管理人トシの日記

2003年11月30日(日) 打ち上げ失敗

きのう、人工衛星を乗せた日本のH2Aロケットの打ち上げが失敗した。

人口衛星の開発製作費1,000億円、打ち上げ費用100億円という。まあ、費用は別にして、中国の有人宇宙飛行が成功した中での失敗は痛い。日本の技術は低いのだろうか。評論家によれば、車でいうとエンジンの故障ではなく、タイヤのボルト締め忘れレベルの不備だという。
失敗の原因は、補助ロケット・ブースターの切り離し火薬の点火不調により、切り離しができなかったものだ。ロケットのバランスがくずれてあらぬ方向に飛んで行くので、爆破したわけである。

人口衛星にしても競争だから、外国の技術をいただくわけにはいかないだろう。しかし、無駄なお金を使うより、もう少し共同で開発できないものなのか。半分でも我々に還元してほしいものだ。
それに今回の衛星は北朝鮮監視のスパイ衛星だという。軍事にしてもそうだが、無駄のかたまりが多いような気がする。

こういう空の関係の事故には、以前であればNHK解説委員だった柳田邦男氏が必ず登場していた。そのうちNHKかどこかで、スペシャル番組が組まれるかもしれないので要チェックだ。

最近の航空事故といえば、今から3年前にパリのシャルル・ドゴール空港で起きたコンコルドの墜落事故が衝撃的だった。
ここに、オレンジ色の炎を吹き上げて離陸する瞬間が捕らえられている。これはブライアン・トラブショー著の『コンコルド・プロジェクト』という、コンコルドの開発から栄光の奇跡を綴った本に綴じられている写真である。テレビでも炎をあげながら飛んでいる映像が放映されていたが、なんともいえない気持ちであった。もうすぐ墜落するのだから。

  

何事も失敗の影に次の成功の因があるわけだから、がんばってほしいものである。

いや、私も演奏ではいつも失敗するのであるが、なかなか次の成功には結びついていないようだ。原因ははっきりしている。練習不足・・・。



2003年11月29日(土) どうも体調が・・・。

今日はどうも体調がおかしい。風邪かな?

きのう夜更かししてしまい、その上朝は、きっちり起こされたので寝不足も影響しているようだ。早く寝るとするか。
とはいえ、その前に日記を少し・・・。

買い物に行ったが、妻はすぐに子どものグッズがあると足を止める。特に今はクリスマス前なので、サンタ物が多くて足を止めることが多い。家で飾るというよりも、仕事に使うほうに神経がいっている。この人どうも仕事に力を入れすぎている感があるのだ。

買い物の帰り際に娘が言った。「すぐ家に帰るの?」そして妻。「お父さんのパソコンを買うでしょ。」えー、急にそんな、今回は自作するのだ。しかし、動揺してしまった。おもわずハンドルを切るところだった。いやいや、市の情報ボランティアのMさんにすでにお願いしていることだし、思いとどまった。「まあ、そんなにあわてるな・・・。」ううっ。

それにしても、自作パソコンとなると不安がいっぱいだ。きょうも雑誌を買ってきたが、深みに入るほどわからなくなってきた。組み立てても、すぐにウインドウズやアプリケーションを入れることができないのである。いろいろな設定が待っている。
パーツにしても、調べれば調べるほど、それじゃあ何を買えばいいんだ、となってしまう。

ここらできりをつけて、Mさんにまかせることにしよう・・・。
時間は、そんなことよりも他に使わなければいけないことが山のようにあるのだ。



2003年11月28日(金) 自作パソコン

ついにいらいら度100パーセントになりそうだ。パソコンの買い替え時がきた。

妻への説得も終わり、準備万端整ったが、さてどのメーカー、機種にするかが問題である。まあ結論からいうと、どのメーカーでも大差ないというべきかもしれない。今のパソコンにしてもこだわりをもって購入したのだが、いったん使い始めるとメーカーとか機種とかは関係なくなる。
今使っているパソコンのメーカーは「デル」だが、直販ということもあり、安価で高性能のレッテルが貼られている。当然、日本の家電メーカー製も買う気は毛頭ない。AV機器としての機能は高いが、不要な機能も多い。それにこれでもかというほどのプリ・インストール・ソフトにはまいる。削除に手間をかけるだけである。その付けが価格に上乗せされるわけである。

そこで考えた。ようし自作をするか。私も一応、岡山市情報ボランティアのメンバーになっている。以前に何度か講習会があり、『ハードウェア講座』を受講したことがある。ここでパーツを組み立ててパソコンを作り上げる実習もした。まあ、ドライバーさえあれば簡単に完成してしまう。最後に「ウインドウズ」をインストールして終了だった。
しかし、自作となると逆にあれもこれもということになり、コストアップしては本末転倒だ。ひとつここは、情報ボランティア事務局のMさんにお伺いでも立ててみることにしよう。ひとりで調べるのもよいが、まずはその道のオーソリティに聞くことである。何事をするにも大事な鉄則だろう。

それに、滋賀県のMさんも、自作派とお聞きしている。貴重なアドヴァイスが得られるかもしれない。以前のメールでは、そこそこのシステムをかなり安く調達されていたようだ。

それにしても、なんでこうもパソコン寿命は短いのだろう。我慢すれば4、5年は使えるだろうが、いらいら度100パーセントになるし、むずかしいところだ。
まあ、妻が早い段階で認可したのは、おそらくお古を娘に使わせたいということがあったのかもしれない。どうもその節がある・・・。



2003年11月27日(木) ムード・テナー

ムード・テナーのサム・テイラーが演奏する「歌謡曲デラックス」というCDセットを購入した。歌謡曲のジャンル毎に分けられた6枚セットである。

ポピュラー曲のものは保有しているのだが、歌謡曲はまだ持っていなかったのだ。かといって別に聴きたかったから買ったわけでもない。
12月20日にある地元の老人ホームでのパーティーで演奏しようと思ったからである。昨年もお呼びがかかっていたが、ハワイアン演奏のため出演できなかった。今年はなんとかなりそうだが、仰々しくハワイアンで繰り出すほどのこともないだろう。

ここで名案が浮かんだ。京都在住のらいらいけん氏が以前にメーリング・リストを通して、同じく老人ホームで歌謡曲やら、唱歌をサックスで演奏して喜んでもらった旨の書き込みがあったのを思い出した。よしこれでいこう。楽器はアルト・サックスよりも、むせび泣くムード・テナーで攻めたほうが私には向いている。
で、参考演奏としてサム・テイラーを選んだわけである。

ここでの演奏は特に変わった演出は何もない。メロディーを淡々と吹いているだけだ。うーん、CD購入の意味はあったのか・・・。まあ、歌い方の参考にでもしてみるか。

ムード・テナーといえば、松浦ヤスノブが思い浮かぶ。もう30年以上になるが、テナーサックスで歌謡曲をやったレコードを買ったことがある。松浦ヤスノブのテナーだった。もうめちゃくちゃサブトーン。音の出だしは息の音から入る。スーッときて音が混じるという感じだ。半分は息の音になっている。
あの有名な石原裕次郎の『夜霧よ今夜もありがとう』のむせび泣くテナーサックスは松浦ヤスノブのようだ。他にムード・テナー、演歌テナーとしては、秋元 薫などがいるが、大量の息の音ということにかけては右に出る人はいないだろう。
どうやって出すんだろう?マウスピースとリードの選定なら買えばすむことであるが、奏法そのものが違うのだったら、本人に聞くしかないか。それに演歌では、グロー・トーンも出さなくてはいけない。要するに指テクではなくて、吹くという技術が必要なわけだ。

