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セクサロイドは眠らない

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2001年08月31日(金) 僕にはどうにもできない。この欲望から目をそらすことも、彼女への愛を絶ち切ることも。

彼と私は、放火仲間、とでも言ったらいいのだろうか。いや。正確には、私は彼の放火のファンと言ったほうがいいだろう。平凡な女子高校生の私にとって、彼との出会いは強烈だった。

最初に出会ったのは、私が、中学2年の頃。門限を過ぎた事で父に叱られ、勢いで家を飛び出してうろついていると、路地のほうから声が上がり、火災が発生したことを知った。私は、好奇心と人恋しさからフラフラと人の声がするほうに歩いて行った。

そこで初めて彼に出会った。

私には一目で、彼が火をつけたのだと分かった。

一人の青年が、少し離れたところで、じっと火を見ている。その目はどことなく奇妙で優しげだった。

彼は、私に気付くと、無言で頷き、また火を眺め続けた。火災がおさまり、人々が散り初めても、なお、彼はそこにいた。私は、彼が放火犯として見つかるのではないかと、なぜか、その時はそればかりが気になり、胸をドキドキさせていた。

明け方になって、彼は静かに「行こう」と私に声を掛けた。

私は、黙って頷き、そうして、彼の部屋へ行って眠った。私は疲れ切っていて、すぐ眠りに落ちたが、彼は何かをずっと考えている様子だった。目が覚めても、彼は同じ姿勢で、何か、多分そう、火の事を考えていたのだろう。

「素敵な火だったわ。」
「そうかい?」
彼は、満足そうに微笑んだ。

「また、おいで。火事の時には。」
「ええ。」

--

そうして、彼はそのうち、火をつける日を事前に教えてくれるようになった。

正直に言えば、私は彼の作り出す火と、そして、彼に恋をしていた。

彼がおこした火を一晩じゅう見て、夜が明けて彼の部屋に行くと、いつも私は先ほどまで見ていた炎が体に乗り移ってしまったかのように激しい興奮に見舞われる。

一度だけ。一度だけ、勇気を振り絞り、彼に迫ったことがある。

彼もまた、激しく勃起していて、私の手の中でブルブルと震えた。だが、私が彼に身を預けようとすると、彼は、私に背を向けてしまった。

「悪いけれど。」
彼は、悲しそうに言った。

「きみを抱くことはできない。」
「なぜ?」
「なぜって?他に愛する人がいるからだよ。」
「その人は、あなたが火をつけることを知っているの?」
「いや。知らないだろう。その人も僕を愛してくれている。でも、その人は、他の人と結婚をしていて、そんなにしょっちゅう会えないんだ。」
「つらい?」
「ああ。辛い。だから火をつける。体の炎が静まらなくなったら。」
「かわいそう。」
「ひどい話だ。自分の恋のために、他人に迷惑を掛けるんだから。でも、僕にはどうにもできない。この欲望から目をそらすことも、彼女への愛を絶ち切ることも。」

--

ある日、いつものように私は彼からの連絡を受け、とある一軒家の前に立つ。

「今夜。これが僕にとって最後の炎だ。」
「もう、放火、やめるの?」
「ああ。その必要はもうなくなるんだよ。良かったら、最後の火、見ていてくれないか?今までで一番美しい火を見せるから。」

私の目は涙に濡れる。

火がなくなったら、私の恋も終わる。

「もう、僕は行くよ。」
「どこに?」
「ここは僕の家。今、あの愛しい人は、僕のベッドで寝ているんだ。」

そうやって、彼は、家に入って行く。

私は、その家から煙が立ち昇るのを、無言で見つめる。

おそろしいほど長い時間のあと、火が噴き出す。

見たこともない、美しい火。

いつまでも、いつまでも。

そうやって、私は、火の粉となって舞い上がる恋を見送る。


2001年08月30日(木) もう、その細い腰が、たまりかねて僕の体の上でうごめく

果てしない饗宴。いつもの乱痴気騒ぎ。彼女が大声で騒ぎ、男達がもてそやす。僕は、その宴が終わりを告げるのを待ちながら、ズキズキするこめかみを押さえる。だんだん、その安っぽいパーティに付き合うのに疲れるようになった。毎回、顔も名前も知らない男女が騒ぐだけの。

彼女の視線を感じる。

僕にしか分からない合図。

ああ。

彼女は、ふと、その会場から姿を消す。誰にも気付かれないように。

僕も、後を追って、姿を消す。

先に会場の外に出た彼女は、男と一緒だ。男は、寄り添って歩きながら、彼女の尻を掴む。下半身を彼女の腰を押し付ける。足をもつれさせながら、そこいらの植えこみに倒れこんだら、もう、男は我慢できずに彼女のドレスの裾を捲り上げて。彼女は、酔ってケラケラ笑いながら、男にされるままになる。男の動きが激しくなる。彼女の声が低く響く。

僕は、彼らに見えない場所で、その声に耳を塞ぎながら、安っぽい欲情が満たされ終えるのを待つ。

次第に声はとぎれ、そして何も聞こえなくなる。

気付けば、背後に彼女の気配。
「行きましょう。」

僕は無言で立ち上がり、欲望の名残が匂い立つ彼女を車で屋敷に送り届ける。

僕は、彼女に魅せられてから、「影」と呼ばれるようになった。彼女にいつも寄り添う。人々はみな、それを知っている。僕をうらやましがるヤツもいるが、僕が彼女にオスとして選ばれてないとあざ笑うヤツもいる。

--

ある日の午後、僕は彼女の部屋に呼ばれる。

「あの男、いたでしょう?この前のパーティの。」
「ええ。」
「あの人をお願いしたいの。そろそろうるさいから。」
「分かりました。」

いつもの彼女の依頼。

心が翳り、うんざりだ、と思いながらも、僕は決して断れない。もう、何度目だろうか。

僕は、ある夜、男の家に忍び込み、いびきをかいて寝ている男の首を締める。男は、ぐえっという音を立てて、動かなくなる。それだけでは駄目なのだ。台所からとってきた包丁でめった刺しにする。血飛沫が飛び散る。僕は、吐きそうになりながら、その手を洗面所で洗う。

--

僕はその足で、彼女の部屋を訪ねる。

彼女の部屋は開け放たれ、彼女は待ちかねたように、僕に抱きついてくる。

「やってくれたの?」
「はい。」

彼女は、僕に細い腕をからませて、頭を胸にあずけてくる。

「本当ね。血の匂いがするわ。」
うっとりとつぶやく。

「ねえ。話をしてちょうだい。どんなだった?」

僕は、何度も吐きそうになりながら、男の体を刺した時の感触を語って聞かせる。僕の話を聞きながら彼女は、頬を紅潮させて、あえぐ。

「素敵ね。あなた素敵だわ。」
もう、その細い腰が、たまりかねて僕の体の上でうごめく。彼女の欲望が、もう、ドロドロになって僕のペニスを咥える。

--

彼女が男達と交わるのを何度も見て来た。

だけど、違う。

それらと、ここにある物はなにもかも。

僕と彼女の間にあるものだけが、本当の、本物の行為なのだ。

僕は、この幸福のためなら、ずっと「影」でいい。

意思を持たない「影」でいい。


2001年08月29日(水) 彼の愛撫の感触が。彼が私の中に残した火照りが。彼の痕跡が体のそこかしこに

街角で彼の姿を見つける。

「あ!」
思わず声を上げる。彼の肩に手を掛ける。だが、振り返ったその人は、彼ではない別の人。

「人違いでした。ごめんなさい。」
頭を下げて、謝る。

目に涙がにじむ。

--

ベッドで寝ていると、玄関で音がする。

「戻って来てくれたの?」
私は玄関に走って行く。

胸をドキドキさせて、言う。
「おかえりなさい。」

そこで目がさめる。

--

角を曲がろうとする彼の後姿を見つける。

「待って!」
追い駆けて行くが、角を曲がったそこには誰もいない。

私は、失望のあまり、しばらくそこに立ちつくす。

--

彼がいつものように仕事で遅く帰宅して、ベッドの私の横に大きな体を滑り込ませる。私は、彼の冷たい足に、自分の足を絡めて、抱きつく。彼の匂いがベッドの中に満ちて。

彼は、大きくて不器用な手で、私のパジャマを脱がせようとする。ボタンがはずせないで焦っている彼のことを笑いながら、私は自分でパジャマを脱ぐと、彼の服も脱がせる。

彼の口づけは、ゆったりと、暖かく、愛撫は緩慢で不器用だ。時々力が入り過ぎるので、「痛いわ」と言うと、「ごめんごめん」と謝りながら、でも、彼の顔は真剣そのもので、私が壊れるとでもいうかのように、そうっとペニスを挿入してくる。それだけで、もう、私は頭の中が光でいっぱいになって、彼の動きに合わせて、脳の奥に閃光が刺す。彼が私の名前を呼ぶ。私が彼の名前を呼ぶ。

「ねえ。」

彼の広い背中にしがみつこうとして。

そこで目が覚める。

彼の愛撫の感触が。彼が私の中に残した火照りが。彼の痕跡が体のそこかしこに残っているのに。でも、彼は、ここにいない。

もう。ずっと。

私は、ただ、彼のことを想って。彼がここにいないことに耐えられなくて。泣いて。それから服を着て、無駄だと分かっていても、夜中であっても、彼を探しに出掛ける。

--

「ねえ。ここ、どこ?」
「病院だよ。」
「私、なんでここにいるの?」
「少し話を聞きたいと思ってね。」
「何の話?私は忙しいのに。早く終わらせてね。彼を探しに行かないといけないから。」

--

やれやれ。

彼女の診察を終えると、医師は、眼鏡を外して、ゆっくりと拭く。

恋人を切り刻んで250以上の「部分」に分けてしまった女。その一部が紛失しているが、幾つかの死体の断片から彼女の歯型が検出され・・・。

警察の資料に目を通しながら、医師は、彼女の焦点の合わない美しい瞳を思い出す。

もしかして、被害者の男は幸福だったのかもな。

だが、報告書には、愛の深さを記述する欄はない。


2001年08月28日(火) 体が男を引き入れ、深い深いところ、高い高いところに到達してしまう。

「今日はきれいなのが入ってるわね。」
私が、花屋の店先で花に見惚れていると、花屋の青年が
「気に入った?」
と、笑い掛けて来た。

「ええ。素敵ね。」
私は、笑い返した。

「でも、もう行かなくちゃ。いつも見るだけでごめんなさい。」
「花、好きなんでしょう?」
「ええ。」
「これ。」
青年は、チラリと店の奥に目をやって、他の店員に見られてないのを確認すると、私が見ていた場所の花を数本抜き取って私に渡して来た。

「だめよ。」
「大丈夫。さ。早く。」
「ありがとう。」

私は、バッグの陰にもらった花を隠すようにして花屋の向こうの角を曲がった。

--

「遅かったな。」
男はイライラと、私をとがめるように見る。
「ごめんなさい。」

「その花は?」
「え?ああ。お花屋さんにいただいたの。」

いきなり、男は花を取り上げて、茎を折ると、ゴミ箱に突っ込む。

「ひどい・・・。」
「男だろう?」
「え?」
「男にもらったんだろう?」
「男って。店員さんよ。」
「だから、そいつ、男だろう?」

いきなり、私の手首を掴むと、私をソファに引っ張って行く。
「痛いわ。」
「そいつと寝たいと思ったか?」
「思わないわよ。寝たいなんて。」
「じゃ、なぜ、そいつは花なんかくれたんだ?」
「知らないわ。いつも見ていたから・・・。花をいつも・・・。」

「寝たい、と思ってその男を見ていたんだろう?」
男は、私の洋服を剥ぎ取って行く。
「そんなんじゃないわ。」
私の目は涙に濡れる。

男が私の肩を噛む。私の体から血がにじむ。乳房をつねり上げる。私の白い肌がみるみる赤く染まって行く。どうだ、こうされるといいんだろう?男の手が、私の体中を殴打する。

いたい・・・。

痛いほうが感じるんだろう?

