ゆりゆり日記
こうのとりの郷豊岡より
そこで出会うすべてのひとと
日々の想いの種が
なににつながりどこへ行くのか
未来へ続く今の日記

2007年04月29日(日) 瞬間の充実

まったく子どもってのは
油断できない存在で
わたしが仕事を辞めて
家でプータローしとる
なんて話を友達にしたそう

ここんとこ
ソーイングバスケットの
仕事だってしてたし
着物だって毎日解いてるし
お前見てたはずだろう
だいだいお母さんは
もともと自営業なんだから
となんだかムキになって弁解をした

結構必死になっている時があっても
力抜け状態で見えるなら
それはむしろ理想なのだが
要するにヤツが言うのは
きちんと稼げているかどうか
というしごく当たり前の基準で
それについては頭を下げるよりない

まあでも
言われるまでもなく
そろそろ縫わなきゃかたちにしなきゃ
という思いはあって
少し前ちょっと腹の立つことがきっかけで
いきなりスイッチが入り
さんざ溜まった解きものを
ばんばん洗濯しアイロンがけ

組み替えた干し場は
解いてばらばらのパーツになった着物を
まとめて6着分は余裕で干せる上
和布にはぴったりの陰干し状態
冬の厚服ならそれが悩みの種なのだけど
まさにリメイクの準備段階には
得がたいくらいの場所で
それが嬉しくて
ぶら下がった所を何度も眺めてしまう

けれど困ったことに
アイロンを掛けじっくり布と向き合えば
湧くはずと思っていた作りたいイメージが
まるでまっさらで
今度はひたすら腕を動かしている
そうしてハリのある麻生地を畳んでは並べ
徐々に積み重なっていくのを眺めては
それでまた満足感いっぱいなのだ

いや
困ると思うのは
先を考えなくてはいけない気になるからで
この瞬間の充実は
頭で解っていても得られるものじゃない
いいなこの感じ
いつもこんな風に今にいられたら
不安なんて入り込む隙間がなくなる

この感覚がいつも
リメイクとともにあることが
わたしの目標かもしれないな



2007年04月26日(木) 泥染めという宇宙

オークション漁りをしていたら
以前いちど返品した
あの偽モノ大島を
同じ売り文句と値段で
しっかり落とした人がいるのを発見
なんだかフクザツな気分になった

このところまた
いろいろな着物の燃焼実験をしているが
あの染大島の糸を燃やしたときの
指先で潰せない黒い塊の感触が忘れられない
正絹なら玉になっても
かさっと簡単に壊れる灰になるのだ

けれど同じ正絹でも
泥染めとなると違う
燃えにくいとはよく言われる泥大島だけれど
きっちり黒に近く染められた部分を
短冊状に細く切って火をつけると
じっくりとふちの辺りを焦がして消える
糸の状態なら燃えるが
灰は玉にならずに繊維のかたちをそのまま残す

ついでに言えば
木綿は燃えるのが遥かに早く
炭化の度合いもきつく真っ黒に
燃え尽きるかまたは繊維のかたちの焦げが残り
ウールもあっという間に燃えて
じゅぶじゅぶと音を立てて
潰せる丸い黒い塊になる

泥大島のグレーの灰は
繊細でなんだか美しく
絹よりも
強靭な麻の灰によく似ている
夏ものの麻の端切れはゆっくり燃えて
向こう側が透けて見えそうな
羽衣のように美しい灰になる

詳しい化学的な組成は解らないが
身近な燃やすという行為をしたとき
蚕という生き物の産物である絹が
まるで植物繊維のようになっているのが
泥染めの大島なのかと思える

泥大島は絣だから
そんな泥染めの部分と
染まっていない部分とが
一本の糸の中に交じり合って
植物と動物がバランスしている
それをなすために不可欠なのが
泥という鉱物のちからだとしたら

もうそれは自然そのものじゃないか
ひとつの宇宙と言ってもいい
着物を泥の中に隠したという偶然からはじまって
気の遠くなるような染めが今に続くには
祈りすらも超越した
そういう秘密があるからかもしれない



