武ニュースDiary


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2003年06月30日(月) 言葉をものにするコツ?

香港で映画出演が多くなったころのニュースを読んでいて、
あれ、と思ったところがあったので。
香港で活躍し始めたころの話です。

*********

金城武と楊采妮(チャーリー・ヤン)が香港の映画界にその光を放ち始めている。
この、同じフーロン門下の2人の先輩後輩スターは、最近香港で続けざまに映画に出演、
映画界の新しいアイドルとなった。
彼らは香港で撮影時には互いに助け合い、兄妹のように親密だが、「電気」は走らない。
金城武は香港で「恋する惑星」の撮影を終了したばかりで、
さらにアニタ・ユンとの「香港犯罪ファイル」、イーキン・チェン、クリスティ・チョンとの
「給恋愛喝采」、そして霍耀良監督の「意乱情迷」と出演が続いている。

「台北と香港を行ったり来たりして2年たって、最近ようやく楽しいと感じるようになってきた。
香港の撮影環境にはもう慣れたし、親しい友達もできた。
特に気が合うのはアンソニー・ウォン。
一緒に遊びに行きたいとすごく思っているのだけど、何度約束してもいつもダメになる。
彼は映画出演ですごく忙しくて。
アニタ・ユンもとても面白い人。
『香港犯罪ファイル』を撮っていたときは、
仕事に来てから終わって帰るまで、ずっと一緒に遊んでいた。
急須1つ持ったって盛り上がれる。
監督が、耐え切れなくなって
いよいよキレそうだぞ、となるまでふざけてる。
チャーリー・ヤンと会うこともある。
彼女は香港に詳しいから、あちこち連れて行ってもらえて、
ぼくの広東語も上達するし、撮影もやりやすくなる」
これだけ多くの映画に出演してきて、今一番やってみたいのは「純文藝恋愛映画」だと、
金城武は言う。(後略)
(民生報 1994.7.9)

「外国語をものにする秘訣=その国の彼女を作る」発言は、
こういう経験から出た言葉かな……と。
だから、全然深い意味はなくて、あんなにサラーッと、
中居くんがフォローしても、何の反省もなく、言ってたんでしょうかね。

ところで、危うし、右・左! 


BBS


2003年06月29日(日) RE:「報告班長」・寸「髪」の争い(写真)

すでに述べたように、このときの様子を、
台湾の雑誌「キャッシュボックス」1999年11月号が写真で紹介しています。
ちゃんと取材に入っていたんですね。
しかし使われぬまま5年間眠っていたものを公開しますということで掲載されたもの。
散髪に入る前から時間を追って、武の面白くなさそうな様子をずっと載せているのですが、
あの記事からも、武にはあまり嬉しくない経験だったようなので、少しだけにします。

々鼎ぞ亟蕕烹屮汽ぅ鵑盡えますが……
  ◆ 注文をつける武

こんな顔が多いです。
思ったより悪くなくてほっとした笑顔。

しかし、Vサインは出ず。
↓映画の中での髪型ですが、悪くないと思うんですが。
で、他の3人もそんなに短くないですよね?

     

散髪後、香港で「恋する惑星」を撮り、終わったと思ったら台湾に飛んで戻って
「報告班長3」の撮影だったそうです。
「恋する惑星」でのヘアスタイルは、個人的にはすごく好きです。

長々ここまでこのネタ続けたのは、おしゃれに関心のないと言われる武ですが、
こんなに露出するたび違うヘアスタイルの人も(特に男では)、
めったにいないんじゃないかと常々思っていて、
学生時代に髪を染めてお父さんに叱られたり、例の金髪事件があったり(天使の涙)、
髪には何かこだわりを感じるんですけど……。
「報告班長3」の髪の長さをめぐる攻防戦も、ただ単に続く映画のせいだったのか……
加勢大周との対談で、わざわざそのことをあげていたのを読んで、
以前からの疑問がまた刺激されたというしだいです。


BBS


2003年06月28日(土) 「報告班長」・寸「髪」の争い ●台湾での「鬼武者3」発売について(星報) ●おまけエピソード・クリスティ・チョンとの共演

「報告班長」・寸「髪」の争い

加勢大周との話の中で、武が、
"「報告班長3」のとき、がんばらねばならなかった"と言った中身ですが、
それはおそらくこのことでしょう。当時の新聞記事から――

**********

アイドルスター金城武は昨日午後、映画「報告班長3」出演のため、
寸土の争いならぬ、寸「髪」の争いを経て、かっちりと短い髪型に変わった。
これはデビュー以来初めてのヘアスタイルの変更である。
このあと、金城武はすぐに香港に飛び、
ブリジット・リン主演の「重慶森林(恋する惑星)」に参加する。
この映画は4月にクランクインするが、
ブリジット・リンは4月過ぎはもう映画を撮らないということで、注目を集めている。

映画のために髪を切ることについて、金城武は口では「別にかまいません」と言い、
イメージを変える機会になるかもしれないと言うが、
いざ美容師が刈り始めると、やはりその長さについての闘いが生じた。
美容師が切り方に手心をくわえ、少しずつ切っていると、
監督の梅長錕は何度も検分に現われては、「まだ長い!」と注文をつけ、
自ら手を下せないのが残念で仕方ないようであった。

金城武が髪を切ることになって、女性ファンの大反対があったそうだが、
武は「もともとすっきりした角刈りにしたかったのだけど、
このあと「重慶森林」とクリスティ・チョンとの映画が控えている。
あまり短くすると、役柄上難しくなるから、あまり短くはできない」と語っていた。

散髪中の武は、あきらかに口数少なく、時々眉を寄せぎゅっと目をつぶり、
かと思うと髪を見て考え込んだり、しょっちゅう美容師に意見を言っていた。
新しい髪形が出来上がると、梅長錕は額にかかる髪をもっと短くしてほしいと言ったが、
武はもう十分短いとがんばる。
実際に帽子をかぶってみた結果、ようやくよしということになり、
2時間近くに及ぶ髪争いは決着した。
梅長錕は後で「初めは一喧嘩いるかなと思っていたんだが、
思いがけず彼もこちらにあわせてくれたよ」と満足したようであった。
(民生報より 1994.4.8)

そのときの模様を雑誌「キャッシュボックス」が1999年になって掲載しましたが、
この記事を読んでからだと、写真に見られる彼の表情も理解できるかな……
これはすでにどこかで紹介されていたかもしれませんが、
もしスキャナーの調子が持てば、この次少しアップしてみます。
(この間は別PCがHD交換になり、去年までのメールデータが全部消えました……
そして今、スキャナーも調子悪く……;;;;)


BBS

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台湾での「鬼武者3」発売について(星報) - 来年3月発売予定の「鬼武者3」と
TOKIOの松岡昌弘をキャラクターにした新ゲームの、
台湾での発売権をどこが取るか、注目されていましたが、
カプコンと関係の深い藝電が獲得(鬼武者中国語PS版のところ)しました。
(ここからは鬼武者に絞ってご紹介)
鬼武者3はまだ全体の3割しあがった段階。
藝電は、来年3月完成時には、日本と同時に発売し、プロモートしたい意向。
そのときは、カプコンに強く働きかけ、金城武の来台を実現したいとしています。
中国語版鬼武者は女性層の購入を伸ばし、
発売後2ヶ月で少なくとも7万個を売り上げていることから、
鬼武者3(ともう1つ)にも大きな期待がかかっているそうです。
(2003.6.28の記事よりまとめ)


