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先日の第54回全日本空手道選手権大会で、久しぶりに旧城南時代に一緒に稽古させて頂いた、八巻先輩、岩��先輩、数見先輩、高久先輩にお会いしました。諸先輩方と一緒に稽古した時間は私の一生の宝物です。極真空手は私の青春の全てです。化物のような先輩方との毎日の稽古は本当に大変だったけど、あの時、本当に頑張って良かったと思います。逃げ出さなくて本当に良かったと思います。あの時、逃げ出さないで踏ん張って生き残ったから今の自分がいます。試合や実績では先輩方には勝つ事は出来ませんでした。だからこそ先輩方に負けないよう一生懸命に稽古に励んで生きて行きたいと思います。今なら負けないぞと言えるよう頑張って生きて行きたいと思います。
肩の調子が凄く良いせいかウエイトトレーニングの記録がどんどん伸びています。重い重量を扱う、ベンチプレスは90キロで10回、ダンベルショルダープレスは30キロで10回、チンニングは自分の体重95キロを10回上がるようになりました。この勢いでどこまで行けるのかとても楽しみです。とは言っても私も来年は50歳なので、あまり重さにこだわると怪我をするので、軽いのをたくさんやる日、重いのをやる日、その中間の重さをやる日と分けて怪我をしないように慎重にトレーニングして行きたいと思います。股関節とアキレス腱以外は本当に調子が良いです。試合に出る日を目指して頑張ります。
今日が終わり、あと2日で11月が終わります。今年は12月28日まで稽古を行いますので、正月休みまであと1ヶ月です。今年と来年はとことん突っ走ろうと思います。まだ残り1ヶ月ありますが、今年はなかなか大変な年でしたが、そのおかげで一生懸命頑張れた年でした。凄く成長出来た年でした。1年を良い年だったと言えるよう、最後まで気を抜かず頑張りたいと思います。
第19回型競技支部内交流試合と第10回I.K.Oセミコンタクトルール組手競技支部内交流試合が終わりました。初参加者や初優勝者が生まれた良い試合となりました。何かをキッカケにヤル気が出たり目標を持てたりしたら良いなと思い、東京城南京浜支部では型競技とセミコンタクトルールの支部内交流試合も行っています。強くなりたいと言う気持はみんな持っていると思うので、いろんなアクセス方法で強くなってくれたら良いなと思います。1人でも多くの生徒が強くなれるよう頑張りたいと思います。
もうクリスマスソングを耳にする時期になって来ました。年末も来年ももうすぐそこまで来ています。自分でアグレッシブに行動していても時は経ってしまいますが、その反対にボケーっと何もしないでいても同じように時間は経ってしまいます。生きて来た時間よりもこれから生きるだろうという時間が少なくなったからこそ時間を大切に生きたいと思います。何も起こさずに決まった同じ毎日をただ過ごすのは私は嫌です。仕方なく何かに引きずられるように生きて行くなんて私は絶対に嫌です。毎日をダラーっとして過ごし時間に後から押し出されるように生きて行くなんて私は絶対に嫌です。常に目的を持って自分の力で一歩一歩前に進んで行くような生き方をしたいと思っています。来年は50歳になりますが、もうひと暴れしてこの世の中に生きた証と生きた爪痕を残したいと思います。
第54回全日本空手道選手権大会で私は1回戦5試合と4回戦8試合で主審を務め、男子と女子の決勝戦の副審を務めました。今回の大会を妻も観に来ていました。妻から「12年前は試し割りの審判や審判補佐だったのにずいぶん出世したよね」と言われました。考えてみればそうだよなと思います。12年前にの自分は、12年後に自分が主審をしたり決勝戦の審判に入るなんて想像も出来なかったと思います。特に決勝戦の審判というのは過去の世界大会や全日本や全日本ウエイト制のチャンピオンや入賞者で構成されています。実際に今回の決勝戦の審判も世界大会や全日本や全日本ウエイト制でチャンピオンになった人や入賞した人で構成されていました。その実績がなかったのは私だけです。そこに選んで頂いたのだから主催者や選手の期待に応える良いジャッジをしようと臨みました。私が支部長になれたのは、自分の先生が組織を脱退したからですし、今こうして技術委員や演武プロジェクトチームに係ることが出来たり、全日本や世界大会で主審に入れるようになったのも、誰かが組織を抜けて、そこを埋めるために抜擢して頂いた物であったりもします。