ゆりゆり日記
こうのとりの郷豊岡より
そこで出会うすべてのひとと
日々の想いの種が
なににつながりどこへ行くのか
未来へ続く今の日記

2008年03月29日(土) 天と地へ

三月はぐちゃぐちゃ
新しいコトが
始まっていそうで
本当にはそうでなく
頭の中の配置換えと
カラダを適応させるための月

なんだか二月とは
年を跨いだぐらいの落差があって
もう何ヶ月も過ぎてしまったみたいだ

あまりにも
無菌状態の生活が続いていたので
うっかり無防備になって
全てを吸収しようとして
消化不良状態になってしまった

さんざ独りのなかで
ネガティブやマイナスを
見つめてはクリアにしていたはずなのに
いろんなものをもらいすぎて
どんな風に処理していいか解らず
ただ混乱し逃げたくなった

まだまだだったなじぶん
随分頑張ってきたつもりだったのに
社会の中で生きていくことの
ほんの始まりに
今立っているのかもしれない

これまで大切にしてきたものを
ひとつも捨てずに
求めている安定を作り出したい
それには
確りと自分の領域を意識して
責任の取れる範囲を
はっきりさせなきゃいけない

頭の先から天へ
足の裏から地の底へ
見えない柱を
繋ぎ直すところから
そして
金星には土星
土星には金星で
バランスを



2008年03月28日(金) アンテナ

ひとって不思議だ

外側にあらわれる
顔や姿や話し声や
判り易い性格などとは
まるで違う印象を
感じさせる何かを
持っている人がいる

人あたりの良い
誰にも好かれそうなひとの
優しい言葉なのに
何故かひんやりしていて
耳を疑ったり

どこをどう取ってみても
尊敬できないキャラなのに
何故か背筋を
正したくなってしまったり

それは
人を見抜くとか
処世術みたいなことじゃなく
感じてしまったギャップに
戸惑うほど
勝手に反応するアンテナが
わたしのどこかにあるようなのだ

日々揺れ動く感情とは
まったく別の働きをしていて
感情のように
後から理由づけることができない
すごくすごく嫌いなのになんで
とか
そういう類に似ているかもしれない

判らないから
もう少し
同じことをキャッチするかどうか
確認してみよう
なんて思ったりする
こういうのがよくも悪くも

って言われるものなんだろうかな



2008年03月19日(水) なんちゃって箱庭

少し前に
友人が自分で集めたパーツで
箱庭療法的なことをやらせてもらった

カウンセリングとかもそうだけど
無意識の意識化
ということがなまじ解っていると
その領域は自分にとって大事なので
簡単に他人に晒せるか
という思いがあって
安全弁みたいなものを
外すことはできない

んで
その箱庭も
かなり意識的に配置したのだけれど
それでも今になって
あらためて気づくことがあった

家があり
彼岸に近い和の場所があり
日常とは少し違う洋の場所があり
そのどこもが
この世ならぬ場所に続いている
そこは豊かさの源であり
その陰にはおどろおどろしいものもある

最初は単純にその洋と和とを
リメイク服と着物のこと
と見立てていたのだが
最近の自分の日々を振り返ると
家を中心として
右左に天秤のようにある
バイト先と友人の会社
にも思えてくるのだ

占星術的に言えば
金星と土星
賑やかさと広がりと楽しみ
に対して
厳格さと制限と冷え
あまりにもその違いがはっきりしていて
そこにいる時の
自分の体感からも気づかされた

だからどう
ということではないが
なかなか
なんちゃって箱庭も
捨てたもんじゃないかもしれない



2008年03月18日(火) りんごのオマケ

バイト先に
青森からという
りんご売りがやってきた

リスのために少しと思ったら
量り売りになるそうで
王林はキロ800円
少し悩んだけれど
なるべく小さいのをと言うと
オマケするから千円分どお
となかなか商売上手なのだった

結局それで
ほぼ二キロ分を手にして
決して安くはない気もしたのだが
もうすぐ空になる木箱を
くれるというので
思い切っていただいた

ワゴンに積めるだけ載せてきた
という大きな木箱は
中身の入った4つしかなかったから
全てそんな風に
お客さんに配ってしまったのだろう

白木は杉だろうか
荒く削ったままの表面に
綺麗にヤスリをかけて
柿渋を塗ってみようか
または
ラスティクな雰囲気に
塗料をラフに塗るのもいいかな

縦にして
真ん中に棚板を渡したら
ハギレの収納に使えるし
横のままなら
畳んだ着物を入れるのに
ぴったりの幅かもしれない

グリーンのポットを並べたら
画像用のアクセントに使えるし
などと
あれこれ妄想していたら
途方もなく
安い買い物のような気がしてきて
なんだかシアワセな出来事だった



