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セクサロイドは眠らない

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2001年07月31日(火) 下半身が熱く燃えるようなので、思わず快楽の声をあげて、手をとってその場所に導いた

その村では、500年に一回、鬼が出ると言う。鬼が出る夜は、その村の語り部の血を引く生娘が、鬼を相手に物語を語って聞かせねばならない。100の物語で鬼を満足させることができたならば、鬼はまた、500年おとなしくなる。物語が面白くなければ、鬼はその娘を取って食う。

サヨは、500年目にあたる年、鬼の相手役を命じられた。サヨは色の白い、美しい娘であったが、その物を語る才能は天賦のもので、サヨが語り始めると、子供達が集まって来て、聞き惚れる。

サヨは怖かった。だが、同時に、気持ちが奮い立つのを感じた。サヨは、物語の力を知っていたし、自分にその才があることをわきまえていたから。

婆は、明日の夜、という日に、サヨに注意をする。
「ええか。一度語り始めた物語は、必ず最後まで語られねばならない。終わりのない物語を語ってはいけないよ。」
「はい。」
「それから、生娘のまま、鬼に会いに行くこと。」
「はい。」

--

サヨは、夜中、こっそり寝間を抜け出す。恋人の善治に会いに。

「サヨ、大丈夫か?俺、心配で。」
「大丈夫よ。」
サヨは、それでもこれが永久の別れになるかもしれないと、善治の顔を目に焼き付ける。

「サヨ。俺はお前の勇気に惚れたんだ。」
善治は、サヨの体をきつく抱きしめる。サヨの白い肌を、あますところなく記憶に刻むかのように、舌でなぞる。サヨは下半身が熱く燃えるようなので、思わず快楽の声をあげて、善治の手をとって、その場所に導いた。

「ああ・・。善さん・・・。」
「必ず帰って来いよ。」

その時、サヨは、生娘でならなくてはいけないという、婆の言葉を忘れてしまっていた。

--

鬼は、怖い声ではなかった。むしろ、やさしく力強い声であった。
「そこに座って、俺に話をしてくれ。」
岩陰から、鬼の声が響く。

サヨは、前をキッと向いて、朗々と語り始める。鬼が一心に聞いているのを感じる。

物語は一晩中続き、朝の白む頃、99番目の物語が始まった。もうすぐ、あたしは無事、村のみんなのもとに帰ることができる。善治に会える。ふと、サヨの心に善治の、あの、力強い腕の、山仕事で鍛えた肌の記憶が蘇り、声が揺れた。

「どうした?」
鬼が怒ったように、とがめ、そうして、岩陰から鬼が姿を出した。

サヨは息を呑んだ。

鬼とは名ばかりの、光り輝く美しい青年。銀髪の長い髪を束ねた若者が現れた。

サヨは、瞬間、言葉を失った。物語の行く末を見失ってしまった。そうして、体の中から激しく突き上げてくる感触に包まれて、サヨは体が溶けて行くような気持ちになった。善治との抱擁より幾倍も強い、その官能に、サヨはただ喘ぐだけだった。

鬼は、サヨの顔を見て微笑んだ。サヨは、もう、物語を続けることができない。激しい快楽の波の中を漂う。

サヨは、遠のく意識の中で、鬼から大きな尻尾が出ているのを見てとった。

--

翌朝、サヨは帰って来なかった。

婆はがっくりとうなだれて嘆いた。あの夜、善治に会いに行くと言ったサヨを引きとめなかった我が身を呪った。


2001年07月30日(月) 頬が上気している。下半身をチラチラと熱い舌が這いずる。

「ねえ、パパ、一緒にお風呂に入ろう?」

少し甘えて見せるアヤカは、もう今度中学生になろうかという年頃なので、僕は戸惑う。

「もう、一人で入りなさい。」
そう言って少し厳しい顔を見せると、アヤカはがっかりした表情になった。

「一緒に入ってあげたら?」
妻がからかうように言うのだが、どうも気が進まない。

「それより、具合どう?」
妻が最近、どうも体調が思わしくないと、床に伏せりがちなのが心配で、僕は訊ねる。
「そうねえ。あまり変わらないわ。ごめんなさいね。忙しい時に。」
「いいよ。それより、早く寝て、少しでも早く元気なってくれよな。」
「せめて、アヤカの中学の入学式に間に合えばいいんだけど・・・。」
「大丈夫だよ。きっと。」
僕は、妻の憂鬱を吹き飛ばそうと、笑い掛ける。

「あ、パパとママだけおしゃべりして、ずるいっ。」
アヤカは風呂上がりの上気した体にタオルを巻きつけた格好で部屋に掛け込んでくる。
「早く服を着なさい。」
僕は、アヤカのほうを見ないようにして、口調を険しくして注意する。最近、アヤカは急に体つきが丸みを帯びて、もう、少女というよりは大人の女性を感じさせる。姿態や言動も妙になまめかしくなって来たので、どうも近頃のアヤカは僕には扱いづらい。

--

妻が亡くなったのは、それから間もなくだった。アヤカの入学式も待たずに。早咲きの桜が、狂ったように花びらを散らし続けていた、まだ2月になったばかりのある日。

アヤカは、さほど母親が亡くなったのを嘆く様子もなく、葬儀の後片付けをテキパキと行った。泊まりこんでいた妻の姉は、アヤカのことを心配しつつも、糖尿病の夫を放っておくわけにもいかない、と、午後の飛行機で戻って行った。

--

ねえ。パパ。ママがいなくて寂しいの。今夜一緒に寝てくれる?

ああ。いいよ。じゃ、布団をもう一組出しておこうかな。

ううん。いいの。私、パパのお布団で寝るわ。

だって、狭いじゃないか。

いいじゃない。私寂しいの。

しょうがないなあ。

--

少し遅い時間に、僕は、先に布団に入っていたアヤカの横に体を滑り込ませた。

「パパ、待ってたの。なんだか、この部屋はすごく寒くて。」

抱きついて来たアヤカが、一糸纏わぬ姿なのにギョっとして、僕はアカヤの絡ませてきた手を振りほどく。

「パパ、ひどい・・・。」
「何を言ってるんだ。早く服を着なさい。」
「いやよっ。やっと二人になれたのに。」

中学生とは思えない不自然に成熟した白い体が僕の体に乗ってくる。

「ねえ。パパ。アヤカのこと、嫌い?」
「嫌いじゃないよ。娘だもの。」
「だったら抱いてよ。ねえ。パパ。ずっと私がパパのこと好きだったの、知ってるでしょう?」
「やめなさい。」
「いやよっ。」

アヤカの頬が上気している。金縛りにあったように動けなくなった僕の下半身をチラチラと熱い舌が這いずる。

「やめろ・・・。」
「いや。いや。いやあよ。パパ、アヤカのこと好きでしょう?パパはアヤカだけのものよ。誰にも渡さないもん。ママがいなくなるの、ずっと待ってたのよ。」
「・・・。」
「また会いに来るって言ったじゃない。」

アヤカの体が狂おしく僕の体をかき抱く。

--

僕は、妻と結婚する前に僕が捨てた女のことを思い出す。
「きっと会いに来る」
と言い残して自殺してしまった、あの女を。

何もかも、考えるのが怖くて頭から振り払った。

アヤカとは、もう、引き返せない場所まで来てしまった。最近では、僕はめっきり食欲も無くなり痩せてしまった。僕は狂っているのだろう。何もかもが狂っているのだ。あの女も。アヤカも。妻を弔った桜の花びらも。


2001年07月29日(日) その瞬間、熱い痛みが走る。果てしない痛みと快感に飲まれて、私は嗚咽する。

内科病棟に移動になって、私は、その少年に初めて会った。白い肌。熱で潤んだ瞳。15歳であるという、その、美しい少年は、看護婦達の間でもしばしばささやかれる人気だった。

私はと言えば、その頃、不倫の関係にあった産婦人科の医師との関係を清算したばかりで、かなり疲れていて、少年の美しさにも気付かずに、ただ、抜け殻のように仕事をしていた。この病院で勤務を始めた直後から7年続いた関係は、私にとってあまりにも長過ぎた。

「僕達の星には、裏切りも、心変わりもないんだ。現世で結ばれなかった恋人達は、契約を交わすと、来世で結ばれるんだよ。」

私は、朝の定期検診で脈をとっている時、そんな風に急に少年から話し掛けられて驚いた。

「なに?」
「ううん・・・。怒ったらごめん。あなたが悲しそうな顔をしているから。」
「からかわないで。」

私は頬に血が上り、彼の元を急いで離れた。

その少年の事が気になり、翌日、彼の個室を覗くと彼は具合が悪いのか、ベッドに横になったまま私のほうを向いて微笑んだ。

「苦しいの?」
「大丈夫。」
「昨日、変な事、言ったでしょう?」
「ああ。ごめんね。あなたがあんまりひどい顔してたから。魂が抜け落ちてどっかいっちゃったみたいな顔。」
「すごいのね。」
「そうかな。」
「あなたの星って?」
「あはは。きっと僕の妄想。でも、こんな場所に閉じ込められていたら、ちょっとぐらいの妄想も許されるよね。」
「何か飲む物を持ってくるわ。」

