ゆりゆり日記
こうのとりの郷豊岡より
そこで出会うすべてのひとと
日々の想いの種が
なににつながりどこへ行くのか
未来へ続く今の日記

2006年08月31日(木) 宿題騒ぎ

なんかなー
あっちが巧く流れれば
こっちが滞るってカンジで
今月の締めは
チェックのし直しばかりに時間を取られ
まったく先が見えないまま
明日以降に持ち越しとなった
売り自体はそれ程でもなかったので
なんだか仕事をした気がしない

帰ると
残りの宿題は習字だけと
今朝は余裕で言っていた下のコが
ぐうぐう寝ていて
明日の準備はおろか
書いた形跡すらない
不機嫌そうに下りてきて夕飯を済ませ
ささっと書き終えたので
やれやれと思ったら
夏休みの最初に済ませた宿題が見つからない
と大騒ぎになった

ひと通り探させてもないと言うので
記憶を順番に辿らせた
図書館で済ませたときに
何に入れて持っていったのかと
バッグを探ったり
二階のベッド周りを探したり
結局もうないと諦めて転がる本人をよそに
もう一度丁寧に探すとようやく見つかった

さっきの不機嫌な顔はどこへやら
リスを肩に乗せて
満面の笑みで登場
本当はすっかり寝入っていたはずのリスは
宿題騒ぎで起きてしまったらしく
夜中なのに元気いっぱい
さっとムスコの肩から
洗い物をするわたしの肩に飛び移った

袖の端を忙しく丸めたかと思うと
つつつーっとスカートを辿って床へ
ひとしきり探索したあと
またスカートをよじ登って身づくろいを繰り返す
そのうち座っている下のコをびょんと飛び越し
廊下を一目散にダッシュして消えた

まったくお前はダメだろ
と掴まえに行くのはいいけれど
そういうお前もしっかり頼むよの気分
今年は何をしたって訳じゃないのに
あっという間の夏休みだったな



2006年08月30日(水) ウォーキング

フリー生活に向けて
何より資本になるのがカラダ
という訳で
三度目の正直
またウォーキング始めてみた

以前に挫折した二度とも
動機や目的が曖昧だったけど
今度こそ続きそう
だっていざ全てが自分の時間となって
体力と根気がなかったら
コンスタントに製作することなんて
到底無理だもん

とはいえ
苦行ではないし
昔スポーツジムで悪くした膝もあるしで
頑張り過ぎない程度に
のはずが
昨日は整体も絡めてちょっとやり過ぎ
でも久々にカラダのあちこちに意識が行って
いつもよく働いてくれてアリガトウ
の気持ちがしみじみ湧いた

そのお陰かどうか
今日は突然ピカッと思いつき
わをんのリニューアル用に
これまでそのつもりもなかった
新しいページを作った
まだまだプレビューは先だけど
自分で眺めているだけでも楽しくて
何度も何度も見てしまう

作業台は来週届くし
こんな風に途中の今が
ひょっとしたら
一番好きなのかもしれないな



2006年08月27日(日) 二重生活のリズム

売り場では
他のことはいっさい考えず
とても充実しているのだけど
オフの日には
ちょっぴりこころが斜めになって
あんましよくない

疲れが残って
ひたすら身体を休めている間
売り場後に向けての準備が
進んでいないことで
ぐるぐると頭の中を
漠然とした不安がよぎるのだ

そう言う時
わたしはやっぱり怠け者で
どうしようもないヤツと情けなくなる
いろんな過去のダメ振りを
ひと通りさらってみて
そこからどう未来の可能性を見つけたらいいのか
あまりに楽観的すぎるじゃないかと思う

んで
ふと
ああこれは
動いていないせいだと気付く
気づいてみたって
ひとしきり充電した後でなければ
きちんと動けないのは解っているのだけれど
ひょっとしたらこのまま次の出まで
ダラダラと過ごしてしまうんじゃないかと
自分を疑いはじめる

そうして鬱々と過ごしたあと
突然ポンと動ける時がやってくる
ああよかった
わたしもまだ捨てたもんじゃない
と心底ほっとする
これが
何度も繰り返している二重生活のリズム

売り場が忙しくなればなる程
その落差は激しくなっている気がする
けれど
以前はもっと沢山
余白が必要だったのは確かで
少しずつ復活までのラグは短くなっている

今日は壁塗りが終わった後処理をいろいろ
ぺりぺりとマスキングテープを剥がし
掃いて拭いてガラクタの分類
こうやっているうちに
いつか
家に居ても
売り場にいる時と同じくらい
仕事をこなせるようになれたらいいな



2006年08月26日(土) スパート

お盆を過ぎ
落ち着いてもいい頃なのに
団体さんまでが加わり
益々賑わうコウノピア
先日は朝から柳生博さんが来ていて
ゾロゾロ入ってくるおばちゃん達の
黄色い声を浴びていた

