坐骨神経痛&腰痛(BeBe)
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2003年09月30日(火) 脚の状態は良好

昨夜は早くからすることがなく、寝ようと思い22時には寝ていた。しかし、夜中に目が覚めて時計をみると2時頃だった。いくら何でもと思い、もう一度横になり朝まで寝ていた。
脚の具合は完治したような状態が続いている。これで、口の渇きがなくやる気が戻れば万歳である。






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寝るのは、22時なくても何時でも眠れるのなら眠ってしまいたい。読もうと思っている本があちこちに、新品の状態でおかれている。修理と整理を待っているPCの部品が転がっている。紙袋の中に購入状態のままおかれているものもある。
高いと思って購入をしたPCでも、購入直後には売値半額である。

なぜか酷く落ち込んでいて、それが何かがわからない。


2003年09月29日(月) 子供の行方

長男から電話が入った。
その日の前日に、病気で保険証が必要になったと言ってきたらしい。いつも電話をしても出てこないから、携帯のメールに概略の事を書いておいた。
急にどうのこうのという事ではなさそうなので、少しは安心をした。保険証のコピーを持たせておいたから、それを見せて診察を受けたらしい。しかし、コピーではダメで原本を出す必要があるという。





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元気でいれば良いと思っていても、あれやこれやと気になる事はいっぱいある。それを言っても仕方がないので、黙って長男の困っている状況だけをなくしてやろうとした。まあ、声はいたって元気な様子だった。

自分自身の事は、口が渇く事かだけが気になる程度で、脚の調子は良い。日曜の採血の結果が出るのは、2〜3日後だろうから、そのころに内科へ行くつもりをしている。仕事とやる気力は似たようなもので、とりあえずは昼行灯で過ごしてみようと思っている。


2003年09月28日(日) 何か悪い兆候でないなら・・・・と、祈ります。

なんか別の病気かも知れない。
今日の昼から少し外出したのだけれど、妙にのどが渇いてつばがネバネバしている。その度にお茶とか水を飲むのだけれど、全然治まらない。糖尿もあるので、しばらく血液検査をしていなかったから今朝は食事をせずに、近くの内科へ行って採血をした。糖尿は合併症が怖いって脅かされているから、口の渇きももしかして悪化しているのか?
それとも、今飲んでいる薬の副作用なのだろうか?






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体重が少し増えてきているから、血糖値も少し気にはなっていたけれど・・・・。急に増えたわけでもなくて、1Kg/月で4Kgぐらいの増え方で食べすぎには注意しないと思っていた。少し前からの舌苔の汚れの多さと口の渇きが糖尿か?
記憶違いでないのなら、確かこれもTMSだと教えてもらった気がする。鬱病で神経科へ行っているけれど、ここでの薬は大丈夫なのか?そんなこととは全く関係なく悪化しているのか!


2003年09月27日(土) 調子は良いのだけど・・・・

睡眠もとれているし、脚の痺れもない。一見何の問題もないように見える。それなのに快調といえない。何かがつまっている。
あるいは、何かすがるものがない、信じることができるものがないという不安感が落ち着きをなくしているのだろうか。






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良くなったり、悪くなったりして少しずつ改善されている。ある日、突然良くなるということではない。抗うつ剤も吐き気に負けて続けることはできなかった。
続けているのは、デパスとセロトニンを増やす薬、そしてロヒプノール2という眠剤。眠剤がほしくて通院しているように思う。
家の近くの内科では、取り扱っていないと言う。昨年2月に入院中に処方されてからだから、もう、1年半毎日飲んでいることになる。これは、今のところ止めることができる気がしない。

どんどんと飲む量が増えてゆく気がする。


2003年09月26日(金) 毎日がつらい

やはり、まだ睡眠は安定していない。昨夜は4時半に目が覚めた。まぶたはものすごく重いのに、なぜ目が覚めるのだろうか?
長い間、寝付きが悪く寝起きも悪い方だった。それが禁煙と同時に状況が変わった。寝付きもよく寝起きもよくなった。でも、深夜に目が覚めることはなかった。
眠剤を飲み始めてから酷くなったような気もする。






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眠剤だけは、薬の手助けを受けてでも睡眠は確保したい。

自己主張する部分がなくなってもいいと思えるのなら、こんなに苦しみの日を過ごさなくてもよいと思う。言われたことだけをそれなりに仕事をしていればよいのだから、でも、そんな器用な生き方ができない。できないから毎日がつらい。

脚の痺れは好調な日が続いている。それで終わりにすれば、よいのかも。


2003年09月25日(木) いつになれば、薬からも解放される?

