stray notes

氷砂糖

My追加

enpituからご覧の皆様へ
2003年12月31日(水)

HPのTOPにも書きましたが、
こちらへも念のためご挨拶。

今年はお世話になりありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
寒くなりますが、お体に気をつけて、
皆様よいお年をお迎えください。

よいことや素敵なこと、しあわせなことが
たくさんありますようお祈りしています。


後にならないとわからないこと。
2003年12月20日(土)

事情により、学生時代に一般教養で習った、ある科目のノートを眺めている。事情を簡単に説明すると、仕事で多少その知識が要るのだ。もともと今の仕事は「職種」を希望して一括採用されたのだけれど、「配属先」は特定分野専門だったので、少しはわかっておかないと不味いかも、と再び勉強しだしたのだ(変な説明ですみません、よくわからないかたは単に何か勉強しなおしてると思ってください)。どこまで必要でどこから不要かは謎だけれど、とりあえず白紙よりはましだろうし、下地にとっかかりがあるぶん学びやすいだろう、と。

さて。わたしは基本的には真面目な学生だったらしく、この授業は全部出席しているようだ(ありがたい)。しかし日によって、かなり字や内容にムラがある。そして綺麗に書いてあるところはそれなりに思い出せるが、殴り書きのようなところは流れすらうまく追えない。ときどき欄外に「この日は前日2時までレポート書きのため眠い」とか、「この日は先生が利き腕に怪我をしたので板書が少い」とか注が入っている。おそらく試験前の自分にあててメモを残しておいたのだろう。基本的な性格は変わらないものだ。そしてたまに、先生が雑談で話していた、授業とは関係のない話まで書き取ってある。たぶん、興味をひかれて書き付けたくなったのだろう。記憶力の弱いわたしだが、当時の授業風景を思い出し、うっすら懐かしくなった。というように脱線しながら見た結果、使えないところももちろんあるが、利用できるところもそれなりにあることがわかった。

しかし当時のわたしは、卒業後こんなに時間がたってから、未来のわたしにノートを読み返されるとは思ってなかっただろうなーと思う。もともと大学では将来に役立てるため、ではなく、そのとき興味のあること、を中心に授業をとっていたし。もうひとついえば(一般教養だし)、下手をすると単位取れればいいやくらいにしか考えてなかったかもしれない。

後悔、というのは、本当に時間がたってからしかできないことだけれど。何が自分の役に立つか、というのも、後になってみないとわからないことが多いのかもしれない。いや、普通のちゃんとしたひとは、最初から役に立つよう努力してるのかな。わたしが行き当たりばったりだからこう思うだけで。


欲しいけど即買いするほどでは
2003年12月17日(水)

本日はCDの話。

多分この日に、浜崎あゆみのミニアルバムが発売になっていたと思うのですが、えーと。確かにあゆは(外見も歌も)大好きだし、最終的には絶対買うと思うけれど、すぐじゃなくてもいいかなぁ、という気が。まあミニアルバムなので、シングル「No way to say」や「&」を買っちゃった身にはちょっと辛いんですよね。「forgiveness」は持ってないけど、買うほどは好きじゃなかったから買わなかったわけだし。勿論「ANGEL'S SONG」や「because of you」には惹かれるものを感じますし、「memorial address」にも興味はあるのですが、うーん。

そして一応わたしのPCは(多少動きが悪いところもあるけど)DVDも見られるし、夫のPS2を借りればTV画面でも見られるわけだから、どうせ買うならDVDつきのほうかな、と思うのですが……。CATVで、わりと沢山見ちゃったんですよね。あうー。確かにどれも凄くいい作品だったと思うけど、思うけど、なんというか損したような感じが。そう、今回あまりお得な感じがしないのです。別段いつも何か得した感じを求めてる、ということはないのだけれど、普段プラスアルファにならされすぎたのかも。

わたしのなかで、もうCDという商品自体、なんとなく急いで買わなくてもいいかー、いずれレンタルできるし、中古もあるしーみたくなってしまっていて、初回に特典がついたり、限定生産だったりしないと急がなきゃ! という雰囲気にはなかなかならないんですよね。

とかなんとかうだうだ書いてみたけど、結局これが給料日直後だったら、即買いしてたかもしれないあたり、いまいち説得力に欠けるかな。


元気なあなたに会えて嬉しい
2003年12月10日(水)