いたいわ。

どうなんだ?ん?

ええ。いいです。

いいか?だろう?お前はこうされたほうが感じるんだろう?

私が悲鳴をあげると、男のものがますますいきり立つ。私の体に、みるみるみみず腫れが幾筋も走り、私は痛みに体中が燃えて、それでも、その男の激しさを迎え入れるたびに、潤いを増し、体が男を引き入れ、深い深いところ、高い高いところに到達してしまう。

ぐったりとする私に、男は、やさしく口づけをする。
「乱暴にして悪かった。」

私は、無言で頷く。

「当分、外出は禁止だ。」
男は、私に言い渡すと、部屋を出て行く。

--

数日。

一人でまどろんでいると玄関のチャイムが鳴る。

「誰?」
そこに微笑んで立っている、花屋の、あの青年。

「久しぶり。」
「どうしてここが分かったの?」
「いろいろ人に聞いて。」
「まずいわ。」
「大丈夫だよ。」

靴を脱ぐと、私を抱き締めてくる青年。喘ぐ私。
「もう、あいつは来ないよ。きみを苦しめていた、あいつは。」
耳元でささやく言葉に、私は、ああ、と納得する。

--

最初は、みなこうして優しいのだ。

そうして、なぜか、狂気にかられて、私を傷めつけるようになる。

私は、彼らの狂気の受け皿になる。

そうして。もう、耐えられないと思ったところで、また、誰かが救い出してくれる。

そう。最初の夫はもう、帰って来ない。そうして。あの人も。あの人も。

あなたも、きっと、そのうち・・・。


2001年08月27日(月) あとは、ただ。荒い呼吸と。喘ぎ声と。こすれ合う音と。

中学生のある時期、私はうまくしゃべることができなかった。きっかけは、多分、兄の死だろう。勉強も運動も不得手で、もともと口下手な私は、厳格な父親からきつい言葉を投げ掛けられると途端に萎縮してしまうのだが、そんな私をいつもかばってくれていたのは兄だった。その兄が、急に、何もその理由の手がかりとなるものを残さずに自殺してしまったのだから。

しゃべることができないと言っても、普段は普通におしゃべりすることもできるのである。父親や教師、といった存在を前にして、「ちゃんとしゃべらないと」と思い始めると、急に声が出なくなる。そうして、無理にしゃべろうとすると涙が出てくるのだ。

周囲は、最愛の兄を亡くしたことで落ち込んでいる私を気遣って、そっとしておいてくれる事が多かった。

そんな時期。

--

たまたま、私は、その日提出しなければならない宿題を忘れていた。担任の化学の教師は、虫の居所が悪かったのだろう。私をひどくとがめた。そうして、その日のうちに仕上げなければ帰ることはならない、と言った。私は、例によって、ひどく萎縮してしまい何も言葉が出て来なかった。放課後、心配する友達を先に帰らせ重い足取りで、宿題を仕上げるために化学準備室に行った。

担任教師は、まだ、若く、独身で、一部の生徒には非常に人気のある教師だった。教師は、私が黙々と宿題をしている側で、何やら授業に使う資料を作ったりと、せわしなく動いていた。

私は、しばらく、宿題に没頭していた。もともと、化学が嫌いでもなかったので、予想外に楽しんでその作業をしていたのだ。

その時、ふっと、周囲の空気が音を失ったように思えて、私は顔を上げた。

そうして、その教師の顔に、それを見た。

欲情の色を。

その当時中学生だった私には、男性の欲望は、漠然とした形を成さない想像でしかなかった。だが、その時は、奇妙に何もかもがくっきりと感じられた。教師の、喉を通る唾液が見え、彼の呼吸が肺を出入りするのを感じ、彼の体のどこがどう変化しているのかまで感じ取ることができた。

そう。

欲望が、くっきりとした形を持って、そこに厳然と存在していることを知った。

そうして、彼が、私のそばにひざまづき、制服のスカートに手をそっと滑らせてくる。私は体をこわばらせる。もう片方の手が、私のスカートのホックを外す。

私は、そうして、唐突に私自身の欲望の形を感じ取った。それは、それまで全く私が知らないものであった筈なのに、これもまた、以前から知っていたもののように、そこにあった。私は腰を浮かせた。スカートが床に滑り落ちる。教師の手が、私のショーツにそっと入って来て、私の、変化を始めたばかりの部分をゆっくりと撫でる。私は、自らブラウスのボタンを外す。まだ、成長を始めたばかりの胸を覆うブラジャーの肩紐は、教師の唇によってずらされ、緊張した乳首があらわになる。教師の呼吸は荒くなり、私も、また乱れた呼吸の中、それまで失念していた彼の名前を声に出す。

あとは、ただ。荒い呼吸と。喘ぎ声と。こすれ合う音と。

--

窓から、夏の終わりの生暖かい空気が流れ込む。

ふと、気付くと、それは去っていた。

私の制服は、全くきちんとしており、体にはその痕跡は微塵もなかった。

白昼夢。

教師の顔を見た。彼も私の顔をじっと見て、それを理解した。

何も起こらなかった。唐突に、それは、やって来て、ただ、何も体に刻み付けずに去って行った。

どこか、別の場所の別の関係の間で交わされた欲望が突然私達の脳を支配したのだ。

私は、再び宿題に戻り、彼も何事もなかったかのように資料の整理を始めた。

--

翌日からも、教師と、私の間には、何ら感情の変化はなかった。肉の記憶の伴わない、それは、ただ、記憶としてそこにあったが、私達の中に何も残さず、きれいさっぱり引き上げてしまった。不思議なくらいに。

それから徐々に、私は言葉を取り戻した。私の中の、何か欠け落ちていた部分が戻って来たように。

全ては揺らぎ易いその季節に、何も残さず、ただ遠ざかる夏の午後の記憶。


2001年08月26日(日) 帯が解かれ、私は、彼のその不自然に若々しい肉体を受け入れる。

その家の庭は、いつも丹精込めて育てられた庭木が美しい花を咲かせていた。私は、その家の前を通るたび、その美しさに見惚れ、足を止める。

この家の花々は、こんなに美しく咲くことができて何と幸福だろうかと思う。

ある日のこと、家の主人は、放心して花に魅入っている私に声を掛ける。

「花は好きですか?」
「え?あ。はい・・・。ここのは、特に、とても美しく咲いているものですから。」
「ありがとうございます。花だけが私の道楽なものですから。」

白髪が顰に一筋混じっている頭髪を丹念になでつけ、穏やかな微笑で私に話し掛ける、その主人の、見た目の美しさに、私は、驚き、見とれてしまう。白髪があるとはいえ、彫りの深い整った顔と、ピシリと和服を着こなしたたたずまいは、若々しく、えも言えぬ色気が漂っているのだった。

その時、急に、激しい雨が降り出した。家の主人は、つと、顎を引き、私を招くように家のほうを見た。私は、うなづき、小走りに門を回って、玄関より上がらせてもらった。

「濡れてしまいましたね。」
「ええ。」
「風呂が湧いております。着替えはすぐ持たせます。お時間はよろしいですか?」
「え・・・。あの・・。」

私がどうして、その申し出を断れましょう。

--

湯上りの朝顔の模様の浴衣は、あつらえたように私の体にぴったりで、私は、熱い白湯をいただいて、一息つく。さっきまでの雨が嘘のように、外は晴れ、草木の葉が水滴を乗せて揺れているのが開け放たれた障子の向こうに見える。

「あなたは、さしずめ、花に喩えたら、朝顔でしょうか。そのあでやかな表情と言い、しなやかな蔓のような手足といい。その手足を、私の体に絡ませてもらえたら、私はどんなにか嬉しいことでしょうか。」

主人は、私の手を取ってそっと引き寄せる。浴衣の襟元をはだけると、熱い口づけをする。私の浴衣の裾を割って覗いた脚に主人の脚がからんで来て、浴衣の袂から、主人の唇が這うと、私は、たまりかねて。それでも、庭の花々が私を見つめているような錯覚に、はっとして、声を忍ばせる。何かを言わんとするようにざわめく花々の音がうるさいほど。

「ご覧なさい。あの花はなんと美しいことか。」

主人に耳元でささやかれ、私は、言葉にならない声で返事をする。帯が解かれ、私は、彼のその不自然に若々しい肉体を受け入れる。

--

庭に、さっきまでなかった朝顔が。

主人は、添え木を立て、蔓を巻きつかせる。

「どの花も、みないとおしいのだよ。」

家の主人は、その、震える葉に唇をつける。


2001年08月25日(土) まだ知らぬ内臓の赤さを思い出させて、僕は、きみを思って射精する。

「一緒に帰ろう。ちょっと待ってて、鞄取ってくるから。」
きみがそう言って声を掛けてくれたのが、ちょっと嬉しくて。

「お待たせ。」
「ああ。」

校庭は、雨上がりで濡れて。僕達は水溜りを避けながら、ふざけ合ったり。

「1組の、例の子、やっぱ彼氏がいるみたいだよ。つまんねーの。」
きみがそうやって、軽く失望の言葉を出すと、僕はなぜか、心が浮き立つ。

「好きなヤツとか、いないの?」
きみはさりげなく聞いてくる。
「今はね。去年の子結局駄目だったよ。」
「へえ。お前モテそうなのにな。」
「うん。駄目なんだと。もっと相手してくれなきゃ嫌だとか。いろいろ。」
「ふうん。」

実際、僕は、きみとこうやって歩いているのが一番楽しい。

なんてことはきみには言えない。

「今日、泊まりに来る?」
きみは、無邪気に聞いてくる。

「うーん。やめとくわ。最近、お袋がうるさいし。」
「そうか。残念。お前と勉強すると、いろいろ教えてもらえて助かるんだけどなあ。」

--

本当は、彼の部屋に行きたかった、と思う。だけど、最近、だんだん辛くなって来た。きみの、陽に焼けたなめらかな肌、きみの汗の匂い、きみの開けっぴろげの笑顔。

胸がずきん、と痛む。

ナイフを取り出して、眺める。きみの美しい肌に傷を付けるところを想像する。きみの首を締め、きみの喉がぎゅっと音をたて、きみが意識を失うところを想像する。ナイフに蛍光灯の光を当て、夢想する。きみの血が、このナイフを濡らすところを。

僕は、きみを想像して固くなる。

まだ。

まだだ。

本番はこれから。きみの体は、完全に僕に委ねられる。きみは僕の顔を見ながら。僕の手に次第に力がこもるのを、恍惚とした表情で見つめる。きみのペニスも固くなって。

その、きれいでしなやかに張りつめた肌。

きみの腹にナイフを滑らせる。

血がほとばしる。

暖かい。あたりに血の香りが立ち昇る。ナイフで割いた、その場所に手を差し入れて、きみの内臓に触れる。僕のもの。僕に捧げられた、愛の供物。

ああ。きみがここにいて、僕にその肉体を捧げてくれたら、どんなにか幸福だろう。それはできないから。僕は、ナイフで、僕の腕に傷をつける。その、深紅に、きみを思う。僕の腕に幾筋もついた傷が、きみの、まだ知らぬ内臓の赤さを思い出させて、僕は、きみを思って射精する。

無理にはできないから。

きみが愛してくれなきゃ、嫌だから。

--

「おはよう。」
校門の前で、いつもの笑顔。

「怪我したのか?」
僕の腕を取る、きみ。

ああ。

汗をかいた手を握り締める。

きみの喉を間近に見て、僕はゴクリと唾を飲む。

「平気だよ。行こう。」

僕は、手を振りきって教室に向かう。


2001年08月24日(金) 「ねえ。誰かに見られながら、セックスしたいとか思う?」

あ。

また。

カラス。

見ている。

私の行く先々に、カラス。漆黒の。いつ頃からだったろう。カラスがいつも私を見ている。他の人には見えていないのかもしれない。忘れていることも多いが、気付いてみれば、カラスが、私のほうをじっと見ている。

一度、友達に言ったことがある。

「やだ?気持ち悪い。それなに?守護霊?」
なんて、笑われて、それきり。

部屋にいても。ふと、窓を見上げると、ベランダの手すりからじっと見ているカラス。

カラスは、待っているのだ。何かを。何を?