だから私はとても運が良いと思います。でもその運を掴むところに自分がいたのも事実です。先生が組織を抜けた時に道場を持っていなければ支部長にはなれていません。主審が出来る人が手薄になった時に主審判員の資格を取得していなければそこに抜擢してもらうことも出来ません。組織が型の再編成をする時に、自分が型をたくさん知っていてそれを自分で演じる事が出来なければ技術委員に入ることは出来ません。だから組織がそれを必要とするチャンスにその力を私が持っていたと言う事になります。でもやはりそこに運を感じるし運命を感じます。これからもしっかり努力して力を蓄え、自分を必要とするチャンスに備えたいと思います。最後に妻に言われた一言を書いておきます。「決勝戦の審判もして、主審もするんだから、そうとう出世したのに、審判を呼び出す係もいまだにやってるんだね。あなたらしいね。」
次男はなかなか可愛いところがあります。妻と次男が話しているのを聞いていると「ママと同じ時代に生まれてたら、僕はママと結婚してたな!」「ママみたいにカワイイ人と結婚したいな!」と次男が言っていました。お世辞でもそんな事を言われたら嬉しいだろうと思います。将来はお寿司屋さんかラーメン屋さんになりたいと言っているので、お客さんに愛想が良くてお客さんに愛される定員さんになって欲しいと思います。味と人の良さでお客さんの心を和やかに楽しませて欲しいと思います。
今日は勤労感謝の日ですが、朝7時30分に起きました。雨が降っているので次男と8時29分のバスに乗って蒲田駅まで行き、そこから電車で大森道場へ行きました。9時過ぎに道場へ到着し呼吸法とストレッチを行いながら生徒を待ち10時から12時まで23名の道場生と稽古をしました。稽古後急いで電車に乗り、藤沢にある新堀ギター音楽院へ長男が出演するギターの発表会へ行きました。長男はトップバッターで登場し格好良くギターを引いていました。長男はどんな景色を見ているのだろう?どんな気持ちなのだろう?と思いながら演奏を見ていました。いつもはダメなところだらけの長男ですが、ギターを引いている姿は少し大人っぽく見えてとてもカッコイイです。私も度胸を決めれば、どれだけ人が多かろうと人前で何かを披露するのは嫌いではないのですし、時には楽しめる事もあるので、長男もその私の血は引いているのかも知れません。発表会後に長男に「緊張した?」と聞いたら、長男は「少しね!」と言っていたので、私より度胸はあるようです。頑張って夢を叶えて欲しいと思います。
自分でも自分の身体の変化には気がついていましたが、2022国際親善大会と第54回全日本空手道選手権大会でお会いした支部長に「現役時代みたいな身体になったね!」とか「凄い身体だね!」と言っていただけると自分の身体の変化に改めて気付くことが出来ます。45歳から本格的にトレーニングを再開したので約5年ですが、頑張って来て良かったなと本当に思います。
東京体育館第一会議室で全国支部長会議がありました。各委員会から1年の活動報告が発表されたり、1年間の活動の反省点や改善点に対する意見を出し合ったりととても有意義な会議となりました。今現在、空手界は、極真を勝手に名乗る団体や、小さな団体が無秩序にくっついたり離れたりして競技会を開いたりしていたりします。武道を名乗っている人達が礼儀も規律も守れずに所属している団体に不義理をして、自分の利益のために自分の都合の良い団体にくっついたり離れたりしている道場がたくさんあります。それこそどこの誰に空手を習ってどんな団体のどんな規模の大会で実績を作ったのかも分からない人達が道場を作り大きな競技団体に加盟しその名前で道場を宣伝していたりします。大山倍達総裁が創設された団体は国際空手道連盟極真会館です。大山倍達総裁が後継者に選んだのは松井章奎館長です。私はその団体で道場を出していると言う誇りと自負を持っています。そして国際空手道連盟極真会館は100年後にも必ず誰かが引き継いで今の規模を維持して活動していると思います。本物は必ず残ります。利益だけを追求したり、流行を追いかけているような団体は一時は輝いているように見えても20年後には消滅していると思います。そうなれば残念ですが、そこで活躍した選手の名前も団体と共に忘れられてしまいます。その団体が残っていればこそ、そこで活躍した選手の名前もじっせきも残って行きます。国際空手道連盟極真会館はこれからも必ず発展して行くと確信しています。そうなるように私も命を賭けて活動して行きます。
