しむちゃんのつれづれ日記
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2002年06月30日(日) 製造業の生き残り

中国の急成長に日本の製造業が押されています。
成功している中国企業の総裁は言います。

「日本から学ぶものは無い。学ぶのは欧州だ。」

市場の要求に応えるスピードが遅いということです。
この「スピード」というキーワードは米国では80年代に、日本では
90年代に取り沙汰された言葉。その意味では中国は10~20年遅れて
いるといってもいいのですが、その遅れをカバーしているものは、やはり
何といっても労働賃金の安さです。

この中国の賃金の安さについては、日本がバブルの崩壊後、急激な円高に
振れた時に、産業の空洞化と危惧された時に特に取り上げられました。
家電・自動車・機械・プラントなど、続々と中国本土や台湾に進出したり
製造拠点として出資や子会社設立など、製造の土台が揺らいだ時期があり
ました。製鉄においても、製品の輸出が落ち込んだことの防衛策として、
逆輸入も承知で技術移転(技術とハードのパッケージ)売りをしていた
こともあります。

自分が製鉄機械を扱う事業部の企画商務部門を移動になる直前に、上海の
近郊にある場所へ、製作拠点として使えるかどうかを検討するために、
ある工場を視察に行ったことがあります。揚子江対岸にある南通から50
kmほど内陸に入ったところ。

現在もその頃の面影が残っているかどうかは分かりませんが(というのも、
この10年の中国の進歩はめざましいですから)、当時の印象としては、
60年代までの日本の現場を見ているようでした。日本が欧米から技術を
導入していた頃の印象です。ひとつの機械に3人ついているというような、
効率よりも雇用を第一に経営しているよう。

なによりも心配なのは、納期と品質。
いつまでたっても商品が出荷されない。現地に様子を見に行くと、材料が
そのあたりにポンと置かれているといったことがよくあったり、出荷されて
きた商品が問題になって後処理に追われた企業が業績を圧迫されたりした
こともあったり。(M重工なんか大変だったようです。)

そんな中で日本の企業は中国企業との合弁や進出・撤退を繰り返し、中国を
マーケットとするのか、製造拠点とするのか、判断に苦慮している最中だと
思います。特に家電や自動車は消費品産業ですから、マーケットの拡大は
最重要課題。10分の1が購買層であるとしても、日本よりも大きな市場
となるわけで、これを見逃すわけにはいかない。ただ、中国企業はしたたか。
日本の技術を奪い取ったら後は自前で生産して販売、輸出することを目指す。
しかも(全般的に)関税比率を高くして日本からの輸入を阻害していた。
変化としては今年WTOに加盟したことで、不当な関税を付加したならば
国際的な裁判事項となるわけで、今までのようにはいかない。というか、
自国の産業に自信がついた証なんでしょうか。

特許やら秘密保持やら問題は色々とありますが、いずれにしても中国の企業
に力がついてきたことは事実。一方ではユニクロはデニムジーンズの生地を
中国製から日本製に変えたといいます。品質問題を抱えている中国製品に
見切りをつけたから。これは経営戦略によるものですが、背景には日本の
製品が良質で低コストを実現できている現実があります。またその開発を
怠らない企業努力があります。

中国と日本の企業において大きな違いは、まだまだ中国企業には製品開発
能力が先進国よりも劣っているということ。モノマネの域を越えていません。
でもこれは日本も辿ってきたこと。教育や生活水準が上がってくるにつれて
近づいてくることは考えられます。

中国はあまりに巨大な土地と多くの文化が存在するため、狭い日本のように
ある意味、画一的な方法で統治することが困難な国。全土が変化するには
あまりに多くの時間を要するでしょう。ですから、ほんの一部(特に海岸部)
を中心に変化することになりますので、経済格差が発生することになります。
この歪を抱えたまま発展するしかないので、急成長をしている企業も、その
うち息切れしてきて、それまでの投資を回収できなくて不良債権化するのが
予想されます。より経済格差が大きくなり、社会の歪が大きくなればなるほど
日本におけるバブルと同じ状況になるんではないでしょうか。

ま、バブルになる背景は日本とは全く違っていますので、国民全体が大きな
借金を抱えるというわけではありませんが、産業ごとに見てみると、今急成長
をしているところほど、その危険性があることは認識すべきです。

ということは、以前にも産業の空洞化が叫ばれたときと同じ議論になりますが、
日本において中国にはマネができない付加価値を探しつづけるか、産業保護
という形になってしまうのでしょうか。企業単位でいうと、国の産業保護に
頼る前に、自前でやるべきことをやれるようにしておくことですね。自己防衛。

国の壁が無くなってきていることを象徴している現象だと思います。
おらが村はその中だけでは生きていけなくなってきています。
日本にいる限りは日本語以外は覚えなくても生活に支障はない、と豪語する
日本の人は多くいますが、その考えが通用しなくなってきていることを認識
しているかしていないかで、将来の生活を保証できるかどうかというところ
まで来ているかもしれません。

豊かになった日本に求められるのは、知的に、情熱を持って考え、行動する。
前例に縛られることなく、新しい発想を持つ。行き着くところはそういった
ところでしょうか。サンデープロジェクトを見ながらそう思いました。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2002年06月29日(土) 100年先を見据えた大局的な国家観

こういう理由で自民党内に道路に関する特別委員会が発足。
これは総理直属の道路調査委員会とは独立し、国会議員を委員とする
ものですが、その委員たるや道路族の集合体です。

この人たちは地方の悲願と称して、地方の経済活性化にどうしても
必要なインフラと言って、いかにも地方の要求によって自分は動いて
いるような素振りをしています。

高速道路の無い地域の人たちは高速道路が欲しいと言うでしょう。
橋が無ければ橋が欲しいと言うでしょう。だから作らなきゃ、という
要請に応えたい意気込みも起因していますが、これらの多くの要望と
国家のインフラ構築のベクトルが一致していると言うのです。過去に
築いた高速道路計画の簡単には修正できないとも言っています。

国家100年の大局観と言うならば、なぜ今声を大にして道路建設の
見直しに対して反対を唱えるのだろうか。声を大きくすればするほど、
行動を起こせば起こすほど、滑稽にさえ見えてきます。いかにも道路
関係者との癒着、利権が絡んでいると思わざるを得ません。裏で約束
でもしているんじゃないかと、穿った見方をせざるを得ません。

国会議員は国家を大局観で動かしています。地方の要望は地方の議員
が地方の財源の中でまかなっていくべきこと。それができないから
国の政策や地方交付金に頼ることになります。でもこの地方の要望を
国会議員が主導権を握って進めて行くのは、役割が違うんじゃないか。

日銀がお札を刷れば国家の財源が確保されるとでも思っているのだろ
うか。もしそうだとしたらBSの貸借を全く理解していないという、
無知をさらけ出していることになります。国会議員の政治活動は国家
のあるべき姿を、国民のより良い生活を確保することを目指して日夜
頭を悩ますことにより、それなりの高給や身分を保証されています。
これは民主主義に基づいて選挙で選ばれているからで、選ばれていない
人にはそのような特権はあり得ません。つまり公務に就いていると
いうことです。国会議員も一種の公務員なのです。

民間と非民間という線引きをするならば、国会議員は非民間ということ
になります。つまり国民の税金からを基本的には給料が出ています。
国会議員は、国民の一部の人の要望を受けて動くのが役割ではない。
それはその地方の議員が主体的にやること。国政を預かっている身分
なんですから、その一部の要望が国家的な観点ではどうなのかを
考えていくのがお仕事であって、介入するのは越権行為ではないのか。
つまり立場をわきまえない権力のカサお化けです。そういうことを
いつまでもやっているから、地方が独立できないで中央を見ながらの
政治、つまり中央集権の呪縛から解かれない。

口を出すならカネを出せ。と言われるからカネを出す。カネを出すから
口を出させろと言ったほうが正しいでしょうか。国のフトコロである
財政事情がよろしくないのに口を出すのは、これじゃおかしいですよね。
つまり自分の権力を確保するためには、無いカネも出させるように仕向
けるというつまんない保身から来ていることが多いです。あまりにも。

自分の身を、家財を投げ捨ててでも国家を憂いてみろっちゅーの。
その気概があれば、厳しい時代だからこそ国民はついていきます。
いつまでも右肩上がりの世の中じゃないし少なくとも今はそうじゃない。
過去のいい時代の亡霊が取り付いている国会議員は今求められている人
ではありません。時代が要請するのは変化です。またその変化への対応
です。

方針の変更、オッケーじゃないですか。
100年先のことを責任を持って実行できる人なんていやしない。
そんなつまらない国家観ならば、目先の10年に責任を持ってくれる人に
1票を投じたい。その積み上げが国家を作っていると思う。全ての行動
には責任がついて回ることを忘れないで欲しい。その責任感が国会議員に
なった動機であれば、保身なんていうことは考えないんでしょうけどね。
まぁ、多くが保身に走っている人ばかりだから、責任感だけでは周りを
動かすことが難しい。その象徴が小泉純一郎。動かせないところに非難を
浴びて、今はつらいところです。それだけ永田町が、自民党が硬直している
ということです。経済学でいう「弾力性」が無いということです。

