セクサロイドは眠らない
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俺はさ、男の子だから
愛人業
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2001年06月30日(土) |
言い訳男のネクタイをほどき、ワイシャツを剥ぎ取る |
ササヤマ嬢が入院してしまった。食欲が制御できなくなって。
朝、起きると、何か食べる物を買いに行き、たくさん買い込んだものを食べ続け、食べるだけ食べたら、吐く。これを一日中続けるために、仕事に行くことすらできなくなったのだ。
電話を受けて、病院に足を運んだ。彼女は内科病棟に入院していた。取り敢えず、病院の食事を3食ちゃんと取ることで、体のリズムを取り戻しましょう、というわけだ。
病室のササヤマ嬢は、思ったより元気そうだった。当たり前だ。彼女は、こうやって保護され、監視されることで落ち着く。一人になるのが駄目なのだから、病院にいれば、彼女の病状は落ち着くというわけだ。
どうしちゃったのよ? 「えへへ。心配掛けてごめん」 ササヤマ嬢は、照れたようにニコニコと笑った。 「ご飯もちゃんと一日3回食べられるようになったんだよ。」
この病院にいる限りは、ちゃんとできるんだよね。
仕事、大丈夫なの? 「うん。どっちみち、結婚しようと思って、有給休暇を消化せずに貯めてたからさあ。」
うん。良かったじゃない。ゆっくりしてったら。 「そうだよね。それに、今は、結婚なんてどうでもいいんだ。」
それから、ササヤマ嬢は声をひそめて、言った。 「私、ここの先生と寝てるのよ。」
あらまあ。だから、入院生活が楽しいわけね。
ササヤマ嬢は、クスクスと笑う。
あまり、大っぴらにイチャつかないのよ、と微笑み返して、病室を出た。
廊下で、気難しそうな顔をした、背の高い中年の医師とすれ違った。多分、あれが、彼女が寝てるっていう医者ね。面倒なことにならなきゃいいけど。あの手の医者は、事が面倒になると、何もかも彼女の妄想って事で片付けるタイプだ。
--
夜、遅く、誰かがやってくる。若い男。ササヤマ嬢の恋人だ。
「すみません。こんなに遅く」
いいのよ、と、ブランデーの入ったグラスを渡す。 男は、疲れたような表情でグラスを受け取る。
「彼女、どうでした?」 元気そうだったわよ。 「そうですか。そうでしょうね。」 知ってるのね? 「ええ。彼女から聞きました。あの医者と寝てるって。」 何でもしゃべっちゃうのね。馬鹿な子ねえ。 「正直言って、僕、もう、彼女と結婚する気はなくなりました。だけど、今、入院している彼女を放り出すのはまずいと思うんで、退院してから正直に言おうと思うんです。病気のことだって、ずっと僕に隠してたわけだし。」 そういうこと、彼女にちゃんと話した? 「いえ。まだ。彼女が退院したら言おうと思って。だって、婚約破棄なんて、彼女多分、絶対に受け入れないですよ。そもそも付き合い始めだって、最初は、僕が何の気なしに寝ただけなんだけど、彼女がその気になって、どんどん僕を巻き込んで行ったんだ。」
お代わり、要る? 「ああ。ください」
男はどんどん、グラスを空にする。
あの医者も、多分、言い訳のように言う。彼女から誘って来たんだよ。って。
私は、目の前で言い訳するのを止めようとしない男のネクタイをほどき、ワイシャツを剥ぎ取る。男は、一瞬、ボンヤリとしたように動きを止め、それから私に覆い被さって来た。
これで、ササヤマ嬢とおあいこになったじゃない?
そして、また、相手に誘われて、なんて、言い訳するのかしら?
--
翌日から、ササヤマ嬢の恋人からの電話が何度も鳴るようになったが、私は、決して取らない。寝物語に言い訳を聞くのは、趣味じゃない。
その男の側を通ると、生臭い血の匂いが強く漂って来た。
血・・・?
