ゆりゆり日記
こうのとりの郷豊岡より
そこで出会うすべてのひとと
日々の想いの種が
なににつながりどこへ行くのか
未来へ続く今の日記

2006年07月29日(土) ウィンドウチャイム

夜市が開かれたとき
いつも通っているカバンストリートで
ウィンドウチャイムを見つけた
長いパイプが
輪状にぶら下がって
真ん中の錘が
周囲のパイプにあたって鳴る
よくあるタイプのもの

むかし
シュタイナー教育グッズで
惑星に対応したチャイムがあって
それはそれは
大きく響く素敵な音で
でもお値段もすごくて
とても手が出なかった

そのときの
細かいうんちくは忘れ
要約すると
魂の欲しい音を選ぶ
のだと乱暴に解釈していた
素材も太さもさまざまなのを
ひとつずつ鳴らしてみて
真鍮のを選んだ

さて
うちには
風が吹き抜ける場所がない
チャイムを手にうろうろしていたら
じゅんのナイス提案
台所の壁付けの扇風機にぶらさげた
左右にゆっくり動くにつれ
持ち手に掛けたチャイムが
つつつーと移動

長さの違うパイプに当たる
ひとつずつを耳で拾うと
まるで
この世の音ではなく
水琴窟から響くようにも聴こえ
空気が水の中のように
つめたく濃密に変わってゆく

いつしか
瞼も重く
夢の中でも
シャリリンと



2006年07月28日(金) 新しい地図

朝から
陽差しがあつくて
でもこころなしか
じとじと感がなく
くわーっと夏らしい日

なんでしょか
自転車をこぐ足も軽やか
種ともこ
古いか
嬉しくて
もうね
自分がいるだけで嬉しい
以前感じたのはいつだったっけ

新しい地図を広げて
グリーンが濃いところや
等高線みたいに
谷がくっきりとなっているところや
線みたいな道を見て
ひゅううっとそこにワープして
辺りを見廻しているじぶんを
想像したことがありますか

こころの中だけがそんな感じ

見慣れた景色は変わらない
でも少しだけ
行きたい先を思うだけで
いつも出会うひとと
違う話しができる
ひょっとしたら
同じ地図を見ていたのに
ちゃんとしたコンパスを
持っていなかっただけ

狭い狭い
限りのある場所を
みんなで寄ってたかって
取り合いしなくても
地平線は
彼方まで広がっている



2006年07月25日(火) 才能とは

今日はまた壁をヌリヌリ
と言っても
塗っていたのはたぶん
大した時間ではなく
重ね重ねてようやく
壁一面と半分が終わったところ

持久力がないので
ちょくちょく休憩と
別の用事をはさみして
そういう間に面白いアイデアが浮かんで
転がしていると
サイトにも使えそうな感じに
どんどんとめどなく展開

んで
もうひとつちょっといいこと
別のところで
秘密裏に
創作なぞしているのが
アクセスランキングに入ってて
そこからのリンクを辿って
初めて知ってびっくりー

もちろんここも
わをんのことも
どこに住んでいるかなんてことも
誰も知らないその場所で
全くの別人として書いていることが
きちんと求められているという事実

それは
墓場まで持って行くつもりの
わたしの祈りの場所
だったはずなのに
登場人物は勝手に動き出して
頭で考えることを超えていく
転んでもただじゃ起きない本領発揮

そういう瞬間を
もっともっと呼び込めたら
文章でご飯食べていけるかなー
結局
子どもの頃の夢を
全部叶えたいのだと気付く
才能とは努力し続けること
昨日羽生さんが言ってたっけ



2006年07月24日(月) フリー万歳

夕べは日付けが変わってからも
放置ブログを遡って更新
もともと苦手な画像を使えるようにと
思って借りたブログだったが
肝心の画像をアップしようとすると
アクセスが混雑しているせいなのか
やり直しになってしまい
その度ファイルから探し出して指定するのが
もうほとほと嫌になったのだった

夕べも時間帯によっては
数回のやり直しはあったものの
以前に比べたら格段にスムーズで
この機会にまとめてやっつけてみた
お陰で
いろいろ振り返ることができて
今後のことへの小さなヒントも掴めた

サイトの方も
着々と
または遅々と
手を入れるつもりでいるのだけど
更新のいらない
コンセプトが伝わるようなページ作りは
きっちり時間を掛けて練り
同じように自信を持って薦められる
定番品をいくつかラインナップする
そうした上で服作りにちからを注ぎたい