2007年04月23日(月) 祈りの服

用事がらみで姫路に一泊
歩きに歩いて
ボロボロになった最後
閉館まで一時間を切った市立美術館の
太陽と精霊の布展に滑り込んだ
まあそれはそれはもう
ため息が出るような世界だった

何度も染め重ねられ
つやの出る工夫のなされた藍染や
極細の絹糸を使った
人間技とは思えないような
細かな刺繍を施した衣装やおぶい帯
それらトン族のものからはじまってまず
ただ布を用途にこしらえる以上に
込められた手仕事への熱意に圧倒される

表現されたさまざまなモチーフ
太陽や龍や渦巻きや卍や鳥
それらは願いや祈りの象徴であって
装飾としての模様以前に
付け加えられることの必然性を持っている
まるで手を掛ける時間そのものが
祈りのたかをあらわしているようにも見える

他の布をアップリケ状に加えて
より立体的に鮮やかな印象のモン族や
絣織りや浮織りのタイ族など
表現の方法は違っても
なぜそれをつくるのか
という
根っこに流れるものは一緒で
この現代にあっても尚
ずうっと受け継がれてきている

それは例えば日本ではどうなのだろう
知識のない頭を絞って考えるに
お祝いごとに鳳凰柄とか
そういう一定の意味を持つ紋様は確かにあって
今の時代に繋がる部分は感じるけれど
ずっと昔にさかのぼってみても
そういう紋様を纏うのは限られた身分の人々に過ぎず
作り手と使い手とは
はっきり分かれていたような気がする

お嫁入りの反物を自分で織る
どこかの地方のそんな風習を聞いたことはあっても
いかに細かな絣柄を織り出せるか
という
技巧的なところに重きが置かれていて
願いや祈りとは趣きが違う
東北の人々の生活に根ざした
気が遠くなるような刺し子は
実用を主眼に発展したものに思えるし

自分達が着るものを自分達で作り
そこに祈りを込めるということでは
日本ではアイヌ民族が唯一かもしれない
いや
自分達とは言っても
それはやはり女性の仕事であって
子どもや夫や家族の無事や健康を願う
当たり前のこころが始まりで
それはアジアの少数民族や
他の遊牧民族も同じだと思う

だとしたら
とくべつ象徴的な紋様を施さなくても
文化として残っていなくても
大和民族にだってそういう歴史があったはず
けれど
わたし達の民族衣装としての着物は
あまりにも祈りのこころから離れてしまって
既に辿ることすらできない
というのは言い過ぎだろうか

なんだか
民族衣装みたいなリメイク服
とずっと考えていたのは
ただ言葉や具体的な服のイメージではなく
欠けてしまった祈りを
取り戻さなければいけないという
無意識からのメッセージ
だったのかもしれないな



2007年04月20日(金) 丸太橋の恐怖

用事があって朝から友人宅へ行き
こごみ採りに便乗した
そんなつもりはなかったのだが
山菜野草を採るなら午前中に限るし
今日はあまりにも天気がよかった

もう既にこごみには遅く
どこもかしこも伸び切っているのだけど
いつも採っている川の上流へ行き
対岸の葦の中に
群生しているところを攻めようというのだ

川は道路からかなり見下ろす位置にあって
幅は4〜5メートルというところ
水深は大したことないけれど
下まで下りることはできないし
できたとしても長靴じゃないと無理
いったいどこから向こう岸に渡るのか聞くと
橋があるというのだった

かる〜い口調だったので
ギモンも持たずトコトコついていくと
そこにあったのは3本の丸太
皮のついたままの針葉樹が
ただ渡してあるだけのシンプルなもの
それぞれの木は何の繋がりもないばかりか
足を横に置いたよりも細い気がしたのだが
本当はもう少し太かったかもしれない

微妙に隙間の空いた丸太の
両脇の二本に交互に足を運び
難なく渡り終えた友人の後にいざその前に立つと
意外な高さにビビッた
真ん中は踏んじゃダメと声が飛ぶので
あらためてよく見ると
なるほど真ん中の一本は
朽ちかけているようで
気持ち下に落ち込んでいるではないか