それにしてもサム・テイラーのCDはすぐに送られてきた。電話をかけると、「お客様番号を。」続いて「商品番号を。」で支払い方法を言って終了だった。二日後には宅配便で到着した。
今回はすばやく後処理をしたのである。大きな外箱はすぐに処分して、中身は何事もなかったかのようにCDラックに鎮座させた。これでよしと・・・。



2003年11月26日(水) もう12月が近い

もう時期的に年末に向けた様相になってきた。

年末というよりは、クリスマス気分といったほうがよいかもしれない。12月の声を聞くと一気に突入といったことになるのだろう。おそらくこれも、うまくクリスマス商戦に乗せられた結果なのだろう。

先日の里山フェスティバルで活躍されたTさんは、毎年、自宅のログハウスを豆電球で飾り付ける。屋根から壁から庭から、全体をデコレーションするのである。回りは田んぼと昔ながらの家が点在しているシチュエーションの中で、異質と思えるほど目を惹く。クリスマス・ツリーは言うにおよばず、トナカイの電飾飾り人形?トナカイ?までお目見えするのだ。最初は突飛だと思っていたが、不思議なもので、年数が経つと毎年グレードアップしていく飾り付けが待ち遠しくなってくる。
街中のライトアップは洗練されていてきれいだが、郊外でのライトアップは意表をついていておもしろい。

子供のころは、小さなクリスマス・ツリーの飾り付けがとても楽しかったことを思い出す。今では、なかなか昔の頃のような凝った飾りのものは少なくなってしまった。プレゼントにしてもおもちゃ屋で子供といっしょに買ったりしている。
しかし、我が家では夜のうちに枕もとにそっと置いておく。サンタさんからのメッセージを添えて。いつものパターンはこうだ。前日に妻と私で買い物を済ませておく。そして屋根裏に上がり、隠しておくのだ。その晩、パソコンでメッセージを書く。サンタのおじさん気取りで、普段の娘のいいところ、そしてちょっとがんばってほしいなと思うところを書いていくのだが、なかなかむずかしい。妻のチェックが入るのだから・・・。
朝、目がさめて喜ぶのをみるのは、嬉しいものだ。

それと年賀状もそろそろ書かなくてはあわてることになる。今年は、ちょっと手間がいりそうだ。恵さんがどうも楽しみにしているらしい。
うー、何にするか悩むところだ。



2003年11月25日(火) 通信講座

「通信講座 ウェブ」で検索をかけてみた。

いろいろなシステムがあるものだ。一般的な、教材と添削用の課題がセットになったもの。このタイプは会社でも推奨しているが、完了すると労働省から補助金が支給される。60パーセントくらいだったか、受講料が返ってくるのだ。

その他には、インターネット上で受講するいわゆるウェブ講座がある。実際にデモ・サンプルを見てみたが、画面で先生がしゃべっている。そこまでなくても、画面上で順次操作方法の動きがわかるので、参考書と首っきりで取り組むよりは格段に効率がいいだろう。

気になる料金だが、ほんとうにいろいろある。一連の講座内容を終了するまでの料金になっているのが普通だが、中には、入会すると勉強するしないにかかわらず、毎月課金されるシステムのものもある。これでは短期間に終了したほうが勝ちである。とろとろやっていると、同じ講座内容にもかかわらず倍の料金を支払うはめになるのだ。
これはちょっと気になったので、電話で確かめてみた。やはりそうだった。仮に標準期間が6ヶ月コースのものを、1ヶ月で終了してしまえば5ヶ月分は得したことになるのだ。

しかしいろいろ考えてみて、ほんとうに続けることができるのだろうかという疑問がわいてきた。今までに何冊も参考書を買ってきて、やっとの思いで立ち上げたホームページではあるが、なかなか更新をすることができないのである。先日の「ラ レゾナンス」のコンサートも終わって、プログラムももらっている。しかしこれをアップロードする手間が取れない状態なのだ。

まず、更新していないホームページにはだれも訪れない。新しい情報を都度載せることで価値が出てくるのだが、それすらできない状況ではこれ以上の勉強時間など取れるはずがない。

いやいや、時間はつくるものなんだ・・・。あー、どうするべきか。全然おもしろくない日記になってしまった・・・。



2003年11月24日(月) グスタフ・マーラー

今日、岡山交響楽団の定期演奏会がシンフォニー・ホールで開催された。

これには会社のヘルプデスクのIさんがチェロで出演される。なんとご夫婦でチェロを弾かれるのだ。
2、3日前に、会社の昼食時にチケットをいただいた。お金を支払おうとすると、「いえいえ、けっこうですよ。こうしておきます。」と言って、いきなりポケットからシールを取り出して貼り付けた。料金が書いてあるところに「ご招待」のシールときた。なかなか粋な計らいですこと。
いやに段取りがいいと思ったら、今日のメンバー一覧を見て納得。庶務係・Iさんとなっているではないか。

じつは演奏会に先立つしばしの時間、ある人を待つ間、またまたガレリアで開催されていた古書展にふらり立ち寄った。そして「おお!」という歓声をあげたかどうかわからないが、またまた、この日記でちょっと前に話題にしたことのある本が目に入ったのである。
柳田邦男著『ガン回廊の朝(あした)』。第一回講談社ノンフィクション賞を受賞した大作である。
私は、これの文庫本上下2巻のものを蔵書している。しかし、今回見つけたものは、れっきとした単行本である。昭和54年が初版で、これは昭和55年の19刷目である。小さな字で600ページ弱ある、読み応えのある本だ。
この本、はっきりって欲しかった物だ。永久保存版にしたいものなので、文庫本ではなんともたよりないのである。色褪せもほとんどなく、全体的に美麗状態である。それに本の命である帯もきちんと締められている。
これで100円なり。一度価格修正されているから、たぶん何年も売れなかったのだろう。

ついでにもう一冊。タイトルは『ショアー』。
ナチによるユダヤ人虐殺をテーマとした九時間半の映画「ショアー」を単行本化したものだ。これも『ガン回廊の朝』に勝るとも劣らない大作で、約500ページにわたる。これ定価2800円なんだが、100円なり〜い。
そのうち到着したある人もついでに何かゲットしたようだ。

岡山交響楽団、結成20周年ということで、手島恭子氏の委嘱作品『Forester』が初演された。演奏後、作曲者がステージ上に呼ばれて紹介された。あれ、若いんだ。女性らしい、とてもさわやかないい曲である。

そして20周年を荘厳するにふさわしい大曲。
グスタフ・マーラーの『交響曲第5番』の第一楽章から第五楽章。途中わからなくなったが、すんだ時には裕に1時間は回っていただろうか。
Iさんが言っていた。「いやー、忍耐の曲ですよ。」
いえいえ、そんなこたあございやせん。ちょっとばかし、「マーラーおたく」になってみようかとも・・・。

こうして心地良い疲れを伴った一日となった。その後の静かなコーヒー・タイムで、しばし癒しの時間をとったのである・・・。



2003年11月23日(日) 里山でリフレッシュ

きょう、操山(みさおやま)のふもとにある里山で、年一回の祭りがあった。地域の人がボランティアをしており、お誘いがあったので行ったわけである。

場所は操山の北側のふもとになるのだが、ここは沢田という地域で県内有数の柿の産地でもある。あたり一面の斜面が柿畑となっている。遠くから見ると、もう圧巻といってよい。

