umityanの日記
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2015年05月27日(水) 今日の僕は機嫌が良い。

壊れた外付けハードディスクと新品のコンパクトハードディスクが戻ってきた。データ取り出しは無事に成功したようだ。代引きで給料の半分ほどの金子を支払う。「わおーーーーん」、泣きたいぜ。

とは言っても背に腹はかえられない。ここ、一週間ばかり仕事をしていなかった。僕は恐る恐る、ディスクをPCに接続した。PCのアイコンをクリックすると、あった、あった。見事、PCのなかに外付けハードディスクがJドライブとして認識されていた。はやる手で、データの取り込み状況を確認。おお^^^つ、なつかしいクライアントのホルダーが一列に並んで、昔のままにたたずんでいた。人間ならば、頬ずりをしてやりたいくらいだ。僕は「ほーーつ」と胸をなで下ろす。

まああ、よくよく考えてみると、僕の認識の甘さと自信過剰が、かかる思わぬ事態を招いたわけだ。これからはくれぐれも慎重に事を運ぼう。そう反省したところで、ふと思った。

「壊れていたハードディスクはまた、使えるのかしら?」と。別のパソコンにつないでみた。おおおおつ、PCが認識したぞ。ただし、フォーマットしないと使えようだ。PCが、「あんたどうすんの?。フォーマットすんの」と、強い口調で聞いてきた。僕は「は、は、はい」と指を振るわせながら、フォーマットボタンを押した。ほんの数十秒でフォーマットが終わった。試しに何かの文章を、そのディスクに保存してみた。いやあああ、オッケーだ。

うんん、故障は直ったが、要するに過去のデータがすべて消えたと言うことだ。新しいディスクにすべて書き込まれたから、過去のデータはもはや必要ではない。とりあえず、別のパソコンにそのままつないでおこう。僕を裏切ったディスクに未練は無い。いつ壊れようと、お好きにどうぞだ。僕の今年の大きな反省。「重要データは必ずバックアップをしておくこと。それは誰にも邪魔されない強固なディスクか、もしくは他の方法で残す」。これに尽きるぜ。とりもなおさず、ディスク騒動はこれで一件落着だ。

てなわけで、ここ一週間は、仕事らしき仕事はせず。もっぱら植木の剪定と雑草刈りに励んでいた。一度、ネズミ男君に手伝いを要請。彼はゲートボールの帰りに我が家へ寄ってくれた。えらく機嫌が良かったので、「何故?」って聞いてみると、ゲートボールの試合で優勝したそうな。「ところで、賞金は?」と聞くと、三千円だったらしい。5人で分けると一人600円だ。じっちゃん、ばっちゃん達は大喜び。「おいらが一番上手いから、優勝できたんよ」と、彼は言う。さもありなん。じっちゃん、ばっちゃんたちは、なかなか言うことを聞かないらしい。我が道を行くである。それで何度も勝ち試合を逃したそうな。

まあ、それで良いわけだ。いまさら、勝った、負けたで騒ぐより、健康でスポーツに興ぜることが最高の幸せというもの。今日は僕も機嫌が良い。仕事の事が気になっているが、なんとかなるさ。ジョージアで。

知り合いからもらっていたサボテンに真っ赤な花が一輪咲いた。いやああ、きれいだ。僕の心も、こうありたいものよ。


2015年05月18日(月) 雨が僕のほほを濡らす。

いやはや、困った。外付けのハードディスクをPCが認識しなくなった。ワーーー
ーーーイ?。何故?。アプリケーションのソフトを削除してから、おかしくなった。それが原因ではないだろうが、慣れない事をすべきではなかったか?。

自分で復活出来るはずだと、あれこれと試みたが、ダメ。検索サイトを開いた。ヒントをつかもうと試みた。「修復いたします」という業者がわんさと登録されていた。いやああ、その道のプロはたくさんいるものだ。ちなみに一つのサイトを開いてみた。

分かったことは、外付けのハードディスクの寿命は5〜6年くらいとのこと。かつ、故障したらしいハードディスクは電源を切り、安全に取り外さないと、「ダメよ、ダメ、ダメ」と書いてあった。スイッチを入れたり切ったりすると、傷跡がますます大きくなるとか。