--

恋人は、私の乳首を執拗に吸って。私は、何となく、ボンヤリと窓の外に視線をやる。

「どうした?今日はやる気ないのか?」
と言われて、慌てて、恋人の愛撫に意識を戻す。

「ねえ。誰かに見られながら、セックスしたいとか思う?」
「なんだ?見られたいのか?」
恋人は、笑って、カーテンを開ける。

暗闇にカラス。恋人には見えないのだ。

カラスに見られて、私は、妙に落ち着く。

恋人は、また乳首の愛撫に戻る。恋人の指が、少し乱暴に挿入される。痛みが快感に変わる時、カラスのクチバシを思う。カラスの濡れたような翼が、私の体にかぶさってくるところを想像する。もう充分に潤った、そこに恋人がヌルリと入ってくる。私は低くうめく。恋人の体にしがみついて。

カラスの黒が、瞼の裏で舞う。カラス。ねえ。来て。ここに来て。

私は、ほどなく達する。

--

事を終えると、恋人は背を向け、煙草を吸う。もう、前のように抱き締めていてくれない。私が冷蔵庫にミネラルウォーターを取りに行った隙に、携帯のメールを確認している。

カラス。
ねえ。
そろそろ、ね?

私は、冷蔵庫から包丁を持ち出す。恋人の体は想像していたより、固い。血がぬるぬるするのをシーツで拭って、何度も力を込める。それから、最後に、「カラス、行くよ?」と、心の中でつぶやき、自分の喉を掻き切る。自分の首から流れる血が、乳房の脇をつたうのを感じる。

カラスが、私の上に静かに舞い降りるのを感じる。私の、血と肉を待っていたカラス。

--

小学生の頃、クリスマス会で天使の役だった。

友達が、私の衣装につける白い羽をうらやましがった。

私は、悪魔の漆黒の羽をつけたかった。

黒い羽が空を舞うところはなんて美しいのだろうと思っていた。


2001年08月23日(木) 「あなたにも傷、付けてあげるよ。」

その学校に赴任して、2年目の夏、少年は転校して来た。学校は、荒れていて、まだ若い女性教師の注意など誰も聞かなかったので、私は教師を続ける自信を失いかけていた。

その少年は、いつも体に傷があった。夏でも、長袖のシャツを着て隠そうとしているが手首や首筋がうっすらと赤くなっているのは、どんなに隠そうとしても目に入る。私は、いじめか虐待ではないかと心配して、その少年の様子を見守った。

少年は、美しく、そして、いつも一人だった。友達らしい友達もいないようだ。

--

私は、ある日、少年を進路指導室に呼んだ。

「ねえ。腕を見せてくれない?」
「腕ですか?」
「ええ。」
「どうして?」
「あなた、いつも怪我しているでしょう?」
「へえ。先生、そんなところまで見ててくれてんだ。意外だな。」

少年は美しく笑った。

「いいから、見せなさい。」
「はいはい。」

少年は、シャツを脱ぎ捨てた。

私は、息を飲んだ。

その、白くしなやかな体は、かさぶただらけで、あちこちに傷跡があった。

「ねえ。これ、一体?」
「何でもないです。」
「何でもない、じゃないわよ。誰かにやられたんでしょう?」
「誰かって?」
「誰か、大人の人か、同級生か・・・」
「まさか。つまらない心配しないでください。これ、全部、自分でやったんですよ。ね。どこも、自分の手の届く場所しか、傷がついてないでしょう?」
「ええ。でも、どうして・・・?」
「どうしてだと思う?」

少年は、私の手首を掴むと、傷口に私の手を当てる。

耳元で、少年の息が少し荒くなる。

私の指に、少年の新しい傷口から出る血がついたのを、少年は、舐める。

「やめて。」
「僕が気持ち悪い?」
「え?」
「僕が気持ち悪いんでしょう?」
「そんなことないわ。」

その時、そう答えたのは、教師としてだったのか。

--

少年は、夜、私の部屋を訪ねて来た。

「ねえ。僕のこと、好きでしょう?」
「何、言ってるの?」
「僕の傷、見ても嫌がらなかった。」
「そりゃ・・・。」
「あなたにも傷、付けてあげるよ。」
「やめなさい。」

少年は、ナイフを取り出す。美しく磨がれたナイフ。

少年は、私の体を抑えこんで口づけする。

「おねがい。」
私は喘ぐ。

「血の匂い。好きでしょう?僕ね。先生の事好きだよ。先生ね。時々泣きそうな顔してるでしょう?僕達が授業聞かなくて。そういう時、僕、すごく興奮するんだ。先生のこと考えてるとね。先生のこと、切り刻んでみたくなる。先生の血が見たくなるんだよ。だけど、そんなこと言えないからさあ。僕、自分の体に傷を付けるんだ。」

ナイフの刃が、私の腕を滑る。

ヌルリとした血を感じる。痛いけれど、私はホッとしたような感覚に捕らわれる。

「やっぱり、先生、こういうのイヤじゃないんだ?」

私には答えられない。恐怖で体が動かないのだが、同時に、興奮が体を渦巻く。少年は、私の傷を舐める。

「先生の血、おいしいよ。」

長い時間の末、私は、血まみれになって、だんだん動く力をなくして。

「先生の中に出しちゃっていいかな。」
好きにして。あなたのしたいように。

私の剥き出しの内臓に、少年は何度も射精する。

私の意識は、私の肉体を離れて、それを眺める。

ずっとこうして欲しかったのかもしれない。と思った。

闇は闇を呼び、血は血を呼ぶ。


2001年08月22日(水) 彼を私の肉体に取り込んでしまう妄想の中で達する。

朝起きて、お気に入りのエッセイが更新されていない事に、少々がっかりしながら、パソコンのスイッチを切る。私が立ち上がった気配に、水槽の金魚達がざわめく。私は、微笑んで、冷蔵庫の肉片を取り出し、水槽に入れてやる。金魚達は待ちきれずに、水音を立てて肉片をついばむ。

自宅のプールでひと泳ぎして出勤。

--

仕事はつまらない。オフィスの受付に置かれた水槽だけが心を和ませる。ボンヤリと、水槽を眺めていると、新人クンが話し掛けてくる。

「魚、好きなんですね。」
「ええ。とても。」
「僕も、割りと好きなんですよ。」
「家で飼ってる?」
「ええ。飼ってますよ。弟は、珊瑚なんか育ててるみたいですけど、僕は魚が好きなんですよね。」
「ねえ。うちに来ない?」
「え?いいんですか?」
「ええ。魚、好きなんでしょう?うちのを見せてあげるわ。」
「そりゃそうですけど。いいのかなあ。なんか抜け駆けみたいで。」
「抜け駆け?」
「いえ。あなたに憧れてるヤツが多いってことです。」

新人クンは笑い、私達は、じゃあ帰りに、と言葉を交わす。

--

「すごい家ですね。」

彼はびっくりして、玄関から中を見回す。

「友達の家なの。長い旅行に行ってるからその間貸してもらってるのよ。」
「へえ。いいなあ。」
「その代わり、友達が飼ってる金魚の世話をするのが約束なの。」
「金魚?」
「ええ。友達はね、変な趣味だけど、そりゃあ金魚が好きなのよ。」

家中の水がザワザワと音を立てるのを感じる。

落ち着きなさい。

ワインを勧めると、彼は饒舌になり、オフィスでの私の噂や、家で飼っている熱帯魚の話をとめどなく語り出す。私は、部屋の照明が水槽を照らすのに魅入っている。

「泳がない?」
「え?」

私は、彼の手からグラスを取り上げると、手を引いて、プールのある地下へ降りる。

「プールまであるんですか。」
「そうよ。素敵でしょう?」

彼は相当酔ってフラフラしている。

私は、服を脱いで水に入る。彼もまた服を脱いで、水に入る。

「きれいだ。」と、彼は、私を見つめる。水中で抱き合うのは気持ちいい。

「冷たい体だね。」

私の乳房が、水面でユラユラ揺れて、彼はその乳房にそっと口をつける。

ええ、私の体は冷たい。

「ずっとこうしたいと思ってた。」
彼は熱に浮かされたように、私の体にしがみつき、下半身に足を絡めてくる。水中で藻のように揺らめく私の陰毛をまさぐり、私の唇を吸う。プールサイドで、背後から入ってくる彼のモノを感じ、私は、彼を私の肉体に取り込んでしまう妄想の中で達する。

そう。

我慢できないのね?

いいわ。

私は、少々力をこめて、酔った彼の顔を水中に押し込む。彼は、大して抵抗もせず動かなくなる。

いらっしゃいな。

どこからともなく、金魚達がやって来て、彼の体に群がる。

彼の死体から出る血が赤いのか。金魚達が赤いのか。

私は、可愛い流線型が踊るのをうっとりと眺める。


2001年08月21日(火) 焼け跡に転がった私の頭は青空を見上げる

私は、子供のいない夫婦のために作られたドール。12歳の少女の姿。愛らしい顔、愛らしい声、従順な性格。

その夫婦は、裕福で、とてもやさしい。私は、その夫婦を「おとうさま」「おかあさま」と呼んで過ごした。でも、ドールは、いつまでたっても子供のまま。「おとうさま」と「おかあさま」は、屋敷の中で愛玩するだけしかできないドールではなくて、成長し、外に連れて歩ける本当の子供を欲しがった。

そうして、彼女が来た。5歳の、健康で、太った少女。その日から彼女は、私の「いもうと」となった。「おとうさま」と「おかあさま」は、私に対するより、何倍も、笑ったり泣いたり怒ったりしながら、彼女を可愛がった。

彼女は、私のことを「おねえさま」と呼ぶ。「おとうさま」と「おかあさま」からそう教えられたからだ。いつしか、私よりずっと大きく成長したが、それでも「おねえさま」と呼ぶ。「いもうと」は、醜い少女に成長した。容姿だけでなく、心も。私の美しさをねたみ、私の髪やドレスを切り刻んだりと、随分ひどいことをした。それから、次第に外泊するようになり、悪い男の子達と付き合うようになった。

「おとうさま」も「おかあさま」もそんな「いもうと」を悲しそうに見ているだけだった。

--

「おかあさま」は、時折、私の部屋へ来て、寂しい顔で私を抱き締める。
「どうしてこんなことになっちゃったのかしら。ささやかな普通の幸せが欲しかっただけなのに。」

「そのうち何もかもうまくいくわ。」
私は、小さな人口知能の中から慰めの言葉を検索する。

どんなに美しく、どんなに従順で、どんなに愛されるドールでも、時が来て不要になればスクラップ。でも、人間はスクラップにはできない。可哀想な「おかあさま」。可哀想な「いもうと」。