私は、少年に見つめられるのが怖くて、慌てて部屋を出た。水の入った吸飲みを持って来た時には少年は眠っていた。

--

少年の容態は少しずつ悪化していた。座っていることができず、ベッドにぐったりと横たわっていることが増えた。

彼の体の汗を拭くと、彼は力なく微笑んだ。

「僕達の星では、一年中穏やかな春の暖かさだ。寿命は短いけれど、別れた恋人達は必ずまた、巡り会える。」

彼が、熱を帯びた指で私の指先に触れてくるので、私は悲しくなった。

--

夜、彼が私の部屋を訪ねて来た。

「どうしたの?こんな夜中に。」
「会いたくて。」
彼は微笑む。

彼の体は、昼間の熱っぽさが引いて、むしろ冷たいくらいだった。私は、彼の体の冷たさが悲しくて泣き出した。

「どうして泣くの?」
「あなたは、もう、いなくなってしまうんでしょう?」
「また、巡り会えるんだよ。僕達の星では。」
彼は私の涙に唇を当てて、そっと抱きしめてくれる。私よりずっと華奢な筈の彼の体は思ったよりずっと力強くて、穏やかな心臓の音が波のようで。

「さあ。血の契約を。」

彼の糸切り歯が私の人差し指を掻き切る。血がほとばしる。彼、自分の指もまた、掻き切る。彼の血と私の血が混ざる。その瞬間、熱い痛みが走る。

彼の血が私の体に流れ込む。私の血が彼の体に流れ込む。果てしない痛みと快感に飲まれて、私は嗚咽する。

--

翌朝、病院に出勤して行くと、彼の個室はきれいさっぱり片付けられ、個室のドアの彼の名前のプレートも外されていた。

--

私は、薬を飲む。彼のいる星に行くため。

別れた恋人達は必ずまた、巡り会える。

現世で結ばれなかった恋人達は、契約を交わすと、来世で結ばれる。

彼の噛んだ指が、熱く燃えている。


2001年07月28日(土) 痛くないようにそっと指で繰り返しなぞるので、私は喉の奥で喘ぐ。ママに聞こえちゃうわ。

私はリー。双子の姉はルー。鏡を見ているようにそっくりで美しい双子。

私達は、お互いに愛し合っている。ルーの漆黒の髪に口をつけて、苺の唇をなぞれば、ルーが私の指を吸う。
「ねえ。いつまでもこうして私を愛して。男の人なんか愛さないで。」
「分かってるわよ。馬鹿ね。リー。」
「アタシ、男なんか大嫌い。」
「私だって、男なんかよりリーが一番可愛いわ。」
「本当に?」
「本当よ。」

ルーはやさしく唇を重ねて舌を絡めてくる。敏感な部分を痛くないようにそっと指で繰り返しなぞるので、私は喉の奥で喘ぐ。ママに聞こえちゃうわ。

双子だから。お互いの体を一番よく知っているから。どこをどんな風になぞれば快楽の世界に行けるか知っている。

--

でも、夜が明けると、私とルーの時間は終わり。ルーは私のことなんか忘れたように振舞う。ルーは快活で、おしゃべりが上手で、男の子にも女の子にも好かれる。私は、内気で、口下手で。きっと、ルーはこんな私が恥ずかしいのだ。

幼い頃、私とルーは、別々に育てられていた。悪夢は、歳の離れた兄が、受験期にノイローゼになった時から始まった。兄は、夜な夜な、私の部屋を訪れる。私が内気で他人に助けを求めることもできないのを知っていて、兄は、幼い私の体を毎夜長い時間好き勝手にいじくりまわした。

そんな時、ルーが来てくれた。勝気なルーは、兄が部屋に来た時、毅然とした態度で、そばにあるペーパーナイフで兄の脇腹を刺した。全ては明るみに出て、兄は病院へ入れられた。

--

高校生になってルーは、次々と男の子と付き合い出した。私は、過去の忌まわしい記憶から、男の子が側に来ると、吐き気さえ催すと言うのに。ルーは、淫乱だ。だらしのない女だ。

ルーが、私達の部屋に男の子を連れてセックスなんかするから。

私は、ルーと部屋で口論となる。

「ルーには私の苦しみなんか分かりっこないわよ。」
「何言ってるの?あの時助けてあげたのは私じゃない?」
「ルーには分からないわ。何もされてないもの。」
「正直に言えば、私も、あの時、あの男からひどいことされたのよ。」
「だったら、どうして?」
「分からないわ。気が付いた時には、あの男からされたみたいに、いろいろされたくてしょうがなくなるんだもん」

私は、怒りのあまり、咄嗟に台所から持って来た包丁でルーを刺した。

同時に私も、ルーの手で殺された。

--

鏡には、私と同じ愛らしい顔。

鏡の中の自分を刺し殺せば、自殺というのかしら。

遠のく意識。私の心が作り出したルーという人格は、この瞬間、どこかに消えてしまった。私が壊れてしまわないように一生懸命守って、愛してくれた、もう一人の私。サヨナラ。


2001年07月27日(金) 彼が身悶えすると、手首を縛ったロープがこすれて血がほとばしる

男が部屋に来た。

よく見れば手首や足首に皮紐を編んだようなものをいくつもくくりつけている。

「それ、なあに?その、紐。」
「こうしてないと、体が崩れて砂になってしまうんだ。」
男は困ったように言う。

「いや。それは僕の強迫観念なんだけどね。それでうまくセックスができないんだよ。セックスしてても体の事を意識してないと、体がバラバラになっちゃいそうで、セックスに没頭できないんだよね。」

ふうん。で、どうしたいの?

「取り敢えず、この呪縛から逃れて、セックスしたい。」

困った人ね。私はカウンセラーじゃないわ。それでも、彼の切なる欲望に舌なめずりして、私は、彼をベッドルームに連れて行く。

--

もっとキツク縛りましょう。あなたの体に食い込むように。もっともっと痛いくらいに。あなたがバラバラになりそうなのは、縛りが弱いから。

「どう?落ち着くでしょう?」
「ああ。」
「身動きできないようにしてあげるね。」

ベッドの支柱に、彼の手首をくくり付けて、私は彼の体を縛っているロープのまわりをゆっくり舐める。

「あなたは呪縛から逃れてはダメなのよ。」

彼が身悶えすると、手首を縛ったロープがこすれて血がほとばしる。
あなたの「生」の証の血が、ほら。

--

幼い頃から母親に事あるごとにきつく縛られて、部屋の片隅に放置されていた少年。縛られて、細い体に残った痛みこそが、彼がその家にいていい理由となった。

大人になって、彼はロープをほどこうとしても、もうほどくことはできない。

もっと、もっと、きつく縛ってあげましょう。その呪縛こそが、あなたを「生」に繋ぎとめる唯一の方法だから。


2001年07月26日(木) 彼の白い肌を強く吸えば、泣き声のような快楽の声をあげて華奢な体が白い蛇のようにのたうつ

僕の高校に転校してきた彼は、その美しさで教師も、女子生徒をも魅了した。華奢な体。体毛がほとんど生えていない、なめらかな肌。まるで女じゃないか。彼の美しさに目を奪われながらも、僕は彼のことが気に入らなかった。

そのうち、彼に関するさまざまな噂が飛び交うようになった。彼と手を繋いだだけで、妊娠するだとか。彼と付き合った後、子供を堕ろした女子生徒は10人を越えただとか。

放課後、体育館の裏ですすり泣く女の子と、彼。うっかりそんなものを見てしまったバツの悪さから踵を返すと、彼が後を追って来た。フワリと、彼の甘い体臭が絡みついてくる。

「彼女のこと、放っておいていいのか?」
「いいんだよ。それより、キミと一回話をしたかったんだ。」
「なんで?」
「キミ、僕のこと嫌いだろう?いつも僕をにらんでる。」
「さあな。でも、嫌いかもな。」
「僕は、キミが好きだよ。」

その美しい顔で微笑まれると、誰もが心を掴まれる。悪魔の微笑。

なぜか動揺した自分に腹が立った。
「よしてくれ。」
「ごめん。」
「謝るなよ。」
「僕のうちに来ない?」
「ああ。」

その時には、もう、彼の魔法にかかっていた。
彼が一人暮らししているという小さなアパートの一室で、急に降り出した土砂降りが激しく窓を打つ音に包まれて、僕達は壁にもたれて座っていた。

「男も、女も、どっちでも相手にできるのか?」
下品な事を聞いているな、と思いながら、どうにも好奇の気持ちが隠せない。
「そうかもね。僕は『おとこおんな』なんだよ。」
「なんだよ、それ。」
「僕は、両性具有なんだ。僕の体には子宮があるんだよ。」

変だろう?そうやって急に僕にもたれかかって彼は泣き出す。細い肩にそっと手を回すと、彼がしがみついてきた。気が付くと、僕の顔のすぐ近くに彼の柔らかい唇があって、僕はためらいもなく、自分の唇を重ねた。

