年はとりたくないなぁ。

ということで今冬は有酸素系の運動に励むことにきーめた。
3週間で2lbsぐらい体重落ちないかな。



2002年12月18日(水) またまた車の話

車のエンジンそのものは快調になったが、まだ一つ気にかかる
ことがあった。10月に車検に出さなくてはいけないのに、まだ
済ましてなかったのだ。車検については後で説明するが、行か
なかった理由はスモールランプが切れていて、取り替える必要
があったが、ねじをはずすプラスのドライバーを持っていなく
て、ランプをはずせなかったからだ。

おとといウォールマートに行って、そこそこのドライバーを買った。
安物買いの銭失いはしていけない、という友達の助言に従った。
安いものは使いづらく、すぐだめになるからとのこと。ところが
このドライバーは大きすぎて、狭いところにある一つのねじが
はずせないことが判明。もう買うのは嫌なので、誰かから借りよう。

運良くひろから電話があり、彼が貸してくれることに。

で今日の昼間、すべてをはずしランプの型をチェック。再び
ウォールマートに行ってランプを買い、その駐車場でつけ直して
みた。見事、復活。ねじをすべて戻り、その足で車検をしてくれ
る場所に行った。

車検というと日本では大袈裟だが、ここミシシッピでは実は非常
に簡単である。やったこと。ランプつけてロービーム、ハイビーム、
スモールランプをつくか確認。ウインカー、ブレーキランプが前後
左右つくか確認。以上、しめて5ドル。

ステッカーを張り替えてもらった。これで昨日の修理完了とあわせ
車関連の懸案事項すべて完了。あ、オイル交換しなくちゃいけない
けど、この際自分でやってみようかな?



2002年12月17日(火) また車を修理に出す

アトランタに行って帰ってきたら、また前回と同じ症状が
復活し、特にエンジンかけ始めのアイドリング時で回転数
が不安定となる。なので文句をいいに朝一番で車修理工場
に持っていった。

また内容を説明。この間きたけど長距離運転したら同じ
症状がすぐでた。直ってないと伝える。お店の人はただ
一言「じゃ、また見てみるよ。」彼らは絶対に謝らない。
2度手間をかけさせても、である。さらに今回は2時間ぐらい
かかる、というので家で待つことにした。こういう場合、
別の車で送ってくれる。

家で待つが、2時間たっても何も連絡がない。ま、やること
はあるので掃除、洗濯、書類の整理などをしてた。でも
すぐに飽きる。でかけたいなぁ、今日も天気がいいしゴルフ
の練習に行きたいなぁ、と思うも車がない。休みに車がない
というのは本当に不便だ。

いつのまにか、カウチでふて寝してた。時計を見ると4時。
おい、まだ出来ないのか?確かあそこは5時前後にしまる。
早めに確認しないと明日以降になってしまう。

電話してみる。「午前中車預けて電話待ってるんですが
まだ修理終わってませんか?」「車は?」「日産のピック
アップです」「終わってるよ。調子はいいよ。またEGRバルブ
のところのカーボンとったけど、今度は大丈夫だよ。万が一、
同じ症状が発生したらその辺りの(詳しいシステム名は忘れた)
掃除をしなきゃいけないけど、その心配はいらないと思うよ」

直ったのにはほっとしたが、電話しろ、一度で直せ、と思った。
去年も同様に不具合が起きてそこに修理に出したが、やっぱり
2度手間かけさせられた。これもアメリカだからなのか?

取りに行って、とりあえず元に戻っているのを確認した。
次回長距離運転して何もならないのを祈る。



2002年12月16日(月) 休日にやること

楽しいアトランタ遠征も終わった。テストの頃から寝不足
気味だったので、今日は久しぶりに昼頃まで寝ていた。運動
不足なのか、それとも年なのか、最近眠りが浅い気がする。
それが昔みたいにガァー寝れた。なんとも気持ちがいい。

昼ごと目覚め、トースト焼いて食べて、はて何しようと
考えた。この休みに実はやらなきゃいけないことは多い。
今年よく考えてみると春学期の後日本に帰ったので(帰国
は帰国で遊びに忙しかったりする)ここでゆっくり休んだの
は去年の同時期以来となる。夏の終わりの休みは全くないし、
秋は忙しいの一言だ。