BBS

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おまけエピソード・クリスティ・チョンとの共演 - この記事は、次の映画「恋する惑星」とクリスティ・チョンとの共演作のことにも触れており、
「恋する惑星」は3つのエピソードを持った作品であるとあります。
(初めの2つが長くなりすぎがので、3つ目がカットされ、
独立して「天使の涙」になったと、王家衛監督が語っている通りですね)
武とブリジットのパートは、ブリジットが重要犯罪の証拠を握っており、
警察官の武が出頭して証人になってほしいと説得する内、
2人の間に愛情が生まれるというストーリーだったそうです。

面白いのはクリスティ・チョンとの共演の方で、誰でもこれは「人魚伝説」と思いますが、
どうもそうではなかったらしい。だってタイトルが「狂乱情迷」ですもの。
ま、監督も違うので、「人魚伝説」とは直接の関わりはないと思われますが、
ストーリーというのが、クリスティは遊女の役(時代がわからないのでこの言葉にしときます)。
武は彼女の素性を知らずに知り合う。
その後、武は彼女を遊女の境遇から脱け出させるために
一連の殺人事件を引き起こすことになる……という、
ウ〜〜、スリラーとありますが、大変なお話です。

決まっていたらしいこの話が消えて、
同じクリスティとは「人魚伝説」の主役脇役で共演するようになったいきさつは、
今のところ判明していません(少なくとも私には)。
武のこの映画についての心配事は、クリスティとは何語で共演することになるのか、
ということだったそうです。


BBS


2003年06月27日(金) この2人

はやる気持ちをじっと抑えて……の日々になってきました。
さて、「似ている2人」、並んで写っている写真を送ってくださった方がありました。
ありがとうございます。
こちらです。(加勢さんて、大きいのね。その手にあるのは「標準情人」!)

        


BBS


2003年06月26日(木) JAAの新CM放映(台湾各紙)

台湾の各紙にいっせいにJAA新広告のことが出ています。
このCMは、3月に撮っていたのに、SARSの影響でようやく今、放映になると。
日本ではすでに放映、あるいは今まさに放映中……とあって、
え? ということは、今日からやるの?

内容としては、
 ‘月潭はとてもいい所で、普段は寝坊の金城武も、2日目の朝、7時半に
  自分から目をさましみんなを起こして朝食に行ったほど。
  一行は60人余り(!)。
  ここで食事をしたり、お茶を飲んだり、プールサイドでマッサージをしたりという
  CM内容でしたが、くすぐったいからと武はマッサージだけは断りました。
  武が言うには、もともとくすぐったがりだと。
  で、ある新聞は、だから武はきっと奥さんを大事にするようになるよと言う人もいる、
  というのですが、その因果関係がわからない。どなたか教えてくださいませ。
  武はみんなと太陽餅を買いに行き、スタッフと家族のために幾箱か買いました。

◆‖翆罎了埔譴任了1討任蓮△瓩辰燭妨る事のできない武の出現に、
  あっというまに厚い人垣ができて、叫び声が絶えなかったといいます。
  でも、2人は楽しく仕事ができたようです。
  武には、SARS後、日本人観光客を呼び戻す大きな責任がかかっていると
  期待が寄せられています。

 「向左走、向右走」の方は、アフレコを終えました。
  映画はSARSの流行で9月に上映延期、
  ちょうどそのころ武は新作映画の撮影中、
  ジジは香港で広東語アルバムのリリースということになるため、
  ワーナーは2人がプレミアに欠席する事態もありうるのではと心配しています。
  しかし、武(とジジ)の事務所は、スケジュールが狂ってしまったけれど、
  公開時には台湾でプロモーションができるよう、協力すると話しました。
  武の新作ですが、7月に撮影に入ると書いている新聞もあります。


BBS


2003年06月25日(水) RE:金城武と加勢大周 (別記事)

いつまでも話が進まないので、少し要約しながら、加勢大周とのお話、
ご紹介を終わらせちゃいます。

*********

金城武が加勢大周と会ったのは、あの阪神淡路大震災の2日前のことだったそうです。
そのとき彼は、ちょうど東京で衛視中文台の番組「芸能宅急便」の撮影をしていたのでした。
日本の血が半分混じっている金城武はテレビニュースで災害を知り、動揺していた、
と、1995年1月19日の民生報は伝えています。

金城武と加勢大周、この2人のそっくりな日中のスターが会ったとたん、
双方とも、さっと、知己にでも会ったような驚きと親しみの表情になったとのことです。
2人はざっくばらんに、それぞれの生活、仕事、
さらには内面的なことまで語り合いました。

<加勢大周は武を一目見て、自分と似ていると思った。
「鼻と目のあたりの感じがすごく似てますね。もちろん違うところもあるけれど」
と、自分の鼻筋を指し、「ぼくは、目と目の間はわりに低くて、
先に行くに従ってだんだん高くなる。そちらは初めから高くてまっすぐ」
武は鼻をさすって、かたわらの鏡をのぞき、また互いに顔を合わせ、同時に吹き出した。
顔が似ているだけでなく、2人は年も近い。
加勢大周は去年の12月29日に25歳になったばかり。
彼が武に年をたずねると武は「21歳の誕生日を過ぎたところです」と答えた>


「若いなあ」と加勢が言ったので、武がいつものように気を遣って
「男は21から28までは同じようなものですよ」と言うと、
加勢はそれを誤解したらしく、自分は25歳で、28ではないと何度もことわったそうです。
男性スターも年にはこだわるようで、特に実際より多く見られたときにはそうらしい……
と記者は書いています。

<デビューの年齢はあまり違わず、武が19で加勢が20。
2人ともデビュー後、CM、映画、そしてテレビドラマにも出演。
現在、武は映画と歌と両方の分野で活動しているが、加勢大周はドラマに専念している。
俳優業のことになると、とりわけ話に花が咲き、
台湾・日本双方の仕事環境の違いを語り合った。武は昨年だけで6本の映画に出た。
加勢は、「それは日本ではちょっと考えられない!」と驚く。
「日本では俳優は脚本を読んで出演を決めますね。
役になりきるために、役柄の研究にかなりの時間をかけることが多いですよ」
それを聞いて金城武は羨ましがった。
「台湾では、撮りながら台本を書いていくことがとても多くて。
大まかなストーリーを読んだってどんな仕上がりになるか全然わからない。
だからクォリティの割合高い監督のものを選んでおくって場合がけっこう多いんですけど、
そうすれば、少なくとも出来上がった作品がそれほどひどいことはないですから」>


仕事での苦労について語り合ったとき、武は「報告班長3」で坊主狩りにしたことをあげ、
そのことではずいぶん頑張らなくちゃならなかった、と言ってます。
その種の経験として加勢の場合は、ドラマ「人間・失格」.。
「ぼくは同性愛の傾向のある変態の教師の役で、かなり努力して演じたのだけど、
これがすごく評判がよくなってしまって」、以後、変態の役ばかりオファーが来るので、
役柄が固定されるのを避けるために、ずっと断らなくてはならなかったそうです。