売り場後のフリー生活を
どうやって支えて行くかを考えたとき
これまでのような委託や
ものを右から左に動かす上がりを充てにするのではなく
自分が作ったものを売るということを
中心に据えなくてはならないと思う
全てに同じようにエネルギーを注げるほど器用ではないから
何より製作に集中できる環境づくりが
現実でもネットでも大切になる

やれることをきちんとやっておかないと
結果が伴わないときに
きちんと自分の責任として引き受けることができない
それができて初めて
また新たな試行錯誤への一歩が踏み出せる
なんだかもう今から
フリー万歳の言葉が頭に浮かぶ
ずっと望んでいた生活が
ようやく手の届くところに近づいてきたんだから



2006年07月23日(日) 自然の摂理

毎日言い続けてようやく
カメ3匹の水換えをする下のコに伴って
無事に巣立ちを迎えたツバメの
落下物受けに置いた箱を片付けた
いや本当は
今年も一羽がダメだったのだが

あまりにも小さく狭いうちの巣に
今年は5羽の雛がいた
いつかの年には
身体が水泡みたいになった一羽が落下
そしてまた他の年には
巣立ったはずのツバメが
壁にでも激突したのか
道路際に落ちて死んでいた

今年の一羽は
仕事から帰ると箱の中で震えていた
もうすっかり大人みたいな他のに比べ
毛も生え揃っていないし痩せている
再び巣に戻しても
またはじき出されるに違いなく
リスの古い巣へ布にくるんで入れてやった

ジッと親鳥の鳴きまねをすると
それに応える力はあるので
粟玉を水でふやかして
口ばしに持って行った
けれど食べるそぶりはなく
獣医さんから借りた本で調べると
ぶるぶる震えるのは熱病か何かで
救うのは難しいようだった

ともかく食べられるものをと
釣り具屋でミミズを買ってきた
けれどそれをあげようとした次の朝には
さらに弱っていて
口を開いて小さなミミズを入れてあげても
嚥下する動作をいちどしたきり飲み込めないので
代わりに少し水で口ばしを湿らせた

巣の中には
夜中にしたと思われる
最後の消化の証があった
こんな状態なのにと
つい
キクの最後のうんちを思い出した
そうしてどんどんツバメは冷たくなって
あっという間に死んでしまったのだった

また死に水だ
沢山生まれるツバメの中で
こんな風に自然の摂理で死ぬものは
当たり前にいくつもいる
きっと手を出してはいけないことなんだろうと思う
けれど
これが人間だったらと考える
ひょっとしたら
死ぬべき定めの命がいくつも救われていて
それはこの自然界の
バランスを崩すことにはなっていないんだろうか

それとも
わたし達人間が
高等生物として行うさまざまな格闘それ自体も
もっとおおきな摂理の中に
組み込まれているに過ぎないのだろうか



2006年07月17日(月) ソーイングバスケット

昨日はコウノピアの入館者4千人だったそうで
売り場の賑わいもとんでもなく
一時すぎに一度トイレに行ったきり
ひたすら販売マシーンと化した
もう絶対集計が終わらないと思い
お客さんには申しわけないが
少し早めに商品に布を掛け始め
5時にようやくお昼ご飯を食べることができた

んで今日は朝から
ソーイングバスケットの作業風景を取材
全部手作業なのに
工賃はびっくりする程安いままなので
直販の道を作って何とかしてあげたいと
オークションで地道に売っている
友人からの要請で動いた訳なのだった
それをどんな風に位置づけるかは
ページを作ってみて考えるとして
ともかく何十年と変わらないこの商品を
今も探している
ひとりでも多くの人たちの眼に触れさせたい

久しぶりに伺った作業場に
変わらない師匠の帽子姿があった
友人はビデオを
わたしは主に写真を担当
行く前から撮りたいと考えていた
朝はまずその音から始まるラジオや
いい感じに古びた片隅の木棚や道具類
外水道の脇の金ダライ
そんな何気ない風景全てが
実直な師匠の仕事を物語るのだった