そういう意味では、無所属の石原慎太郎が待望されることは自然の流れ
なのかもしれません。小泉純一郎よりもかき回してくれる期待から。
でも無所属の人間を総理大臣にするなんていう非合理的なことを自民党は
許すはずがありません。国民の首相への要望が石原慎太郎であるならば、
彼を首相にするための土壌作りをしなきゃいけない。ただ望んでいるだけ
では彼は首相にはなれないし、なったとしても機能しない。それが永田町。
ということは自民党を第一党から叩き落すしかないのかな。

我々国民はいい加減なもんで、多くの人が選んだ小泉純一郎に拒否信号を
出しつつあります。選んだ人間と最後まで付き合うという、これっぽっち
の気概も無いんでしょか。どうも様子がおかしいから変えてしまえという
のは、一時的な雰囲気に巻き込まれる性質を持っている国民が多いという
ことなのでしょうか。そうであるならば、国民の信任とはなんぞやと思い
たくなります。コロコロ都合のいい方を見てしまう国民の考えは正しいと
言えるのでしょうか。

という思いがあるもんですから、次期総理待望論なんていうのが出ても、
つまらないことやってるなー、としか思いません。上記の通り、弾力性の
無い永田町に明確な抵抗勢力を浮き彫りにしたことだけでも、政治家と
しては成功なんじゃないのかな。真紀子さんを外務大臣に任命しなければ
ムネオを逮捕に追い込む状況は作れなかったんじゃないのかな。論議を
かもし出すことで道路族を一般の人に知らしめる状況にしたのも小泉さんの
成果じゃないんでしょうか。

政治家は国民の意向を気にします。その判断を恐れます。
だからカネが動きます。我々がしっかりとした態度で彼らに対応すれば、
目の前のアメを舐めるようなことをしなければ、彼らは行き場を失います。
しっかりとした日本を作るためには、政治家だけを批判するんじゃなく、
我々も日頃から気を引き締めている必要があります。永田町を腐らせたのは
一部には彼らを選んだ我々国民にも責任があります。そこを踏まえた上で
小泉純一郎が必要なのかそうでないのかを論じて欲しい。

小泉首相は続けるべきです。強くそう思います。
あはは。マジメに考えてしまった。(笑)

はい。今日は曇りのちときどき雨。(東京地方)



2002年06月28日(金) なーんだか態度が・・・

今日は東予へ出張でした。
納入する装置の仕様が本当に客先の要求に応えられるのかを検証するため
工場にあるデモ機を見に来てもらったのです。自分はそれのアテンド。

結果は合格。スペック的には問題なし。
問題は納入時期。つまり納期。要求時期にできるかどうかを迫られましたが
できないことをできると言ってもそれは今を取り繕うだけで結果的に迷惑を
かけてしまうことになるので、現実的にできる線で申し出し、一応了解を
もらいました。といったところで、昼過ぎに小千谷へ向かってお帰りに
なりました。だって15時の特急に乗らなければ今日中に新潟まで帰る
ことができないんだから。ま、それに合わせて終了したわけじゃないけど。

自分は客先を見送り、今日は工場の6月末の在庫の棚卸しの日なので、
手伝うつもりで残っておりましたが、やったことは電話番。なーんだか。
2時間半ぐらい事務所でひとりぼっちの電話番。東予のみんなは総出で
在庫のチェック。うーん。今までと違った態度の人がひとり目に付いた。
ま、いっか。個人的なことなんで。

こちらも帰らなきゃいけない時間になったので帰ることにしました。
18時10分が東京へ帰れる最終なので、この職場の定時は17時45分
なんですが、少しばかり早めにみんなとサヨナラをしました。
そんな中にその人はいなかった・・・。ま、いっか。個人的なことなんで。

というわけで、帰途の在来特急とのぞみの中でふて寝して帰って参りました。
ゆっくり寝てきたけど、精神的に疲れた。あー。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東予地方)



2002年06月27日(木) パソコン壊れた(みたい)

会社で使っているノートパソコンの調子が悪くなった。
どうやらネットワークアダプターがいかれたようで、会社のLANに
接続できなくなった。隣の人はハードの取替えが必要とも言っている。

今日は夕方から愛媛に向かって一泊。
松山へ向かうJALの最終便に乗って行きました。
松山空港からJR松山へリムジンバスに乗って行きましたが、乗り継ぎの
在来特急が40分後なので晩メシを食べるためにうろうろしておりましたら
「坊ちゃん食堂」なるものが駅近くにあったので覗いてみました。

1階は喜多方ラーメン屋でお客が一杯だったのに、この食堂はガラガラ。
メシはまずいわけじゃないのに何でだろうと思いながらも、ゆっくり
落ち着いて食べることができました。次もここで食べることにしよう。

この日記はホテルに着いてゆっくり書けると思っておりましたが、PCの
異状により持ち出しが不可能になったので、残念ながら日記はお休み。
実は翌日書いております。

とはいっても、今は夜中の1時過ぎ。朝まで生テレビが始まった。
「石原慎太郎待望論」。ん?危険な匂いがプンプン。

はい。今日(昨日)は雨。(東京地方)



2002年06月26日(水) 利子

としこじゃありませんよ。(笑)
資本利用の代償として成立する価格のことです。

利子にもいろいろと種類があって、
実物資本(生産資本)に成立する利子のことを自然利子
貨幣資本の形で借りた場合に支払われるのが貨幣利子あるいは金利
資本利用に対する真の代価をを純利子
手数料や危険負担費を特別利子
純利子に特別利子を加えたものが粗利子
期間の長短によって長期利子と短期利子(通常1年を区切る)

利子論には①古典派利子論②ウイーン学派の利子論③貨幣的利子論が
ありますが、詳細はここでは省略。

歴史的には古くから利子に関して論じられてきていますが、古代ローマ
では、例えばアリストテレスが「貨幣は子を産むものに非ず」として
利子の徴収を罪悪としました。中世にはトーマス・アクィナスを始めとし
利子禁止論が大勢を占め、利子を禁止する教会法も成立しました。

近代になり産業が発達してくると、利子の禁止は不便きわまるものになり、
産業の発達を阻害するようになる。宗教改革以降、ルーテルもカルヴァン
も利子を許容しました。16~18世紀には利子を弁護する気運が高まり、
重農学派に至って、初めて純然たる経済上の問題として取り扱われるように
なる。ケネーは農業における貸借には利子を認めるべきと言った。
テュルゴーは農業だけでなく、商工業にも利子を認めるべきと主張した。

資本はあらゆる部門において利潤を生まなければならない。
資本はいっさいの企業に対して不可欠の基礎を与えるものだ、という
ような利子論を、ボェーム・バヴェルグは結実説と名づけています。

とまぁ、難しい話になってきましたね。続けていきましょう。あはは。

利子学説には次のようなものがあります。
①制欲説 - シオニア
②利用説 - カール・メンガ-
③時差説 - ボェ-ム・バヴェルグ
④自然利子説 - ボェ-ム・バヴェルグ、ウィクセル
⑤限界生産力説 - クラ-ク
⑥動態説 - シュムペーター
⑦流動性選好説 - ケインズ
⑧貸付資金説 - オリーン

それぞれ説明しているとキリがないので省略。

個人的に注目するのは⑦の流動性選好説。
これは何かと言うと、貨幣の流動性を手放すことに対する報酬
人はいろいろな動機で流動性を手元に保有しようとします。これが貨幣需要
となります。そして貨幣需要は流動性選好によって決まります。

貨幣供給は利子率とは関係なく中央銀行によって決定され貨幣数量となって
形に表れます。利子はこの流動性選好の大きさと貨幣供給量が一致するとこ
ろに決定される。つまり、利子は貨幣の需要と供給を等しくさせるところの
価格であるということです。資本蓄積が増えるにつれて資本の稀少性が薄れ、
利子率はゼロに近づき、金利生活者は安楽往生を遂げるというもの。
新たな資本需要が発生する限り、これは考えられませんけどね。

人にお金を貸すときに、冗談で「といちで」なんて言いますが、これも
この流動性を拘束される見かえりと考えればいいでしょう。
貸さなければ使えるお金を貸したばかりに使えなくなる。
お金が欲しい人は高利のサラ金からでも借りますね。まさに需要と供給。
お金を必要とする人がいる限り、この関係はなくならないでしょう。


経済学は実学です。実体経済を学問的な視点で理論付けしていくものです。
見ているものは現実。現実の生活を考えると分かりやすいことも、学問だと
して難しくしてしまうところがとっつきにくいところではあります。
でも理屈で現実が見えてくると、今までと違った目で生活できるかもよ。
自分の場合はそれが目的ではないんですけどね。


はい。今日は曇りときどき雨。(東京地方)



2002年06月25日(火) ときには復習のために

自分の勉強の場(主に復習)としてテキストから学んだことを
書くことがあります。本で読んだことを文字にする作業を普段から
行っていないので、少しは身になるかなと思ってね。

今日は「利子」について書こうと思いましたが、何だか疲れて
しまっているので、明日もう一度テキストで復習してから書いて
みようかと思います。

利子ってそもそもどういうものなのか、当たり前に出てくる言葉を
勉強してみるのも面白いもんですよ。

んじゃ、おやすみなさいませ。

はい。今日は雨ときどき曇り。(東京地方)



2002年06月24日(月) つべこべ言わずにやらなきゃ?