部屋を片そう、行きたい大学院を探そう、レジュメを書こう
連絡をまったくしてない友人に久しぶりに存在証明のメイル
を送ろう、などなどいろいろ頭に思いついた。うーん、何か
ら始めるべきか、としばし考える。

外を見る。晴れてていい天気。たまたまつなげていたネット
で外の気温を知る。68F。何、20C?なんて暖かいんだ。実際
ドアをあけて外の空気を感じると、アトランタと違って本当
に暖かい。そこでふと一つの思いがよぎる。「ゴルフしなきゃ」

そう、アトランタでのゴルフはストレスがたまるものだった。
初めてでコースがわからない上に、狭い。不安定なウッドは
全く使えなかった。またアプローチ、パットは全然だめだった。
結果久しぶりに100以上叩いて、完敗。「練習しなきゃ」
そうと思ったらすぐ実行。いつものバンフックへ行った。

混んでいたのと、一人で回っていたのもあり、スコア度外視
で各ホール打てるだけ打った。特に最近のお気楽ゴルフで
おざなりになっているパットを何度も練習した。もともと
パットはうまくないけど、短いのですら入らない自分に苛立つ。

帰り道、この休みにやらなくてはいけない重大なことが思いついた。
「ゴルフうまくなろう」ハティスにいられる時間は残り少ないから。



2002年12月15日(日) Atlanta 3日目

朝起きて、またご飯をご馳走になり、その後UGAへ。聞いていた
通り典型的な学生街で、その街はでかい。学校行くまでには
学生向けともいえるお店が並び、映画で見るようだ。

時間的制約上車の中から見ることになるが、歩いて見たらえらい
ことになっていただろう。広い上に、アップダウンがある。学生
は通常校内の移動でも無料のバスを使うそうだ。市バスも無料
らしい。これが学費や必要経費に入っているのなら、多少高い
のも許容範囲といえる。

念願のフットボールスタジアムに行った。道路に近いのには
びっくりしたが、更にでかい。特に縦にでかい。本当にbowlといった
感じ。このスタジアムが毎回埋まるのには本当にびっくりさせられる。
練習場にも足を運ぶ。天然芝の練習場2面に人工芝練習場1面があった。
これには別にびっくりはしなかったが、一度どういう練習をやって
いるのかには興味がある。トレーニングルームも見れればよかった
が、学期が終了し、朝も早いためか人影はなかった。きっと施設も
大きいことだろう。

その後、また前述の友人のホテルに向かう。ここではもう一人の
USM出身の友達と会うことに。これで合計4人となる。で午後から
お約束のゴルフ。昨日とはうって違い穏やかな気候に。しかし
狭くてアップダウンが激しいテクニカルなコースだったためか、
みんな揃って大叩きする。何しろティーにたってもどこが旗で
どこに打っていいのだかわからないのだから。気分的にすっきり
しないものの、仲間と再会を果たし、ゴルフは楽しむものなのだか
らこれでよしとする。

その後夕食は中華を食べる。これがおいしい。バッフェ形式でない
中華を食べたが、本当おいしかった。ハティスにはあんなのあり
ません。ここでも又ご馳走になってしまった。アトランタにわざわざ
足を運んだとは言え、恐縮する限り。ご馳走さまでした。

その後友人の滞在先ホテルに戻り、しばし歓談後、帰途につく。
帰りは歌いまくって眠気を吹き飛ばすも、ミシシッピに入って
気が緩んだのか、睡魔が急にやってくる。なのでメリディアン、
ローレルとミシシッピで2回休んでしまった。それでも安全が優先
だから仕方ないでしょう。どうにか無事帰宅。

こうして学期終了後のアトランタ遠征は終わりました。日本語を
しゃべるだけでなく、旧友との話は実りあり、楽しいひとときでした。

この場を借りて、いろいろとお世話してくれた友達にあらためて
感謝します。ありがとね。



2002年12月14日(土) Atlanta 2日目

朝方まで話したので、遅い朝の目覚め。お互い眠い目を
こすりながら、まずは朝食兼昼食をとりにレストランへ。

さすがアトランタ、日本食レストランがあった。そこで
ぼくはなんとサンマ焼き定食を食べた。N.O.であじを
ご馳走になったときはあったがアメリカで秋刀魚を食べる
のは初めてだろう。ご飯に秋刀魚2匹、そしてその横には
大根おろしもあった。まさに秋刀魚定食。骨をとって
食べるのがぼくの主義のため、時間がかかったがとても
おいしくいただいた。やっぱりお魚はおいしい。ただ
ご飯おかわりに課金するのはいただけない。あんなちょっと
でさんま2匹は食べられません。中華料理だってご飯お代わり
自由なのに。