「ねえ。抱いてよ。」

外は雷が鳴っている。彼の白い肌を強く吸えば、泣き声のような快楽の声をあげて華奢な体が白い蛇のようにのたうつ。

そうやって僕達は時折会うようになった。

やはり恋愛なんだろうか。悪魔に心を奪われたのか。あるいは、両親から忌み子として嫌われた彼への同情なのか。

--

18になった時、彼は、僕にそっと打ち明けた。
「僕、女になってくる。」

--

彼が姿を消して5年の月日が流れ、僕は、彼のことなど忘れて、会社の同僚と平凡な恋愛をしていた。そんな時、急に彼が現れたのだ。

「お久しぶり。」
ぞくっとするような美しさは、あの日と全然変わっていなかった。

彼の部屋で彼は服を脱いだ。輝くような裸身に、しかし、僕は勃たなかった。僕は、少年の彼だけを愛していたことに気付いた。

「ごめん。もう、僕の前に姿を見せないでくれ。僕は、もうすぐ結婚するんだ。」

彼の自殺の悲報を聞いたのは、それから間もなくだった。

--

産後の検診を終えた妻、困惑したようなままキッチンの椅子に座っている。

「この子、男性器があるのに、子宮もあるんですって。」
妻は突然泣き出す。

美しい子供。その白い肌。濡れた目。魔性の微笑み。過去の呪い。


2001年07月25日(水) こうやって、私達は、おたがいの体を何時間もかけて

私は、生まれつき目が見えなかった。

父も母も私にやさしくしてくれたので、私はとても幸せに育った。誰もが私の顔を美しいと言ったが、私には自分の顔は見えない。私は一人でいることが多かったが、実際のところ、誰かがおしゃべりの相手をしてくれるのがとても嬉しかった。

自然に私は無口になった。黙って周囲の言葉に耳を傾けることが多いため、人々は、私を幼稚な人間、知能が年齢に伴っていない人間だと思いこむようだった。

私の元を訪れる数少ない友人の一人に、隣の家のヨウスケがいた。私はヨウスケが好きだった。たくさんの話を聞かせてくれ、私を子供扱いしない。私が物言わぬ人形ではないことを知っていて、私の考えにじっと耳を傾けてくれる。

「ねえ。ヨウちゃん。」
「なに?」
「ヨウちゃんの体も、先生が保健の時間に言っていたみたいに、いろんな風に変わって来てる?」
「え・・・?あ。まあ・・・。ちょっとは。」
ヨウスケはうろたえて、曖昧な返事をした。

「私の体もね。ちょっとずつ変わってるみたい。ほら。おっぱい触ってみて。」
「ダメだよ。」
「どうして?」
「そういう事はしちゃダメなんだよ。」
「いじわるね。」

そういうやりとりをしているうちに、ヨウスケの息が荒くなって、私の体にそっと手を触れてきた。

「ね?私の胸、少し大きくなったでしょう?」
「ああ。」
「ねえ、ヨウちゃんの体も触らせて。」

こうやって、私達は、おたがいの体を何時間もかけて、さすったり、撫で回したりするようになった。

ある日、母が私の部屋を訪れて叫んだ。
「あなた達、何をしているの?」

それきり、ヨウスケは来なくなった。

--

それから一年ののち、私は、目の手術を受けた。私の目は、手術で視力を得た。

私の顔。思っていたとおり美しい顔。

目が見えるようになると、私はだんだん快活になり、たくさんの恋人を持った。自分を抑えこんでいた十数年から解放され、私は自分の好奇心を満たそうと、ありとあらゆる場所に出かけ、多くの男と交わりを持った。

男と寝ることで、私は何かを探しているのだ。だが、それは、いくらたくさんの男達と寝ようが手に入らない。

--

ヨウスケの父親の葬儀で、ヨウスケに会った。初めて見るヨウスケは、痩せた顔色の悪い男だった。私の顔を認めると、恥ずかしそうに目をそらした。

「ねえ。今夜、私の部屋に来ない?」
私はヨウスケに言った。
「ああ。いいけど。」
「小さい時、よくヨウスケが遊びに来た、あの部屋へ。」
「ああ・・・。」
ヨウスケはおどおどとうなずいた。

--

あの時、私達はほんの子供だったよね。部屋で目をキョトキョトさせているヨウスケに向かって、私は言った。

ねえ。目隠しをして。あの時みたいにして。

私には、暗闇とあなたの声だけが友達だったのよ。

私は、ずっとあの暗闇を探し続けていたの。


2001年07月24日(火) 時間をかけて育てあげられた娼婦のように、手際よく男の快楽の波に寄り添ってくる。

男が、駅の改札を出て重い足取りで歩いていると、後ろから小走りにやって来た少女が「あなた、先生でしょう?」と微笑んで腕を絡ませて来た。中学生くらいだろうか。いや。高校生か。整った顔立ちが大人びて見えたが、体つきはほっそりとして、女性らしい丸味に乏しい。

人違いだよ、と言いかけて、気が変わった男は
「そうだよ。」
と答えた。酔ってるのか。商売なのか。

「ああ、良かった。」
と少女は笑い声を立てる。

「あなたの部屋に行きましょうよ。」
男は疲れていたので、少女の腕を振り払う気力もなく、手近なラブホテルに入る。

「ねえ。先生。今日は私、どんなことをしたらいいかしら?」
少女は、男のネクタイを外し、自らも服を脱ぐ。

「先生が戻ってくるのを待ってたのよ。」
男の上にかがみこんで、少女は男のモノをしゃぶり続けた。時間をかけて育てあげられた娼婦のように、彼女は手際よく男の快楽の波に寄り添ってくる。大人びた顔に似合わず、あどけない子供のように従順に男の欲望に組み伏せられて行く。

「ねえ、ずっと待っていたのよ。早く、先生をちょうだいよ。」

--

「また逃げ出していたのね。」
看護婦があきれたように少女のもつれた髪を梳かす。

先生に会いに行っていたの。

--

小学校2年の時少女の担任だった教師は、父親が失踪し、母親が男の元に入り浸りでいつも一人ぼっちだった少女を部屋に呼んで何くれとなく面倒を見てくれた。

「おいで。先生と寝よう。」
少女は教師に言われるままに布団に横たわる。

「先生のこと、好きか?」
「うん。」
「だったら、先生の言うとおりにするんだよ。」

--

小学校の6年になったある日、少女は初潮を向かえた。それを知った教師は困惑して、少女に別れを告げた。

「また、迎えに来るから。」
曖昧に笑って、教師は行ってしまった。

それからずっと待っているのだが、先生はいつまで経っても迎えに来てはくれないのだ。アタシが血を流したりしたから、先生は怒っているのかしら。


2001年07月23日(月) 乱暴に脚を開かせ、押し入ってくる。私の肩に乳房に歯を食い込ませてくる。

最初から全部分かっていたことだったのだ。

大会社の秘書室に勤める私に彼が何の目的で近づいて来たか。優しい笑顔と、巧みな話術、隙のないエスコート。美しくもない私に彼が声を掛けて来た時から分かっていたのだ。

いずれにしても、それまで特定の恋人を作ったことなどない孤独な私を夢中にさせるのは簡単な事だと思ったのだろう。彼は、そうやって女性の心を掴むプロなのだから。

残念ながら、私は彼のやり口を全て知っていた。彼のひた隠すかわいらしい恋人の存在すら。むしろ、その時点で、彼のほうこそが滑稽であったが、私は、私を愛さない彼こそを愛した。

「今日は泊まって行けないんだ。」
彼は私の髪に背中に口づけながら、背後から裸の私を抱きしめて申し訳なさそうに言う。

知ってるわ。あなたの恋人の誕生日でしょう?と思っても口に出さずに、深い快楽の溜息を吐く。
「いいのよ。お仕事が忙しいんでしょう?」
と、私は悲しく微笑みながらつぶやく。

--

ある日、憔悴した彼がやって来る。私に全てを打ち明け許しを請う。恋人とも別れたと打ち明ける。

怖れていた日が来てしまった。

「どうして、今更・・・・?今までだって、私充分に満足でしたのに。」
「そうやって、僕に何も言わずに従ってくれるキミの事を愛してしまったのだよ。」

愛した?

「お願いだ。僕と結婚して、僕とずっと一緒にいてくれ。」

彼は、今までのように抑制の効いた愛し方をかなぐり捨てて、激しく私を抱いてくる。乱暴に脚を開かせ、押し入ってくる。私の肩に乳房に歯を食い込ませてくる。

なんということだろう。愛など欲しくはなかったのに。疲れて眠り込んだ彼の頬に口づけて、私は裸足のまま、彼の部屋から走り出す。あの日のように。

--

私の父は母を愛するあまり、母を監禁して、ついには殺してしまったのだ。あの日、私は見てしまった。すでに息絶えた母の骸をかき抱き快楽の声を漏らす父を。

あの日も、私は裸足で逃げた。

なんということ?

どうしてこんなことに?