一日、また一日とやらなきゃと思っていたことをできなかったときは
さすがにその日の晩はつらいです。こと仕事以外のときは。

仕事はおかげさまで忙しいです。
人のサポートをしているおかげで自分の仕事も溜まりまくり。
送られてくる輸入部品をいかに早く現地へ配達させるか考えなきゃ。
月末の支払伝票は明後日が締め切り。明日までに出さなきゃ。
客先が週末に東予へ行くアレンジもしなきゃ。
輸入関係の書類を整理しなきゃ。
装置の引き合いを促す方策を考えなきゃ。
部門ごとの費用発生明細を各部門の責任者に送らなきゃ。
受注案件の実行予算を作らなきゃ。
取引先との契約の更新をどうするか考えなきゃ。

やることは多いです。
でもそれ以上に自分にとって重要だと思っていることがあります。
仕事の合間にやろうと思っても、その合間が無い。
時間はできるもんじゃなくて作るもんだということはよく分かってる。
状況がそうさせれくれないというのは言い訳ですか。
だったらこれ以上はもう言いません。


ゆっくりとした時間があると色々と考えてしまうから、進行が遅れている
勉強でもしよう。んじゃ。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2002年06月23日(日) 変なヤツ

変なヤツと言っても、頭のおかしいヤツではありません。

アメリカの取引先とメールしていると、ときどき面白い表現をする人間に
出くわすことがあります。

相手にメールを出すときは、
一般的にメールの出だしは、Dear Mr. Edmonds,
日本人的に親しみを込めて、Dear Edmonds-san,
とか、親しい人に対しては、Hi Edo,
とかですね。

メールの最後は締めとして自分の名前を書きます。Edmonds
と書くのが普通ですが、取引先のひとりは自分を、Edmonds-san
と書きます。日本人からすると、自分に対して「さん」付けするのは奇妙
というか、なんか人ごとですね。でもこの人は日本人の我々に親しみを
込めて言っているのだろうと思いますので、あえて指摘はしません。
この人から来るメールを見ると、いつもニヤニヤしています。
誰に発信しても、Edmnds-sanと書いて来るので余計に面白いです。

まぁ、自分はHNに「ちゃん」を付けているので他人事じゃないんですが、
付けてしまったものを後から変えるのも面倒なのでそのままにしています。
本当は他のHNを付けたかったんだけど・・・。

メールの性格上、相手に付け込まれるようなことを書かないのが原則。
証拠として残ってしまいますから。だから、相手を思ってへりくだったり、
日本人的に謙譲したりしてはダメです。自分を悪く言うことは相手の立場を
有利にするだけです。都合の悪いことがあったとしても、別のことを理由に
自分が悪かったと謝りを入れる人は少ないです。

特に戦略上に関わる企画部門なんかは絶対に自分が悪いとは言いません。
悪いと謝った時点で減俸です。会社に不利益を蒙ったことになりますから。

アメリカの労働契約はいつでも切れる個別契約が主流ですから、クビを切ら
れるのを嫌う人(好む人はいないでしょうが)は、特にその傾向があります。
自己防衛です。突然解雇されるなんていうことは日常行われています。
他人の尻拭いをするような人は稀です。自分を防衛する反面、自分を高め
なければなりませんから、その意味では日本の雇用よりもしんどいですね。

ということは、自分の能力や実績が上がればそれだけ評価されるという
ことですから、そういうことでモチベーションを高めているのかもしれません。
個の確立はこういうところにも表れています。仲間意識よりも個の独立を
重視するアメリカならではです。これを「自由」と言うんですかね。

「自由」といえば、それに反する言葉として「平等」があります。
これについては、また別の機会に考えてみましょう。

あ、ちと違う方向へ行ってしまいました。スンマセン。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2002年06月22日(土) なーんかおかしいとは思うけど

朝っぱらから携帯に会社の人から連絡があったけども、無視して寝てた。
どうせ何か調べるか動くか、そんなところだろうから。休日だしね。

で、メールを開いてみるとやっぱりそうだった。
立ち上げ現場の責任者が、急ぎで必要な貨物の追跡調査をしてくれと。
AWB(Airway Bill)番号が書いてあったから、取り急ぎフォワーダーの
カスタマーサポートへ電話して(ネットのトレースもありますが、電話の
方が細かいところまで分かる)、状況を確認。その後に責任者へ連絡。

貨物は4点ありましたが、そのうち1点は国内の通関を本日通過したので
月曜日の午前に配送の予定だと。現場責任者は明日にでも欲しいと言って
いたので日曜日の配送を頼むと、日曜日は配送していないので月曜日に
なると言う。じゃあ、スタンバイ状態なら自分が営業所まで取りに行くと
言うと、午後6時までとのことなので、急いで支度して成田へ向かうことに。

2点目は成田までは来ているけど、発送人への確認事項があるのでリリース
することができず、通関前。3点目と4点目は今日のフライトで米国から
日本へ向かっている最中。日曜日に日本へ到着だから、いずれにしても
早くて月曜日。明日の午後に会社から確認の電話を入れて、状況を教えて
もらうことにした。

4点、すべての状況を確認して、住まいである多摩地区から成田空港近くの
営業所へ向かい、その後つくば市にある現場へ向かうことにしました。

現場にはウチの会社の作業員2名と責任者ひとりが作業しており、米国の
取引先から来ている立ち上げ者が5名。総勢8名が現地におりますので、
地理的な距離から、ウチの社員が車で成田へ取りに行けば早いんですが、
現場対応で離れられないんで、頼むから持ってきてくれと言うので、断る
わけにもいかず部屋を出ることにしましたが、休日出勤でも無く、高速や
ガソリンの費用が出るわけでも無く(一応、上司にはお願いしますが)、
これってただ働き?しかもボランティア?と思いながら、出かけました。

本当に必要なものならば、現場をうまくまわして作業者のひとりを貨物の
引き取りに向かわせるべき(本人たちは休日出勤ですし)なんです。
休日の人間をつかまえて、仕事をしたような気分にだけさせるような
やり方はマズイんじゃないかと。職場に不満がある人だったら組合にでも
ちくってしまうようなこと。命令系統でもないのに、上位者からの依頼で
どうしても動いてくれとうのは。ま、自分の場合は組合嫌いなひとなので、
組合に訴えるようなことはしません。表向きには何も無かったことにする。

個人的に、あのとき協力したよねって、その責任者へ恩を売っておくだけで
済ませようと思います。装置の立ち上げで苦労していることは知っています
から、しかも期限が目の前に来ているから1日でも無駄にしたくないことも
分かっています。プロジェクトを成功するためには関係者だけではできない
こともありますので、それに対する協力は惜しみませんが、自分達でできる
ことは、自分達でやる姿勢が欲しいもんです。始めからひとに頼らないで。
やり方の問題です。

現場は7月1日をターゲットに土日も関係無く最後の仕上げとして作業して
おりますから、とにかくがんばって欲しい。自分達の仕事として充実感を
感じるためには、与えられた仕事を自分達で何とかする姿勢でやっていって
欲しいもんです。

知らない道を効率良く走るには、やっぱりナビは必要だと思いました。
おかげで予定時間内に現場まで貨物を届けることができました。はー。

はい。今日は曇り。(成田・つくば方面)



2002年06月21日(金) 役員の退任

今日は担当役員の退任の挨拶を兼ねた戦略調整会議。
経基職の集まりですが、上級職1級(ウチでは係長クラス)も入って。
あ、でもその役員は株主総会のリハーサルで午前中は欠席。
午後の一部だけご挨拶程度。ってか、雑談だけ30分程度。

役員の正式交代日は株主総会で承認されてからですが、この時期に
決まっているのはどの会社も同じこと。内示ですね。新聞での発表は
すでに行われております。退任者は。でも新任者は株主総会後です。
決まってもいないことを発表することはできませんから。

で、定時後にイタメシ屋で送別会。
予定ではその役員の秘書とそのお友達も参加してもらえることになって
おりましたが、ひとりが都合悪くなり、女性ひとりではいづらいという
ことで欠席となりました。結局男性ばかりが8名。ウチの職場だけで。

役員は何やら話をなさっておりましたが、自分ときたらあんまりその
お話は聞いておらず、隣の同僚とくだらないおしゃべりをしていました。
ま、いつもの調子ということで、役員もあんまり気になっていないよう
でしたけどね。