いやはや困ったぜ。外付けのハードディスクは1テラバイト。PCが壊れたら、別のPCにこのハードディスクを接続すれば使えるから安心と思っていたが、これが甘かった。PCは壊れず、外付けハードディスクが壊れたのだ。1テラのほぼ半分近く、データを落としていた。ほとんどがクライアント絡みのデータだ。修復できなければ、最初からデータを入力し直さねばならない。

僕にそんな時間は無い。泣きたいぜ。やむにやまれず、さる会社に修復、復活をお願いした、超特急の最短で頼んだので、いくら費用がかかるのか分からない。修復できなければ代金は入らないとのことだが、何としても復活させて欲しい。

てなわけで、昨日の日曜日は即、機器を宅急便で送った。修復できるかどうか?。の返事が近日中にある。物事を甘く考えていた僕の、今年最大の不覚となるかもしれない。

人生は順風満帆とは行かないものだ。山あり谷あり。まさに塞翁が馬である。いいこともあるさ。そう考えよう。明日があるさ。ジョージアで。そう慰めながら、いま、キーを叩いている。ふと見つけた1枚の写真。鶴になって、空を飛んでいきたいものよ。


2015年05月14日(木) ふぬけ状態も今日までだ。

月日だけがどんどん過ぎていく。ほぼ、一月近く、ダイアリーを書く気になれないでいた。理由をあげればいくつもある。四月の大きな行事を終え、ふぬけ状態になっていたことが最大の理由である。この行事を終えると、僕の一年が終わったような気がする。「早く来い来いお正月」である。

そんな僕の気持ちも知らず、季節は春から夏へまっしぐら。時折、寒い日に逆戻りしたり、はたまた、真夏日のごとく、気温がうなぎ登りする。一体、地球さんはどうなっているのだろう。

そういえば、ネパールの地震はひどかった。日本も過去において例外ではないが、現地では何千人もの人達が一瞬で命を落とした。日頃は「自然と共存共栄をはかりながら生きていこう」と、まことしなやかにほざいているが、自然はそんなに甘くはないとつくずく感じた。ただただ突然の災害で亡くなった罪なき人達に哀悼の意をささげたい。雀の涙のごとき金子であるが、献金をさせてもらった。

最近、ネットのニュースでみたが、地球には、その大昔から何種類かの宇宙人が住んでいるそうな。背の高い宇宙人もいれば、ずんぐりむっくりの宇宙人もいると。おもわず笑ってしまった。そんな宇宙人達は、戦争や、争いに明け暮れている地球人の姿を見て、嘆いているそうだ。彼らの多くは、地球侵略が目的ではなく、宇宙での共存共栄を願っていると言う。

いくつもの文明の利器も彼らがもたらしてくれたと言う。地球がもっと平和なら、彼らは、もっと、高度な技術を地球人に授けてくれるんだが、今は、そんな時期ではなさそうだ。

最近は、あまり考えなくなっていたが、以前は布団の中で、「宇宙人さんよ、僕を、早く迎えに来て、来て。宇宙の真の姿を見せてちょうだい。」と、切に願ったものだ。昨今の現状を垣間見たとき、いつしか、僕の宇宙熱も冷めた。「ああ、生命体は、この地球だけにしかいないのか?。地球はまさに孤独星だ」と、あきらめていた、しかるに、既に地球には宇宙人が住んでいるというニュースに触れたとき、僕の心が再び騒ぎ出した。

「そうだよなあーーー。地球だけにしか生命体が存在しない」なんて、この無限大に広い宇宙にあって考えられないことだ。かくして、僕は今願っている。僕の生存中に宇宙人と遭遇し、「something great」という偉大な宇宙に一歩でも近づきたいと。

おっと、夢物語はこのくらいにしよう。今年から、ネズミ男君も部落の役員となり、忙しくなると言っていた。この僕とて例外ではない。のび太君ともども、行こうと思っていた旅も、あらたに計画を練り直さなくてはならない。

今、ため息が一つ出た。


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