放鳥したコウノトリと
巣立った二羽の雛に
エサをやらない追い出し計画が挫折し
公開ケージの中の9羽に加え
いつもそのうちの何羽かが
一緒に混じっているらしい

最近になって
コウノピア前の
関係者用駐車スペースの角が
鳥のフンで汚れているのが気になって聞くと
どうやら巣立った雛は
屋根がお気に入りで
よくとまっているせいだとか
自由に飛ぶ個体数が増えて
お客さんが眼にできるチャンスも多いのだ

土日はなるべくふたり体制にしたものの
お客さんの動向は
毎日ふたを開けてみないと解らない
底は上がったけれど
今度は上がりすぎて
体力の限界に挑戦しているみたいな日々

一日を終えると
ぐったりしてもう動きたくない
生ききった充実感で
できればこのまま寝てしまいたいと思う
ラストに向けて
加速度はどんどん増しているみたいだ



2006年08月24日(木) 地域というおはなし

昨日は子ども会として
最後の地蔵盆だった
忙しいだろう今日の売り場が気になって
ともかく早く終わらせたいと
そればかりを考えていた

たった年にいちどのこと
それぞれに
時間を割いてのお手伝いだけど
なんていうか
こういう地域のなかで
きちんとやって行くのは
片親家庭にとって本当に難しい

本来は
助け合いのこころで成り立っている
あらゆることは
他者に奉仕できる立場にあって
初めてそのお話しの中に参加できる
誰も表向きは強制なんかしないし
こちらも限界が解っているから
無理な役を引き受けることはない

けれどそれは即ち
おはなしからはずれることを意味する

地域のおはなしは
二重三重に境界線があって
この地に代々住んでいるか
あるいはそこへ嫁にきた立場か
そういう繋がりのなかで
お互いの家の事情なんかが共有され
当たり前の日常会話の土台となる

それは
一見強固な安心の鎖に見えるけれど
噂話の中で囁かれるのは
絶え間ない線引きのし直しばかりで
ひょっとしたら地域という繋がりは
単なる幻想なのかとも思う

それで安心できる人は
その中にいればいい
ただそれだけのことかもしれない



2006年08月17日(木) 開かれないもの

先日友人と
最近お気に入りの呑み所へ行き
来し方行く末なんかを話した
豊岡に来てはや五年を過ぎ
そもそもはその友人とふたりで
新しいものを作ろう
というのがきっかけだった

その頃の試みを
着実に繋げていれば
今のコウノピアで
ばんばん売れるものが沢山できたはず
そうならなかったのは
何をどう作るかという以前に
わたし自身の逃れられないテーマがあって
誰と共同しようが
いつもその周囲をぐるぐる廻っていた

誰かによって触発され
それまで具体的でなかったビジョンが広がり
さまざまな薫陶を受けて調節して行く
その繰り返しの中で
いざというときに
するりと逃げようとする自分がいる
局面においてのイージーさが積み重なって
気付いたときには
どう修復していいのかすら解らない

およそ人当たりのいい風に装っているけれど
わたしの中には
自分でも手を焼くような硬い何かがあって
そこには誰も触れさせたくない
イージーに開いて拡大を指向する部分が
その硬いところをもひりひりと刺激して
境界線がどこかを意識させられる
そしてギリギリ開かれないものこそが
他ならぬわたし自身を顕しているようにも思える

もっともそれは
自分にだけ起きていることではなくて
わたしが関わる相手にも言えることで
だからこそ出会っているのだろう
けれどそろそろ
対象を必要とせず
自分自身で薫陶すべき時期に
差し掛かっているような気がする

おりしも
靖国北方領土と
この国の硬い何かを意識させられる事例が続く



2006年08月13日(日) 心地よさのもと

友人がコウノピアに用があると言うので
渡りに船と
昨日の夕立で置き去りにした
自転車を取りに行った

その友人とは古物霊障のかの人
般若心経を書いてお祓いをして
今ではすっかり体調もいいらしい
霊に好かれる人は
NOを言わない人だってさ
その話しにしごく納得していたのだった

道々
行政の方に
古物を集めてちゃんと生かす方法を
提案してあげたら
とわたしに言う
少し前にそういう事業に
補助金を出すことが新聞に載って
他の友人からも勧められていた

とてもじゃないけれど
そんな事は片手間にやれるはずもなく
わたしひとりで
お尻を拭けるような範囲を超えている
だいいち沢山のものを扱うには
個人的な価値観が偏りすぎて
結局また今の売り場みたいに
そういう自分を押し殺さなければならなくなる

裏も表もなく
他人に配慮して抑圧するのでなく
好きなものを好きと
堂々と表現できる生活がしたい
最後に何処に辿り着くのかは解らないけれど
まずは自分の中に
そういう通りのいい状態を作ることで
いつも今が楽しめるような気がする