愛は人を殺す。


2001年07月22日(日) 口づけて、乳房を強く掴んでくる。耳たぶを噛んで、潤いの中に指をうずめる。

昼近くになっても、まだ、裸のままでベッドに寝そべって、私は同じ曲ばかりリピートして聴いていた。

男が微笑んだ。
「その曲が好きなんだね。」
「うん。初めて会ったばかりで恋に落ちて、お別れして、でも、恋は永遠に続くっていう曲なの。」
「そういう曲が好きだったとは思わなかったなあ。何というか、キミはもっとクールな感じで。」
「言葉にすると陳腐なお話だよね。」

男は笑って、私に口づけて、乳房を強く掴んでくる。耳たぶを噛んで、潤いの中に指をうずめる。

「んん・・。」
「僕達も、初めて会ったばっかりだけど、何だかずっとこうやって付き合っていけそうな気がしない?」
「分からないわ・・・。」
「ずっと付き合おうよ。まだまだ足らないんだよ。キミとはもっともっとこうやっていろんなことをしたい。分かり合いたい。」

男は私の中に荒々しく入って来て、なかなか出て行こうとしない。昨日会ったばかりの男は、セックスの相手としてもなかなか優秀だけれど。

いつからか、私は、一人の男と二度以上ベッドを共にしなくなっていた。なぜと聞かれても困るけれど。常に一人の男との最初の交わりだけが私にとって意味のあることなのだ。

男が汗ばんだ体を横たえたところに、私はミネラルウォーターの入ったグラスを差し出す。

男が一息に飲み干した後で、驚いたように目を見開き、
「何か入れた・・・?」
と訊ねるが、そのままグラスを落として、男はもう、血を吐いて倒れる。

--

さようなら。

だから一度きりなんだってば。

明日はないのに。

--

それでも、私は時折その日に戻る。
また、最初から。会う前に戻る。会う前ならあなたとまた会える。

男が微笑んだ。
「その曲が好きなんだね。」
「うん。初めて会ったばかりで恋に落ちて、お別れして、でも、恋は永遠に続くっていう曲なの。」


2001年07月21日(土) 服を脱ぎなさい。借り物の欲望でセックスしましょう。

痣だらけの少年は、私の部屋に入ってくるなり、必死の目をしてこう言った。

「僕をドールにしてよ。」

いいよ。

彼の心が流れ込んでくる。哀しみよりずっと先に行ってしまった心。怒りよりもずっと冷たくなってしまった心。ドールより空っぽになってしまった心。彼の最後の望みは、「これ以上殺され続けないこと」。

目を閉じて。

そう。

次に目を開ける時、あなたはドールになっているから。

--

1、2、3、パチンッ。

はい、目を開けて。気分はどう?

「素敵だ。」
少年は微笑んだ。

行きなさい。空洞の心と、再生し続ける肉体で、人間の卑小な欲望を見ておいで。

--

ある日、彼が部屋にやって来る。

久しぶりね。
「うん。たくさんのものが見えたよ。前は何も見えなかったのに。」

それでいいのよ。あなたの体に、たくさんの人間の欲望が流れ込んで満ちているのが分かるわ。

服を脱ぎなさい。借り物の欲望でセックスしましょう。


2001年07月20日(金) みんな私の体を好きなようにして来たんだから

ミツコは妾の子だと言われていた。父は最初からいなかったし、母も亡くなってしまった。おばあちゃんは、貝のように口を閉ざして、何も言わなかった。本来ならいじめられるところであるが、ミツコは母譲りの美貌のお陰で、周りの子が迂闊に手を出せないオーラのようなものを発していた。それでも、時々、女の子達の嫉妬や大人達の中傷のせいで辛い思いをすることはあった。

ミツコは、そんなことには慣れっこになっていたので、どんなことも受け流して、ただ、将来は力のある男と一緒になって、お金持ちになろう。そんな漠然とした幸福を夢見ていた。

ミツコに唯一友達らしき女の子がいるとすれば、それはアカネという女の子だった。アカネは、小学校の頃から多くの子分を引き連れている、女の子達のリーダー的な存在だった。そんなアカネは、ミツコの孤立が気に入らないらしく、時折、声を掛けて来ては何とか従わせようとするのだが、ミツコが適当にかわしてしまうのでそれ以上手が出せないといった状態だった。それでも、アカネは、ミツコのその美貌と、芯の強さに敬意を払っているので無茶なことはしてこなかった。他の子達が遠巻きに見ている中、唯一ミツコに話しかけてくるアカネを、ミツコ自身もそう嫌いではなかった。

中学になって、アカネにタカシという恋人が出来た。高校に行っている、村でも目立つ不良だった。そんなタカシが、ミツコに目を付けた。

ミツコは、タカシの家の使われていない納屋に呼び出された。ミツコは、タカシを前にして制服を脱ぎ始めたので、タカシは慌てた。

「どういうつもりだよ。」
「こういうことがしたくて呼んだんでしょう?」
「そうじゃないけどさ。アカネと別れるから付き合ってくれって言おうと思ったんだよ。」
「よく分からないわ。アカネとは別れなくたっていいじゃない。私とだってやりたければやればいいでしょう?」
「お前、本当に妾の子なんだなあ。噂は本当だったんだよなあ。」
「何言ってるの。こっちに来なさいよ。」
ミツコは、タカシを引き寄せると、タカシの唇を吸った。
「ねえ、男の人は、ね。みんな一緒なんだから。付き合うとか、付き合わないとか、そういうことは関係ないのよ。やりたがることはみんな一緒なんだから。ムラタのおじさんだって、シバタのじいさんだって、みんな私の体を好きなようにして来たんだから。あなたもそうなんでしょう?それとも、付き合ったら、何か別の物を見せてくれるのかしら?」
ミツコの華奢な体に似合わない、白い豊かな乳房が揺れた。タカシは、目の前の白い肉体の前で考える力を失ってしまった。

翌日から、タカシは学校を休んでしまった。

「ねえ。帰りに、湖のところで待っててくれない?話があるの」
アカネが言うので、ミツコは学校の帰りに湖のほとりまで待っていた。

「あなた、やりすぎだわ。」
アカネの声が背後から聞こえて、頭に衝撃を受けた。ミツコが倒れた上からアカネは馬乗りになって、ミツコの顔を何度も何度も、何か重たいもので殴り付けた。
「あなたのその美しさがなくなったら、あなたはおしまいよ。」

ミツコは、そのまま、母の夢を見ていた。そうだ。私が幼い頃、私の目の前で母は女に殺されていた。母もまた、美貌で、そうしていろんな男の人がうちに来ていた。そうして、誰か狂った女が来たのだった・・・。


2001年07月19日(木) 彼女の唇から、頬に、首筋に、舌を這わせる

彼女は、ただ、河原で石を拾ったり、花を摘んできてドライフラワーを作ったり、そんなことを一人でアレコレ楽しむのが好きなのだ。でも、そんな彼女のことを、夫は気に入らない。もう、45歳なんだから、他の主婦とおしゃべりに興じたり、シワのとれるクリームでも塗ったりすればいいのに、と思っているようだ。

ある日、河原で、キラキラ光る水面を眺めたり、水に洗われた石を手に取って眺めたりしていると、とても綺麗な石を見つけた。透き通っていて、宝石のように淡い輝きを放っている。溜息をついて、しばらく見惚れていた。

「気に入った?」

若い青年が微笑んでいた。
「いつも、ここで石を拾っているね。好きなの?」

彼女は驚いてうなずいた。それから、二人は、石の話や、景色の話をした。

「そろそろ帰らなくては。」
彼女が慌てて立ちあがった時には、もう、日が傾いていた。

「また会える?」
青年に聞かれて、彼女はうなずくと、走って家に帰った。

夫は、食事の用意もできていないのか、と不機嫌そうに言った。いい歳して、石なんか拾って。彼女は、黙って食事の支度をした。

その日から、青年に会いに、彼女は毎日河原に行った。自分でもおかしいと思う。あんな息子のように若い子と毎日会うなんておかしいよね。そう思っても、気持ちは抑えられない。

青年は、彼女に優しく口づける。髪を手で梳いて、微笑む。彼女の唇から、頬に、首筋に、舌を這わせる。
「きれいだよ」
とささやく。
そんな、私、もうおばあさんよ。
「そんなことないよ。キミは素敵だ。」
青年に抱きしめられ、何度も空中を浮遊するような感覚に襲われて思わず声をあげてしがみつく。青年のなめらかな肌の下で、自分の肉体を恥じて隠そうとしても、青年は「もっとよく見せて」と彼女の手を払いのけて、彼女の体中に愛の印を付ける。

帰宅した彼女は鏡で自分を見る。確かに、最近の私は綺麗になった。肌はつやつやと輝いている。夫の不機嫌は増すばかりだけれど。何かに憑りつかれているのかしら?それでも、檻の中にいるよりは、何かに憑り殺されるほうがいいかもしれない。

--

二人だけの世界へ行こう。青年に言われて、彼女はうなずく。

妻が帰って来ないことを知った夫は、慌てて、妻を探す。妻がよく行く河原には、亜麻色の髪をした青年と、少女が、手を繋いでいた。夫が声を掛けようとした瞬間、二人はいなくなってしまった。

