ぶらい回顧録

2005年08月17日(水) Who are you?

ザ・フー来日前に、ある掲示板サイトで初来日に燃えるファンと、その思い入れをからかおうとする冷笑派のやりとりを読んだ。あんな年寄りの時代遅れの音楽をありがたがって聴いてうんぬんという、いわゆる「釣り」の発言に、僕のようなシンプルなファンが熱くなって見事に釣られている図式。

そんな発展性のないやりとりのなかで、こんな書き込みがあった。

「確かにな。ピートの今の風貌を見たら、なんだかどこの教頭先生だよ、って感じだろ?でもな、この教頭先生が、いったんギターを手にしたら、鬼と化すわけだよ」

鬼と化すわけだよ
鬼と化すわけだよ
鬼と化すわけだよ

        ◇       ◇       ◇

ステージではまだ稲葉の演奏が続いている。小山さんと僕はアリーナ最後部のスペースに座り込んで、時が経つのを待つ。客席は相変わらずの盛り上がりだが、我々の前、通路を行き交う人たちの雰囲気が、微妙に変化しはじめる。気がつくと我々の周りにも大勢の人たちが座り込んでいる。彼らに共通しているのは今ステージで何がおこなわれているか、まったく関心を払っていないということ、そしてとてつもなく重要な瞬間が紛れもなくすぐそこに近付いているという緊張ではちきれそうになっていることだ。

いやそれはもはや緊張などというものではなかった。それは「殺気」だった。いま、横国のアリーナはステージへの熱狂と、未だ見ぬものへの殺気が同居する、とてつもなく奇妙な空間となっていた。

そんななか、僕と小山さんはへらへら笑っていた。笑うしかないだろう。こんなアイロニカルな状況で我々は世界最高のバンドの登場を待っているのだ。

ステージの演奏が終わった。いよいよだ。我々は立ち上がり、アリーナ前方に向かって歩きだす。小山さんが知り合いらしきひとと挨拶を交わす声が聞こえる、おお"Cube"のReiさんとパートナーの丸さん。おふたりはフェス最初からの参加ではなく、 ザ・フーに照準を合わせて来場した、とのこと。うーむ賢い。Reiさんと握手を交わす。丸さんにはキリンジの話題をもちかけようとしてさすがに思いとどまる。

席に辿り着いた。この席に座るのは今日3回目。あらためてステージを見ると、やはりずいぶんステージに近い。チケットを取ったのはただの先行予約だったのに本当にラッキーだ。Reiさんと丸さんを探すと、我々のブロック最前列。それはそれで羨ましい。わざわざその席まで行って、いいないいなと今さら言ってもしょうがない言葉を繰り返す。Reiさんは苦笑している。

ザ・フー登場予定時刻が近づくにつれ、場内に歓声と拍手が飛び交いはじめ、それがどんどんエスカレートしてゆく。稲場のアクトから残った客、次のエアロ目当ての客もいるはずだが、ザ・フーファンの殺気がそれらの客をも巻き込んで増殖しているのだ。いいぞいいぞ。

BGMが途切れ、あとはザ・フー登場を待つばかり。期待ではち切れそう、というかもはや目眩がしそうだ。小山さんがステージ袖を指差して叫ぶ「おお、ジョーペリー御一行さまだ!」。ホントだ。この日のトリであるエアロスミスの連中がステージ袖に陣取った。いいぞいいぞ。

その瞬間はあっけないほど簡単に訪れた。ステージにピートとロジャーが颯爽と、というよりはノソノソと登場。大歓声。僕もふたりの名前を絶叫した筈だ。ピートは黒のTシャツに黒サングラス、ロジャーは長袖シャツを腕まくりして薄いサングラスをかけている。ピートが赤いストラトキャスターを手に取った!うわあ、うわあ、ザ・フーだ、本当にザ・フーだ。

ギターリフがステージから雷鳴のように鳴り響く。"I can't explain"!!!その瞬間、横国が揺れた。演奏が始まった瞬間、息を呑んだ。始まる前は泣くかと思っていたのだ。泣けなかった。その演奏の凄ましさに泣くどころではなかったのだ。もの凄い演奏だった。もの凄い「現役感」だった。僕の安っぽい思い入れやノスタルジアなど、一瞬にして吹き飛ばされてしまった。チクショー、こうでなくちゃな。

1曲目からピートは惜し気もなく風車ピッキングをカマしまくる。ぎゃー!めちゃめちゃかっちょいいぞ!名刺替わり、という感じではない。初めて演奏する場所なのに(いや、だからか)様子見をしている感じはまるでなく、エンジン全開で飛ばしまくっている。

ロジャーのボーカルが、今までレコードやビデオで聴いていたものよりはるかに伸びがあり、表現力豊かだ。ちょっとびっくり。こんな素晴らしいボーカリストだったのだな、ロジャーは。

間髪置かず、"Substitute"。イントロですぐさま反応し絶叫する観客。1曲目も2曲目も、40年(!)近く前に作られた曲なのに、このかっこ良さはいったいなんだ。まるっきり今の、最高の「ブリティッシュ・ロック」ではないか。ロッククラシックなのに全然古くない。ザ・フーがいかに時代に依らない「天才」の業によるものなのかあらためて思い知らされる2連発。途中でロジャーが叫ぶ「サキトゥミナーウ!」。おおこの叫びだけは時代がかってるぞ。

間髪置かず(まだ行くか)、"Anyway, anyhow, anywhere"。曲後半、キーボード(ラビットか?)がアルペジオのパッセージを奏で、演奏がインプロビゼーションに突入し延々続く。初期のナンバーだが、このあたりはケニー・ジョーンズ在籍時の中後期フー、"Sister disco"あたりのライブバージョンを彷佛とさせる。こういうのが好きなんだな、ピートはやはり。