ちょっと待てよ
だいたい両脇の二本だって
友人より遥かに重いこの体重に
耐え切れるかどうか解らないではないか
そう一瞬のうちに思ったらもういけない
これに比べたらスリルライドなんて目じゃない
絶対無理無理渡れるわけがない

かといって
そのままこちら側で待っていることもできず
腰が引けた状態で一歩ずつ恐る恐る進み始めた
体重を掛ければそれぞれの木は
反応してたわむのでいっそう怖い
途中で少し先を見てとのアドバイスに
なんとか渡りきったものの
寿命が5年位は確実に縮んだ
っていうか
今日は誕生日なので
実際ひとつ歳をとったわけなんだけどさ

二度とあんな思いはしたくないと
帰りはちょっと遠回りをして
道路に直接上がれる場所まで行った
最初から教えてくれればと思ったけど
まさか友人も
わたしがあんなビビリとは知らなかったろうし
わたしだって知らなかった
でも
これが子ども達を引き連れてだったら
強いかーちゃんで頑張っちゃうかもしれない

モンダイのこごみは沢山採れて
その後場所を変えて
わらびにゼンマイを大量に採り
いい感じの流れがあったので
靴を脱いで足を浸し
つめたすぎて二秒で上がり
まだ萌えきらない春の梢の
けむったような山肌を満喫したのだった



2007年04月18日(水) 小さな花束

いつか使うだろうと
ずうっと取ってあった
釣り用の寄せ餌を川に投入しに行った
練り餌みたいな形状のそれは
袋を破ると
発酵しているみたいで
お酒の匂いがしたものの
特に腐ってはいないようでほっとした

つめたい雨のなか
あたりの緑はつやつやに濡れていて
それが嬉しくて少し歩き廻り
ついでに自生の三つ葉を摘んだ
前回やってきたのはもう一ヶ月前になるか
あの時はほんの小さな葉っぱだったのに
大きなのは手のひらほどもあって
茎もしっかりと太くなっている

たっぷり雨のしずくをのせた
瑞々しいひとつを手折ると
いい香りがぷんと漂った
なるべく茎の下の方を辿りして
ひとかかえほど摘むと
袖口も手もびっしょりになった

そして
初めて気づいた花に足を止めた
葉のついていない細い茎がすとんと伸びて
その先にほんの小さな紫の花がついている
よく見ると辺りに沢山あるので
少しだけ摘んで
豆科の葉っぱをアクセントに
小さな花束を作った

キクの写真の隣にそれを飾り
半分のお線香を焚く
もうすぐ命日
こころが痛くなることは
思い出さないようにして
ただありふれた
ゆっくり流れる今の日常に
幸せを感じる



2007年04月16日(月) ヅカ的信仰の現場

ずうっと気が重かったのだが
とうとうその日がやってきてしまった
人生のなかで
およそ縁がないはずと思っていた
タカラヅカという世界へ足を運んだ

今日の企画は
友人の信仰している宗教がらみで
まずは食事をしながら
偉い人のお話を聞き
記念撮影などをし
その後みんなで観劇という
かなりコアな内容だった

その偉い人がかつて
ヅカの裏方をしていたという経歴から
親しみやすく軽やかな口調で
舞台の細かな情報やら
そこに至るまでの演者の努力やらが披露され
みんなで劇中歌まで予め練習し
どうぞ素直なココロで楽しんでください

まるで踏絵のような心構えもさりげなく示され
はなっからこの世界を受容れるには
相応の準備が必要なのだと知らされる

この日の演目は
星組の何期生だかのデビュー舞台でもあって
ロビーには全員の顔写真が貼られ
その中のひとりを選び
写メを撮る人だかりからして
学芸会を観にきた親類縁者のノリが充満し
周囲のお店には
レースや花やキラキラがついたアクセサリーにポーチ
トップスターの顔写真入りグッズが並び
ヅカ信者の気分を盛り上げる

席は一階の一番後ろの真ん中で
いい感じの勾配で舞台が全貌できる位置
ほぼ時間どおりに幕が上がり
幕間の休憩をはさんで実に3時間
ほとんどストーリー性のない
ヅカ的和(?)をフューチャーした前半と
解り易い笑いもちりばめた
カリブ海の詐欺師話という対照的な後半
ひとつぶで二度オイシイ盛り沢山の内容