その役員は東大法学部出身のエリートです。プライドも高いです。
でも社員への気遣いはきちんとする人で、線が細いせいか、威圧感は
あんまりありません。でも説得力は結構ある。知識もすごくあるし。
担当役員で室長でしたから、いわゆるウチの事業のトップ。
この人が退任となると、次の新しい役員が就任することになります。
それが誰だかは、内々に伝えられております。やっぱりそうかって感じ。

今回の株主総会で会長も退任になる。社長は据え置き。
役員はがらっと担当が代わりそう。トップが替わると職場の雰囲気も
変わるような予感はありますが、そんなことはありつつも、引き続き
動揺すること無く運営することになります。会社も生き物ですから。

それにしてもウチの会社はご多分に漏れず、東大を中心とした国立大の
役員が多いです。なーんだか私立大出身の自分には少々肩身が狭いような
雰囲気が無きにしもあらずですが、普段の仕事には何ら影響していません
から、今のところはそんなことはどうでもいいんですけどね。この10年
ぐらいは学閥については割と自由になってきていますし。

というわけで、お疲れ様でした。

はい。今日は晴れのち曇り。(東京地方)



2002年06月20日(木) 感度のズレ

こんな話があります。

アカシュウカクアリというアリゾナ砂漠の中で一匹の女王を中心とし、
約1万匹のハタラキアリを擁するコロニーを1単位として生きている
アリがいる。この女王は結婚旅行の後、たった1日しか交尾しない。
数匹のオスと交尾して精子を体内に保存しておく。保存精子で女王は
20年近くの間、子供を産み続けることができる。オスは精子を供給
する以外は邪魔ばかりすることを良く知っている。繁殖戦略としては
極めて合理的であるという他に無い。

アリは戦争もする。コロニー同士で戦争をして必死に戦うが、たとえ
敗れても決して復讐戦はしない。復讐心などという非合理的な考えは
アリには無い。

偵察ハタラキアリがひとたび今日一日の食料収集域を決定してしまうと、
食料収集ハタラキアリは忠実にその命令に従い、たとえその通路に大量
のエサをまいても何ごとも無いかのようにその上を通過して行く。
こんな愚かだと思える振る舞いもする。



他人から見てどんなに馬鹿げている行動でも本人は合理的だと思って
振舞うのは、見方が変わればあり得ること。多くのひとは自分の価値
判断基準で世界を見ているので、他人の行動が非合理的とか非常識とか
愚かとか不思議とか思えることがあります。

他人の身になって考えみよ、と言われることがありますが、それは
自分の基準でおせっかいを焼くのではなく、他人の行動目的や理由を
見つけることなんでしょう。

「ふつう、そういうことは言わないんじゃない?」とか、
「誰もそんなことしないよ。」とか、
「みんなおかしいと思うよ。」とか、
いかにも他人を引き合いにして、自分がそう思っていないような言い回し
をするのもひとつの例えなんですが、自分が思っていることをあたかも
大勢の人が支持しているかのように言ってしまうのは、相手のことを何も
考えないで、単に自己主張しているだけ。だったらストレートに自己主張
するべきであって、相手を傷つけまいとの気遣いは、それは自分がそう
思っているだけで、相手は必ずしもそう思っていないということに気付く
べき。

これはまるで正義の味方は悪の世界からすると諸悪の根源であることと
同じようなことになるんでしょうかね。見方が変わればってことですか。

でも人の価値基準なんていうものは、人の数だけ違ってきます。
そういう意味では、相手への気遣いなんていうものは付き合いの深さに
比例するんでしょうね。あるいは感度の問題ですか。いずれにしても
その感度のズレをいかに修正してあるところに収束させていくか、かな?

はい。今日は曇りときどき雨。(東京地方)



2002年06月19日(水) 久しぶりに小千谷

ひとつきぶりだろうかふたつきぶりだろうか。
前回行った時はまだ涼しかった記憶があります。

いや、今日は怒られに行きました。
約束していたことができなくなったので、頭を下げに行ったのですが、
できないだけではお互いに前向きな仕事にならないので、約束事が
守れないとしても、なんとか使える装置に仕上げるべく、お互いの
知恵を出し合う機会をもらったわけです。

こちら側の不手際で、いろいろと問題は残っておりますが、先方も
無くてはならない装置なので、いまさらキャンセルできないのが実情。
だからこちらもプレッシャーがかかる。作り上げなければならぬ義務が
あるわけですから。

つべこべ言っても始まらないので、明日さっさとレポート書いて、やる
べきことを考えて実行するのみ。営業が直接作り込みに手を貸すことは
できませんが、やるべき方向性ぐらいは作れるでしょう。客先担当者が
上司に報告できるような仕事の進め方をするのもひとつの方法。
お互いに会社のため、自分の仕事のために給料をもらっておりますから。

いやぁ、小千谷は暑かった。女子高生のスカートが短かった。(笑)

はい。今日は晴れ。(上越地方)



2002年06月18日(火) なにかを示唆してくれているような気が

ある小冊子に掲載されているコラムを読んでいて、今後を考えるための
なにかヒントになるような気がする内容に目が止まった。

表題は、「「消費不況」の意味するもの」。
京大教授の佐伯啓思氏が”豊かさを問いなおす”と題して連載しているものの
8回目の投稿。

内容は、現在直面している長期不況についての考察。
注目しているのは「消費」について。

ここでのひとつの結論は、この数年、消費の所得に対する弾力性が上方に向けて
その効力が失われてしまった、ということ。つまり、所得が減るとそれは明確に
消費を減らすことにつながるが、所得が増えても消費はさして増加しないこと。
上方にはほぼゼロで、下方には1以上の効果を持っていることで、その弾力性は
著しく非対象的である。一時的な所得の増大は決して将来の所得の継続的な上昇
を意味せず、現時点での所得の減少は将来に渡っての所得の低下を予想させる。
要するに現時点ではモノを買うお金がないのではなくて、将来に対する不安から
モノを買わずに貯蓄する。これが「消費不況」である、と。

ただし、氏はこれで話が終わるわけでなく、この事実は消費を削る余地がまだ
充分にあることを示しているという。湯水のように財政支出しても、効果が
現れない理由として、日本のような「豊かな社会」では、その資本ストックと
労働力を使い切って生み出される富を消費し尽くすこと、つまり消費需要が
生産力を吸収することはできないだろうと。過剰生産能力の問題に直面して
いると言わざるを得ないということです。

これが日本経済における根本的な問題だとすれば、短絡的に考えれば、中長期
的には生産活動の停止に向かわざるを得ないことになります。つまり、企業の
生産能力の低下を強いられることになるわけで、ダウンサイジングの方向ながら
収益は確保しなければならない。選択と集中をより強化する方向に向かうと
予想されます。

テレビを見ていると12chのWBSでは、製造業のビッグバンが求められて
いると言っていますね。

企業内では勝ち組み事業体へ、業界的には勝ち組み企業へ、人材が流動化して
いくトレンドになるのでしょうか。でなければ、人材が溢れて大失業時代が
到来してしまうことになり、不況はより拡大していくことになります。

自分が、あるいは自分の会社が勝ち組みになるためにはどうしたらいいのか
ということを真剣に考えなければならないとメッセージを与えてくれているの
ではないかと思ってしまいました。

はい。今日は雨ときどき曇り。(東京地方)



2002年06月17日(月) アレンジャ-

会社に来てメールを開くとヘルプメールが入っていた。
今週、装置の立ち上げに関わる人間がアメリカから来るんですが、
どうやら行き先のつくばのホテルがうまく予約できなかったらしい。

んで、向こうの会社のエージェントを通してニューオータニイン大崎の予約を
したらしいんですが、これまたつくばから離れている。
なぜここにしたのかは不明。ウチの会社が近いから???

