今日の日記はラヴレターです。
私はまず、今朝はやくにとてもいいお知らせをもらい ました。もう、半年はきけないだろうと思っていた トランペット吹きが、5月に北海道にきてなんと アルチュニアンをふきます。もう、それがきれるだけ で私はいきなり立ち直りました。単純。なんか全部 どうでもいいっていうか、わたし、好きな音がきける だけでなんでもがんばれる気がする。ていうかそれを 聴くまでは踏まれても蹴られても絶対死ぬわけにいか ない。それをきれいな気持ちでききたいから絶対 いいかげんに逃げたりできない。て思った。オチこん でるひまなんてない。その人に会う時、といっても お話するタイミングはない可能性がたかいけど、 「私は精一杯やりました」って思える自分でいたいから。 だってその人は、ものすごくつらい時にあんなに すばらしい演奏をしていた。それにくらべたら自分 の今回のことなんて別にたいしたことない。
そして、昨晩深夜から、かなり大慌てでいろんな人に 頼みごとをしました。そしてわかりました。こんな 自分のことを、すごく親身になって助けようとしてくれ る人がたくさんいることを。うれしくてありがたくて しかたがありません。もう、そういう気持ちをもらえて ちょっとでも「もうやだ、こんなの」って投げやりに なりかけてた自分が本当になさけないです。みなさん 本当にありがとう。そういう気持ちにこたえられる ような自分になります。私のことなんてたすけたところ でみなさんには何の得もないのに、どうしてそんなに 優しいんですか?どうして、みかえりがないのにそんな に助けてくれるんですか?
そして今日の昼。わたしは自分の憧れている人に迷惑を かけました。今日にはじまったことじゃないけど、 正直いってときどき「それはきびしいよ」と思ってた。 私は今本当に精一杯なんだ、悪気はないんだって。 そうしたくてもいろいろありすぎてできないんだって 心のなかで言い訳ばかりしていた。 でも、今日顔を見て話したら、その厳しさはその人の 自己主張じゃなくて、今後の私のことを思っていって くれていたことなんだってすごくわかった。一緒に いるだけでも、話しているだけでも本当の音楽にふれて いるような気持ちにさせてくれるすばらしい人なのに、 私は気苦労をかけたあげく、面倒をみてもらい、今後 の心配までしていただいた。絶対そんな、ストレスを 与えたくない人なのに...。しかも、私がいいにくくて しかたがなかった、どうやって話したらいいか全然 思いつかなくて眠れなかったことを、ずるいつもりは ないんだけど、いえなくてどもっていたら、なんと 察してきりだしてくださった。ごめんなさい、 いつも私のためにめちゃくちゃ勝手なことやっても 全部ゆるしてくれてあげくに支えてくれて、一緒に 吹いてる時だけ自分がまともなラッパ吹きにちかづける ような気がして、私それがすごく自分にとって幸せ で大切なことなのに。頼んでもいないことまで やってくれて。なのに何もかえせないでいつも もらってばっかりで、何かあげたいのに、下手すぎて 何もあげるどころじゃなくて。すごく感謝してる のに逆なことばっかりやって。ごめんなさい。 でも、私は本当にその人にあこがれているんです。 その人みたいになりたいっていつも思ってる。
あなたは、「自分のことは適当に流していいから」 といった。私があなたを適当に流すなんてできるわけ がないじゃないですか。そんなこといわせてごめんな さい。あなたは自分のことをいわずに、私をはげまそう とした。私にはそんなことできない。 どうしてそんなに、人のコトを考えるんですか。 そんなに強くて優しくて、繊細で、あなたはいつも そうやって人のことをたすけてばかりいるんじゃない のですか。自分が傷ついたことをいつもそれは完璧に 気付かれないように隠しているのではないですか。 あなたはいつもパーフェクトでエレガントな人です。 それはお金でかえるものじゃないのにあなたはいつも 私におしみなく与えてくれます。私なんかと一緒に やるのは、恥ずかしいだけなんじゃないかと思うのに 引き受けてくれます。感謝してるわりにいつも下手な ラッパふいてる自分がいます。
うまくいえませんが、 あなたは私の「音楽の恋人」です。いうなれば、一生 好きでもふりむいてもらえないような高嶺の花のような 人。もし「ふれてもいい」といわれても、きれいすぎて さわれないような人。わかっていても私はあこがれ、 あなたに近付くことをあきらめられません。 だって好きなんだもん。でもあなたにそれがいえません。 こうやって書いているのは、あなたがパソコンをもって いないから。口にだせば嘘になるような気がする。 あなたは厳しくいうでしょう、 「それはうれしいわ。でも古畑さんの好きってその程度?」 と、かわいらしくあっさりと。
でも、ひとつだけ今日できたことがあります。 私、その人の前で泣きませんでした。泣いたりなんて したら、その人はもっと私に優しくしてもっと気を 使うにきまってる。それでなくてもめちゃくちゃ いそがしいのに。そして自分のいいたいことも いわないで励ますにきまってる...。ていうか泣かなく てもそうしてくれたけど。 その人の目をみただけで泣きそうだったけど、 はじめてがまんできた。バスにのって麻生までもどって きて、家につくまで絶対泣かないってきめて、 すごく泣きたかったけど、家につくまで泣かなかった。 その人はいつも理性がある。それはすごく繊細な 思いやりなんだと思う。冷たいんでも頭がいいのでも 強いんでもなくて、すごく、理性があるってことが 愛情の深さのうちのひとつの大切な姿なんだって思う。 自分の苦しみとか、傷付いたことを相手のために完璧に 隠すんだと思う。私はその人に自分の苦しみをみせて しまった。それはエレガントじゃないと思う。愛情が 浅いと思う。尊敬してるだなんて、口先だけなんだと 思う、実行がともなっていないのだから。 それは私の演奏とまったく同じであると思った。
でも、その人やみなさんにいただいた気持ちは絶対 わすれません。くじけてるひまなんかないです。 本当にありがとう。そういうみんなが大好きです。 こうやって、書いちゃうんじゃなくて、ラッパ吹き なんだから吹いただけでそれがつたわるような音、 演奏をするべきだってわかってるけど、がまんでき ないです。本当にみんなのことが大好きです、 嘘じゃないです。この気持ちはずっとかわりません。
|