夫は、妻がなぜいなくなってしまったのか、皆目見当がつかないまま、河原にぼんやりとたたずむ。


2001年07月18日(水) 見られているのを意識しながら、私は喘ぐ

男とセックスしていると、誰かが見ていた。

「おにいちゃん?」

「何だよ。」
男が腰を動かしながら訊ねる。暗闇の中で、私と男の息遣いに混じって、確かに誰かの気配が。

「見られてるのよ。」
「誰にだよ。」
男はいぶかしげにつぶやくと、もう、私の様子など気に留めず、腰の動きを早めた。

おにいちゃんが、また、見ている。おにいちゃんに見られているのを意識しながら、私はおにいちゃんに向かって喘ぐ。

--

おにいちゃんは家族とはほとんど口をきかなかった。いや、誰とも、ろくに口を聞かなかった。いつもいつも私に付いて来て、私が友達と遊んでいるのをじっと眺めているのだ。私はイヤだった。恥ずかしかった。

中学生になって、初めて男の子と付き合い始めた時、おにいちゃんが私達の後ろを歩いて付いてくるから、私は
「恥ずかしいから、来ないで」
って言ってしまった。

だから、おにいちゃんはいなくなった。池で水死体で見つかった時、両親は、本当はホッとしたのだと思う。ちょっと知能がアレとか、小さい女の子ばかり見ているとか、そんな近所の噂話が絶えなかったおにいちゃんは家族のお荷物だったから。

--

古い記憶の中で私は泣いている。何かと私にちょっかいを出してくる男の子にサンダルを取られて、帰ったらママに叱られると思って、いつまでも河原で泣いていたのだ。

おにいちゃんがやって来て、私の隣に腰を下ろした。日が暮れるまで、二人でそうやって、黙って座っていた。

「そろそろ、帰ろう。」
私が泣き止むのを待って、おにいちゃんがサンダルを渡してくれた。
「ありがとう。」
サンダルを履くと、おにいちゃんと私は家に帰る道を歩き出した。

「おにいちゃん、血?」
おにいちゃんは、えへへ、と笑って、汚れた手を雑草でゴシゴシと拭いて、また歩き出した。

あの頃から、おにいちゃんはずっと私と一緒だった。そうして、今も。これからも。


2001年07月17日(火) 本当は彼を殺したのは私

桔梗の花が咲き乱れる庭で、私は、お腹の子供の父親の事を想う。彼は半年前に自らの命を絶ってしまった。

もうすぐ。もうすぐ、赤ちゃんに会うことができるのだ。私が愛した人が残してくれた赤ちゃんに。

本当は彼を殺したのは私。私は、20年間、彼に復讐するために生きて来たのだから。そして、復讐は実に簡単なことだった。

「ねえ、私、ね。赤ちゃんが出来たの。」
「そうか。」
「びっくりした?」
「ああ。びっくりしたよ。」
その瞬間、男は驚くほど幸福そうだった。
「嬉しい?」
「そりゃ、嬉しいさ。もう、僕もいいおじさんだからね。この歳で初めてパパになるなんて気恥ずかしいけどさ。すぐ式を挙げよう。」
そうやって笑った。

「私、赤ちゃんの名前、もう決めているの。お母さんも、私も、桔梗の花が大好きだから、桔梗って名付けるのはどうかしら?」
そうして、母の作った桔梗の花の栞を、そっと彼の手に握らせた。

察しのいい彼は、それだけで全てを悟った。そうして、その週末、海岸から身を投げてしまった。

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私の母は平凡な人妻だった。桔梗の花を愛し、押し花にして、栞や葉書を美しく細工するのが好きなやさしい人だった。

ある夏、避暑に訪れた20歳年下の青年と恋に落ちた。夏が終わり、青年が去って行く時、彼女は妊娠していた。青年はそれを知らぬまま旅立ってしまった。

母は出産に耐えられる体ではないのに、私を生んだ。そうして、間もなく息を引き取った。母は幸福だったに違いない。愛する男の子供を産むことができたのだから。

--

男は、たまたま同じ花が好きな2人の女を愛してしまっただけなのだ。

「さようなら。おとうさん」
最初で最後の言葉を添えて、私は海岸から桔梗の花束を投げ込む。


2001年07月16日(月) 会って、肌を合わせて、ひととき恋人同士のように振舞う

私は「所有者」の腕の中で、私の空洞の体を通り抜けて行くたくさんの物語を語り続ける。

「疲れたか?」
いいえ。疲れませんわ。私はドールですもの。でも、辛いです。体内を通り過ぎるたくさんの心達が泣いています。物語はいつも同じです。終わらない哀しみや繰り返される殺戮や行き場のない欲望ばかりです。
「そんなことはない。物語は一つ一つが全て違うから。行って、聞いてきなさい。生まれて来て、語られるのを待っている物語を。使い古された言葉が無限の物語を生むから。ありふれた言葉が、心の鍵をあけるから。たくさんの物語を集めて、私に語っておくれ。」

--

男と女は、言葉のない関係を続けている。ただ、逢って、体を重ねるだけだ。

女は悲しい。決して二人の関係は、これ以上どこにも行くことがないから。お互いに、恋人同士になれないことは分かっているのだ。男と女は一卵性双生児のようにそっくりだから。誰だって自分とは恋に落ちないから。

会って、肌を合わせて、ひととき恋人同士のように振舞う。欲望の声を漏らし、唇を何度も重ね、相手の快感を引き出す。すがりつき、顔をうずめる。肌に手を滑らせ、髪をなでる。手の平を合わせれば、それでもあたたかいものが通い合うのに、それは名前すら付けられずに、宙に漂う。

せめて、恋などという分かり易い言葉に寄りかかることができれば、束の間の未来を夢想することができるのに。

別れ際、「またね」と言い合って、振り帰らずに歩き出す。


2001年07月15日(日) アタシ、ずっと無口だったんだけど

小学生の頃、犬を飼いたいと頼んだら、パパが犬を連れて来てくれたよ。犬は、1日中キャンキャンとうるさいし、散歩はアタシの係だってパパが言うから、散歩に連れて行くのだけれど、雨の日も連れて行けとうるさいので、すっかり面倒になってしまった。腹が立って来たので、夜中に首を締めて公園の木に吊るしておいたら、大騒ぎになったので、アタシは、犬を殺された可哀想な女の子のふりをして泣きまねをしていたんだよね。

高校生になって、バイオリンを習いたいと頼んだら、また、パパがお給料をやりくりしてバイオリンを買って来てくれた。でも、すぐに練習が面倒になったし、バイオリンの先生はイヤな女だったので、神社の境内の裏に持って行って、バットで叩いて壊したあと、「バイオリンは失くなった。」と言うと、パパはとても残念そうな顔をした。

高校を出て、小さな動物病院に勤めた。そこの院長は何でも買ってくれて、院長室によんではアタシの体を何時間もかけて弄りまわすのだけど、私は、年寄りのシミの浮いた手でオッパイを触られるのも、何時間相手をしてもジイサンはちっとも勃たないのにも、いい加減うんざりしたので、筋弛緩剤を使って殺してしまった。その時付き合ってた男にジイサンの死体は始末してもらったけどね。

それから結婚して、赤ちゃんも産まれて。一回やってみたかったんだよね。赤ちゃんをダッコしたり、ミルクやったりして。でも、それも飽きちゃった。そろそろまた始末しなくちゃと思ってる。全くうんざりするよね。

いつも、何かを始めるのは簡単だけど、終わりにするのはひどく面倒で時間が掛かるんだよね。他の人は一体どうやってるんだろうね。

アタシ、ずっと無口だったんだけど。アンタが聞いててくれるから、やっと何でもしゃべれるようになったんだよ。

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産まれてすぐの赤ちゃんを殺してしまった女は病室の壁に向かってしゃべり続けて止まらない。いつだって「終わらせる事」は彼女にとって大変に難しいのだった。


2001年07月14日(土) 私は人形だから、痛さも寒さも感じないもの

幼い頃、父が人形を買って来てくれた。私はその人形に「サクラ」と名付けて可愛がった。とても美しい日本人形だった。

友達が少ない私は、サクラちゃんとおしゃべりするのが楽しかった。自分の気持ちを口に出すのが苦手な私は、普段、ほとんどしゃべらない子だったが、サクラちゃんとならいくらでもしゃべることができるのだ。

母はそんな私のことが好きではなかったのだろう。時折、些細な事で激しくぶたれたり、寒い冬でも家の外に出されたりした。

その日も、私は、ブラウス一枚で外に出されて震えていた。そんな私のところにサクラちゃんが来て、「かわってあげる」と言った。「私は人形だから、痛さも寒さも感じないもの。」と。それで私たちの心は入れ替わった。

そうやって、イヤなことがあるたびに、サクラちゃんは私と入れ替わってくれた。

中学生の時、父が死んだ。そして、私が高校生になったある日、新しい父親がやって来た。新しい父親は、母がいない隙に、酔って殴ったり、そのうち、私の部屋にやって来て性の慰み者にするようになった。そんな10代も、サクラちゃんのお陰で乗りきることができた。

そうして、私は結婚した。サクラちゃんは、随分みすぼらしくなってしまったが、新しい着物を作ってやり私と一緒に嫁いだ。

夫は、次第に暴力を振るうようになった。口下手な私は、周囲の心をとても苛立たせるようだ。殴られそうになると、サクラちゃんが入れ替わってくれた。

ある日、私がサクラちゃんとおしゃべりしていると、夫がいきなり私の髪を掴んで来た。
「人形相手にしかしゃべることができないのか。この馬鹿女」

サクラちゃんは、すぐさま私と入れ替わってくれた。

いきなり夫がサクラちゃんを取り上げた。「この目が気持ち悪いんだよ。この人形のせいでお前がおかしくなったんだろう。」と、夫はバットでサクラちゃんを殴り付けた。

やめて!