さらにここは社会人である友人におごってもらうことに。
年上だけど学生の身であるために、なんとも有難い話。
おいしい日本食の上にごっち。感謝、感謝。

その後、アトランタ観光のためにダウンタウンへ。
お約束とも言える、CNNとコカコーラに行った。でもお金
ないので外から見てるだけー。(中に入る価値はあるのか?
次回のために、参考意見を求む)街そのものは楽しめたが
南部というのに外が寒い。ハティスでは考えられない寒さ。
おかげで少し風邪を引いてしまった。後でわかったことだ
が、その日体感温度で27F。寒いわけだ。

その後戻って、クリスマスパーティに参加しなくてはいけ
ない社会人の友人を送り、ぼくは学生の友達のおうちに
おじゃまさせてもらうことに。目的は次の日に彼の大学を
案内してもらうため。今彼の大学のフットボールは全米
4位で、お正月にシュガーボウルに出場する強豪校。また
大学も比べならないぐらい大きく、ここまできたら一度
訪問してみたかった。

そこでも夕食をご馳走になり、宿も貸してもらった。彼に
も好意に甘え、感謝の嵐。

夜は鼻水もたれていたので、早く寝ようかと思ったが
なんとなく話しているうちに、夜が更けてしまった。
海外で一人で生活してる身にとって、共通の悩みは多い。
あぁ彼も同じことを考えてるんだと、安心すること多し。

お互いがんばりましょ、ということでその日は床に着きました。



2002年12月13日(金) Atlanta 1日目

今日をざっとおさらい。

朝4時にプロジェクトを終え、メールにてファイルを提出。
内容は、、、出しただけ。もうどうでもよくなっている。
後悔先に立たずとはこのこと。しかし終わってしまった
ことは仕方ないので、前向きに、前向きに。

で午前中は8時からトレーニングルームで今学期最後の
ご奉公。選手はぽつぽつとしかこなかった。そりゃそうだ、
試験が終わればみな帰ってしまう。

そんな中で来年の学生シンポジウムで使われるスキット
の撮影取りが行われた。ぼくもボランティアを申し出て
いたので、役が与えられた。陸上選手の役。名前はJoe
Fast。選手役のため台詞は少ないが、演技が求められた。
うーん、うまくいっただろうか。カメラクルーはちゃんと
した人で、これから編集もある模様。どう完成されるのやら。

その後家に戻り、2時間弱仮眠してアトランタに向かう。
途中ショックなことに、直したはずの車が同じトラブル
の症状を起こした。ったく、前回と同じくあの修理工場は
1回では完璧に直してくれない。また持っていく手間が
出来てしまうことに、やるせなさが漂った。

地図のおかげで人との待ち合わせ場所にスムーズにつくが
待ち合わせたはずの場所がない。あとでわかったことだが、
写した住所が間違っていたらしい。周りは高級住宅街みたい
で、大きなお家と林。待ち合わせのガススタンドが見当たら
ない。何度も周辺をうろうろし、電話をかける場所もみつか
らず、仕方なく近くにあった教会の駐車場で途方にくれてい
ると、なんと友達が見つけてくれた。明るい所だったので
目にとまったらしい。ラッキー。どうにかこれでハティス
直帰は免れた。

で彼に誘導で、もう一人の友人が滞在するホテルに着く。
数十分後、もう一人の友達と再会。数年前にハティスにて
知り合った同士が、数年後にアトランタにて再会を果たす。
一人は今日本から出張でアトランタ、もう一人はジョージア
に他の地区にある大学で学生生活をすごす身だが、こんな
ところでまた会えるとはとちょっと感傷的になる。疲れている
のにも関わらず、結構朝方まで話してしまった。

