坐骨神経痛&腰痛(BeBe)
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2004年06月30日(水) 落ち込んでいる。


今日は気持ちが落ち込んでいる。
人を信じる事は、本当に難しい。でも、人を信じる気持ちが無ければ生きて行けない。自分だけが楽しければ、それで良い・・・・・。こんな都合の良い考えは通じない。
ちょっとした言葉で傷つき、気分を変える術を持ち合わせていないから、いつまでもイヤな感情を引きずってしまう。






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腹が立っても、その職場で生きて行くためには。愛想笑いも、嘘でも良いから謝らなければ仕方がない。力の強いものには、負けてしまう。
どんどんと信念を曲げて暮らして行く事が必要になってしまう。

今日は東京へ出張の予定で、京都から新幹線に乗り込んだ。でも、静岡県の豪雨で立ち往生。幸いにも、駅で待っていたので「午前中は、発車の見込みがない」とのアナウンスで引き上げる事ができた。払い戻しも長蛇の列。
クタクタで会社に戻った。


2004年06月28日(月) 休暇は必要なんだ!!


今月は土日を休みにした。これまでは、作業の有無に関係なく日祭日以外は出勤していた。周囲の目を意識して、それだけの理由では無いけれど、それが大きな比重だった。
4〜5月、ほとんど休み無しで、帰宅も遅くて働きづめだった。それでも、査定は「並」だと分かり、鬱積していたものが一度に「爆発した」ようで、バカバカしくなってきた。疲れもたまっていたし、今月は休んだ。





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休養。リフレッシュ・・・・、やっぱり必要な事なんだと実感している。
この調子がもう少しの間、続いて欲しいと願っている。睡眠不足で身体はだるい、でも、気分が違う。これで睡眠が充分にとれると、もっと違ってくると思う。
今の眠剤は習慣性や耐性は無いと言っていた気がする、でも、最近は効き目が良くない様だ。処方を守って1錠にしているけれど、もう少しという誘惑が、出てくる日がたまにある。


2004年06月27日(日) 初乗り


雲行きあやしい、ときおりぱらついて来る。バイクの練習で出かけたいと思う、でも、雨は辛い。午後から天候が落ち着いてきたので、出かける事にした。
はじめての一般道での運転。バイクを持って帰るために、乗ったのは15Km程度。
行き先は「近江八幡」にある国民休暇村までの往復。走行距離は約80km。琵琶湖沿いの道は、ほとんどが平坦でカーブもさほどきつくはない。しかし、休暇村の近辺は山岳道になる。有料道路も通過するので、料金の支払いも練習になる。
大きなカーブでは、高速での通過になった。やはり目線がおろそかになると、カーブの途中で膨らんでしまう。教習では練習が出来ない事が、いろんなところで発生した。でも、誰も指摘もしてくれないし、事故だけは起こさないように走った。






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家の周囲での練習も含めて、約2時間のバイク乗りは無事に終わった。
まだまだ、遠出をするにはなれておく課題が、たくさんある。
脚の痛みも忘れて、遊びに集中できた2時間だった。長い間、遊びで気分転換をする事、こんな気持ちを忘れていた気がする。本当に運転の事だけを考えて、楽しんでいた。


2004年06月26日(土) 大型二輪・・・合格!!


天気予報では降雨率50%・・・・雨だといやだな。少し気が重い状態で家を出た。まだ降っていなかったので、なんとかもってくれればと祈っていた。
時々パラパラとしているけれど、カッパなしで試験に臨めそうだった。狭い二輪教習所のなかでは、はじめての人たちらしき人たちが、すごく多くてコース上は混雑していた。それぞれの課題も完全にこなせている状態でもないし、1ヶ月前の普通二輪で苦しんだ事も、頭のなかに浮かんできた。
順番待ちの時は、なるべく何も考えずにして、そして、良いイメージだけを考えるようにした。発進の準備から発進まで、なるべく時間をかけずに直ぐにスタートをした。コースの道順、課題の注意点、運転中の注意点などに集中する事にした。
ゴールに到着するまでのわずかの時間、仕事の事も、脚の事も全て忘れていたように思う。