最後に恋愛と仕事とどちらが大切かというお話。これに関しては2人は正反対。
<加勢大周は率直に「恋愛のほうが大事」と言い、
武は「ぼくはまだ若くて、体力もあるから、たくさん映画に出て、仕事に力を注ぎたい。
それに今はとにかく忙しくて恋愛する時間がない」と言う。
といって、加勢が仕事が大事でないと言っているのではない。
「でも、恋愛しないというのはよくないよ、ぼくらもやはり普通の人間だからね」
と加勢大周は言った>

(民生報 1995.1.19)

失礼して……参考のために、対面時の加勢サン

AMUさん、ありがとうございます。
加勢サンの話は終わりですが、このスレはまだ続きます。


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2003年06月24日(火) 金曲奨授賞式決定

延期になっていた、台湾の第14回金曲奨の日取りが、今日決まりました。

・8月2日(土)午後7時より
・台湾大学総合体育館にて

東風で会いましょう!〜〜ということで、
またネット中継で見られるんじゃないかな〜〜〜と
期待しています。

以上、東風サイトより、KIMIKOさんのお知らせでした。


BBS


2003年06月23日(月) 我很好

このジジのMTVはシルビア・チャンが製作したと、
当時新聞で読んだと思っていましたが、
あるジジ・ファンサイトによると、監督の演出ではないとのことでした。
そのあたり、まだ確認していません。

映画の場面や、日本ならDVDの特典映像としてつけられたメイキングからの
映像などを使用して、うまく歌と画面のイメージを合わせています。
今は入手できないものなので、ご参考までに少しの間、お見せします。
(AMUさん、ありがとうございます)
訳詞も一応試みてみました。
(ただし、あくまでジジのMTVですから、ご承知おきを)

「私は元気です」

  私にとって、あなたはまるでお城のよう
  私を大事に守ってくれる
  あなたが行ってしまったあの日、
  いつもより1度多く抱きしめてくれたことのほか、
  何もいつもと変わらなかった

  あなたは言った、愛をやめさせる薬はないと
  いつまでもそっと君のそばにいることしかできないと
  そう話したあなたが忘れられない
  あなたを愛していると私は強くなれる

  私、元気でいられると思ってたのに
  笑ってる人に出会うたび、私の心は泣いている
  誰も知らない、あなたがいなくちゃ、私は元気になれないって

  ねえ、私はほんとに元気よ 
  愛は引っくり返した絵の具のよう
  顔をいろどる悲しみの色は、あなたしかわからない




BBS


2003年06月22日(日) ひと休み

        


BBS


2003年06月21日(土) 金曲奨での「四小天王」in 1992 ●<参考>四小天王

こちらのBBSで話されていた、アイドル時代、武は金曲奨で
受賞したことがあるのかという話題ですが、
そこで言及されていたジミー・リンらと一緒に出演していた映像は、
1992年の台湾金曲奨のときのものではないかと思われます。
ジミー・リン、ニッキー・ウー、武、そしてスー・ヨウポンも映っていた? でしょうか、
武は「無照青春」だか「同班同学」だかの台湾語の歌を歌っているという映像ですね?

結論から言うと、このときは受賞者としての参加ではなく、
その後も受賞したという記事に出あっていません。

過去の新聞記事によると、この年の金曲奨は、それまで、
開会するとまもなく受賞者名がもれてしまったりなど、
授賞式が魅力のないものになっていたのを
なんとか改善しようと試みた回だったようです。
さらに間の悪いことには、会を盛り上げるベテランの司会者が、
それぞれ忙しくて今回押さえられない。
ノミネートされた女性歌手は、いわゆる人気スターに属さない人が多く、
頼みの男性歌手は、ノミネートされた5人の内、1人はアメリカでコンサート中、
1人はアメリカ滞在、1人は香港で撮影中、1人は兵役という具合で、
出席できるのは周華健(エミール・チョウ)ただ1人……

そんな状況のもと、なんとか旧弊を打破するために、
受賞者が発表までもれないよう、細心の注意を図るほか、
コンサートに力を注ぐことにし、舞台演出を刷新し、
人気の若手、ジミー・リン、ニッキー・ウー、スー・ヨウポン、
金城武を一堂に集めるなど、出演者にも工夫をした、ということだそうです。
実際、それぞれのファンが集まって、かなりにぎやかだったようです。

のちの記事に、この授賞式でそろって出演して以降、4人は、
現在の台湾における「4大アイドル」と暗黙の内にみなされるようになったとあります。
そして、香港スターに圧倒されて、静まり返っていた国内歌謡界で、
この台湾が生んだ青春歌手達は、北京語歌謡界(台湾には台湾語による歌もある)の
一服の強心剤になるだろうと言っています。
他の記事でも「土産」のスターという表現があり、当時、
年少の4人が「台湾四大(または四小)天王」と命名された事情が何となくうかがえます。

なお、主催者がひやりとするできごともありました。
というのは、式典前夜に金城武の台湾での居留証の期限が切れ、
彼が出国しなければならないということがわかったからです。
武は日本国籍のため、2ヶ月に1ぺん、居留証を更新せねばならず、
その期限が金曲奨の前日だったというわけです。
「四大偶像天王」の1人でも欠かすわけにはいかない。
そこで、武は2日前に香港に出て、更新してから、
前日の朝、戻ってリハーサルに参加しましたが、
主催者は大いに肝を冷やしたということでした。


BBS

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<参考>四小天王 - 最近の新聞に載った「四小天王時代」の写真。
左からニッキー・ウー、ジミー・リン、武、蘇有朋(スーヨウポン)。
これで見るとジミーと蘇有朋は似て見えるけれど、全然違いますよ、pさん♪
ジミーは本当に美少年。
彼は香港でもすごい人気になったけど、ずっと北京語で通しましたね。
私が武の映画や台湾の歌番組を見ている横で、
いつのまにか娘が、一緒に出ていたニッキーとジミーのファンになっていて、
そのせいで逆に2人の歌やMTV、ずいぶん見ました。
そのアイドルぶりが結構好きです。

     


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2003年06月20日(金) 上海でもプロモーション(向左走〜)

ワーナー、金城武の「向左走」を全力でプッシュ

ワーナー本社の関係者が昨日明かしたところによると、
すべて順調なら、金城武、ジジ・リョンらは9月に上海を訪れ、
ジョニー・トー監督の映画「向左走、向右走」の宣伝活動を行う。
既報のように、時間的な関係で、この映画の内地でのプロモーションは
上海一カ所のみで行われる。

(中略)さらに、ワーナーはずっと金城武のアジア市場での集客力に注目し、
3年前から彼にあった脚本を探してきたが、
今回の監督、脚本、主演女優の陣容には非常に満足しているという。

ご存知のように、この映画は全世界で公開される。
金城武、ジジ・リョンらはそろって上海を訪れる予定。
原作者のジミーも参加するかどうかは未定。
(新聞晨報 2003.6.19)


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2003年06月19日(木) 台湾・延期の第14回金曲奨開催へ