思い直すと今日は起きている時間が非常に長かった。



2002年12月12日(木) 車復活!だけど、、、

今日早朝にかずやをN.O.まで送った後(彼は日本一時帰国)
その足で車を修理工場に持っていった。

まずは事情を説明。それでコンピュータテストをやると
言う。去年と全く同じ。3,40分でできるというから、じゃ
待つと返事する。

待つこと1時間。作業が終わるどころか、まだぼくの車を
修理上に動かしてすらいない。

1時間半、ようやく車を動かしてくれた。さて検査に入る。
元気になってね、と祈る。

それから3,40分経過。まだらしい。

さらに1時間経過、いい加減に切れてどうなってるかと聞こう
としたとき、自分の車が駐車場に戻ってくるのが見えた。
そして呼ばれて説明を受け、すでに直したという。

「おい、検査してもすぐ直せとは言ってないのに。予算だって
あるんだぞ」

と思いつつ金額を見ると作業賃だけだった。部品の交換が
必要なかったのが幸い。なら納得して払う。

説明によるとコンピュータテストにEGRバルブに異常が見つかり、
そのバルブを開けてたまっているカーボンを除去したら直った
とのこと。EGRバルブの機能がはっきりしなかったので、ネット
で調べてみると、びっくり。去年の12月にも排気異常警告ランプ
がつき、ここに来て修理を依頼したことがあった。そのときは
最初EGRバルブの交換を検討したが、後になって「一部の小さな
バルブの交換だけで済むことがわかった。その方が安くできるし
よかったね。」といういきさつがあった。

そのときは確かに安くすんだ。しかしまた今年同じ個所に問題
発生。しかも去年交換を検討した個所のカーボン除去したのみ。
大丈夫なのか?少ししたらまた発生するのではないか?そもそも
去年部品代がかかっても、すべて交換したほうが実は安上がり
じゃなかったんだろうか?

さらに新事実発見。ネットにて以下の情報を得る。

EGRは排気ガスの一部を排気管から取り出し吸気管を通してエンジン
へ再び戻し再燃焼有害ガスの発生を低下させるバルブです。

シリンダー内に入った混合空気が圧縮・爆発の後排出される(排出ガス)
際、その一部をEGRバルブにより吸気側に戻し燃料室内に再循環させて
新しい吸入空気と混合させると、燃焼室内空気の酸素濃度を低くすること
ができます。これにより、シリンダー内での燃焼をゆるやかにし、燃料温度
を下げて、NOx(窒素酸化物)排出量を低減させるシステムがEGR
(Exhaust Gas Recirculation:排出ガス再循環装置)です。


これを読むと環境にやさしい車の1システムのように聞こえる。しかし、
恐らく走り屋のHPによると、

EGR機能はエキゾーストマニホールドからインティークマニホールドへ
排気ガスを再循環する装置、てことは吸気に酸素が減るのと吸気温度が
上がるから充填効率が悪くなる、てことは馬力が落ちる。それだけじゃ
ないよ、循環された排気ガスの中には当然すすなどが一緒に送られるので
インティークマニホールドの内部は真っ黒、一番悪いのはそのすすが
センサーの口を塞ぎ動作不良を引き起こすこと、それにすすそのものが
研磨剤のような性質を持っているのでシリンダー内壁やバルブそれに
バルブガイドにも悪影響を与えるってことです。生かしておけば良い事
がないっすね。


何?馬力落とす元凶で、エンジンにも悪影響を与えるっていうことか。
さらに以下のページを発見。

日産旧車用AACバルブ&EGRバルブ殺し(の方法)\3,500

うーん、環境も大事だが今はおれの財布も大事だ。はるかにこっちのが
安いし、馬力もあがる。次回同じところが調子悪くなったら、、、、

どうするかは言うまでもない。だってここミシシッピだもん。



2002年12月11日(水) テストが終わり、、、

今日2つのテストが終わり、今学期は残すところプロジェクト
1つのみとなった。

毎度のことながら、何故もっと早くから始めなかったかと
また同じ後悔を繰り返している。少なくとも月曜日にのんき
にマンデーナイトフットボールを見るのを我慢してたら、
今日のテストの出来は上々だったはずなのに。

あとちょっとのところで思い出せない。大まかに理解してて
も英語でずばり「あの」言葉が出てこない。もちろん記述式
だから遠まわしにはかけるけど、なんともしまらない解答と
なる。やっぱりあの「単語」を使いたい。でもなんだっけ?