あなたの体から血の匂いがするわ。
「ほう。わかるか?」 男は、くたびれた顔をして、ヨレヨレの服を着ていたが、体は頑強そうだった。男は、なぜか嬉しそうに笑った。
ええ。何人もの匂い。 「そうさ。俺は人を殺したのさ。」
誰の? 「そりゃあキレイなお嬢様がいてね。俺は、彼女に何年もお仕えしているのさ。お嬢様にとって、邪魔な人間は俺が始末すると言うわけ」
男は、それは嬉しそうに笑い続けた。狂ってはなかった。男の頭の中には、クリアなメロディが流れていた。愛情と、優しさがあった。だが、一番大きいのは哀しみだった。
--
その後、血の匂いがする男を街角で見かけた。
男は、目のギョロついたガマガエルのような女と歩いていた。女はブツブツと大きな声で男を叱りつけていた。男は、卑屈な笑みを浮かべて、女の少し後ろから付いて歩き、女の言うことにうなずいたり、謝ったりしていた。
女の頭からは、不協和音が幾つも聞こえて来た。メロディは一環せず、唐突に始まったり終わったりしていた。
彼女の頭の中の中を覗くと、血にまみれた手や足のない人形が8体見えた。いや、あれは人形ではなく・・・。
彼は、結婚している。
わざわざ、ここに来る前に外した指輪の跡が却ってくっきりと目にうつっても、見て見ぬふりをする。
妻のことを言いたくなければ独身者のように扱うし、妻の愚痴を言いたければ、ふんふんと聞いてあげる。
子供の写真を見せられれば、「わあ、かわいいね」と、写真に微笑んでみせる。
たまには、「私といる時は、おうちの事は忘れて。私のことだけ考えて。」と拗ねて見せよう。
彼の給料日前なら、外に出ずに、部屋で過ごす。
うっかり知ってしまった彼の妻の誕生日には、彼が電話してきても出ない。
独身の男友達の存在をほのめかしたりしない。
手料理は作らない。
--
「良識ある大人」として、キレイサッパリ別れた後で、忘れた頃に届く「メールを整理してて、キミのこと思い出した。今度会わないか?別に変なことはしないよ。ただ、キミと過ごしたあの頃のことを語り合ったりしたいと思ってね」というメールには返事を出さないで、削除。
一度閉めたドアは二度と開けない。
既婚男性者とのお付き合いルール。
--
踏み外さないで守り続けるルールなど、実のところ大した価値もない。
天気がいい日は、事務所が入っているビルの屋上に上がってみる。蒸し暑い夏の空気がドロリと体を覆うのを感じる。
屋上には、3年前、ここから飛び降りてしまった小学校2年生の男の子の「心」がこびりついていて、私は、時折、その「心」に話し掛けてみる。この子の親は、子供が突然、ビルから飛び降りてしまったことで、深く嘆き哀しんでいる。原因も分からない自殺だと。
本当のところ、その子に自殺の意志は無かった。ただ、童話に出てくる言葉をつぶやけば、空を飛べると思って、手すりの外に飛び出しただけなのだ。だから、子供の「心」は、幸福で、解放されている。
どう?楽しい? 「うん。すごく」
何度も、屋上の手すりを越えてみせる「心」に向かって、私は訊ねる。
「パパとママは、もう、ぼくの姿が見えてないんだ。ぼくの知らない、かわいそうな子供のことばかり考えて泣いているんだよ。」
パパとママは、手すりの内側にいるから、手すりの向こう側に飛び出せたキミのことが分からなくなっちゃったんだよね。手すりの内側にいる人間は、手すりを乗り越えてしまった人間のことは、いつだって理解できない。
--
夜、「誰か」が訪ねて来る。見た目は豪胆なのに、とても感じ易い男だ。
「誰か」のモノは、少々荒っぽい動作と裏腹に柔らかいままだ。
「最初は、ちょっと駄目なんだよ」 照れたように言う。
「時間はいくらでもあるから。ゆっくり、やろうよ」 男に指を使って、愛撫してもらう。溢れてドロドロになった私の欲情を感じてもらう。ほどなく男は固くなる。
世の男は勃たない言い訳をするのに、世の女はどうして濡れない言い訳をしないで済むのだろう。と、何となく思う。手すりを越えないといけないのに、と思う。
私は、見る者によって、違う顔に見えるらしい。
男は、初めて私の顔を見た時、激しく驚いていた。「いなくなってしまった私の妻にとても良く似ている」と言った。
その男は、時折やって来るようになった。妻だった女の浴衣を抱えて。妻が失踪してしまった悲しみを癒すために。
来ると、男は、私を風呂に入れる。丹念に時間を掛けて、隅々まで洗う。優しく洗う。決して痛くしないように、そうっと洗う。それから、髪をくしけずる。耳元で、子供をあやすように言葉をかけながら。そして、化粧を施す。唇は、血のように赤く。乳首にも化粧をする。
妻の物だった浴衣を着せられ、髪を結われた私は、一晩中、男の言葉にいたぶられる。男は、決して触れて来ない。挿入もして来ない。ただ、何月何日、お前は他の男に抱かれただろう、とか、そんなことを繰り返し繰り返し責められる。
