こんにちは。 月曜になってから日曜の日記を書いております。 日曜日って、どうしてあっと言う間なの・・。 けっこうばたばたとしていましたが、日曜でも十二時までやっているコーチャンフオーにて調べものをする(図書館はしまってるから!?)。 そして結局立ち読みに疲れてボールペン買って帰ってきました(笑)。
うちに帰ってきてからも調べもの。 何につけあまりマニュアル系よまない人間なのですが、演奏上気になるとこはあきらめて調べます。
クラシックの場合、なん百年にもわたる演奏されてきた歴史があるわけですが、なんでクラシックの人はレッスンをうける率が高いかというと、 『このスタイルの型をこう見せれば説得力があるんだよ』 という『みせかた、きかせかた』がある程度先人たちによってすでに実験されて証明されているからだと思います。だから習う方が早いのです。 だって先に研究されているものを、自分でイチから全部まなびなおすより、わかっていることは利用した方が早いじゃないですか。 ライト兄弟と同じ飛行実験を自分もやっていつかそらを飛べたら・・・というロマンを現代において実行するのもロマンがありますからすてきです。 でも、すでに飛行機あるんだったら乗ってしまってもいいじゃないですか。 そういう意味で、レッスンは航空券と似ていると思います。
ほかの伝統古典芸能もそういうところがあると思います。 実験はすでにされているので、よけいな実験をしなくても大体より多くの人が納得するパターンは実証されているから、時代をこえて残るのです。
きっと 『こんなのもありなんじゃない?』ってのは古典の場合、たくさんの先人たちにも変わり者はたくさんいて、よってすでに試されていて、 『なんだかんだいっていろいろあるなかでもこの方法が伝えるにあたって効率がよい』 というのが大体わかっているのではないかと思います。
型にはめるというと堅苦しい感じがしますが、あくまでも同じ生きた人間の身体、しかも何世代にもわたる違った肉体をとおして伝承された技なので、本来は型にはまるほど、自分の呼吸も見ているひと、聞いてくれている人にうけいれられてよりリラックスしていくはずなんです。
型にずれてしまってはびびる自分は、まだまだ先人の域に達していないのだな〜とがっかりする反面、まだ達成したいものがたくさんのこっているのだという希望もわいてきます。
未完成万歳です!!
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