来年こそはきちんとテスト前にもっと前から準備することを
誓います。今年はあきらめた。

車はかなりご心配をいただいてますが、明日修理工場にもって
いくことに決めました。お金ないのに、また痛い出費となりそう
です。



2002年12月10日(火) 自分の車

今日かずやからの紹介で、いちくんとはやとくんに自分の
車を見てもらった。「スパークプラグかな」ということ
で早速買いに行き、付け替えてもらうことに。

なんだかぼくの車のエンジンルームは作業しづらいみたい。
しかもちょっと遅くなって周りも暗くなってきたし。

ただ彼らの努力によって無事付け替え完了。さぁ、直って
るかなと思ってエンジンをかける。

「ぶるん、ぶるん」

あらら、まだ安定しない。スパークプラグだけじゃなかった
んだ、とみながっくし。他にも直せそうな要素はあるみたい
だったけど、寒いし、暗いし、明日テストもあるというので
今回はここまでにしてもらった。

ということで明日かあさってに修理工場行きです。あぁーあ。
エンジンではなさそう、というのが不幸中の幸いだけど。

彼らには忙しい中、寒い中作業をしてもらって感謝してます。
ただわがままで、正直に自分のどこが調子悪いか話してくれ
ない愛車にちょっとがっかり。勝手に直るのもありだけどね。



2002年12月09日(月) クリスマスパーティ

昨日の日曜日、ぼくが担当しているソフトボール部の
クリスマスパーティがあった。でもあること言われたのが
前の日で、プレゼントもってこいと言われたのは1時間前。
学生とは言え、もう少し前もって連絡を入れるべきだ、と
思うのは自分がおやじなのか、それとも日本人なのか。

場所はヘッドコーチの家に集合だった。電話で道を聞いた
だけだけど、恐らく初めて迷わずそこへたどり着いた。
相変わらず車の調子は悪いけど。

お約束のごとくおうちは電飾されていて、外から見ても
綺麗。また部屋の中には大きなツリーが飾られていた。
中に入ると、ちょっと久しぶりに会う面々。1ヶ月離れて
いただけだけど、毎日練習で顔を合わせていたときに
比べてしまうと、どうしても久しぶりになる。

着くなりガンボとレモネードをごちそうになった。ガンボ
は本当においしい。今日はチキンのガンボだったが、どんな
種類のガンボでもぼくは大丈夫。南部料理で一番好きかも
知れない。おかわりまでさせてもらった。

その後はプレゼント交換。前もって10ドル以内で見つける
と決まっているので、かわいいものだ。ぼくはchili's(
スペルは怪しい)のギフトチケットをプレゼントし、代わり
にUSMのニットの帽子をもらった。これはラッキー。通学の
ため風切って自転車を毎日こぐには寒い季節になったので、
すごくグッドタイミング。くれた人に感謝した。

で全員のプレゼント交換が終わると、うーん、さすがチーム
ミーティングに入った。試験が終わって家に帰ってクリスマス
に休むのはいいが、ずーっと寝っころがっているのはやめて
くれ、きちんと調整しなさいと。それと来年の目標、どこまで
を目標とするか?ま、せめてNCAAのregionalは行って欲しいが
若いチームだけに無理はいえぬか。

それでも試験前ということもあり、パーティ、ミーティング
すべて2時間弱で終わった。来年彼らの活躍を期待しましょ。

みなさん、メリークリスマス。



2002年12月08日(日) 英語と日本語の語感の違い

友人のHPにて色の話が出ていた。確かに男はあまり色に
関して語彙が少ない気ようながする。というかあまり関心が
ないような気がする。ただ色そのものは好むが。

男女間ではないが、友人がおいていってくれた本の中で、
英語と日本語における、色の認識の違いが指摘されていた。
例文はこうである。

I looked up at the numbers I was passing.
24, 23, 22, 21. Diana lodge (presumably 20,
with an orange cat on the gate post washing its face), 19...