わたしの
心地よさのもとは
本当にシンプルなのに
なんだか随分捻じ曲がってしまった
自分を取り戻すためにも
土台作りに時間を掛けることが必要だ
とりあえず走り出したって
結局はまた二歩下がるになるんだから



2006年08月10日(木) 作業台

地区水泳の引率で
プールサイドは40度
帰ってお昼を食べると
ぼーっとしてきたけど
頑張って壁剥がしを少し
残りほぼ一面のはずが
まだ梁部分もあって
ずうっと上向いてなきゃなんないので
持続時間さらに短し

でもね
振り返ると3面の壁がほぼ塗り終わり
怠けている間にも
部屋の電気をつけては眺め
ちょくちょくシアワセに浸っている
この部屋に
亡くなったこの家のお父さん作の棚を入れて
ハギレや解きものを詰め込んで
トルソーも置いて
ハンガー掛ける一角を作って
キモはミシンを置く作業台だ

その作業台は
昭和のシンプルな幅広い机
一ヶ月悩んで
お気に入りの古物屋さんサイトで注文
もっと安く上げる方法とか
オークションで入札とか
でもやっぱり
大切な創作のための舞台だから
本当に気に入ったのでないといけなかった

そして
他でお金を使うよりも
そのサイトで買いたかった
骨董と呼ぶには若い
生活の中で使ってこそ生きるものたちは
殊更に自己主張する訳でもなく
けれど置いてあるだけで
周囲の空気をも変えてしまうような
凛とした佇まいを持っている

それを選ぶ店主のこだわりも
空気感まで一緒に捉えた画像のセンスも
何度見ても飽きない
注文の机は
壁が塗り終わるまで
取り置いてくれることになっている
月末までに完成なるかな



2006年08月07日(月) 引き金を引かせるもの

佐川一政の本を読み
妄想と行動の境には
いったい何があるのかと考えた
食べてしまいたいくらいカワイイ
をそのまま現実に移してしまった
あの人肉事件の佐川クンである

子どもの頃から
お話しの中に描かれる
食べちゃうぞ
のシーンを
寓話として無意識に働きかけるだろうはずの
その効果が
道徳的な戒めとかではなく
禁を犯してみたいという所に繋がって行った

巻末にあった年賦から
誕生日を知ると
ホロスコープを見ずにはいられなくなった
金星は五感の全てで味わいたい牡牛座で
逃れられない強制力の冥王星がスクエアだった
他に牡羊座の月と天秤座海王星のオポジションがあって
燃え上がる動物的衝動を煽る関係か

生まれ時間が解らないので正確ではないが
対人関係をあらわす7室は蟹座
その支配星の月はそういう状況だけれど
逆に冥王星からはトライン
けれどこの冥王星が8室にあるところが
異常な執着と反社会的な性癖の象徴かもしれない

他にもいろいろさらって
何となく解ったような気になってみたものの
だからって
同じような星の配置の人が
みんな佐川クンになる訳ではなく
自分の持つ妄想を行動に移すには
何よりまずその対象が実際に必要となる
佐川クンも何人もの女性と知り合いながら
その妄想を現実化できないまま
変遷しているのだ

相手は生身の人間だけれど
その人間性を考慮せずに済む相手
それは対人関係における相性みたいなもので
悪意を持たない誰かが
自分でも無意識のうちに
相手の魔性を引き出してしまうのかもしれない
そう思うと
あまりにも無防備で善意の被害者が悲しすぎる

たまたま運が悪かったのだとは
片付けられない事件が続く
いろんな人や物事に出会う中で
そこに絡まって行くのは
自分の選択しだいというポイントが
きっとひとつならずあったはず
せめてわたし達は
事実を教訓とするよりないのだろうか

そうそう
最近
摂理 石膏
というキーワード検索訪問多いですが何か?



2006年08月05日(土) 欲しい気持ち

夏休みって
こんなに疲れるものだったんかな
帰省しないってことは
地区の行事にもしっかり参加って訳で
夕べはもう会議をフケって
そのまま寝てしまいたいくらいだった

そもそも売り場の様子が
去年までとは比較にならない上
お土産を選ぶお客さんのカラーも
普段とは違う
なんていうかやたらざわつき
どうしても買わなきゃいけないって感じで
はよ決めろと
チビちゃん達を急きたてる
グレイトマザーばかりが眼につく

子どもをひっぱたいて泣かせる母あり
ふかないでね
と平仮名で書いてあるのに売り物の笛吹いて
平気でそのまま戻す母あり
出された商品の中にそれがなかったので
やんわり指摘したら
商品もお金も投げてよこした

本当に有難いことです
そういう方々のお陰で
ヘルス嬢並みの日給を頂いております
っていうか
なんでそんなに
無理やり子ども達に
買い物させなきゃならないのか
全く理解できないんだけどね

何かを欲しい気持ち
いや
欲しくないという気持ちだって
大切なんだと思うけれど


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ゆりすこ [MAIL] [吉祥堂]

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