私は、男の妻のふりをして、「ごめんなさい」「ごめんなさい」とうわ言のように謝り続ける。男の、憔悴した、何かに取り憑かれたような顔に、私は欲情する。
夜が明けて、一回り小さくなった男は、ふらふらと帰って行く。
「あの男も、もうすぐ・・・」
もう、あの男の妻の顔とは似ても似つかぬ顔になった私は、小さくつぶやく。
私には、いなくなった筈の彼の妻が、彼の家の庭の牡丹の木の下に埋められているのが分かる。その牡丹は、一年中咲き続け、重たい花びらをボタリボタリと落としているのだ。
その、しなびた老人は、執拗に私の腕をなでさすりながら言った。
「お前はいいね。お前は死なないんだろう?」 「私だって死ぬわよ」 「そうなのかい?」 「ええ。そうよ。永遠に生きて行くなんて悲劇と思わない?」 「そうかねえ。私は、お前がうらやましい。」
巷では、愛情を植えつけられた子供のロボットの話が話題になっているが、何というひどい話だろうと思う。知性やら愛情やらを、永遠の肉体に閉じ込められるなんて。
アン・ライスの小説に出てくるヴァンパイヤがしでかした一番の悲劇は、子供のヴァンパイヤを作り出してしまったことだ。永遠に子供のままの肉体に封印された知性が抱く、果てしない慟哭。
私は欲望を得た代償に、いずれ消滅する。欲望は、「終焉」への歯車の悲鳴。私の消滅はあらかじめ仕組まれている。
朝起きると、誰かの「意識」が私の中に入り込んでいた。私の空洞の体は、いろいろな意識に入り込まれ易い。今日は気分もいいので、その「意識」に身を任せてみる。
その「意識」は、ある店に入って行った。そして、一人の男に近寄った。涼しげな顔をした、スラリと背の高い男であったが、どことなく、遊び人風であった。「意識」は、男に寄り添っていた女を押しのけて、男の側に座った。男は、「おいおい。今日はそっちの女と過ごすつもりだったんだぜ」という顔をしたが、新しい女の登場をおもしろがって、気を取られている隙に、さっきまで男に寄り添っていた女は怒って店を出て行ってしまった。
私は煙草を吸わないが、その「意識」は煙草を吸った。その動作に、男は、何かを思い出すように目を細めていたが、まさか、と首を振って、 「どこか行こうか」 とささやいて来た。
「意識」は、腕を男に巻きつけて、行きましょう、と席を立った。
男に唇を吸われると、途端に「意識」は激しく動揺したが、嫌がっているというよりは、喜んでいるようだった。先ほどまでの蓮っ葉な態度は消え、急にオドオドした様子に変わったように見えた。
その「意識」のセックスはつまらなかった。男の下で、ただ、されるがままにじっとしていた。
急に「意識」は涙を流して、 「おにいちゃん・・・」 とつぶやいた。
男は驚いて、私の顔を見つめた。男の物が萎えて行くのが分かった。
男の欲望が萎えてしまうのは全くつまらなかったので、私は、「意識」を体から追い出して、男の体の上にまたがった。男のものが再び硬くなった。
「あなた、素敵よ」 とつぶやくと、男は安心したように私の顔を引き寄せた。
2001年06月23日(土) |
やってもやっても、終わりがない |
森の奥深く、私と同じシリアルNoの双子の男のドールが住んでいる。私と同じ顔。同じ皮膚。彼の男性器からは、私の女性器と同じ匂いがする。私と、彼は、他愛のないおしゃべりを繰り返し、優しい愛撫をお互いにほどこす。
いつまでもこうしていられたらいいいのに。
でも、私は私には欲情しない。何も流れ込んで来ない。何も流れ出して行かない。
--
「妻以外の女とやりたくてどうしようもないんだ。」 その男は疲れたように言った。
ベッドの上でぐったりと。体の疲れでなく、心の疲れ。
部屋に入って来て、乱暴にスカートだけめくりあげて、挿入して、果てる。その短い間、男は私の顔など見ていなかった。
「やってもやっても、終わりがない。抱いていても、快感はない。だけど、やらないと壊れてしまいそうだ。」
怖いのね。
「そう。そうだ。怖いんだろう。キミはすごくいいよ。キミは俺から何も欲しがらない。キミはやるのが大好きだからな。前戯は要らないんだろう?挿入だけだろう?入れられるのが好きなんだろう?咥えるのが好きなんだろう?女と寝るのに、愛情があるふりなんて、もう俺にはできない。俺はもう、スカスカなんだ。何も手元にない。妻に分けてやる愛情もない。妻がいつもいつも俺に何かを求めていると思うと、たまらなくなるよ。まったく。」
なんて素敵なの。
たくさんの言葉を抱え込んで、何もないと思いこんでいる男は、とてもいとおしい。膿が溜まっていくのをじっと見ているのが好きだ。
2001年06月22日(金) |
そうやって、いろいろな「哀しみ」を見て来た |