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追加講習1時間、検定は初回で合格。普通二輪の時とは大違い。余りにもうまく行き過ぎて、こわいくらい。今年の初めの頃に決めた目標が、これで大きく前進した。
脚の事も、何か目標が欲しい。


2004年06月25日(金) 退職希望者との会話


私と会話している間は、どう見ても意志が固く、どうにもならないと感じた。
「引き留めはしないけれど、私にも考える時間を欲しい」
そういって、一日おいて部長へ面談を引き継いだ。
会話の内容は大差無いけれど、受け止め方に違いがあるように感じた。体調が悪いから、不安と周囲への迷惑を考えると、出てくる結論は退職だという。
そして、今日は何とかなるような気がしたとも言う。一歩間違えれば大事になるかも知れない、そんな病気だと軽々しく意見は出せない。
会話のなかで睡眠剤の事になったので、思わず自分の体調の事を話してしまった。
「しまった」そう思ったときは、相手のペースにはまっていた。






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人の心とつきあうのは、本当に難しい。医師でもなく、心理学の専門家でもない私に出来る事は、経験で得た事を元に話すしかない。


2004年06月24日(木) やっぱり・・・・


退職希望の部下との面談、予定は1時間くらいでどちらにしても、話しは終えるつもりでいた。それは、雰囲気として”引き留め”の説得が通じないと感じていたから。それでも、人の人生に岐路に関与する限り、中途半端は良くないと思うから、次の予定をずらして話し合いを続けた。
結果は意志が固く何を言っても、聞き入れる気持ちの余裕は無かった。






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体調を崩して仕事が続けられない、だから、退職をするという。あとの事は、まだ、考えていない。頼りにしていた部下だけに、本当に辛いものがある。
生きて行く事は、本当に難しい。。。。楽しく生きる事は、どうにもならない位に、難しい。
上司と部下の事を話しをしても、あとをどうするのかを聞いてくる、でも、私には答えられない。自分の体調で目一杯なのに、仕事でも辛くなるし、今年の目標も変更しなければならない。

いろんな意味でやりきれない・・・・・。



2004年06月23日(水) 他人のこころ


自分自身の気持ちさえわからないのに、人の心などわかる筈がない。
4月に部下の一人が退職の意思表明をしてきて、なんどか話し合いを持って、今日まで働いてくれている。だから、辛いながらも努力してくれていると、思っていた。ところが、「4月を延期しても、何も変わらない」「いつになれば、止めさせてもらえるのか?」こんな伝言を残して、今日は休んでいる。

自分の退職の時と、理由が違いすぎるけれど、それなりの年齢になって”退職”を選択するには、よほどの事があるのだろう。職場の事を考えれば、痛手などと生やさしい事ではない。会社が組織で動いている、とはいえ、相当な苦しみが、この先待っている。実務から離れている管理職には、この気持ちは通じない。







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「人は人、私は私」・・・・・。
同じ職場の人間が、どれだけ困る事になるか、そんな事で彼を引き留める事はできない。彼は彼自身の生き方を選んだのだろう。

私も活きて行く事に困っていなければ、今の職場は離れているかも知れない。


2004年06月22日(火) 心身のバランス


昨夜、眠剤を22時くらいに飲んで、眠気が襲ってくるのを待っていた。24時を過ぎても、ダメなので諦めて横になる。眠りについたのが何時かわからないけれど、気がついたのが深夜2時頃。ガッカリして、横になっていて、次に時計を見たのが5時半。最後に諦めて起き出したのは、6時。
会社にいて、昼過ぎには疲れが出てきて仕事にならない。ひたすら時間が過ぎて行くのを待っているような状態だった。
脚に症状が少し落ち着いているのに、うまく行かないものだ。






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最初の勤務先で、いろいろとお世話になった人たちが、定年退職をしたり、死亡したりで次々といなくなる。今日、メールで「定年の挨拶」が来た。メールが来た事は嬉しい事だけれど、すごくさみしい気持ちがした。
「やり残した事をこれからは、やって行く」
こんな内容だった。私にはもう少し考える時間が残されているけれど、いつも不安として抱えている事だから、人ごとでは無い気持ちになった。