新型肺炎の流行で延期された第14回金曲奨の実施について、
早ければ7月末に行われるとの見込みだそうです。
金曲奨事務局はできるだけ早く行いたい意向ですが、
いつになるかは会場しだいとのこと。

当初の予定だった国父紀念館は年末まで予約がいっぱい。
16日、事務局と東風両者で、台大体育館を視察し、東風はこれは行けるという感触を持ちました。
イベント会場としては、国父紀念館よりはるかにすぐれた点が多く、
もしここに決まれば、新しい試みもできるだろうと東風は見ています。
ただ、準備には1ヶ月以上かかり、
スケジュールが取れるのが7月末以降であるため、いつにするかは検討中。

ゲストは新しく交渉しなおすが、前回依頼した人にはできるだけ出席してもらいたい方針。
コンサートなどの企画についても変更しなければならないでしょう。
例えば、当初、考えられていたレスリー・チャン追悼の企画も再考されるそうです。
(聯合報・聯合晩報 2003.6.17よりまとめ)


BBS


2003年06月18日(水) 「君のいた永遠」と台湾大地震●RE:「君のいた永遠」(心動)・ジジのMTV

「君のいた永遠」と台湾大地震

15日の民生報で、香港の映画会社メディアアジア・フィルムズについて書いてあるなかに、
「心動(君のいた永遠)」の公開時のことがあり、懐かしかったので、ちょっと。

シルビア・チャンと3大若手スターの共演による大注目作。
早くから、多種多様なプロモーションが行われていた「心動」ですが、
ご存知のように、香港でプレミアが華々しく行われ、
引き続いて台湾でも行われようとした矢先、大地震が起きてしまったのでした。

1999年は、夏にエリクソンのCM第1弾ラーメン編、第2弾心のコミュニケーション編が
続いてオンエアされ、ポスターは盗まれるわ、売れすぎて欠品を起こすわ、
そして秋の「心動」で、ある意味、台湾での金城武の人気が絶頂に達した年でした。
7月に初めての台湾行きを実現した私も、武バスには何台も遭遇し、
テレビでラーメン編を目撃しました。
向こうで知り合いもでき、ですから、その秋の大地震は本当にショックでした。
通勤時に隣の人の夕刊紙で地震の起きたことを知ったのですが、
台北が全部瓦礫になってしまったのではと、絶望的な気持ちになったほどです。
そういう意味でも、思い出のある映画です。

*********

「心動」は資金面はもちろん、キャスティングにも苦労を重ね、
シルビア・チャンは、何度も製作をあきらめようかと思ったほどだった。
後に、メディアアジアと日本の資本との共同製作となり、
ようやくこの初恋をめぐる恋愛映画は完成をみた。
香港ではこの種の作品はあまり受けないが、台湾ではある程度の結果が見込めたため、
全力をあげて前売を推進した。

9月21日の早朝、シルビア・チャンは、台湾でプロモーション活動を行うべく、
勇躍飛行場へと向かおうとしていた。
そのとき、メディアアジアから緊急電話が入り、ストップがかかった。
台湾で大地震が発生し、大混乱に陥っているというので、
すべてのプロモーションは取りやめとなったのである。

「心動」は地震とまさに鉢合わせしたのだ。当時、台湾中が停電の危機にあるなか、
主演男優の金城武はすぐ飛行機で台湾に到着し、
プロモーションが中止になると、家族のもとに駆けつけた。
宣伝活動ゼロの状態で、台湾中に悲痛な空気の立ち込める状況のもと、
「心動」は公開されたのである。
初日、公開劇場である中国戲院には長蛇の列ができていた。
すぐに、さらに2つの劇場での公開が決定された。
メディアアジア台湾支社では全社員が映画館に出向し、モギリの手伝いをした。
映画館は熱気に包まれていた。メディアアジアのスタッフは、それを、
「中国戲院の一番前と左右両端の席は30年間埋まったことがなかったのに、
どんな悪い席でもびっしりだ」と表現した。

地震により、台湾の建物は多く倒壊し、多数の死傷者を出した。
国中で災害救助に奔走している状況で、
「心動」はなんと5000万台湾元を越える成績をあげたのである。
これは中国語映画が久しく記録したことのない好成績であった。
台湾での結果は香港に伝えられ、香港の興行成績に大きな影響を与えた。
香港のメディアアジアはこれを、前売りが好調であったことが、
大地震の影響を受けずにすんだ理由だろうと分析している。
シルビア・チャン映画の評判が伝わり始めると、当然観客は増えていき、
香港の興行をも動かした。

シルビア・チャンが「心動」の企画を進めていたとき、
3人のスター、金城武、ジジ・リョン、カレン・モクはいずれも俳優兼歌手だった。
主題歌をだれに歌わせてもきしみが出るので、シルビアは映画には主題歌を使わず、
この感動的な繊細な物語には、映画音楽のみを配することにせざるを得なかった。
当時、すでに秘密の契約が結ばれていたという。
それはもし主題歌を作るなら、歌うのはジジ・リョンでなければならない、というものである。
後に、シルビアは黄韻玲が作曲した映画音楽に心を動かされ、
歌詞をつけ、シノ・リン(林暁培)に歌わせることにした。
この曲は大ヒットし、世間ではこれが映画「心動」の主題歌だと思われているが、
実は、映画主題歌ではなく、映画「外」の主題歌でしかないのである。
(民生報 2993.6.15)

主題歌については、このころには武は既に歌手活動を停止していましたから、
実際はジジとカレンの問題だったのでしょう。
台湾では、主演俳優達の3枚のポスターを用意、
前売り券に好きなものを1枚つけるという方法をとりましたが、
これが大当たり。記録的な売り上げを示していたのです。
もちろん一番人気はダントツで武のポスター。
細長い、しゃれたデザインでした。↓ わかりにくいですが、白く縁取りがしてあります。
(本当は3枚同じ大きさです。念のため)

     

日本では、前売り券1枚につき、1枚の浩君の写真入り、
銀色のやや大判のポストカード1枚でした。
他に、メモ帳やミニポスターなども製作され、宣伝はかなりがんばっていたようです。
銀座で「君のいた永遠」のパネル展が開かれたとき、
会場に武に渡すという寄せ書きノートが置かれ、何冊にもなっていましたが、
そこへの書き込みで、正月から月9で中山美穂と共演するということを知ったのを、
今思い出しました。


BBS

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RE:「君のいた永遠」(心動)・ジジのMTV - 主題歌がないという話は当時の新聞でも読みました。
99年8月の星報では、金城武はずっとCDを出していないから別として、
ジジとカレンの双方が主題歌を歌うことを希望していたため、
角が立たないように主題歌なしで行くことに監督が決めたとあります。

監督はジジに対して、その穴埋めに、映画の映像を使って
ジジの新曲のMTVを自ら製作してやりました。
アルバム「新鮮」の中の1曲「我很好」です。
これと、映画の予告を収めたVCDが、このアルバムの第3版の付録としてついたのです。
向こうでは、販売促進のためにCDにおまけがつくことが多いのですが、
初回、第2回……と、違ったものをつけていくので、
ファンはチェックが大変。
武は「幸い」今はCDを出しませんから、そういう「苦労」はありませんが……
それはともかく、なかなかいい曲で、映像ともよく合っているし、
まるで映画の主題歌のような感じがします。



