古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2003年01月05日(日) お琴とリハーサル、小沢セイジの番組、あるおおみそかの出来事

今日は引き続き「年始の大掃除」のあとでかけてお琴と
リハーサル。
『星のみずうみ』というファンタジックなタイトルの曲で
すが、トランペットにとっては修行のような曲でした。
非常にきちんとつくられた、きれいないい曲で、
古典と現代の長所を生かしあったような作風です。
しかし....
はっきりいってきびし〜〜!!息吸う場所ないよ。
どうすんのこれ...。とききたくなったけど誰にも
きいていいわけがなく、「もう一回通してもいいですか。」と
言われる度「と、とおすのか...。最初から最後まで...」
泣きがはいりそうでしたが(根性無しなので)
お琴の方はぴったりと仕上がっているので後は私の
問題です。ここで適当になんとなく吹いてごまかしては
いけません。「生きると言うことは、必死なことだ。」
って武蔵のドラマで西田敏行もさっきいってたばかり
じゃないか...(笑)自分を励ますことばを頭のあちこち
からひっぱりだいして修行させていただきました。

これは私の悪いくせなのですが、ずっと規則正しく
テンポが守られていると、ある時こらえきれなくなり
いきなり別のことをやりたくなります。ふとどきもの
ですね。しかし、音楽的に純粋な状況判断がなされない
ときにそれをやるとひどく迷惑がかかるし、自分の首
がしまる結果になります。
わかっているけど、全校集会で同じ姿勢をとると身体が
寒くなってきてつい動いてしまう子供の心境とにています。
そしてしかられます。
目立ちたいんじゃないんです。落ち着いていられないのです。
ていうかそんな子供に似てちゃこまるんだけど。
今日もそれとにた現象が(生理現象のように)
身体を動かしかけましたが、やめました。
根がわがまマンボーなので、あたりまえのことを
するのが必死だったりします。

そして、その後に、だるかったのですがつけっぱなしに
なっていたNHKを妹と一緒に見る。
これはいい番組だった。
「フレーズが必要とするひき方を、お互いに確認しあい
 ながら音楽をつくっていこうと私達はきめたのです。」
とかいうボストン交響楽団の元コンマスのシルヴァスタイン
の言葉に感動していると、妹に
「感動したことばはメモしなさい。」といわれたので
しておきました。
セイジさんが、若手の俊英をあつめて、山村へ飛び入り
公演したり、中学校で演奏会したりしてる風景が
あったのですが、中学生が「お礼に歌います。」といって
歌い出した歌がよかった。セイジさんも泣いていましたが
私もなきました。
「あの日ちかったことばを〜いつまでーも忘れない〜」
とかいう歌でしたが、なんだかすごくよかったよ。
そして、歌をきくまえのセイジさんの言葉もよかったよ。
「10年前にね、同じここで歌ってもらいました。その時、
 男の子がね、歌いたくもないのに無理矢理歌わされて、
 歌ってなかったんだけど、なんかいやいや歌ってる
 顔が見えたんだけど、僕は...
 それでもすごくうれしかったの。(涙ぐむ)
 それでも一生懸命うたってくれているのが、
 わかったから。」
それでも一生懸命歌ってくれてるのがわかったから。
なんてあたたかい感受性なんだろう。そんな風に感じる
ことのできるセイジがうらやましい。

さて、今日は3が日もあけまして、そろそろ仕事モードに
はいってきた方もたくさんおられることと思います。
そこで、私が、新年あけるのと同時にわすれようと
おもったけど実際は思い出すとむかついてしまう
昨年大晦日のできごとをお話します。これをよんだ
みなさんは、正月きぶんではなく、世の中はぶっそうなんだと
いうこと知り、気をひきしめておでかけ願います(笑)。
以下は実話です。悪夢のようだった。

