後悔日誌
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2002年01月28日(月) 芥子蓮根


おはよーございます。
航海が始まり一晩が明けました。
荒れた海面もスタビライザのおかげで快適に進んでいます。
いよいようねりも収まってまいりました。


長崎…何度行っても味わいのある町です。
路面電車を横目に散歩を楽しみ、焼酎に溺れて夜を越す。
餃子にちゃんぽんに豚骨ラーメン、おでんなどなど。
挙げたらきりがありません。


さて、そんなある日。
酒の肴を求めて土砂降りの雨の中買い物に行きました。


…芥子蓮根(からしれんこん)、食べたいよナァ。
長崎というより熊本の珍味になるのだろうけどあの蓮根と穴に詰まった芥子の香りが
妙にマッチして絶妙です。ひとつ位欲しいな、と思ったけど売っていないんです。
デパートの地下にもないし、惣菜屋みたいなとこはもう閉まってたし。
結局、スーパーで日持ちするハムとかチーズを買ってとっとと飲み屋に行きました。
(ちなみに、あとから聞いた話だけど、昔は長崎でもいっぱい売ってたそうですが、
食中毒があって、それ以来あまり見かけなくなったということです。)





ところが!





あるところにはあるんです。
しっかりMY上司、入手してました。(しかも長崎で。)
まことに恐れ入ります。
と、同時に大変な苦労をしたんだろうなってちょっと同情。
ぜひとも食べたいとこですが、残念ながら仕事時間が違うので今回は見送りです。
涙もんです。


この幸せに預かったのは、新人君でした。



いいよなぁ、新人くん…。









準備するまでは…。











MY上司は目が点になったそうです。











芥子蓮根、かわいそうな姿でした。


















もろ縦切り。


















斬新な芥子蓮根で…。

っていうか、普通は輪切りでしょ!!

これじゃ、ただの蓮根じゃん。

こっちのは芥子まみれになってるし。







新人くん、切り終わってから気付いたそうです。








もう、遅いよ。(ボソッ)









とってもスリリングな食べ物ですよね。
芥子蓮根。





笑いすぎて腹が痛いです。



2002年01月26日(土) 携帯電話


コンバンワ、カズキチャンです。
実は今、携帯変えようかななんて悩んでます。

ドコモに尽くして早5年…。
随分大きな企業になってくれました。
でも最近よく思います。
ドコモは小回り効かないな、ってね。

東京湾の中、電波悪すぎ。
それと通話料金。
もっと安くしてくれればナァ…。

かくしてJ−PHONEの話をしていたのであった。



J−PHONEっていったらやっぱり写メールらしい。





友>この機種は4万だけど、11万のもあるよ。




かずき>ふーん、結構凄いんだな。。。 




友>今度30万のも出るんだって!




かずき>(」゜ロ゜)」 ナント 30万!?




かずき>いくらなんでも…





かずき>高すぎない?…
















友>は?画素数だよ。











かずき>Σ(ノ°▽°)ノハウッ!









最近は安くなってきてて知り合いが買ったその機種も相当に安いらしい。
電話なのに画素数の話するなんて、思わなかったっちゃ。

おしまい



2002年01月23日(水) 普賢岳


長崎駅からバスで2時間。
雲仙の温泉街に到着した。

標高700mの町だけあってさすがに寒い。
朝は雪がちらつくほどで、車道にも残雪が…これが九州なのか、と感じた一瞬。
無謀?なんだろうか。
早い昼食を済ますと山へと向かった。

山道は真っ白で、道端には見事な樹氷がずらり。
冷たい山道を黙々と登り仁田峠へ。
本当はここまではバスが運行しているのだがチェーン規制で運休だったんだよね。
大きな駐車場もガラガラに空いていた。

さて、目を引く看板。
この先は危険です。十分な装備で…ってやつだ。
既に気温は氷点下。風はないが、山頂の方面はガスってて全く見えない。
まあ、とにかくロープウェイの山頂駅を歩いて目指した。
足跡はひとつもなく、雪は深い。