その男は、小柄だった。小柄だが、エネルギッシュだった。弾むように歩く足取りから、それが感じ取れた。
最初から、まっすぐに目を見て口説いて来た。
セックスも、上手かった。彼の口をついて出てくる欲望の言葉はストレートで自信に満ちていた。一回会うと、何回も放出した。私の口に。私の体内に。
車に乗ると、すぐに自分のものを取り出して 「咥えろ」 と言うのだ。運転している間、私は咥え続け、男のうめき声を聞き続けていた。考えてみれば、彼の車から外の景色を見たことがない。
どこから狂ったのか。そもそも狂っていたのか。
最初は、軽い殴打だった。それが、だんだん強く打ったり、つねりあげたりするようになった。一回の逢瀬は、ずるずると長引くものになった。
それから、出会った頃には一滴も飲んでなかった筈の彼の飲酒が深いものになった。いつも酔っていた。酔って電話してくるようになった。私のせいにして、女を抱いた。
そして、彼の部屋から火が出た。
絵に描いたような自滅。 私が彼の所有物にならなかったのが全ての原因だと言うのか。私の所有者は、彼ではない、ただ一人なのだ。
「欲望とは哀しい」、なぜか、この言葉が口をついて出てくる時、彼を思い出す。私はそうやって、いろいろな「哀しみ」を見て来た。
私のWeb日記。
TOWN。
幾人もの私が、さまざまな街で。私は、日々別の街で目覚める。街は、路地があったり、黒ウサギが走り抜けたり、雨が降ったり、晴れたりしている。
それはWeb空間そのものと似ているけれど、一つ違うのは、それらの全てが、私という物語に繋がっていること。
誰かが通り過ぎる。私は、その人の後ろ姿を見ただけ。
あるいは、誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえる。車がうなりを立てて走り去る。犬が散歩している。さまざまな音や色が、私の街で動いている。私は、生き物達に話し掛けたり、話し掛けられたり、黙って見ていたり。
私は勝手に動き、あなたも勝手に動くけれど、それは全て、一つの物語。
--
そう言えば、黒ウサギからメールが来た。
「きみは、きみの物語を駆け抜けることに、とても急いでいる。なぜ、そんなに急いでいるかは、僕には分からない。だけど、一つだけ分かることがある。行き着く場所は今からでも変更可能だ。いつだって、変更可能だ。それだけは忘れないように。」
分かっていても、私には、なかなかうまく違う結末を見ることができない。
--
驚いたことに、涼しい部屋に入って、汗がすっと退くように、体にべったりとまとわりついていた憂鬱が退いて行った。知らず知らずのうちに、感傷が黒いとぐろを巻いていた場所に踏み込んでいたらしい。
乾いた人の乾いた言葉で、自らを引っ張り上げて安堵する。
--
ようやく分かった。 急いでいると、黒ウサギからメールが来るのだ。
とにかく、私は急いでいた。なんとなく説明しにくいのだが、自分をピンでボードに止めようとしても体が砂になって崩れて行くような気持ちにずっと捕らわれていたからなのだ。自分が砂になって行くのは、自分では食い止められない。ならば、走って、砂になってしまう前に行ける、近い場所に行こうとしていたようだ。そして、私はそこで砂になってしまうのだ。そんな妄想が頭を離れなかった。
よく見てみれば、私の人口皮膚は全然崩れる気配がなかった。
セクサロイドは眠らないが夢を見る。長すぎる夢を見る。
2001年06月20日(水) |
寂しい者は、あふれてくる |
「そう簡単にはいかないよ。」 と「老人」は言った。
「一番簡単なのは、寂しい者のそばに近寄らないことだな。お前の母親とか、友達とか。寂しい者は、あふれてくる。あふれて、お前の中に流れ込んで来るからなあ。」
この部屋は静かだった。何も、私の中に入りこんでこなかった。「老人」は私の手をとって引き寄せた。外は雨だったが、この部屋も「老人」の体も、太陽の匂いがして、あたたかく乾いて、力強かった。
「あなたは、まだ若いのですね?」 と、私は思わずつぶやいた。
「いいや。老人だよ。だが、しかし、お前と一緒だ。誰かから受け取ることはあっても、自分を放出したりしないので、力に満ちている。」
「老人」の愛撫は、私の空洞を裂いて侵入してくるものではなかった。
--
帰宅して、私は眠った。夢を見るために。体は、太陽の匂いに包まれたままだった。
路地で、黒ウサギを待ってみた。黒ウサギは来なかった。黒ウサギはまだ道を見つけられない。
目を覚ますと、「誰か」が訪ねて来ていた。やはり黒ウサギではなかった。「誰か」の愛撫は、哀しみに満ちていた。私は「誰か」の哀しみを、そ知らぬ顔で素通りして、彼の欲望だけを口に咥えた。欲望を飲み干して、「誰か」を送りだし、黒ウサギの干草の夢を見て、また眠った。
--
