ゆりゆり日記
こうのとりの郷豊岡より
そこで出会うすべてのひとと
日々の想いの種が
なににつながりどこへ行くのか
未来へ続く今の日記

2007年02月27日(火) 解かれる気分

あと数日で売り場が終わる
いや
正確には
売り場はもう少しそのままで
ただわたし達が去るだけなのだが
そう思って出かけた今朝の気分は
とっても清々しかった

まだ明日も売りがあるので
少しだけ在庫調べを進めたあと
いらないものを山程ゴミに出した
これまでの締め書類を整理しながら
汗と涙の結晶だね
と友人が言うので
汗は流したかもしれないけど
涙はなかったよと突っ込んだ

同じ仕事には
すぐ飽きるわたしなので
ここにいたのが最長記録となった

売り場が終わったら
豪華会食をしようね
一度も見たことのない二階の剥製を見て
奥の遊歩道も歩いてみたい
毎年業者の人に誘われていながら
訪れることのなかったチューリップ祭りにも
それからそれから

まるで
定年退職でもするみたいに
そんなお楽しみが浮かぶ
何かを後にするときの
するすると解かれるような開放感は
凄くイイもんだけど
きっと今回が最高だろうと思う

犬に指を咬まれて縫って
なんだか調子が悪いという友人に
明日無理して出なくてもいいよ
ゆっくり休んだら
とイジワルな気遣いをしてあげた
さんざ頑張って
最後に来て穴を空けるってのも
なかなかいい終わり方かもよと

即座に否定されたのは言うまでもない
だってこんな気分
味わわなきゃ損だもんね



2007年02月26日(月) 大島を判ずる

密かに大島の着物にはまっていて
ひとつ増えるごとに
織りの状態や糸を比べ
もちろん証紙なんてないから
いったいどこのナニモノかを
推測するのが楽しくて仕方がない

好きなのは茶泥のだけれど
このところは
リメイク服のターゲットを意識して
泥藍ばかりに目が行く
昨日の着物もその流れで
目に留まったというワケなのだった

今日は手元にある
大島と思われる織りの着物の
染めを判別したくて
片っ端から燃焼実験を行った
なんとなくだが
本泥染め本藍染の感じが掴め
化学染料との違いも分かった気がした

もちろん
本場と名のつくものにも
化学染料で染められた大島があるから
それだけでニセモノとは言えない
わたしがしたいのは
リメイク素材としてのランク付けであって
そういう意味では
あちこちで織られたどんな大島も
好みに合えば使いたいと思う

ちなみに
先日のニセモノ事件も大島だった
初めて手に入れる染大島に
かなりワクワクしていたのだけれど
大島かどうか以前に
パリパリのポリポリで
正絹ですらなかったのだ

他の呉服屋だって
村山大島に泥染めの説明を
堂々と載せていたりすることを思うと
きちんとした知識は
自分で身に付けて行くよりないのだ
しかもそれは
やっぱり頭だけではダメで
実物を手にして初めて
蓄積されていくものなのだと思う

サンプル数が増えるに従って
曖昧だった部分が明らかになる過程は
ミステリーの謎解きにも似て
ちょっぴりスリリング
考えてみれば子供の時から
そういうややこしいのが大好きだった
しかも
突っ込みどころのない緻密なやつが



2007年02月25日(日) 不思議な着物

始発で姫路行き

主な用事のほかに
わざわざ出かけるだけの
お楽しみを絡めようと
事前にいろいろ調べたが
行きたいお店は軒並み休みで
たい焼き屋に行列ぐらいしか
なさそうなのが残念だった

けれども
神様はよくしてくれたもので
通りすがりに
ちょっと変わった着物を見つけた

それは
泥藍大島を薄くしたような色の袷で
一元式という織りの証拠の
風車型の絣柄がミクロで見えるのだが
そのほかにも
染め分けられた糸で
十字や花柄が織り出されていて
これまでに見たことのない仕事だった

洗い張りをされ
仕立て直された証拠のしつけが
袖のところに残っていたが
あちこちかけつぎだらけで
特に大きな後ろの袖から脇にかけては
端布がなかったらしく
バチ襟の裏からその生地を取っていた

裾回しには
水色の古いちりめんの紋付が使われ
普通よりも長い胴裏は
木綿と絹の継ぎ合わせ
まあ本当に
よくぞここまでと感心するほど
着倒された着物だった

この愛され方は
以前いただいた泥大島にも似ていて
その色には疑問が残るが
反物の時には
相当の値段がついていたのは間違いない
何度も洗い張りを繰り返し
最後に仕立て直されてからは
結局着られないままだったのだろう

幸いそのお店は
着られる着物は万を超えるが
解き用はお安くなっていて
これはさらに
びっくり価格に下げられた後だった
ワゴンにあるそれを
ひと目見たときのコーフン