詳細に触れたいところだが
幕が上がってしばらく
扇子を振り回し踊っているあたり
近くて遠いどこかの国の
将軍様のお誕生日を祝う画像を見ているような
またはちょっとした温泉宿の
旅回り一座を見ているような気分に陥り
生演奏とマイクを通した歌のボリュームに
次第に表層意識は情報を遮断しはじめ
覚醒しては昏睡を繰り返して終わったのだった

長かった
本当に長かった
途中で能とかの
表現を極力抑えた古典芸能が見たくなった位
ハリハリのハレハレのこってり続き
でも友人の属する団体といい
このタカラヅカといい
共通する磁場はどこか親族的で
その中にいることで得られる心地よさは
なんとなく解る気がした

あの足の上げ方なんかはあんただね
なんて
劇場を出る人の会話を聞いても
ひょっとしたら煌びやかなスターの座は
そんなに遠くなく
我が子もいつか
と思わせるところなんかが
ヅカ信仰の根っこになっているのかもしれない

ぜひその辺り
ナンシー関氏に切って欲しかったと思うのだが
叶わないのが非常に残念



2007年04月15日(日) 隙間に着物

廃品回収の時間に遅れては
元も子もないと
今朝は目覚ましで起きた
家の前は
恥ずかしいくらいの
ダンボールや雑誌や古着の山
新聞だって年末の分からあるのだ


それを出していると
ご近所からお声が掛かった
おばあさんの着物をもらって欲しい
というので
ずうずうしく上がりこみ
うちと同じ縦長の家の奥の奥へ進むと
綺麗に整理された部屋の箪笥から
10着以上を出してくださった

ウールの単が中心だったのだが
どれも新品のようにきちんと保存されていて
個人的にリメイクして着たいツボの柄もあり
ウールばかりを使っていた初心を思い出した
おまけにシミ穴ひとつないモスリンの襦袢が
服になった時のイメージがすぐに湧くような
淡い抑えた色の可愛い花柄で
思わずナデナデしてしまった

やったね
隙間ができたら新しいものが来る
そうは思っていたものの
まさかこんなに早く効果が表れるなんて
そしてご近所とはいえ
展示会の宣伝はしたことがないし
リメイクの事もずうっと以前に
ちらと話したかどうか程度なのに
よく覚えていてくださったものだ

きっとこのまま行けばいい
またそんな風に思えることで
胸が膨らむ
そして再びノコギリをギコギコし
床張りを終えたのだった



2007年04月14日(土) 大工仕事

さんざネットで買い物をした名残りの
溜まりに溜まったダンボールを括り
ようやく廃品回収に向けて
出せるものがまとまった

それからついに
去年の水漏れ事件で剥がしたままの
床と壁に着手
そこは半畳ほどの物入れで
剥がした部分以外も
床板が傷んでいるので
全部を補修しなければ使えない状態だった

しばらくは
床下の湿気を取るためにも
開けておいた方がいいと人に聞き
それ以後は
コンパネを貼れとのアドバイスだったが
もうあるもので何とかしてしまおうと
以前解体中の家からもらってきた
分厚い棚板を使うことにした

長さを測ってノコギリで切り
床下に支えの木がある辺りへ
長めの釘を打った
壁には集積材を切って貼り
微妙に空いた隙間には
タイル用のパテを埋め込んだ

棚板は結構分厚くしっかりしていたので
ずうっと廊下に出したままの収納棚を
とりあえずその上に戻し
審査点検したモノたちを配置し
残りの床は明日続きをすることに

たったこれだけの仕事に
随分時間が掛かって
しかも誰かが見たら
びっくりするような継ぎ接ぎ
けれどずっと気になっていた場所だけに
大きな山を越えたような充実感があった

この調子なら
床板が危ない旧着物部屋も
自分でなんとかできそうだ



2007年04月13日(金) 過去の再評価

過去が襲ってくる恐怖に
そのあと煌々と明かりをつけ
テレビをつけて寝たりしたが
結局
どんなに痛くても
そういう過去があるからこその今
すっぱりと切り捨てられないことどもも
含めてのこれからだと落ち着いた