今日は体調がすごくよい。なのに気が晴れた気持ちにはなれない。以前にも同じような気持ちになったことがある。たぶん、初めて痛みを感じなくなった日だったと思う。普通の状態に体と気持ちがバランスがとれていないのだ。






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仕事か遊びか何か楽しいと思えることがないから、脚の痺れがなくなっても気が晴れないのだと思う。去年の夏に目標が達成したのかも知れない。
決して満足する結果ではないにしろ、燃え尽きた気がする。次の目標が見いだせないから、毎日フラフラとしている。
今の自分には、この状態から自力で抜け出せる気がしない。そのことを考えるたびに、気持ちが落ち込んでゆく。誰かに話したくなるけれど、相手がいない。


2003年09月24日(水) 吐き気

睡眠が十分にとれたことには感謝をするけれど、終日の吐き気についにギブアップです。他の薬にも何らかの副作用が書いてあるけれど、その副作用で服用をあきらめたことは過去にはなかった。
この吐き気だけはどうしても耐えることができない。鬱病と診断がでて、通院をしているけれど自覚症状はない。初回にそれらしい試験をして診断がでた。あれからずいぶんと日が過ぎている、その間、診察で問診はあるけれどよくなっているのか、悪くなっているのか自覚症状がないだけに困っている。
もしかすると、もう鬱病はなくなっているのかもと考えてしまう。






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仕事は少しずつだけれど、片づいているものが増えてきた。自分自身で満足する仕事ができたかどうかは自信はない。遊びの部分は皆無、ホントに何もない。
仕事はどれだけ自分が采配をすることができるのかで、自己の満足感が違ってくる。しかし、いまは社長と部長の言いなりで作業をしているだけに過ぎない。
それが会社員として組織の一こまとして必要性を求められているのだろう。それは、自分が望んでいるものではない。力のない正義は、守ることができないということだろう。


2003年09月23日(火) 状況に変化なし。

休みの睡眠は、長い時間の睡眠がとれた。ただし、薬の副作用の吐き気は止まらない。起きている間中、気分が悪い。この吐き気を我慢してまで、抗うつ剤はなにを私に与えてくれているのだろう。ここ数日、口の渇きが酷くて、舌苔が多くて、そして乾いた舌にひび割れができたようになる。
今月は祭日があるので普段よりも休みが多いので、あれこれとすることを考えていた日もあった。終わってみれば何のことはない。






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今日も終日、家に閉じこもってゴロゴロしていただけだった。何も変わっていない。一日が終わることをじっとガマンして過ぎていくことを待っている。

人はだれでも死ぬ日が来る。私にも訪れる。私にはどんな形で訪れるのだろう。早くても遅くても、周囲に迷惑のかからない様に訪れてほしい。贅沢を言えば、苦しみの時間は短くてある日突然のものがいい。

下肢部疼痛も完治する気がなくなってきているし、どんどんと気持ちが落ち込んでゆくのが手に取るようにわかる。わかっていてもどうしようもなくズルズルと落ち込んでゆくのを耐えているだけのように思う。


2003年09月22日(月) つかれた・・・・・

つかれた!!
口に出して言ってはいけないと、思っていてもつい出でしまう。
どうしても朝までに2〜3回の目覚めがある。眠いのに目が覚めてしまう。こんな日はやはりつらい。どうして眠剤が効かなくなってしまったのだろう。神経科の医師が言っていた、薬剤に対する耐性が体にできてしまったのか?