操山は岡山市の中心部からわりあいに近いのだが、やはり山は山である。豊かな自然が息づくオアシスである。古墳もたくさんあり、寺社仏閣、四季折々の植物や野生動物、それに野鳥たち・・・。おお、そうそうたぬきはもとより、きつねもいるようだ。
森林浴、ハイキングにはもってこいである。こういう場所が近くにあるのだが、行くことはほとんどない。まあそういう時間がないのだから・・・。

ふいに声をかけられた。振り向くと吹奏楽の友人で旧姓Fさんではないか。少しの間、クラリネットをいっしょにやったことがある。なんでこんなところで。それにひとりをおぶって、あと二人を引き連れているではないか。もうかれこれ6、7年になるか。結婚されてすぐ近所に住んでいるという。
それにしてもお目めぱっちりのお人形のような子ではないか。Fさんもお目めぱっちりでかわいいが・・・。
おもわず激写会となった。こういう時、小型デジカメは役に立つものだ。









畑の写真で朱色に見えるのは柿である。紅葉かか柿かよくわからなくなるくらいたわわに実っている。おそらく富有柿であろうが、おいしさからいけば当然そうなるだろう。
ボランティアのおじさんたちが作っているのは、竹の笛コーナー。



大鍋で作った里山汁を腹一杯食べながら、簡易ステージでの演奏をしばし聴くことにした。
妻と娘は、どんぐりアクセサリーのクラフトに興じている。
そして妻が言う。「いい所があるじゃない!今度も遊びに来るからね。」ほんというと、一日つぶれるのは痛いのだが・・・。
ついでに激写した写真を見せてやった。あきれていた。

こうしてひさしぶりのリフレッシュをすることができた。



2003年11月22日(土) 大型時代劇

きのうシンフォニーホールで「ウクライナ国立民族舞踊団」の公演があった。

恵さんを待つしばしの時間、ガレリアで開催されていた古書展にふらり立ち寄った。そして「おお!」という歓声をあげたかどうかわからないが、この日記で最近話題にしたある番組の本が目に入ったのである。
タイトルは『日本テレビ大型時代劇 忠臣蔵/白虎隊』。こうもタイミングよくめぐり合えるとは、自分でもびっくりした。半値以下の700円なり。何ページにもわたる番組内容のカラー写真とともに、キャストがばっちり書かれている。大石内蔵助は里見浩太郎、浅野内匠頭の妻・阿久里は多岐川裕美だ。へえー、恵さんは写真を見ただけでピタリと当てる。そして言われた。「これNHKじゃなくて日本テレビね。」ああ、そういえばずっとNHKだとばかり思っていた・・・。

こうして見ていくと、けっこう思い違いもあるもんだ。それに、忠臣蔵と白虎隊の関係がよくわからない。ちょっと調べると年代が全然違うではないか。忠臣蔵はもう300年以上遡るが、白虎隊はまだ130ほど前の出来事なのだ。明治を直前にしたうら若き少年たちの物語である。

しかし、共通点は多い。そのうちの一つ。四十七士の一人、寺坂吉右衛門は生き延びて後世に語り継いでいる。白虎隊では、自刃した20名の少年のうち、飯沼貞吉は瀕死のところを助けられて出来事を証言したため、後世に伝えられることとなったのである。飯沼貞吉は昭和の年代まで生きている。

こうして、かなり事実に近いかたちで本なり、映像が作られていくため、事実に勝るものはないという感動がさらに倍化されるのである。
またまた、探求の虫がうずうずとしてきて、「忠臣蔵99の謎」というタイトルの本を引っ張り出してきた・・・。

<本日の追加話題>
10/28の日記に書いた娘のピアノ・コンクールがきょう開催された。例の無理やりやらせているピアノである。こちらの意向である『渚のアデリーヌ』をやらずに、ハイテンポの『アドヴァンス・アドベンチャー』を選曲した。

じつはぶったまげてしまった。小学生高学年の部で準優勝をとってしまったのだ。
毎日、3回だけだからと練習をさせてきた。3回弾いたらすっと逃げて行く・・・。しかし、今日は一番いい演奏をした。どうもあがるとか緊張するとかいう言葉とは無縁のようだ。ああ、その楽観気分、少しだけでも分けてくれ・・・。
終わり



2003年11月21日(金) 一眼レフ・デジタルカメラ

滋賀県のMさんは、年内にキャノンD10という一眼レフ・デジタルカメラを手に入れる手はずを整えられたようだ。

私は、カメラ屋のお兄さんのいらぬおせっかいで、D10購入の機会を逸してキャノン・EOSキス銀塩カメラとなったわけであるが、やはりデジタルの魅力は日増しに強まるばかりだ。
EOSキスの出番がどうも少ないのだ。普段使うことはない。ほとんどが妻の関係で出かけた時とか、娘の発表会とかくらいしか撮っていない。もっぱらカシオの「イクシリウム」という小型デジカメが活躍している。ポケットに入るということもあるが、やはり大きいのはフィルムを気にする必要がないということである。

コンパクト・タイプではとても気になることがある。シャッターが降りるのにタイムラグがあるのだが、この「イクシリウム」、中でも郡を抜いてシャッターの起動は速いはずだ。それもあって購入したのだが、それでも動きのあるものは、どうもむずかしい。思ったよりも後ろにずれてしまっている。それなりに癖をつかんで撮ればいいのだろうがそれなりのテクニックを必要とするのである。これ、ほんとはプロ用といったほうがよい。
それにもうひとつ、むずかしいものにズームがある。スイッチを押してジー、ジーとやるのだが、時間がかかるうえになかなか思い通りのズームに到達しない。そのうちシャッター・チャンスを逃すというわけだ。

これらは一眼レフタイプですべて解決できるのだ。いうなれば素人用は一眼レフといってもよい。同じデジタルなのにシャッターは速く降りる。どうも搭載している電子回路が高級品のためのようだ。ズームにいたっては手動なので自分の手の動きだけの問題だ。
こうなってくるとD10をゲットし損ねたのは痛い。こちらの行動指針は妻の機嫌ひとつだけなんだから。

滋賀県のMさんは、マニアだから、当然キャノンEOS・キスデジタルではなく「D10」となるのはうなずける。「EOSキス」は色がゴールドメタでちゃらちゃらしているが、「D10」ともなると、ずしりと重く色は黒で風格があるのだ。性能も1ランク上ときている。

ギターをいっしょに習っているカメラ屋の経営者Sさんによると、夜とか光りが少ない場面や、景色なんかはデジタル・カメラに軍配が上がると言っていた。特に景色は色が鮮やかになるそうだ。まあ、「D10」クラス以上のカメラのことだろうが・・・。

くくくっ、しかたがない。滋賀県のMさんの試用講評でも待つとするか。



2003年11月20日(木) ジャズに酔いしれて〜その2

今夜はアート・ペッパーのアルトサックスを聴いている。

アート・ペッパーはウエスト・コースト・ジャズの最高のサックス奏者で、巨人である。彼の偉大さは歌心あふれる抜群のアドリブ・ソロにあると思う。瞬間、瞬間のインスピレーションによる作曲だが、じつに名曲と思われるメロディーを繰り出してくるのである。