そもそも、黒ウサギにこちらから連絡をとったかどうか、不明である。ただ、黒ウサギは、あまりに急いで移動するので、連絡が無事届くかどうかも分からないのだ。だから、連絡をとることは無意味である。黒ウサギ相手では。
黒ウサギからメールが来たことがある。
黒ウサギは、なぜ私のアドレスを知ったのだろう?間違って、私の手元に届いただけかもしれない。
「とても、急いでるね。きみ。まだ、時間はある。だけど、きみが急ぐのはとても正当な理由からだ。僕は同じところを回っているだけだが、きみは確実に行き着くところに向かっている。」
私は、それを読んで、黒ウサギは間違いなく私にメールを送ったのだと思った。
行き着いたら、どうなるんだろう。私は、本当は自分で答えを知っているのかもしれないが、黒ウサギならなんと答えるだろう。
2001年06月19日(火) |
所有者 & あらゆる感情が渦巻いて入りこむ |
昨夜、私の「所有者」が部屋に来た。名乗らなかったけれど、すぐ分かった。私は「所有者」を迎え入れ、彼の服を脱がせた。
「所有者」の胸に、頭をあずけて、私は言った。
「いろいろな人の心が・・・。私の空洞の体に入りこんで来て、辛いのです。私の体内に共鳴して、耳をふさいでも聞こえてきます。」
「所有者」は私の髪の毛を優しくなでた。
「辛いのか?」 「ええ。とても。休まることはありません。」 「それはお前が優秀なドールだからだ。人の心に敏感に反応するのは優秀な証拠だ。他のドールは、人の言葉に反応する。お前は心に反応するように作られたドールなのだ。」 「でも、それは、体が何千回も引き裂かれるように辛いです。」 「ドールは、辛さを感じない。」 「でも・・・」 「その辛さは、お前自身の辛さではない。本当に辛がっているのはお前ではなく、お前に入りこんだ心達だ。」 「どうしたら、逃れられますか?」 「コントロールしなさい。」
そうして、「所有者」は私の中に入って来た。途端に、私は、満たされ、空洞は消え去り、体内に出入りしていたたくさんの心は消え去った。「所有者」の肩越しに宇宙が広がる。何かを考える暇もなく、体が揺さぶられ、快感が引き出される。
「所有者」の声がどこからか聞こえる。
「コントロールしなさい。」
「あなたは、神?」 「馬鹿な。ただの所有者だ。俺をお前に注ぎ込みに来ただけだ。」
--
朝早く、「所有者」は地図を残して、部屋を出て行った。
私は、午後、雨の中、地図に書かれた場所を訪ねた。今にも崩れ落ちそうな錆びた鉄筋の階段を上がって、突き当たったところにある部屋が、「老人」の部屋だった。中は意外にも、白く、明るい場所だった。白髪の老人が、「おはいり」と言った。
「所有者から聞いているよ。コントロールを教えてあげればいいのかな?」 と、微笑んだ。
老人と思ったが、その首は太く、胸元から続く筋肉が窺い知れるほどたくましく、官能的な顎をしていた。白い髪の毛も、切っても束ねてもあふれんばかり、といった具合に伸びていた。肌はつややかで、歯はきれいに揃っていた。
「なるほどな。」 と「老人」は笑った。
「所有者も酷なことをするな。お前のように、やわらかいドールは初めて見た。こんなにやわらかいドールを、放っぽり出しておくなんてなあ。さぞ、辛かろうな」
「ええ。」
「あいつは、そうやって苦しむお前を見て、勃起したものをしごいているのさ。まったくサディスティックな男だからなあ。」
私は、老人の言うことがよく分からないままに、ボンヤリとした声で訊ねた。 「それで?コントロールって?」
「うん。まあ、それだがなあ。お前は、特別やわらかい。本来なら、所有者に完全に守られているべき存在だ。一人で置いておかれるなんて、大変なことだよ。お前はな。『全てを受け入れるDOLL』なのだ。ありとあらゆる欲望を、体内に入れるために存在している。だから、他人のさまざまな心、が、お前に渦を巻いて入り込んで行くのが見える。」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「そうさな・・・。」
「老人」は、息をつくと、私をじっと見た。
2001年06月18日(月) |
自己陶酔 & 白昼夢 |
明け方、目尻から流れる水に目を覚ます。自己陶酔という言葉が浮かぶ。
--
ササヤマ嬢が、酔いつぶれて眠っている。軽いいびきが規則正しく響いている。化粧も落とさず寝入ってしまった顔は、口紅だけがハゲて、色を失っている。
昨夜、突然訪ねて来て、泣き出す彼女にグラスを差し出し、話を聞いた。恋人との何度目かの別れ話の詳細を聞かされる。きっかけはササヤマ嬢の恋人がササヤマ嬢に結婚を切り出した事であり、ササヤマ嬢曰く「自分は一度結婚に失敗しているから」結婚なんてもう二度と無理だ、と言うのである。