--

「おとうさま」も「おかあさま」もすっかり年老いてしまった。

「おとうさま」と「おかあさま」の財産だけをさっさと手に入れたい「いもうと」はある夜、屋敷に火をつける。

焼け跡に転がった私の頭は青空を見上げる。

私は、その家で、いつも見ているだけだった。

何も望まなかったし、どこにも行かなかった。

ドールは、幸せが何か、なんて考えない。


2001年08月20日(月) 私の体内に当たって、私はそのたびに声が抑えられない。

村のはずれで、私は一人暮らす。亜麻色の髪の色と、両の瞳の色が少し違うせいで、私は、悪魔の子と呼ばれて来た。死んだ婆さまに教わった薬草の作り方と、異国の模様の布の織り方で、私は私の生活を支えている。

もう、一人きりで寂しいという気持ちすらなくなった。

ずっと、ただ、死ぬまでそっとしておいて欲しいと。幼い頃、子供達にいじめられて、何度も婆さまに問うた。いろんなこと。なんで私が生まれてここにいるの?お母様はどんな人なの?お父様は?婆さま何も教えてくれなかった。ただ、「理由はあるから。」と。「ただ、そこに在るだけのように見えることにも、理由はあるから。」と。

もう、婆さまも死んでしまった。聞く相手がいなければ、質問する心なんて失せてしまう。長い事、自分がここにいる理由も考えなくなった。

--

ある日、男がふらりとやってくる。するどくナイフで刻まれたような、異国の者の顔。長く伸ばした髪を一つに縛って。

「あなたは?」
「お前を迎えに来た。」
「私を?」

男が旅の服を脱ぐと、傷跡のついた体。私は、傷にそっと触れる。
「痛い?」
「もう、痛くはない。」
「こんなになって。」
「だが、どうしてだろうな。傷を負って、体の中を流れている血が噴出すと、俺は生きている気持ちがするんだ。生きている理由を思い出す。」
「理由?」
「ああ。」

男は、私の髪をなでる。
「きれいな髪だ。豊かで、力強い。お前そのものだ。」
男は、私のまぶたに唇を付ける。
「きれいな瞳だ。誰にも持つことができない二つの力のように。」
男は、私の体に見惚れる。
「美しい体だ。何物にも、許しをこうてない、強い体だ。」

そうやって、男は、私の体をそっと床に倒す。男の指が、そっと痛くないように触れてくる。長い時間かけて、私のそこは、もう、海のように深くなっていき、男の指を引き込んで行く。男の固いものが、私の体内に当たって、私はそのたびに声が抑えられない。果てない時間とも、短い時間とも分からないまま、波に揺られて時間が過ぎ、私と男は同時に、抑えていたものを解き放つ。

--

「本当に一緒に行かないのか?」
男は、訊ねる。

私は首を振る。

私は見送る。

森の入り口に、一匹の狼の姿が消えて行く。

--

私は、理由が分かったから、また生きて行ける。

あの男とそっくりな、黒い目と、黒い髪の、その美しい赤ちゃんを抱いて。異国の歌を歌って聞かせる。


2001年08月19日(日) セックスのあと、いつも彼女は少し泣く。

彼女は、ほとんど誰ともしゃべらない。小さくて、薄暗い部屋で、いつも僕を待っている。いや、本当は僕を待っているのではなくて、彼女は彼女自身と対話しているのだと思う。だけど、彼女の口からは、そんな話は聞く事ができないから、僕はそんな風に考えることにしている。

その部屋では、僕も無口になる。

たくさんの言葉から逃れてみたら、とても心が安らぐんだということを、僕は彼女から教わったのだ。そうして、僕は、彼女に恋をした。

僕が、彼女の過去について知っている事は、本当に少ない。

--

彼女は、時折、絵を描いている。

小さな家。

「この中に、誰かが住んでいるのかい?」
彼女はうなずいて微笑む。

きっと、その部屋には、彼女自身がいるのだろうと思う。窓のない家。

暗がりの中で僕は彼女を抱き締める。ほとんど日光にさらしたことのない、真っ白な肌。その、小さくて丸い肩にそっと唇をつける。彼女は、その感覚が何なのかと、思い出すように眉をしかめる。そうして緊張して体をこわばらせる。柔らかい布地越しに、彼女の乳首が固くなるのを感じる。

「やめようか?」
と訊ねると、彼女は、静かに首を振る。彼女の手が、僕のペニスに触れる。そんな風に、いつも彼女は、手に触れる物を、そこにそうやってあることを確かめるように、静かに集中して触るのだ。

そうやって。静かに。ゆっくりと。激しいものも、勢いにまかせたものも、何もないセックスを。彼女が壊れてしまわないように。僕も、僕を確かめるように。

--

セックスのあと、いつも彼女は少し泣く。

--

初めて交わった時、僕はすっかりうろたえてしまった。

「だいじょうぶ。」
と、彼女は、かすれた声で説明した。

彼女は、生まれてから3歳くらいまでの間、狭くて暗い場所にずっと閉じ込められて育ったのだ、と、彼女は説明した。

だから。

固く幾重にも梱包された荷物をほどくように、ちょっとずつ、自分の心をほどいていくしかないの。

と。

そういうわけで、僕は、彼女の部屋にいると、忘れてしまった自分を少しずつ思い出す。そうして、言葉を少しずつ忘れて行く。


2001年08月18日(土) 「なんでいろんな男と寝るの?一回寝るだけじゃ分からないだろう?」「一回で充分なのよ。」

学食を食べ終えた後、考え事をしながらアイスコーヒーを飲んでいると、男がやって来た。

「ちょっと付き合ってくれないかな?」
「ごめんなさい。忙しいの。」
「ああ。ごめんね。じゃ、時間が出来た時でいいよ。」

男は、慣れた手つきで携帯電話の番号を私の手に滑らせてくる。

--

帰宅して、彼の膝の上に頭を載せてボンヤリしていると、彼が
「何かあった?」
と聞いてくる。

「ううん・・・。何も。」

--

「全然電話して来てくれないんだね。」
また、あの男だ。
「ごめんなさい。あなたが私に何の用事かしら?」
「ああ。ごめんね。いきなりだったものね。きみの研究室の○○ってヤツがいるだろう?あいつと、サークルのほうで一緒でさ。きみの噂を聞いて、少し興味を持ってね・・・。」

あの噂を聞いて来たのね。

私は、構内でちょっとした噂になっている。いろんな男と寝ているという噂。教授と寝て、単位を取らせてもらったという噂。

「ねえ。あの車、あなたの?」
「ああ。そうだけど?」
「ね。海に連れて行ってくれない?」
「いいよ。行こう。」

--

波の音だけがする。浜辺の夜は静かだ。

「きみ、すごくいい子なのに。」
「いい子なのに、なあに?」
「みんながいろいろ噂している。」
「知ってるわ。」
「一回寝ると、男を捨てちゃうってね。」
「そうよ。」
「本当のこと?」
「ええ。本当。」
「なんでいろんな男と寝るの?」
「本当に好きになれる人と巡り会えるかもしれないと思って。」
「一回寝るだけじゃ分からないだろう?」
「一回で充分なのよ。」
「厳しいんだな。僕、試してみる?」
「あなたが望むなら。」

女の子に人気があるという男は、思ったより純情で、控えめな愛撫。浜辺にシートを敷いて、砂だらけの足をからめる。私の日焼けの線に添って、そっと舌を這わせてくる。新しい男と寝るのは、いつだって怖い。いつだって苦痛だ。男のモノを入り口に感じて、体をこわばらせる。

「大丈夫?」
男のやさしい声。
「うん。大丈夫。奥まで来て。」

そう、奥まで。あなたの全部を。あなたの生まれて来た意味も、ここにいる意味も、何もかもを教えてちょうだい。男の汗のしずくが、私の乳房に落ちて、つたって流れる。男のうめき声と共に、彼の全てが流れ込んで来る。

--

「泣いているの?」
彼は、私の髪をなでる。
「また、ダメだったわ。」
「そのうち、会えるさ。」

男と交わった瞬間、男の心の中が読めるなんて、なんて嫌な能力なんだろう。

本当に醜いのは、私の心。

試験の前になれば教授と寝る。

別れ際に、一つ二つ相手の秘密を突き付けてやれば、相手は驚いて私に二度と近寄らなくなる。

そんなことを幾度繰り返して。

「ねえ。抱いてちょうだい。」
「きみの欲望のままに。」
空っぽのドールの、その人口知能が吐き出す安っぽい愛情表現になぐさめられて、今夜も彼の腕の中で眠る。


2001年08月17日(金) 「きみを初めて見た時から恋をした。」「動かない死体のような体に、でしょう?」

生暖かい場所で、私は、気付けば一人。誰もいない、何もない場所で、一人。なぜ、こんな場所に来たのだったかしら?思い出そうとするが、思い出せない。何かとてもイヤなことがあって、逃げて来たのかもしれない。あそこには戻りたくない。ここでいつまでもまどろんでいよう。

--

ああ。また、あの感触。誰かが私の体をまさぐってくる。私の服のボタンが、一つ一つ外され、汗ばんだ手が私の胸元に滑り込んでくる。私は、悲鳴を上げることも、体を動かすこともできず、されるがまま。

彼の髪の毛が、胸をくすぐる。荒い息が体中にかかる。手が下半身に伸びてくる。下着をおろし、長い事。それはもう、気が遠くなるほど、長いこと。私は「やめて」と声を出すことができず、ただ、人形のように転がっている。そうして、生暖かいものを体に感じる。

彼の体が重い。はやくどいてちょうだい。

--

嫌な事にさえ目をつぶれば、ここはそんなに悪い場所じゃない。お腹も空かないし、寒さを感じることもない。

ある日、一人の男が訪ねて来る。

「ずっときみに会いたかったよ。」
「あなた、だれ?」
「きみに恋した男。」
男は笑うが、私は笑えない。

「私、あなたと会った事、ないわ。」
「じゃあ、今から恋をすればいい。」

私は、その男を欲しいと思っているかしら。突然現われた男を。恋と聞くと、なぜか胸が痛い。この男は、その痛みを埋めてくれるかしら。

私は、随分長いこと、一人ぽっちでここにいたんだな、と思った。だから、誰かに体を預けたくなっただけなのかもしれない。

男は、我慢できずに、私を抱きすくめてくる。男は「動かないで。じっとして。」とささやく。震える手で、ボタンを外す。彼の手はじっとりと湿っていて、私の乳房を覆うその感触に、私はふと気付く。

「あなたね。あなたが、いつも私の体をおもちゃにしていたのね。」
私は突然、叫ぶ。

男は驚いて顔を上げる。

「あなた、一体誰?」
「僕か。僕は、医者だ。」
「医者が、どうして?」
「きみの担当医だよ。きみは、恋人に捨てられた悲しみから、薬を飲んで昏睡状態になった。そうして、僕の病院にやって来たんだ。」
「それで、動けない私の体を弄繰り回していたわけ?」
「ああ。すまない・・・。きみを初めて見た時から恋をした。」
「動かない死体のような体に、でしょう?」
私はヒステリックに笑う。

「ここから、どうすれば出られるの?」
私は訊ねた。
「分からない。現実のきみは、まだ、昏睡状態だ。ここは、多分、きみの意識の中。」
「あなたはどうやってここに来たの?」
「きみに会いたくて、薬を飲んだ。」
「まったく、そんなことがあっていいものかしら。恋の神様のイキな計らいってこと?」

私は、本当に唐突に、怒りで体中の血がざわめき、「生きよ」という声が聞こえた気がした。ここから出て行こう。ドアは簡単に開いた。

--

「意識が戻ったのね。」
母親の声が聞こえた。

--

私の担当医だった男が、自らの過失で薬物を取り過ぎ意識不明の状態にあると聞いて、私があんまり笑うものだから、周囲が驚く。

馬鹿な医者は、あの場所で今ごろ一人きりで何を考えているのだろう。

あのまま、死体のような私を相手にしていれば、あなたも幸せだったのでしょうにね。

私は、湿っぽい病院を出て太陽の光を感じながら、新しい恋を探しに行く。


2001年08月16日(木) 女の白い肌が、下半身に近付くほど赤く染まって、僕がそっと腰の線にそって手を滑らせると

妹が、旅行に行くから猫を預かってくれ、と言って連れて来た。

猫は嫌いだ。勘弁してくれよ。と思うが、大の猫好きの妹にはとても言えなかった。グレーを帯びた白い毛がフワフワとした、チンチラ、という種類のその猫は、薄いグリーンの瞳で僕を見る。俺達、うまくやっていけそうかい?

