負けないように、強く。歩きつづけられる強さを。
負けないように、強く。歩き続けられる強さを。
どこへ だれと みらいへ きみと

 

 

 
oOO 無題
2007年03月31日(土)

やっぱり、言えなかった。

どうしても、言えないね。



彼女の優しさを信じるのか、

彼女の強かさを信じるのか。




たぶんこれは間違ってる。

でも本当に間違ってる?




本当に、うまくいかない。


oOO プチ社員旅行
2007年03月25日(日)

でした。営業だけだけど。


いやーなんていうか、
行先は二度目の白浜(しかも雨)だったのですが、
ザ・社会人な宴会を体験しました!!!11

・・・腹芸って本当にあるんだねorz

局長、まだ33歳でそれはどうなん!
支社長、笑ってないでとめてください!
同期の男ども、乗るなそこ!!!



いやぁ疲れた(´`)

私は笑ってすごせる範囲ですけど、
内定者の女の子2人がきてたので引いてないか心配。

まあ、フォローもしといたし、
女の子は強かな生き物なんで大丈夫でしょうきっと。うん。



でも総括して楽しかったなー

先輩ともいろんな話したし。
行きのバスでのゲーム面白かったし。

声枯れましたけどね!



さー明日からまた数字と闘おうっと><


oOO うへえ
2007年03月19日(月)

前回の日記の最後の一文が気持ち悪かったので、
思わず書き直した。

抽象的にいやぁいいってもんじゃないよ、ねーさん。




誤解を招きたくないのだが、
会社に入って、いいなあコレって思ったことが一つあるので
書き留めておく。


「正論を言える」ことだ。


なんだろう、正しいことを臆せずに言える。
当たり前のことを躊躇わずに発言できる。
フツーのことをフツーに言って、抵抗なく受け入れてもらえる。


そういった感覚を一言で称して、「正論を言える」と私は呼んでいる。
今まで意外と出来なかったんだ、これが。


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こう書くとどうも誤解を招きそうなんだけど、
もちろん全ての場合において「答え」が見えてるわけじゃない。

社会常識が著しく欠けているせいで、
話のスタート時点から私の理解の及ばない分野の方が多いし、

私はどうも一般の人からみて感覚が普通じゃないらしく、
私の当たり前が当たり前じゃないことも理解してる。

「それでも、時々において、私はこう感じてきた。
 それが今、変化しつつある。」

ということをただ淡々と書き留めたいだけなので、
誤解しないでくれたら嬉しい。

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「当たり前のことが、言えない」


この感覚の歴史は長い。

小学校のときぐらいから思ってることだけど、
当たり前のことを当たり前に指摘すると、皆言葉を失う。
答えが推測できるときに、言い当ててしまうとそこで話が終わる。

無論、場の空気が読めない子でもあっただろう。(今でもだが…)



でも、ずっとずっと思ってた。

「答えがこうなるのは分かってる。そこはもう問題じゃない。
 で、大事なのは今現在どうするかじゃないの?」



ここでいう「答え」、っていうのは、
不確定な要素に満ちた、全くの独断と偏見に基づく予測ではなく、
1+1は2っていうぐらいの、誰が見ても絶対外れない予測。

「そこは考えてもしょうがない(事実だから動かない)から、
 それに対する他の手に移るべきだろう?」

この苛立ちにも似た感覚を覚えるとき、たいていその「答え」は
外れなかった。

だけど現実は、その「答え」を理解してもらえるのにまず
時間がかかって、あるいは変な目で見られて、
いつも悲しくなって諦めてしまう。



だから、発言を控える、または分からないフリをしてきた。
考えを誰かに話すことを諦めると、自然と考えなくなる。
天然ボケのように振舞ってるうちに、本当に思考が止まってしまった。



それは高校まで続き、大学に入って、少しリミットが外れた。

「何の堰止めもなく、話せる!」
「『当たり前』の感覚が分かってもらえる!」

そんな感動を覚える友達に出会えた。
いちもそんな一人だ。
私は、私の数段先で会話をする人たちを心から尊敬し、
信頼している。



そして会社に入って、その歓喜は明確になった。
とかくチームワークというものは、いろんな場合で
自分の考えが常に必要になってくる。

「結局、現状ってこれがこうだからこうなんですよね」
「このまま進めるとこうなるから、この方法にしませんか」
「ポイントは何何だと思うから、こうすることで潰せると思います」

なんてことを、ぴよぴよながら発言することが多くなった。

今までなら、言葉を半分ぐらい飲み込んで、相手を見ながら話してた。
それが一瞬で理解され、さらに新しい要素が加えられて、
時には正されて、建設的な会話が進んでいく。

特に先輩達はそれはそれはもうレベルが高く、
いつも私の考えの及ばない知識や経験や直感によって
問題を一刀両断し、私の上を圧倒して通り過ぎていく。笑

「そう!それ!それがまさに私がモヤモヤしてたことなんです!」
なんてことまで、明確に洗い出されて解決されていく。

それは、自分の至らなさに凹むのとは別に、
とても嬉しい感覚だ。


優しい同期に恵まれ、
私のつたない日本語を理解してくれる先輩に恵まれ、笑
どんどん、「自分」を出せるようになってきている。

ここでやらないで、どこでやれるんだ?



思考回路に電力を注入しろ。考えろ、全力で。

そして産みだせ、改善しろ、結果に示せ。

それが存在意義だ。



oOO 鈍化
2007年03月16日(金)

あああ、だめだだめだー。

精神的にも非常に落ち着いて、
楽しくのびのび仕事やらせてもらってるけど、

余裕ができると集中しなくなる!
自分の成長が鈍化してる!

こんな状況に甘えてたらだめだー。

求められてるのは戦力だろうに、結果も出せてない・・・



甘やかしてくれる先輩と会社に甘えないようにしたい。

自分を律するとは何と難しいのか。

もっと上へ。もっと先へ。もっと違う視点。もっと違う関わり方。



会社にいつまでいるにしても、
終わったときに何かしら「あれをやった」って言えるものがほしい。

そのためにはやらされてる仕事(タスク)だけじゃなくて、
自分からやりたくてやった仕事(プロジェクト)みたいなものを
もっとやっていかないとな。

口だけじゃなくて。

がんばるしかない。


   
現在 今まで
 

仕事用ぶろぐ