この案件の営業をやっている同僚が定時になっても来ないなと思っていたら、
電話がかかってきて、手の小指を骨折している模様。
捻挫と違うから、ただギブスをはめるだけではダメ。ということは手術を
しなきゃいけないのかな。明日は会社には来れないだろうな。
ということは、この連中のアレンジは自分がやらなきゃ。

今日来る人間を含めて今週は3人来ます。しかも今日来る人間は日本がお初。
泊まるホテルが大崎。山手線に乗り換えて、うまく大崎で降りれるかどうか
不安ではありましたが、子供じゃないのでなんとかたどり着くことを期待して、
明日8時15分にホテルまで迎えにいく旨を書いたメモを読んでもらうために
ホテルのフロントに預けました。

というわけで明日はこいつをピックアップするためにホテルまで出向きます。
とはいえ、彼を送るのは上野まで。そこから先は自分のメモに従って土浦まで
常磐線に乗って、そこからタクシーでホテルまで行ってもらう。
そしてそこから現地のウチの会社の社員の携帯に電話してもらって、ホテル
まで呼び出してもらう。ホテルまで迎えに来てもらって、現地まで連れて行って
もらうという手はず。うまくいくといいんですけど。

こちらも職場に人間がいなくなるので、自分も席を外せないんです。
誰か事務所にいるのなら、現地までアテンドしてあげてもいいんですが、
そんな余裕がないので仕方ないですな。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2002年06月16日(日) ストローと袋

たまたま立ち寄ったコンビニでの出来事。
レジの対応をしてくれた店員は、あまり慣れていなさそうな感じ。
ティッシュと2リットルペットボトルと500ミリペットボトルを
レジへ持っていき、勘定をしてもらったときに聞かれました。

「ストローは一緒に入れてもいいですか?」

ストローなんかいらないから、要らないと答えたら、

「恐れ入ります。ありがとうございます。」

って言うから、そんな、ふつーじゃんって思っていたら、おつりを
返してもらっても袋に入れる気配がない。袋に入れてくれるように
伝えると、不思議そうな顔をしていた。慣れていないからかな?
って思いましたが、もう一度聞かれました。

「フクロは一緒に入れてもいいですか?」

どうもティッシュの箱が紙なので濡れやすいペットボトルと一緒に
入れていいかどうかを確認したかったらしい。

ストローは要らないけど袋には入れてって言うと、ようやくこちらの
意図を察してくれたようで、なぜかお互いニヤケ顔。(笑)
こういうところで聞き間違いってあるんだな。あはは。

あ~、普段からつまんないことでも話ができる人が欲しいな。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2002年06月15日(土) ちょいとカチンときた

ワールドカップで日韓が1次リーグを突破して、しばらく胸が熱くなる
日々を過ごしたいなどということを書いておきながら、一方では小泉
改革を「迷走を招いた場当たり政治」とこき下ろす論調には、なんだ
この新聞はと思いました。(執筆者は違うか?)
そんなとぼけたことを書いてくれるから面白くて取っているんですけど。

趣旨は次の通り。
「大改革を行う以上は基本政策がぶれていては国民の信任は得られない。
だが首相はその基本をいとも簡単に転換してしまった。しかもその内容
たるやごまかしとしか言えない。骨抜きの改革だ。」

小泉内閣になってから、いろんな問題が噴出してきています。
それらの問題が発覚するたびに小泉内閣の支持率が落ちていますが、
これは問題が次々に発覚してきたからなのか、その処理のやり方に問題
があるからなのか。

国家の首長ですから、その発言やその実行力がどうあるかということに
周囲の関心はいくでしょうが、そのひとつひとつをどう処理するかと
いうことまでいちいち文句を言っているのはいかがなもんか。

自分からすると、そんなこと書いているようじゃ、ヒマで他に書くことが
無かったからなんじゃない?なーんて思います。

小泉さんの存在意義ってなんでしょう?
腐り切った永田町に旋風を巻き起こし、ウミを出すために一国のリーダー
となって、抵抗勢力をわざと作り出し、それを国民に晒し上げることだと
思います。そのウミをどう処理していくかが問われるよりも、そのウミに
国民が気付いて切り捨てていく勇気を持たせる環境を作っていると思えば、
小泉さんが自民党にいて、その総裁であることはいい機会であると考え、
我々は周りの腹黒い政治家や官僚のやりように異論を唱えてもいいんじゃ
ないかと思います。小泉さんのやっていることが正だとすれば、それに
異論を唱える人間は全て悪です。それが自民党であれ他政党であれ。

駅前ではいろんな市会議員が小泉内閣の行為に異論を唱え通勤通学途上の
人達に訴えておりますが、彼らの思いはどこにあるのでしょうか?
彼らの主張を実現するためのバックアップは永田町にあるのでしょうか?
理想像はどんなものなんでしょうか?細かい事象だけを捉えて、それに
注力して批判をするなんていう無駄なエネルギーがあるのなら、この日本が
より良くなるための政策を勉強して、市民が快適な生活を送れるような
提案を市議会で行い、中央では行えない、地方政治を活性化させるような
ことを考えて欲しい。

地方政治は中央政治に異論を唱えて市民へ訴えてもそれを変えることは
できない。それを分かっているひとならば、中央政治へ殴り込みをかける
はず。地方でモンモンとしているはずがない。それができないから地方に
居続けていると考えていい。つまり自分が変わらないんだから、人を変える
ことなんかできない。人の批判をする資格なんかない。

こんなことを言っている自分も一介のサラリーマンから抜け出せないでいる
ひとりですから、たいそうなことは言えないんですが、目に付いたこと、
思ったことを第三者に伝えることで、そんなこともあるのかと思ってくれる
人がひとりでも増えてくれればと思っています。

あぁ、今夜はル・マンで眠れないな。(笑)

はい。今日は曇り。(東京地方)



2002年06月14日(金) 日本の青が映えた日

皆さんは今日の午後3時半から何をしていましたか?
自分はもちろん仕事。でも会社で厳重な注意があったわけではありま
せんでしたので、パソコン作業をしながらときどきネットで観戦。

試合結果はご存知の通りですが、試合が終わった時にどこかしら拍手が
起こりまして、ありゃあ、いかんなと思ってしまった次第で。
しかもそれが人事Gだったもんだから・・・。

それにしても午前中に起こりました地震は結構時間が長かった。
もしかしてあれは試合を待ちきれない日本国民の心の震えだったのか?

海外では全米オープン、ル・マンとメジャーな競技が行われています。
そこでも日本人選手たちはがんばっています。

ワールドカップで日本の試合が無い時は、これらの競技も応援して
みるのもいいんじゃないでしょうか?

日本でのワールドカップ開催は、この後100年は行われないようです
から、この貴重な瞬間をみんなで享受するのはいいことです。
くれぐれも度を過ぎない応援をヨロシク。暴力や迷惑行為はダメね。
負けた国を卑下するのもダメね。よくやったと称えてあげましょう。

トルシエジャパン。してやったり。

はい。今日は曇り。(東京地方)



2002年06月13日(木) だるいなんて言ってる場合じゃない?

朝の目覚めはいいんですが、昼間にだるさを覚えます。
会社の寮に住んでいた頃、この時期になるとガンガンとエアコンを
かけておりましたので冷房病だという自覚はありましたが、今は
ひとり住まいになって、そんな贅沢ができないので、窓を開けて
外の風が部屋を通り抜けるようにしています。だから決して冷房病
ではないと思いますが、他に理由という理由が見当たりません。

風邪っぴきではないのでビタミン不足でもなければ、怒りっぽい
わけでもないのでカルシウム不足でもなし。もしあるとすれば、
年齢による体力低下か運動不足による不活性化かな。

おなかをつまむと、なんとなく運動不足の予感もありますが、朝晩の
通勤を考えると、ちょっとした運動しているようなもんだから、
そんなに気にはしていない。ということは・・・。

まだ結婚しているわけでもなく、子供がいるわけでもないので年齢の
ことを口にしたくはないんですが、少しばかり気になってきたのは
間違いない事実。衰えを感じるというより、体力が減衰してきたと
言ったほうが近いかも。ま、そう思っていることが年を取った証拠。

気持ちはいつまでも少年のまま(甘ったれとも言いますが)ですので
ため息ついたり守りの姿勢にこだわったりはしていません。変わった
とすれば、少しばかりの白いものが目に付いてきたことだけです。

3年目研修で講師から言われた言葉。
「冷めた目で会社を見つづけろ。そのうちどっぷり浸かって会社人間に
なっている自分が見えなくなってしまう。それは会社にとってもいい
はずがない。」

この言葉は会社生活を送っているうちは忘れません。
ある意味、批判的になれと言うことですが、批判ばかりでもダメ。
実行して変えていくことが大事。だからいつでもよりいい方向へ変える
ことを考えています。どうしたら現状を打開できるか。

世間の常識より先を見通して株主やアナリスト受けすることを考える
頭のいい東大出の本社企画のやることは我々凡人にはついていくことが
やっとですが、多くの人達がついていけていけてない状況を鑑みると、
対外的にいい顔をしつつも、社内の運用は噛み砕いた実効性のある
具体的なことを部門長とすり合せをすべきじゃないかと思います。
そのあたりをうまく回していくのが我々中堅の役割なんでしょうが。

こんなことを考えていると、だるいなんて言っている場合じゃないん
ですけどね。(苦笑)

はい。今日は曇りところにより一時雨。(東京地方)



2002年06月12日(水) 週に一度のおたのしみ

いや、楽しみといってもささやかなことです。
近所の駅前にある(持ちかえり専門の)焼き鳥屋。
ここで売っている鳥のモモ肉。これがウマイ。
ついでにハツとモツ。ちと焼きすぎているところがまたいい。

肉だけではバランスが悪いので、週に1回だけにしてます。
焼き鳥屋だったらビールでも飲んでいるんでしょうが、自宅
で食べるときにはおとなしく麦茶でね。(笑)

そうそう。この焼き鳥屋の横に定食屋がありまして、ここの
メニューの多さに目が回ってしまい、選ぶのに困っていたところ、
待ちくたびれた店員が注文を聞きにくるのを忘れてしまって
待ちぼうけになったのは昨日のこと。