問題はこのorangeだ。直訳すると「オレンジ色の」猫が顔を洗って
いた?一体どんな種類の猫となる。でもオレンジといわれれば
あの果物のオレンジ色しか思いつかない。

作者が言うように自分もorangeを辞書で調べてみた。ちょっと
作者の予想とは違っていて、この辞書(研究社 New Collegiate
English-Japanese dictionary)にはちゃんとここに当てはまる
解答が載っていた。この辞書はこの作者の本よりあとに出版
されたのかも知れない。

1、オレンジ色、橙色(赤色と黄色の中間色;茶色も含む)

もうお気づきでしょう。この猫は明るい茶色をした猫だったようで
ある。でも確かにこの知識がなければ不思議な印象を受ける。

色の話ならば、自分では髪の毛でredという色がどうしても
納得がいかない。何であの髪が赤なんだ?確かにブロンドでなけ
ればブラウンでもないが、赤ではないだろうといつも思ってしまう。
ただ日本語でもあの髪の色は赤というのだろうけど、じゃどこから
どうしてあの髪を赤というのか、根拠が聞きたい。

色ではないが、日本で大きく誤解されている(と思う)英単語がある。

それは「Hip」だ。

Hipは日本語のヒップではない。基本的に「お尻」という訳は
誤訳だと思う。筋肉名(総称)でhip flexersというのがあるが、
これはどこかというと骨盤の前の部分、立っているとすると膝を
もちあげるのに使う筋肉がhip flexersである。つまり腰から下
の後ろの部分ではなく、前(hipの正確な意味からすると横も含む
けど)なのだ。もし信じないのならアメリカ人の友達に「hipって
どこ、指差してみて」って聞いてみるといい。100人中100人が骨盤
の前から横の部分をさするはず。

で日本語のお尻に相当するのは何かというと、言うまでもないが
buttocks。筋肉だったら主にGluteus Maximusが相当する。

ついでに俗語はbutt。調子にのって例をあげよう。
次の意味はなんでしょう。

butt pirates

これはアメリカ人に聞いてもピンと来る人と来ない人がいるはず。
ぼくが聞いたところによるとmuddy helmetも同意語だそうです。
ただ公の場でこの解答は避けたほうがいいので、興味がある方は
掲示板にて「答え教えて」とメッセージをお残し下さい。個別
メールにて対応します。

いやぁ、今日は教養深い日記だ。



2002年12月07日(土) UNOに行きました

テストを受けにニューオリンズまで行ってきた。正確に言うと
UNO(Univ. of New Olreans)で、こっちからだとフレンチ
クォーターに行くときより手前だった。

朝6時、車に乗ろうとすると、フロントガラスにすべて霜が
下りている。ワイパー動かしても取れないので、家に戻って
やかんを取り出し、さっき紅茶を飲むのに沸かした残り湯を
かけた。これでやっと前と横が見えるようになる。うしろの
荷台を見ると、氷が張っていた。寒いわけだ。

で2時間弱で向こうに到着。いつもYahooの地図を使って
前調べしてるので、大幅に迷うことはない。校内で迷うも
無事会場につく。National Examというのに人が少ない。
総勢21人の受験者だった。この資格はあまり人気がないのか?

で試験を午前、午後2時間ずつ受けてきた。感想?午前中は
出来たと思う。午後はまたなんともいえない。前回よりははるか
に勉強した分(というか前回は無謀にも全く勉強しなかった)
わかった問題も多かったが、一方で相変わらず見たこと聞いた
こともないことが出題された。一体どうなってるの?ともあれ
やさしいみなさんはぼくが合格することを祈っていて下さい。

で、試験後、ちょっとフレンチクォーターによってお茶でも
するかと思って車に乗ると、あれ、エンジンかかっても
アイドリングが不安定。ぐいんぐいんしてる。そのままに
しておくと止まってしまいそう。これはやばいと家に直行
することにする。高速走行してると問題ないが、交差点で
止まるとまた「ぐいんぐいん」する。クラッチのつなぎも
低速では不安定で多少のノッキングする。あぁ、ハティスまで
もつといいが。

Slidelで給油をした。このときも同じ現象が起きていたが、
車そのものは動いた。ほっ、このまま止まる前に帰ろう、と
帰途へ。そしてハティス内でも何度か交差点にとまったか
無事家についた。よかった。

これは朝寒かったせいで一過性のものなのか、それとも要修理
なのかはわからない。明日、もう一度確認してみてどうするか
決めようと思うけど。こんなときに車に詳しければなぁ、と
心から思う。



2002年12月06日(金) やらないと

毎日日記を書いているので、こいつは暇なのでは?と
思われる方がいらっしゃるかと思うが、確かにそう
言えなくはない。時間がない、といいながら日記を
書き、メールを読み、ネットサーフィンをちょこっと
する時間はあったりする。立派な暇人である。