サクラちゃんは壊れてしまった。サクラちゃんの中の私の心は、閉じ込められたまま、サクラちゃんから出られなくなった。

白い部屋、白いベッド。私はそこにいるのだが、人形のままなので、口も聞けず、体も動かせずに横たわっている。誰かが話しかけても、ガラスの目で見つめ返すことしかできない。


2001年07月13日(金) 濡れて開かれた唇を吸うと、女がすすり泣くようにうめく

「もう35なんだから、そろそろ身を固めたら」
などと言われても、男は、結婚する気にならない。それは、誰にも言えないことだが、夢に出てくる女に恋をしているからだ。さんざん女と遊んで来てそれはないだろう、と自分でも思うのだが、毎夜出てくる女に日増しに恋焦がれるようになっていくのだからしょうがない。

白く透き通った肌、片手で掴めそうな細い腰、いつも泣いているように濡れて睫毛がかぶさっている黒目がちの目。

しこたま飲んで、フラフラと路地の奥の占い師に手の平を差し出してみた。

「リプレイヤーだね」
と老人は言った。
「あんたと私は、もう3回会っている。」
「おい、じいさん、どういうことだよ。俺とお前が会ったのは初めてだろう?」
「15年毎に、あんたと会ってる。だけど、私もこの歳だから、お前と会うのは今回が最後だろう。時空をさまよう人。」

男は、意味が分からずにその場を離れた。

路地の更に奥に、ひっそりと営業している店。女が一人。夢に出てくる女だ。

男は息を飲む。女も、また・・・。

黙って、女の部屋に通される。やっと会えたその女を抱きしめると、華奢な女の体は、すっぽりと包めてしまう。濡れて開かれた唇を吸うと、女がすすり泣くようにうめく。

尽きない欲望に突き動かされて、何度も果てた。
「会えて良かった。」
と、目を閉じてつぶやくと、
「私もよ。」
と女は笑うように言い、そして、頭に激しい衝撃が走る。頭から流れる血を感じながら、遠のく意識の中、ああそうだった、と思う。この女は復讐のために俺を待っていたのだと。15年前、海岸沿いの道を車を走らせていて、車線を越えたため、対抗車線を走っていた家族の車はそれを避けようとしてガードレールを乗り越えてしまった。その時、唯一生き残った女の子がいたのだ。

それでも、彼女に殺されて男は幸福だった。その瞬間、男は、また彼女に殺されるためにこの時に戻ってくることを知っていた。

そうして、息絶えた。

--

20歳になったばかりの青年は、ベッドから起き上がると、海岸でもドライブしようと思い立った。

天気が良く、雲一つない晴天だった。


2001年07月12日(木) パーフェクトチャイルド

初めての子供を流産して、医師から「子供を持つのは無理かもしれません」と言い渡されてからというもの、妻はしばしば「養子をもらいたい」と口にするようになった。最初は、流産のショックから気まぐれで言っているのだろうと思って聞き流していたのだが、養子縁組について調べて回る妻を見ているうちに少々哀れみを覚えた私は、妻に向かって、養子を貰う事をOKしたのだった。

妻は、飛びあがって喜んだ。そして、あるセンターへと私を連れて行った。

ブーン、と換気扇がなる、白く、チリ一つない部屋で、私達夫婦はそのセンターの担当者と話をした。

「当方では、養子に貰われて行ったお子さんの事後のケアに大変力を入れておりまして、病院・保育施設なども完備しております。親御さん同士の交流を目的とするグループもありますし、メンタル・ケアの各種プログラムも用意してあります。」

妻は身を乗り出して聞き、私はどことなく不安な面持ちで側に座っていた。

それから、何ヶ月もかかって、センターの担当者達と、夫婦で事前のカウンセリングを受け、家庭環境に関する幾つもの質問に答え、養子にと希望する子供の条件を細かく話し合った。

恐ろしく長い時間の末、一人の愛らしい子供が我が家にやって来た。健康で、人懐っこく、そして誰もが好きになるような愛らしい笑顔の2歳児。私達はトオルと名付けて、彼を可愛がった。実際、子供を受け入れるまではこれほど愛情が注げるとは私自身思っていなかった。

3歳を目前にして、トオルは、よく熱を出しヒキツケを起すようになった。妻も私も、心配してかわるがわる看病した。ある日、トオルの様子を心配した妻は、センターで検査を受けて来る、と言って出かけた。検査は数日間に渡り、戻って来たトオルは、すっかり元気になっていた。

まったく、元気に。

パチンと指を鳴らしたら、何もかもがクリーンになった。

そんな感じで。

トオルは、元気になったと同時にどことなく変わった。いや、そんな気がするだけかもしれない。前と同じように、「パーパ」と抱きついてくる様子も、口のそばにできる小さなエクボも同じだ。

そうして、3歳を向かえたトオルは、半年ほどして、検診で運動機能の発達に関して問題があると言われた。

妻は、取り乱し、また、センターに行って検査を受ける、と言い出した。

「もう少し様子を見てからでいいんじゃないか?」
と言う私に、妻は声を荒げて言うのだった。
「だめなのよ。私達の子供はパーフェクトでないと。」

パーフェクト?
「ええ。そうよ。」

ある日、仕事から帰ると、隣室で妻が話をしていた。トオルのことでセンターに電話をしているようだ。

「ええ。・・・。そうです。ですから、また交換してもらえないかと・・・。今度こそ健康面でも身体面でも問題のない子が欲しいんです。」

交換?

私は、子供部屋で静かに遊ぶトオルを見た。そしてセンターに向かった。

--

そうして、私は、今、センター内にいる。私は、もうここから出ることはできない。全てを知ったから。

PCP。パーフェクト・チャイルド・プロジェクト。カプセルの中で待っているたくさんの子供達。いや。培養された人間。

「廃棄」「臓器」などとプレートがかかった、幾つもの保管室。選りすぐりの子供は、養子に。あとは、小児愛好家や医療関係に闇で売られる。

パーフェクトチャイルド。理想の子供。作られた笑顔。記憶を差し替えれば、子供はいつでも交換可能。


2001年07月11日(水) 私は深い安堵に包まれる。そうして、甘美な記憶が蘇る。

私は、日増しに大きくなって行くお腹を見るのが怖かった。子供を産むのがどうしようもなく怖かった。何度も、「中絶させて」と夫に頼んだ。夫は初めての子を心待ちにしていたので、私をやさしく説き伏せ、時にはカウンセリングに連れて行ったりした。

「なぜ、怖いのですか?」
と医師に聞かれても、分からない。ただ、大きな不安で頭がおかしくなりそうだった。
「生んではいけないような気がするのです。とても怖いのです。」
「最初はみんな怖いものですよ。あなたは、健康だし、お腹の赤ちゃんも順調だから、何も怖がることはありません。」

夫は、とうとう、私を入院させてしまった。逃げ出そうにも、看護婦が入れ替わりで私を監視するのだ。そうしているうちに、あっという間に臨月を迎えた。

ある日、とうとう陣痛が起こった。夫も、夫の両親も、期待に膨れ上がり、目がギラギラしている。

お願い。怖い・・・。助けて・・・。

錯乱して自力で産めない私のお腹は麻酔され、切り開かれ、赤ちゃんが取り出された。

--

「ほら。可愛いでしょう?」看護婦さんが汗を拭いてくれる。
夫が優しく微笑んでいる。
夫の両親が「よう、頑張ったね」と、手を握ってくる。

「あか・・、ちゃん・・・」

「こちらですよ。」
助産婦さんが抱いて来てくれた、小さなうごめく生き物。私は深い安堵に包まれる。そうして、甘美な記憶が蘇る。

--

幼い頃、私だけが知っている、古びた空家の中での一人遊び。

最初は、蛙や、蛾といった小さな生き物を捕まえて来た。それでは物足らなくて、猫や小学校のウサギを手に入れるようになった。獲物は、なかなか捕まえられないだけに、手に入れた時の喜びは大きかった。