2004年06月21日(月)


やる気、気力、気持ち、いろんな気がある。
長男がふらりと、突然、帰ってきた。名古屋で仕事があったから、ちょっと寄ってから帰ろうと思ったと言う。1時間もしない内に帰るというから、せめて晩ご飯だけでもすませてから、そういって引き留めた。
いなくなってから、約1年、これまでにメールや電話では少し話しをしたけれど、久しぶりに話しをした。
親子なのに、なんだか変な気分だった。どちらかと言えば、ねだる事はほとんどしない子だった。バイクには驚いたようで、乗ってみて欲しいと言い出したので、家の周囲を少し走ってみた。そのあとでご飯をすませて、帰って行った。
何となく変な気分だった。






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脚の痛みも、脚の甲の異変も、今日は何ともなかった。気持ちの変化で調子が良いのだろうか?
そんな単純な事で変化が出るわけがない!!
きっと、また、痛みが始まるに決まっている。そんな”気持ち”が心の中に残っている。バイクの事で会話が出来て、少しの間だけれど子供とも話しが出来た。

仕事で、取引先の人と話があった。仕事の事で、はじめの頃に比べて”熱意が感じられない”と言われた。理由を聞かれて、ごまかした返事をした。
「どうでもいい気になっている」
ある意味では本音で、ある意味では大嘘だった。今までに無い感情なので、適切な表現が見つからない。


2004年06月20日(日) もやもや・・・・


何となく体調が悪い。どこがどうと言うのではない、だるいとか痛いとかいう症状がハッキリしないけれど、すっきりした状態じゃない。
風邪をひいたかも知れないと言う感じに似ている。脚の甲の熱さは、今日も無くて、無事に済んでいる。強いて言えば、身体全体に筋肉痛があるような感じがする。左手の痛みは、教習所での運転が影響している、それはハッキリしている。






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身体と心のバランスがとれていない様におもう。
考えても何も見つからない、でも、考える事を止める事はできない。脚の痛みがとれて、ぐっすりと眠る事ができて、毎日が楽しい。。。。。
こんな日がいつになれば来るのだろう?



2004年06月19日(土) やっぱり、、、、お・か・し・い。


あまりに脚の甲に、痛み、いいやあつく感じて辛いから、一日中湿布をしていた。
すると、痛みが止まった。何だったのだろう・・・・?
まだ、初日だから結果はわからない。






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今日は、休んでいた。
部下から”緊急連絡”が入った。本人は、緊急と判断をして、電話をして来たのだろう。出来事は緊急かも知れないが、私がいてもいなくてもする方法は同じ事。
何度も何度も、執拗に携帯電話が鳴る。
「それくらい、自分で出来るだろう!!」
そのうちに、こんな感情に変わっていった。仕事で「報告・連絡」は必要な事と室いるが、自己の能力で出来る事を、休んでいる私に執拗に電話をしてきた事に、腹立たしさを覚えた。

不眠。深夜に眠る事ができない。だから、昼はとてもだるくて眠い。時には、意識をなくすほど、居眠りをしてしまう。

自分の身に起きている、いろんな事が「おかしい」と思う。



2004年06月18日(金) お・か・し・い・・・・・


痛みの場所が変化した経験もある。痛みや痺れの違いも、今までに何度も経験している。この数日間に味わっている感覚は、はじめてのもの。初日は「なんだろう?」位に思っていたけれど、こんなに続くと”おかしい”と思い始めている。
早朝覚醒も出ているし、脚の症状などを考えると、どうしても悪いように考えてしまう。

とにかく、脚の甲が異常にあつい。これも、精神的な事が影響しているのだろうか?
何にしても、やっかいなものを背負い込んでしまったものだ。







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遊びで楽しみを持とうとしているのに、正面から脚の症状が邪魔をしてくる。動かす事の不安を取り除く事が出来そうなのに、今までと違う感覚で私の行く手を阻んでくる。「なんて、イヤなやつなんだ!!」

気づいている不安で、口に出したくない事は、いくつかわかっている。
 ・子供たちが離れて行く事。
 ・自分の将来に生活して行けるか、自信がない。
 ・老化を意識する事が出てきている。
どれをとっても、解決方法が見つかっていない事、それがストレスになっているのだと思う。