明日テストでニューオリンズに行くというのに、今日も
インターネットに長居してしまった。今次の大学院先を
探して、日英両方の言語でいろんなサイトを見てるけど、
結論が出た。

「このままじゃだめだ!」

自分は理系だからGREのvervalなんてそこそこでいいじゃん
って思ってたけど、日本の大学で理系出身だって、みんな
もっととってる。うー、3年近くアメリカにいたなんて
恥ずかしくていえない。それとも南部ののんびり気質が
いけなかったか。

明日は朝早いけど、これから少しでもテストに向け勉強しよう。
で来週もファイナルあるけど、今まで以上に勉強してみよう。

自分が現状にいかに甘えているか痛感出来た数十分だった。
だらけて時間を無駄にしてる場合ではない。



2002年12月05日(木) ミシシッピの天気とみんなの服装

昨日友達の日記によるとそこは寒いという。こっちは
雨が降ったけどそのおかげか暖かかった。一般には
同じ南部に属するけど、ずいぶんと違うんだな、さすが
アメリカは大きいなぁ、と関心していた。

ところが、今日になったら一気に冷え込んだ。昼間から
恐らく摂氏で10度を越えない。昨日と比べて20℃は
変わっただろう。自転車での通学も風を切るたびに耳が
少し痛い。

先ほど調べたら午後5時ぐらいで3度だという。それは
寒いわな。でも個人的にはこのぐらいの寒い気候も好き。
どちらかというと寒いぐらいの方がぼくにとってはいい
ような気がする。寒いって言いながら涼しくて心地いい
とも思ってるし。寒けりゃただ服を着ればいいのだから。

ただ周りを見るとびっくりした。まるでスキーに行く格好
である。毛糸の帽子に耳当て、手袋をして服の重ね着は
ハンパでない。もともとでかいのがさらに大きくなって
着だるまになってる。まるでぬいぐるみに入った営業の
人が歩いているみたい。

一方でやはり謎のTシャツ姿がいる。ただ彼も寒いらしく
震えて肌をさすっている。その辺りの駐車場までの我慢
かと思ってみてると、いっこうに車につかない。彼は
やはりこんな格好で部屋から出てきたんだろう。

それとも余りの天候の変わりの早さについていけなかった
のか?それとも大丈夫だと思ったのか?彼に聞いてみれば
よかった。



2002年12月04日(水) 対照的なメール

今日2つの大学院から質問に対する返答のメールが来た。

1つ目、全く質問に答えず「HPを読んでください」と
言うメール。すでにフォーマットが出きている無味乾燥
なメールだった。唯一書くところがおれの名前なのに、
スペル間違ってる。むかついた。しかもそのページ
調べても質問した内容は書いてなかった。2度むかつく。
ちなみにこれだけの返答に1週間以上かかった。USM並
の対応だ。

2つ目、ばかげた質問に聞こえたかも知れないが、非常
に丁寧な回答をしてもらえた。しかも出した次の日に
返答が来る。たまたまかも知れないが、全く悪い気が
しない。

そうはいってもぼくはどちらの大学院にも出願する
つもり。どっちに行きたいかは明白だけど、果たして
どっちに行くでしょうか?



2002年12月03日(火) 12/3は何の日?

今日はまた暖かさが戻ってきた。テレビ観てたら70F付近
まで気温が上がる。計算して20度越えてるのを確認。やはり
ここはおかしい。今日はまたTシャツ姿に戻った。

ちなみに今日髪の毛を切りに床屋に行った。平日床屋に
行くのははじめてである。行ってみると週末にはみかけ
ないカット屋さんばかり。さてどんな髪型になるやら、
と怖いの半分、楽しみ半分。

ただ幸いなことに自分、あまり髪には執着がない。大学で
部活やってるときは、合宿中に友達が切ってくれたし、
その後は学校の床屋(バーバーソフィア、通称バーソフィ)
で済ませていた。おしゃれというには程遠いが、それでも
十分だった。ふと思い出したけど、マスターのおやっさんは
元気だろうか?