とにかく、このときの宣伝はすごくって、「向左走〜」はポスターが3種出るそうですが、
「心動」は何種出たのか――
香港・台湾それぞれ違う写真集が出たくらいで(日本版も独自編集でしたね)、
関連のグッズや出版物、雑誌類を全部買っていたら、財布がかなりキビしくなるほど、
まさに「うれしい悲鳴」状態でした。
そんな中で心待ちにされていたプレミアが、こんな形で中止になるとは
もちろん、だれも予想していなかったと思います。
にもかかわらず、大ヒット。
前売りが台湾で新記録状態であったことも原因でしょうけれど、
未曾有の事態の中で、美しい監督と俳優達が描き出す細やかな恋愛映画が
人々の心をなぐさめたという面もあったのではないでしょうか。
そんな気がします。


BBS


2003年06月17日(火) 武 in 「日本語会話」テキスト

台湾の若者向けの日本語会話学習誌を2,3見たことがあります。
けっこう楽しげなつくりで、芸能界の話題やファッション、旅行など、
現代的題材をいろいろととりいれていますが、
その会話文が、かなりくだけたものであるのに、ちょっと驚きます。
流行語とか、若者特有の言い回しとか、
もし、こんなのを英語や中国語のテキストで使われたら、私なんかお手上げ……
これはいわゆる哈日族(まだこの言葉は生きてるのかな?)向けだから?
連ドラに使われるような話し言葉がいっぱいで、実用本位なのでしょうか、
あちらの人たちは果敢だなあと、感心してしまいます。

台湾の人から以前コピーを送ってもらったのも、
多分、そういう会話誌の1つだと思うんですが、
内容も、またそれを北京語でどう訳しているのかも面白かったので、
みなさんにもお見せしたいと思いまして……(無断転載ごめんなさいm(_ _)m
去年の夏の号です。

1枚目2枚目


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2003年06月16日(月) 「向左走、向右走」製作発表会のエピソード・3

マレーシア・メディアの記事、最後の分です。

*********

ジョニー・トーは、金城武を映画「向左走、向右走」の主役に選んだわけを、
彼が非常に物静かで、原作の主人公にぴったりだったからだと語った。
「それに、いつもはなかなか見られない。
露出がすごく少ないから、とても貴重な感じがあるだろ。
アンディ・ラウなどがしょっちゅう見られるのとは違って」

アンディとの仕事が多く、常に彼のために新境地を開拓してきたトー監督は、
自分が失言に近いことを言ったのに気がついて、すぐ弁解してこう言った。
「アンディがよくないと言ったんではないよ。
ただ、彼は露出があまりに多いから、みんなよく知りすぎていて、
原作のメランコリックで寡黙な主人公には合わない感じがするということなんだ」

自分を大きな子どもだと自称し、
子どもの心を持ち続けて初めて大胆な創作が展開できるんだというジョニー・トーは、
この映画を撮るにあたっての心積もりについて、
自分は原作が本当に気に入っていると何度も強調した。
「年齢、階層を問わず、人はみなどこかでつながりあって生きている。
この映画は、その、人の縁、そして人と人とのかかわり方を描くものだ。
私達は映画化に際し、原作の味わいと精神をそのまま残すようにした」

この映画は他の香港映画と、何か違うところがあるのだろうか?
彼は、台湾でロケを行ったことをあげた。違う場所を舞台にすることで、
いつもと違った感じを与え、香港の観衆に新しい視野を与えたいと望んだからだ。
そのとき、中国の記者が発言し、
牋柄亜▲札螢佞凌瑤100に満たない映画を見たことがある瓩箸いΔ茲Δ覆海箸鮓世辰拭
トー監督はその質問の意図がつかめなかったが、それがわかったとき、はっきりと答えた。
「大丈夫! 我らが映画のセリフは絶対100以上はあるよ!」

*********

この話を読んでも思うんですが、ファンにとっては「忍耐」のもとである露出の少なさも、
製作側にとっては、大スターでありながら新鮮さを感じさせる、
プラスの方向に働いている気がします。
それと、かけもちをせず、その作品だけに専念することも、
いい悪いではないですが、監督にとってはやはり嬉しいことなのではないでしょうか。
カムハン監督も、確かそのようなことを言っていたと思います。


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2003年06月15日(日) 「向左走、向右走」製作発表会のエピソード・2

同じマレーシアの記者によるものをもう少し。

***********

「向左走、向右走」の中でバイオリニストをやるんだと知ったとき、
金城武がまず一番にしたことは、トー監督にこうたずねることだった。
「ぼく、バイオリンを弾かなくてもいいかな?」
(答えはもちろん、「ダメ! 原作に忠実にやるんだから!」)
そこで、彼は役柄になりきるため、レッスンに通い、
今ではいくつか簡単な曲を弾けるようになった。
しかし彼は、バイオリンは難しいと、繰り返し強調する。
「正しい姿勢が大事だし、自然な感じに見えなくちゃいけないからね」
言いながらおどけた顔をしてみせる。

製作発表会のとき、彼は、ジジ・リョンとはまるで別の映画に出ているみたいだと言った。
――では、だれが相手役なの? 
彼は笑いをこらえきれない様子で答えた。
「それでもやっぱりジジなんです! でも、たいてい自分を相手に演技している。
うーん、つまり空気を相手役にね!」

彼によると、この映画では学ぶことが多く、監督がどのようにシーンを組み立てるのか、
どんなふうに撮影するのか、実地に見ることが出来るという。
「ぼくは毎回隣で見ているんですけど、
いつも感じるのは(と右の席のトー監督を指して)監督はすごいってことです」
このとき、トー監督がちょうどセキをした。
金城武は監督を見て、「本当ですよ、おせじじゃないですよ」と言ったので、
監督は笑いながら彼の足をたたいた。2人がお互いを理解し認め合っているのがよくわかる。
もともと金城武の香港映画第1作は、トー監督の「東方三侠2」であり、
数年前には、「パラダイス!」で再び一緒に仕事をしている。
金城武が「あの映画は本当にくたびれました。だって殴られてばかりだったから」
と言うと、トー監督は声をあげて笑った。

映画「リターナー」、ドラマ「ゴールデンボウル」などのように、
最近仕事の中心を日本に移しているように見えることについては、
別にそういうことではない、日本でオファーされた作品が、
とてもやってみたいものだったからだと答えた。
また、脚本だけでなく、製作スタッフも見て作品を決めるという。
では、ずいぶん選ぶんですね、と聞かれて、彼はまあ、そうですと答え、
「けっこう選びます。自分がやりたいという気持ちになるだけでなく、
その仕事の中で何か新しい経験ができて、もっと自分が成長できるものがやってみたい。
大事なのは、自分が好きだと思えるということですね。
無理のある脚本はやりたくない。そこに真実を感じられるものがいいと思います」