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今日の仕事は終日、写真撮影の付き添い。昼過ぎに一度、疲れたので座って居眠りをしてしまった。それから終わるまで、勢いが突然なくなってしまた。しかし、途中で止めるわけにも行かず、最後まで付き添いをして終わったときは、もうクタクタだった。
途中でも、少し油断をすると吐き気がしてじっとしているのも、つらくて話をすることがおっくうになるときもある。これは、薬の副作用とわかっているから我慢するしかない。

日に日に症状が変化して、そのたびに神経症だからって思うことで「仕方がない」と思いこんでしまう気がする。何でもないことまで、病気のせいにしてしまっている。それも症状だけを取り込んで、原因探しの対象を増やしている。


2003年09月21日(日) 土日が休みだった頃が懐かしい

薬の効果で早く寝ることができのはありがたいけれど、昨夜は深夜に2度ほど目が覚めた。1回目は4時前だった。休みだったこともあり再度寝ることにした。
どうしても、何度も目が覚めた日は疲れる。今日は休みだったので、食事の時以外はずっと横になっていた。ということで、持ち帰った仕事には手をつける気にはなれず、これを書いている時点では鞄の中に入ったままである。






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抗うつ剤の副作用としての吐き気がつらい。この副作用のための薬は飲んでいない。でも、胃を荒らすからと言って胃薬を飲み、便秘の副作用にために下剤を飲む。薬も飲み始めると、どんどん飲む種類が増えてゆく。

日曜日は、明日は会社へ行く日だと考えると気が重くなる。土曜日の夜が一番気が楽になる。たまに二日続けて休みがあると、まるまる一日が休みになる。週休二日の会社に勤めていた頃は、休みに対してこんなに考えることはなかった。
こんなことを考えるのは、今の状態がよくないと思っているからだ。そして、そのように思うことの中にストレスの原因が隠れているように思う。
それでも神経症なのだろうか?


2003年09月20日(土) 会社員を貫いている人には太刀打ちできない。

今日は何があったのだろう。薬の副作用で終日、吐き気がする。これ以上、遅れさせることができない仕事に取り組んでいた。まだ、終わっていないので持ち帰っている。果たして手をつける気持ちになるかどうかは疑問。
予算に対して現状、約2倍の作業量がある。値引き交渉の目処はついていない、となると対象を減らすしかない。そのための交渉や調整をしていたけれど、社長が実施の可否は役員会で決める。そういった以上は、このままで提示するしか仕方がない。上司に言っても、支出を減らすのではなくて、しないと言うだけ。社内で解決する目処はない。こんな仕事だから、手をつける気になれずずいぶんと長い間放置していた。






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自分の思いをぶつける対象がない、なくしていることがストレスにつながっている気がする。仕事でできないなら、別のところでそれを作ればよいのだけれど、なかなかそうは気持ちを切り替えることができない。
今日は、それを気づかせることが何度かあった。


2003年09月19日(金) 不安感

一時期と比較すると、目覚めはよくなっている。それが薬の効果かどうかはわからない。といっても、まだ目覚ましより早く目覚めてしまう。
時折、奇妙な精神状態に陥ることがある。それは不安感、何に対してかわからない。正しく不安感か自信はないけれど、その状態が一番近いと思う。結構長くその気持ちが続く。糖尿があるので、低血糖になっているかなと勝手に思うこともある。視力の低下や口の渇きなどあるとすごく心配なることがある。






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いろいろ心配事があるけれど、今はやはり長男のこと。『便りのないのは元気な証拠』などと言われるけれど、なかなか簡単には割り切れない。ただ生きていれば、それでいいとは行かない。まだ、未成年だしこれから人生のまっただ中へ入ってゆくのだから、変に躓いてほしくないと願う。それは、長女にも末っ子にも気持ちは同じ。

座っていると脚には違和感が伝わってくる、特に膝から下でぴりぴりと響いてくる。治したい気力が少し弱くなっている気がする。治療に対しても、やる気がわいてこないからホントに何もしていない。身の周囲で起こっていることを、ただ認めることをしているだけ。


2003年09月18日(木) 私の本当の病名は何?

