ソナタ八番を移動中にきいていたのことである。
しみーファソーラし〜ラソファミレー♪ からはじまるこの名曲に歌詞をあてた人間がいた。 それは、『しょうわ枯れすすき』だったんです。
まずーしさに、まけた〜...♪
ネタとしては面白いけどよりにもよってこれは私の最近の心の糧である『関山さんのアルバム』だったのです。 ソナタ八番の場合、そこで音節をきっては絶対にいけないところで『に、』と日本語では区切りがついているうえ、この『負けたあ〜』で妙なビブラートなんてかけたら。 センスがなければかなりただの安易なメランコリー(共感されない類いの陶酔)になってしまうであろうこの、たいっせつなメロディ。
しょうわ歌れすすきの世界は好きだ。昭和という時代のもつ、『悲しい立場の人間の心にも居場所があってよい』みたいな優しさを感じる。 でもソナタ八番にあててしまっていいのか。
笑えるネタかもと大発見した気になっていたけれども、歴史ある名曲に勝手に歌詞をつけるのはどうかと真剣になやんでみたりもした。 こういうことに真剣になれる。 というのは、まじめだからではなく徹夜で朝5時に家をでて八時に旭川で『オールランスルー』『午前2回本番(もちろんノーカット)』という事態から開放された27度の昼下がり、その時まさに自分が『枯れすすき』だったからであった。
私は七、8回はくり返して『関山さんと一緒に』昭和枯れすすきを歌ってみたのである。
すっごく楽しくて、おもしろかった!! そこで自分の座右の銘まで思い付いているあたりやはりすべり系絶好調。 その座右の銘というのは、
『カリスマになれないやつは、バカになれ!!(古畑亜紀)』
ですっ。ああ、すごい短イ言葉なのですが私の生きる道がやっとわかった・・・。
でも1日たった今思う。 これにあてるのであればまんま枯れすすきではないのだ。 清らかな悲しみの中にも、なにか生きル力を感じさせる前向きさも見えるような気がする。上品だけどハングリーなのである。
『まずーしさーにも〜まけないで・・・せーけんにもまけなーあーいで・・・』ト歌ってみると、けっこうあうかもと思った。
でも、なんか違うかなやっぱり(笑)。 第一関山さんは、貧しくないだろう!と思ったり・・・。 スタンスが「まずしい」からはじまるのがなんかいや、ちょっとリアリティあって、歌い込もうとしても少し自分がかわいそうになってくるじゃん。 そういうのってあんまり明るくないような。 でもそんなこと(ソナタ八番を枯れすすきに例えることについて)考えなくても、たぶん演奏には差し障りないのになんで考えてんだろうか、など。
まあいいや。 バカになる。と決めたとたんすごく開けてスーパーマンになったようなおめでたい錯覚をしている私でした。
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