何日か編み修行に通わせてもらったときには
しみじみ眺めることのなかったさまざまな工程も
そのひとつひとつが知恵と工夫に溢れていて
ひたすら驚き感動するばかり
それは師匠ばかりでなく
案内してもらって訪問した内職先でも同様
いや
内職と呼ぶにはあまりに技に過ぎ
到底誰でもができるような仕事ではないのだ

その全工程に対する適正な手間賃は
いったいいくらなんだろう
帰り道にふと友人がつぶやいた
そう考えると気が遠くなる
本当に今のソーイングバスケットは
まるで奉仕とでも呼びたくなるような
真摯な努力と善意で成り立っている
それをきちんと伝えなければと
思いがけず頂いてしまった
デッドストックの逸品が重くなる

けれどたぶん
あれこれ悩んで作りこむ必要はなく
きっとどこかに
既に新しいページはできている
そんな予感がする



2006年07月11日(火) 石膏の壁

壁はがしは部屋の奥の一面を残して
ほぼ綺麗になった
とは言っても
砂色のモルタルのような中に
繊維が入り込んでいて
完璧には取り除けない
以前は剥がしたあとに紙やすりを掛けたが
粉塵が舞うのも嫌なのでもうそのまま

塗りをどうするかを
剥がしながら考えた
新たにモルタルを塗る手間を入れると
そのあとペンキ塗りは必須になり
それぞれ乾く期間も必要で
いつになったら終わるか解らない
もうここは一気に済ませないと
また一年寝かせることになりそうだ

イメージにある
油絵の具を塗りつけたようなラフな仕上がりを
ペンキだけでするのは到底無理だし
もうここは思い切って
石膏を塗ってしまうことに決めた
石膏ボードを貼るのではなく
そのまま塗るなんて施工例があるかと調べたら
漆喰を塗る下地として使うことがあるようだった
乾きが早く無害だし火にも強い
しかも安価なのが何よりいい

早速近くのホームセンターに行き
工作用1キロ入り400円を4袋と
マスキングテープと端用のコテを購入
塗りコテは以前買ったのがある
必要になるかもしれないので
使い捨てのビニールの手袋も買った
まずは丁寧にマスキングをし
床には新聞紙でいざ

分量の水を混ぜたばかりの石膏は
まだ粘度が足りないので
ボタボタと床に落ちる方が多くて
塗りコテではどうもうまく行かない
塗れるぐらいの粘度になるとコテへの付きはいいのだが
一度塗ったところに二度触れると
折角乗ったのが一緒に剥がれてきてしまう
これは以前使った自然素材のペンキと同じく
まずは薄く一度塗りしてしまうのが肝心のようだ

もうコテはやめて
ビニールの手袋で石膏を取ってヌリヌリ
昨日からFMジャングルが
この部屋の入り口でなら入ることに気付き
今日は久々にてるてる坊主を聞きながらの作業
うーん楽しい
アートとスポーツの融合みたいで
汗をかきながらなのも気持ちがいい

この勢いを忘れないように
身体に刻み付けておかなくちゃ



2006年07月10日(月) 5ヶ月計画

季節が変わるたびに
製作環境をどうするかが問題で
冬の間はよかった寝床一体部屋も
溢れた布を見ているだけで嫌になってくる
エアコンのある土間は涼しいが
机ひとつではあまりに不便
カメ3匹と自転車3台をどうにかするにしても
玄関からすぐの部屋を
土間と同時進行で整える必要がある

水没のあと剥がした壁は途中のままで
上のコの作業部屋になり
とりあえず畳二枚分を敷いてある
そこは既に今では
春の水漏れ事件で床を剥がした物入れにあった
大量のガラクタに占領され
さらには閉店間際のお菓子屋さんからもらった
包装紙やディスプレイ用品などが加わっている

人のことは言えない
いつ使うとも知れないものが
スペースがあればどんどん増えていくのだ
とりあえず再び壁剥がしからはじめよう
と動き始めたきっかけは
古いアルミのライトシェードを
古物屋のサイトで見つけたからだった

購入するしないはともかく
そういうものが似合う空間を作ったら
自転車を置こうが
作業部屋にしようが自由自在
加えて玄関からのスペースも
半端な古さの下駄箱をどけて
もっと使いやすく構築しなおしたい

気付いてみれば
そんなことをできるのもプチバブルの間
長い地下生活の果て
つかの間訪れた今を友人がそう呼ぶのだが
バブルと言うにはあまりに泡が小さくて悲しすぎ
消えない泡を呼び込むためにも
11月までの5ヶ月計画は
なんだか次第にてんこ盛りになって行く