何が私を虜にしてしまったのだろう。

生きてうごめく小動物を、生きながらに切り刻み、心臓が動いている様子を眺めながら、少しずつバラバラにして行くと、脳の奥がしびれたようになり、夢中になってしまうのだ。そうやって、たくさんの小さな部品に解体し、一つ一つを乾かして、並べて楽しんだ。

そんな異様な性癖は、ある日、飲んだくれた父親に見つかり、激しく殴られて終わりを告げた。

母親は亡くなり、父親は私を置いてどこかに逃げてしまい、私の記憶は封印されたままになっていた。

--

私の可愛い赤ちゃん。

手の中でうごめく、その脆い命。握り潰せるほど儚い鼓動。

小さな命を前にして、私は激しく興奮していた。


2001年07月10日(火) あなたが産まれる前、死んだ後も、本当にずっと。

穏やかな陽射しが降り注ぐ、ある春の日、交差点の向こうから歩いてくる若い夫婦とすれ違った。妻は、重たそうなお腹をさすりながら
「男の子だって。」
と、夫に告げた。夫は、妻に合わせてゆったりした歩調で歩きながら、幸福そうだった。

--

夏の公園で、5歳ぐらいの男の子が三輪車に乗って遊んでいた。公園に植えられた大木の周りをクルクルと回って、真剣そのものだったが、不意に車輪を取られて転んでしまった。男の子は、泣きそうになるのをこらえて立ちあがった。私は、水に濡らしたハンカチで、ひざをそっと拭いた。男の子は、恥ずかしそうにしていたが、「ありがとう」と小さい声で言った。ハンカチを男の子の手に握らせて、私はその場を離れた。

--

秋のグランドで、野球の練習をしているその男の子は、もう小学生になっていた。男の子は、玉拾いをさせられていた。
「秋とは言っても、暑いよね。」
フェンス越しに声を掛けると、玉拾いにクサっていた少年は、驚いて私を見た。そして、プイ、と走り去ってしまった。

--

高校生になってすっかり背が伸びたその少年は、いつも、同じ女の子と学校帰りの道を一緒に歩き、喧嘩したり、笑い転げたりしていた。

--

男の子は、いつしか、男になった。スーツが似合うようになった。電車に揺られて通勤するようになった。

そうして私達は出会った。

交差点ですれ違いざま、彼は、私を見て声を掛けて来た。

「すみません。全然知らない人をナンパしたのなんて初めてなんです。」
喫茶店で汗を拭きながら、彼はしきりに謝った。
「なぜ、声を掛けてくれたの?」
「うん…。どうしてだろう?なんか、この人だって。声を掛けなくちゃって。今声を掛けないと、ダメだって。そう思ったんですよ。」
「この近くにお住まい?」
「いえ。ここからはちょっと遠いんですけど。この信号の先に、母が僕を産んだ産院があるんです。そこの院長が両親と親しいんで、ちょっと届け物をしに寄ったんですよ。」

こうして、私達はその日から恋人同士になった。

彼の眠っている裸の胸に
「ずっと待っていたのよ」
とささやく。

--

そうして、間もなく私達は結婚し、私は子供を身ごもった。産院で検査を受けた後、迎えに来てくれた夫と手を繋いで歩く。

「男の子だって。」

--

「おかえり。ちゃんと、手を洗いなさい。」
帰宅した息子に声を掛ける。三輪車に夢中だ。

「ママ、僕、三輪車で転んじゃった。」
「あら、大丈夫?」
「うん。知らない人にこれ、もらっちゃった。」
息子は、黄色いハンカチを差し出す。

「あら…、そう。」

ハンカチを受け取って、ふと、私は何かを思い出しそうになる。

--

息子の結婚を控えたある日、夫の病気を告げられる。若いだけに、急速に体を巡ってしまうその病気のために、夫はその日から入院した。

病室は、静かで、冬の陽射しが柔らかく刺し込んでいた。

「キミは変わらないね。ずっと。」
「そんなことないわ。」
「恥ずかしながら白状すれば、僕は死ぬのが怖い。」
「誰だってそうですわ。」
「キミは、怖がらないよ。キミはそういう女性だ。死すら怖れない。そんな気がするよ。」
「買かぶり過ぎですって。」
「はは。」
「私、ずっとあなたと一緒にいたんですよ。」
「分かってるよ。」
「いいえ。本当に分かってらっしゃるかしら?あなたが産まれる前、死んだ後も、本当にずっと。」
「分かるよ。」

夫は、私の指先を握った。その夜、夫は息を引き取った。

--

私は寂しくはなかった。待つ事には慣れていた。

交差点の向こうからやってきた夫婦には、もう新しい生命が宿っている。


2001年07月09日(月) 初夜の晩、誘惑に耐えかねて

長い道を、兄と妹が歩いていた。

もう食べる物もなくなり、妹が泣き出したので、困った兄は、自分の指を切り落として、妹にやった。妹は、最初、そんなものを食べるのは嫌がっていたが、空腹のあまり食べてしまった。

また、歩き続けているうちに、お腹が空いて一歩も動けなくなった。

兄は、今度は、片腕を切り落として、妹に食べさせた。

そうやって、兄は、少しずつ自分の体を切り落として、妹に食べさせた。ついに、足も、胴体も、食べさせてしまい、頭だけが残った。妹は、泣きながら、兄の頭も食べてしまった。兄の魂は、それからずっと妹に寄り添って、旅を続けた。

そうやって、妹は生き延び、美しく成長した。妹を妻に、と所望する男は絶えなかった。妹は、一人のたくましい男と結婚した。妹は男を愛していたが、初夜の晩、誘惑に耐えかねて、男を喰ってしまった。

兄は、妹が人喰いになってしまったことを知った。

妹は、そうやって旅を続け、寄って来る男を喰らい続け、骨をしゃぶり続けた。

兄は、妹に喰われる男達は幸福だと思った。なぜなら、自らが喰われる時、これほどにない恍惚に包まれたからだ。

それでも、妹は、人を喰らう時、兄の魂を想って涙を流し続ける。涙を流しながらも、人を喰らわずにおれない我が身を呪い続ける。


2001年07月08日(日) 悲しい石

結局、言葉を返せないのが悲しいと思った。

その事実、そのものは、「善い」でも、「悪い」でもなく、石ころのようなものだ。だが、私は、またいで歩けなかった。つまづいて転んでしまった。途端に、ただの石がむしょうに悲しい石になった。

--

体の空洞に次元のよじれが入りこんで、私は、終わらない生を行き続ける事になったのだ。

何億年もの時が過ぎ、熱く燃え盛る月や、冷たく凍える太陽を見た。

何度も同じ過ちを犯し、何度も同じ哀しみに泣き、何度も同じ欲望を飲み干して来た。「生」はリプレイするたびに、さまざまな景色を私に見せてくるのだが、結局は同じところに行きつく。メビウスの輪の繋ぎ目に。

あまりにたくさんの哀しみが体にこびりついて体内で共鳴するのを、今日も抱きしめて生きていかなくてはならない。

だから私は待っているのだ。毎夜、毎夜、地獄から救い出してくれる「あなた」が現れるのを待ち続けている。せめて、望む事が間違いでありませんように、と祈る。ブリキの木こりは、おがくずの心臓を抱きしめる。


2001年07月07日(土) ふと、目を開けて、男は私の膝に顔をうずめてくる

男は、最近、あまり家に帰らなくなった。

「女房がうるさくてね。家にいても休まらない。」

部屋に入ってネクタイを緩めると、私の手首を掴んで引き寄せる。外の熱気がそのままこもったワイシャツ越しの汗の味。

「女房にも、キミみたいに理解があればいいんだがな。」

熱くした蒸しタオルを顔に載せてあげると、気持ちよさそうに息を吐き出し、ウトウトし始める。私の手首を掴んだまま、軽いいびきを立てる。

「眠ってたな。」

ふと、目を開けて、男は私の膝に顔をうずめてくる。

「この部屋にいると夢の中にいるみたいだ。」

夢を見ていたい?
「ああ。そうだな。現実はイヤなことばかりだ。キミとずっとこうしていられたら。」

--

男が仕事に出て行くのと入れ替わりに、男の妻という女が訪ねてくる。疲れた顔。生きながら死んでいる顔。

「彼を返して。」

1時間も2時間も叫んでいた女は、ふと気付く。目の前の女が空っぽの人形であることを。投げつけた言葉は、ただ、私の空洞に吸いこまれて行くだけだということを。

--

男が、突然やって来て怒る。

「女房に何をしたんだ?」

どういうことかしら。

「お前に会いに来ただろう。あれからおかしいんだよ。」

何もしていないわ。子守り唄を歌っただけ。あなたと同じよ。夢を見せただけ。あなたも夢を見て行きなさい。

みな、狂気の街で殺されて、この部屋で夢を見る。


2001年07月06日(金) たくさんのひとといっぱいいろんなことをしたの

私には、目の前の男がしゃべってる言葉の意味がよく分からなかった。彼の心が奏でる旋律は、彼の歌声に合っていないので、余計に聞き取れない。心がささくれ立つような音色。