第54回全日本空手道選手権大会が終わりました。数年ぶりの有観客の東京体育館でした。やっぱり極真会館の全日本空手道選手権大会は東京体育館が良いですね。私も31年前からほぼ毎年来ている場所なので、正しく聖地です。とても素晴らしい戦いがたくさんあり素晴らしい大会でした。私は今回も第一試合の主審でした。選手も命を賭けて頑張っているのだから私も良いジャッジをしよう、大会を良くしようと思いとても緊張しました。第一試合の主審が1番緊張します。私は1回戦5試合、4回戦8試合を主審しました。4回戦8試合は1番多く審判をするので試合場の上に40分以上いました。それと今回は初めて決勝戦の副審に入りました。男子女子の決勝戦を特等席で観れたので、これは審判の特権だと思いました。そして私の道場生にもあの試合場に立たせてあげたいと心から思いました。今回の全日本空手道選手権大会では行われませんでしたが2日目の決勝日に残ったベスト32の選手は開会式で1人ずつ試合場の真中で選手紹介をされます。私は人生でその場所に2回立ちました。1度目は私が27歳の2000年に行われた第32回全日本空手道選手権大会でした。私は試合場の真中に立った時に、自分が18歳の時に第5回全世界空手道選手権大会を観た2階観客席が目に這入りました。あの時はあの場所からいつかこの場所に立ちたいとこの場所を見ていた、でも今自分はその場所に立つ事が出来たんだと思いとても感動しました。2回目は私が33歳の2006年に行われた第38回全日本空手道選手権大会でした。その時はもう次の年の世界大会での引退を決めていたので、この場所からこの景色を見るのは人生最後かもしれないから、一生消えないように目に焼き付けよう!でも頑張って来年の世界大会でこの場所からこの景色を見るぞ、と思いました。ですが、その10年後の私が43歳の2016年に行われた第48回全日本空手道選手権大会で第一試合の主審をし、試合場の真中に立ち、またこの景色を見る事が出来たと思いました。私の人生は極真空手と共にあったと言って良いと思います。私の感動は極真空手と共にあったと言って良いと思います。
2022国際親善大会でした。東京城南京浜支部からは馮旭、今野頼、松井真生、紫牟田芽生、馮瞭、小枝怜生、菅野陽生、小枝蕗生、今野讓、菅駿斗、三尾理音、大野陽丘の12名が出場しました。馮瞭が準優勝、馮瞭、小枝怜生、三尾理音がベストエイトであと一息でした。みんな良く頑張りました。この経験を絶対に無駄にしないで次に繋げて頑張って欲しいと思います。第10コートのスタッフとして働いてくれた、松村俊輔、長恵里花、岸之上侑正の3人には本当に感謝しています。
朝のトレーニングをしてから東京体育館で行われた国際親善大会と全日本空手道選手権大会の審判講習会に参加しましました。自分の提案した事が認められたのでとても充実した審判講習会でした。私は審判講習会や全国支部長会議で自分の意見や提案をしない事はあまりありません。組織の事を考えて真剣に活動していれば、気が付く事はたくさんありますし、組織をもっと良くしたいと真剣に思って活動していれば、提案したい事もたくさんあるはずです。私は私を育ててくれたこの極真会館という組織を愛しています。この組織のために命をかけたいと思っています。これからも組織を良くする提案をどんどんしていきたいと思います。
自分の身体を鍛える事で自分の心や魂を鍛えています。人間の心と身体と魂はとても密接に繋がっています。自分の身体を通して自分の心を知る事が出来ます。魂は自分の中にある命の原動力のような物だと私は思っています。私は魂を鍛える事も出来ると思っています。魂の爆発が人間の生きる力を作り出します。魂の火を燃やす事が大切です。その魂の火に薪やガソリンを加える事が大切です。その魂を燃やす火の薪やガソリンの役をする物は、感動だと私は思っています。だから私は常に自分に感動を与えるようにしています。映画を観る、本を読む、漫画を読む、アニメを見る、音楽を聴く、人とお酒を飲んで楽しむ、子供達の試合や発表会を見る、それは全て私に感動を与え、私の魂の火を燃やしてくれます。そして感動を情熱に変え、その力で身体を動かし心を鍛えて、そして魂をさらに強くします。死ぬまで自分を鍛えて行く事でこの魂と命と身体と心を使い切りたいと思っています。