2004年06月17日(木) 感じる事の変化


脚の症状、感覚が違っていて、こんな風に感じる事は経験がない。
左脚の甲が異様にあつい、痺れが強くなった経験はあるけれど、やけどでもしたのかと思うほど、あつい。血管に沿って、あついものが流れているように、異様な熱さ。自分の身体の事なのに、感じる事にこんなに違いがあるとは、不思議としか思えない。






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感じる心の不思議を発見した気がする。


2004年06月16日(水) 第一段階終了!!


いくつになっても、「合格」と言われるのは嬉しいものです。
勢いに乗って大型二輪に挑戦をして、規定の5時間ではムリだとはじめから思ってた。だから、予約を2時間とっておいた方が良いと、指導員の指示でもさほどショックは受けなかった。
今日は補習の1h目。波状路、一本橋、クランクなどそれぞれの課題を完全にはこなせていないまま、時間が終了した。

指導員の口から出た言葉は、「一段階合格です」・・・・、嬉しい気持ちより意外な方が強かった。クランクや、S字など一皮むけた気はしていたけれど、失敗ばかりだったので、絶対にダメだと思っていた。
指導員は、ミスはあるけれど安定感が出てきているし、はじめの頃とは違っている。こういって「合格印」をくれた。






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恐がりの私がここまでこれたのが、自分でも信じられない。安心して一般道を走れる自信は、まだまだ先の事、普通二輪の時にはごまかしが出来たけれど、大型二輪では、それが通じない。同じ曲がる事でも、通過の方法が全く違う。

まだまだ、”こわさ”が抜けきらない。でも、少しづつ技術が身に付いて行っている。


2004年06月15日(火) 話し相手


何でも良いから話し相手が欲しかったのかも・・・・・。

朝から、整形外科で「仙骨ブロック」を受ける。処置室で待っていると、看護婦さんが「処置はわかっていますか?」と聞いたので、「もう、数え切れない位受けてますから」、こんな些細な会話でも、もう少し会話を続けて欲しいと思った。
今日は薬剤がヒットしたような気がした。注射の間、両足に風船が膨らむ様な感覚がして、終わったあと股間部分の痺れ感がある。
15分の休憩で血圧の異常がないので、病院をあとにした。

歩く事も辛い状態が、とりあえず「麻酔が効いている間」だけでも痛みが感じないので、歩き易かった。






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ケイしゃんの掲示板に書き込みをした。なんだか、何でも良いから話しをしたいと言う衝動が強かった。「人は人、私は私」こんな言葉を思い出した。
はじめて耳にしたときは、なんて冷たい表現なのだろうと、心底そう思った。
これまで「子供のために生きてきた」、そんな風に考えて、子供の喜ぶ事がなんなのかっていつも考えていた。その子たちも、一人一人、自分の生きる道を進み始めている。親の期待とは違う生き方なので、寂しい気がする。

子供たちの世代に自分が何を考えていたのだろう。時代が違うと言ってしまえば、それまでの事。長男の時には、アドラーや岸辺先生のHPで、いろいろと勉強もした。もう、そろそろあれから1年近くになろうとしている。それなりに生きているのだろう。


2004年06月13日(日) 無様な私


ようやく手にした自分のバイク、こわごわ雨の中を無傷で家まで乗って来た。雨も上がり、少しでも早くなじみたいと考えた。
家の前は、かなり急な坂道になっている。下り向きで止めると、スタンドだけでは止まらない。反転してセンタースタンドで止めていた。
少しバックして、そこからと思った途端、バランスを崩して転倒。損傷の程度を確認すると、カウルは傷だらけ、左のウィンカーがカウルからとれていた。何よりも左のステップが破損、これが原因でバイクを動かす事ができなくなった。
修理工場へ引き取り依頼の電話をすることになった。






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昨日に続いて左手の握力がもどらない。1時間、半クラッチをするだけの握力が続かない。全てを『脚の痛みのせいには出来ない』、疾病逃避が使えない事が、私のなかでストレスになっている。