彼はこの作品に出ることになって、初めてジミーの原作を読んだそうだが、
狄佑魑磴せたり、笑わせたりする文芸作品瓩とても好きだという。
最近印象に残った映画か本は? と聞かれて、
彼は右手で右の目を押さえ、しばらく考えたあげく、
いかにもいたずらっぽい様子で答えた。
「スピルバーグの『A.I.』です。オイオイ泣きました」


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2003年06月14日(土) 「向左走、向右走」製作発表会のエピソード

加勢大周のお話のはずでしたが、「向左走、向右走」関係で
マレーシアの記事が面白かったので、寄り道します。
気分は今、「向〜」でもありますし。

4月末に製作発表会が香港であったときのこと、
招請を受けてマレーシアからも「星州日報」の記者が取材に赴きました。
今さらですが、香港・台湾の記事と趣が違っているのでご紹介。

*********

2月末にワーナー・ブラザーズ・マレーシア支社から話があり、
「向〜」製作発表会の取材に招かれて香港を訪れた。
星洲日報はマレーシアで唯一招かれた新聞であり、
しかも主演男優は、めったにメディアに姿を見せない神秘の大スター金城武だものだから、
少なからぬ羨望のまなざしを免れなかった。
製作発表会では、マスコミは金城武に殺到し、
彼らには、ジョニー・トー、ワイ・カーファイ、ジジ・リョンは
まるで重要な脇役くらいにしか見えていないかのようであった。

発表会終了後、マレーシア、中国、シンガポール,日本などのマスコミによる
共同インタビューの時間がもうけられた。
映画会社は、監督2人と主演男女優のインタビューを、
10数人の記者を2グループに分けて行うことにしていた。
もし、トーとワイの2人を一緒にし、主演2人をもう1組にすれば、
20分間のインタビューは、十分話が聞き出せるものになったかもしれない。
あいにく映画会社には彼らの考えがあって、結局ジジ・リョンとワイ・カーファイ、
ジョニー・トーと金城武という組み合わせでインタビューは行われた。
監督と俳優の両方に気を配りながらのインタビューは、
出演者としての話を少し聞いたと思ったら、今度は監督する上での話に変わり……というふうに、
どちらも十分に聞くことができず、かゆいところに手が届かない感じになりがちだ。

20分の持ち時間ということで、みんなはまずジョニー・トーに狙いを定めた。
それから、おっとりして口数の少ない金城武をゆっくりインタビューするつもりだったのだ。
トー監督は汗っかきで、話に熱が入ると、ハンカチで顔をぬぐっては話を続けた。
その隣で、金城武はまるでおとなしい子どものように、もっぱら耳を傾けていた。
トー監督にいくつか質問がすんだころ、スタッフが済まなそうにやってきてこう言った。
「金城武はすぐ撮影に入らなければなりませんので、
最後に2つだけ質問をして終わりにしていただけませんでしょうか?」
(最後に2つ? 私達はまだ質問を始めてもいないのに!)

そこで、みんなはトー監督はちょっと「横においといて」、いっせいに金城武に矛先を転じ、
質問しようと先を争った。金城武を簡単に放してなるものか!
幸い、本当に2つだけということにはならず、金城武は1つ1つ質問に答えてくれたが、
最後には撮影をこれ以上遅らせるわけにいかないということで、
すみませんと言いながら、会場を去っていった。

面白かったのは、金城武が自分が何語で話したらいいか、迷っているらしかったことだ。
記者達がそれぞれどこから来たか自己紹介すると、彼は一々うなずいてニッコリした。
いよいよ質問に答えるとき、彼は言った。
「北京語で話しましょうか、それとも広東語の方がいいですか?」
結局、得意なほうの北京語で答えを返した。
(2003.4.27)


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2003年06月12日(木) 「向左走、向右走」いよいよ上映へ

香港・台湾の各紙に一斉に第2弾ポスターと公開の記事が。
香港では9月11日の中秋節、
台湾では9月末の教師節(いつでしょう)に上映されることに
正式に決まりました。シンガポール、マレーシアは香港と同時公開です。

今回、2枚1組の新ポスターが公開されました。
最初の自転車に乗ったポスターは日本で撮影されたものですが、
新しいものは、台北の市政府前広場で100人以上のエキストラを使って撮影。
人工雨を降らせる中、10数回撮り直した、力のこもった作品。



追記:調べました。教師節は孔子の生誕を祝うもので、中華民國では国の休日。
   孔子が生まれた陰暦8月27日を太陽暦に換算した9月28日――だそうです。


追記2:ポスターの絵柄を拡大すると、1枚目2枚目

追記3:放水車を使って雨を作り、何度も取り直しで、武、ジジとも風邪をひいてしまったとか。
    また、この後ポスターはあと1種類製作されるそうです。


追記4:台湾りんご日報には、9月27日上映とあります。


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2003年06月11日(水) チャン・イーモウの新作・主演はアンディに

昨日今日の大陸メディアに続々アップされていますが、
9日朝の中国瀋陽今報の報道が最初のようです。

チャン・イーモウの新作の主演男優はアンディ・ラウに確定したと、
記者の取材にプロデューサーの張偉平が直接返答したそうです。

8日にアンディ・ラウが香港での催しの際、国際舞台での活動を考えているが、
それはチャン・イーモウの作品に出演するという形で実現したいと述べたことから、
同紙記者が張偉平に問い合わせたもの。
アンディはチャン・イーモウと仕事したいとこれまでたびたび表明していましたが、
すでに監督とアンディは隠密裏に接触をしているとのこと。
さきに確定済みのチャン・ズーイー、そしてアンディ以外の配役については、
まだ最終決定を見ていないそうです。
脚本はほぼ完成し、順調に行けば年末から撮影の予定。

その他の配役に金城武が予定されているのかどうかは全くわかりません。
記事は「主演男優は金城武からアンディ・ラウまで、にぎやかに取りざたされていたが」
という書き方をしているので、微妙です。

海外ファンサイトでは、この映画への出演の可能性について、
特にチャン・ズーイーとの共演の是非で意見が活発に出ていましたので、
(彼女との共演は絶対いやだという人が結構多い)
このニュースに喜ぶ人、やはり出てほしいという人、様々です。


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2003年06月10日(火) 「向左走、向右走」公開日

香港は決まった(?)ようです。

こちらこちら


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2003年06月09日(月) 金城武、加勢大周に会う (1995)

デビューのときから、金城武は加勢大周に似ていると言われていました。
1995年に、台湾のテレビ局衛視中文台の企画で日本を訪れたとき、
その加勢大周に会っています。
「金城武対金城武」という番組に、そのほんの一部がおさめられていて、
VCDで見た方もいらっしゃるでしょう。

1995年1月19日の聯合報によると――
<スタジオで会った2人を見て、周りは「よく似てるねえ〜」とささやきあった。
スタッフの話では、加勢大周は台湾に自分によく似たアイドルスターがいると聞いていて、
ずっと会ってみたいと思っていたそうだ。今回、衛視が対面を企画したことで、快諾。
武を一目見た彼は、本当にびっくりし、「想像していたよりずっと似ている」と言った。
観察するうち、違うところも発見。
加勢大周いわく、「彼の鼻の方が高い」「あちらは一重瞼」「彼の方がハンサムだ」……
言われて武は恐縮した。