2008年03月16日(日) 春を楽しむ

久しぶりに丸一日
自由な時間を使えるとあって
ちゃんとしたオフにしようと
野草を採りに出かけた

どうせ暇だし
というムスコも一緒に
毎年春に歩くコースをひと通り
最後は一部工事中で荒れている
丸山川にまで出た

斜面は重機で
掘り返されてしまっていたが
それでも手付かずの場所には
もう土筆が沢山出ていて
いつも時期が遅くて
探しきれなかったふきのとうも
綺麗な薄い黄緑色で
あっちにもこっちにも見つかった

おまけに
からし菜は新しい葉を茂らせて
どこを採っても柔らかく美味しそう
いつものオマケの楽しみの
大根も一本掘り出し
自生の水仙の花と
リスのために菜の花などを摘んだ

陽射しは汗ばむほど暖かく
大地はすっかりほかほかになって
遠くの山々も
薄く明るい色に霞んでいた
長い冬のあと
ようやく訪れた春はきっと
駆け足で過ぎてしまうだろう

お裾分けしてもらった
シーズン最後の大きな牡蠣と
ふきのとうを食卓に並べ
今をたっぷりと味わう
玄関には
水仙の芳香が漂って
思わず深く息を吸い込みたくなる



2008年03月15日(土) フィードバック効果

バイトは休みだったのだが
友人の会社でお手伝い
たぶん
こっちが先に入っていたら
バイトを決めることも
なかっただろう

正直
こんなに忙しい毎日は
想像していなかった
バイトと時期を同じくして
わをんの商品を置いてくれるという
素敵なお店と出合ったのに
いつ納品できるのか
まったく予定が立っていない

なのに
わたしのどこかで
この状況をYESと言っている
いつもと同じ毎日では
発見できない自分自身が
人や与えられた業務を通して
引き出されて行くようなのだ

ひとりの仕事のなかでは
かたちに繋がらない瑣末なことに
企業はきちんと報酬をくれる
当たり前のそういう事実が
こんなにも尊い

望む最高の状態には
まだまだ遠いけれど
日々のフィードバックを
全部肥しにして
わたしはもっと
バージョンアップするのだ



2008年03月13日(木) 七年周期

この地にきて
もうすぐ丸7年が過ぎるのに
同じ場所を行き来するばかりで
相変わらず小さな地名を聞いても
それがどこなのか定かでない

いつも通り過ぎるだけだった道に
一箇所通う場所ができただけで
見慣れた風景が変わる
窓から見下ろす
向かい側の建物も
狭い小さな道も
新鮮な表情を見せてくれる

そういう拠点を中心に
新しい人々に出会う
お客様もスタッフも
みんなこの地で
様々な人生と想いを抱えて
暮らしている人たちばかり

当たり前のことなのに
これまでは
少し異質な出会い方をしていて
わたしの日常とは
結びつかない部分が多かった
それはそれで心地よかったはず

なのに
家から歩いても数分の所に
毎日数時間いるだけで
これまであった
何か説明のつかない怯えが
少しずつ解されて行くようなのだ

人は7年ごとに生まれ変わる
シュタイナーの言うそれは
人生だけでなく
住まう場所にも
当てはまることなのかもしれない



2008年03月11日(火) 食器棚のリメイク

久々に大工仕事

少し高さのある所に
小物を乗せて画像を撮りたいので
ずうっと天板なしのまま
放置してあった食器棚を
思い切って直すことにした

もう随分前に
解体される家からいただいてきた
油でベトベトだったやつ
べこべこだった天板を剥がして
丁寧に掃除をして綺麗になった
波うつガラスがレトロな
二段重ねの上段のみ

やっぱりそこからもらった
長年使われて
いいカンジに飴色になっている
分厚い棚板を切って
天板にするだけの作業が
ずっと取り掛かれずにいたのだ

木は思いのほか堅くて
なかなか進まなかったが
ノコギリを引くときは
いつも無心になれるので
あせらずじっくり腰を据える
そして曲がった釘打ちを
何度もやり直して
半日掛けてようやく終わった

ほんの小さなリメイク
なのにやっぱり
その充実感は他では得られない
天板と本体の相性もよく
土間に鎮座した様子は
なんだかピカピカしている



2008年03月09日(日) 池と海

少し前にバイトが決まった
大雪でも歩いて通えるところが
最低条件だったのだが
たったそれだけで
外へ出ることへの
プレッシャーがまるで違う

仕事の内容も
ルーティンワークではなく
覚えることもキリなくあって
ずうっと新鮮でいられそうだし
もちろん
きちんと報酬が保証されている
というのがもう何より素晴らしい