「CD Club」からきたこのアルバムは、アート・ペッパー全盛期に録音された4枚の代表作から選曲されている。いわゆる名演集といわれるもので、タイトルは「アート・ペッパー・ミーツ・スタンダーズ」。『ユードゥ・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ』『朝日のようにさわやかに』『今宵の君は』『風と共に去りぬ』『枯葉』『オール・ザ・シングス・ユー・アー』どれも名曲であり、そして名演となっている。

録音年代はいずれも1956年から1960年である。古いといえば古いが、ジャズの名演はこの年代のものが多い。パーソネルは、ピアノ:レッド・ガーランド、ベース:ポール・チェンバース、ドラム:フィリー・ジョー・ジョーンズという蒼々たるメンバーである。アルバムによって、ピアノ:ウイントン・ケリー、テナー・サックス:ウォーン・マーシュらが入っている。

ハイテンポでは抜群にスイングするし、バラードではメロディーを切々と歌い上げる。やはり天才なのだ。しかし、天才であるがゆえの宿命か、何度も麻薬で獄中の人となっている。麻薬なしではプレッシャーに耐えられないと自伝に書かれている。バードこと「チャーリー・パーカー」も然りであった。

ジャズ界の巨人が次々と倒れていく中で、アート・ペッパーも数年前についに亡くなってしまった。じつは亡くなる数年前に、岡山でコンサートをしている。しかも年を違えて2度もである。
場所は岡山福祉会館。一応ホールはあるが、会議が主体の場所なので音響的にはどうかわからないが、小さなホールということもあって、ライブ的な感覚で聴くことができた。この時の演奏がどうだったかといわれれば、そんなことよりもアート・ペッパーを身近に生で聴くことができただけで大満足だと答えることになる。地方でこんな体験ができるなど、そうざらにはないのである。おそらく採算を度外視したマニアがいるのだろう。2回目も同じ会場だった。
その後、あまり時を経ずして亡くなってしまった。

音楽界もそうだが、芸術の分野でも偉大な人はそうざらには出てこない。自分の肌で触れ、五感で感じなければほんとうのことはわからない。
折を見つけて、できるだけ出かけていきたいものである。





2003年11月19日(水) ジャズでゆったりと

夜、自室でステレオのスイッチを入れる。

といってもオーディオ・マニアではない。それにステレオといっても友人から譲り受けた古いものである。今やステレオという言葉自体あまり聞かなくなった。
しかし、夜静かに音楽を流すと、疲れた?心を癒すことができる。疲れてなくても明日への活力が少なからず湧くものだ。

きのうはCD2枚組みの『モダン・ジャズ名曲物語』をかけた。CDプレーヤーは、妻が以前に何かの粗品でもらった1万円にも満たないウォークマンで、すでに蓋が割れガタガタになっている。

まずは、ピアノのケニー・ドリューによる『ジェントル・レイン』。映画「黒いオルフェ」で流れる、マイナー調のしっとりとしたメロディーラインが美しい。軽快なボサノバのリズムに乗って、ベースのニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンが抜群に歌っている。名前がややこしいが、デンマークかどこかの人だったと思う。
続いて、バド・パウエルの曲で、『クレオパトラの夢』もケニュー・ドリュー・トリオの演奏だ。有名な曲で、これもメロディーラインが美しく魅力的である。ルンバのリズムで、ここでもN.ペデルセンのベースがテーマを演奏している。このベース奏者は、登場した時から一目置いていた。メロディーをここまでよく歌わせる奏者は少ない。
3曲目は、映画「おもいでの夏」から『サマー・ノーズ』。映画の曲は、どれも印象が強く美しいものばかりだ。

何年か前に、岡山では数少ないジャズ・スポット「バード」で、ジャズ界の大御所が出演した。普段はいくつかのテーブルと椅子が並べられているのだが、こういうライブの時は、どこからか椅子を調達してきてびっしり並べるのだ。
この時のパーソネルは、ピアノ:ロニー・マシューズ、ベース:エディー・ゴメス、ドラム:ジョー・チェンバースという豪華版だった。ほんと、エディー・ゴメスがこんなところに来るの?といった感じである。ジャズに酔いしれたのはいうまでもない。
ちょっとしたハプニングもあった。ピアノのロニー・マシューズがバラードのイントロに入ったところで、急に何やら関係ない音楽が鳴り出した。何事が起こったかと、ちょっと演奏をやめたが、原因がわかるとすぐに何事もなかったかのように弾き続けた。じつは、マスターの奥さんが、オーディオのスイッチに触れてしまったようだ。
まあ、こういうところがライブのおもしろい部分かもしれない。

私の場合、ジャズに特化しているわけではない。なんでも聴くといったほうがいいかもしれない。さあて今日は何を聴こうか、となるわけである。その時の気分次第だ。
そういえば、山川 豊の『アメリカ橋』がない。ちょっとインターネット購入してみるか・・・。



2003年11月18日(火) いちご館

ひさしぶりにmappieさんの『いちご館』を訪れた。http://homepage.mac.com/mappiemam/index.html

ほのぼのページである。いちごをメインに、絵本あり、ケーキありでなごませてくれる。まあ、男性はあまり訪問することはないだろうが。

そこで、ちょっと「いちご」について調べてみた。やはり意外なことがわかるものである。まずは、ばら科の植物であるということ。そして実の部分は、なんと種のようなぶつぶつがそうだ。あの赤い部分は実ではない、が、ぶつぶつもいっしょに食べているので実を食べているのではあるが。
種類も多い。昔からある「とよのか」、「あきひめ」「女峰(にょほう)」「あいベリー」などなど、野生も含めると数十種類にもなる。

我が家でも毎年いちごを植える。娘がよく食べるので苗の数もはんぱじゃない。20、30と植えていく。種類は何だろう。やはり「とよのか」か。ビニールはかけていなかったような・・・。あー、このへんになると、食べることしかしないのでわからなくなってくる。インターネットでみると、ハウスの中にミツバチを放すところがある。露地栽培だと、勝手にミツバチがやってきて花をつついてくれるが、ハウスではそうもいかない。自然栽培を目指す農家ではこういうこともやるのだろう。当然、減農薬するしかないので好ましいことである。

いちごといえばショートケーキ。白い生クリームに乗ったまっ赤なイチゴは子供にとって、一番のお目当てだろう。しかし、娘もだんだんと大きくなって、イチゴショートは指名しなくなった。ショコラとか、ムース系に移ってきているようだ。ショートケーキの「ショート」とは、短時間にできるという意味でつけられたようだが、まあ、ケーキ自体そんなに簡単にできるものじゃない。

卵の泡立ては、黄身と白身をいっしょにしてやるのが正統派であるが、けっこうむずかしい。湯煎の温度と泡立て速度が微妙に影響してスポンジの出来が違ってくる。それだけではない。粉と混ぜるにもテクニックを必要とする。奥が深いからおもしろいのである。弓田 亨先生は、専用の「へら」まで開発して、事細かに混ぜる回数やら「へら」の角度やらを指定している。それでも同じ物ができることはまれだろう。もう体で覚えるしかない。

まあ、イチゴ・ショートはスポンジがうまくできればそれで成功だが、タルトなんかになれば、難関が多い。以前に「苺タルト」を作ったことがあるが、二日がかりでくたくたになったしまった。それに、苺を2パックも使って、妻にこけくそに言われてしまった。そのくせ、ちゃっかりいただいていた。