なんだか、何をやっても醜態をさらけ出すだけの様な気がしてきた。


2004年06月12日(土) 再び、挫折感


大型二輪の教習が始まった。バイクで転倒することは、ようやくなくなって卒業しのに・・・・。クラッチがあんなに重いとは、予想外だった。停止中、低速時の速度調整で、半クラッチ状態にする事が教習時間で、限界になってしまう。
2時間連続で教習を続けると、終わり頃は握力がなくなって、練習にならない状態だった。クラッチを切って速度を落とそうと、気持ちはあっても力が入らず、追突か転倒の繰り返し。
普通二輪では経験がなかった、こんなところで躓くとは・・・・・。






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脚の痛みをなくしたい。これが事の発端なのに、かえって痛みが強くなるし、不眠も解消しない。自分のしている事は、間違っているのだろうか?
握力はなくなるし、筋肉痛もあり、その上に脚のいたみ。いつになれば、この悪循環の輪から、抜け出す事ができるのだろう・・・・。


2004年06月11日(金) 痛みが取れない


左下肢部、痺れではなくて明らかに「痛み」を感じている。
こんな時、必ず「どうして?」と言う疑問の言葉が、無意識に出てしまう。TMSで、何ともないのだといくつかの説明が、頭に浮かんできても、「痛いものは痛い」のだ。その痛みも、自分の気持ちのなかで耐える事ができるときは、何とかなる。ところが、このところははじめの頃に苦しんだ時の様に、恐怖心さえ出ている。






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人が生きて行くのに、何の障壁もなくて、やって行く事なんて、きっとないのだろう。人それぞれに違いがあって、乗り越える術も違うのだろう。
自分にとって、生きて行くという事は、何の為なんだろう?
何の楽しみのない、、、、そんな事はない。でも、どんどんと目標がなくなっている様に感じている。
「虚無感」と言う程、激しいものじゃないけれど、それに似ている気がする。


2004年06月10日(木) 小休止


先月末の目標だった仕事は、思惑通りでは無いけれど一応終わった。残った仕事がたくさんあるけれど、取引先とも費用が伴わない事でスムーズに片づいて行かない。どんなに良い関係があっても、仕事となると金銭的な事がネックになってくる。交渉毎も疲れてしまった。
先週くらいから、脚の痛みが酷くて歩くのも辛い日が続いている。つっかえ棒がとれてしまったような気持ちで、耐える事ができなくなってしまった。
明日は、神経科で処方して貰っている眠剤をもらいに行く。投薬だけで診察を受けるように、ずっと言われていたので、会社を休む事にした。






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向こう見ず・・・・?
怖がりながら、大型二輪の教習を申し込んでしまった。普通二輪であんなにも苦しんだのに、免許を取ってまだ一般道を走った事もないのに、大胆にも大型二輪の申し込みをしてしまった。
この脚の痛みを持ちながら、本当に続けられるんだろうか?自分でもわからない。
とにかく、シフトアップがぎこちないのが良くわかっている。今以上に、痛くなればどうしようと、不安が一杯。40kmも出せば、恐怖感が出てくる。
車だったら、「何をとろとろと・・・」と言う速度なのに、その怖さに向かって行く自分が、もっと不思議になる。


2004年06月09日(水) 痛みが強くなる・・・・


ストレスを解消する目的で始めた二輪免許取得。
この1週間、今までにない痛みが続いている。症状に変化も出ている。
終日感じる空腹感、糖尿の事を考えるとガマンするしかない。どうしても苦しい時は、水を飲んでごまかしている。






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二輪の免許は取れたけれど、安心して運転出来る自信がない。教習所内だけで、現実の路上を走っていない。車でも、法規通り走っている訳じゃない、それ以上に運転技量が表面に出てくる気がする。

不眠も悪化してきている。
仕事やいろんな事で疲れている筈なのに、痛みで深夜に目が覚めたり、早朝に眼が醒めてしまう。なかなか熟睡出来ない、疲れがとれないの悪循環になっている。