私は、昨年おおみそかとあるライヴ会場にむかうためまず
地下鉄麻生駅にむかいました。ここまでは母親がくるまで
おくってくれていたのです。しかし、そこから地下鉄へ
乗り継ぐまでのほんの数十歩の間に、わたしは7人ぐらいの
よっぱらったおじさんがたに囲まれて「お家まで
おくってあげるから」「遅くに(七時くらいだけど)
ひとりで歩いてるとあぶないから」といって身動きがとれなく
なったのです。抜け出そうとしていると、そこに3人連れの
やや派手目な女性がとおりがかり、

「家の店の子なの。これから仕事だから話してあげて
 ちょうだい。」といってひっぱりだしてくれました。
「どこにいるんだよ、みたことねえ」とおじさんがいうと
「あら、立派な方ならかならずくるお店ですのよ。
 御会いしたことなかったかしら。
 お友達にたずねて一度遊びにいらして。」
と、おねえさんはやんわりといいかえした。
「きれいなのは今だけだ、このやろー」
「真夜中は別の顔なんじゃないの、あんたがたさー」
とおじさんがたはそれはそれはむちゃくちゃな
捨て台詞をはいてどっかにいってしまいました。
おおみそかなのに、やな感じだと思ってわたしは気落ち
してしまいました。

私は神様が助けてくれたんだと思い、感謝している
と、地下鉄まで一緒にいきましょうというので
地下鉄も一緒にのったのです。そして、札幌駅くらい
までは「きれいねえ。」「若いっていいわねえ。」
「スタイルも細すぎず、太くもなく、ちょうど
いいわね。」「足が長いわね〜」などと一方的にほめち
ぎられ、少したちなおっていました。おねえさんがたが
私をはげましてくれているんだと思い感動していまし
た。

しかし...
その後、その3人の女性は、「これも何かの御縁だし」
「月給はいくらもらってるの?その倍はだせるかも」
「終電までにかならずかえすからたまにでいいから仕事
 をしてみないか」
「あなたにはノルマをかけない(ノルマってなに?)」
「人気のある子はお洋服代も美容室代も全部だすのよ」
「きれいだし、まじめそうなあなたみたいのが一番うける
 のよ、なにも私達みたいに、こうね、しなくていいの。
 そのままでいいの。ね、おねがい(たのむな!)」
「名前はまゆちゃんがいいんじゃないかしら」
「まゆなんて古いのよ。そうね〜、ひかるちゃんとかね」
「ひかるなんてわざとらしいわよ。さえちゃんってどう??
 あってるわこれが一番」
などと、名前までいいだし、お店つとめに熱心に私を誘い出
したのです。
そうして私は、大通りでもすすき野でも地下鉄をおりるこ
とができず、中の島までのりこしてしまいました。ようや
くの思いでことわると、
「最近の子ってほんとに恩知らずね。私達がいなかったら
どうなってたのかしら」などとやっぱり捨て台詞でたち
さっていきました。そして、しょぼんとした私はまた地下鉄
にのりこむ。「これから仕事なの」って本気だったのね。

そして、ライヴの会場がわからなかったので、構内の
公衆電話で道をたずねた後、歩き出すと、タワー
レコードの袋をもった二人の少年が
「僕達もそこにいくところなんで、一緒にいきませんか。
 道わかるし...。けっこう、ネオンとかきえてる
 から暗くてわかりにくいし。夜おそいし。」
「おれらの友だちも、でるんすよ。」
というので、からまれて疲れ果てていた私なのに
また信用して一緒に歩いてしまいます。
電話の内容を聞いてること自体へんなことなのに...。
相手が若かったので油断してしまったのです。

よく考えるとライヴ会場の人は「創成川ぞい」といってい
たのに、どうも方向が違うような気がしたので、
「あの...住所と違う方向のような気がするんですけど、
これはなんか近道なんですか。」とたずねると、
「ああ、それは10時からはじまるから、今いっても
ドアしまってますよ。」という。