武は自分の最新アルバム「標準情人」を記念に献呈。
加勢大周は武が歌と映画の両方で活動しているのを非常に羨ましがった。
彼は歌が好きだが、カラオケで発散するだけで、今しばらくはアルバムを出す予定が無い。
彼は自分からCDに武のサインを求め、
今年、マスコミを避けて台湾に観光に行くつもりだと打ち明けた>

↑のTV番組では2人同じ画面に映したシーンがないのですが、
確かに似ていると言えるかも。
キャプできないので、志ある方は、よろしくお願いいたします。m(_ _)m
話すときの、自分の内側を見ながら言葉を選んでいる感じと、
話し終わって、自分に確認するように、細かくうなずくところなども
似ているように思えました。

この対面について、別の記者による、もう少し詳しい記事をこの次ご紹介します。


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2003年06月08日(日) 映画「ラベンダー」の記事に添えられた詩

愛について語るそばから、
愛は遠く手の届かないところに逃げてゆく。
あの人は、あの人のやり方で私を愛している。
もしかしたら、頭がおかしくなっているだけかもしれない。
でも、愛しているの。違うなんて言わないで。

天使は涙を流したことがない。
ぼくのまつげを濡らしているのは、ただの雨粒だ。
愛されるだけ、愛するのは永遠に許されぬこと。
少しずつ知る、いとしい人のぬくもり、心に届いてくるいとしい人のまなざし。
この温かさはいったいどこからわいてくるのだろう。

ラベンダーは泣かず、語らず、
風は空を舞い、低く声をあげる。
今宵、私は彼を愛し、彼もまたときどき、愛を返してくれた。
ああ、その透き通った無垢の瞳を、どうして愛さずにいられよう。
愛はかくも、かくも短く、
そして、忘却は、かくも、かくも長く。
ラベンダーはいつも、泣かず、語らない。

(「babe」 2001.5)


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2003年06月06日(金) ベルリン映画祭での「ラベンダー」(2001)

Yahooの掲示板でしたか、ある人が「ラベンダー」をつきあいで見に行ったとき、
1人、すごく反応してよく笑う観客がいたのだそうです。
他の人はみな静かだったそうですが(書いた本人は眠かった!そーです)。
終わってから見たら、白人の男性で、やっぱり見るところが違うのか……
とありましたけど、それで思い出したものが。

2001年2月に「ラベンダー」はベルリン映画祭でパノラマ上映されているのですが、
(ラスト、閉幕作品として)
そのときのドイツの観客の反応を報じたニュースです。
(他の香港映画についての記述もありますが、割愛)

「ドイツの観客の香港映画愛好度は、日本と負けず劣らず、台湾などより、はるか上である。
金城武とケリー・チャンが主演した「ラベンダー」は、構想が非凡で、
凝ったカメラワークのロマンチックな恋愛映画であるが、
英語字幕で鑑賞するドイツの観客の反応は熱烈だった。
1000人を越える超満員の観客は、多くがサラリーマンや中上流層の人たち。
カップルも多く見られる。
映画が終わると満場の拍手、さらには「ブラヴォー」の歓声が沸き起こった。
そしてスタッフロールが終わると、再び拍手。
監督のイップ・カムハンはこの身にあまる待遇に驚き、喜んだ。
「ラベンダー」は流行のアロマオイルに託した、
地上に落ちた天使と愛を失った若い女性との物語で、
超現実的で明るいストーリーは、実はケリー・チャンがアロマ浴をするときの一時の夢である。
終わり近く、プロヴァンスの広大なラベンダー畑で撮影されたシーンは、静かで美しい」
(民生報 2001.2.19)

カムハン監督と観客とのやりとりも、すごく活発だったそうです。
西洋の人たちが、映画のどこを面白がったのか、知りたい気がします。


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おことわり - 今日、有事三法が成立しました。
無力感で何をする気にもなれません。
1日お休みします。
何が起こっているか知ることなく、
浮かれている私達日本人のこれからを考えると目の前が暗くなります。


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2003年06月04日(水) CM出演の基準 (1996民生報)

D505i のCM、欲を言ったらキリないけど、私は満足。
少なくとも、商品の訴求力はあるんじゃないかな。CMは、まずそれが第一だし。
それはともかく、自分の使う可能性のないもののCMには出ない(ヤウさん談)武。
逆に言うと、携帯なんか、もうぴったりで、
いつかは日本でも出演するだろうと予想されてたと思います。
(ただし、使いすぎには気をつけてほしいけど。電磁波の安全性は証明されていません。
ちなみに携帯は目と脳に至近距離で使用するので、子どもにはできるだけ使わせない方がいいそうです)


その原則で行くと、不思議だったのが、コンタクトレンズ保存液のCM出演。
ご存知のように、彼はすごく目がいい。

  これですね。

もっとも、後にエリクソンのサメ機CMでブルーのコンタクトを使用し、
装着に悪戦苦闘していましたね。
ちょうどこの疑問に答えている記事がありました。

1996年1月の民生報ですが、「いいかげんに売りつけているんじゃありませんよ」というタイトルで、
スターにも、それぞれCM出演のポリシーがあると書いています。

********

消費者第一の時代、スター達も、CM出演に際し、「自分は誠実だろうか?」と、
ますます自問せざるを得なくなっている。
金城武は近視でないのに、どうしてコンタクトレンズ用品のCMに出ているのか?
ジャッキー・チェン、天心など、それぞれに自分の尺度と、選ぶ基準があるのが面白い。

天津で「暗黒街」を撮影中の金城武は、スター人気急上昇中で、
多くのスポンサーに最高のCMキャラクターとして目をつけられている。
スケジュールの都合がつかず、多数断っている状態だが、事務所はオファーの中から、
「若さ」のイメージで訴えかける、あるコンタクトレンズ保存液のCMの話を選び、
武にやらせたいと考えた。武は承諾した後、自分が近視でないことを思い出し、
「嘘をいうことになるんじゃないか」と1人悩んだ。

偽ってCMに出る気にはどうしてもなれなかった武に、CM会社がこうアドバイスをした。
「今は近視でない人も、カラーコンタクトをするのが、一種の流行ですよ」
それは、武にも納得できる理由だった。彼自身、カラーコンタクトをする友人が多かったからだ。
となると、保存液の問題は大事だ。
彼はすっきりした気持ちでCM撮影に台湾に戻ったのである。

**********

もう1人、ジャッキー・チェンの部分を抜き出します。

「ジャッキー・チェンは長いことスターの座にあり、
国際的な舞台でも名声は日増しに高くなっているから、CM出演料は300万香港ドルを下らない。
しかし、金で彼を動かすことはできない。イメージを大切にするジャッキーは、
2年前、喫煙が青少年に悪影響を及ぼすことをおそれて、
長年のニコチン中毒からきっぱりと足を洗った。
当然CMの商品についてもチェックしており、煙草と酒のCMに
スポンサーが500万香港ドルのギャラを提示したときも、丁重にお断りしたのだった」
(以上、1996.1.12付より)

↑の広告の左下の部分(懸賞のブロマイド)、ちょっと大きくしてみます。




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2003年06月03日(火) 「恋する惑星」のエピソード・3