間違いなく
今日のハイライトだった



2007年02月21日(水) 信頼

ようやく終わった
送料を含め
全額の返金を確認した

ということは
こちらの一方的なクレームではなく
先方に否があった場合の処置のはずだが
最後まで間違いを認める言葉はなく
取りようによっては
煩いお客の言い分を
そのまま聞いて黙らせたという感じ

でもいいやと思う
本当の事を知っているのは
わたしよりも
古物商の認可をもらって
明治から商いをしていて
ベテランの鑑定員がいるという
相手側なのだから

腹を立ててねじ込んだあげく
まるで心のこもっていないゴメンナサイを
聞くほど頭に来ることはない
あれからまだ数ヶ月しか経っていないのに
わたしも随分心が広くなったのだろうか

いや
許せない思いは
何ら変わってはいないが
自分の勉強不足を棚に上げて
ミスをしらっとしていられるような人間は
確実にその都度
相手の信頼を失って行く

そういう経験を
どう捉え
これからどう行動して行くのかは
その人次第なのだし
わたしはわたしで
この経験を次に生かして行けばいい

ただそれだけのこと



2007年02月20日(火) 着物という海

解いた傍から
着物を仕入れてはまた解き
を延々繰り返し
なんだかもう
このループから
出たくないような気もして

そんなわたしを見透かすかのように
ニセモノが届いてしまい
果たして
どんな風に話しを持っていったら
確信犯とも思える相手に
全額返金させられるのかと
知恵を絞った

お陰でこのところ
夢を見れば着物が並び
或いは呉服屋が集まる通りを歩き
心休まる眠りではなかった
無事に返金が決まったその後は
ようやく展示会の夢に発展した

いつもなら
否は先方にありと思えば
完膚なきまで叩きのめすところだが
一歩間違うと拗れそうな予感があり
努めて冷静に
手の内を先に晒さないように
神経を使いに使った数日間

感情を出さないってことが
こんなにストレスを溜めるものだとは
ほっとした後の胃の不調で知った
おおよその事は経験したつもりでいたのに
生き馬の目を抜くような着物業界に於いては
まだまだ赤ん坊並みだった

それでも少しずつ
触れた着物の数だけ
きちんとした知識がついていると思いたい
そうでなければ今回のことは
ナニゴトもなく受け取ってしまったろうし
お試しだったのだろうきっと

とてつもなく広く深い
着物という海
計り知れない怖さがあってもなお
魅力的なのに変わりはない



2007年02月13日(火) 春の先触れ

暖かい陽差しに
じっとしていられず
ふきのとうを探しに出かけた

昨年発見した新しい場所は
大きな銀杏の木がばっさり切られ
切り株だけが残っていてびっくり
そこは日当たりがいまいちなのだけれど
それでも赤い葉っぱに包まれて
固く閉じたふきのとうがいくつか
もう少し先まで楽しめそうな予感

それに気を良くして
掘削の続く円山川の斜面へ
もう春も随分過ぎた頃
びょーんと伸びたのを発見し
場所を覚えておこうと思ったのに
意外にもいろんな緑が生えていて
とても探せる状態ではなかった


結局はとっておきの場所頼りになった
枯れ草と泥の中から
太い茎がしっかりと覗いて
例年に増して豊作の予感にドキドキ
いや〜もうあるなんてもんじゃなく
動かないまま視線を移すだけで
あっちにもこっちにも

どれもふっくら食べ頃で
綺麗な黄緑色をしている
採り過ぎないように切り上げ
よもぎの新芽も摘んだ
帰り道小さな袋の中に
時おり顔を近づけてくんくんしていたら
観光バスからの視線を感じ
ちょっと恥ずかしかった

とりあえず天ぷらでビールだ
毎年のことだし
スーパーのパックだって高くはないけれど
自分で採るってその行為だけで
何倍も美味しい気がする
眠っている冬のからだに
春の先触れをいただこう