鬱病ってなんだろう?
医師は鬱病患者を前提にして質問をしてくる。外見からはわからないだろうし、検査をして出した結論でもないのに、何を根拠に薬を出すのだろう。
私は脚の痺れをなおしたいのに「神経科」では、そのことには全くふれない。それでも通院を続けた方がいいのかと疑問が出てきた。
TMSの本を読んで、そのことで治療をしている人たちと出会って、自分は神経症なのだと思いこんでしまっているのじゃないだろうか?






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はっきりとしているのは、座ったときと寝ころんでいる時に脚の痺れが強く出てくること。一時、なんにも変化がないような状態になったこともある。今は違う。
ずーっと、ストレスの原因を見つけ出してストレスから出てくる自律神経の狂いをただせば痛みは解消すると信じてきた。仕事でいらいらすることや家庭での苛立ちを考えていた。本当にそのようなことで出てきた座骨神経痛なんだろうか?

疲れたと思うから、このことも長くは考えていられない。
仕事が済んで帰ると、考えることは一分でも早く眠りたい。寝ているときだけが、痛みもなく一番楽な時間帯と思える。


2003年09月17日(水) 雑念

睡眠はとれるようになってきた。午前中一杯は眠気がとれずに、手こずっている。脚の痺れがとれないのは同じ。これが神経症ということに、少し疑問がわいてきている。何も治療をしていないから、症状に変化がないのかとあきらめかけている。
すっきりと何も感じない状態になれば、うれしいけれど叶わないことなのか。歩くこともできるし、会社まで往復することもできる。それであきらめるしかない。






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一つだけ違いがでていることは、仕事に対する「やる気」のこと。少しは手がでるようになってきている。しかし、やっていることに常にむなしい気持ちがつきまとっている。だから何かが変わったかと言うと何も変わっていないと思う。
周囲の人は何かに向かって生きているように見える。人は人、私は私、外からは見えないからわからない。

長男のことは、大学に退学届けを出しているので会社へ何か手続きが必要なのかどうかを確認しなければならない。一人で何をしているのか、気になるけれど何も手の出しようがない。

『疲れた』とつぶやきがすぐに出てくる。


2003年09月16日(火) 突然、痺れは襲ってくる

痛いのなら痛くなるようなことを、動かせるだけ動かしてみればどうなるのだろう。逆説的なやり方をしてみると、痛みがひどくなることもなく立っていても何ともない。
ところが、突如として横になったとたんに脚の痺れが襲ってきた。一度、始まるとどんなに焦っても、その日はどうにもならない。






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会社で仕事をしていて、いすに座っていても最近ではさほど酷くならずに過ごしている。通勤の往復の間も大丈夫。
ほっとして横になったとたんに、下肢部分の痺れが襲ってきた。一瞬、がっかりして『なんなのだこれは』と言葉が出てしまう。もうだめなのかも知れない。
最近はこんな風にあきらめる気持ちになってしまう。我慢をする気持ちの持ち方を身につける方が早いのかもと、いつまでも痛みと痺れに耐えている自分の姿が浮かんでくる。

負けるのわかっている勝負にのぞむバカはいない。無駄と知っていても、知らないふりをして相手に合わせてゆく。今まで、一番いやな生き様をする方が楽なんだ。


2003年09月15日(月) すぐに忘れる、タイトル付け・・・・・

一日中寝ていた。寝ていたと言っても、本当に寝ていたわけではなく何もしてなくて、ごろごろとしていただけに過ぎない。
脚の痺れの強さや痛みの箇所、その他の症状があまりにも初期の頃に似ていた。
座っているときと、横になって寝ているときが一番つらい。






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脚の痺れが強いからと言って、行動を制限する気持ちはなくて動こうとしている。気持ちの中で『神経症』になっているから、脚の痺れに症状が出ていると言う。ストレスや自律神経のことに思いを持つたびに、最近は長男のことを考えることが多い。子供はどこかで毎日を必死で生きていることだろう。大学を退学して違う生き方をすることに決心をするまでに、誰かと話をして決めたのだと思う。
その過程で私が役に立たなかったことに対して、やはり残念という気持ちで一杯になる。長男にとって一番よい方法だったのだろうか、こうなってしまっても未成年の長男を親元から引き裂いた、その相談相手と協力者には憎しみがある。
私の人生観からは、『親とも相談の上で』というフレーズが常識になっている。