最近、はまっている物を書きます。「チェンソーマン」「チ。」「BLEACH」「ハンター✕ハンター」「シコふんじゃった」「呪術廻戦」「ワンピース」1週間の楽しみがたくさんあるのでとても充実した1週間を過ごせています。子供達はワンピースのゲームとワンピースにハマっているようです。朝早起きしてワンピースのゲームをやっています。朝早起きして勉強したり、ランニングや補強をやってくれたら嬉しいのですが、それは強制する事ではないので、いつかヤル気が出るのを待ちたいと思います。
11月も今日で半分が終わります。大鷲神社に参拝し道場の神棚の榊、米、塩、酒、水を変えて礼をして、大山倍達座右の銘11箇条を唱和して、道場のトイレを掃除してから朝の稽古に入りました。今日のトレーニングは腕でした。今日から新しいメニューでトレーニングをしました。とても新鮮な刺激があり、腕がパンパンになりました。今日も頑張って稽古できました。生きてるなって感覚をしっかりと感じることが出来ました。
ついに「チ。」と言う漫画を読んでいます。ついにと言うのはこの作品は前から凄く気になっていて読みたいと思っていたのですが、読む本が溜まっていて、やっとこの作品を読む事が出来た感じです。第1集を読み終えて、とても感動してしまいました。とても感動した言葉を紹介したいと思います。「フルベルトさんは死んで消えた。でもあの人のくれた感動は今も消えない。多分感動は寿命の長さより大切なものだと思う。ーだからこの場は、僕の命にかえてでも、この感動を生き残らす。」 自分が本当に素晴らしいと思った物を、自分が本当に信じた物を、自分が本当に感動した物を次の人達に繋いで、次の世の中に残して行く事が出来る、人間という生き物に私は感動しています。そんな事になら自分の命をかける事が出来ると思います。
隆の湯と言う銭湯のサウナが凄いです。00分、20分、40分にミュージックロウリュと言うのがあって、音楽が流れるとともに罰ゲームのような熱さになります。私は初めて入った時はそんなに熱くなるとは知らなかったので、タオルを頭に巻いたりなどしていなかったので耳が真っ赤になり火傷のような感じになってしまいました。今回はしっかり頭にタオルを巻いて入りました。そしてミュージックロウリュの時間になりました。流れて来た音楽は久保田利伸之「 LA・LA・LA LOVE SONG」でした。私の前に座っていたお兄さんは凄くノリノリで「まわれまわれメリーゴーランド〜」と音楽に合わせて身体を揺すっていました。私はこれから来る熱さに備えてタオルで耳まで隠し、手を太腿の下に隠し身を丸めるようにしていました。なのでそのお兄さんを見て「おースゲー余裕だなー!熱さに強いのかなー!」と思って見ていました。「wanna make love wanna make love song Hey baby」のあたりまで順調にノリノリでした。ですが、「どしゃ降りの雨を待っで街にくりだそう」の所で動きが止まって着ました。「あーやっぱりかー?」と少し思って見ていたら、「まっぴらと横向いて、本音はうらはら」のあたりで完全に様子がおかしくなりはじめました。「うわーしんどそうだなー!」と思っていたら、「めぐりあえた奇跡が」の所でお兄さんには逃げるようにサウナから出て言ってしまいました。私は「やっぱり知らなかったのかー」と思い、そのお兄さんには申し訳ないのですが、最初のノリノリだっのを思いだし少し笑ってしまいました。私も初めて入った時はその熱さにびっくりしてしまいました。でも熱くて出たと思われたらカッコ悪いと思い音楽が終わるまで熱さに耐えるために身を小さくして歯を食いしばって頑張って耐え、音楽が終わるとすぐに水風呂に入りました。本当に火傷するような熱さでした。私も初めての時はその熱さが分からなかったので、音楽を気持よく聴いていました。その時の自分を思い出し、そのお兄さんを見て少し可笑しくなってしまいました。自分ってちょっと意地悪だなって思いました。でも今、そのお兄さんのノリノリの姿からサウナから逃げるように出ていく姿を思い出しても、申し訳ないのですが、少しクスッと笑ってしまいます。
劉慈欣の「三体」を読み終わりました。1巻、2の上下巻、3の上下巻なので結構長かったです。予測出来ない終わり方で衝撃を受けてしまいました。その流れで劉慈欣の作品ではないのですが今は「三体x」を読んでいます