「恋する惑星」の話を、続けてもう1つだけ。
少し重複する部分もありますが、こちらの方がより詳しく書かれています。

金城武、ウォン・カーウァイと出会う
――千里馬と伯楽がそれぞれの長所を伸ばし合う

金城武は萎縮してしまって手が伸びず、
エキストラのインド人を力をこめて殴ることができない。
エキストラも申し訳程度にはむかうかっこうをするだけだ。
「カット、カット、カット!」
監督のウォン・カーウァイは飛び出していくと、エキストラをつかみ、大声で怒鳴った。
「殴るんだ、本気で殴るんだ、打ちのめせ!」
金城武は横でそれを聞いて震え上がった。
彼は考えた、このエキストラは本気で自分を殴ってくるだろうか、
自分はどうしたらいいだろう? 
考えがまとまらないうちに、監督は号令を出していた。「アクション!」
もう間に合わない。金城武の自衛本能は飛びかかってくるエキストラに、こぶしを炸裂させた。
2人は一瞬もつれあい、全力で攻撃しあった。
土ぼこりがおさまったとき、武演じる刑事は、エキストラを押さえ込み、
見事、この「悪者」の頭に銃を突きつけていた。

監督のウォン・カーウァイは昨日、この迫真的なシーンに話が及んだとき、
得意げな笑みを口元に浮かべて言った。
「俳優の心理を理解すれば、簡単に彼らの内心にあるもの(情感)を
表につかみ出すことができるのさ」
このシーンの金城武のアクション演技における、彼の内心の情動とは、メンツの問題である。
つまり、みんなが見ている前でエキストラにたたきのめされたくないということだ。

ウォン・カーウァイは「即興」のスタイルでチームを組織していく。
カメラマンのジェフ・ラウはウォンのやり方をジャズの演奏のようだと言っている。
各人はみな、自分が何をしなければならないか、大まかに知っていて、
実際の成果は、カメラが回り始めてようやく明らかになる。
金城武は「恋する惑星」の撮影の後半には、すでにこの種の即興演技をのみこんで、
自由自在に演じていた。電話をかけに急いで走っていく場面を撮ったときのこと、
彼はあまりにあわてて走ったので、靴が脱げてしまったほどだった。
ウォン・カーウァイはそれがすごくいいと思ったが、
撮り終わったあとで金城武が得意そうに駆け戻ってきて、
こう言うとは思ってもいなかった。
「ぼくの靴の脱げ方、よかったでしょ?」
なんと、自然な感じで脱げたように、武がわざとしたものだったのだ。

ウォン・カーウァイは言う。
「金城武はもっと大人になったら、きっと監督いじめの俳優になるだろう」
ウォン・カーウァイは、フェイ・ウォンも、金城武と似た素質を持っていると見ている。
レスリー・チャンは、ウォンの監督した映画のNG回数記録保持者だ。
「欲望の翼」で42回のNGを出したのである。
(聯合報 1994.8.20)


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2003年06月02日(月) 「恋する惑星」のエピソード・2

金城武、初めて大スターと共演、ブリジット・リンに心から敬服

最近「恋する惑星」の試写会が香港で行われたが、
一番観客の好感を得たのは金城武とブリジット・リンの共演シーンだった。

ブリジット・リンと金城武が出会うシーンの撮影には、3晩かかっている。
ストーリーは、失恋したばかりの金城武が薄暗いバーで酒を飲みながら、
一番最初に店に入ってきた女性に恋をしようと決める。
入ってきたのはブリジット・リンだった。
金城武は側に行き、ナンパしようとするが、彼女はとりあわない。

「恋する惑星」はブリジット・リンにとって、結婚前の最後の出演作である。
彼女はずっと金色のかつらにサングラス、そしてコートをはおったままで、
この作品はかなり変わった味わいなのがわかる。
金城武はハンサムな刑事を演じており、
ブリジット・リンとの共演場面が1番多い。
試写の終了後、2人の演技は大変な賞賛を浴びた。
ウォン・カーウァイ監督はすぐ、カットした2人のシーンをもう1度復活させた。

初めてブリジット・リンと共演した金城武は多くのことを学んだ。
彼は、ブリジットが1つのシーンを撮る前に、3,4時間かけて
ライティング技師やメイクアップ担当者と打ち合わせをしているのを見て、
大スターの仕事への執念を知った。
ブリジットは気さくな人柄で、武が緊張し始めているのを見て取ると、
自分から声をかけて、こう教えてやった。
「ウォン・カーウァイはたくさん撮って、最後にはいつもカットしちゃうんだから、
安心して大胆に演じればいいのよ。遠慮することないわ」
この後、武は緊張しなくなった。
(聯合報 1994.7.15)


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2003年06月01日(日) チャン・イーモウ・新作の話題は続く

チャン・イーモウの次回作については、たびたび噂にのぼり、
以前、こちらでも少しご紹介しましたが、今日のりんご日報にまた記事が。
大陸の報道を元にしたものですが、まずこちらから。

金城武、チャン・イーモウの新作に出演

チャン・イーモウが準備中の時代劇映画は、8月に撮影開始を予定している。
最近、出演者として報じられたアンディ・ラウとチャン・ズーイー、陳道明の他、
金城武の参加も可能性がある。

日本での仕事に重点を置いている金城武は、
以前からチャン・イーモウを高く評価しているが、
今回一緒に仕事をする機会が訪れたことに期待を持っている。
先日、チャン・イーモウのプロデューサー張偉平は、
内地(中国大陸)のメディアのインタビューで、上述の4人が考慮中であることを認め、
起用の可能性を否定しなかった。
金城武は日本での仕事が忙しいが、この映画への出演のため、
事務所ができるだけスケジュールを調整してくれることを希望している。

今回のアンディへの出演要請が興行的な理由からだという噂については、
張偉平は否認し、こう言った。
「完全に役柄上の必要からだ。チャン監督のキャスティングは非凡だと私は考えている。
今は脚本が未完成であり、いつクランクインするかは
新型肺炎(SARS)の状況を見ながら決定することになる」
(りんご日報 2003.6.1)

元になった大陸の記事は、5月30日付の南方都市報のものです。

<チャン・イーモウの新作については風聞が絶えないが、
その真偽については製作が始まってみないと完全にはわからないだろう。
出演者に関してはずっと注目の的だったが、
昨日、記者はプロデューサーの張偉塀を訪ね、
これまでの噂にどうやら一応の結論を得たように思う。

チャン・ズーイーとアンディ・ラウが主演をつとめるという話については、
既に確定しているという報道もあるが、
張偉平は「2人については考慮中で、その可能性があるとしか言えない」と語るのみだ。

先に、金城武と陳道明がこの作品に出演すると香港メディアが報じたが、
張偉平は実に口が固く、
「脚本ができていないのだから、俳優も決まっていない。考慮中としか言えない。
最終的に誰が演じるかは、役柄を見ないといけない」と言う>
(以下略)

武の意向については、元記事の方では語られていません。
りんご日報が武の事務所に独自に聞いたものかどうかは不明です。
チャン・イーモウの新作に関する過去の話題は、下の「キーワード」で
「英雄」で検索してください。


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