恐らく定食だけで20数種類。麺類10数種類。
丼もの10種類。単品もの30種類以上。ようやるわな。
しかも安い。町の定食屋といった感じ。くたびれた店構えもグー。
暑いさなかなのにお茶は熱いヤツ。店員も無愛想。
残っていたんですね。こんなお店。
でもさんまが食べたくなったらこの店に行くことにしています。

さて今日は昨日とうってかわって涼しい夜です。
みなさん、風邪など引かぬようにね。

はい。今日は曇りときどき雨。(東京地方)



2002年06月11日(火) 直接対話のひととき

ひとつ上のフロア-が会議室ゾーンで、そこのリフレッシュコーナーで
タバコを吸ってます。自分のフロアで吸わないのは、ひとつは目の保養。
会議室ゾーンは外の光景が見えるから、机では目の前のパソコンを見て
おりますから、遠くを見るため。もうひとつは、わざわざ階段を上がって
行かなきゃならないことで、面倒さがあるから回数が減るだろうと思って。

大抵の時はいても2~3人しかいないので、ゆっくり吸えるのも大きな
魅力。だからといって、そこで時間的にゆっくりしているわけじゃあり
ません。吸ったらすぐ席へ戻ってます。

最近、なぜだかそこで社長をよく見かけます。
今日は自分がひとりで吸っているところに、社長がフラ~っと入って
きました。社長はタバコは吸いません。誰かと話がしたい時に立ち
寄るみたい。はっきり言って、自分は面識ありません。が、

「キミは何の仕事をしているのかね?」

とおっしゃって、どこそこの○○さんの下で働いていますと言うと、

「最近の業界はどうだい?上向きになったかね?」

ありがたくも話しかけてくれたので、持っている情報を話しました。
装置の名前は覚えてくれていませんでしたが、業界の動向には関心が
おありのようで、自分が話すことにひとつひとつうなずいてくれて、
野村のアナリストレポートに反論した時には、キミもそう思うか、
って、なんだか気持ち悪いぐらいに同意してくれて、それ以上に
発展した会話にならなかったし、ちょうど自分のタバコも吸い終わっ
た頃合を見計らって、お互いに席を立つことにしました。
(なんで気持ち悪かったかというと、社長はインテリな方で、普段から
よく勉強をなさったり本を読んでいらっしゃったり。そんな方だから
自分の話などつまんないことだとおっしゃるものとばっかり思ってた。
気持ち悪いというよりも、意外だったと言うべきかな?)

役員室はさらにもうひとつ上のフロア-にあるんですが、会話の後
向かった方向は階段の方じゃなかったな。どこへ向かったのか?
株主総会前の忙しい合間のひとときだったのかな?会議室ゾーンへ
消えてしまいました。社員の会議の様子をのぞきに行ったのかな?
そんなひとときでした。

社長と1対1で、周囲に誰もいない環境でお話ができるなんて、まず
ありえない機会ですから、ちと緊張しました。
いや、タバコなんて吸ってるヒマがあったら・・・なんておこごとを
言われるかと思って。(汗)

はい。今日は曇りところにより一時雨。(東京地方)



2002年06月10日(月) 政治とスポーツとの関係

ジリノフスキー(ロシアの自民党党首で極右)が試合前に言ったそうな。

「ロシア戦で日本が勝ったら北方領土を返してもいい。」と。

負けた後のコメントが、

「こうやって領土問題は解決していくのだよ。」

「米国がどんなにABM体制を整えても、我々が小さなボールつきの人工衛星
を打ち上げれば世界のどんな都市でも皆殺しできる」とか「大気中で電気を
おこす」革新兵器があるとか、「ドイツに第二のヒロシマを作ることも辞さ
ない」とか、スラブ民族の権利が侵されるようなことがあればロシアで開発
中の「中距離名古屋弾頭ミサイル」をパリに打ち込むなど、過激な発言で
有名な氏。ちなみに「名古屋弾頭」とは軍事専門家の間で「都市変容爆弾」
とよばれる爆弾の一種。

ちまたではこの人は暴言王とか大うそつきとか言われています。
でも北方領土問題では、ムネオ君の関与があるとしても、これらの人が
声を大きくしてかつての日露戦争のことを持ち出していまだに日本のことを
恨んでいる人がいる以上は、前向きな議論には発展しないでしょう。

ロシアの若い人の間でも、昨日のロシア戦で日本に負けた瞬間に、
「おまえら恥を知れ・・・」
とつぶやいた人がいることからも分かるように、戦前の日本と似たような
文化がまだロシアには残っています。民主的な議論ができる土壌には
まだまだ遠いといったところでしょうか。

ペレストロイカ(restructuring)とかグラスノスチ(openness)とかいう
開放策を取ったにもかかわらず、やはり圧制の影響はまだまだ続いているん
ですね。人はすぐには変われない・・・・。

五輪もそうですが、ワールドカップも政治色が色濃いのは否めません。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2002年06月09日(日) 続・公務員批判

TBSの「噂の東京マガジン」の”噂の現場”を見ていていつも思う。
それは市・県・国が何の責任も取らないということ。

企画や実行段階で絡んでいるにも関わらず、最終的な責任はいつも
個人が負わされるように仕向けている。自分達がやったことを棚に
上げて、いつも他責にして責任回避しているということ。

細かい手続きや法的な処理を盾に、何も知らないいわゆるシロウトに
責任を押し付けて、自分達に責任が追求されないように手立てを講じる。
これじゃ責任が無いというより、無責任。どんな状況であれ、公務に
ついている立場は責任を取らされてはいけないと間違った指導でも
内部で受けているんだろうか。そんな教育を受けているんだろうか。

どんな人でも間違いは起こすという前提で言うと、それをいかに是正、
改善をするかということが前向きな発想ではないだろうか。仮に役所側
に負い目のあったことでないとしても、住民に不利益が生じないように
努めることが公務員の務めではないでしょうか。「公務」員ですから。

与えられた仕事を忠実にこなすことは最低限の役目。
それだけならだれだってできます。公務員はある意味生活保障がされて
いるわけですから、それ以上の付加価値でもって市民生活を守っていく
その姿勢と実行力が必要です。

公務員の多くは市民から選ばれたわけではないのに自分は市民より立場
が上だと勘違いしている人がいる。これは民間で言えば大企業に就職
して、それを傘に被っている人と同じこと。自分の価値を示している
わけではない。会社の信用を借りているだけ。会社の信用は自分のため
に使うのはいいけども、それを人に押し付けるのはそれこそ勘違い。
公務員にはその勘違いが多い。

せめてその勘違いは公務の執行だけにしておいて、つまり自分のプライド
のためだけにしておいて、執行責任はきちんと取る必要がある。それが
できないなら、税金の無駄遣いと責められても反論できないでしょう。
つまり、やめろってこと。そんな気概のある公務員が少ないのは誰の
せいなんでしょうね。日本が平和過ぎるからなんでしょうか。

平和ボケは民間よりも役所の中にあるとすれば、小泉内閣が推し進める
構造改革を実行するか、戦争でも起こさないと解決できないかもよ。
自分のクビを守るために構造改革に必死に抵抗している人は、そう
いう意味ではお役所仕事に肩入れしている人といっても過言じゃない。

とはいっても、少数意見は取り上げられないのがこの日本。
泣いている人を指をくわえて黙って見ているしかないんでしょうか。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2002年06月08日(土) 有給休暇の経済効果

会社員・公務員の有給休暇を完全消化すると、経済産業省の試算によると
11兆8000億円の経済効果があるといっています。

正規雇用者の有給休暇日数は2000年実績で18日。そのうち9.1日
が未消化で、雇用者全体では約4億日分が相当するようです。

余暇の増加に伴う生産誘発や新規雇用の創出、代替雇用の発生などがその
代表的な効果。同省の報告書では一定の連続休暇を制度化する欧米流の
バカンス法の制定や、家族旅行を促すための学校の秋休み導入などを提言
しているそうです。

そりゃ連続した休みがあれば、どこか行ったり買い物したり、遊ぶために
お金を使う機会が増えるでしょうが、そんな余暇を過ごすための貯蓄が
手元に無い人も一方ではいるわけで。昨年の不況で今年は給与レベルが
落ちているのは事実。試算は試算で結構ですが、実態はそんなに甘くない
ということを織り込んで欲しかった。

でもこれはひとつの景気浮揚の提言ですから、実現できるように他省庁に
働きかけをしていってもらいたい。そもそも有給休暇というものは企業や
省庁内部で労使が取り決めした制度。これがうまく運用されていないのも
問題ではあるんです。

給与レベルを上げることが困難と判断した組合側がゆとりと称して休暇を
確保する動きがここ数年出てきたのは、会社側の業績が思わしく無くなって
きたことが原因。これは社員の労働効率が落ちたことにも理由があるで
しょうが、それ以上に努力が結果になって表れにくくなってきたことが背景
にあります。それは職場の評価の仕方もありますが、それ以上に企業や省庁
の業態変化があると思います。それに伴って組織が変わり、職務も変わり、
人も変わり、環境が変わってしまうことでその人が積み上げてきたことが
一から再評価されることになります。