雲仙の山はいくつかの山が集まって形成される複合の火山だ。
噴火前までは一番高かった普賢岳(1359m)、ロープウェイもあり気軽に楽しめる妙見岳(1333m)、そして国見岳(1347m)。
他にもいくつかピークはあるが、とりわけ迫力あるのが先の噴火で出来た平成新山(1486m)の溶岩ドームだ。
普賢岳の中腹が噴火してもっと高い山を形成したと…自然の力は驚異的だ。
ちなみに平成新山はまだ危険なので入山禁止である。

霧、雪、高低差、いろいろな条件の中、前へ進む。
ロープウェイの山頂駅から少し進んだ所には妙見神社があり、安全を祈願した。
脇には再び警告の看板が…。

雪道の下りは怖い。
足がどこまで入ってくかわからないし、たまに溝が掘ってあったりして危ない。
登った分、また降りて、そして普賢岳へ。
驚いた事に、別ルートから足跡発見。
さんざんバージンロードなんて騒いで歩いてたのに戦意消失気味。

とはいえ、残すところ300mか。(高さでね)
急斜面の登りも足取りは軽い。

頂上手前…前のグループに追いついた。
老夫婦が二人、よくやるもんだな…と、感心した。

頂上へは一番乗り。
1359mのピークはさすがに風も強く、あちこち凍っている。
気温はマイナス5.5度、ガスが抜けたところは絶景だ。

平成新山のピークもガスの中から姿を現した。
なんともいえない感動。
ここまで来て良かったな、と正直に思えた。
しばし時間も忘れたが、ピークは狭く、断崖絶壁。
落ちたら大変なのでお別れした。

下山後、雲仙の温泉で疲れを癒し、地ビールを味わう。

こんなにうまくいっちゃう日も珍しい。
困ったのは帰りのバス内だけだったかも。

トイレに行きたい…。



2002年01月21日(月) 超低気圧


超低気圧っていうと、夏場の台風が有名だけど。
今回のは冬の台風みたいなやつだったね。

沖に泊まってるのに、まるで航海中のような揺れに悩まされるのなんの。
ひどい人なんか酔っちゃう位、揺れてた。
うねりが4m位で入ってくるし、風は瞬間で20m越しちゃう。

こんなとき船は目一杯、錨鎖(びょうさ:名前の如しで、錨のつながった鎖の事です)を伸ばします。(出すってことだよ。)
風が吹けば伸ばすし、弱くなれば絡まらないように巻き上げるし。
結構忙しいのです。
で、この低気圧。いたずらもんで風が強くなったり弱くなったりして大変でした。
さらに強いときはシコタマ強いので、こうなるとエンジンの準備も必要になる。
船の中は、その都度あーでもない。こーでもない。と忙しくなります。

こんなことなら港入っててくれよ、なんて恨むのもつかの間。
日本各地で被害が出てることを知り、反省しました。

飛行機欠航、新幹線運休…etc
ずいぶん立派なやつだったんだね。



2002年01月20日(日) 屋久島


島巡りに尽きたこの航海もいよいよ終わろうとしている。
屋久島の手前辺りで海は再び荒れ始めた。

九州沿岸なら少しはましになると思ったが収まる気配はない。
坊の岬を過ぎ、一路、長崎へ向かう。
典型的な冬の空。
鉛色の雲だ。

毎日の寝不足のせいだろうか。
いくつか出来た口内炎に食事の度に悩まされている。
なんだか焦って果物食べてみたりするが余計に痛い。
たまには10時間位寝てみたいもんだ。

船は長崎の沖に仮泊した。
三菱造船の門型クレーンが窓の外に見える。
ああ、長崎に着いたナァ。
安堵した。



2002年01月19日(土) 沖大東島


沖大東島を過ぎた。
平坦な小さな島。火山列島のような迫力は全くない。
残念な事に雨が降ってしまい、なんだか重苦しい雰囲気だ。


昨晩は対照的に綺麗だったのにな。
夕方、甲板の上を走っていたときに足を止めてしまった夕焼け。
まだら雲が白からうっすらしたオレンジに変わり、最後は真っ赤に染まっていった。
太陽は丸いまま水平線に落ちていくし、見上げればまだ小さい三日月が光ってた。
空は徐々に暗くなって、そして私も仕事についたっけ。