--

夜中に泊まりに来た恋人とセックスをしていると、恋人が急に悲鳴を上げる。

「ねえ?何あれ。」
猫の目が暗闇で赤く光っている。
「ああ、あれ、猫だよ。預かってる。」
「やだ、気持ち悪い。部屋の外に出してよ。」

恋人は、すっかり機嫌を悪くしてしまった。猫がいる間は、僕の部屋には来ないと言う。きみ、そんなに猫嫌いだったっけ?

やれやれ。

--

蒸し暑い夜。エアコンがいつの間にか切れていて、寝苦しくて目が醒めた。

そこに女がいた。裸の女。やあ、猫くん。と僕は思った。自分が寝ぼけているのかもしれないと思ったが、なんとなく、そんなことはどうでも良かった。銀色に光る髪の毛と、薄いグリーンともブルーともつかない瞳。

「歯を磨いてくれよ。魚くさい口は勘弁。」
女はクスクスと笑って、洗面所に行く。音も立てずに。

「猫じゃ、勃たない?」
と女はささやき、
「大丈夫だよ。ほら。」
と、僕は、自分を指差して笑う。

女は、僕の顔を舐める。その舌は、猫のそれのようではなく、柔らかい。女は、僕の体を時間を掛けて舐め続ける。女の白い肌が、下半身に近付くほど赤く染まって、僕がそっと腰の線にそって手を滑らせると、ピクンと体を震わせる。女の喉の奥からやさしく甘い声が漏れる。その下半身を僕の下半身にこすり付けて来て、切ない声が細く長く。僕の体の一部が、女の中にそっと入っただけで、女はもう、息も絶え絶えになって、しなやかな体を反らす。

不思議に童話的な夜。

ねっとりと絡みつき、いつまでも響く、快楽の鳴き声。

--

翌朝、相変わらず、猫はけだるく台所の椅子の下に寝転んでいる。

そうして、夜になると、また。

--

ある日、猫はついと姿を消していた。僕は、猫との甘い夜に疲れて、一日眠っていた。

夜、女が来た。両の腕に、産まれたばかりの人間の赤ちゃんを一人ずつ抱えている。僕は、ぎょっとして飛び起きる。

「アタシ達の赤ちゃんよ。」
女は笑う。

落ち着けよ。猫じゃないか。と、僕の心がわめいている。

--

「お兄ちゃん、いくら電話しても出ないんだから。」
妹が、訪ねて行くが、兄はいない。

「お兄ちゃん?あたしの猫ちゃんは?あ、いたいた!いやあねえ。子供産んじゃったの?」
クローゼットの奥で、子猫の体を舐めている白い猫。

開け放ったドアから、フラフラと、一匹の猫が外に出て行ったが、誰も気付かない。


2001年08月15日(水) 僕の乳首に柔らかな舌が触れ、繊細な指先が僕の股間に伸びて来た時

今年も、また、キミのいない夏が来て。

「才能なんて、成された物に他人が勝手に名前を付けただけさ。僕の手にしているものなど何一つありはしない。」

と、キミはよくそんな風に言っていたが、僕は、そうは思わない。

--

キミが文壇に登場した時、誰もが驚いた。美貌で、若くて、才能に溢れ、繊細な、キミ。その才能は、僕の心も震わせた。その美貌と才能に抱かれたがる女達は、跡を絶たなかった。

僕は、しがない編集者として、キミの才能に触れているだけで幸福だった。

あの夏。

キミはひどく泥酔していた。夜中に僕に電話をして来て。あの夜初めて、仕事以外で電話をして来た。「今すぐ、来てよ。」と言うから慌てて駆け付けた僕に、告白を。彼と噂のあった女優が彼に「抱いて」と迫ったけれど、キミは、できなかったのだ、と。「女じゃダメなんだよ」と。

キミは、僕を愛していると言った。あの夜。赤い目をして、打ちひしがれたキミ。偉大なる才能を前に、僕がどうして逆らえただろう。

キミが、僕に唇を重ねて来た時。キミが僕のシャツを脱がせ、僕の乳首に柔らかな舌が触れ、キミが生み出す優美な文章にふさわしい繊細な指先が、僕の股間に伸びて来た時、僕は、吐き気をこらえた。あの時、才能に愛される歓喜と、男の肉体で愛される嫌悪がないまぜになって、僕は混乱した。

三日三晩、キミは、僕を愛し続け、僕は、時折トイレに言って吐いた。そうして、キミに愛された幸福な男のふりをして、キミのベッドにもぐり込んだ。

三晩目、キミは、酔いも醒めた目で、僕の心を見抜く。キミの瞳は凍り付き、「帰ってくれ」と一言。あれが最後のキミの言葉。

--

あの時、僕が抱かれなければ、全ては違っていたのだろうか?

キミの思い出を書き散らすことで物書き面をしている僕を、キミはそこから笑い飛ばしておくれ。

「才能なんて、成された物に他人が勝手に名前を付けただけさ。僕の手にしているものなど何一つありはしない。」

と、キミは悲しそうに言っていたけれど、愛する心も、傷付く心も、全てがキミの才能だった。

流星のように、きらめき、消えて行った魂の何と美しいことか。

苦い酒を飲み、キミの死を悼む。

僕だけが、なぜ、ここにいるのだろう。


2001年08月14日(火) 男の熱く固いそれを受け入れる。私の内部は収縮して、男のそれを更に奥へと誘い込む。

「そんな軽装で、こんな天候の中うろつくやつがいるか。」

毛布にくるまっている私に、熱いマグカップを差し出しながら、男の瞳はそれでもやさしい。荒いハケを滑らせたような髭の下で、口元はやさしく微笑している。

--

かあさんに言われて、物語を探し続けて来た。波に洗われた浜辺の砂一粒一粒の中に、夜空の星のまばたきの一つ一つの中に。そうして、雪の結晶のきらめきの中の物語を探して、こんな北の国までやって来たのだ。

かあさんは言う。物語を見落としてはいけないと。幼い頃から、かあさんに抱かれた記憶もなければ、かあさんに歌を歌ってもらった思い出もない。ただ、物語の探し方を教えられて育った。

「恋をしてはいけない。」
と言われていた。物語を見つける力を失うから。と。

「恋?」
たくさん探し当てた物語の中から、恋の物語の記憶を探る。

それは、どれも、甘美だけれど切なく、時にはこの上なくやさしく、時には人を殺す。私は、恋に憧れた。けれども、それはいつも、手の平の上の物語のカケラの中。

かあさんは、物語を見つける能力を失ってしまったと言う。かあさんは、恋をしたの?と、それは聞けずじまい。

--

「不思議な女だな。」
男は、微笑む。

「どこが?」
「さあ。どこだろうな。お前の心はまるで雪のように真っ白だ。何の絵も描かれていない。」
「分かるの?」
「どうだろうな。そんな風に見える。」

男は、私の唇に唇を重ねる。男の唇はびっくりするほど熱い。いや、熱いのは私の唇だろうか。

毛布が床に落ちる。

男の髭が、私の脚をくすぐり、熱い舌が這うのを感じる。私は、熱さのあまりドロドロに溶けて、男の、熱く固いそれを受け入れる。私の内部は収縮して、男のそれを更に奥へと誘い込む。

--

「昔、決して、外から入って来られない筈の、この雪に閉ざされた場所に、お前みたいに迷い込んだ女がいたという話を聞いたことがある。」

男の腕の中で、私はまどろみながらそれを聞く。

「女は、ここの男と愛し合い、二人はこの場所を出て行った。そうして、かわいらしい赤ちゃんが産まれたんだと。そんな噂を聞いた。」

かあさんのことだわ。と思った。

私も赤ちゃんを生むでしょう。

私の物語。やっと探し当てた私だけの物語。


2001年08月13日(月) 切り裂かれた体から、美しい血が流れ出す。その匂いが。血の匂いが。男をひどく興奮させる。

私はドール。空洞の体。交換可能な肉体。

ほら。また、今日も癒されない心が私の空洞の体に入りこんで来て涙を流す。肉体を失った恋。拒絶された心。

その恋は、男の元を、夜毎訪ねる。

「また、来たのか。もう来ないでくれ、と言ったのに。」
男は、それでも、部屋に招き入れる。男には逆らえない。

「見た目は違うが、お前なんだろう。もう、俺に付きまとうのはやめてくれ。」

私は、そんなことお構いなしに服を脱ぐ。

「今日はどんな風にしましょうか。」
私は、男の欲望をじっと見つめる。

「よしてくれ。もう、いやだ。」
「あなたには、やめられないわ。今日だって、部屋に入れてくれたじゃない。」

私は、ナイフで指に傷を付けると、男の唇にその指を差し出す。

男は、我慢できなくなって私を押し倒す。私の乳房を噛みちぎる。肉切り包丁に切り裂かれた体から、美しい血が流れ出す。子宮は洋梨の味。薄くスライスされた柔らかい肉が、男の口に入っていく。その匂いが。血の匂いが。男をひどく興奮させる。私の肉体を食らいながら、男は、私の肉の残骸に、男の欲望のほとばしりをかけ、長く長く続くうめき声を絞り出す。

肉を切り裂く行為はひどく疲れる。全てが終わると、男は、息も絶え絶えになって。それでも、その味は、彼が生きている理由を思い出させる。

あの夜も、そうだった。俺に付きまとった女を、部屋に招き入れた時。どうにも我慢できなかったのだ。

--

今日も、新しい肉体で、私は男の元を訪ねる。

囚われた恋心、囚われた欲望。

囚われた者達よ。私の空っぽの体と遊んでちょうだい。


2001年08月12日(日) お兄ちゃん、痛くするもん。お兄ちゃんのこと、嫌い。

レナは、僕の愛らしい人形。僕の膝に座って、絵本を読んでやると、レナの口から甘いキャンディの香りがする。

「レナ、お兄ちゃんの事、好きかい?」
「うん。レナお兄ちゃんのこと、だーい好き。」

僕はレナの愛らしい唇にキスをする。

--

ママの留守の間、僕はレナのお医者さんになる。黄色いヒマワリ柄のワンピースを脱がせると、病気のところを調べますよ、と言って、僕は、裸のレナの体を長いことかけて。

「お兄ちゃん、痛い。」
気が付くと、レナは泣いていた。

「ごめん。ごめん。」
「お兄ちゃん、痛くするもん。レナ、お兄ちゃんのこと、嫌い。」

僕は、母にこっぴどく叱られ、受験期のノイローゼということで、しばらくの間、親戚の家に預けられた。

レナ。僕の可愛いお人形。キミと離れていることが辛い。早く会いたい。

--

「お兄ちゃん、聞いてるの?」

さっきから、うわの空で焦点が合っていない兄に対して、私はイライラしている。私の縁談がまとまりかけているから、兄のほうも何とかしないと、と、田舎の母が焦って持たせた見合いの話を、だが、先ほどから兄はほとんど聞いていない様子だ。