それにしても、ザック・スターキーは本当に凄い。キース・ムーン以上にキースっぽいと言うか。ケニーにせよサイモン・フィリップスにせよ、キース亡き後の歴代ドラマーはキースの呪縛から逃れようとして逃れられず、自分のカラーを出せばそれはフーとは合わず、結果としてキース不在をより感じさせる悲しい結果に終わっていたのだが、ザックのドラムは、ザ・フーというバンドにキース・ムーンという素晴らしい屋台骨がいたのだということをまざまざと思い起こさせ、それが眼前に蘇る、そんなドラムなのだ。全体のコントロール度、クレバー度はキースよりはるかに上、でもそのブチ切れ度、キチガイ度はキースとまったく同じ匂いがするのだ。キースと一卵生双生児と言われたピートを俄然イキイキさせる、そんなドラマーなのだザックは。Ringo, you should be proud of your son!!

間髪置かず(まだ行くのかー!)、シンセのフレーズが響き渡る。!!!!"Baba O'Riley"!!!!

嘘だろこんな簡単にこの曲を聴けてしまっていいのかよ…。

この時は知る由もないが、小山さんとのバンド"Ni"はこの年の秋以降、レパートリに"Baba O'Riley"を加えることになる。「ロジャーのいないフーバンド」であるNiで、この曲を僕が歌うことになるのだ。この曲で綴られている言葉を、僕が自分で吐き出すことになるのだ。

"No need to fight to prove I'm right, I don't need to be forgiven"

ロジャーが雄々しく反逆の言葉を歌う。ピートがピックを持った手を高く掲げる。彼の中に未だにあるなにごとかを証明するように、何度も高く掲げる。そして一瞬の静寂のあと、ピートが叫ぶ。

"Don't cry, don't raise your eye, it's only teenage wasteland"

Fuck off!

僕はこのためにここに来たのだ。この言葉をこのフレーズを、紡いだ本人から聴くために、本人と共に叫ぶためにここに来たのだ。このクソッタレな宣言を一生自分の中に根付かせるために、来たのだ。十代は、くだらない、荒れ果てた、時間、場所。クソッタレ、クソッタレ、クソッタレ。

エンディング、シンセのシーケンスフレーズがバンドの生演奏とわずかにズれる。思わぬアンチ・クライマックスに小山さんが呟く「あー、ドンマイ、ドンマイ」。異常なテンションの中にいた僕もこの言葉に思わず弛緩して笑ってしまった。ザ・フーの登場から4曲、初めて肩の力が抜けて一息ついた一瞬だった。

続いて"Behind blue eys"のイントロ、美しいギターアルペジオが流れる。フーのフの字も知らない15歳の時、テレビで放送された「カンボジア難民救済コンサート」。ポールとクイーンを目的に見ていた僕は初めて見るザ・フーにとてつもないショックを受けた。この曲もその時初めて耳にしたのだ。ピートとロジャーのハーモニーの美しさ、静と動が交錯する構成のダイナミズム。ザ・フーの(ピートの)美学を初めて知ったのがそのテレビ放送だったのだ。この日は、激しさを幾分抑え目にしたバージョンだった。got old?いやいや。

ロジャーがアコースティックギターを持って、聴きなれない曲を歌う。新曲だ、"Real good looking boy"。「好きにならずにいられない」のフレーズが意味ありげに引用されたこの新曲、僕の英語力では歌詞が聴き取れず、何について歌っているのか、イマイチ判然としなかった。エルビスのこと?

血管ブチ切れそうだった観客(オレだー)も新曲でやや落ち着く。ピートがこの日最初のMCを叫ぶ「サンキュー」。僕は思わず「もっとしゃべれー」、小山さんも「日本語でいいからしゃべれー」。

我々の言葉に呼応して(いや)ピートがさらにマイクに向かう。

"Roger and me, Pete, the first, the first time in Japan!"

拍手が起こる。客が日本人であることを意識してかピートの話し方はゆっくりで丁寧だ。おかげで僕にも難なく聴き取れる。

"We've come as tourists?(観客笑う)We've come to play!
It's been fantastic!That's fantastic!The great country"

驚いた。ピートが初めて目にする日本のフーファンを「ファンタスティック」だと評したのだ。気に入らない客には「ファック!」を連発するピートが、日本のファンのレスポンスを「素晴らしい」と讃えたのだ。とても嬉しかった。

感極まって僕は"We've been waitin'!"と叫んでしまう。前方の外人客が僕を振り向いて笑う。小山さんも叫ぶ"Waiting for…"

小山さんの叫びをかき消す大音量で始まったのは"Who are you"。うわあ…。

凄い演奏だ。レコードではやや軽めのタッチだったイントロが超ド級のヘビーロックに生まれ変わっている。その上にマジカルなコーラスがかぶさる。"Who are you?, who who,who who" ザ・フーの真骨頂だ。ピートは腕をぶんぶん振り回し、ジャンプを決めてみせる。小山さんが嬉しそうに「いよいよ教頭先生、調子出てきたね!」。中間部、ピートの見事な単音指弾きの細かいパッセージが響く、小山さん「うまい、さすが本人」。ハハハ。

曲が大団円に近付くとピートのギタープレーはより凶暴度を増してどんどんトリッキーになる。ストラトのアームを駆使したプレーが本当に凶暴で繊細で絶妙で、最高にイカしている。あの赤いストラトがピートの「ラスト・ギター」になるのではと考えてしまう、そんなプレー。ロジャーも負けじと叫ぶ、"Come on, tell me who are you?"。

それはオレがオマエらに聞きたい。Who the fuck are you?
ピートは腕をブン回し続けている。


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