シアワセシアワセ



2007年02月12日(月) 標的

折角最後が見えてきたのに
売り場を巡るゴタゴタは続いて
ほとんど対岸の火事のようだったのに
またぞろ巻き込まれそうな気配

この土地にきて
何度も痛い目に遭っているのは
本音がないように思える人たちとの
コミュニケーション以前のあれこれ

それは果たして
わたしを映す鏡なんだろうかと
時おり反省もしてみるが
逆に本音ばかりのわたしが
この地での処世術に
従っていないせいかもしれない

でもなんかもういいや

ようやく標的がはっきり見えてきたのに
後戻りはしたくない
もうわたしは
くるくると
流れに翻弄される笹舟じゃない

自分がナニモノなのか
何をしたいのか
どこを目指すのか
イエスなのかノーなのか
そういうキメを握り締めていないと
死んでいるのも同じと気付く

毎日毎日
ほんの小さなことでいいから
考えて決定して行動する
イメージして現実に移す
その積み重ねだけが
わたしをわたしにしてくれる

いつかそうなるよ
待っていたらそういう時が来る

今はもうそんな言葉はいらない
ギリギリと
弦の音がするくらいに
矢を引き絞る



2007年02月07日(水) リカバー

ちょっと調子が上がったら
一刻もじっとはしていられず
院内事故でも起こされそうで
気が気じゃない
主治医にお願いして
退院を早めてもらった

まったく
遊び盛りのチビに
くっついて回ったみたいに疲れた〜
デモ
入院中にまた背が伸びたようで
つい先日並んだばかりなのに
もう抜かされてしまった

さてさて
入院費は思いのほか安く済んだけれど
なんだかんだと
少しずつ出費が嵩み
今月からは締めるつもりだったのが
まったくの予算オーバー
しかもまだ一日も働けていないときた

売り場はともかく
もうサクサク解きが進んで
縫いに入れるつもりでいた分を
早く取り戻さなきゃいけない
夏物までを見越して
せめてあと7着

う〜頑張れ



2007年02月05日(月) 田舎の孤立

今日は
車椅子にてMRIを撮りに行った後は
一刻も早く横になりたい風だったのに
少し休んだら復活して
くるくると車輪を自分で操りながら
広いフロアを探索していた

病室は女性部屋で
下のコの他はかなり高齢の方3人
入院の間
なんだか事情通になっていて
ひとりのおばあちゃんのことを
誰もお見舞いに来ないんだよ
とひそひそ言う

それはわたしも知っていた
昨日は淋しいと看護婦さんに訴え
きっと駅まで遠いし
電車に乗っても
豊岡の駅からはまた遠いから
なんて慰められていた
察するに
家にはやはり高齢のご主人が
独りでいるのだろう

移転した病院は
駅から遥かに遠い山の上にある
近代的な建物に設備と広い駐車場
車がなくては生活できないと言われる田舎だが
そういう人たちだって
いつか運転が無理な年齢がやってくる
歳を取ると少しの距離を歩くことが
一大事だったりするのだ

住み慣れた場所がいちばんかもしれないが
歳を取れば取るほど
便利な場所に住むべきと思う
都会の孤独というのも確かにあるが
それよりも遥かに
田舎の孤立の方が耐え難い
そこに雪でも積もったらさらに淋しい

そういうわたしも今日は
バス停まで歩く気力なく
思い切って自転車で出かけた
行きの坂道はきついが帰りはラクラク
けれどそんなことを想定していないみたいに
街灯があまりに少なく
ブレーキを掛けながらでなかったら
危うく歩いている人とぶつかるところだった

独りで淋しく歳をとる前に
都会へ越すべきかも
なんだかしみじみ
そんなことを考えるこの頃



2007年02月04日(日) 回復の力

立春

昨日から
吐き気止めと
水分補給のための点滴もはずれ
いよいよ自力回復を目指すのみ

とはいえ
打った頭に対しては
もともと経過を観察するだけで
直接的な処置はなかったので
オール自力と言ってもいいかもしれない

午前中と夕方と
病院までの二往復は苦ではないが
頭とは関係ないという熱の具合によって
調子がまるで違うので
安心と心配とを行ったり来たり

それでも
食べられなかった夕飯が
少しずつ入るようになって
今日は食後の様子も良さそうなので
いつもより早めに家に戻った

お酒を飲んで
そのままコタツ寝して夜中に起き
最近はまっているゲルマニウム入浴
だらだら時間を
久しぶりに享受してパワーチャージ
明日の差し入れは苺に練乳に魚の照焼き

忘れていたが
わをん開業5年目に突入
ようやく一本になるのだから
むしろここからがスタートみたいなもん
今年は売るよ〜



2007年02月02日(金) ムスコの鬼門

一昨日締めの売り場にて
さいきん心穏やかでいい感じなの〜
なんて言っていたのに
夕方には急展開
テレビのドラマでしか知らない
ICUなんて場所に
下のコがお泊りとなった

てっきり次の日には
一緒に帰れると思っていたので
入院の準備なんてしてなかったら
続けて撮ったCTに異常ありで
そのまま一般病棟に移り
本格的な入院へ

遊んでいる中の自爆転倒で
頭を打ったわけなのだが
終始意識ははっきりしていて
げえげえ吐いたり
熱が上がったりの中でも
時おり見せる食欲と
ばら色の頬に
このコはきっと大丈夫と思えた

今日には熱も下がり
硬膜下の血腫も治まったようで
自力でトイレに行き
頭を上げても吐かなくなった
テレビだ漫画だと余裕も出てきて
何より眼の色が青く澄んできた

なのでチクリ
あの場所では以前ドブにもはまり
今回は二度目
もう三度目はないからね
じいちゃんに報告したら
お母さんの100倍は言われるぞ

すると眼をクルリと動かして
オレ絶対電話に出ないもん
まったく
調子いいんだから


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