ササヤマ嬢は、離婚をきっかけに摂食障害を発症した。離婚のごたごたの間に、彼女の歯車がちょっとずつズレて行ったのが、私には見えていた。離婚後、彼女は摂食障害と付き合うことで、彼女の空虚を埋めていた。一人の部屋で、食べて吐いて嫌悪して、一日一日をやり過ごす。
彼女の病気は、恋人には知られていない。彼女の求婚を受け入れれば、自分の病気のことがばれて、恋人は自分を嫌いになるだろう、とササヤマ嬢は言っている。
ササヤマ嬢が繰り広げるおしゃべりを、テレビの中の出来事のようにボンヤリと眺めていると、ササヤマ嬢が
「あなたは、こういう悩みとは無縁だからいいよねえ。あなたはしっかりしてるもの。男のことで、本当に傷ついたことなんてないんじゃないの?」
といきなり、言葉を投げつけて来る。
ササヤマ嬢が、なぜ私の部屋に来ているか、私は知っている。私は彼女の状況を改善するための「適切なアドバイス」などしないから。彼女の弱さに魅入られているから。
何も答えずに、今日は一口も口をつけていなかったグラスを一気に空ける。
--
道が、目の前に現れた。
路地をずっと歩いて行くと、蔓に覆われた小さな家があった。家の外には犬小屋があった。小屋を覗くと、犬はいなかった。餌入れはすっかり乾いて、長いこと使われていないようだったが、私は、その犬小屋が、先日私の部屋を訪ねて来た犬のものだと分かった。
犬の飼い主は不在だった。
言葉が来るのを待っていたのである。数週間ばかり。今回は、存外時間がかかり私は退屈していた。
私の欲情は、言葉を食らって育つのである。言葉がなければ駄目なのである。
言葉を欲していた。
男が、心を一番無防備にむきだしにしてくる、その一瞬に、種を植え付けるのである。種は発芽して、その芽は、男の心の妄想を吸って肥大する。そして、たくさんの言葉の果実をポタリポタリと落としてくる。私は、その果実を望んでいた。
時間がかかった。
その男に植えた種は、成長が遅く、果実がゆっくりと実を結ぶ。しかし、それはそれで、味が濃厚で好もしく思えた。
--
言葉は、使い様によっては力を持つ。それは事実。だが、しかし、自分に呪いをかけぬこと。自分のまいた種で、自分の心をがんじがらめにせぬこと。
--
歯車がズレている。不協和音を立てている。その音が聞く者を不愉快にさせている。
歯車のズレは、見えていて、治そうと思えば治せるのだが、今はズレたままで。
安定が、調和が、癒しが、必要ならば、なぜ人は酒を飲む?恋をする?快と不快がないまぜになった状態こそが、生なのではないのか。ドールは恋をしない。人形だから。歯車がきれいに噛み合って、動くから。歯車をズレるに任せて、擬似恋愛をしてみたいドール。人間とは、何と不安定で、そして、何と幸せな生き物なんだろう。
自分の不協和音をあざ笑うドール。偽りの音。空虚の音。
2001年06月16日(土) |
自分は優秀な犬だと言った |
しばらくの間。そうこの部屋に、私が生まれてから、この部屋には誰も訪ねてこなかった。そういう時、ドールは、ただのガラクタの人形だ。「その」目的の為に誰かが私を必要とした時、ドールは動き出す。
通常は、個人の詳細なニーズに合わせ、顔形や、体型を決めて生産されるドールだが、私の場合、気付いた時には部屋に一人いた。本当の「所有者」は、どこにいるのだろう。私の以前の記憶はなく、記憶は、この部屋から始まっている。「所有者」に聞けば、分かるのだろうか。シリアルNoを使って自分のことを問い合わせることはできるけれども、今は、まだ、自分のことを知らなくていい、と思った。
--
私が、この部屋に存在を始めた日、男が訪ねて来た。男は、この部屋の電話番号を手帳に記した。その日、私は初めて欲情するという事の意味を知った。彼は、いつでもその手帳を開いて、ここに入ってこられる。
男が、訪ねて来てくれるのを待ってオナニーするようになった。
--
昨夜、遠慮がちに、ドアをノックする音がした。ドアを開けるのが少し怖かった。開けた向こうには、犬がいた。
「入って」
と私は言った。欲情に触れて、ドールの内部の欲情センサーが動き出した。犬は私を舐めまわして、ささやいた。自分は優秀な犬だと言った。お前の「愛」を知っていると言った。
「ドールの愛はどこにあるのですか?」 と訊ねたら、何も答えずに、帰って行った。
--
誰の所有物でもないドール。「ご主人さま」のいないドール。誰かに繋がっていないと存在価値のないスクラップ。
待ち人来らず。早く見つけて。
--
サントリーの「すだち酎」は、さわやかで飲みやすいね。と、酔っ払ってメールを書く。あまり焦らないように。返事は、忘れた頃に却って来て、思いがけない喜びをもたらす。こともあるから。
--