私がずっと続けている健康法があります。1つは朝と夜にアスコルビン酸と黒酢を飲む事です。私が風邪を引かないのはアスコルビン酸のおかげだと思っています。黒酢は血圧と疲労回復のために飲んでいます。それと朝のストレッチと呼吸法とトレーニングと夜の入浴です。これで健康な身体とストレスのない清い心を保っています。
自分のペースでなら型を打つ事が出来るようになりました。もう少しで完全復活出来そうです。でも動けるようになってからが再断裂の危険が高くなるので、そこは気を付けて稽古して行きたいと思います。12月から朝の稽古を始めようと思います。何とか今年のツケを今年中に決着を付ける事が出来そうです。私の体重は今93キロです。でも今日スーツを着てみたら、以前は85キロでピッタリだったズボンのウエストが93キロでピッタリでした。そして炭水化物も毎日摂っていますし、稽古以外の有酸素運動もしていません。体質と体型をしっかり変える事が出来たようです。確かに自分で鏡を見ても自分のお腹周りのシルエットがスッキリしたように見えますし、柔軟体操をしてもお腹が邪魔ではありません。この体質にしてしまえばたまに有酸素運動や炭水化物を抜けばスッと体重が落ちると思います。まだまだ右足のアキレス腱に不安はありますが、この勢いを保ちつつ怪我に気を付けて頑張ろうと思います。
「人生最悪だ!」と言うような悔しさを味わって泣いた事があります。その時は本気で、その出来事を人生最悪だと思いましたし、自分って本当にダメな奴だと思い、自分が本当に嫌になり、自分に対して本気で失望しました。でもその頃の自分を今思い出すとその頃の自分は本当にカッコ良かったなと思います。悔しくて泣けるのは本気だったからです。悔しくて涙が出るほど一つの事に本気で頑張っていた自分を今は誇りに思います。そして悔しくて涙が出るほど何かに頑張ったなんて瞬間は人生の中でそんなに何度もある事ではありません。だからその事を今はとても愛おしく思います。それは究極的な青春でした。本気の青春でした。真剣な青春でした。かけがえのないとても大切な青春でした。悔しくて涙が出た瞬間が本当の戦いの始まりです。2014年8月24日に行われた極真祭で型競技に始めて挑戦して予選敗退した時に私は悔しくて涙を流しました。41歳で悔しい事で涙を流す人はなかなかいないかもしれません。でもその涙がその5年後の8月24日に行われた極真祭の型競技大会では優勝し嬉し涙になっていました。46歳でも本気で何かを頑張れば本気の青春を味わう事が出来ます。これからも私は挑戦して行きます。悔しくも嬉しくも本気の涙を流せる人間でいたいと思います。死ぬまで本気で生きて行きたいと思っています。
長男が小さな嘘をつきました。長男は友達と一緒に大黒ふ頭パーキングに車を見に連れて行ってもらったのですが、長男は私と妻を驚かせたいからか?白いGTRに乗っていた人が見てる人にカッコつけようとエンジンをふかしまくっていたら、エンジンから煙を出して壊れてしまったお話しをしました。私と妻が驚く度に白い煙がプシューと出て来て!とかその運転手が凄く焦っていた!とかどんどん話が膨らんで行きました。そしてそれはそれで終わり後日、妻が長男を一緒に車を見に連れて行ってくれた方に会ってその話をすると、そんな事は無かった事が分かりました。まあ誰にも迷惑はかけていないし、一生懸命に話を考えて私達を驚かせようとしたのだから良いけれど、あまり嘘を付くと人に信用されなくなるから気を付けるように言いました。まあでも人を幸せにする嘘なら良いのかな?と私個人は思います。そして嘘は付いたなりにその嘘を誠にしようとするので「海賊王に俺はなる!」とか「宇宙人はいる!」とか自分や人を笑かせたり、人に夢や希望を与えたり、人を勇気付ける嘘なら、それはそれで良いのかな?と思います。
私は私に生まれたが故に私の人生を生きて来た訳です。私がもしトム・クルーズに生まれていれば、トム・クルーズの人生を私が生きたのかもしれません。私も十代の時には何故、自分は自分に生まれたのだろう?何故、自分はトム・クルーズに生まれなかったのだろう?そんな馬鹿な事をどうにもならない事を真剣に思ったものです。でも私は自分の生き方を自分で見つけました。自分の心地よい場所を自分で見つけました。頑張って生きて行けばどんな人にも自分の生き方や自分の心地よい場所を見つける事が出来ると思います。自分の人生は自分の物なのだから自分で自分の生き方を決めるべきですし、自分が心地よい場所を自分で見つけて生きて行けば良いと思います。