「君を理解したい。」
「大事にするよ。」
「もっと君のことを知りたいんだ。」
「他の女なんかより、君のほうが何倍も素晴らしい。」
「君のことが心配だ。」
「ちゃんと食べないとダメだよ。」

あんまりうるさい時は、多過ぎる言葉をフェラチオでふさぐ。

「ねえ、きもちいい?」
「ああ。気持ちいいよ。こんなこと、誰に教わったんだい?」
「いろんなひと。いろんなたくさんのおとこのひと。たくさんのひとといっぱいいろんなことをしたの。しゃぶったりなめたりのんだりいれたり。」

男の顔が歪む。
「ダメだよ。これからは僕だけを見ていなさい。」

ああ。また、何を言っているのか分からなくなる。

「何かして欲しいことはある?」
と聞くから、私のして欲しいことを考えてみる。

私を埋め尽くして。空っぽだから。私の空洞を満たして。いっぱいにして。

でも、私が彼の言葉が分からないのと同じように、彼には私のしゃべる言葉が分からない。彼と私の旋律は一度も交わらない。異国の男と寝るよりもっと悲しい。

--

「一体、いつになったら、君は僕のモノになってくれるんだい?」
男がたまりかねて言う。私は、男の言うことがようやく理解できた。

彼の「欲しいモノ」をカタログ注文する。従順で意志を持たないドールを一体。
彼とドールを残して部屋の鍵を閉める。

そして、私は、たくさんの男の人といっぱいいろんな事をするために街に出る。


2001年07月05日(木) 今夜、イツワリの生を捧げる

その少年の側を通った時、他の人々とは違う旋律を聞いて立ち止まった。高校生くらいの少年なのだが、その旋律には、この年齢特有の混乱と激しさがなく、穏やかで澄みわたっていた。

「なあに?おねーさん」

少年は、しゃがんだままの格好で、長めの前髪をかき上げて、私を見上げて来た。

キミ、時間ある?おねえさんに付き合ってくれる?

「いいよ。ヤラせてくれるの?」

ふふふ。

「嘘だよ。僕、セックスに興味がないんだ」
ニヤニヤしながら、彼は告白する。

分かってるよ。さ、行こう。

それから、街を歩き、彼の横顔を眺めた。

「おねーさん、生きてないみたいだね。」

分かる?じゃあ、私は、今、ここで、この瞬間、キミのために生きる。

私の部屋へおいで。

「行っていいの?」

うん。今晩ずっと。そして、殺して。

私は、今夜、生きて、そして、少年に殺されるだろう。少年の体から立ち昇る血の匂い。殺戮者の匂い。人を殺すことでしか癒されない少年。今夜、キミの「生」のために、私のイツワリの「生」を捧げる。


2001年07月04日(水) ロボット同士じゃセックスもできやしない

男が来た。

「きみの夫だよ」
と言う。

写真を見せてくれた。目の前の男と、中学生くらいの女の子と、私のような女が写っていた。かつて、私は、その男と暮らしていたと言う。仕事に夢中になってしまって、家を出たのだと言う。

私は結婚していたのだろうか?

自分が結婚していても、結婚していなくても、大した違いはない。

どうせ、この街は記憶が交錯した街で、私は、朝を迎えると、夜をどこで過ごしたのかすら忘れてしまう。

「たまには帰っておいで。キミの部屋は、キミが家を出た、その時のままにしてあるから。」
と、男は、微笑む。

彼の家は広く、かつて私のものだったという部屋は、温かく乾いていた。私は、その布団にもぐると、自分が、かつてこの家にいたことが思い出されるのであった。

私は、すっかりその家が気に入り、そこで暮らすようになった。

「娘」はちょっとした反抗期というところだったが、「夫」が間に入って、「娘」と私の仲を取り持ってくれた。私は仕事を続け、夜は、乾いた布団で眠るのだった。

「夫」は、「無理するなよ。キミはキミの好きなようにすればいいんだから。」と私を優しく抱きしめ、そのまま、私と「夫」は双子のように布団に包まって眠りに落ちる。

ある朝、私は、「夫」を殺す。

「夫」は、歯車を撒き散らし、人工血液の飛沫を飛ばして、動かなくなる。
「キミノスキナヨウニスレバイイ。ジユウニスレバイイ。スレバイイ。スレバイイ・・・」

「娘」も殺す。
「アタシガコウナッタノハパパノセイ。ママノセイ。ママノセイヨ・・・」

--

ロボット同士じゃセックスもできやしない。
私は、家に火をつけると、不自由な欲望の始末に困ってうろついている男を捜しに夜の街に出る。


2001年07月03日(火) ろくに勃起もしないのに、私を抱きたがった

ウサギとキツネが一緒に暮らしていた。

ウサギと、キツネは、それまでずっと一緒にやってこれたのだ。二匹で食べ物を探し、分け合って、食べた。でも、ある日、食べ物が底をついて何も食べるものがなくなった。

「困ったね」

と、キツネは溜息をついた。

「これじゃ、僕達2人共飢え死にしちゃうよ。」

キツネは首を振った。そんなキツネを、ウサギは黙って見ていた。

「このままじゃ、僕が食べられてしまう。」

ウサギはそう思うと、怖くなって、キツネを殺してしまった。ウサギは、キツネの死骸を食べて生き延びた。それから、残りの日々、ウサギは、たった一匹で過ごした。寂しい日々だった。でも、ウサギは、

「僕が生き延びていられるのは、キツネくんのお陰だ」

と思うと、心が温かくなるのだった。自分がキツネを殺したことなんか、これっぽっちも覚えてやしなかった。

--

男は、不精髭の伸びた顔で眠りこけていた。

妻が去った後、残された娘と一緒に、妻が去る原因となった愛人のところに転がり込み、最近では、愛人と娘のいる部屋にも帰らなくなっていた。

ウサギのように小心な男だった。

酒を飲み過ぎてろくに勃起もしないのに、私を抱きたがった。肝臓はカチカチになっていて、顔は赤らんで、体内から死臭が漂っていた。随分とくだらない男なのだが、そんなことはどうでも良かった。

私は自らの欲望に殺されてしまう男が大好きなのだ。


2001年07月02日(月) 消滅の時が来るまで再生を続ける

毎晩、男は私を殺しに来る。

ザクザク。

ザクザク。

男が私を刺し、切り刻む音が、耳に付いて離れない。

ある時は、激しい愛撫の末に髪の毛を引きちぎり、ある時は、恐ろしく冷淡に好奇の眼で、私の内臓をバラバラにして床に並べる。また、ある時は、手足を切り取った後で犯し、別のある時は、激しい恐怖に捕らわれて滅多刺しにする。私はそんな男をじっと見つめる。翌日、私の目は潰される。

だが、私は、夜毎、苦痛に叫びながらも、再生する。何度でも再生して、男を出迎える。

男は、切り刻みながら陶酔し、夜毎再生する前の私の顔を思い出せずに、苛立つ。

そうやって。毎夜。毎夜。

私を再生不可能なまでに殺すことは、男にはできない。私が死ぬ時期は、私にも男にも決められない。私は、消滅の時が来るまで再生を続ける。

そのうち、この男も、私を殺すことに疲れて、あるいは、発狂して、自らを殺してしまうだろう。すると、また、別の男が私を殺しに来る。

ザクザク。

ザクザク。


2001年07月01日(日) 本当は痛くて、痛いよ、と言うと怒られるので、じっと黙っていた

迎えが来た。

「所有者」の家に、呼ばれて行った。「所有者」は不在だったので、通された部屋で待っていた。「所有者」の家には、たくさんのコレクションがあるようだ。

随分と待っていたので、ソファで夢を見た。

私は子供だった。
ベッドの上で裸にされて、いじられて、「気持ちいいか?」と聞かれるのだが、本当は痛くて、痛いよ、と言うと怒られるので、じっと黙っていた。

私は、また、子供だった。
母親が、誰からも見えない場所を、つねったり、引っ掻いたりするのだが、言葉に出すと怒られるので、じっと黙っていた。それから、「汚いから」と、冷たい水で体を洗うように命じられるので、言われる通りにしていた。

私は、また、子供だった。
死んだウサギを埋めていた。手には、ウサギのやわらかい首を強く締めた感触が残っていた。動かなくなったウサギをスコップの先でつつくと、気分が落ち着くのだった。

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夢から醒めると、「所有者」がいた。

「私のコレクションと繋がっていたね」
と笑った。
「コレクション?」
「そうだ。『閉ざされた子供の心』コレクション。あの子達は空っぽだから、キミはすぐに感応して、入りこんでしまう。」

いやなコレクションね。
「ああ。そうだねえ。ひどいコレクションだ。でも、行き場がない者に、行きつく場所を作ってやるのは、そんなに悪いことじゃないよ」

私も、コレクションの一つ?
「違うさ。」

「作品さ。」
と言いながら、私の下着を剥がし、お尻を平手で叩くのだ。子供みたいに笑いながら、肩に歯を立ててくるのだ。

彼自身もが、彼のコレクションの中にいることに、ふと気付く。『閉ざされた子供の心』コレクション。


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