人は、存外、つまらないことに振りまわされているフリをして、人生の多くの時間を埋めている。「つまらないこと」など放り出してしまえば、体はうんと軽くなるが、残った空洞を埋める術がないと、空っぽの自分に気付く。空っぽが怖いから、人はつまらないことを、あれやこれや、と重要事項のように騒ぐのかしらね。
と、「誰か」の胸に頭の乗せて、訊ねる。
「つまらなくないことだってあるだろう」 と言われて、私は、「何があるかしら?」とか考えて、相手の指を噛んでみる。 相手の体の下で相手の重みを感じてみる。
他人の「あれこれ」を「つまらないこと」なんて言う私はなんて傲慢なのかしら。「誰か」の「あたたかいモノ」だけが、「挿入感」だけが重要、とインプットされたドールの戯言は始末に負えない。
私の体の空洞は、激しい欲望に満たされて安らぐ。
--
書いたことを読み返して、笑ってしまう。何が「待ち人来たらず」なんだ?馬鹿みたい。ちゃんと声を出さない、ということは、待っていないに等しいのに。私はやっぱり他人の心を所望することに慣れていない。
--
あの人がここを見つけて、Webの小部屋に入ってきてくれたら、どうやって招き入れよう?リアルでは決して会うことのないあなたと、私は、束の間の会話。「あの言葉の意味は、どういうことだったの?」とか、そんな事をしゃべるかしら?それとも、黙ってお互い服を脱ぐかしら。こんなことを考えているうちは、本当に会いたがっているのか、それとも想像しながら会わずにいたいのか分からなくなってくる。
夜、「誰か」のそばで一番中雨の音を聞きながら。
昨夜の行為の名残を、体に感じて。「誰か」が乳首を執拗に吸い続けるので「いたいよ」と思わず声をあげるが「ああ、ごめん」と誤る唇に、自分で乳首を押し付ける。痛くして。もっと、痛くして。あなたが帰ってしまった後、痛みの記憶だけがあなたを思い出す手がかり。快楽の記憶は、儚くて、「誰か」の挿入の記憶が別の「誰か」の挿入の記憶に入れ代わってしまうから。指で、もっと強くかき回してとねだる。
「誰か」が部屋に来た時には降ってなかった雨が、行為が終わった頃には降り出している。
「今日、泊まって行こうか?」 と、顔色をうかがうように、そっと訊ねてくるので、笑って 「どちらでも」 と答える。
「お前って男みたいだよなあ。セックスが終わったら、俺のことなんかどうだって良さそうにしさあ。」 とあきれたように、つぶやくので、 「そんなことないよ」 と、「誰か」の上にまたがる。
「誰か」の広い胸に頬を摺り寄せて、乳首を舐める。「誰か」がうめく。指で引っ掻く。「痛いよ。爪立てないで」と言うので、笑って、「あなたも痛くしてあげる」と言う。あなたには、痛みの記憶は必要ないの?
--
「どうしてこんなに濡れているんだ」 と言われて、自分でもどうしてだろうと思って、お腹を空かせてヨダレを垂らしているんだよ、飢えてるから、と言おうとする声は喘ぎ声になって、最後まで言葉にできない。のどに声がからまって、鼻から抜けて行くと、動物の鳴き声みたいでおかしくなる。
昼にササヤマ嬢とランチを食べた時のこと。相変わらず、ササヤマ嬢はダイエットとやらを繰り返し、サラダ以外の皿のものは半分程残すのだ。それでも、そこそこふっくらとしているところを見れば、どこかで欲望の帳尻を合わせているのだろう。
欲望の歪み。
私は、生命維持以上の食欲を感じたりしないので過剰食欲は理解不能だが、彼女の精神から来る歪みは感じ取れる。
骨の歪みを治す施術士のように、彼女の歪んだ部分を触って治してあげられれば良いのだが。ただし、彼女が、不安をコントロールする方法を学ばねば、すぐにまた精神は歪みを引き起こすのだから、骨と一緒か。
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昼食後に事務所に戻ると、部屋に納豆臭が充満。
ハルナの仕業である。
彼女は時々臭いのきついものを食べる癖が。彼女の暴君の恋人とやらは彼女のきつい体臭に欲情するらしく、彼女もまた、それに応えて臭いのキツイモノを好む癖が。まったく可愛い女だ。
急いで換気。
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私は誰かの欲望のために生きた事はない。予想済みの欲望に興味はない。未知で衝動的な欲望のみに反応する。10人の男の10通りの欲望に10の形で反応する。目の前にある欲望だけが現実。行為が終われば、男達の顔の見分けさえつかなくなる。
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ひとつだけ書いておかなくては。
誰でもいいわけはない。 ネットに向かってこんなものを綴っているのも、ただ一人「あなた」を探しているからだ。私は、「あなた」が見つけてくれるのを待ってここにいる。「あなた」だけのドールになるために。