50歳を目前にしているせいなのか?今までの人生を振返る事が多くなりました。私はまだ死ぬ予定もありませんし、長生きしたいと思っているので、こんな事を書くのも何ですが、私がこの世にまた自分として生まれて来るならば必ず極真空手をやりたいと思います。何故ならば私はたぶん極真空手しか出来ないと思うからです。私が毎日スーツを来て仕事をしている姿は想像出来ませんし、秒単位でスケジュールをこなすなんて想像出来ません。考えてみれば何で極真空手を今まで頑張って来れたのか?と言ったら、極真空手は私がこの世でやっと見つけた本当に自分がやりたい事だったし、極真空手以外にはやりたい事はないし、極真空手以外に自分がやれる事はないし、極真空手以外にこの世で自分を生かす方法が私には見つからないからです。もし自分ではない人間に生まれていたら私は極真空手をやってはいないと思います。もし私が頭が良かったり、モデルのようにカッコイイ顔だったり、歌が上手かったりしたら、私は違う生き方をしていたかもしれません。私が私に生まれたから極真空手を今まで続けてくる事が出来たのだと思います。だから自分に生まれて来て本当に良かったと思っています。だから私を生んでくれた両親には本当に感謝しています。
毎日、肩のストレッチをし肩の動きが良くなるようにし、ローテーターカフの肩の細い筋肉をしっかり鍛えています。それをやるようにしてから、肩の状態がとても良くなり、ベンチプレスやパックプレスなどのプレス系のトレーニングが出来るようになりました。たぶん肩と言うより、トレーニングで背中の筋肉がしっかりして来た事が肩の悪い所を助けてくれるようになり、肩の状態が良くなったのだと思います。50歳を前にして前より身体が良くなるなんて本当に奇跡です。毎日何かをコツコツと頑張れば奇跡は起きるものです。
ベンチプレスの記録がどんどん伸びています。ベンチプレスが出来るようになったのが9月の半ば過ぎで100キロを1回、70キロを10回を1セット出来るところから始まりましたが、先週82.5キロを10回×3セット出来るようになったので、今は85キロでセットを組んでいます。100キロ10回×3セットも夢ではないなと思っています。それが出来れば27歳当時の記録も夢ではないです。私の27歳の時に上げたMAXは170キロで130キロでセットを組んでいました。なかなか化物だったなと思います。またあの頃の自分になって見せます
今日は休日ですが稽古をしました。8時45分に道場に着き、道場の神前の榊の水を変えてれいをして着替えて、9時から上半身のストレッチをし、火の呼吸、逆腹式、三戦で息吹、立禅、鉄騎を行い、下半身のストレッチに入り、そのあたりで生徒が来始めたので、来た生徒から私とストレッチを行い、10時から稽古を開始しました。基本稽古を全部30本、ステップワークと前後左右の動きと方向転換の動きを稽古し、スパーリングでは突きと下段廻し蹴りの受け、受けから返しを稽古し、組手を行います稽古を終了し、私はジムへウエイトトレーニングをしに行きました。約1時間30分、下半身のトレーニングを行いました。家に帰り少し休憩をし、1時間半身浴をしました。休みの日でも稽古をすると言うより、休みだからこそ稽古をしたいです。今日も頑張りました。
私の身体はある意味で言えばボロボロです。右膝は2度手術しましたし、左膝の内側側副靱帯も損傷しましたし、右足のアキレス腱を断裂し、脊髄にはヘルニアの箇所と脊柱間狭窄症の箇所があり、股関節も良くありません。空手を始めて35年になろうとしていますし、15歳から34歳までは試合に出場していたので、19年間は本当に身体を酷使し無理な稽古をして来たので、それは身体もボロボロになろうと言うものです。今の私は現役時代に得意だった技はほとんど出来ません。だから私は新しい自分の組手を作っています。今の自分の身体で出来る事を組み立て、自分にしか出来ない新しい自分の組手を作ろうと取り組んでいます。それもとても楽しい作業です。それが完成したら、自分は達人になっちゃうかも?って思っています。そんな事を考えて稽古している時間は最高に楽しいです。
長男も次男も頑張って腕立て伏せを続けています。回数にも変化がしっかり出ています。二人とも何か感じてくれているみたいです。頑張って1年続ければ身体も見違えると思います。
kanno
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