「お兄ちゃんったら。ねえ。」
「帰ってくれないかな。」
「で、お母さんにはどう返事すればいいのよ。」
「適当に返事をしておいてくれ。僕は忙しいから。」
「そんな・・・。じゃあ、アタシの結婚はどうなるのよ。」
「僕の知ったことじゃない。」
「お兄ちゃん、ひどいっ。身勝手過ぎるわ。」
「ああ、それと。僕のことお兄ちゃんって呼ぶのやめてくれないかな。それから、大声出すのも。もうすぐレナがお昼寝から起きてくる。」
「レナ?レナってなによ。それ、アタシじゃない。お兄ちゃん、しっかりしてよ。アタシ、あなたの妹よ。レナはあたしよ。」

兄は、もう、私のことなど聞いていない。

部屋のドアが開くと、パジャマ姿の少女が現われる。
「レナ、起きたかい?」
「お兄ちゃん、この人だあれ?」

少女の顔は幼い頃の私そっくりだ。兄は、もう、私のほうには見向きもしない。

「お兄ちゃんにキスしてくれる?」
「うん。」

よく見ると、それは人形だ。まばたきをしない瞳。抑揚のない声。
その人形は、兄の膝の上に乗って、兄の首に腕を巻きつける。

「お兄ちゃん、狂ってるの?」
私は、兄からその人形を引き剥がして、床に叩きつける。

「何をするんだ?」
兄は、怒り、側にあった灰皿を掴むと、私に向かって来た。

--

レナ、ごめんよ。
やっと二人きりなれたね。
お風呂に入れてあげようね。
お兄ちゃんと洗いっこしよう。
お兄ちゃんが世界で一番好きだと言っておくれ。


2001年08月11日(土) 美少女人形 − 「私、あなたのしたいこと、知っているわ。」 −

「ねえ。遊んでよ。」

男が振り向くと、そこには、愛らしい12歳くらいの少女が。柔らかく波打つ髪、ピンクの頬。目は、角度によってブルーともグレーともつかない。自分が美しい事を、その魔力を、知っている少女らしく、まっすぐに見つめてくる。

男は、間近で見て、その美しさに息を飲む。たしかに、彼は、少女を好む。だから、チラチラと視線を投げ掛けていたのだった。

「ねえ。私の事、好きなんでしょう?」
「あ、ああ・・・。」

手の平にじっとりと汗をかき、喉がカラカラになって、しゃがれた声しか絞り出せない。

「じゃあ、一緒に行こう?」
「ああ・・・。そうしよう。」

その時、初めて少女は嬉しそうに笑う。

--

少女は、誰もいない屋敷に男を連れて行く。ひっそりと黴臭く、長いこと、生きている人間が出入りした形跡もないその屋敷に、男は魔法に掛かった様にフラフラと少女に付いて入る。

「ねえ。何して遊ぶ?」

天蓋付きのベッドの上で、少女は楽しそうに笑う。

「私、あなたのしたいこと、知っているわ。」
少女は、服を脱ぎ、ベッドに横たわる。男には、もう自らの意志で体を動かすことができない。

「ねえ。遊ばないの?」
少しふくらみかけた胸。淡い乳首。なめらかな下腹部から続く、まだ、ツルリとむき出しの、その、愛らしい切れ込み。

少女は、男の体に馬乗りになって、甲高い笑い声をあげる。

「ねえ。私、知ってたわ。こういうことしたいって、あなたずっと私の事見て考えてたでしょう?私の服を脱がせる想像をしていたでしょう?私が、あなたに痛いことされて、泣き叫ぶところも。」

自分の意志とは関係なく、男の体は動く。少女の髪を引っ張り、そのかすかな乳首の突起に歯を当てる。少女の脚を乱暴に開くと、その、淡く美しい部分を無理矢理押し広げる。

少女が黄色い歓喜の悲鳴をあげる。

「ねえ。こうしたいと思っていたんでしょう?」
男は自分が何をしているか、もはや分からない。少女の声だけが響く。

--

少女は、その、ひっそりとした屋敷から出て、一人街へ。

その、自らのあまりの美しさに、少女は血を吐くほどに祈った。私に、永遠の美をちょうだい、と。

願いはかなった。

あれから随分長い時が過ぎて、私は一人ぼっち。

もう、お父様もお母様もいなくなってしまった。召使も、庭師も。

誰か、遊んで。

少女は、彼女の美貌に魅入られて、彼女に魂を投げ出して遊んでくれる大人を探しに、街に出る。

--

「おねえさん、遊ぼう?さっき私のこと見てたでしょう?私のこと、好き?」

少女がその柔らかく小さな手を繋いで来ると、誰も逆らえない。少女にしては不自然に冷たい、その手に。


2001年08月10日(金) 赤い舌がぬめぬめと絡みついて来て、白い指がやさしく規則的にこすり上げて来て

「おかえりなさい。」
彼女は、表情も変えずに言う。

「ただいま。変わったことはなかったかい?」
「ええ。」

彼女の腕に目をやると、真っ赤にただれている。

「どうしたの?」
「申し訳ありません。沸騰したお湯をポットに注ごうとして手がすべってしまったのです。」
「痛かったろう?」
「いいえ。」
「何言ってるんだ?こんなになってるんだぞ。痛かったんだろう?」
「いいえ。」

彼女は、眉一つ動かさない。僕は、慌てて救急箱を取りに行き、治療する。

「お湯がかかった時、腕に感じた苦痛。それが痛みだ。そういう時は泣いてもいいんだよ。怖がってもいいんだよ。」

--

手当てが終わり、食卓に付く。

「お前もおいで。」
「はい。」

彼女は、僕が食事をとるそばで、液体燃料と称するスープを飲む。

--

彼女は、チラリと僕を見て、その表情を読み取ると、僕の前にひざまずいて、僕のズボンのベルトを外す。赤い舌がぬめぬめと絡みついて来て、表情のない目が僕を見上げる。白い指が、やさしく規則的にこすり上げて来て、僕は、「もういいんだよ。そんなことはしなくていいんだよ。」と言おうとするが、打ち寄せる快楽の波に飲まれて、そこから動けなくなる。

長い時間。静かな時間。突然、彼女の口の中に、ドロリと僕の悲しみを吐き出すと、僕は泣き出してしまう。彼女は無表情で立ちあがる。

--

僕は、治療者として失格だ。

生まれて間もない彼女を残し亡くなった母親の代わりに、彼女の父親が彼女を育てた。彼女を家から一歩も出さず、人間の子供ではなく、ドールとして育てた。全ての感情を持たず、アノ目的を満たすように創り上げた。

父親が亡くなって、彼女はその呪われた家から救い出された。いや、救い出されてはいない。彼女の心の檻から彼女を救い出す役割を与えられた僕は、医師として失格だ。彼女に恋をして、彼女を連れて病院を抜け出した。

--

ごめんよ。ドール。僕はキミをいつか人間にすることができるだろうか?

いや。キミは知っているんだろう?

僕が、なぜ病院を逃げ出したか。

キミが人間になるのが怖かった。ずっとドールのままでいて欲しかった。

キミの体を抱き締める僕を、だが、彼女は抱き返さない。その術がない。愛情を教えられていないドール。可哀想なドール。可哀想な僕。


2001年08月09日(木) 僕は、彼女の豊かでまっすぐな髪に唇を付ける。そのはじけるような乳房をそっと手で包む。

僕は、父に、おそるおそる「一人暮らしをしてもいいか」と切り出した。父は、相変わらず、僕の顔も見ずに、「好きにしたらいい」と答えた。幼い頃に母を亡くし、父に仕える年寄りばかりがいるこの屋敷は、とてつもなく陰気で、今まで何度出て行こうとしたことか。

部屋を出ようとする僕の背後で、父の声がした。

「お前の部屋はそのままにしておくから。」

2度と戻りたくない、と、僕は思いながらドアを閉める。

--

「お昼、一緒に行きませんか?」

研究室の後輩である、彼女に、ふいを突かれて、僕は驚いて顔を上げる。いつものように美しい笑顔。つやつやとした唇、ほんのりとピンク色の頬。そう。彼女に恋をしたから、僕は屋敷を出ようと思ったのだ。彼女には、僕の手に入れられない何もかもがあった。まっすぐに相手を見つめられる瞳。相手の言葉の裏を読むことなく、耳を傾けることができる素直な心。

「論文、どうですか?」
「あと少しだよ。何だか最近、調子がいいんだ。」
「最近、楽しそうですもんね。そう言えば、一人暮し始めたんですってね。」
「うん。ちょっとね。勉強に集中したかったから。また時間があったら僕の部屋に来るといい。」
「わあ!是非!」

ふと、父に以前言われた言葉がよみがえる。
「普通の女に恋することなど、無理だ。」
僕は、首を振って、父の言葉を追い払う。

--

「素敵なお部屋ですね。すごいわ。私の部屋の何倍もある。」

彼女は、心の底からの賞賛を口にする。部屋のことなんかどうだっていい。僕を見ておくれ。彼女の腰にそっと手を回すと、ソファに掛けさせる。彼女は、ため息をついて、恥ずかしそうにうつむく。顔を上げて。健康な甘い香りが彼女の体から立ち昇っている。

「僕のことが怖い?」
「いいえ・・・。私、ずっとあなたに恋をしてました。研究室であなたを見た時から。こうやっているのが夢見たい。」

可愛いね。僕は、彼女の豊かでまっすぐな髪に唇を付ける。ワンピースのファスナーを下ろすと、そのはじけるような乳房をそっと手で包む。彼女の呼吸が少し乱れる。彼女の裸身は、彼女の心を象徴するように、豊かで健康だ。茂みの奥に指をすべらせると、そこはもう驚くほど潤っていて、その時僕は彼女が処女ではないことに気付く。

時間を掛けた愛撫の後、ふいに彼女の手が僕の股間に伸びて来た。そうして、軽い失望と共に手を止める。

「ダメ・・・、なんですか?」
「ああ。ごめん。今日はダメみたいだ。」
「今日はやめておきましょう。」
「変なこと頼むけど。僕の体を、そのう、軽くでいいからぶってくれないかな。そうしてくれたら、できそうな気がする。」
彼女は、少し驚いて僕を見て、ああ、と納得した顔付きになった。