2006年07月08日(土) ふたつの魂

昨日は下のコの誕生日を焼き肉屋で済ませ
今日は一緒に買い物
リスの新しい巣箱と巣材と
クールマットなるものを見つけ
残高で欲しいゲームソフトが買えるかどうか
天の神様にお祈りしたら
ギリギリで予算の範囲内
オレってすごい伝説その73みたいな

展示会画像をアップしたあと
図ったように接続ができなくなり
ようやくこちらが復旧したあとも
自宅サーバーを構築していた上のコのPCは
依然沈没したまま
リスの写真を撮ったり手持ち無沙汰
明日は学校があるというので
久々の散髪となった

もううるさい中学みたいな規則もないから
ロン毛だろうがモヒカンだろうが思いのまま
だけど濃い顔の彼には
やっぱり短い髪がよく似合う
切っているうちにふと
小さい頃の同じ光景を思い出した
こんなに大きくなっても
頭の形や髪の流れはそのままで
いつの間に時間が経ってしまったのかと
不思議な気分になる

最初に産まれてきた子どもというのは
他の子にはない荷があるように思える
下のコはそんな兄貴に対して
控えめだよな
なんて解ったような事を言う
それは他ならぬ下の子の登場で
自然と身に付けた譲る精神でもあるのだ

求めるものに
あまりにも素直に進む下のコ的キャラを
わたしでさえ羨ましいと思うことがある
けれど人に譲りながらも
ゆっくりゆっくり
譲れない何かを見つけたとき
きっと等しく神様は計らってくれるはずだ

本当に大切なものは
争う必要なんてないってことを
ふたつの魂は最初から知っている
それをもういちど思い出すには
あまりにもかけ離れたこの世の中だけれど
どうかそれぞれに
たったひとりの自分を
失わずにいて欲しいと思う



2006年07月04日(火) 事業説明会

郷公園に新しい建物が建設されるにあたって
既に発起人となっている4業者と
共に運営する業者を募るための説明会があった
その業者とは
単に自社の物品販売を目的とするのでなく
市の掲げた環境経済戦略に則って
モデルとなるようなビジネスを目指すのだという

それが具体的にどんなものなのかは
手を上げてもらってからのことのようで
そんなで資金提供する業者が
果たしているのかどうか
本気で募るなら
もっと一緒にやってみたいと思わせるような
熱いプレゼンをして見せたらどうなのか
ひょっとしてこれは
既に4業者の中である程度話しができていて
余計な分子を入れないための会なのかもしれない

収支予測の細かい計算書が配られ
差し障りがあるということで
持ち帰りはできなかったのだが
ざっとメモったところによると
初年度の売上げ総額は物販と飲食を合わせて
内輪に見積もっても4千万円を超えていた
それに対する人件費はマネージャーが年400万円
パートが物販2人飲食1.3人として
時給750円×8時間×300日で月15万円になっていた

この計算によると
交代要員はあるにせよ
常時売り場にはパートひとり
マネージャーが何をどこまでするのか知らないが
単純に考えて
二人で4千万円稼ぎ出すってことなのか
それっていったいどんな場所なんだろう
っていうか
そんなに稼げてもパートの時給は750円

売り場にいての実感は
コウノトリを見た流れで
お客さんが寄ってくれているのだということ
入館した人が全てお客さんになっている訳ではないし
購入者数の割合も判らないが
今のアバウトな売り場の目算では
入館者数×100円弱程度の売上げとなっている

新しい建物は文化館を離れて
駐車場の奥に建てられる
わざわざそこへ寄る人数は果たしてどれ位か
試算では物販に限れば来店5万人弱
客単価850円を想定していたが
例えば来園者数25万人をそのまま来館者数として
今の館での実績を充てても2千500万円にしかならない

売り場面積が広がり扱い品目が増えたからと言って
購買意欲をそそるとは限らない
観光客だけでなく近隣の買い物目的のお客さんを
きっちり呼び込む魅力がなければ
4千万円という数字は到底無理のはずだ

さてこれから
どうなって行くんだろうか



2006年07月02日(日) 明日の記憶

日いちにちと記憶の断片が欠け
やがては今この時に考え感じ
表現したことも留めておくことができなくなる
それは例えばわたし達が無意識に
自分の都合のいい記憶だけを拾い
ただ経験したことそのものではなく
時には苦労ばかりに偏ったりしがちな
物語を紡ぐちからがなくなるということかもしれない