本日はグイン・サーガの話(ネタばれあり……になるのかな?)。

新刊本が平積みになった場所に、遠目で、あ・グインの新刊、と気づく。近寄って表紙だけ見て「あれ?」と思ったら。そうか、今回外伝なんですね。お亡くなりになったはずのナリス様も、外伝ならご存命。本編はすぐに買わないと話の流れがわからなくなってしまうけれど、外伝は時間がたってから読んでも大丈夫だし、買うのはどうしようかな……と思いながら手にとり、中をぱらぱら読んでみると。からだはそのままレジに向かいました。

ナリス様はもちろん大好きなうえ、ディーンがからむお話はさらに嬉しいし。この頃のリギアはかなりかっこいいし。パロが舞台だと小道具や背景も優美で、そういう面でも楽しめるし。このあたりの話って、総じてすごく好みなんですね。それに何より……やはり生きて動いてそこにいる、元気なナリス様の新しいお話が読める、というのは、望みうる限り最高の喜びだと感じたので。

グイン・サーガ本編からいなくなったからといって、本編を読まなくなったりはしないし、大怪我なさったのも、亡くなられたのも、話の流れ上仕方のないことだと頭ではわかっていても。このかたがいなくなって、淋しかったんだなーとしみじみ思いました。幸い作者は続けて2、3と書いていきたいそうだし、これからもまた、会えるのを待っていられるのは、本当にしあわせなことだなぁ、とも。

読み終わってすでに待ち遠しい気分です。


長生きは無理かもしれない
2003年12月05日(金)

小さい頃、漠然と早死にするような気がしていた。病弱ではないが、軟弱ではあったので、生き延びるのがとても難しく思えたのだ。頑張れば高校くらいは出られるかなぁと思ったものの、その先何をどうしていいかさっぱり見えてこなくて、これは20歳まで生きられないのかもなぁとぼんやり思った記憶もある。

次の誕生日でわたしは30になる。よく生きたなぁと思う。案外なんとかなるものだなぁ、とも。ただ、今は昔とは別な意味で、そんなに長生きはできないんじゃないかなぁ、と思っている。父からの遺伝もあり高血圧気味なこと、なのにお酒やファーストフードが大好きなことを考えると、まず、からだがもたない気がするのだ。そして相変わらず、この先の人生、というのは靄がかったように不明瞭。

子供の頃、自分が死んだら友達は泣いてくれるかなと考えた。数は多くないけど、悲しんでくれる人はいそうだ。しかしすぐに忘れてもとの生活に戻るんだろうな、と思えた。自分が死んで、一番悲しいのは自分かもしれないなぁ、という気がした。そういえば昔母親が、逆縁だけはしないでね、と言っていた。産まなければよかったと言いながら、同じ口で先に死ぬなって言われてもなぁ。嫌な思いをしてまで産んだり育てたりしたわたしの遺伝子なんだから、勝手は許さない、という意味だったのだろうか? でも死ぬときは死ぬでしょう。

わたしのお葬式は、夫と弟と父だけでお願いしたい。他の人はいらない。友人達には、時間がたってから、風のたよりにでも知ってほしい。ああ、死んじゃったのねと思ってくれればそれでいい。そんな風に思う。


運にもバランスがある(と思うほうが落ち着く)
2003年12月01日(月)

いつのまにか今年最後の月。でも手帳は通信販売の「申し込めば品切れになるまで全員がもらえる」プレゼントが手に入ったし、卓上カレンダーはデパートで化粧品かアクセサリーを見てるときにもらってしまったので、新しい年を迎えるにあたっての準備、というのは着々と(?)すんでいるなぁ。今回は年賀状とかおせちとかはなしだし。

そうそう、話は戻りますが、わたし、「全員もらえる小さなもの」のほうが、「少数しかもらえない大きなもの」より好きです。なんというか、こころあたたまる気がして。競馬や宝くじで夢を見られないタイプですね。あ、そういうのが好きな人は好きなひとでいいと思ってます。そしてわたしもわたしでいいのだと思ってます。

というか、運、かなり磨り減ってると思うんですよね。一生に使われる量が決まっているとしたら、ですが。小さい頃、駄菓子屋さんで、一時期お菓子をあてまくったことがあり。友達に羨ましがられたものの、「これだけ当たるということは、今後あんまり当たらないのかもなぁ」とうっすらブルーになった記憶がありますし。

対人運も、そこそこいいのではと思うのです。両親が離婚してるのはかなりのマイナスだとしても、ものすごくいやなひと、には会ったことがないし。あと、結婚できた時点で、ほとんどの幸運は使い切った気がするんですね。とするとこれから先の人生も、そう大きないいことはなさそうに思うのです。



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