「私、そういうの嫌いです。」

僕を軽蔑したように見つめる彼女の目が不愉快で、僕は彼女の首に手を掛ける。彼女の喉が、ぐー、と音を立てると、僕は急に体の中を血が巡り出すのを感じる。

--

「戻って来ることは分かっていた。」
父は相変わらず、僕の顔を見ずに言う。

「あの部屋のものは始末しておいてやったから。」
僕は黙ったまま、父の書斎の入り口に立ち尽くす。

「何をしている?こっちへ来なさい。いつものお仕置きをしてやろう。」
父は、僕のシャツを剥ぎ取ると、血走った目で、その時初めて僕の顔を見る。

「帰って来てくれて嬉しいよ。」

父の笑い声が響く。
僕は、僕の悲鳴に欲情する。


2001年08月08日(水) 僕は、彼女の体をかき抱き、唇から、首筋に、胸元に、愛の刻印を押していくが、彼女の目は僕を見ない。

体が重苦しくて、息がうまくできない。体中が痛くて、熱を帯びている。こんな苦しいことは初めてなので、僕は、「死ぬ時というのはこんな感じだろうか」と考えてみる。

「大丈夫?」

冷たくヒヤリとした手の平が、僕の額にあてられる。乾いたタオルが、僕の体の汗を、そうっと拭きとってくれる。僕は、少しホッとして、また気を失う。

--

目が醒めると、体が随分軽くなって、呼吸が楽になっていた。

だが、背中が痛い。焼けるように、痛い。

「まだ、横になっていないと。」
その声は、おっとりと響き、僕はまた、安心して眠りにつく。

--

「背中、どう?」
「いたい。」
「痛いでしょう?何でこんなことになったのかしら。皮膚が裂けたみたいになって、すごく腫れていたの。でも、お医者も呼べないし。死んじゃうかと思ったけど、良かった」

そうっと目をあけると、一人の女性が。この人を知っていると思ったが、僕には何も思い出せない。

「どこかで会ったことがあった?」
と聞いてみる。

「私と?いいえ。初めてだと思うわ。」
彼女は微笑む。

この人の言葉は、ゆったりと、天から降って来たように響くのだ。ただ、ここで、彼女の言葉にずっと耳を傾けていられたら、と思った。

「何か買ってくるわね。柔らかくて、体に負担にならないもの。何がいいかしら?」

立ちあがろうとする彼女の手首を掴んで、僕は懇願した。

「行かないで。ここに居て。何かしゃべっていて。」
「困った人ね。」
彼女は、また、微笑む。

--

彼が来るから、今日はこっちの部屋に隠れていて。と彼女は言う。内側から鍵を掛けて、物音を立てないで。と。

僕は言われたとおり、部屋を移った。

しばらくすると、誰かが彼女の部屋を訪れた。彼女は、いつものおっとりとした雰囲気とは違い、パタパタとスリッパの音を響かせて、男のために動き回っていた。

そのうち、彼女のスリッパの音は止み、ベッドのきしむ音がする。僕は、男と彼女が何をしているか分からないままに、耳を塞ぐ。彼女のうめき声が響いてくる。苦しげなすすり泣きが、聞こえる。天使が地に落ちたかのような叫び声がして、彼女の声がとぎれる。

--

「ごめんね。全部聞こえたでしょう。」
僕は、彼女に何も言って欲しくない。
「私は、あの男に食べさせてもらってるの。」
何も言わないで。そんな言葉は、あなたの言葉じゃない。天使の言葉を言って。
「あなたも、体が良くなったら、ここから出て行ったほうがいいわ。」
それが、あなたの本当に言いたいこと?

「愛していると言って。僕を愛すると。」
彼女の唇が、僕の傷ついた背中を這う。

「もう、私には、愛が何か分からないのよ。」
彼女の涙が、僕の傷に染みこんで、ヒリヒリと痛い。僕は、彼女の体をかき抱き、唇から、首筋に、胸元に、愛の刻印を押していくが、彼女の目は僕を見ない。

--

その言葉を口にしてくれるだけで良かったのに。

その間際思い出す。
僕は、人間のあなたに恋をしたために羽をむしり取られて地上に落ちた天使。背中の傷は、恋の痛み。人間から愛の言葉を聞くための代償は、その、純白の翼だった。

愛の言葉が貰えなかった、地に落ちた天使は、今、神に召される。


2001年08月07日(火) 熱っぽい唇が僕の唇にそっと触れ、唇を割って入りこんで来た舌が僕の舌をまさぐってくる

「うちに来ても、勉強はしっかりするんだぞ。」
おじは、にらみつけるようにそう言い、おじの息子で高校生のタカオは
「僕が教えてやるからさあ。」
と、人懐こく笑った。

父と母の離婚が決まった時、僕は、しばらくおじの家に預けられることになった。中学も、転校して、人里離れた農村に来た僕は、どうせ農作業の手としてあてにされているだけだと分かっていたが、心底ホッとしたのだ。父と母のサンドバッグになって、僕は傷つくだけ傷ついていた。

おじも、おばも、突然転がり込んで来た僕にとまどい、「金を貰ってしまったからしょうがない」と、そればかり口にした。

--

庭の池には、ナマズが住んでいて、僕は、毎日川まで出かけて行っては、ナマズの餌になるエビを捕ってくる。川辺は、木陰がたくさんあって、涼しく、僕は、そこでボンヤリと時間を潰すのが好きだった。

「いつもここにいたのか?」
頭上を見上げると、タカオが笑っていた。

「うん。ここ、気持ちいいから。」

タカオは、よく日に焼けて、勉強も出来、サッカー部でも活躍していた。僕はそれはうらやましかった。僕は、彼のようにスラスラとしゃべることはできない。彼のように、迷わずに手や足を動かすことはできない。いつだってギクシャクして、すぐにもつれてしまう下手な操り人形のようだった。

「寝転んだようが気持ちいいよ。」
タカオは、僕の隣に腰を下ろすと、ゴロリと寝転んだ。
僕も、そっとタカオの隣で、仰向けになった。

「僕も、小学生くらいまでは、こうやって雲が流れるのを見ているのが好きだった。」
「今は?」
「今?オヤジもお袋もうるさいから、ね。じっとしている暇はないんだ。」

風は、気持ちよく流れ、僕は少しウトウトしてしまった。

誰かが、髪を触り、指で、頬や鼻筋をなぞっている。熱っぽい唇が僕の唇にそっと触れ、唇を割って入りこんで来た舌が僕の舌をまさぐってくる。僕は、目を開けるのが怖くて、眠ったふりをしながら、それでも、下半身がどうしようもなく緊張して、呻き声が漏れそうになる。

「誰も聞いてないから。声を出しても大丈夫だよ。」
タカオの声が耳元でささやく。

怖かったけど、それでも涙が出そうになる。タカオの体が僕の上に乗って来て、心臓の鼓動を感じた時、僕は、感謝の溜息をつく。物心ついてから、誰からもこんな風に肌を触れてもらったことがなかった。誰かの心臓の音が、こんなに暖かいとは思わなかった。

「可愛いなあ。」
タカオは、僕の学生服を脱がすと、僕をじっと見ながら微笑んだ。僕は恥ずかしさで真っ赤になりながら、タカオの指を唇を、全身で待っていた。

--

タカオと、おじやおばの口争いが、毎晩のように繰り返され、タカオが次第に家に帰って来なくなった、ある晩、おじの納屋から火が出た。

あの晩、僕は、タカオと会っていた。そうして、タカオが「やることがあるから」と僕を先に帰らせた。その後の出来事だった。

結局、よそ者の僕が疑われて、村を追い出されることになった。

村での最後の日、川辺に行くと、タカオが先に来て、座っていた。彼も、僕も、一言も言葉を交わさなかった。

僕は、利用されたとしても、タカオが好きだった。誰にも愛されたことがなかった僕が、誰かに一瞬でも必要とされたことが、僕には本当に誇らしかったから。この記憶があれば、この先、もう少し生きていけそうな気がしているから。


2001年08月06日(月) 熱にうかされて、私の細い腰が砕けてしまうほどに強く私を突き上げてくる

いつからだろう。私の体の中に蛇が住み着いたのは。気が付くと、私の中に、大きくて白い蛇がいた。蛇は、毎月、月のものがやって来た後で、荒れ狂う。私の体は、裂けてしまいそうに苦しく、蛇の言う通りにしなくてはならない。

私は、その、白い肌で、漆黒の髪で、唇に載せた紅で、男を誘う。男は、いとも容易く、私の後を付いて来る。

「ねえ。どこか二人になれる場所に行きましょうよ。」
「ああ。」

蛇が早く早くとせっつくので、私は苦しさに耐えかねて懇願する。

「ねえ。ここで抱いて。」
「ここでか?」

しん、と静まった学校の中に入りこむと、私は、身もだえする熱さに焼き尽くされそうになって、服を剥ぎ取る。男は、私の熱さに当てられたように、私の上にかぶさってくる。

「ねえ。熱い・・・。」
「俺もだ。お前の肌は冷たいのに、お前の体の中は燃えるようだ。」

男も、熱にうかされて、私の細い腰が砕けてしまうほどに強く私を突き上げてくる。体の中の炎が、男と私を包んでくる。私は、炎の中で悲鳴をあげる。

--

全てが終わると、私の体の炎は静まる。男は、焼き尽くされて、その姿はどこにもない。蛇は、冷たい体で私を愛撫する。

--

私は、恋をした。

蛇は、そんな私の心を見透かして、怒っていた。私は、彼だけは蛇に焼き尽くされないようにと祈った。月のものが終わった時、蛇は、また私の体で暴れ出した。私は、その日、内側からは開けることのできない部屋に閉じこもり、人に頼んでしっかりと鍵を掛けてもらった。

蛇が出て来て、怒った。

私の体は、あらゆる場所から血を流し、苦しみに悶えた。

とうとう、蛇の炎は、私を焼き殺す。

その蛇は私自身が生み出したものだと知っていた。恋を知ることなく、男達に憎悪をたぎらせていた私自身が生み出した、その炎で。

それでも、恋を知った私の心は、幸せだったのだ。


2001年08月05日(日) その指は、恋人のそれより遥かに繊細に、私の欲望の輪郭をなぞるので、私の体は重さを失い

音楽室からピアノの音が響いて来る、土曜の午後。

もう、気分は良くなった?養護教諭の私は、その少女に声を掛ける。

「せんせい?ああ、ずっといてくれたんだ。良かった。」
少女は微笑む。

「放っておくわけにいかないでしょう?それより、歩けるならそろそろ帰ったほうがいいわ。無理みたいならおうちに電話するし。」
「家には、誰もいないんです。それより、もう少しここにいていいですか?」
「いいけど・・・。」

襟元のボタンを外しているせいで、白い胸元が見える。私は目をそらす。美し過ぎる彼女と保健室にいると、どことなく落ち着かない。

「ちょっと用があるから、一人で寝ててね」
私はそう言い渡すと、保健室を出る。恋人との約束には間に合いそうにないので電話をしなくては。最近、彼の機嫌が悪い。私が早く仕事を辞めないから。彼が結婚の話をしようとするのを、私が遮るから。

--

時折、少女は保健室にやってくる。いつも、私一人の時を狙っているように。私は、ドギマギしてしまう。美しい人は苦手だ。

「ねえ。先生。この前は、本当はデートだったんでしょう?私のせいでデートに間に合わなくて、彼を怒らせたんでしょう?」
「何でそんなことまで知ってるの?」
私は少し怒った顔をしてみせる。

「先生のことは何でも分かるんだもん。」

少女は微笑んで、言う。
「先生、可愛いわ。」

まるで、私よりはるかに長く生きた女のような目をして、少女は私の唇に指を触れると、保健室を出て行ってしまった。

--

「今日は、どうしたんだ?」
恋人が不思議そうに訊ねる。

私は、体に火が点いたように、彼を求める。子宮の奥が熱くて、じっとしていられない。彼の物を飲み込んでも、まだ、静まらないものが、グルグルと渦巻いて「もっと、もっと」と悲鳴を上げている。

