古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2004年11月07日(日) あの曲って実は簡単?

ある時に、
「古畑さん、あの曲って実は簡単なんでしょ?」
と尋ねられました。
何やら、私が大変がっていたその曲を、トランペットのどこの誰ともわかりませんが「簡単だ」とおっしゃったらしいです。

その方が実際どれだけ達者なのか知りませんが、譜面が比較的テクニカルかハードじゃなければイコール簡単って言える神経って私はわからない。

実際は、一曲で吹けば比較的安全なものも、他のプログラムとのかねあいで命がけになることも(笑えないところ)ありますから、どんな曲でも、自分が演奏する限りは「つなぎ」って感じの取り扱いはできないし、楽観できません。第一「これはつなぎの曲なので楽勝なんです」って演奏は、聴いてる方々に失礼じゃないですか?

もちろん、負担の軽い曲、重い曲ってのはあります。
でも、負担の比較的軽い曲だからといって、だからその曲にいれる思いとか誠意まで軽くするわけにはいかない。
だから、簡単というのは私的には、まずありえません。

楽譜どおりに演奏するのが、クラシックの基本だとすると、その人の発言は楽譜がシンプルであれば演奏するのが簡単だという話しになり、「基本をまっとうする」ことがどれだけ深くて難しいことなのかということに対してあまり緊張していいないことをばらすようなもじゃないでしょうか。

でもその発言をした人が、口でそう一見尊大なことを言ったにしても、もしその「簡単な曲」の演奏がすばらしければ、別にかまわないんですけどね。
プレイヤーの本業はプレイそのものですから。
でも心のもち方って、どんなにうまくてもばれるから...。

まあ、これが楽器の下手な人間の「負け犬の遠ぼえ」にきこえる可能性も十分にありますけど、私はそう思われてもかまいません。

プログラムの構成がどうとかいう問題とは別に、私にとっては「楽勝曲」は今まで一曲もありませんでした。
むしろ、シンプルな曲でどれだけ聴いてくれた人々から「自然とわきたつ」ような拍手をもらえるかどうかっていうのは、一生の課題だし、一生満足できないものだし、油断は禁物だしおごりを持つ人は見抜かれる。

たとえば、ピアニストがモーツアルトのメヌエットなんかを、運指が簡単だというだけで「あ〜あれは簡単だよ」っていえるかなあ?
申し訳なさそうに頼まれた時に、相手を思い遣って「あれは簡単だから弾いてさしあげますよ」ってフィーリングでの言い方はありえたと思うけど、簡単な曲だから自分は楽勝ですみたいな言葉はきいたことがない。

この話しから逆説的に、まだまだトランペットはテクニカルなもの、ハードなものをマスターすること事体がまず一番偉大である、という視点から開放されない音楽の中に存在しているという、現実が見受けられる。


さみしい。くやしい。簡単だなんて、あってはならない。













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