仕事からあがって空を見上げれば満天の星空。
てっぺんにオリオン座、北斗七星は水平線の上に突っ立ってた。
夢中になって星を追っかけた。
赤い星、青い星、そして流れ星。
寝酒と共に床についた。


沖大東島を過ぎて数時間後、北大東島と南大東島を抜けた。
携帯電話の電波が入るのでちょこっと嬉しかった。







2002年01月18日(金) 沖ノ鳥島


無風、凪の海。
鏡のような海面と、雲ひとつない青空。

見渡す限りの大海原を快調に進む。
あれほど時化ていた海が嘘のようにおとなしい。

程なくして沖ノ鳥島沖にやってきた。

沖ノ鳥島は日本の最南端である。
島はほとんど海に沈んでいて、なんとか櫓(やぐら)のような構造物で場所を示している。
もし、島が沈んでしまったら大変な事になる。日本の領地は縮小せざるを得ない。
昔、社会の教科書で見た事があったな、なんて遠い記憶を探った。

それにしてもなんて小さく、お粗末な櫓だろう。
あっという間に視界から消えていった。

気温は26度。
夏の日差しの中、船は進む。







2002年01月17日(木) 南硫黄島


一夜明け、青空が帰ってきた。
船外は暖かく、夏の陽気である。
もちろん船内は冷房を開始した。

寝ているうちに北硫黄島を過ぎ、ちょうど朝飯を食べ終わった頃に南硫黄島を航過した。
南硫黄島は急勾配な山の島で、とてもここに住もうなんて思えない。
火山列島はけっこうこんな形が多い。海に山が生えているみたいだ。
奇妙な景色を楽しみながら船は進む。

波はまだ高く、海の色はまだ濃い。
でも、どことなく遠洋らしい深い青色に懐かしさが込み上げる。

今夜は南十字星を探してみることにしよう。







2002年01月16日(水) 孀婦岩


東京を出て一昼夜。
スミス島を過ぎた。

スミス島…東京都の小さな島。
漢字で書くと須美寿島となる。
伊豆諸島の南の果てのあたり。
もうひとつ南には鳥島なんてのもあるけど…。
珍しい名前だったのでちょっと紹介。


ところで孀婦岩って知ってる?
実は小笠原諸島に向かう際に見る事の出来る奇岩だ。

水深1500mの海の中に突然、塔のように岩がそびえたつ。
岩の高さは約100m。周囲には何もなく、見渡す限り海の中で一際目立つ。
昔の人が、未亡人の後姿に見立てこんな名前を付けたそうだ。

海は荒れている。
西高東低になりつつある天気図には南北に二つの閉塞前線が並んでいる。
南の海はGW(ゲールワーニング:風力階級7以上、強風注意)の表示が重苦しい。
船は木の葉のように舞う。ときおり大きな振動がくると新入りがうめき、ひっくり返る。

疲れる。
揺れない船に乗りたい…。







2002年01月12日(土) 酒量


酒の量が落ちた。
何故だか分からないがすぐに酔っ払う。
とかく疲れのせいとか、歳のせいとか言われるけど、どうも納得がいかない。
お金がかからなくていいんだけどね。

午後10時、仕事を終えシャワーへ。
10時30分頃からビールを飲み始める。
11時ちょっと前に焼酎に切り替え。
そして、焼酎をコップに一杯飲んだところで頭の中が揺れ始める。

こんな筈じゃないんだけど。

おかしいナァ。



2002年01月10日(木) 東京湾仮泊


2002年の航海が始まった。
東京港を出て、真っ先に来たのは東京湾である。
ここに錨を入れ、5日間ほど整備をすることになった。

東京湾は大きい。
ちょうど真ん中にいるせいもあって景色は全周にわたる。
横浜方面から川崎、羽田空港、そして東京。
夜なんか羽田空港はオレンジ色のランプが並んでいて綺麗だ。
東京を過ぎると浦安から千葉方面へ、そして木更津。
木更津と横浜の真ん中の海の上にはアクアラインの通風口がヨットのように見える。
ビルが立ち並ぶ景色の中でディスニーランドの山だけが原始的な姿で目立っている。