--

私は、保健室で彼女の来るのを待ち焦がれて、早々に他の生徒を帰らせてしまった。

「先生、待っていてくれたの?」
少女が嬉しそうに、保健室に入ってくる。

「嬉しいわ。」

少女は、ベッドの上で制服を脱ぎ、真っ白い体を横たえて、私に「来て」と懇願する。私は、フラフラとベッドに吸い寄せられる。

「ねえ、先生も服を脱いで。」
「だめよ。」
「どうして?」
「あなたみたいに美しくないもの。」
「先生も、私みたいになりたい?」
「ええ。あなたになりたい。あなたそのものに。」
「じゃあ、私と来る?」
「どこへ?」
「素敵なところ。」

彼女の口づけは、熱く、燃え盛っている。彼女の細い指が、私の敏感なところをまさぐる。その指は、恋人のそれより遥かに繊細に、私の欲望の輪郭をなぞるので、私の体は重さを失い、もはや、自分をどこかにとどめておくことができない。

ねえ。一緒に来て。

彼女の瞳の奥に、欲望を食らおうと待っている、不老不死の蛇が見える。

--

ハイミスの養護教諭が一人いなくなったところで、たいして大きな事件にはならない。

そもそも、世のものとは思えぬ美少女が学校にいたことも、誰も覚えていない。

音楽室からは相変わらずピアノの音が響き、保健室には少女達がたむろする。


2001年08月04日(土) 彼女の柔らかい部分は、ドロドロに溶けて男を誘いこもうとしている

彼は、私を自分のモノにして、そうして捨てた。よくある話である。それにしても、彼はやり過ぎた。つまりは、女性の体ではなく、心を完全に屈服させることが彼の目的なのだから。そうやって次から次へと。彼に完全に心を捧げた瞬間、その女性は彼にとってはもうその姿形さえ思い出せないくらいどうだっていい存在に成り下がるだけなのだ。彼に捨てられて自殺してした女性が新聞の片隅に載ったところで、彼は「はて、誰だっただろう」と思う程度である。

「そのうち刺されるぞ。」
彼の友人達は、彼をからかう。

「そうだろうか。」
彼は、笑いながら答える。人生は、指の間からポロポロとこぼれていく砂のように楽しい。

--

それにしても、この女は、一体何者なんだろう。と、今、男は考えている。さっきまで、バーで飲みながら、女はよくしゃべった。ひどく元気に。そうして、今、男は耐えかねて彼女の唇を奪った。彼女がしゃべっている言葉が何であっても良かった。官能的な旋律だけが女の口から飛び出し、男の欲望にまとわり着いてくるのが我慢ならなかったのだ。

女は目を見張って、吐息のように言葉を絞り出した。
「びっくりしたわ。」

男は歯止めが効かない。女の唇を何度でも奪う。女は喘ぐ。

「どこか行くか?」
女は、潤んだ目でうなずく。

部屋での女は、とてもたよりなげにベッドに座っている。

男は、女の服を脱がすと、もう、荒れ狂う心のままに女の体の中に自分を埋め込みたくなってくる。彼女の柔らかい部分は、ドロドロに溶けて男を誘いこもうとしている。

「待って。」
と、女が泣くようにささやいても、
「ダメだ。待たないよ。」
と、男は女の泣き声が聞きたくて、ずぶずぶと自らを埋めていく。

女は悲鳴をあげて達する。

--

それで終わりだと思ったのだ。

いつものように。

だが、終わらないのだった。

男が、今度は女の心をモノにしようと女の元に行くと、彼女は、いつも夕べのことを忘れたように小首を傾げ、涼しげに笑う。女は男との情事の記憶を、体にも心にもまったくとどめていない。常に新しく生まれて来たかのように、まっさらな記憶で男に接する。

だから、終わらない。

この女を、セミを昆虫採集のピンで留めるように、恋の廃墟に留めてしまわない限り、俺は次には進めない。

--

私は、彼の友人達が、最近彼を見かけなくなったと噂しているのが気になって、とうとう彼の部屋を訪ねて行ってしまった。

部屋の中から漂う悪臭。

彼は、私の訪問にすら気付かない。

排泄物が散乱した部屋で痩せ細った彼は、ガラクタのように転がっている一体の人形に向かって何やらつぶやいている。

私は、慌ててドアを閉めて、部屋を後にした。


2001年08月03日(金) 私は、もうお前の冷たい肌に触れるだけで、こんなに硬くなって

屋敷はシンとしずまりかえっている。私は老婆に言う。

「ここの主人に会わせてくれ。」
「旦那様は、ただいま取り込んでおります。」

いたるところに飾られている人形は、ここの主人のコレクションらしい。

--

婚礼の儀式が始まる。

「私の可愛い人形よ。その美しい顔で、陶器の肌で、私の心をなぐさめておくれ。」

この家の主人は、花嫁衣装をまとった人形を床の上に横たえると、その純白の衣装をはぎとった。

「さあ。婚礼の儀を始めよう。私の可愛いドール。私は、もうお前の冷たい肌に触れるだけで、こんなに硬くなって。触って私を感じておくれ。冷たい体に私を受け入れておくれ。私が熱い生命を注ぎ込んでやろう。そうすれば、お前は永遠に生きる私の可愛い妻になることができる。」

男が激しく動いても、人形はカタカタと揺れるだけで何も応えない。そのガラスの目は大きく見開かれ、男の貧相な肉体を見据える。開かれた唇から、生きているように濡れた舌がのぞく。男の手によって開かれた脚は不自然に投げ出され、男は閉ざされた股間に自分のモノをこすり付けて声をあげる。長い時間かけた末、ほとばしるものを、人形の目に、唇に、脚に、塗りたくって、人形ともつれながら床に横たわる。

--

「では、妹と会わせてくれ。結婚すると言って出て行ったきり、一度も姿を見せない。」
「奥様もお取り込み中でございます。」

私は、老婆が遮るのを振り払って、地下室に下りる。饐えた匂いと混ざって、生臭い空気が階段を上がってくる。

そうしてその奥の部屋には、婚礼の衣装を着せられて、あらぬところを見つめている私の妹の姿。たくさんの白骨死体。だらしなく服をまとい、放心している男。

男は、私の顔をボンヤリと見上げる。

「あんたも、永遠の命と、永遠の愛を探しに来たのかい?」
と、呂律の回らない口どりで問うてくる。


2001年08月02日(木) 強く掴まれた手首にも、激しく吸われた乳首にも、悲しい愛の痛みが残る

叔父は、ドロリと酔った目で私を見て、手首を掴んで引き寄せる。手首が痛い。痛いほどの、欲望は、それでも私に向けられたものではない。

叔父の心は、私を見ないまま、私の服を脱がす手もおぼつかない。私は、自ら服を脱いで、叔父の方向外れの欲望を受け止める。こんなに激しく酔っていても、叔父の欲望は萎えることなく、むしろ、冴え冴えとして。私の細い体を壊してしまいそうな強さで割って入ってくる。

また、母に会って来たのだな。と思う。

行為が終わったあと、そこかしこに残る痛みが泣けるほどにいとおしい。強く掴まれた手首にも、激しく吸われた乳首にも、悲しい愛の痛みが残る。

--

母に呼ばれて、母の病室を訪ねて行く。相変わらず美しく、末期癌とは思えない生気が漂ってくる。

「私も、そろそろ命が尽きるから。」
母はあでやかに笑う。

「あんまりいい母親じゃなかったけどね。」

そう。母は、私を愛してくれたけれど、どこか上の空で。いつからだっただろう。叔父が母のことを恋焦がれていることを知ったのは。だが、母は、その恋にすら応えなかった。母が愛したのは、自らの美しさと溢れんばかりの才能だけ。母は、自分のアトリエで、何時間でも自分の感性と戯れる。

私は、見てしまった。母のアトリエを訪ねて行った時。世界中の美を一身に集めたようなその容姿と肉体を鏡にうつして恍惚とする母と、その母を激しく愛撫する叔父と。それはあまりに美しい光景で、私は二人に嫉妬し、恋をした。

「もうすぐよ。私は逝ってしまう。でも、ごめんなさい。あなたのとても大切な人を一緒に連れて行ってしまうわ。」

--

母は、自分の美しさが病魔の苦痛で壊れてしまう前に、安楽な方法で命を絶った。叔父も後を追った。

母が言った事は間違っている。私が恋をしていたのは、叔父ではない。二人の恋に恋をしていたのだから。

奇跡の恋は、共に生き、共に手を取って去ってしまった。

私は生き続ける。恋のいなくなった抜け殻の心を抱き締めて。


2001年08月01日(水) 私は封じられた言葉の代わりに潤いの蜜を溢れさす。

神父様は、私は汚れているから、洗礼を受けるにはまだ早いと言う。
だから、御ミサで同級生達が聖体拝領を受ける時、私は、じっとそれを見ているだけだ。

私は、生まれた時から言葉をしゃべる事ができない。貧しい両親は、そんな私をもてあまして、村の名士の神父様のところに連れて行った。神父様に長い時間ジロジロと見つめられた挙句、私は神父様が運営する寄宿舎に入れてもらうことになった。

夜になると、時折、神父様が、「今夜、私の部屋に来なさい。」と言う。

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初めて神父様の部屋に呼ばれた日、神父様は、私の勉強が遅れているから見てあげよう、と言った。そうして、それは少しずつ始まった。最初は、私の腿に手を置いて、ゆっくりなでることから始まった。ある日、神父様は、私の下着に手をすべらせて来た。私は、驚いてじっと体を硬直させていただけだったし、神父様は、どこか遠くに目をやったまま、私のほうを見ようともしないのだ。そうやって、神父様は随分長いこと下着の中で荒々しく指を動かしたから、自分の部屋に戻った時、私の下着は少し血で汚れていた。私は、トイレで泣いた。

御ミサの時、神父様は、前を向き、大きな声でみなに語りかける。罪深い行いを改めよ、と言い、正しい事とは何かを説くのだった。神父様には、迷いも苦悩もなく、力強さに溢れる存在だと、みなが思っていた。神父様は、何よりも正しい存在の筈だった。

神父様が何より正しい存在なら、神父様の行為はなぜ私を苦しめるのだろう?

神父様に呼ばれた翌朝は、私はいつも青白くむくんだ顔で授業を受け、時に居眠りをしてしまうので、シスターに叱られる。

ある日、神父様の部屋に呼ばれて行くと、神父様はひどく取り乱していた。髪の毛は乱れ、指は震えていた。いつもは指で触ってくるだけなのに、その日、初めて、服を脱ぎなさい、と言った。ひどく怒ったように、お前は汚れているから清めてやる、と言った。

私が言われた通りにすると、神父様は私に覆い被さって来た。その後は、痛みと苦しみがあるだけだったが、私は、ただ、黙って人形のように神父様にされるままになっていた。

長い時間が過ぎ、神父様は、ぐったりとベッドに横たわっていた。神父様は泣いていた。嗚咽しながら、神に祈っていた。

--

今、私は、大人になって、たくさんの事が分かるようになった。あの日、神父様が泣いていた理由も。

物言えぬ事をやさしさと勘違いしてたくさんの男達が私の元を訪れる。

私は、男達の行為が、あの日の下着についた血の記憶を呼び起こして、吐き気がするほどイヤなのに、同時に私は男達の悲しみに憑り付かれていて逆らえない。

男達は嗚咽するように私を求めて抱き、私は封じられた言葉の代わりに潤いの蜜を溢れさす。

私の言葉を封じた神を呪いながら、言葉の代わりにより多く与えられた官能の泉の中に溺れる。


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