こうして、話題が出るたび、ケーキの虫がうずくのだが、あー、時間が・・・。ということになってしまう。しかし、時間は作るものでもあるのだが。



2003年11月17日(月) シェーバー

おー、なかなかよく切れる。この髭剃り、抜群の切れ味だ。

何年も使ったシェーバーだが、充電ができなくなったのと分解時にパーツが破損してしまったので、ついに新しく購入することにした。電池を介さずに直接DC電源を入れることができないかとか、充電できないのは接触不良かもしれないなど、いらない時間を使ってしまった。けっきょくパーツ破損で断念したのだ。

妻と娘を引き連れて「デオデオ」に行ってきた。狙っていたのは水の中にざぶんと浸けてデモしているいわゆる高級タイプである。しかし、妻がそんなに簡単にOKを出すはずがない。グレードが上の物は3万円近くもする。しきりに3000円のものを勧める。挙句の果て、とりあえずこれを買っといて、安売りの時に買えばいいじゃないのときた。高級品は安売りをしないのよん。しばし押し問答が続いたのち、店員を呼ぶことに。

こちらの作戦として、技術的な話にもっていこうというわけだ。21000円から29000円まで3種類のグレードがある。どうも性能的には差がないようだ。充電の残量表示が出るとかその程度のものでしかない。実用上あまり意味がないもので金額を上乗せしようという、いわゆる男性のこだわりにうまくつけこんでいる。ここで店員はうまく話をもってきた。「真ん中のグレードは今割引をしておりまして、下のグレードと同じ価格にすることができます。」よしよし、いいぞ。
これが決め手でお買い上げと相成ったのである。

3000円と1万円と2万円の違いは何か。店員に聞いてみた。「切れ刃の角度の違いでございます。安いのは90度、次に60度、お買い上げいただいたのは30度になってございます。この写真のように髭の破断面もぜんぜん違います。」
なるほど、浅い角度のほうが切れはいい。しかしどうして値段が違うのだろうか。推測するに、刃を薄くすると強度的にもたなくなるので、それなりの高級な鋼材を使っているのだろう。
他の機能として、超音波洗浄とやらもある。クリーナーを付けて、このモードに入れると超音波で汚れが落ちるというものだ。しかし、こまめに使うかというと疑問である。前のシェーバーの時も、浸け置き式のクリーナーを買ったが1回使っただけだ。

私のパソコンはほんとうにくたびれてきた。もうよたよた状態。
ああ、ゲットする口実を考えねば・・・。



2003年11月16日(日) 新しい果樹

裏の畑に果樹を植えた。桑の実を2種類といちじくである

桑といっても新品種で、名前も『ポップベリー』と『ララベリー』。ちょっとサイズは大きい。いわゆる昔からの日本の桑の実とは違う。トルコが原産のようだ。

やーまの はたけーの くわの実をー 
         こかごに つんだーはー まぼろーしーか
 
昔、子どもの頃、庭先に桑が植えてあった。蚕にやるためだ。その実をよく採っては食べていたのを思い出す。小さな小さな実だった。

  

いちじくは『バナーネ』という、夏と秋に収穫できるものだ。あまり見かけない品種だが、大型で甘い。苗木は高価だった・・・。
柿もよくうれてきた。ついでに写真をパチリ。

  

これらの苗木はすべて広島の桝井農園から送ってもらっている。桝井農園といえば、いちじくの品種である『桝井ドーフィン』を日本ではじめてひろめた桝井氏の農園である。明治の頃のことである。スーパーで売られているのはほとんどこの『桝井ドーフィン』だ。

それにしても、思いついたものを好き勝手に植えるものだから、もうぐちゃぐちゃになってしまっている。選定もいいかげんなもんだ。一応、本を見ながらやってはいるのだが、すぐに飽いて適当になってしまう。

商売するわけではないからいいとするか・・・。



2003年11月15日(土) チャリティコンサート

例の最後のチケット2枚の演奏会に行ってきた。

いや、思った以上に豪華顔ぶれと内容で満足であった。それにしても17:00から21:00とは長丁場だ。精神的にも肉体的にも結構こたえる。中には早々に帰ってしまう人もいた。

内容的には、最初に沢 知恵(さわともえ)の弾き語り。私としては結果的にこれが一番よかった。なんというか心に響いたのだ。
反戦歌を中心に歌ったが、『死んだ男の残したものは』『さとうきび畑』など、すぐれた歌唱力とともに命にびんびん響いてきた。『この死んだ男の残したものは』の作曲は武満 徹だ。ちょっと知らなかった。世界の武満がこんな反戦歌を作っていたのだと思うと感慨深いものがある。
『一本の鉛筆』は、美空ひばりの隠れた名曲となっている。じつは最近の美空ひばりの番組ではじめて知った歌である。広島での第1回広島平和音楽祭で歌うために作ったものだ。

一本の鉛筆があれば私はあなたへの愛を書く
一本の鉛筆があれば 私はあなたへの愛を書く
一本の鉛筆があれば 戦争はいやだと私は書く
一本のざら紙があれば あなたを返してと私は書く
一本の鉛筆があれば 8月6日の朝と書く
一本の鉛筆があれば 人間の命と私は書く

彼女は、これを自身で弾くピアノとともに見事に歌い上げた。
そして最後の山陽放送イメージソング『あなたがいてわたしがいる』は彼女の作詞作曲になる好感のもてるいい曲だ。

2番手は、ロシアのヴァイオリン奏者、アナスタシア・チェボタリョーワの登場である。じつは彼女を拝見したいために来たのだが・・・。
いや、ほんと透き通るような美しさだ!



開演1時間前に並んで、狙っていたベストの席を確保した。準備万端で望んだわけである。ほんとうは、ヴァイオリンの音を聴くには少し後ろのほうが響きとしてはいいのだが、そんなことはどうでもよい。
もうひとつ準備万端としていたことがあったのだが、目的果たせず悔しい。まあ、大したことではないのだが・・・。
ピアノは岩崎 淑。超ベテランだ。
アナスタシアのヴァイオリン、言わずもがなストラディヴァリ1729年製だ。何億円するのだろう・・・。

ここでちょっと休憩。
ロビーはCD販売やらコーヒータイムの人達であふれかえっている。そんな喧騒をよそに、恵さんといっしょにピクニック気分ならぬコーヒー気分でお菓子をつまむ。しばし疲れを癒すひとときとなった。
なにせ用意がいいわい。コーヒー販売のカウンター横で、やおらポットを取りだし、コーヒーを接ぎだした。おいおい、大丈夫かい、こんなのあり?
女性の図太さにはいつも圧倒されてしまう。

プログラムは続く。
ちょっとびっくりした。子どもがヴァイオリンをひっさげて出てきたのである。さらに驚いた。うへー、天才的なうまさ。プログラムを見て納得。音楽コンクール中学生の部で1位だ。ドイツ国際バイオリンコンクールでも2位になっている。
なんだかハリー・ポッターみたいだ。1日中弾いているんだろうなあ・・・。

最後はチェロの岩崎 洸。曲はシューベルトの『アルペジオーネ・ソナタ イ短調』。よく知られたいい曲だ。やっぱり生の音楽はいい。それにチェロはなんというか、聴いていると心が落ち着く。できれば『白鳥』なんかやってもらえればうれしいのだが。