ずっと見ていると海というより湖に住んでいる気がしてくる。


次の港は長崎港。
硫黄島、沖ノ鳥島を経由していくので結構な航海になるだろう。
またあの深い青色の海が見れることに心は躍る。
願わくば、凪の海に会いたい。



2002年01月08日(火) 芦ノ湖


コンニチハ!
今日は関東近辺のお勧めスポットとして芦ノ湖の紹介をしたいと思います。
芦ノ湖…箱根駅伝のゴールって書いたら分かりやすいかな。

実は元旦に行ってきたんです。(体験談)

そもそも何で箱根に行ったかというのは聞かないで下さい。
ちょっくら訳あって、ガイドさん(というのも大袈裟ですが)を勤めました。
手中に預かるのは54人のアジア人。
これだけでも冷や冷やです。
あ、ちなみに本職のバス運転手&ガイドさんも当然いたことを付け加えておきます。
(かずきちゃん←普通免許しか持っていない)

さて東京を出て一路、芦ノ湖へ向かったわけですが、やはり綺麗ですね。富士山。
東名高速を快調に流していると段々大きくなってきました。
もう完全な冬の姿。頂上は真っ白に覆われていてとても綺麗です。
アジア人達、写真取りまくりで大騒ぎです。
しかも海老名サービスエリアの公衆電話、全部占領してました。(横一列に10台ある)
おい、トイレ休憩だぞ。国に電話しないでくれよ…。

御殿場インターを降り、箱根の山登りが始まると富士山はさようなら。
色々な会社の保養所をいくつも通過して念願の芦ノ湖へ着きました。

私だったら間違いなく足を伸ばし、大涌谷(おおわくだに:火山地帯の観光地です)に行き、
外側が真っ黒になってる温泉卵を頂くところですが今日は団体行動です。
泣く泣く諦めて遊覧船の時間を待ちます。
ところが遊覧船、一時間に一本しかない。
なかなか来ないもんですね。芯まで冷えちゃいました。

で、ようやく来たのは海賊風な遊覧船。
ちゃっかり一等と二等客室があって差別化が図られている。
記憶に新しいところに映画「タイタニック」があると思うけどまさにそんな感じ。

二等客室からは一等客室には行けない…。

向こうはのんびりと座りながら景色を楽しむ老夫婦や、初々しいカップル。
こっちは座るとこもなくなって、風が吹きっさらしのデッキで立ち往生。
それにしてもデッキまで格差があるなんて、遊覧船バカにできません。
映画みたいに出会いは…当然ありませんよ。(笑)

しかし、遊覧船。人気あるんですね。
思った以上に外人さんの人手も多く、二等客室はまるで密入国船さながらです。
拿捕(だほ)されないかとても心配でした。

航海は無事に終わり対岸の発着場へ…。
ちょうど、箱根駅伝の準備で中継車なんかが集結しているところでした。
昼食をとって、東京へ…。

え?たったのそれだけかよ、って思うでしょ。
それだけだったんです…。



2002年01月05日(土) はてな亭


秋葉原は大賑わいだ。
新年を迎えて各所でセールを行っている。
すっかりパソコン街になってしまった秋葉原を眺めながら昔を思い出す。

たった10年前だが、当時はパソコンというより家電がメインだった。
携帯電話なんか無かったし、ミニコンポなんかが誇らしげに並んでいた。
ちょっと裏へ入れば専門店が立ち並び、部品を求める人が彷徨っていた。
そんな所だった。

秋葉原が動いている。
駅前再開発に向けあちこちで工事が開始されている。
馴染みのラーメン屋や食堂が姿を消していた。
あるべき所に食堂はなく、肩透かしをくらったような気がした。
途方に暮れて、しばらく歩きまわったあと、JR秋葉原駅昭和通り側出口に程なく近い怪しげな食堂へ入った。