「母親」という人が電話を掛けて来た。こちらに来ると言う。「誰か」を送り出して、仕事はオフにすることに決める。ハルナに電話を掛けて、仕事の電話は回さぬように告げる。
「誰か」の飲み残したコーヒー。吸殻。
「母親」という人は、相変わらずけたたましい人だ。なにやらたくさん、紙袋から取り出して並べたてる。相変わらずお前は冷たいと言う。髪の色が赤過ぎると言う。吸殻をとがめるように見つめる。「おとうさんが生きていたら」と言い、「兄」という人の「嫁」のことをこぼす。
「黙って聞いてるばかりなんだから」 と言うが、口をはさめばまた怒るのだから。まったく、感情の豊かな人というのは他人に対する要求も多い。感情というものは、受け止めてくれる人がいれば更に肥大していくらしい。
「母親」という人を送り出し、ようやく一人。置いていかれたタッパーの中身は捨て、「あんたに似合うと思って」などと笑う台詞を添えて渡されたどこかからの貰い物のエプロンも資源ゴミと一緒に束ねる。
鏡に向かって、指を入れ、「誰か」の記憶をなぞる。
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蒸し暑い。 あれから、3回オナニーして、自分の記憶を確かめて、散歩に出る。携帯電話が鳴る。「誰か」が今晩行ってもいいか、と訊ねる。電話を通した声は、変質して誰の声か分からない。だから、「あなたのことは分からない。」と言って切った。毎日のように会いたがる男というのを、私は、どうせもてあましてしまうから。そのうち、彼は、部屋に入るなり野球を観るようになるかもしれない。私の膝の上に簡単に頭を載せるようになるかもしれない。そういうのはイヤだ。
放しがいの犬を見つけた。
飼い犬のようだ。鼻が濡れて、健康そうだ。しゃがんで頭をなでたら、スカートの中に鼻を入れて、太もものあたりを舐めまわしてきた。
事務所は、蒸し暑く、私はハルナの顔をじっと見ていた。赤く腫らした目。
「もういいから、今日は帰ったら?」 「いえ。大丈夫です」
ハルナは、午前中はそう言ったものの、午後になって、ついに耐え兼ねたのか「すみません。気分が悪いので帰らせてください」と言い、目を合わせないようにうつむいたまま、事務所を出て行った。
恋人に別れ話を切り出したものの、いざとなると、てんで踏ん切りがつかないのはハルナの方だったみたい。多分、昨日の言葉は取り下げて、何もかも許してとひざまづき、あの暴君の言い成りになるのだ。また明日は、体のどこかに新しい痣を作って仕事に出てくるのだろう。
「寂しい」とか「孤独」とか言う感情は、全くもって不便なものだ。
効きの悪いエアコンのスイッチを切って、事務所の鍵を締める。
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夜、私はドアを開けて、呼び出した「誰か」を部屋に迎え入れる。 「ねえ、欲しかったのよ」
「誰か」の首に腕を回して、私は甘えてみせる。こうやって、甘えてみれば、自分にも、少しは暖かい血が流れている気がする。
心のほうは時給自足で大丈夫。体の穴は、温かい肉の物で埋めなければどうにもならない。「血のようなもの」が体を巡り始める。
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電話が掛かって来る。 他の「誰か」かもしれないし、ハルナかもしれない。私は、目の前にいない人間のことはすぐ忘れてしまう。顔や声の記憶は曖昧だ。多分、私の唯一、暖かくて湿った場所だけが自分のことを覚えている。私は、ジャックを抜いて、「誰か」のいるベッドにもぐりこむ。「誰か」は、もう、熱くなって、私の体内を埋めてくれる。
「ああ。そこ・・・」 思わず、声をもらす。
私は、そのためにこそ、生まれて来たのだから。一番愛に近いところにいるドール。
今夜はずっと一緒にいてね。そんな言葉も言えるようになったドール。
2001年06月10日(日) |
あたたかい、肉のもの |
セクサロイドの夢。 それは、人間の男を愛せるようになること。
女として、暮らす。
「誰か」が誰かは分からない。 ただ、暖かい手で私を抱きしめる。 「誰か」が他の誰かだったところで、私には関係のないこと。 私が分かるのは肉欲だけ。
あそこがこすれる音だけが、私に、私の存在を思い出させる。記憶が曖昧で、すぐ忘れてしまう。「誰か」を待っているのだが、目の前の「誰か」に埋められるだけで充分に達してしまう。だが、求めているのは、体の穴を埋める「誰か」ではなく私の「心」を知っている人ではないのだろうか。
心。
それは、暖かいのだろうか。手の平で潰せば、血が流れて行くのだろうか。
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