ごろごろしている時にTVをみていたら、『座骨』に関する番組が始まった。正しい位置に座骨がないと、いろいろな症状につながるということを説明していた。
座骨の位置が正しくないと、背骨の位置が悪くなり併せて関連する筋力が正しい動きをしないなるというものだった。腰痛の原因を説明する番組ではなかったことで最後までみていた。それはそれで正しいと感じた。
ただ、矯正のためにする極わずかの運動が、自分にはできそうになかった。
TMS理論でも何にもせずに治るものではなくて、自分の努力が必要になる。このところ、何に対しても取り組む気力が出てこないから同じように感じた。


2003年09月13日(土) やる気力は全体のそこ

仕事に対してやる気をなくしてから、もう何ヶ月も過ぎていると思う。なにしろ、いつからか、なぜかも分かっていないのだから。
今日思いついた事は、積み木で山を気づいていて、仕事に対する意欲ってのは結構底辺に近くて、1つ崩れるとたくさんの犠牲が出るんだ。目に見える物じゃないから、何にも証明をする事は出来ない。





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今日の脚の痺れは相当ひどい。座っているとき、歩いているとき、何をしているときでもピリピリと攻撃を仕掛けてくる。去年や一昨年の時と同じ位なのかも知れない。違うのは、この痺れが坐骨神経痛で、それがなぜ起きていてるのかを知っている事だ。気づかないストレスとの戦いだから、平常時の過ごし方や日々の物事に対する受け止め方を間違えなければ大丈夫。
の、筈がこうして痺れや痛みになって表面化しているのは、何かが食い違ってきているのだ。仕事か?子供の事か?それとも、他にも何かが潜んでいるというのだろうか?
どちらにしても、自分の気持ちとの戦いなのだから、、、、、弱気になって投げやりな気持ちが原因だろう。どうする事も出来ない。


2003年09月12日(金) 眠剤の効き目

睡眠剤を飲む、即効性があって直ぐに睡魔が訪れる、そんな事はない。うまく行けば、目を閉じていると意識がなくなってしまう時がある。
当然の事だけれど、その時は分からない。そして、自然に睡眠に入る時と、薬を飲んだ時とは微妙に違いがある。意識は以外にしっかりとしていても、身体が動かない。ムリに動こうとすると、失敗すると転けてしまう。






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最近はロヒブノール2を1錠では、なかなか眠れずに量が増えている。眠剤を飲み始めた頃は、脚の痛みで眠れないから飲み始めた。けれども、今は違う。

突然、違う話。腰が痛い。ブロックの跡が妙に痛む。前屈姿勢をしようとすると、へばりついたものを引っ張るような状態に腰が痛む。これには、薬はない。

何にしても、痛みや眠りなど我が身に起きている事に対して、疲れてきた。


2003年09月11日(木) い・た・い

今日もいたい。それ以外何もない。
脚が痺れていたい。ガマンするしかない。






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この日記を書く時だけ、痛みの原因は何かと考える。それ以外の時間は痛みをガマンしているだけしかない。
パソコンが壊れる直前の症状が出ていて、修理の部品を手に入れたものの面倒になり修理をせずに使い続けている。私の脚も壊れる寸前か?

暫くイヤな事ばかりを書いている。


2003年09月10日(水) 耐える気持ち

痛みや痺れがとれてきても、後少しのところで止まってしまう。この少しの痺れ感が続くのでとても辛い。少しの事だから、ガマンする事は出来る。
しかし、その感触が辛いと思い始めると「耐える」という気持ちが浮き出てくる。
同じ状態でも、「耐える」気持ちが出ない時はなんて事はない。なぜ「耐える」気持ちが出てくるのかは自分でも分からない。