こうして4時間にわたるチャリティコンサート「救え!戦場のこどもたち」は終わった。ちょっとだけ心が洗われたような気がした。

最後におまけつき。一段落してシンフォニーホールの裏を通っていると、岩崎 洸氏がひとりさびしくチェロを持って出てこられた。一言ごあいさつ申し上げた・・・。




2003年11月14日(金) 人と食

県庁通りの裏筋に「スーリー・ラ・セーヌ」というケーキ屋さんがある。

普通のケーキ屋さんとはちょっと違うというか、信念があるのだ。そんなによく買うわけではないが、いわゆるこってり系で濃厚な味は、フランス菓子の直道といえるだろう。小ぶりだが、高価である。
ここの師匠は東京「イル・プルー・シュル・ラ・セーヌ」の弓田亨氏である。

ケーキ作りに凝っていた時、弓田氏の本を購入してまねごとをしていた。なぜ、氏のケーキ作りにはまったのか。まず、フランス菓子にかける信念というものに共感をおぼえたこと、それとなによりも、材料を1グラム単位で正確に計ることに惹かれた。そのため、デジタル計りまで購入したのである。よく考えれば、1グラムなんか、容器の淵に付いてわからなくなるのだが。
「慣れると目分量で済ませがちですが、それでは味が変わる。愚直に手順を踏むことがおいしいお菓子の近道です」「卵黄が約50グラムではなく、なぜ53グラムなのか。3グラムの違いに込めた思いを分かってほしい」 と。

弓田氏の「ケーキ作り」は、NHKの『男の食採』でも連載された。いまでは、教室の受講生は全国から1000人を越えるまでになったようだ。こうして岡山でも、弓田氏の味が堪能できるわけである。
当然、材料のグレードにも指定が多い。まあ、フランス産とか言われても岡山では購入できないのだから仕方がないが、それでもできるだけ近い物をと、あちこち探し回ったものである。

弓田亨エッセイ 裸の王様の戯言「生命からの搾取」として本が発刊されている。まだ購入はしていないが、今の日本の食に対する間違いを痛烈に叩いている。一読の価値がありそうだ。
ベルギーのビールについてこうある。『未だ一歳にもなっていない幼児に、勿論、グラスに5分の1ほどの少ない量であるが、ビールを飲ませているのである。そしてその子は実に嬉しそうに、おいしそうにそのビールをなめるように飲んでいる。
私も驚いた。こんな小さな子にアルコール性の飲み物を与えるとは。でもその子のおじいさんはこう言ったのだ。「私達が代々に渡って造り続けてきたこのビールには、私達の家族の歴史の全てが含まれている。代々続いたビール造りの考え方、そして家族の愛、様々のものがこのビールの中にある。この全てを、私達は、この子が物心つかぬうちから、この子の身体と心に教えなければならない。」私はこの言葉を聞いた時に、私の全存在が震えたのを忘れることはできない。これは正しく食べ物と人間との関わりの本質を示した言葉なのだ。私はこの言葉によって、人間と食べ物がどれほど大きな関わりを持ち、そして人と人とを結びつけるかを知った。』

以前から食べ物、特に食材には関心があったが、こうしたエッセイを読むにつけ、人と食の大切さをあらためて感じる。
今晩もうれしいことに粗食だった・・・。




2003年11月12日(水) 白虎隊

もう年賀はがきが発売される時期だ。ということは年末も近い。

今年は、恵さんとこに注文している。郵便局よりは早いだろう。まあ、書くのは年末近くなってしまうのだが。
12月に入るといつも気になる番組がある。忠臣蔵である。これ自体もすばらしいのだが、気になるのは、ずっと以前に放映された堀内孝雄の歌で『愛しき日々』が主題歌となったものである。
じつはこれ、きちっとビデオにも撮っておいたのだが、いつの間にかなくなっていた。おそらく上に録画してしまったのだろう。すぐにタイトルを書けばよいのだが、いつもこうだ。くそ、と思っても後の祭り。

それ以来年末になると再放送はないかチェックしていた。憶えているのはこの主題歌と、森繁久弥くらいだ。浅野内匠頭は沖田浩之と思っていたのだが、どうも違うようだ。風間杜夫だった。今はインターネットがあるので調べることができる。検索してみるとあった、あった!
えー、1985年?もう18年もなるのか。ということは、真ん中の子が生まれたばかり・・・。うーん、どうも浦島太郎的感覚に陥ってしまう。18回も年末チェックをした記憶もないが。
これ、昨年の年末に再放送されていた。時代劇チャンネルというとこで。おそらくスカイ・パーフェクなんだろう。昨年は、1702年の事件以来ちょうど300年にあたる。解説によると、紅白歌合戦の裏番組として放送されたが、高視聴率で、傑作番組とされている。そしてテレビ放送の賞を総なめしたとある。私も、いろいろ忠臣蔵を見たが、これだけ印象に残っている。

もうひとつわかったことは、『愛しき日々』の主題歌は、この忠臣蔵ではなく、翌年の1986年に放映された『白虎隊』のものだった。どうも感動したほうは、『忠臣蔵』ではなく『白虎隊』のようだ。そんな感じがする。
忠臣蔵の主題歌は、曲は違うがこれも同じく堀内孝雄の作曲である。

そういえば、恵さんのOniビジョンには、時代劇チャンネルがあり、これも要チェックかも。



2003年11月11日(火) 『潮騒』

今日、ギターの中林淳眞先生から電話があった。映画のお知らせであった。

BSで20:00から映画『潮騒』があり、音楽は先生が作られている。原作:三島由紀夫、主演:吉永小百合、浜田光夫となっている。昭和39年の映画。名作ということで、5回も映画化されている。

三島由紀夫といえば、あの事件のことしか頭にないが、こんな小説も書いているのか。
話しの内容はこうだ。
伊勢湾に浮かんだ小さな島での甘い恋物語。若い漁師の新治が、網元の娘初江と島の浜で出会う。しかし有力者の息子や初江の父が二人の仲を裂こうとする。
そんな中、新治が台風の沖縄で大波から船を救い、晴れて婚約するというもの。

「映画館もパチンコ屋も呑み屋も、喫茶店も、すべて『よごれた』ものはなにもありません。この僕まで浄化されてー。ここには本当の人間の生活がありそうです」と三島由紀夫の書簡にあるそうだ。
これ、コパンの仲間であり人間国宝を目指す?「らいらいけん」氏の生き方に似ているかも・・・。

映画の題材になった島には、ナンバーのない車が多いとか。交番もないし・・・。
でも道も一本しかないんだって。

今時、こういう生活もいいかもしれない。たまに「らいらいけん」氏のところに行くのが手っ取り早いか・・・。



2003年11月10日(月) 地域祭

きのうは小雨の中のイベントだった。

朝6:30分、音響業者のトラック2台と共に現地到着。といっても私の家から南300mほどなのだが。不穏な空だが、なんとか持ちそうだった。前日からも降っていないようだ。さっそく機材のセッティングにとりかかる。実は、前日の夕方からセッティングする予定だったが、シンフォニー・ホールでの仕事があったため早朝からとなったのだ。