2004年06月07日(月) 休みでも忙しい


久しぶりに休みの日。5月は、1日だけ休みがあったけれど、二輪の第一回目の「卒検」だったから疲れがとれる様な状態ではなかった。
今日は、
6:30 起床 目が覚めて、もう一度寝る気も出来ずそのまま起きる。
7:00 朝食
午前中  冬物の片づけをする。主に、毛布とかの真空パックをして、押入の入れ替えをする。下着類までは出来なかった。
12:30 子供とマクドに昼食に出かける。そのご、ホ−ムセンターへ出かけてバイクの用品さがしをする。まだ、バイクはないけれど、工具とか、バックなどが少しずつ集まって着てきた。
15:00 子供が漫画の本を買いに行きたいと言うので、2件の本屋へはしごををする。
18:00 夕食の買い物に、その脚で出かける。
戻って、一段落をしたのが既に20:00ゴロになった。






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いよいよ、梅雨入りで来週からの天気予報は雨マーク。バイクにとって、これほど雨がイヤになるとは、考えていなかった。

今日は、一日に何度も、両足が引きつくいたみが出てきて不安で、一杯だった。


2004年06月04日(金) 状況に変化なし・・・・


仕事の山場は超えた気がする。でも、自分の思惑とは違ったからか、「終わった」気がしない。ストレスだけが残った気がする。
だから、脚の症状が悪化しているのだと思う。或いは、脚の症状の原因を自分から作りだしているのだろうか?
ハッキリとしている事は、「痛みが悪くなっている」、そして、不眠も悪くなっている現実だけ。






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脚の痛みや痺れをガマンして、過酷な仕事の合間をくぐり抜けて卒業した二輪免許。取得できた事がまだ夢見心地の状態。
運転をした事がなかった頃、簡単に思っていたけれど実際に乗ってみて、その難しさやクラッチ操作で一番辛い左足に負担がかかるとは、予想外だった。
カタログの性能だけではわからない事が、ぼんやりわかるようになってきた。

今、必死になって「曲がる事の本」を読みあさっている。たぶん本で読んでいるようには操作をする事はできないきがする。曲がる事がこんなに難しいとは、思わなかった。でも、出来るようになりたい気持ちはどんどんと強くなる。
一般路上を一度も走っていない事も、不安要素になっている。

この挑戦の事が、脚の改善にも役だってくれる事を祈っている。


2004年06月02日(水) 努力するほど、悪化している?!


昨夜の早朝、右足に強烈な痛みが出て目が覚めた。時計を見ると5時くらいだった。しばらく、右足はそんなに悪くはなかったのに・・・・・。
手でマッサージをしても、引きつり感が止まらず最悪の状態になる、直前だった。とりあえず、最初に頃にためていた湿布を両足に貼り付けて、治まるのを待っていた。そんな状態で、ほとんど寝ていない状態で朝を迎えた。
課員が全員出勤(たった3名だけど)なので、午前中は彼らに仕事を頼む事にして、休息をかねて「二輪の免許の作成」で、免許センターに行った。適正検査だけだったので、直ぐに済むと思っていた。行ってみると、申請者がものすごく多くてびっくりした。なかには、女性で大型二輪の人がいた事は、ちょっとびっくりした。私も、入所した教習所が「大型二輪が対象だったら」、600ccが欲しかった。
4輪では、ファミリーユースが前提だったけれど、元来、2ドアのスポーツ・タイプに乗りたかった。だから、二輪だけは自分の為のもので選択をしたかった。

学科免除なので、全く勉強をしていないので「二輪特有の事」が知識の古い事に、少しふあんがある。初心者限定の処置が出来ているなんて、全然知らなかった。
道路標識も二輪に対するものは、今まで気にしていなかったので、これも不安材料。






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次なる目標は、信州へのツーリング。課題は、山ほどある。


2004年06月01日(火) 痛みは直ぐには、無くならない


昨日は痛みがピークだと思っていた。仕事で睡眠不足もあり、昨夜は休息のつもりで椅子に腰掛けていたら。。。。気が付けば、そのまま眠っていた。
早朝に気が付いて、少しだけ横になった。





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座っているだけではなくて、歩くのも痛みと痺れ、そして足首に力が入らなくて『辛い』のひとこと。それしかない。


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