およそ精密な機械のように
正確な記憶があることを前提に
仕事や日常が廻っていて
社会の一員として生きていくためには
憶えていなければならない約束ごとが
沢山あるように思える
けれどそれすら本当は
わたし達ひとりひとりが作り出している
おおきな共通の物語のようで
時にはお互いを縛る鎖にもなり得る

その鎖が
自ら望んで解こうとした訳ではないのに
病によって切断されていく
全てが切断されたそのあとも
夫婦の鎖はつながっているからと妻は言う
わたしがずっとそばにいます
その言葉で結婚という契約を
もっと堅い約束にして
夫を支える妻の物語の中に居続けようと頑張る

厳然と告知された病を
わたしのこととして受け止めようと思い観ながら
それ以前にどうしようもなく苦しかったのは
この夫佐伯と妻枝実子のそれぞれの生き方なのだった
ふたりは懸命に日々を暮らしていて
病に向かうべく努力を重ね
時には怒りお互いに感情をぶつけ合い
涙を流しているのだけれど
彼らと共に感情を表現するためには
同じ物語を大切にできる自分でなければならない気がした

観ながら涙できなかったのは
病名の宣告があまりに早かったせいもある
それ以前の異変のエピソードでは
病に繋がる必然性を感じるまでに至らず
感じていたからこそ受け入れられず怒った佐伯にも
充分に共感できずにいた
そのためには少なくとも
同じだけの人生の時間を共有しなければならない
病気がどんどん進行する中で
いったいわたしはどうやって病を受け入れたらいいのか
手掛かりがないままだった

あらゆる物語からはずれようと指向するなら
むしろその病は自然なものに思えたりもした
けれどそこまで確固たるものを持っておらず
なのに時には反逆的に
人が作る物語をぶち壊したくなるわたしも
偏った視点で仮想の物語を作っているに過ぎない
それは何層にも巻かれた輪のように
きりなく自分自身を囚えて行くのだ

その囚われが解けたとき
ようやく涙することができた
他人が作る物語を認識しながら
それでもこれでいいのだと語る老人のお陰で
ただ食べ飲んで唄い生きている実感を享受すること
つかの間実感するそのことが
明日の記憶になくても
確かに生きていた事実はなくなりはしない

どの物語からも抜け
それでも生きているということは
自由そのものに思える
もし自分がその主体ではなく
傍らにいるとしたら
語り部として寄り添うのかもしれない
ずっと傍にいると約束するのでなく
あなたがあなただから好きなのだと思うその瞬間の
重なりの向こうで



2006年07月01日(土) 視力低下

下のコを連れて目医者へ
春の学校検診で随分視力が落ち
一番前の席なのに
黒板の端が見えないと言うのだ
貧乏人家庭の子は
塾に行かせられないだけでなく
こういう所からも
学力が低下して行くのかもしれないが
今ならただ選択の問題となる

去年の春の検診では確か
両目ともAだったと医者に告げると
こんなに急激な悪化は何か他に
病気などの原因があるのかもしれないと
もう少し様子を見ることになってしまった
市内の小学校は年二回だそうで
その結果がどうだったか
検診があったことすら覚えていないのだが
暗にそれを突っ込まれているようだった

別に二回だろうが
今の視力だって
日常に不都合がなかったら
たぶんそのままずるずると過ごさせただろう
かように親としては放置も甚だしく
提出物の管理や
地区の卓球の練習など
仕事のお尻以外はもうまるで頭からこぼれている

家族の視力はどうなのかと問われ
父親は眼鏡を使用していると答えると
傍から下のコが
お父さんって目悪いんだと聞くので
確か昔は使っていたはずと言いながら
彼の記憶にはないのかと思った
わたしもかなり悪かったのが
眼からウロコの人生回顧の瞬間から
その言葉通りにうそのように視力回復したのだった

けれど最近はさすがに
近くが危うくなってきていて
手元を見るのに眼鏡を掛ける人たちの仲間入りも
そう遠くはないのかもしれない
既に図々しくなりすぎて
もう一度奇跡の瞬間は望めないだろう
それはともかく
また待てないコと目医者かと思うと
ちょっと気が重い


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