っていうことは
やっつけでまとめて
片付いたつもりになっていたモノの
再点検にも繋がり
まったく効率が悪いのだけれど
捨てるものから改めて救うものもあり
なかなか一気にキレイには行かない

でもその後本を整理していて
売れるものは
シャプラニールに寄付しようとヒラメキ
調べてみると
以前は送料こちら持ちだったはずが
50冊以上は無料らしいので
早速箱を作ってまとめることにした
いつかと思っていたので
貧乏でもできる社会貢献がちょっと嬉しい

意識の変化に呼応するように
子供たちの父親から連絡がきたのも不思議だし
そういう点でも
内側と外側は無関係ではないと思い知る
そろそろあせりも出てきたが
とりあえず納得の行くまで整理することで
また何か見えてくるのだろう



2007年04月10日(火) 新しい生活

こんなわたしでも
子供はどんどん育ち
今日は下のコの入学式
ありがたいことです

ヤツなりに
中学生活にはいろいろ不安もあるようで
思いつくままに
具体的な情報を求め
時にはわたしも上のコも
答えに窮することがあった

昨日は制服をはじめ
靴や指定の持ち物の最終点検
詰襟のホックははずしちゃいけないのか
なんて質問はまだいいとして
だんだんいくつもある決まりごとに
おかしいよ
なんて怒りだす始末

まあさ
そういう決まりに縛られ
勉強だけ頑張ることを強いられるのだから
それでどうするかは自分次第
決まりが嫌だったら
変えることだってできるかもよ
なんて
無責任にも発破をかけるわたし

一番創造力に溢れ
失敗してもいいことを試せる時代に
この土地の管理教育は
行き過ぎだと思う点ありありで
だからって内側から壊せるとも思わないが
これからもし鬱積するものがあるなら
せめて前向きなエネルギーに転化して欲しい

郷里のホープとなる人材を輩出
入学式でのオコトバだが
ならばもっと
チャレンジと試行錯誤を
奨励する教育でなきゃいけないんじゃないか
入ったとたんに3年後を目指す
15の春を泣かせないという配慮は
いったい本当に子供のためなんだろうか

まあそれでもムスコはムスコ
ドロップアウト推奨のこの家から
どんな風に歩んでいくのか
ちょっと見物だなあと思ったりする



2007年04月09日(月) 女性性のバランス

ざくざく動いている間はよかったが
捨てられずに取ってあるものを
仔細に点検しているうちに
どんどん失速し
テンションはだだ下がり

引っ越す前からや
越してからも
自分で人生を切り開くのでなく
偉そうなことを言いながらも
結局は他人頼みで
だからこそうまく行かなかったあれこれ

そういう姿勢が
パラサイトしパワーを吸い取ろうとする
他人とリンクするのも当たり前なのだが
他者に同じ姿を見るとき
心の底から嫌悪し
ともかく距離を置くことで
解決したつもりになっていた

残っているモノの中には
そういう過去を思い出させるものがあり
ともかく捨てることでしか
新しい自分に向かえないと思っていたとき
それを止められて夢を見た
過去が渦巻く沼に時計を落としてしまい
復活した亡霊に襲われる夢

何度も声を限りに助けを呼んで
応える母の声を聴いた気がして目覚めた
悩んだ末に
そういうモノの傍で線香を焚いた
自分で責任を負わず
誰かを頼みにし或いは恨む
負の女性性を弔いたかった

そこにたっぷりまつわりつく
金輪際無縁でいたい
過去のわたしを葬りたかった
けれど
つかの間すっきりした後で
ふと気づいた
何故母の声に助けられたのか

それは女性の持つプラスの面であって
ともかく決断し実行することでしか
未来はないのだという今のわたしは
たぶんバランスを欠いている
何よりもまず
自分の持つ女性的なものと
和解しなければならないのではないか

その方法は解らない
けれど
家の中で仕事をするとき
最も大切なのは
そういうことかもしれない



2007年04月04日(水) 片付けパズル

下のコが着られなくなった時点で
ようやくお払い箱にできる男の子ものや
もう何年も着ていない自分の服
それから
取っておいても一生使わないような
化繊のハギレや穴あきウールなどを
片っ端から袋に詰め込んだ