「10時?7時からはじまってるってきいたんですけど
10時なんですか?」とたずねると、その若者は
しゃあしゃあと、「そんなんすよ。だからおれたち
メシくってからにしようと思って...。外でまつより、
どっかでメシくいませんか?おわったら、帰り車で
くるやつ後一人くるから、おくれるし、おねえさん
だけ飲んでもイッスよ。」
「いやあの、飲んだりたべたりはしないです。」
というと、
「あ、たべてきた?じゃーあー、ヒトがうたってんのより、
おれらで勝手にうたってもりあがりません?おねえさん声
きれいだから歌ってんのきいてみたいっす。たのみます。
がんがんいきましょっ、店あっちっす」
とか言い出した。こっちはつかれてんだよ!おおみそかに
ヒト騙すなよ、ばかヤローー!!と思ったけど、事を
あらだててはいけないとも思った。

やっと気がついた私は、「あの、人またせてるんで
今いきたいんです。すみません。」となぜか必死に
あやまり、道がわからなくなったので、またもとの
地下鉄までとりあえず歩いてもどりました。

そして、このくらいまでくるとさすがにもう何も
おきないと思っていると、清らかなたたずまいの
18、9才くらいの最近にしてはめずらしいノーメーク
の、ロングヘアー、飾り気はないがかわいい女の子に
また声をかけられる。
そういう災難な日なのだから用心すればよいものを
わたしは、必死なその子のメをみると、自分が今
味わっているやるせなさのようなものを勝手に
想像してしまい、きいてあげたくなった。

「突然で申し訳ないんですけど、誰にもいえなくて、
でもお姉さんすごく優しそうだから、きいてもらえ
ませんか...。」というので、
「どうしたの。」というと、自分が彼氏にふたまた
をかけられて裏切られた気持ちになったという話しを
しだした。
「あなたは若いし、かわいいし、少しすればまた
誰かできるよ。ほんとだよ。」と私はいいました。

しかし...それは宗教の勧誘だったのです。
おおみそかに、宗教の勧誘.......
非常に熱心であること、そこになにか純粋な信仰が
あり、ひろめたいというのもそのヒトの自由だ。
しかし、しかし、最後のひとことが私を逆上させた。
「なんか、おねえさんすごく辛そうだったから、
私にできることがないかとおもって、話し掛けた
んです。わたし、そこにいくようになってから
すごく、たちなおったんです。おねえさんも一緒に
いきませんか。今からでも間に合います。年越し
みんなでするんです。」

こ、このやろ〜〜!!!辛そうでわるかったな。
ほっといてくれ。と思ったけど、ほんとに、つらそうな
通りすがりのわたしを助けたいと思って、それを彼女なりに
表現すると宗教の勧誘になるのかもしれない。若いから、
方法を間違えてしまったのかもしれない。

あんまり、ひどいメにあったからといって、暗い顔
してると宗教にさそわれるのだ。と、自分がわるかったん
だっと思って、ほんとはライヴにさしいれるはずだった
食べ物のはいった袋をその子にわたして、
「ありがとう。でも今日はおそいから、もう帰った
ほうがいいよ。ひとりで歩いてるとあぶないよ。
あと、知らないヒトにあんまり話しかけたりするの
ってあぶないよ。ほんとだよ。」といいました。
女の子に暴力ふるっちゃいけませんって小学校のとき
ならったから(嘘)。でも、一瞬はりたおしたくなった
のは事実です。

やっとの思いで、会場についたのはいいですが、中は
まっくらでヒトを捜せる状態ではなく、非常に途方に
くれました。さしいれを渡す予定もさっきの女の子の
せいでパーになってるし。それで不機嫌絶好調になったのです
(ひまのあるヒトは大晦日の日記もよんでみてください)。

この、おもしろくない日記ここまで読んでくださった方に感謝
します。
でも、世の中油断大敵です。それを知らせたいのです。
酔っぱらったおじさん、きれいなおねえさん。
悪気のなさそうな男の子、純情そうな女の子には
いつも気をつけましょう。知らないヒトと口をきいては
いけません。知らないひとについていってはいけません。
ものすごくひまなヒトは、昨年4月6日に似た経験をした
私の日記もよんでみましょう。私は、経験して己をいましめても
半年くらいで忘れてしまいこのように同じ失敗をするということ
がおわかりになることでしょう。

あーほんとに情けなかった。今年のおおみそかはどうか、
心安らかな日になりますように...。




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