7:00を過ぎてから、きたきた。一瞬だめかと思ったが、業者は何知らぬ顔でもくもくとスピーカーを積んでいった。台風の中でやったこともあるそうだ。こんなの目じゃないと。このスピーカー、少々雨にぬれても大丈夫だと。こっちは気にして、ブルーシートをかけていったが、すぐに外された。しかし、だんだん激しくなってくる。幹部連中が7:30に決定を下すことになっているが、まだ、躊躇している。そりゃそうだろう。一週間あとでは、できる保証もないし、他の行事も入っている。音響業者もだめ。今回の目玉としている警察音楽隊もだめ。

結局、決行となった。半分ヤケだ。「もうカラオケ大会でもええがな。」そのうえ、オープニングファンファーレと演奏を予定していた吹奏楽団も、雨の中では楽器がダメになるということでキャンセルとなった。えー、ファンファーレがないと困るではないか。それにテープも用意していない。幸い、音響業者が持っていた。助かったわい。

今回の業者、イベントには手馴れているとみえ、てきぱきとこなしてくれる。音響のアシスタントとしてつけたK部君も、なにやら手持ちぶさたなご様子。カセットテープも渡しておけばタイミングをみてうまくやってくれているようだ。
それに、ノート・パソコンを2台もセットしてBGMもうまく流しているし、言うことなしだ。




雨はその後小康状態から、だんだんとやんできた。予定通り開催ができたわけである。9:30開会。これも日頃のおこないか?その後も空はあいかわらず、「いつでもOKよん。」という感じでこちらをうかがっている様子。わたしのネンリキが効いたのか、メインエベントの警察音楽隊までは一滴たりとも降らせなかった。が、ついに耐え切れずぽろぽろと泣き出したのだ。えー、それはないだろう。トラックからはすでに楽器を降ろし始めている。

とりあえず、あとのプログラムを先にやって雨が止むのを待つことにした。しかしちょっときびしい感じだ。ここでちょっと融通をきかしてくれた。雨が止まないようであれば中止しますと言ってはいたのだが。着々とひとつのテントを片付けてそこにパーカッション類の楽器を運びこんだ。要するに、ステージ側ではなくテント側をメインに仕立てたのだ。手際よくラインを引くと、雨の中に踊り出てドリル演奏を始めた。普通だったら明らかに中止なのだが、さすが警察音楽隊、サービス精神にあふれている。急におまわりさんが神々しく見えた。いや、臨機応変の対応に喝采だ。








こうして、なんとか無事に今年のイベントも終わった。それを見定めるかのように雨も止んだ・・・。



2003年11月08日(土) あした天気になあれ

ああ、雨が心配だ。

きょうは、イベントのセッティングで暗くなるまでステージをこしらえた。
それにしても、学区から集まればいろいろな職業の人がいるものだ。型枠会社、看板屋、電気、工務店etc.
餅は餅屋で、へたに手を出さないほうがよい。ほんとの餅屋には、おにぎりを1,000個ほど握ってもらうのだが・・・。
テントだけでも50張りほどある。これらが一斉に朝から仕込みを始めるのだが、すでに食べ物関係はじめ、どの部門も用意をしている。雨で延期になると大変だ。

天気予報の確立、どうにかならないのかねえ。こういう時、ほんとに困る。

<妻との会話>
「あした、6:00に連れていって。」「わかった。」
選挙の受け付けだそう。



2003年11月07日(金) 最後まで現役で

CD Clubの冊子に、「今年なくなられた方々へ」と題して一文が載せられている。

その中にアルトサックスの大巨匠、ベニー・カーター氏がいる。何年か前にも来日時にテレビに出演して、余裕のそして堂々とした演奏を聴かせてくれた。その様子を上田啓二先生にお話しした。「ベニー・カーターは、マウスピースをかるく口にあてがっただけで吹いていましたよ。」と。ああ、先生のコメントは忘れてしまったが、要するに「いかに力を抜くことができるかなんだ。」といった内容だったように思う。

ベニー・カーター氏、95歳であられた。ということは、90歳くらいまで演奏活動をしていたことになる。そう思えば人生は長い。まだまだ何十年も現役でいられることができるではないか。しかし、現代の生活スタイルでは無理だろう。90歳までかくしゃくとして生きるには、それなりの節度ある普段の生活が重要だと思う。今時の食生活では望むべくもない。

いや、どうも最近体中がかったるい。明らかに運動不足となっている。横幅も増えつづけているのだ。どうにかしたい。と思うだけ・・・。
恵さんからもらった「にんにく卵黄」を一気に10粒ほど飲んだ。うぐっ、口中にあの激しい臭みと香りが充満した。でも、かなり効きそうだ。そうだ、恵さんに次の分の調達をお願いしておかねば。
さらに、2ヶ月ほど前から飲んでいるあちらのサプリメントも水とともにぐいっと飲み込んだ。宅急便が来た時、妻が見て一言。「ふーん、ノコギリヤシエキス、セレン、・・・いろいろ入っているのね。自分で払っといて。」がく・・・。

それにしても、サプリメントに頼らなければいけない体になったとは、情けない。ちょっと、シェイプ・アップに努めよう。

<妻との会話>
最近、高齢化社会のためか黒服の出番が多い。先日も出かけたが、ちょっときついのだ。前に出るときは、お腹を引っ込めてと・・・、そうしても肩のあたりが突っ張る。
私は妻に訴えた。「服が小さいよ〜。買って。」妻いわく「服は小さくなりません」とほ。



2003年11月06日(木) もうすぐイベント

ちょっと心配だ。こんどの日曜日がどうも雨になる公算が強い。

今年で4回目になる地域祭、雨なら一週間延期されるが、それはそれでよい。しかし、困ったことがひとつある。警察音楽隊のドリル演奏があるのだが、一週間後は、別の出演予定が入っているという。
昨年は、出演団体が多すぎて余裕がなかった。観るほうもせわしなく変わるステージに疲れたと思う。目玉の出し物もなかった。その反省から、出演数を絞り、メインの出し物として警察音楽隊を入れたのである。もし延期となったら、今回の催しはさびしいものとなってしまう。

ところで、警察音楽隊の活動とはいかに。
紹介文によると、年間約100回の出動となっている。ということは、毎週、演奏活動に出ているということだ。自衛隊のように専属の楽団ではないから、日常の業務をしながらの活動になる。勤務地は岡山、倉敷の交番などとなっている。連絡を取り合っている担当者はMさんといい、電話口から受ける印象は、まだ若く誠実な感じがする。まあ、警察といっても、我々と同じ音楽仲間ではないか。別に悪いことをしているわけではないが、どうも子供のころからの「おまわりさん」のイメージが抜けず、かまえてしまうのだ。

隊長のN氏は、ちょっとだけ知っている。といってもこちらが知っているだけだが。昔、吹奏楽で、彼の指揮で演奏したことがある。10年ほど前になるが、その時のことを思い出すとこうだ。「クラリネットの皆さん、16分のところは練習しておいてください。拍の頭だけでも合わせてください。指揮ではどうすることもできませんから・・・。」くっ、次の練習でもできなかったことはいうまでもない。

追伸
今日の妻との会話
妻「きょう、まきの音楽発表会に行ったけど、午後からの仕事、たいぎだから休んじゃった・・・。」夫「ふーん、本2冊は読んだな。」妻「いいえ、ずっとパソコンとにらめっこしてましたよん。」夫「ほんまかな?」
そして・・・妻が泣きそうになって言ってきた。「フロッピーが読み込めない!必死で入力したのに。」妻はすぐに人のせいにするくせがあるのだ。せっかくプリントアウトしてやったのに、私がフロッピーをダメにしたと。しかたない、もう1枚のフロッピーにコピーしてやるか。