縫い部屋に移すときに
ひと通り点検したつもりが
まだまだたっぷりあるので
選別の基準をさらに厳しくした
そのハードルとは
台風の大水に浸かっても
惜しくないかどうか
ってコアすぎるかもだけど

ちょっといじりだすと
あちこちが気になりはじめ
上も下も泥棒が入ったような状態
まあ本当に
越してからの6年間
ここんちの片付けをしながらも
新たに随分荷物を増やしてしまったものだ

そして
いつかと思いながらそのままになっていた
物干し場にも着手
陽が射すわずかな窓際のスペースに
縦横にぶら下がっている干し棒をぎゅっと寄せ
長い反物も効率よく下げられるように
段々にして配置変え

たったそれだけのことなのに
今まで思いつかなかったのが不思議なくらい
すっきりさっぱり広くなり
これで後は
乾いたものをそのまま収納する場所ができれば
かなり理想に近づく

そのために
今ある棚や家具のうち
どれをどう使おうか
まるでパズルみたいなお片付けは続く



2007年04月03日(火) 骨董市の帯

昨日帰省先から後送の荷物が届き
買い込んだ本や着物などを
枕元に並べて寝た
その中には
骨董市で見つけた帯があり
しばし眺めたあと
手持ちの布に合わせてみたりした

織りで表現された点描みたいな柄と
ランダムに入っている
グログランリボン状の線が
どこで裁って使っても
ゴシックの雰囲気たっぷりで
溢れるイメージにくらくらきた

素敵な着物は沢山あるが
これっていう帯にはなかなか出逢えない
なんでもない生地を
いっぺんにどこかの民族衣装に変えてしまう
そういう力を持った帯という点では
手持ちの中でもピカ一なのだった

芯が抜かれた状態の丸帯で
生地は確りしていて文句のつけようがない
っていうか見つけたときは
詳しく点検する気持ちの余裕もなく
ともかく確保と思ったので
これがどんなに価値のある買い物かは
後になって気づいたワケだ

かといって
当面作るのは薄物になるので
この帯を使うのは後のお楽しみ
回ってきた廃品回収のお知らせもタイミングよく
しばらくは整理の日々となる
また素敵なものが入ってくるように
隙間作りに勤しむか



2007年04月01日(日) 始まりのある場所

久々にたっぷり人波を味わってきた

浜松町へ向かう帰りの電車では
座るなりラッパーみたいな動きを始める
ヘンなおやじがいて
じゅんがしばしツボにはまり
乗換えで離れるのを惜しんでいた

けれどその次には
真っ赤になった鼻をタオルで押さえ
泥だらけ血しぶきの人が目の前に座り
ちょうど掛かってきた携帯に
喧嘩しちゃったよー
と嘆いていた

つかの間通りすがりで
我ここにありみたいな濃さ
とうちょうをナメてはいけないのだ

並ぶのが嫌いなわたしも
ダヴィンチ展では行列し
時間を掛けて
目の前で受胎告知を見た
けれど人混みの中にいられたのは
一緒に行った友人が
大衆の中のマイナスの思念みたいなものを
引き受けてくれたせいだと思った

どこもかしこも陽に照らされ
乾いた風に吹かれて毎日をおくるうち
どんどん内側が涸れてきて
手付かずの自然に満ちた
たっぷりの水が恋しくなってしまった

日常のわたしにとって
陰の部分を肩代わりしてくれるのが
原始のままが残る土地なのかもしれない
濃い霧のつぶつぶが里山にのぼり
そのまま雲となる
いつも見ているわけではなくても
そういう気配に包まれていることの尊さに
初めて思い至った

ここで沈潜して
取り出せるものがある
深夜バスを降りたとたん
これから作り出すものへの期待で
胸が熱くなった
むかし描いた未来の細部は違っても
そういう思いは確かにあったはず
だからこそここに来たのだから


 < 過去  目次  未来 >


ゆりすこ [MAIL] [吉祥堂]

My追加