職場としては、どのように効率良く運用して行くかが命題。一方では個人の
能力に期待しているところもある。だから、全体のバランスが崩れている
としても、個人に対して歯止めをかけにくいのも事実。そのあたりの運用を
うまくしていくのが管理職の役割なんですが、いかんせん自分のクビが大事
な人は部下のことなんかそっちのけで自分が目の前の仕事をこなして部下の
メンツを壊してしまう人が目についてきました。これはウチの会社に限った
ことではないでしょう。そうなると職場ってギスギスしてしまいます。
それでも自分は自分の能力を信じて前向きに仕事をやっている人には関係
無いといえば関係無い話しなんですけど。

要するに、経済産業省の提言には職場の理解が必要であり、その運用を
うまくしていかないと、かえって逆効果になりかねないと心配するんです。
そのあたりさえ解決できれば、経済効果がそれなりに見込めるわけですから、
下手に公共投資なんかしろというケインジアンは必要無くなり、その代わり
新しい経済学者が必要になり、また新しい雇用が産まれることになり、
新しい政策が生れてくる環境もできます。古臭いことをいう政治家も減る。

今は時節が悪い環境。
提言が実行に移されるには、経済的な下支えをしてくれる消費者に明るい
精神行動をもたらす明るい将来を約束することだと思います。

はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)



2002年06月07日(金) おまんまのためには

今日は朝から一日中、事務所で電話番。
みーんな出かけてしまっていて、昨日休んでいた分、机の上が
書類で溢れているのを整理しながら、かかってくる電話対応。
営業にも関わらず、サポートしてくれる女性もいないので、
みんなが出かけてしまうのはご法度。

月の上旬なので、仕事のサイクル的には管理業務の山場。
小さいながらも営業案件が進行中なので、そちらをなんとかして
解決すべく方向性を見出している最中。そんな時でもやらなきゃ
いけないことは無くならない。ありがたいことに。

でもそんなグチはつまんないことで、とにかく少しでも案件を
拾ってきて自分達のおまんまを確保しなくてはならない。
売上が少なくて固定費を回収できなきゃ、赤字事業として干される。
そうなれば事業に関わっている社員が路頭に迷うことになる。

例え大きな会社であってもご多分に漏れず、というよりも大きな会社
だから選択と集中が行われる。選択に漏れた事業は捨てられる運命に
ある。それだけは避けなきゃいけない。それが営業の役目。
他の営業マンはそのために走りまわっている。彼らを支えるのも自分
の役目。だからさっきのグチはつまんないこと。
でも言いたかったから言った。それだけ。

それにしても忙しさにかまけて大学の図書館に行ってないな。
大学での学業は読書量がものをいう世界。ちと乗り遅れています。
今年は専門科目の受講が無い分、少し楽ができると思っていましたが、
現実は来年以降のための下積みが必要な時期。とにかく多くの本を読
んで概念的なものだけでも頭に叩き込まなきゃ、専門が生きなくなる。
来年の今ごろは卒論のことも視野に入れていなきゃいけないから、
今のうちにやれることをやってなきゃね。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2002年06月06日(木) 暑さに負けたか

西の方は大変な暑さだったようですね。
九州では35度を越えたみたい。
関東では30度を越えない程度で、乾燥したすっきり型。
自分は朝起きた時点から体温が酷暑状態だったので会社は休みました。

会社休んで部屋でじっとしていると、出不精であることもあって、
メシも食べずに1日が過ぎてしまいました。

さて、現在自分に与えられている課題は、

◆ROIC>WACC(4%±0.5)

これがどういう意味を持っているのかを理解する。

ROIC(投下資本利益率)
WACC(加重平均資本コスト)

それぞれの意味は専門書やらテキストで書いてありますが、それが
上記の式になると、現場としては何をどうしなくてはならないか、
そのあたりを理解しなくてはいけない。

これからよーく勉強します。

はい。今日は晴れ。(東京地方)



2002年06月05日(水) いいようにも悪いようにも

同じこと言っているのに全く違ったふうに受け取れる表現。

「この人ったら、何度も言わないとやってくれない。」
「この人ったら、何度か言えばやってくれる。」

「この人ったら、言わないとやってくれない。」
「この人ったら、言えばやってくれる。」

受け止め方の問題でしょうか。
上段は、相手のことを基本的にやらない人と位置付ける。
下段は、相手のことを基本的にやる人と位置付ける。


じゃ、これはどうですか?反対のことを言っています。

「この人ったら、何を言ってもやってくれない。」
「この人ったら、何を言ってもやってくれる。」

「この人ったら、何も言わないからやってくれない。」
「この人ったら、何も言わないけどやってくれる。」

両者の力関係が発生しているような表現です。
上段は相手が強い、下段は自分が強い。


相手のやりようを表現するのに、思いつくだけでもこれだけあります。
使い方によっては非難されたり好かれたり。その人となりが言葉に
表れるんでしょうが、使い方さえ間違えなければ、お互いにイヤな思いを
しなくて済むでしょう。


これらを書きたい動機があったわけじゃありませんが、自分が使う
言葉が相手に誤解されたり、傷つけてしまっているんじゃないかと
思うことが、過去に多々ありましたので、反省の意味をこめて書いて
みました。みなさんはどうですか?

はい。今日は晴れのちところにより一時雨。(東京地方)



2002年06月04日(火) 落ち穂拾い

今日はワールドカップ、日本-ベルギー戦で一部の人間は夕方からそわそわ。
そういえばそうだったかという程度でした。だって今日は上司との面談の日。
今年度の目標設定をしなきゃいけなかったから、浮かれている場合じゃない。

今の上司は、その人のいいところをいかに伸ばすかを大事にする人。
できないことを目標に設定するなと言う。できることをより伸ばしていくことで
全体が底上げされると。各人は皆それぞれ能力のある人間だから、欲を出して
無理して幅を広めなくても、それぞれのいいところを結合すれば必ずいい結果が
出てくる。心配するな、と。

これは前の上司がいた頃に各人の能力アップを図った結果かもしれません。
以前は幼稚なところが目に付く組織でしたが、経験を積んだり勉強をしたりと
能力が備わった結果、これからは幅よりもより専門的に向上することが望まれ
ているということでしょうか。

そんな中で自分の役割は何かというと、「落穂拾い」だそうな。
誰もやろうとしないこと(誰も分からないこと)をやることだと。

ウチの組織の技術陣と営業マンは大変優れています。でもそれぞれが誇りを
持ってやっているのはいいんですが、あまりにコスト意識が無く、経営という
観点からは、とても不安のある組織です。だから、モノの手配にしても、支払い
にしても、業務効率にしても、仕損の考えにしても、人事のことにしても、他人
(つまり自分)に頼って自分自身で考えて動こうとしない。経基職に至っては
コスト意識の欠如はサラリーマン人生としては命取りです。例え技術者であれ、
給料をもらえることがどんなことなのかを知らなければ、目の前の自分の仕事を
してればいいという時代ではありませんから、そんな人間は不要だということ
になります。皆が経営者になれ、というのは、例えば自分が中小企業の社長に
なってみれば分かることですが、社員の給料や、資材代金、工作機械の支払いの
ために、なんとかして銀行から運転資金を借り入れないで支払いを行うことを
四六時中考えている。要するに資金繰りです。どうやったら滞り無く支払いが
できるようになるか、これが一番頭を悩ませることですから、考えないわけには
いかない。

決してそれだけを考えろとは言わないけど、そういう資金繰りで苦労していない
サラ-リーマンで済んだ時代はもうとうの昔に終わっていることを自覚して
欲しい。がんばっていさえすれば収入が確保された良き時代ではないんだから、
収入を確保するために自分は何をやらなければならないかを少しでも考えるべき。
人を甘やかすことは自分たちの給料が減っているという事実を認識するべき。
利害関係のある人とは変に仲良くしてはいけない。緊張関係を保つべき。そこに
建前で物事を考えて道理で動くという理性が働く。それが会社のためになる。

決して対人関係を無視しろということではありません。最後は自分が大事になる
のは自明ですから、だったら相手から攻められる前にこちらから先手を打って
おけということです。商売はボランティアじゃありません。そういう厳しい目で
自分の仕事を冷静に考えてくれれば、ウチの組織の中で自分は必要の無い
存在になります。それが理想だと今日の面談で言いました。

それに対して上司は、「落穂拾い」がいなくなるとウチの組織は崩壊する。
確かに君の思いは理想だが、しばらくはいてくれと。これって慰めか?うーむ。
でも自分に取っては営業企画の能力やら財務能力に欠けているところは自覚して
おりますから、そのあたりはマジメに勉強していこうかと。

日本-ベルギー戦 2対2同点 お互いに勝ち点1
最後のゴール前のペナルティのジャッジはクレームものでした。
あれは接触していなかったよね。勝手に倒れただけ。むむ。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)