会社という組織のなかで
それぞれの業務の担当者がいて
全てを考えなくていいというのも
すごく安心していられる
ひとりでやらなければいけないことが
増えれば増えるほど
一番力を発揮すべきところで
縮こまってしまったりするから

安定と不安定と
そのどちらの中にもあるはずのいい要素は
どっぷり浸かってしまうと
だんだん見えなくなってしまう
両方のフィードバックを通したら
きっともっと
自分の枠を広げられるだろう

そうだ
以前の二重生活は
全てが不安定で先が見えなかった
だからあんなに苦しくて
つかの間訪れたバブル期も
それが泡と解っていたから
どこか冷めた気分のままだった

足の着く深さと
周囲が決まった池の中で
思う存分泳ぐことを楽しみながら
時には
果ての見えない広い海へ
冒険の旅に出る

そんな欲張りな生活を
今度こそ



2008年03月07日(金) 光のタイミング

はあ
なんかもうややこしかった
ただADSLを光にするだけだったのに
こんなに壁があるとは思わなかった

そもそも
特に必要性を感じていなかったのが
考えてみれば
通信がどうも不安定で
切断しては線をいじって復活
という作業を繰り返していたので
それが解消されるならとの決断

決断するまでも
いろいろ説明してもらい
費用のこともあって
納得が行くまで二転三転したのだけど
それからも
工事までにするべきだった
SP1からSP2へのアップデイトで立ち往生

もっと自分で
きちんとPCのことが判っていれば
このままで行けないのかぐらい
言えたと思うのだが
そうするしかないという前提だったので
もう無理かと一時は諦めた

ともかく
SP1のまま
もともとのセキュリティを生かして
なんとか使えるようにしてもらった
以前の不具合は
線が切れ掛かっていたせいと判明して
工事も少しややこしかったようだけど
無事に終了した

そうそう
忘れていたが
その工事に入ってもらう
というのが
正直一番の難問だったのだ
放し飼いのリスに
床が抜ける寸前の部屋と
二重に仕掛けられた
トラップ前提だったから

まったく本当に
お陰さまで
久々放置箇所の掃除もしちゃったし
これでうちにも
光が差し込んだかのようだわ



2008年03月05日(水) 新しい章

遠い可能性でしかなかったものが
だんだん近く
現実味を帯びてくるに従って
リスクもリアルになる

なんだかここ数日で
いくつものことが動き出し
それぞれに対する
自分の反応が
客観的に興味深い

外的な要素に阻まれることなく
勝手に広げていたイメージが
ひとつ条件が見えてくるごとに
修正と描きなおしを繰り返し
それでもなお
経験していないことがある以上
未知数の部分は残っていく

何をしても
目の前の布の疵を確認して
かたちにすることと
大差はなくて
今更ながら
あーそういうことだったのか
と思うのだ

キリなく続く障害物競走
と言葉にまとめたら
走る先から疲れてしまいそうだけど
ちょっと違う
ひとつクリアするごとに
その先のモンダイは
リスクでなくなることもある

ともかく今
見えない日記が
勢いよく
何ページも捲られて
突然新しい章に突入してしまった
反芻するにはもう少し
この流れを感じることが必要みたいだ



2008年03月02日(日) 最初の絹

初めて買った
絹の服が忘れられない
桔梗色に地模様の入った
とても素敵なスカートだった
もう二十年も前のこと
クロードレマのもので
価格は確か2万円以上した

それは着物の生地ではなかったが
今考えると
しなやかな柔らかさと
光の加減で浮かび上がる模様の
控えめな輝きは
綸子によく似ていた

あとにも先にも
絹の服を買ったのはそれ一着きりで
それもたまたま
気に入ったものの素材が
絹だったというだけのこと

けれども
今でも思い出すのは
服の印象もさることながら
それを着たときの自分が
いつもとは少し
違っていたせい

着物を着るひとなら
当たり前に纏うことのできる絹が
洋服ではけっしてそうではなく
活躍するシーンは限られていた
その中で
普段にそれを着ることは
自分だけが知っている贅沢だった

いつものわたしを
少しだけ優雅に
上等にしてくれそうな気がした
絹の服を縫っていると
ふとそんなことを思い出し
それを着ていた周りのシーンまで
鮮やかに蘇ってくるのだ


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