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体温計のように痺れ感計というものがあれば、毎日同じ数値でちょっとだけ数値が高いのだと思う。これから逃れる術は持ち合わせていない。精神的なものだという事で、神経科なるところで経口薬を処方して貰うが一向に痺れ感はなくならない。
こちらの治療もそろそろ苦痛になってきている。

思い切り、気持ちがへこんでいる。


2003年09月08日(月) 情緒不安定

今日は、夕刻から何か不明ながらすごくイライラして何も手につかない状態になった。ひとつ、気づいたことは子供との事。子供との連絡を取る事を諦めた筈なのに、どうしてもそれが出来ずに携帯のメールを出した。
当たり前のように返事は無い。もしかして、返事が出せないような状態になっているのではないかと、不安感が出てくるとじっとしている事が歯がゆい位に思う。






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脚の痺れや不眠の解消なども思いのままにならない。それと同じように子供との事もどうにもならない。何か歯車が狂いはじめると、こんなものかと思ってしまう。
入院を繰り返していた昨年の頃に比べると、今は症状は楽になっている。そう思うしかない。自分のために何かをする事を持っていないと、こんな状態の時にする事がなくて困る。


2003年09月07日(日) 日曜日は好きと嫌いの両面を持っている。

再び日曜日が来てしまった。日曜日になると、朝からずっと体の調子に対していろんな事を考えてしまう。そして、家を出た子供の事をかんがえてしまう。身体の症状が強い時は、意識がそちらへ行く事の方が多いけれど楽な日は、どうしても考えてしまう。考える事は、つまらない事もある。僅かの期間だったけれど一人住まいで大学へ通っている間に、朝が強くなったと言っていた。今でも同じようにしているのか、などと考えてしまう。高校生の頃は、遅刻の常習犯で、ひどい時はいつまでも寝ている始末だった。風邪も引きやすく、あたまがいたいとか熱が出たとか言って休んでいた。今は、保険証も持っていないはずだから、今まで病院へ行く事はなかったのか。などなど






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考えてもどうにもならないのだから、考えまいと思うのだけれど、どうしても意識がそちらに行ってしまう。親と子、この関係は何なのだろうか?
「普通に生きて欲しい」そう願う事がそれほど子供にとっては、負担になるのだろうか?
今までに何度口に出したか数え切れない事、それは、子供が今の状態をどう考えているのかです。今どうしているのかを伝えてくれるだけで良いのに、それをしないのが分からない。


2003年09月06日(土) 気力が沸いてこない(何度目だろう)

ひたすら寝る事に執着している、昨夜は21時半には寝ていた。でも、23時に電話が掛かってきて起こされた。睡眠時間は充分にとれているのに、会社へ行くと再び睡魔が襲ってくる。何とかしてしなければならない事を、どうにかして手をつけようとするのだけれど、なかなかその気になれない。ようやくやり始めたのは、もう16時を過ぎていた。






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脚の痺れは治まっているよう。ところが今までにない部分が強烈に痛い。なかなか、何もない日にならない。

子供への問いかけをしていたメールを出すのを止めた。今日で3日が過ぎた。
もしも、子供が今までのメールを見ていれば、どう感じるのだろうか?
今まで一度も返事が来なかったのだから、メールが来なくなって安心しているのかも知れない。と、考えても仕方がない。


2003年09月05日(金) あまり、変化が出ていない。

快適な睡眠をとることが出来た日。脚も腰も多少の痛みと痺れはある。自分自身の身体の症状の事よりも子供の事の方が今は、気持ちの占める割合は大きい。
今までに家にいてる時でも、何日も会話をしていない日はあったのに、その時と同じようには考える事が出来ない。それどころか、逆に子供が一人失ったような気持ちになってしまう。
こんな不安定な気持ちで会社行っていても、なかなか一つの仕事が進まない。






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子供は何を考えて毎日過ごしているんだろう。こんな風に考えると、自分の気持ちの整理が付かない。子供が何になりたいのか、それをやり遂げるまで連絡をしてこないだろう。そう思う。それは、そんなに早くは実現する事ではない。
結婚をすると言っていた娘の方が先にいなくなるかも知れない。その日が来たら、末っ子と3人家族になる。


