馨絵詞〜かおるのえことば
楽しいことも、そうではないことも。

2002年08月01日(木) 稲葉なりに思う守るべきもの

そりゃあね、さすがに龍の着物を着て山手線に乗るのはいやです。
今年の納会はここ3年間の中では浴衣率低かったなあ。
総会時に配布したのんびり企画報告、徹夜して作ったので、芝居に参加した人はぜひ目を通しておいてくださいね。
アンケート集計をしてくれた由梨殿、ありがとう。

納会では監督賞・作品賞・ミスターべディックで3冠王。
うはは。
受賞のときにも言いましたけど、4年生に賞取らせないで下さいね。
後期は君らで頑張ってね。
来年の前期、芝居がガラガラだったら企画会議に現れるかもしれません。
それはいろんな意味で悲しいので、なんとしても阻止してください。

自分の受賞もさることながらね、主演女優賞・箱殿、優秀助演賞・蓮殿ってのも嬉しかったな。
自分の以上に嬉しかった。

1年生達とお話してるときに、隣の机からけあま殿がウーロン茶をさっと出してくれました。
こーゆーさり気ない気遣いがとてもありがたいですね。
2度出てきたんですけど、そのどっちもが最高のタイミングだったので稲葉、感激です。
ありがとー。

   ◆

さてさて、ちょっと2次会モードになりましょうか。

この前期でお芝居をしたのは、後に続く人を残したかったからです。

たとえば映画の方なら、勝美荘殿のあとに中津・物井・コムギコ・狐憑き……、流れは違いますけどTaxi・凪……とちゃんと継承がされてるんですね。
中津殿というのは稲葉の同輩だった子です。

じゃ芝居の方はというと…。

稲葉の代はOBの人たちの芝居を間近で見ることで、知識や技術や雰囲気やなんやかや…学ばせてもらいました。
それを活かして1年生から2年生までぶっ続けに芝居をやってきました。
でも稲葉のほかにメインでやっていた人たちがみんな退学しちゃいました。
退部じゃなくて退学。

芝居の継承が途絶えてしまいました。
そりゃ稲葉は残ってましたけど、1人じゃ芝居は無理です。
既にともき殿はいましたけど、2人だって無理ですし。

でね、べディック芝居、ちょっと諦めてたんです。
2年生の前期に映画企画長をして以降、しばらくべディックでは映画のほうを中心に活動していました。
また、3年生で会長になったら文連やら新歓プロやら芸プロやらで創作活動とはすこし距離をおいていました。

でもこの間にも芝居で頑張っていてくれた人はいたわけです。
ともき殿がさやか嬢と共にワークショップを主宰し、土壌を維持してくれていました。
彼女たちが何もしていなかったら、今の芝居班、どうなってるだろうね。

稲葉の心に決定的な一石を投じたのがMIRというユニットでした。
2001年の芸祭でビギナーズラック芝居企画として上演したユニットです。
この稽古場を見に行って、んで本番も観に行って…。
まだ灯は消えていない。
こいつらなら或いは……。
心が激しく揺さぶられました。

MIRは企画長がamp殿、演出が千里殿。
「のんびり」はともき殿に加えてこの2人の参加が確定した時点で企画決行の最終決断をしました。
この2人の存在は稲葉にとってそれくらい大きかったんです。

芸祭が終わって年が明けて、稲葉は会計を除く執行部の職責を現執行部衆に譲りました。
肩の荷をおろした稲葉に声をかけてくれたのが☆殿と源斗殿による寺子屋企画でした。
芝居の実践的な体験版とでも言うんでしょうか、そういう企画でした。
当時1年生だった連中にたった1人混じった3年生。
微妙な立場のはずだったのですが、やけに楽しかったのを覚えています。

ここまで来たら黙ってられませんでした。
最後の一手、劇場へ打って出るは、今をおいて他になし。

あとは皆さんが見てきた通り。
1・2年生は芝居を任せられるに足ると見ました。
引き継いでいってやってください。

無理に作れとは言いません。
でも来年以降、「芝居をしたいッス!」と言われたときに「じゃ付いて来い!」と胸張って言ってあげられるようにしておいてください。

何かを引き継ぐこと、引き継がせること…。
それはやっておいてくださいね。
2・3年生だけでなく1年生もね。
1つの企画を経験してるんだからさ。
無責任に投げ出したりはすんなよ。

べディックのような伝統ある部会は、連綿たる継承を重ねて続いてるんだから。
稲葉もあなたも、みーんな中継ランナーなんです。
とりあえず、稲葉はもう襷(たすき)を渡し終えましたからね。

…………。

あ、太陽が昇ってきた。
前期納会、そろそろお開きとしましょうか。


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稲葉 馨

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