「はてな亭」

細い入り口から地下への階段を恐る恐る下った。
間接照明の暗い店内に民俗音楽が流れている。
店内は結構広く、厨房も立派にかまえていた。

メニューはさすがに不思議なものが多い。
アジアンキッチンだけにタイ、ベトナム、インドネシアあたりのメニューが多いが、とりわけ目を惹いたのがラーメンサラダ。
不思議な気持ちでひとつ注文。
冷やし中華というか、冷麺というか、まあ歯ごたえのいいサラダだ。
辛くてビールが一気に空になる。

お次は石焼ご飯。結構な量があって食べ応え抜群。
石焼ビビンバを食べたことある人ならわかるでしょ。
カリカリのお焦げ。キムチがからんでこれもまた良し。

最後は餃子。スープに入ってくるとは思わなかったけど締めの一品にはいいかも。
他にもたくさんあるのだが、まあこれはそのうち征服していくことにしよう。

とかく、買い物だけが優先される秋葉原。
秋葉原グルメの開拓はまだ始まったばかりである。



2002年01月03日(木) 大国魂神社


武蔵の国の大国魂神社。
いわゆる東京五大社のひとつで、あの靖国神社や明治神宮なんかと肩を並べる立派な神社である。
そこへ今年もお参りに行った。

今年は愛子様が生まれたからか、はたまたテロの影響で海外に行かない人が多かったのか…。
4日が仕事日だからかもしれないね、とにかくもの凄い人手に参った。

参拝するにも行列。
おみくじも行列。
お守り買うのも行列。
そういやぁ、駐車場も行列だったナァ…。

日が暮れる頃にはすっかり疲れて果てた。
冷たいもんでも飲みたかったけど、お金がナイ。
年末年始は銀行休みだったんだよね。

結局、寝正月。



2002年01月02日(水) 都バス


正月の当番が終わり、船をあとにした。
いつもは車でごったがえす道に車はなく、バスは三車線を使って優雅に走る。
流れる景色に動きはない。
年末の修羅場を越した倉庫たちは静かに眠っているし、ビルも静まり返っている。

築地市場を過ぎたあたりで少しづつ色を取り戻し始めた。
右手に見える歌舞伎座、大きな謹賀新年の垂れ幕が新年らしい。
銀座の交差点まで来るといよいよ人の流れが見え始めた。
両手に抱えた赤い袋が色とりどりに写る。
暮れとは違う、新年の景色だ。

再度、静まり返ったオフィス街を抜けて東京駅へ到着した。
どなた様もお忘れ物の無いようにお降り下さい。



2002年01月01日(火) 汽笛


かずきちゃんです。明けましておめでとうございます。
今年もどうぞご愛読をお願いします。(笑)

さて、また船の上で年越ししちゃいました。
年越しに何してるか…ってのは秘密として(想像通りです。)
今日は正しい新年の迎え方。でしたね。



�,泙最�が明けそうになると船橋へ行く。
 船橋←船を操縦している所です。スミス船長とかブライト艦長がいるとこです。
 (↑ちなみに”せんきょう”と読んでくださいな。)



�∪騎里併�計を見つめる。
 ちゃんと(無線で)整合しているから大丈夫!



��0時ジャスト。突撃ーーーー。
 おもむろに汽笛ボタンを押します。



�い屬�ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ
 今年は鳴らすこと60秒。(汗)



�イ△箸呂澆鵑覆任�祝いをする。って感じです。


昔は日本の船も一杯いて、港に入れないあぶれた船が沖で汽笛を鳴らしたそうですが…


今は、港ガラガラです。




しかも港でやったら近所の住民に怒られました。




がーーーーーーーーーーん(涙)



でもいいんです。60秒以上経ってもまだ鳴らしてる船、いっぱいいました。

負けずにもう一回!

ぶぉーーーーーーーーーー。ぶぉーーー。ぶぉーーーーーーーっ。

ってやったのがいけなかったんですね。







ま、正月ですからね。いいでしょ。(はあと)

港での年越しもおつなもんです。



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