で切って欲しい髪形を説明。ぼくはいつも「No.2 fade」
である。で襟足全体を「fade out」してくれと言う。幸い
この言葉を覚えてから大はずれはなくなった。それでも
個人差はあるんだけど。今日の人は正解。仕事も丁寧だったし
きちんと髪を払ってくれた。次回この人がいたらこの人に
頼もう。

さてやっと題名の話だけど、12/3は何の日でしょう?勿論
いろんな応えはあるだろうけど、ぼくが思いつくのは
「フランシスコ・ザビエル生誕の日」別にぼくがクリスチャン
でもなければ授業で習ったわけでもないのだが、この日は
彼のおかげでいつも大学が休講になった。だから覚えてる。

そもそもの理由はザビエルが大昔(16世紀?17世紀?)日本
にやってきてキリスト教を伝来したとき、同時に日本で建学の
志を伝えたという。(当時に日本には大学のような高等教育機関
は存在しなかった。)その志を受け継いでドイツのケルンにある
その宗派のなんとか教会が多額の寄付をし、後に東京にぼくの
出身大学を設立したらしい。その名残か今でもヨーロッパ出身の
宣教師兼先生が非常に多い。(ただし日本語もうまい)

ただ、本当の設立日や開学日を休みにしないで、小学生でも
知ってるザビエルの誕生日を休みにしたのはちょっと意図的で
いやらしいって思いません?



2002年12月02日(月) USMはHouston Bowlへ

今日の午前中に授業に行くと、友人からうちのフットボール
はHouston Bowlに招待されて、出場を快諾したという話を
聞きました。Hawaiiではないのか、と思ったけど学校側から
すれば比較的近いヒューストン、しかも新しく出来た
ヒューストンテキサンズの本拠地ということで、興行的に
は成功を収めるだろうから、きっと胸をなでおろしている
はず。相手はBig12からで未定だけど、それなりの相手が
来るはず。

もしもの話だけどうちがTulaneに馬鹿みたいな負けをしな
ければLiberty Bowlだったらしい。もったいない。

ただ統計を見て笑った。うちはカンファレンスUSAの中で
一番点が取れないチームだ。今年1勝しかしてないArmy
より点が取れない。なんでこんなにオフェンスが悪いん
だろう、これは選手のせいかそれともコーチのせいか?

ちなみにうちのカンファレンスで決定しているのは

TCU - vs Colorado State @ Liberty Bowl
Louisville - vs Marshall @ GMAC Mobile Bowl
USM - vs ? @ Houston Bowl
Tulane - vs North Texas @ New Orleans or vs Hawaii @ Hawaii

Cincinnatiは今週の試合(vs ECU)に勝つとNew Orleans Bowlへ。
そしてその余波でTulaneはHawaii Bowl行きとなる。もし負けた
場合はTulaneがNew Orleans Bowlで、Hawaii Bowlはうちの
カンファレンスからは該当なし(チームが勝ち越していないと
いけないため)なるらしい。

いやはやポストシーズンの試合も見えてきた。



2002年12月01日(日) 巨人のある投手の給料について

昨日インターネットでニュースを読んでいると、ある巨人軍
の投手の年棒が出て、その値と今年の成績をみてびっくりした。

9勝8敗の投手が3億もらえるの???

1年を通してローテーションを守ったとはいえ9勝どまり。
しかも重量打線といわれるほど、援護を。多く期待できる
チーム。何で???

別に生え抜きでチームにずっと貢献してきたわけでもない。
経験を若手に伝えるって言っても、一人のコーチの給料よりも
高くつくほど価値があるものだろうか?

大リーグの場合、高給をもらっている人は高齢でも若手以上
に成績を残し、チームに目に見える形で貢献してる。どんな
に名声をはした選手でも、成績が落ち続けて並の選手に
なったときは引退するか、野球を続けるためにかなりの減給を
飲みこんで残留するかどちらかだ。あまりにも査定が甘いの
ではないか?そんな金があったら、もっと可能性がある若手
を雇って投資すべきなんじゃないだろうか?

自分は東京下町生まれでおやじは大の巨人ファン。おやじは
巨人が試合に負けると不機嫌になるほどのファンだ。でも
自分は巨人が嫌い。こんなチームがあるから、みんな大リーグ
を目指すんじゃないかな。自分を正当に評価してくれるところ
を探して。

ちなみに阪神の井川は今年どれくらいの給料もらえるんだろう。
もちろん巨人のこのピッチャーより低いだろうな。


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