2003年09月04日(木) 子供の事は、元には戻らない。

最近では記憶にないくらい、朝まで寝ていた。脚は、歩く事に不自由はないし、座っていても大丈夫。横になった時に痺れ感がある。長い間、おとなしくしていた腰痛が少し出てきた。
長男の事がどうしても忘れる事が出来なくて、TMSの掲示板で意見を求めた。
子供と同じような経験をした人の経験談。殆どの人が子供信じて、待つべきと言う。自分でもそうするしかないのかなと、諦めかけていたので『そうか』という感想だった。






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いみじくも感じていて事、『自分自身の問題』と思い始めていて、その事がレスの中にあったのはショックだった。子供ためと考えていた事が、実は自分自身の事として考えている。まだまだ、気持ちの整理をつけるのは時間が掛かりそうな気配がする。


2003年09月03日(水) 子供の事ばかり考えている

普段よりもかなり早く寝たけれど、深夜の携帯メールで一度起きた。子供の事が気になっているので、起きて確かめたけれど違っていた。数日前から出てきている腰痛が少し辛い、寝起きの時に手を補助的に使わないと寝起きが出来ない。脚の痺れは落ち着きはじめている様子。
子供の事は、帰ってこなくても良いから、連絡だけでも出来ればと思う。そう思っても、それすら出来ていない。このままほっておいて取り返しのつかない事になったらどうしようと、不安が大きくなるばかり。






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子供の部屋には、数こそ少ないけれど、もって出ていないものがいくつもある。子供にとっては、そんなものは不要なものになっているのか。買ってやったものがいくつもある。服も殆ど残ったまま。考えまいとして、他の事をしているけれど気がつけば元に戻って考えている。
末っ子は、一人で部屋を使えて喜んでいるように見える。ホントの事は分からない。仕事に対するやる気が出ないので、たいてい9時までには帰っている。
夕食を済ますと、もう後は寝るだけの生活。10時頃に横になる日もある。


2003年09月02日(火) ひとつ、糸が切れた

長男からなかなか連絡が来ないので、今日、携帯へ電話をしてみた。すると、電話が止められていて、呼び出し音すらならない。
置き手紙(携帯のメール)だけが頼り、その内容を信じて生きていてくれる事を信じるしかない。もう、電話すら出たくないと言う意思表示かと思うと切なくなる。






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いなくなって、家の中に無造作においてある長男の持ち物や服などを見ると、どうしても考えてしまう。家においてあるものも全て捨てて、家を出てしまったのだろうか?
何をどう考えても、出ていった子供の考えている事がわからない。普段から余り会話はなかったけれど、高校生くらいになれば、こんなものなんだろうと思っていた。子供の方から何かを言ってくるまで信じて待っているべきか、居所を積極的に探すべきかを毎日のように迷い続けている。中学生や高校生の頃は、腹が立つと『出て行け!!』などといった事もあるけれど、こんな形で家を出てしまうと情けなく思う。
こうなってしまっては、何も出来ない自分に腹をたてているのだと思う。


2003年09月01日(月) 仕事が進まない

仕事は私にとって望んでいない方向へドンドンと進んでゆく。縦割り社会で反抗をしてもなんの突っ張りにもならない。何があっても、yesマンになっていれば、うまく過ごせるのだろうけれど、分かっていてもなかなかそれが出来ない。
損な性分だと言われればそのとおりである。






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逃げの姿勢が何に対しても出てくる。出来ない時の言い訳探しを懸命に考えていて、それに気がついてはがっかりとしてしまう。
運が悪い時はこんなものかとおもう。先々週、社長宛に8月中には目処をつけますといった事を出来ずにいる。たまたま、事務所を出て本社社屋へ歩いていると、後ろから「出来ているか?」と社長の声。早足で歩くものだから、必死について行き状況を説明する。出来ていない事を、出来ている、ウソはつけない。
僅か数分の事だけれど、出来ていない事を伝えるのは猛烈にストレスになる。急がないともっとイヤな状況になる事は分かっている。いつ、やる気になって手をつけるかだけのこと。


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