2002年06月03日(月) 資本の概念

資本という概念の起源は子を産む家畜にあるといわれています。
今日の資本という言葉は中世のcapitalis pars debiti(貸金の元本)から
きたと言われ、次第に資本の中に財貨が含まれるようになったと言います。
マルクスは「資本とは増殖を求める価値の運動体である」と定義してます。

英語の"capital"という単語は、もともと"head"という意味で使われていました。
フランス語の"chef",英語の"chief"に近いですかね。

現在の"capital"に財貨の概念が取り入れられたのは商売が始まってからのこと
なんでしょうかね。財貨の主要な部分となるのは元本ですから。そこに価値が
付いて膨らんでいく。その根源となるもの、それが"capital"。
有り体に言えば「元手」ということでしょう。

Postlethwayt's Universal Dictionary of Trade and Commerce in 1751 gives us this:

"CAPITAL, amongst merchants, bankers, and traders, signifies the sum of money which individuals bring to make up the common stock of a partnership when it is first formed. It is also said of the stock which a merchant at first puts into trade, for his account. It signifies likewise the fund of a trading company or corporation, in which sense the word stock is generally added to it. Thus, we say the capital stock of the bank, &c.
The word capital is opposed to that of profit or gain, though the profit often increases the capital, and becomes itself part of the capital, when joined with the former."

これを見るとすっかり今使われている資本(生産資本・営利資本)と同じです。
どなたかこれを訳してくれませんか?(笑)

このあたりを深く探ってみるには友人のjinnさんにお願いした方がいいかも。
jinnさんは中世が専門だから、何か参考になる資料を見つけてくれるかも。
あ、でもこういうのは人頼みじゃダメだから、自分で探すとしよう。
やっぱ大学の図書館ですかね~?

はい。今日は曇り。(東京地方)



2002年06月02日(日) 日本国債の格付低下(つまり格下げ)

米国格付け会社のムーディーズが円建て日本国債の格付けを2ランク
引き下げました。Aa3⇒A2。S&Pで言うランクだとAA-⇒A
これは南アフリカ、イスラエル、ポーランドと同格。
チェコ、ハンガリー、チリ、ボツワナより格下です。
これらの国は格上になったというだけで、日本から国際援助なんかして
いる場合じゃないだろうとお叱りの声が聞こえてきそうです。
なんていったって、先進国の中でダントツの最下位ですから。(笑)
あ、すみません。笑っている場合じゃありませんでした。

ム-ディーズが格下げした一方で、S&PはAA-現状のまま。
まだ様子見をしているようです。S&Pでいう同格はイスラエル、チェコ、
香港です。

以上の格付けは、自国通貨建て国債の場合です。

今の状況下、企業の発行する社債でこの格付けであれば優良企業なの
ですが、国の信用を表す国債がここまで落ちてしまえば、日本企業の
格付けもそれに追随して低下してくる不安を導きます。事実上は、
トヨタやNTTドコモと数少ない企業がAa格で踏ん張っておりますが、
それ以外の大半の企業は国の信用とともに落ちてしまっているようです。
国の信用を最高にして、それを越える格付けは無いというルールは
自国通貨建ての場合は無いと聞いておりますが、事実としてほんの
わずかな優良企業しか格付けが維持できないとなっている現状を見ると、
自国通貨建ても他国通貨建ても関係無くルール付けしているようで
なりません。そのあたりが不満といえば不満。

ム-ディーズもS&Pも英系のフィッチも、いわゆる民間企業なんです。
その民間企業が判定した格付けが世界の国を動かしているんですから、
そりゃあもう、大したもんです。各界の要人たちは彼らが付ける格付けに
動かされて右往左往。それにも増して、各企業(格付けしてもらえるだけで
それだけで優良企業なんですが)は、国の信用が動くことに脅威すら
覚えています。その格付けがそのまんま自分の会社に影響してしまうん
ですからね。たまったもんじゃない。てめえら死んでしまえ、なんて
叫んでいる経営者も多いことでしょう。格下げされるのが珍しくなくなって
きましたから。

でもこれは企業を第三者から見てどのように評価したかということの表れ
ですから、格下げされたからといって恨むんじゃなくて、真摯に受けとめ、
現状を改善すべくマジメに取り組まなきゃいけないんだと思わせてくれた
恩人とでも思えば、辛くはないんじゃないでしょうか。

誰かが言っていましたが、「自分の評価は他人が決める」。

受け止め方の問題ですが、他人が決めたことを受け入れるのではなくて、
自分でやっていることをどう他人が評価するかなんです。評価する側の
質が問われることですが、少なくとも評価をしてくれた人(会社)を無視
して自分を貫けるだけ強い人(会社)は少ないでしょう。

「国債を発行して借金をすれば景気が良くなるものじゃない。日本は借金を
減らせという警鐘と受けとめている。」(小泉首相)

もしかしたらこの格下げは小泉内閣に向かい風になってくれるかもしれま
せん。その証拠に長期金利は低下(債券価格は上昇)しました。
格下げ問題は決着し、さらなる構造改革にまい進する雰囲気ができたの
だろうとの見方が出てきたと考えられます。それよりも米国経済の先行きが
不透明になってきたとの観測から円買い圧力が高まって、政府・日銀が
市場介入をしたことが気になります。国債の格付け問題よりも市場は為替
の方に感心があったということでしょうか。なんか妙な感じです。

今日は若いうちからインドと日本を行き来している(居住期間は半々)、
矢萩多聞くんの個展に行ってきました。
個展の期間最終日で終了ぎりぎりの時間に行ってしまいましたが、親切に
対応してくれてありがたかった。(あれはお母さんだったのかな?)
あの細い線で描かれた繊細な絵画に感動なさっていた紳士の方がおられて
その言葉に聞き入ってしまっていたわたくしでございました。(笑)
あんまりしゃべれなかったので、飲みに行ってじっくり話そう。

はい。今日は晴れのち雨。(東京地方)



2002年06月01日(土) 今では当たり前のようになった携帯

通勤の行きかえりで電車を使っておりますが、そこでよく見かける
風景として、若い人からおじさんおばさんまで、待ち時間に携帯を
いじっている姿があります。

この携帯電話、今では画像の送受信もできるタイプも出ておりますが、
この先は通話料の改善や通信技術の向上により、例えば有線電話の
ADSLや光通信のような定額料金で通話ができるサービスが出て
くるんじゃないでしょうか。

デジタル化が推進されたのは94年のことだったでしょうか。
自分はその頃めずらしかった携帯電話を所有することにしましたが、
当時はまだまだアナログが大勢で、その数が増えてきたことから回線
の容量が不足してきたためデジタルに移行を推進していたようです。
アナログだと技術的に回線を独立させなきゃいけないから、デジタル
のようにまとめることができない。だからパンク状態になってきた。

携帯番号の歴史として、頭が030で始まる番号が最初でしたが、
回線が不足し始めた頃に頭が030でない番号で加入登録をし始め
たので、見栄っ張りの自分としてはとにかく030で始まる番号が
欲しくて、急いで登録をした記憶があります。その名残が現在の
番号の4桁目が3であることです。初期の番号を使いつづけている
証拠です。この番号はずっと使い続けるでしょう。だからドコモを
止めて他の会社の携帯に乗りかえることはしないでしょう。

一時は電車の中で携帯を持ってはしゃいでいた高校生なんかが社会
問題化していましたが、今では若い世代だけで無く、実年層にも浸透
し始めており、携帯を見ながら電車を待っている人の姿が多くなり
ました。電車のアナウンスで「携帯の電源をお切りください」といった
類の言葉がよく流れてきます。それほど携帯を保有している人が増えた
ことを表しています。ペースメーカーを引き合いにして電源を切らせる
のはやや苦しい言い訳みたいですが、人々のマナーのことをあえて
車内アナウンスをしなくてはならないのは、使っているこちらのマナー
がよほど悪いことを表しています。いつまでたっても無くならないし。

このあと携帯は身近な日用品となっていくでしょうが、画面やボタンが
ある限りは、今以上に小型化することは技術的には可能でしょうが、
使う側としてはこれ以上の小型化は望まない。画面が小さくなると
見にくいし、ボタンが小型化すると押しにくい。軽量化もあんまり
意味が無くなってきた。置き忘れや紛失が多くなりそうです。

さて、携帯電話に課せられた次の命題は何でしょうね?
携帯のテレビ化?もしかしてテレビの携帯化かも。(笑)

それにしても生活の質が向上しましたね。お金に困っている人が多いのも
生活の質を落としたくないからなんでしょうが、人間の欲望は改悪の方向
には強い抵抗がありますから、より良いものを今と同じあるいはより安く
提供していくのが社会の宿命。消費者側が貯蓄をしなくても安定した社会
が待っていれば、今のようなアンバランスな日本の状態は無いんでしょう
けど。貯蓄1400兆円がうまく社会に還流してくれればと思います。

はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)


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