まあ、たわいもないことだが、妻にとっては一大事だ。手を貸してやった。失敗して園長にしかられては、つけがこっちに来るのだから・・・。



2003年11月05日(水) 疑惑その2

いやー、たまげた。「日航123便事故」で検索をかけたら、2400件がヒットした。それもほとんどが疑惑に関するもの。

それほど、この事故、いや事件は闇につつまれている。次々と調べて行くうちに、国家的犯罪に違いないと思うようになった。
時の総理はだれか。なんと今回の選挙でだだをこねた、NS根総理大臣なのだ。そして官房長官は、カミソリといわれたGT田官房長官。
墜落した場所は、驚くなかれ、NS根総理の出身県である群馬。

専門家で、この事故を、おかしいと思わない人はいないだろう。事故調査委員会は、機内の様子を録音したヴォイス・レコーダーに故意に別の音を入れて改ざんまでしているのだ。
そして事実をねじ曲げて、あらぬ方向に結論を持って行く。まあ、これは過去から変わらぬ、国家が犯す犯罪の常套手段かもしれない。

しかし、そんなに甘くはないぞ。みておれ、そのうち暴かれるから。願わくは、そういう人たちが生きているあいだに・・・。



2003年11月04日(火) ノン・フィクション

ここに柳田邦雄の『ガン回廊の朝(あした)』という本がある。

今から20数年前に初版となっているが、買ったのは文庫本で上下2巻となっている。その後、俳優の児玉 清が出演したNHKのドキュメンタリー番組として放映された。題名は『ガン回廊の炎』。本にもなっている。
最近になって、この録画ビデオと蔵書庫から本を引っ張り出してきた。知り合いの女性が、某大学病院の検査助手として勤務をはじめたので、見せてあげたかったからだ。

『ガン回廊の朝』を知ったのは、もう十数年前になろうか。昭和30年代に国をあげてガン撲滅に立ち上がる、闘魂燃えたぎる医師たちの記録であり物語である。仕事に情熱を注ぐ男たちの生きざまをリアルに描いている、今でいえばプロジェクトXといったところか。

いま、文庫本を取り出して、茶色に変色したページをめくると、あらためて当時の医師たちの信念と、仕事に賭ける情熱といったものがせまってくる。妻と娘が没頭している推理小説もいいが、これは事実なんだというノン・フィクション小説に勝るものはないと勝手に悦にいっている。
この本は、専門的な部分も多く、全部を読みきるには結構骨が折れる。その点、後年に刊行され、テレビでも放映された『ガン回廊の炎』は、ストーリーとしては同じなのだが、読みやすくなっている。まあ、ノン・フィクション賞を受賞した『ガン回廊の朝』は、それだけ格調が高いものとなっているのも確かである。

それにしても、ガン撲滅に生涯を賭ける医師たちの戦いには、敬服するのみである。



2003年11月03日(月) 疑惑

きょう、恵さんから久々に電話があった。電話が無料なので、さいさい電話していたが、ちょっと間があいていたのだ。

この日記、ネタ切れ状態なので、ネタの提供をお願いしたが、軽くうっちゃりを食ってしまった。くそー、毎日続けるということは大変なんだぞ。

きのうの続きを書こう。
日航123便の事故のことについては、当初から私も気になっていた。いわゆる疑惑付きなのである。これに関する本は何冊も読んできた。ますますおかしいと考えるようになった。何が疑惑か。
ちょっと専門的になるが、墜落のきっかけとなる原因は、圧力隔壁の破損ということになっている。ニュースやその手の特集では、いかにもそのように報道されている。
しかし、専門家の間では、異常が起こってからの一連の現象は圧力隔壁の破損からは起こり得ないことははっきりしていた。
なぜこういうことにしたのか。ここからが疑惑の始まりなのだが、どうも自衛隊が関係しているようだ。今回、この本を読み始めて、さらに疑惑に確信を持つようになった。

世界的にみても、大きな事件、事故が起こると、必ず得体の知れない大きな力というものがうごめいて、真相を闇に葬ろうとする。
かの「ケネディ暗殺事件」もそうだ。近年になって、疑惑の映画も出てきた。巨大な力が、オスワルドを犯人に仕立て上げたが、すぐに、おかしいという声は当時もたくさんあった。しかし、すべて押さえられてしまうのだ。この事件は封印されてしまったが、私が生きている間に、秘密が解禁になるそうだ。

しかし、123便の事故に関していうと、あまりに日本という国のこっけいさというか、情けなさが露呈しているのだ。
要するに、国家として不利になることは、すべて隠す、捻じ曲げるということをいとも簡単にやってのけるのである。

本を何冊も読んで行くと、ある程度のあらましはわかるようになる。その中で感じることは、おかしい、おかしいという疑惑ばかりなのだ。

あー、ほんとに激怒するという感情がこみ上げてくるのだ。真相はわからないが、おそらくそうに違いない・・・。



2003年11月02日(日) 新刊購入

今日、娘が本屋に行くというので、連れて行った。探偵物、推理物にはまっているのだ。コナン、パスワード・・・、まあ、母親似ということになる。娘と競争で読みあさっている。

ついでに、私も一冊。『日航123便墜落事故』のものだ。この関係の本は、数冊持っている。まあ、航空機関係が好きなので、柳田邦男の『マッハの恐怖』にはじまり、次々と買っていった。



考えてみると、この事故から18年もたっているのだ。こうしていまだに本が出るということは、事故に謎が多いということと、それだけ多くの人の関心を集め、衝撃も大きかったということだ。
今回の本は、『隠された証言』となっている。やはり、数々の隠蔽工作があったのか。とにかく、この事故は、最初から謎が多く、つじつまが合わないことがかなりあるようだ。
うーん、いっきに読めそう。

母娘が本に没頭している風景に、少しばかり入り込んでみるか・・・。



2003年11月01日(土) 山川 豊物語

きょう、ひさびさにテレビを見た。NHKで『今夜は見せまっせ』という、桂 三枝のおどけた進行ですすむ、なんといったらよいのか、物語りだろう。

山川 豊と鳥羽一郎は兄弟なのだが、私は鳥羽一郎は好きでない。山川 豊は、その物静かさと、歌に哀愁がただようのが好きである。派手な鳥羽一郎と対照的である。そのせいもあって、兄の快進撃の影で、伸び悩んでいた。

この番組では、そんな山川 豊の生い立ちからを追っていた。突然、桂 三枝が両親をステージに呼び、子供時代の苦労話などをするのである。さらに、兄・鳥羽一郎からの手紙を読んで涙をさそうという、お決まりのシチュエーションを作る。

しかし、人の心を揺さぶるとか、和ませるとかいう歌手は、それなりの人となりを持っているものである。
山川 豊もそういう人だった。

ますます好きになった。『アメリカ橋』の「アメ〜リカ橋の〜 たもと〜」。なんともいい歌だ。声を押さえ、感情移入をはかる独特の歌唱だ。ちょっと練習してみるか。

夜桜、北斗星、ときめきワルツ、函館本線・・・。いい歌が多い。
しかし、なかなかこういう歌を耳にすることがなくなってきた。ラジオでかかるくらいであろうか。

最近、歌謡曲に心動かされることが多くなってきた。


 < 過去  INDEX  未来 >


管理人トシ